エルフの森 連続ツルツル事件(一)
その日、俺は早朝からキスクワードに呼び出されクランハウスを訪れていた。この街の教会……ティモシーたちへの援助に関する打ち合わせの為だ。彼らの現状をヴァンドーム家が調べた調査書、それを元に今後の方針を話し合っていた。ここにいるのは俺とキスクワードの他にクロスとマゼンタ。セーラたちは別室で寛いでいる。
「カトー君の言う通り、このまま何の援助も無ければ後3ヶ月で立ち行かなくなっていたな。寄付のタイミングとしてはギリギリだった」
「ネイの件で教会に行けて良かったよ。ルシアも苦しかったら相談してくれれば良いのにな」
「カトー、そりゃ難しいぞ。ルシアの性格的に」
資料には教会の厳しい現状がハッキリと記されていた。ティモシーもだいぶ無茶な事をしており、先月だけで5人、更に今月も4人と10人近くの子供を孤児院に入れている。彼をそばで指導する人間が必要な気もするが、そこはネイに任せようと思っている。彼女は厳しい環境で切り盛りしてきた経験があるし、結構ズバズバ言う性格だから適任だろう。ルシアは無理っぽい。彼女に可能なら、ここまで問題は大きくなっていなかったはずだ。
資金援助は結局、俺とクロスとキスクワードの三人が共同で金を出し合う事になった。それも教会への寄付ではなくティモシー個人名義で行われている孤児院事業への投資という形で。ここらへんの事情は俺もよく分からないんだが、キスクワードが言うには『距離感』が大事なのだそうだ。
「将来の事を考えたら、孤児院は教会と切り離した方が都合が良いのだよ。後、ティモシー君が引き取った子供たちも色々と訳ありでね」
「……中央からはじき出された没落貴族たちの子、ですか」
キスクワードの言葉に反応したのは、資料を持って来たマゼンタだった。複雑な表情をしている。
「マゼンタ君より境遇は酷いな。権力闘争に関わってこっぴどくやられた連中が借金のかたに売り飛ばした子供たちだ。働いていた店が潰れて路頭に迷っていた所を拾ったようだが、偶然とは言えよくぞここまで狙ったように集めたと思うよ。元々中央に不信感を持つティモシー君だ、この実情を本国の連中が知れば何か企んでると思っても仕方ないだろうな」
なにやら面倒な事になっているようだ。俺も考え無しに関わってしまったかなぁと思ったが、そんな俺の様子を見てクロスは苦笑いしながら言う。
「カトーが悩む事じゃないさ。お前の援助で沢山の子供たちがまともな生活を送れるようになったんだ、誇って良い」
「そうだぞ、カトー君。私も最近は移民や盗賊問題にばかり目を向けて、こうした子供たちの存在を気にかけていなかった。私にとっても君の行動は良い切っ掛けとなっている」
キスクワードはそこまで言うと、少し目を光らせて続けた。
「将来的には、君の夢と繋がるかもしれんな」
俺の夢?
俺の夢……というかキスクワードが勝手に勘違いして決めつけた『スキル養成所』の事か? それの小学校バージョンでも作れというのか。このオッサンは先へ先へと物を考え過ぎじゃないだろうか。
「まぁまぁ、義父さん。カトーもこれからギルドの仕事があるし、今日はそこまで先の話をしなくてもいいでしょう。カトー、そろそろ時間だからみんなの所へ行ってくれ。今日は俺とアメリアが動けないから、ルシアが来てたら彼女もBチームに入れてやってくれないか」
「分かった」
俺はクロスの言う通りに席を立ち、セーラたちのいる部屋へと向かった。キスクワードはまだ何か話したそうにしていたが、いつ妙な所にギアが入って暴走するか分からないので早々に退散する。今日は落ち着いてたから助かったが、やはりあの人はちょっと苦手だ。
クランハウスにあるもう一つの会議室では、ルシアが絵本を読み聞かせていた。どういう事だ。
「こうして、森の妖精モッサンと若い猪は末長く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし……」
「ぅう~……感動です、幸せってこんなに身近な所にあったんですね……」
「そーかなぁ、幸せかなぁ。下手したらこれ異種交配……」
「リリ姉、セーにゃんを汚すな。ここは種族を超えたピュアな愛と脳内変換するべし」
………。
どんな話なんだ。
「みんな、待たせてすまない。何やら楽しそうだが、何をしてたんだ?」
俺が尋ねると、セーラが涙をハンカチで拭いながらにこやかに答える。
「ルシアさんに、御伽噺を読んでもらってました。モッサンが凄く頑張って、猪さんとお友達になるお話なんです」
「モッサン……おっさんみたいだな。どんな話なんだ」
それに答えたのはルシアだ。ルシアは絵本を閉じて表紙をこちらに向ける。そこには白い毛の塊のような物が描かれていた。タイトルは『モッサンと猪』。そのまんまだ。
「この地方に昔からあるお話なんですよ。西の森が舞台となっていて、白い妖精が主人公なんです」
ルシアの説明では、この白い毛玉妖精がモッサンと言うらしい。森の妖精モッサンは、同じ種類の仲間がいなかった。だからいつも寂しい思いをしていたのだが、ある日一念発起して世界のどこかにいるであろう同族を探す事にする。そして様々な森を旅する、というのがこの話の基本らしい。シリーズ化しており、絵本によっては犬、猫、鳥、熊などが登場し、そのことごとくを仲間にするというから驚きだ。ただ最後のページで、ハートマークの中でキスをするシルエットが必ず付け加えられている事から、仲間というより嫁にしている可能性の方が高い……というのがリリーの解釈である。いや単に仲良しだというのを表現したかっただけだと思うんだけどな。
ちなみに『モッサンと猪』では罠にかかった猪をモッサンが助けるも、猟師の襲撃に遭い猪をさらわれてしまう。そこでモッサンは必死に後を追い、激闘の末に猟師を倒して猪を助け出す、という流れだ。猪をパートナーに迎えたモッサンは彼(彼女?)をつれて森の中へと消えて行く……というふうに物語は終わる。これ、猟師が不憫に思えてならないんだが俺がおかしいんだろうか。それに次の絵本ではまた一人ぼっちスタートになってるというから、つまり猪は食わ……いや、やめよう。セーラを泣かせたくない。
「……話は分かった。しかしなぜ絵本なんて読んでたんだ? セーラがリクエストでもしたのか」
「いえ、実はギルドのお仕事で、このモッサンと関係ありそうな依頼があったんですよ」
セーラが指差した先には、テーブルの上で開かれた本らしき物。それはいつもローランドが手にしている依頼書を挟んだ分厚いファイルだった。
「そう言えばローランドは?」
「絵本のこのページ見たら、『気持ち悪くなった』って言ってトイレ行ったよ」
フレイが開いたページには半裸に剥かれた猟師らしき人物が描かれている。股間に白い毛玉、そして尻に猪の牙が突き刺さった見るも無惨な姿だった。……いや、絵本にすんなよこんな惨劇。そしてローランドは繊細すぎだ。
さて、気を取り直して依頼書に目を通してみる。セーラが言っていた依頼書はランクCというなかなかの難易度がつけられていた。
【モンスター?討伐 ランクC 対象:森の妖精モッサン?
依頼内容 フォーリードの西、キウリの森地区にて動物の毛が次々と無くなって行く現象が発生、ついには森に住むエルフたちにも被害が出始めた。目撃者によると伝説にうたわれる森の妖精モッサンにその姿形が酷似しているとの事。原因とされる存在が本当にモッサンなのか調査して貰いたい。出来れば討伐、もしくは無力化してこれ以上の被害が出ないようにしてもらいたい。 調査期間中の食事はこちら持ち。調査のみで15万Y、討伐もしくは無力化で解決した場合は成功報酬として200万Y。出没モンスターは猪、熊の系統が多いので実力ある冒険者を求む。
場所:キウリの森 遺跡群のどれかに住み着いている可能性あり
依頼人:カパマーキ村村長ミシェル・シェンケル】
毛が、無くなる……
モッサンって毛を毟るのが趣味なのか?
「目撃者の話ではモッサンって事になってるが、それと確定したわけじゃないんだろ?」
「でもカトさん。この森で白い毛の生き物って擬態にも何にもなんないから、普通に考えたらそんな毛色のモンスターは居ないはずなんだよね。モッサンが実在するなら、やっぱりモッサンだと思う」
モッサンモッサンって、なんか嫌な会話だな。しかしリリーの言う事は理にかなっているような、そうでないような。その理屈で言えばゴールデンフォックスなんて砂漠くらいにしか存在出来ないんじゃないか。
ちなみにゲーム知識は全くあてにならない。モッサンなんてモンスター、記憶にないからな。だいたいフォーリードの西の森を舞台としたクエストなんて採集クエストくらいしかやってなかったし、モンスターにしても弱いウドウッドやトカゲ類しか出て来なかったはずなんだ。色々と変わりすぎている。
「他の仕事は……ああ、よそのクランとの合同クエストの依頼ばかりか。露骨に探りをかけられてるな。単独のクエストがこれだけなら、今日はこの仕事にしようか。変な気苦労なんてしたくないだろう」
俺が言うと、フレイやルシアは普通に頷いた。セーラはなんだか嬉しそうに頷く。そんな中、リリーはなんだか微妙な顔をしていた。
「どうしたリリー。何か不満があるのか?」
「そう言うわけじゃないんだけど……」
言いにくそうにする。しかし少し迷ってから、暗い表情で続けた。
「髪の毛とか狙われたら、嫌だなって。だって人にも被害が出てるんでしょ? カトさんはツルツルだからいいけどさ、私たちは女だし髪の毛も長いからちょっと……」
ふむ。
確かに女性には厳しい依頼かもしれない。フレイとルシアもリリーの言葉を聞いて初めて気づいたらしく、一気に不安な顔になった。セーラは……あれ、変わらないな。
「大丈夫ですよ、リリーさん。モッサンは良い子ですから、きっと話せば分かると思います」
分からんと思うけどなぁ……。セーラは相変わらず春爛漫な思考をしているが、放っておいたら頭の中に広大なお花畑が出来てそうで怖い。いい加減御伽噺と現実が違う事を教え込まないと大変な事になりそうだ。
「その点に関しては安心してくれ、俺が先頭に立って囮になるから」
「でもカトさん髪の毛無いじゃない」
「無ければ生やせばいいんだよ、生やせば。というか毛根はしっかり生きてるからな、ハゲとは違うのだよハゲとは」
俺は自信満々に言ってみせた。この依頼書を読んだ時に思い出したんだが、俺はキスクワードに素晴らしいアイテムをプレゼントしてもらっている。それは今回の依頼にうってつけのアイテムで、絶対に使ってやろうと考えていたのだ。ポシェットから取り出すと、リリーたちの前でビシッと掲げてみせた。
「刮目せよ! これぞ世の中年男性陣が夢に見る素敵アイテム……
『超高級毛生え薬フサフサーノX』!!
これさえあれば髪の毛なんぞいくらでも生え放題だ!」
金額にして350万Y。もしこれがアニメか漫画なら登場と共に、背景に薔薇か何かが咲き乱れる超セレブリティ溢れるアイテムである。「おおぉっ」とフレイとセーラは驚き、ルシアはポカーンとしている。さあリリー、君もビックリ仰天有頂天で俺を讃えると良い。
「あのさ、カトさん」
「ん? 胸の高鳴りが抑えきれないか?」
「それ試した事あるの?」
………。
ふむ。
「そう言えば使った事無かったな。試しに今使ってみるか?」
「そうだね」
俺は毛生え薬のチューブをリリーに渡すと、少しざらついた頭を手の届く範囲にまで傾ける。セーラやフレイたちも面白がって「私も塗りたい」などと言い出した。なんだなんだ、大人気じゃないか。俺はちょっと上機嫌で彼女たちが頭を撫で回す感触を楽しんでいた。
ぬりぬり。ぬりぬり。
ぬりぬり。ぬりぬり。
ぎゅっ
ブリュリュッ
「「「あっ」」」
◆◆◆クランハウス近く、路上にて◆◆◆◆
クラン『クロス&カトー』の本拠地であるクランハウス近く。ゴミ一つ落ちていない綺麗な石畳の道を、一人の兎人族が歩いている。真っ赤な髪を靡かせた彼女は、昼間には少し似つかわしくないバーテンダーを思わせる衣服に身を包んでいる。その肩の上には一匹の白い猫。見た目は普通の子猫なのだが、口を開けば奇妙な訛りで喋る異様な猫であった。今も女性の肩の上で不安そうな表情を浮かべながら人の言葉を話している。
『しかしホンマにええんですか? あのいかつい兄さんに任せんと、普通にプレストはんが解決したらええと思うんやけど……』
「まぁ、確かにそっちの方が手っ取り早いとはボクも思うんだけどね」
プレストと呼ばれた女性は鼻の頭を掻きながら答える。
「ミシェルからは嫌われてるし、そもそもあの村の連中は血生臭いボクを受け入れられないよ。手助けしても『余計な事をするな』って言われるだけじゃないかな」
『……ホンマ、何も知らん癖に偉そうにしよってからに、あの連中。このまま一族郎党ハゲ散らかってまえばええのになぁ。プレストはんも偶にはガツンと言わなアカンと思うよ?』
「アハハハ、それは遠慮しとくよ。余計なトラブルになりかねないから。それより、ボクはカトー君がこれを機にこの世界の成り立ちに興味を持ってくれないかと期待してるんだ。彼なら、あそこに残された遺跡群を見れば何かあると気づくと思う。そうすればまた一つゲイリーと接点が出来るし、協力関係も結べるんじゃないかって思うんだ」
『うーん、しかしなぁ……』
猫は難しい顔をして唸る。
『こないだ、パン屋近くの坂道で寝てた時に見たんやけどね。あの兄さん、チ○コ思いっきり膨らませて疾走してたからな?』
「……は?」
『でもって逃げる男のケツにズドンとかましよったからな。うまくゲイリーはんと引き合わせても、血の雨降りそうで怖いんやけど。色んな血が』
「………」
もはや絶句するしかないプレスト。いやいやまさか、彼がそんな変態なわけはないだろう。ただの作り話に決まっている。……無理矢理そう自分に言い聞かせるも、全身からドッと汗が噴き出すプレスト。いや、大丈夫だ。ゲイリーも言っていたじゃないか、カトーは自分よりも心の強い男だ、と。信頼のおける人間なんだ、と。
そんな事を考えながら歩いていると、視界に大きな人影が。クランハウスから出てきたカトーたちである。慌てて物陰に隠れるプレスト。結界で気配を消して様子をうかがう。そして目を丸くした。
綺麗な女性たちに囲まれたカトー。今日は全身をスッポリ包む聖者の衣を着ている……のだが。その姿は一目で異様だと分かるものだった。
それは言ってみれば『こけし』に近い形状。
頭を包むフード部分が嘘みたいに盛り上がり、顔を見せるべき場所からは収まりきらない髪の毛らしき物がもっさりと飛び出していたのだ。それは正しくモンスター。街の外で出会ったらプレストでもビビる異様さである。
『プレストはん。これでもまだあの兄さんをゲイリーはんに引き合わせたいか?』
「……考え直した方が良いかもしれない」
物陰で頭を抱えてうずくまるプレスト。それを慰めるように、猫は彼女の赤い髪を柔らかな肉球で撫で続けるのだった。
遠ざかる異形の物体を眺めながら。
 




