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エルフの森 連続ツルツル事件(五)


 ゲームにおける魔法と言えばその効果や用途はきちんと決められていて、決して応用など出来ないものだった。しかし、どうもこの世界の魔法はゲームを下敷きにしながらも独自の進化を遂げており、込める魔力や力の方向性をコントロールするだけで全く新しい形に変化してしまうようだ。特にイメージする力の強さが大切らしく、俺が今回自由自在に木を削ったり加工したり出来たのは、間違い無く工場で働いていた時の経験のおかげだろう。


 工場で働いていた頃。基本的に俺は開発部門にいたが、製造から検査、全ての工程に関わっていた。試作機を造る以上は全工程に精通しているのは当たり前で、各工程の責任者に技術指導をしたり、質問に答えたりするのも俺の仕事だった。そんな中、特に長い時間関わったのが検査工程だったりする。


 検査には大きく分けて二つあり、一つは金属加工会社から納入した部品の精密検査。もう一つはうちで組み立てた完成品の検査。俺が特に指導していたのは前者で、複雑な形をした部品の計測の際に三次元測定機という物を使っていた。対象物の細かな凹凸を立体的に捉えて計測する機械だが、三次元の座標値を検出する所から始まって、そのデータ処理の仕方から何から、とにかく面倒で使い慣れないうちは苦労したものだ。元々立体的な設計図をパソコンで作っていた上にそうした測定機の扱いを必死で勉強していた事から、俺の物質を立体的に捉えるイメージ力はそれなりに鍛えられていたのだろう。


 水の塊の中の木。攻撃性を持たせた水流を意のままに操り、あらゆる角度から木を削って行く。頭に思い描いた設計図を完成形に近づけて行くこの作業は、俺が今までやってきた仕事に何となく似ていた。倒木は即興で作った割には良くできたベンチに生まれ変わり、仲間たちの寛ぐ癒しの空間と変わる。仲間たちは出来上がったベンチに腰をかけ、その出来栄えに感心していた。


「ヤスリ掛けしたみたいにツルツルだ……カトさん、家具とかも作ってみたら? すっごい儲かると思うよ」


 ベンチの表面を撫でながらリリーが言う。儲けはともかく、日曜大工みたいに依頼の無い日なら試してみても良いかもしれない。子供用の机や遊具を作って教会に寄付してみようかな。


「カトーさんに頼めば何でも作ってくれそうだよね。あ、今度木で私の仕留めたゴールデンフォックス作ってよ! やっぱり認定書だけじゃもの足んなくてさー」


 いいだろうフレイ、毛並みまできちんと再現してやる。もしかしたらちょっと筋肉質になってしまうかもしれんが、その時はゴメンな。


「間違ってる……絶対間違ってるよ、魔法の使い方……。というか何でこんなに自由自在に使いこなせるの? そもそもカトーさんの魔法って本当に魔法なの?」


 ルシア、すまん。それに関してはやっぱり俺がこの世界の常識から外れてるんだと思う。でも魔法なんて便利な力を得たら色んな事に使ってみようと思うだろう? 俺にしてみれば、セオリー通りの使い方しかしない魔法使いの方が理解出来ないよ。


 そんな風に各々がリアクションしている中、セーラだけは俺の切り飛ばした木の塊を見つめて何かを考えている。はて、どうしたのだろうか。


「セーラ?」


「あ、カトーさん。今何となく考えてたんですが、テーブルみたいな物作れますか? こうして座って物を食べるとなると、膝の上に食べ物を置かなきゃならないので、ちょっと汚れちゃうかなって」


 そうだな。パンみたいに手に持って食べる物でも、パンクズがポロポロこぼれるかもしれない。やはりテーブルで落ち着いて食べたい所だ。


「少し待っててくれ、今すぐ用意する」


 現在彼女たちは大木のベンチに横一列に並んでいる状態。であるなら、カウンター席のように横長のテーブルを用意してやろう。先ほど切り飛ばした木から、見合った長さの板と、脚になる部分を切り出す。釘などは無い為、全てハメ込み式で組み立てられる仕様にしなければならない。まぁ、俺の手にかかればちょろいものだ。


 母の実家の宮大工では、そうした技術を普通に使いこなしていた。小さい頃に興味を持って色々見せてもらったりしたが、その時見た物の中に、ちょうど今作ろうとしていた釘を必要としないテーブルのような物があったのだ。それは、『案』という木製の横長のテーブル。神社で御供えを乗せる為に作られたテーブルで、色んな所に持ち運べるように簡単にバラしたり組み立てられるように出来ていた。


 俺は一度見て構造を理解出来た物なら絶対に忘れない。早速セーラたちの高さに合わせた大きさのテーブル作成に取りかかった。頭の中に設計図を作り上げ、その寸法に忠実なパーツを作り上げる。俺を含め5人が並んでも大丈夫なテーブル。脚は邪魔にならないギリギリの厚みを持たせ安定重視に。脚と脚の間に横板を通して補強するようにアレンジを加えて……


 物の5分でテーブルは完成した。計算通りの高さのテーブル。どこからどう見てもカウンターバーといった光景である。酒は出さないけど。


 呆気にとられる4人を前に、俺はポシェットからメモ帳を取りだしながらにこやかにこう言った。


「ヘイらっしゃい、 ようこそカトー食堂へ! メニューはこのメモ帳にあるものを見てくれ」










 例えば旅先で土産物や名産品を買うとき。俺は出来るだけ沢山の種類を買いたいと思うタイプだ。例えば12個入りの饅頭が1200円で売られていて、その隣には6個入りが600円で置かれているとする。そんな時、俺は一種類でも多く土産物を買う為に迷わず6個入りを選ぶのだ。それがどれだけ美味しく、他の土産物が霞んで見えてしまう程の物であっても。そして沢山の土産物をゲットして、その包装紙や箱などを丁寧にバラして、旅の思い出として大切に保管する。そんな趣味が俺にはある。我ながらおかしな趣味を持ったものだと思うのだが、性分だから仕方が無い。


 この世界に来てだいぶ時間が過ぎた。フォーリードでの生活にも慣れてきて、心にも余裕が出てきた。元から金銭的に恵まれている俺が、昔からの趣味を再燃させるのは必然だったのかもしれない。特に食べ物に関しては「作りたてを永久保存できる」という超反則なアイテムボックスを持っている関係で、真っ先にコレクション作りの対象となった。勿論テイクアウト出来る物に限るのだが、フォーリードの街とトレット村で売られている食べ物は、あらかた購入済みである。特にトレット村ではラスト2日の休憩時間を利用して走り回り、屋台物をほぼコンプリートしていた。


 メモ帳には俺の自慢のコレクションが漏れなく書き記されている。それを見ながら、セーラ以外は半信半疑といった表情で注文を始めた。


「じゃあ私は『焼き肉弁当』と『根野菜の炒め物』。このお弁当屋さん、人気あるからすぐ売り切れになっちゃうんだよね」


「私は魚市場の『海鮮丼』! お金に超余裕ある時くらいしか食べられないんだよねー、これ高いから。でもカトーさん、よく魚市場のお弁当コーナー知ってたね。目立たない場所に店構えてるからすっごく見つけ辛いんだけど」


 リリーとフレイは決断が早いな。それだけ好きな物がハッキリしているという事だろう。そしてフレイは既に魚市場の弁当屋を知っていたのか……さすがだな。魚好きな猫人族だけに、あの周辺は探索済みのようだ。


 一方、ルシアは何だか困ったような顔でメモ帳を見たり俺を見たりしている。


「ルシアも遠慮しないでいいんだぞ。今あるストックは趣味で集めたものだが、クロスが救援クエスト用の費用で食糧在庫を増やしてくれる事になっている。近々大量に補充する予定だから、いくら減っても大丈夫だ」


「いえ、そんなに食べないですけど……」

 そう言って何やらモジモジするルシア。少ししてから意を決したように口を開いた。

「あの、カトーさんと同じものではダメですか?」


「……俺と同じもの? パン屋ローナーの『ハムチーズサンド』だけど、結構固いパンだぞ。ルシアは固いパンって大丈夫か?」


「はい、大丈夫です! それでお願いします!」


「あ、ああ、分かった」


 いきなり元気になったが、ハムチーズサンドと聞いてテンションが上がるとは中々見所があるな。貴重なパン仲間になってくれるかもしれない。顎も鍛えられるし、やっぱりパンは固いものに限る。


 さて、セーラだが。


 セーラはメモ帳のリストの一点だけを見つめて動かない。そして悩ましげに唸っていた。何を見てるか覗いてみると……


 ははあ、なるほど。セーラが何に悩んでいるか分かったぞ。


「セーラ。同じ種類を複数注文してもいいんだぞ」


「えっ!?」


 バッと振り向く。先ほどまでと打って変わって表情は明るく輝いていた。


「じゃ、じゃあ『ニホン農園』のサラダセットを、あの、3つ食べたいです!」


 やはりな。野菜が好きでたまらないというセーラ、美味しい野菜の盛り合わせが頼み放題となったらそればかり食べたくなると思っていた。ちなみに『ニホン農園』はフォーリードの北、憲兵詰め所に近い場所にある八百屋だ。かなり古い歴史ある八百屋で自前の農園を持ち、そこで育った野菜の味と値段は街一番だと言う。セーラの頼んだサラダセットは比較的リーズナブルな値段だが、それでもホテルの食事の二倍近くする。


「あと、グランドホテルの焼きプリンを皆さんの分頼んで良いですか? さっき集めた果物と木の実をトッピングしたら、きっと凄く美味しいと思うんです」


「お安いご用だ」


 セーラは優しいな、自分だけじゃなく仲間の注文もするとは思わなかった。デザートがあるという事で、リリーとフレイは予想外の展開にテンションMAXで喜んでいる。ルシアはそんな2人に呆れつつ、小さくため息をつきながら言った。


「凄いなぁ、セーラさん」


「そうだな。素で気配りをする性格だから、こうした発想が出来るんだろう」


「えーと……私が言ったのはちょっと違う意味なんですけど」


 ……?


「気にしないで下さい。さあ、食べましょう。本当に用意出来るんですよね?」


「あ、ああ勿論だ。嘘じゃない所を見せてやろうじゃないか!」


 なんだかよくわからんが、触れて欲しくなさそうだったので流す事にする。俺にセーラばりの直感力があれば良かったのだが、残念ながら独力ではルシアの言葉の真意は読めなかった。いかんなあ、俺はまだまだ未熟だ。精進せねば。


 アイテムボックスから次々と料理を取り出してテーブルに広げてゆく。皆の驚く顔と喜ぶ声に気を良くしつつも、脳裏から先ほどのルシアの顔が消える事は無かった。










 さて。


 食事である。ランチである。森の中である。しかもなんという事だ、雨まで降って来た。


 しかし心配はいらない。俺たちには魔法がある。今回は何とセーラが対処してくれた。風魔法だ。


「あ、雨」


 和気あいあいと食事を始めたその時、リリーが頬に当たる雨粒に気づいた。俺は『ウォータージェイル』を頭上に展開して水の屋根でも作ろうかと思ったのだが、なんと俺よりも前にセーラが動いた。


『エア・ガード! 対象:味方パーティ、範囲最大!!』


 発動と同時に展開する空気の膜。少し強まった雨は膜の上を伝い地面に流れて行く。空気のドームは俺たちをしっかりと包み込み、決して雨の侵入を許さなかった。これは……素晴らしいな。風魔法も便利じゃないか。


「セーラ、MPは大丈夫なのか? これだけデカくちゃ消費するMPも結構大きいと思うが」


「大丈夫ですよ。キスクワードさんからいただいたこの杖のおかげで、これだけ強い魔法を使い続けても消耗しないんです」


「そうか……それは凄いな」


 そしてそんな杖を持ちながら魔法使いとして大成出来なかったキスクワードが悲しすぎる。


 それにしても、セーラもなかなか面白い魔法の使い方をするようになった。なんとなく発想が俺に似て来ているような気がするな。これで俺くらいに魔力が強くなれば、そのうち風魔法を変化させるようになるかもしれない。ムキムキの女の子を召喚出来たら楽しいだろうが、セーラの性格からしてそれは無いだろうな。洗脳するしかない、か……


 俺がやましい妄想に浸っている間も食事は進む。取り出した料理は全て作りたての状態を維持しており、食べながら皆驚きを隠せないようだった。こんな森の中で新鮮な魚が食べれるなんて、と喜ぶフレイ。リリーも笑顔で人気メニューに舌鼓を打っている。これだけ喜んで貰えると、俺もカトー食堂の長として誇らしい気分になる。買って来ただけなんだけどな。


「うっ……」


 俺の隣でルシアが呻く。一体どうした事だと見ると、ルシアは慌てて口元を隠した。しかし手に持ったパンを見て俺は何が起きたか察した。赤い。血だ。固いパンの欠片で口の中を切ったな。


「ルシア、済まなかった。多分そのパンはローナーの爺さんが俺向けに作った特別固いパンだったんだろう。直ぐに普通のパンと交換する」


「……んんっ、んん」


 涙目になりながら拒否するルシア。いや、無理をするな。飯は楽しく食べるものであって、苦行では無いんだ。学校給食じゃあるまいし、食べられないなら残したって構わないんだが……


 ルシアは意地でも食べるらしい。仕方ない、それなら俺もアプローチを変えよう。


「せめて、口の中の怪我だけでも治させてくれないか。辛い顔して食べてる姿を見ると、本当に申し訳なくなってくるんだ」


「……ん…」


 渋々頷くルシア。何というか、意外な一面を見た気がする。彼女は優しく大人しい子で、こんな風に何かに意地を張るようなタイプじゃなかったように思うんだが、俺の抱いた勝手な印象だったようだ。


 口の中の物を何とか飲み込んでから、恥ずかしそうに口を開けるルシア。上顎、向かって右の犬歯と前歯の隙間から血が流れていた。俺は刺激しないように人肌温度に調整した『ウォーターヒール(苺味)』の小さな水球を操って、ゆっくりと治癒していった。


 それを見て、フレイはニヤニヤ。セーラも微笑ましいものを見るようにニコニコしている。リリーは、というと。


「これでカトさんがまともな髪形だったら恰好ついたのにねえ」


 残念、という表情をしていた。うるさいな。このボンバーレゲエヘッドは仕事の為なんだ、仕方ないだろう。そりゃあルシアもこんな珍妙な男と向かい合ってたら終始にらめっこ気分で大変だろうが、そこは勘弁して欲しい所だ。


 ちなみに俺はにらめっこを「睨み合いの勝負」だと小学四年生になるまで勘違いしていた。下級生の面倒をみるようになった際に、にらめっこで散々周囲の人間(上級生含む)を泣かせまくって先生に怒られたのだが、その時に間違いを正されている。以来、ガン飛ばしなどせず変顔を練習して笑わせようと努力しているのだが結局成果は出ず終いだった。俺が完成させた究極の変顔を見たら子供は漏れなく漏らし泣き、大抵の大人は絶叫するか気を失ってしまう。そんな俺を前にするのだからルシアにとっては拷問に近いだろう。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。顔はどうにもならないから、せめて態度だけでも優しくしようか。


「ルシア。まだどこか痛む所はあるか? あるなら遠慮しないで言ってくれ、責任持ってしっかり治してやるから」


「ふぁ……? ら、らいよううれう」


「『太陽ホエールズ』? 何故その名を知ってるのかは分からないけど、俺はどちらかと言うと『男海フォークス』の方が好きかな」


「カトさん、雰囲気出しながらわけわかんない事言わないで」


 リリーが容赦ない。


 そんな野次に負けじと、入念に歯ぐきの治療をしてやろうと俺が気合いを入れかけた、その時。俺がずっと展開していた索敵レーダーに、大きな赤い点の反応があらわれた。そしてその反応があった方角から、凄まじい音が聞こえて来たのだ。それはまるで巨大な木がへし折れて倒れるかのような音……





 バキッ

 バキバキバキィィイィィィ!



「な、何!?」


「カトさん、今の何! なんかスッゴい音が聞こえたよ!」


「落ち着け、まだ距離は遠い!!」


 とっさに身構える仲間たちに声をかける俺。勿論それだけではなく、魔力の出力を上げて索敵レーダーの察知レベルを上げる。そして、俺はその反応の正体を突き止めた。反応は2つあり一つは巨大なクマ型モンスター、そしてもう一つは小さな未確認生物のもの。俺は集中力を高め、なんとかシルエットだけでもつかみ取ってやろうとした。







 そしてようやく、小さな方のシルエットをとらえる。それはどうみてもネズミの影だった。









 ネズミは、クマを襲っていた。











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