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エルフの森 連続ツルツル事件(四)


 依頼人ミシェル・シェンケルは初老のエルフだった。エルフと言えば痩身痩躯で美形と相場が決まっているが、流石に中年で良い暮らしをしていると多少横に肉が付いてくるらしい。中肉中背といった風な体格であり、顎の輪郭も丸くなっていた。が、やはり顔自体は美形に入る。外国人の俳優で居そうな顔立ちだ。探偵物のドラマなら、少し厳つい中年の刑事として登場しそうである。よく探偵と対立するタイプの。


 しかし残念ながら、頭を見るとその役どころは『宣教師』か『妖怪』くらいに限定されてしまう。無論、前者はザビエル。後者はカッパだ。美形のザビエルヘアーというのは想像以上に滑稽で、いっそ全部剃ってしまえと言いたくなった。口には出さなかったが、多分その場にいたミシェル以外の全員がそう思っていたと思う。案内役の青年ですら視界に入れないように俯いたままだったからな。


 勿論そんな事を考えている等と悟られないように、俺はポーカーフェイスを貫いた。


「今回依頼を受けた、『クロス&カトー』のカトー・シゲユキだ。宜しく頼む」


「うむ、ギルドからも推薦されたので名前だけは知っているよ。凄腕の冒険者という事らしいから、きっと今回の依頼を受けてくれると思っていた」

 ミシェルはこちらを見定めるかのような視線を向け、少し咳払いをしてから続ける。

「私が依頼人のミシェル・シェンケルだ。この村の長と、神域の管理及び神社の宮司をしている。よく来てくれた、歓迎しよう。

……さあ、立ち話もなんだから座ってくれたまえ。リーフ、茶の用意を頼む」


「畏まりました」


 青年が部屋を出る。どうやらリーフというのは彼の名前らしい。


 俺たちはミシェルに促されるまま、テーブルの四方を囲むソファーに腰を下ろす。俺たちのクランハウスのソファーと比べても負けないくらいの座り心地で、かなりの高級品だという事が窺えた。儲かってるのだろうか。


「さて」

 全員が腰を下ろすと、ミシェルが話を続ける。

「依頼書に書いてある通り、今回君たちを呼んだのは妖精モッサンに似たモンスターの調査、もしくは無力化だ。調査に関しては我々が掴んだ情報以上の内容を報告出来た場合に支払う報酬が15万Y。無力化ないし討伐で200万Yの報酬となる」


「……調査に関してだが。先ずそちらがどれだけの情報を得ているか確認したい」


 これは当然の要求だ。わざわざ調べて報告しても「そんなのもう知ってるもんね」と言われたら無報酬となってしまうからな。そんなセコい真似はしないと思うが、もし本当にシマ君の言っていたような意地の悪い連中だったらやりかねないので、一応確認だけはしておきたかったのだ。するとミシェルは眉をピクリとさせて答えた。


「仕事内容を調査のみとするなら、一から調べてもらいたいのだがね。こちらも今まで金をかけて調査をして来たのだ、タダで教えるわけにはいかないよ」


 なるほどね。

 意地が悪いというのは本当のようだ。多分調査だけで終わらそうとしても報酬が出ないようにしたいのだろう。討伐させたいのなら素直にそうギルドに依頼すればいいのに。もしかしたら今まで討伐クエストとして依頼を出して断られ続け、仕方なく依頼内容を『調査』としてハードルを下げたのかもしれないな。


「もし私たちの調べた内容が知りたければ、情報料として10万Yを支払っていただきたい。これはかなり安い金額だよ、何せ日給2万Yの神職2人を3日間調査にあてて得た情報だ」


 ………。


 セコい。こりゃ依頼自体を断った方がいいかもしれないな。しかしこの連中が国境近辺を結界で守っている事を考えると、フォーリードに住む人間としてあまり関係を悪くするのも問題だ。それにこういう意地の悪い連中は、仕事を断ったら断ったでギルドにどんなクレームをつけるか分からない。気は進まないが、討伐を念頭に置いて仕事を引き受けよう。


「いや、それなら情報はいらない。事前にある程度こちらで調べたから、無力化の方で依頼を受ける。

……次に、『調査期間中の食事はこちら持ち』とあるが」


「ああ、それか。勿論此方が納得行く形で結果を出した場合に限る。タダ飯を食らうのが目的でやって来た冒険者がいたからな、その二の舞は御免だ」


 食費は自分たち持ちだな。宿泊にしても、この村に泊まるくらいなら森でキャンプをした方がいい。いや、キャロット村で宿を取ってもいいか。


「ところで、この村には帽子を売ってる店はあるだろうか。俺以外皆女性だから、頭髪を守る為に買っておこうと思っていたんだが」


 シマ君の予想では無理だろうとの事だったが、一応確認してみる。するとミシェルはあくまで穏やかに、しかし意地の悪さが透けて見えるような笑顔で言った。


「申し訳ないが、それも無理だ。この村で作られた衣類はエルフ専用の装備で、君たち猿人族や猫人族向けではないのだよ。それに元々外部の人間には売らないようにしているのでね、売る事は出来ない」


「そうか。分かった」

 俺はため息をついて言った。

「それなら仕方がない、諦めよう。まぁ万が一被害を受けても、瞬間毛生え薬で元に戻せるからな」




 そう言った途端、ミシェルの表情が固まった。




「……い、今、なんと?」


「ん? いや、瞬間毛生え薬。実は俺は普段スキンヘッドでね。わざわざツルツル状態を保っていたんだが、囮となってモッサンをおびき寄せる為に今朝この薬で髪の毛を生やしたんだよ。塗れば塗るほど早く沢山生えるからな、ちょっと髪の毛を食われた所ですぐに元通りだ」


 フッフッフ、羨ましいか。羨ましいんだろ? 潔く全部剃らないで、未練がましくサイドを残しているもんな。


「そ、そうか……


 所で、物は相談だが。

 その毛生え薬を少し譲ってもらうわけにはいかないだろうか……」


 やはりそう来るよな。

 それまでイライラしていたフレイたちが、驚いたような顔で俺とミシェルを見ていた。そりゃそうだ、偉そうな態度をしていたオッサンが突然下手に出て来たのだから。見ようによっては力関係が逆転したみたいに見えてる事だろう。リリーは笑いをこらえているのか、口元に手をやって震えている。そのまま我慢しててくれ、リリー。後で幾らでも爆笑していいから。


「うーん……しかしこの薬、フォーリードでもかなりの富豪の、キスクワード氏が贈ってくれた高級品だからなぁ。このチューブ一つで350万Yもするから、流石に譲るわけにはいかないな。それに帽子も無い状態だ、モッサンに髪の毛を刈られた場合を考えると尚更手放すわけにはいかない」


「うぅ……。わ、わかった! この村の店の使用を許可する、確かエルフ以外でも装備出来る帽子も少数だがあったはずだ。無くても、バンダナに出来るような布は幾らでもある。だから、その……少しで良いから分けてくれないか!」


 必死だな。凄く必死だな。そんなにハゲって嫌なものだろうか。俺には理解出来ん。


「……仕方ないな。そこまで言うなら、金額分の薬を分けてやろう。つまり、売ってやろう」


「ぬ……」


 悪いがタダは無理だ。何故ならお前の態度が気に入らないから。


「ちなみに、俺は今朝このくらいの量を使ってこれだけの髪の量になった」


 目安としてチューブを目の前に出す。10センチ程のチューブのだいたい4分の1が減っている。350万の4分の1、つまり87万5千Yがこのボンバーレゲエヘアーに変化した事になる。なんという無駄遣いだ。


「ぐうぅ……さ、流石にその金額は厳しいぞ……」


「確か、モッサンの情報料は10万Yだったな」


 俺の言葉にミシェルはハッとしたような顔をした。


「情報料、店を利用する許可。今ならサービスで30万Y分をそちらに分けても良いが、どうする?」


「よ、よし! それならそこに58万を加えて支払おう! すぐに用意するから、ちょっと待っててくれ!」


 クックック……


 慌てて机の引き出しから財布らしき物を取り出すミシェル。俺は彼がこちらに背を向けているのを確認してから、皆にニヤリと笑ってみせた。腹を抱えて痙攣しているリリーはともかく、フレイとセーラは「ぐっじょぶ」とばかりに親指を立てる。ルシアは……ああ、苦笑いだ。生真面目なアメリアと一緒にいた人間からしたら、ちょっと慣れない展開かもしれないな。すまないが今のうち慣れといてくれ、俺ってこういう人間なんだ。





……時間にして20分くらいだろうか。ミシェルは現金と報告書らしき物の束、そして何やら焼き印らしき物が押された木札を持って来てテーブルの上に広げた。


「さあ、これが調査報告書と村内店舗の利用許可証だ。現金はきっちり58万Yあるはずだ、確認してくれ」


「わかった」


 すぐさま俺は紙幣を数え始める。この世界の紙幣は複雑な紋章が幾つも描かれていて見辛い。普通に偉人の肖像でも描きゃいいのに、と思いながらも銀行員ばりの手早さで紙幣を数え終えた。こうした作業は得意なのだ。


「確かに58万Y、キッチリある。では今度はこちらだな」


 ミシェルの持ってきた小さな素焼きの皿に、持っていた毛生え薬をチューブから押し出す。乳白色のねっとりとした薬が皿の上に姿をあらわした。……こんな色してたのか。


「ぉお……これが瞬間毛生え薬」


「効き目は異常なくらいに強いから、先ずは少しずつ頭皮に塗り込んだ方がいいぞ。最初から塗ったくると俺みたいな頭になるから」


 そんな俺の忠告も、興奮で耳に入らないのかミシェルには届いていないようだった。子供のように目を輝かせ、食い入るように皿を見つめていた。


「……じゃあ、この報告書と木札は貰って行くぞ」


 こりゃ何を言ってもダメだな、と思った俺たちはさっさと退散する事にした。全く、そんなに髪の毛が大切なのか。仕事の話よりも毛生え薬の方が大切とか、俺には理解出来ん。小皿を見つめて恍惚としたミシェルを放っておいて、俺たちは部屋を退出した。後ろで青年がオロオロしていたが、頑張ってそこのカッパを正気に戻してやってくれ。



 ちなみに。


 出されたお茶には、皆最後まで手をつけなかった。頭に来ていたんだろうな、やっぱり。









 屋敷を出て、来た道を戻って村の入り口付近まで戻って来た。この村は中心地に店が無く、人も少ないようだ。逆に外へ行けば行く程人が多くなり店は増える。なんというか、神社と参道沿いに集まる店の関係に似ていた。帽子を売っている店もそこにあり、名を『呉服屋 葵』と言う。木造なのは他の店舗と変わらないが、だいぶ古い建物らしく木の色が黒く変化していた。店構えからして京都かどこかの老舗のようだ。


「御免」


 雰囲気に呑まれてつい時代がかった言葉を口にする。しばらくすると奥から狐のような細い目をしたエルフの女があらわれた。黒いおかっぱ頭の背の低い女性で、着物を着ている姿はどことなく座敷わらしを思わせる。彼女はこちらを見るとその細長い目を思い切り見開いて驚き、その場にペタンと腰砕けになると声を震わせながら言った。


「い、いらっしゃいませ、ななななにをお探しですか?」


「帽子を」


「ぼっ……!?」


 言って自分で気づいた。この頭で帽子を探してますとか、無理難題にも程があるよな。返答にも困るだろう。


「いや、俺じゃない。連れの女性たちに帽子を買ってやりたいんだ。一応、村長の許可は得ているぞ」


 言いながら木札を見せると、ようやく彼女は落ち着きを取り戻しヨロヨロと立ち上がる。ここまで驚かれるとは思わなかったが、もしかしたらこれが普通のリアクションかもしれない。俺でもいきなりこんな頭の大男を見かけたらビビるもんな。多分。


「え、ええと、それなら村長から聞いたと思いますが……。エルフの耳の形に合わせた帽子ばかりなので、つばの広い帽子は置いてありません。また、耳が上についてる方が被れる帽子も……柔らかい毛糸の物しかありません。今の時期はかなり暑いと思いますが」


 申し訳なさそうに言う女性。確かに耳の位置の問題というのは大きいな。やはりここは、バンダナのように頭に巻ける布を買う方向で行くべきか。ここの帽子じゃフレイは被れないもんな。


「なら、薄手の布を買おう。髪の毛を纏めて、それを巻いて隠せれば良いんだ。君も知ってるとは思うが、この近辺に出没するという髪の毛を食うモンスターがいる。俺たちはそれの捜索をするんだ。彼女たちが頭を守る事が出来れば、それで良い」


「ああ、なるほど」

 ようやく合点がいったというような顔をする。

「それなら丁度良い長さの手ぬぐいがあるので、そちらにされると良いでしょう。うちの手ぬぐいは丈夫で傷みにくい上に、魔法防御力にも秀でています。国境警備の兵士たちが甲冑の下に身につけるくらいなんですよ」


 凄くファンタジックな商品説明だが、そこまでの性能は求めていない。しかしミシェルの言った事はやはり嘘だったようだ、普通に外部に売り出してるじゃないか。嘘つきの宗教家とか勘弁してほしいよ、そんなのは前の世界だけで充分だ。


 店の女性に案内された場所へ行くと、そこには沢山の手ぬぐいが木の棚に並べられていた。具体的にどんな布を買うかは、全て女性たちに任せる事にした。こういうのは実際に身につける人の好みで選んで貰った方が良いだろう。予算は一人20000Y渡し、なるべくお釣りを出さないようにしてくれと言った。20000Yはこの店で扱う手ぬぐいでも高級品にあたる値段だが、こんな値段設定にした理由はセーラが遠慮しないようにする為だ。セーラは自分の物となると何でも安く済まそうとする癖がある。命を預ける装備品にはしっかり金をかけて欲しい所だ。髪も女性にとっては命なのだから。




……時間にして約30分。


 店の女性と和気あいあいと話をしながら、彼女たちはそれぞれに好きな手ぬぐいを選んで購入した。セーラに髪の毛を纏めて貰ってから、しっかりと手ぬぐいを頭に巻きつけてやってくる。ルシアは青色で絞り柄の入った落ち着いたもの。リリーは黄色地に様々な色の幾何学模様の入った賑やかなもの。フレイは何やらアーミーマニアの喜びそうな迷彩柄で、恐らく狩りでも使えるように選んだのだろう。セーラは淡い桃色に赤い菱形模様が所々に入った可愛らしいものだった。


「お待たせしました! どうですか、カトーさん。似合ってますか?」


「似合わないわけないだろう、セーラ。いやセーラだけじゃない、皆似合っているし可愛いぞ。……フレイはなんだか可愛らしさより実利を取ったような感じだが、それもフレイらしくて良いか」


「まーねー。本当は全身すっぽり覆うようなデカい布が欲しかったかな。ほら、森の中で隠れるにはもってこいじゃない」


 一体どんなシチュエーションを想定しているんだ、やらないぞそんな仕事。……まったく、フレイがもし日本に生まれていたら絶対にサバイバルゲームにハマっていただろうな。部屋もアーミーグッズで埋め尽くされそうだ。


「よし、それじゃあ早速捜索に向かおうか。

……世話になったな、また何かあったら寄らせてもらうよ」

「ありがとうございました。道中、くれぐれもお気をつけて……」


 そんな挨拶を交わしてから、俺たちは店を後にする。ミシェルという存在によってこの村の印象はだいぶ悪化していたのだが、この店の女性によってかなり上向きに修正されたと思う。接客は普通に良かったし、こうして店を後にする時も店の前にまで出て来て見送ってくれる。やはり外部と接点のある人間の方が、心配りが出来るし親しみやすい人も多いのだろうな。









 さて、ようやく村を出た。


 村を出た途端に女性陣は口々に不平不満を吐き出し始める。その先人をきったのはフレイだった。


「ったく、何なのあのハゲ! 偉そうな事言って、お金ケチりたいだけじゃん! その癖毛生え薬には沢山お金出すし、使い所間違ってるって! 本っ当にもう、バカじゃないの!?」


「フレイちゃん、まだ村からそんなに離れてないから声ちいさくして! でもまぁ、気持ちは分かるかな。私もあんな風に偉そうな人、久しぶりに見る。キンロウの司祭様以来かなぁ」


 ルシアもフレイを諫めながら同意する。キンロウの司祭……って、結局そっちも宗教関係か。やはり閉鎖的な業界だとああした妙に気ぐらいの高い連中が増えるのかもしれない。


 一方、批判的な二人に対してそれ程怒ってないのがリリーだ。


「でも私はかなり笑えたよ。毛生え薬一つで態度がコロッと変わるんだもん。それまでの偉そうな態度が、あれで単なるギャグに変わっちゃったじゃない。落差激しくて吹き出しそうになったよ、苦しかった~」


 そうだね。凄い震えてたもんね。俺は笑えなかったが、リリーにとっては笑いのツボストレートだったのだろう。


 そしてセーラは別の事で怒っていた。


「あんなに良い所に住んでて、お茶受けも出さないとかケチんぼ過ぎますよね。お茶も安物ですよ、ニオイで分かりました」


 俺の中でセーラは食いしん坊キャラで固定された。安心しろ、昼飯の時にちゃんと最高級の玉露をご馳走してやるから。魔法で。


 そんな感じで皆がフラストレーションを発散させようと文句を言いまくる中、俺はただひたすら皆を率いて歩き続けた。向かう先について何も質問が無かったので黙っていたが、さすがにしばらくしてフレイが尋ねる。


「で、カトーさん。いったいどこに向かってるの?」


「遺跡だ。確か依頼書にターゲットが住み着いてるとか書いてあったろう。それについて、渡された報告書に遺跡の場所が記されてた」

 言いながら資料を渡す。

「それに案内してくれたシマ君が別れ際に言ってたんだ。『結界を破った後はちょっと離れたとこにある遺跡に行くから、何か分からん事あったら訪ねて来ぃや』と。索敵したら遺跡のある辺りで味方の反応があるから、シマ君で間違いないと思う。とりあえずは遺跡へ向かうつもりで移動していた」


「あーなるほどね。私、てっきりキャロット村に寄ってご飯でも食べるのかと思った」


 ご飯?


 ええと、時間は……


「カトさん、私も今気づいたけどもう昼回ってるわ」


 言いながらリリーが懐中時計を見せてくれたが、針は午後一時を指していた。そりゃ腹も減ってくるわな。森の中だと日差しが陰るから時刻の目安がつかなくて困る。


「昼食にしよう。場所に関しては……ああ、あそこが良いな」


 俺は森の中に巨大な倒木を見つける。横倒しでありながら俺の背丈程幅のある倒木である。表皮は苔むしており、普通の木ならば中まで腐ってると思ってしまう所だ。しかし短いながらも真剣に取り組んだ『木こり』時代の経験が、そうではないと教えてくれた。


「セーラ。あの倒木が何の木か分かるか?」


「え? えーと……わっ、凄い大きな『コトの木』ですね! 樹齢500年くらい行ってます!」


 そう、『コトの木』。木こりの仕事をしていた時に、セーラ、ボンゾと一緒によく切り倒していた木だ。密度が高く固い木で、建築資材として極めて優秀な木。腐りにくい木でもあり、ああして表面が腐っていても、内側まで同じように腐ってるとは限らない。あの木を綺麗な所まで削り、皆で座って食事のできるスペースを作り出せないだろうか。


「みんな、ちょっと待っててくれ。すぐに場所を作る」


「えっ、カトさん何するつもりよ」


「良い事だ」


 そう言い放ち、俺は倒木のもとへと向かった。










 その木は確かに苔むしてはいたが、倒れたのはそれ程前ではなさそうだった。というのも、少し離れた場所にへし折れた箇所があり、その色は表皮ほどくすんだ色ではなかったからだ。俺はとりあえず木の断面を見てみようと、指先に魔力を込めて魔法を発動した。


『ウォーターカッター』


 指先から超圧縮された水が放たれる。それはまるでレーザー光線のよう。最近魔力のコントロールに磨きがかかって来ているのだが、その影響がこの魔法にも出ていた。


 指先から放たれた水のレーザーは、巨大な倒木を面白いくらい簡単に輪切りにしてしまう。その速さは恐らく一秒にも満たなかっただろう。恐ろしい殺傷能力を持った魔法に変化していた。そして二カ所輪切りにしてから、切り分けたロールケーキを真ん中から抜き取るようにスライドしてみる。断面を見ると腐っているのは本当に外側20センチくらいで、その内側は虫食いも無い綺麗なままだった。


 これは良い。俺のテンションは爆上がりする。


『ウォータージェイル』


 次に使ったのは水の牢獄だ。この魔法で倒木の一部を覆い、水をグルグルと高速回転させる。そこに『ウォーターカッター』を重ねがけして攻撃性を持たせると……


 シュルルルルルルル!


 木の表面がどんどん削れて行く。時間にして10秒ほどで綺麗な部分が剥き出しとなった。素晴らしい、なんだか今日は絶好調だ。水魔法のキレも良いし、もしかしたら水の精霊が封印された土地だというのが関係してるのかもしれない。


 次に俺が行ったのは、綺麗な部分の上半分を『ウォーターカッター』で切り飛ばし、腰をおろすスペースを作る事だった。この作業も包丁で豆腐を切るように楽々とこなしてしまう。10秒ほどで作業を終えた。そして再度『ウォータージェイル』で表面のバリを削り丸みをつけてから、『ウォーターミスト』で木から水分を抜き取り乾燥させる。恐らくトータルで1分もかけずに、巨大なベンチが完成した。


 うむ。即興で作った割には良く出来ている。この手の作業は前々から好きだったが、魔法のおかげで益々好きになりそうだ。いっそ家も自分で建ててしまおうかと思ってしまうな。


「よし、完成だ。

 おーい、皆もう準備出来たからこっちにおいで。飯にしよう!」


 手を振って声をかける。

 セーラはニコニコしながら走り出したが、後の三人は何やら力が抜けたような、奇妙な顔をしてフラフラ歩いて来た。はて、どうしたんだろう。そんなに腹が減ったのだろうか。ようし、それなら自慢の食料ストックから精の付く料理をバンバンご馳走しようじゃないか。


 カトー食堂開店。今、森の中に素敵なお店がオープンした。










「ねえ、なんなの? カトさんってなんなの? 魔法ってこんな事も出来ちゃうわけ?」

「リリ姉、落ち着け。カトーさんのやる事に一々疑問持ってたら心がもたないよ」

「常識が……私の常識がどんどん崩れて行く……」

「ああもうルシア、しっかりしろ! いい加減理解出来ない事があると固まってブツブツ言う癖なおせっての!」

「わーい、お昼ご飯~」

「セーにゃん待って! これ放置して行かないで! セーにゃぁあああんっ!!」








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