買い物と安い宿屋とまさかの展開
フォーリードの街についたのは午後5時過ぎ。朝の集合場所だった東門前の広場で給料を貰って解散となった。リーダーの男が言った通り本来であれば2万ちょいの所を、4万5千Yと2倍近い金額を包んでくれた。……いやいや、Lv50のボス級倒してこの金額ってどうよとも思ったが、冒険者じゃない以上仕方ないのだろう。
ボンゾは給料を受け取ると直ぐに家に帰った。早く帰ると奥さんたちの機嫌が良くなるらしい。仲の良い夫婦生活を送っているようで何よりだ。セーラは暇らしく、俺が作業着を買うと言ったら案内してくれるそうだ。斡旋所の裏の店を紹介してもらったと言ったら、そこよりももっと良い店があるらしい。どっちを信じて良いか迷う所だが、俺はセーラの方を信じる事にした。
「私やボンゾさんが着てる作業着は、そのお店で買ったんです。丁寧に作ってるので丈夫で、長持ちするんですよ」
「そりゃあ助かる。これからはモンスターと戦う事もあるだろうしね」
「いえ、戦闘するなら鎧を買いましょうよ……」
そうは言っても鎧着ながら木こりなんて出来ないし。作業中に襲われるケースがほとんどだろうから、結局パンツマンにならざるを得ないんだろうなあ。
その店は先日泊まった宿のある通りにあった。この通りには、値は張るが良質な物を出す店が多いらしい。やや簡素だが上品な雰囲気のその店は、何故だか自動ドアだった。俺のいた世界にこんな店あったぞ、確か……。
店内は普通に洋服屋。フロアの半分が男性向け、もう半分が女性向けの物を置いている。セーラは自分も見たい服があるからと言って離れて行った。
「さて。作業着作業着……ここら辺か」
店の奥に進むとボンゾたちの着ていた服と似た造りの物を置いてあるコーナーがあった。薄茶色の作業着だ。触ってみるとゴワゴワしているが、確かに丈夫そうである。至る所にポケットがあり、工具を入れる事が出来るようになっていた。俺が勤めていた工場の、製造の奴らが着ていた作業着よりも上等かもしれない。サイズが身長2メートル50まで対応している所が少しファンタジックではある。トロールとかが着るのだろうか。
試着を繰り返し、自分の身体に合った物を見つけ出すと、同じデザインの上下を3セット買った。軽く10万を超えた。……びっくりだ。高いんだな、服って。他にも固い皮で出来たトレッキングシューズのような靴を二足、自分専用の皮手袋二セット、靴下や下着類を買ったりしていたらどんどん金が飛んで行く。気づいたらトータルで20万近い買い物となった。
「カトーさん、お金持ちなんですね……」
いつの間にか自分の買い物を済ませたセーラが近くにいて、半ば呆れたような顔でそう言った。女の買い物より時間をかけていたのか、俺は。
「貯蓄はそれなりにあるんだ。けど普段はこんな金の使い方はしないぞ、服にこんな金額つぎ込んだのはこれが初めてだ」
アイテムボックスに買った物を突っ込みながら言った。便利だ。デートで荷物持ちをする男の姿は、この世界では見られないかもしれない。
買い物を済ませて店を出ると、俺は店を紹介してくれた礼にセーラを食事に誘った。セーラは快くのってくれた。入った店は洋服屋の近くにある小さな喫茶店。昨日泊まった宿の地下食堂を選ばなかったのは、イヤらしい意味で誘ったと勘違いされないようにする為だ。
その喫茶店は花屋かと勘違いするくらい、店の前を植物で飾っていた。壁にも鉢植えの花を掛けたり、何となくヨーロッパのガーデニングを思わせる。店内は小綺麗な木造の円テーブルが並んでおり、人気があるのか結構な人数の客で賑わっていた。ほとんどが女性だ。仕事帰りの服で寄る店じゃなかったかな、と一瞬後悔したがセーラは気にしてない様子だったので俺も気にしない事にした。まぁ見た所キズだらけの鎧を着てる子もいるしな。
食事はパスタを頼んだ。海が近い事もあって、具材は海産物が多い。赤身魚のカルパッチョや殻付きの二枚貝や海老が乗り、ハーブと鷹の爪のような物が散りばめられている。これが店のオススメとの事だったので、俺もセーラも同じ物を頼んだ。
自分でも不思議なんだが、冷静に考えてみるとやってる事はナンパに近い。少なくとも日本にいた頃だってそれなりに稼いでいたし、職場に女性もいたのだが、こんな風に誘った事は一度だってなかった。もちろんこれからセーラを落としてやろうだなどとは思っていないが、実際にやってる事はそれに近い気がして奇妙な感覚になった。こっちの世界に来て、俺は気が大きくなってるのかもしれない。
食事をとりながら、俺はセーラにこの街の事や仕事の事を聞いた。セーラはこの付近の村の出身で、冒険者志望でこの街に来たが、適性職が魔法使いしかなかったので諦めたそうだ。村に帰っても仕事が無いので、仕方なく日雇いの仕事を探して今に至る。森に慣れ親しんでるセーラは木こりの仕事が性に合ってるようで、木材採取の仕事があったらすぐに応募するという。だから、その手の業界では有名になってきてるそうだ。
「特定の会社に腰を落ち着けようとは、思わないのか?」
「うーん、いいとは思うんですけどね……。やっぱり賃金は安いし、元々冒険者志望だったのでそっちの道も捨てきれないんです。地味に魔法の練習してスキルを上げてはいるんですけど……どうして魔法使いって嫌われてるのかなぁ」
なるほど、未練があるのか。俺も今日働いてみて、冒険者と一般人の収入差に驚いてる所だ。かたやサハギン一匹300万、かたや肉体労働危険手当付きで4万。普通の感覚なら馬鹿らしくもなってくるだろう。
「この仕事が終わったら、また冒険者ギルドに行ってみようと思ってるんです。そろそろギルド登録するお金も貯まりますし」
「そうか。大変だとは思うが、頑張れよ。俺も同じ魔法使いとして応援する」
「いえ、一人でバンプウッドを倒すカトーさんを、同じ魔法使いとは思いたくないです……」
多少傷ついたが、涙は見せなかった。
食事を終えた頃には辺りはすっかり暗くなっていた。セーラを彼女が泊まってる宿まで送ってから、俺は今日泊まる宿を探した。昨日の宿は割引がなかったら高すぎるし、高級すぎて肩が凝る。どこか安くていい宿は無いかと探したら、人気の無い薄暗い通りに出た。通りを歩く人もどことなく胡散臭い。よし、ここら辺の宿なら安いだろうと探してみると、期待どおりに侘びしい宿を見つけた。
宿の名前は『やめ亭』。素晴らしいネーミングセンスである。
宿はボロい木造で、入ってすぐに小さな受付カウンターがある。受付をしているのは目をしょぼしょぼとさせた爺さん。髪の毛も髭も眉毛すら無い。あるのはシワだけで、それもやたらと多いからどれが目でどれが口なのか分からなくなるくらいだった。人か、これは。
値段を聞くと、一泊4000Yだった。食事は出ない。ビジネスホテルみたいな物なのだろう。
値段の安さと気軽さに一発で気に入った俺は、この宿に泊まる事に決めた。指定された部屋に行くと、これがまた小さい。ベッド一つで部屋の3分の2を占めている。だがこの侘びしい感じが俺好みなのだ。海外出張ではこの宿より酷い部屋に泊まった事だってある。
ベッドにゴロリと横になる。アイテムボックスから、トレットの漁村で買ったスルメを取り出した。酒が無いのが寂しいが、竹の水筒にウォーターヒールで水を満たし、それを飲みながらもそもそと食べる。食べながら、これじゃ日本にいた頃と変わらないなと笑った。
宿は静かだった。通りには人もまばらで、大通りの喧騒が微かに耳に届くくらいである。俺はしばらく暇を持て余していたが、そのうちいい具合に眠気が襲って来たのでそのまま眠る事にした。薄っぺらい布団をかけてウトウトしていると、どこかの部屋から女の艶めかしい声が聞こえて来た。声は次第に複数の部屋から聞こえ始める。そういや安い宿と言えばもう一種類あったっけな、と苦笑いしつつ、俺はまどろみの中に意識を投げ捨てた。
『やめ亭』という名前は、女の喘いだ言葉なのか、爺さんの心の叫びなのか。もしかしたら両方なのかもしれない。
翌日から、朝に斡旋所へ行って木こりの仕事を受けるという生活が本格的にスタートした。真新しい作業着に身を包み、森へと向かい木を切り倒す。時折モンスターを退治したがバンプウッドのような大物が出る事は無く、小型の狼や蛇くらいだったので苦労する事は無かった。セーラやボンゾも手が空いてたらモンスターを追い払った。彼らはやはりそれなりに戦えるようだった。
仕事は順調だ。俺もどんどん作業効率が上がる。3日もすれば作業自体は他の2人と肩を並べるくらいになった。5日を超えれば大抵の作業を助言無しでこなせるようになり、必要最低限の言葉のやり取りだけで作業がスムーズに進むようになる。午前中にノルマを達成して、午後はバラけて他の班の手伝いに回るという風になり、段々と任される仕事も増えて来た頃……。思わぬ展開が、俺を待ち受けていた。
それは木こりの仕事を始めて3週間ほど経過した頃だった。さすがにあのラブホテルまがいの宿から離れようと決心し、人の多い通りを歩いていた時の事。俺は久しぶりにクロスとアメリアに出会う。長期の仕事が終わり、今は短期の仕事を少し請け負うだけにしているらしい。つまりはちょっと骨休め中なのだ。俺たちは近くの店に入って、馬鹿話も交えて近況を報告しあった。そこで、話の流れが木こりに同行する警護の話になったのだ。やけに食いついたのは、アメリアだった。
「私たちが見た仕事のリストには、乗ってなかったな。若手に仕事をふるのも良いが、バンプウッドが出るような森ならAランクの冒険者を一人付けるのが普通だろう。クロスでも1対1じゃバンプウッドはキツいぞ」
「いや、俺だけじゃ勝てないな。よほど準備に準備を重ねたなら別だが、カトーは作業中だったんだろ? よく勝てたもんだ、信じられん」
その言葉が本当なら、俺はもう冒険者で食っていけるくらいには強いのだろう。少し自信になった。
「そんな危険な仕事の警護なら、私たちに依頼が来てもいいハズだ。少なくとも閲覧させるくらいはするだろう。しかし、その依頼は低ランク以外の冒険者には来てないようだ。現に私たちのパーティーも、フレイやルシアしか知らなかったようだし……どうも、ふに落ちないな。わざわざ低ランクを指定してるという事だろう、それは。金が無いだけなら、そんな事をせずとも条件提示をするだけで事足りる」
アメリアの眉間にシワが寄る。クロスも違和感を感じたようだ。
「なら、俺たちがその警護を受けてやろう。どれだけ安い仕事でもいい、実際に現場を見てみようじゃないか。カトーの仕事っぷりも、見てみたいしな」
こうして、クロスとアメリアが翌日の警護メンバーに名を連ねる事となった。なってしまった。
そして問題の当日。
俺が集合場所につくと、意外な光景が広がっていた。
いつもの木材運搬用の馬車が並ぶ一角。その手前に、ミスリルの全身鎧を着た憲兵が数人で囲いを作っている。中央にはクロスとアメリアがヒゲづらの男を組み伏せていて……って、あのリーダーじゃないか。一体どうなってんだ?
「あ、カトーさん! ど、どうしよう、仕事なくなっちゃった!」
「……は?」
俺の姿を見つけたセーラが、青ざめた顔で声をかけてきた。何が起きてるというのか。続けてやってきたボンゾが、ため息をついて説明してくれた。
「あの大将、盗賊の一味だったらしい。ここで稼いだ金を、盗賊団に流してたらしいな。とんだクソッタレ野郎だぜ」
うわー……何か裏があるとは思っていたけど、まさか盗賊絡みか。そう言えばアメリアが言ってたな、最近よそから盗賊が入って来てるって。そんな事を思い出していると、目の前を縄で括られたリーダーの男が歩いて行く。俺と目があった男は一瞬立ち止まって何か言おうとしたが、憲兵に突き飛ばされてそのまま連行されていった。
何を言いたかったのだろう。恨み言だろうか。謝罪の言葉だろうか。後者だったと思いたい。
皆は一様に困惑していた。斡旋所の人間がやってきて、一応今日分の給料は補償してくれたものの、やはり明日からこの手の仕事は別の会社のものを受けなければならない。仕事がある分まだマシだと思うしかないが、割り切れない人もチラホラ見かけられた。
説明が終わった後、クロスとアメリアが俺たちの所にやってきた。感謝半分、謝罪半分といった所か。生真面目なアメリアは何だか思いつめたような顔をしている。
「まさか指名手配されていた奴があんなに堂々と素顔を晒して仕事をしてると思わなかったから……つい頭に来て捕まえてしまった。皆の落ち込み様を見ると、なんだか悪い事をした気がするよ。結果的にお前たちの仕事を奪う事になってしまった、すまない」
「俺からも謝るよ、悪かった。せっかくカトーがこの街に馴染んで来た所にこれだからなぁ。でもだいぶ上前跳ねられてたみたいだな、奴が送金してた金はかなりのものだったらしい。見つけ出せたのはお前のおかげだ、ありがとう」
「……ああ、別に俺は気にしない。ただ突然の事に呆気にとられただけだ」
そう、別に俺は構わないのだ。構うのはこの仕事で生活してた人たちだろう。セーラとボンゾには、今回の件で俺が引き金となった事を知られた。まずいな、嫌われたかなと振り返ってみると、2人は表面上それほど気にしてないようだった。
「じゃあ、俺たちは行くよ。これからギルドの方に報告しなきゃならんし、再発防止の為の会議にも顔を出さなきゃならないだろう」
「分かった。じゃあ、またな」
二人を見送る。そしてその姿が通りの向こうに消えてから、俺はセーラとボンゾに頭を下げた。
「悪い。聞いての通り、アイツらが来たのは俺のせいなんだ。まさかこんな事になるとは思わなかった、すまない」
「な、何言ってるんですか! カトーさんは悪くありません、悪いのはあの盗賊なんですから!」
「そうだぜ、見抜けなかった俺たちだって悪かったんだからな。まあ、明日からまた仕事を探すのは大変だがお前の責任じゃねえよ。むしろあのまま働いてたら盗賊の仲間と勘違いされてたかもしれん」
フォローしてくれるのは有り難いが、ボンゾの言う通り明日からまた新しい仕事を探さなくてはならない。特にボンゾは妻帯者だから苦しいハズなのだ。どうにかしてやれないものか……。
その時、俺はふと思いついた。
俺たち3人は最近では息もピッタリ合うくらいに相性が良い。セーラもボンゾも、下っ端冒険者よりも戦える能力がある。金さえあればギルドに登録できるのなら、3人で冒険者になるのも悪くないのではないか。そう思ったら俺は言い出さずには居られなかった。俺をフォローしつつも不安を隠せない2人に、俺は先ほどまでの気落ちした顔が嘘のような、不敵な笑みを浮かべながら、こう言ったのだ。
「2人とも、俺とチームを組まないか」