マジカルミステリーカトー
もし俺がこの世界にやって来てから、誰とも仲良くなれていなかったらどうなっていただろう。一人でも生きていけるだけの力はある。ゲームではソロプレイが当たり前だった。けれど多分、俺は精神的にだいぶ参ってたんじゃないかと思う。今こうして穏やかな気持ちでいられるのは、間違い無くセーラが俺の事を受け入れてくれたからだし、ボンゾたちのような仲間がいるからこそだろう。
そんな彼らが俺に対して疑問や不安を抱いているなら、払拭するのが筋という物だ。俺の素性を話す、というのはこの世界においてかなりリスキーな行為だと思う。いわゆるマレビトという存在は強大な戦力となるだけでなく富をも齎すと言われている。どこから情報が漏れて、俺を利用しようとする人間があらわれるか分からないのだ。しかし俺はボンゾたちを信じて全てを話す事に決めた。デタラメだと笑われるかもしれないが、それならそれで良い。既に俺は最愛の人に受け入れてもらえているのだから。
「……今まで、周りの人にどんな影響を与えるか不安だったからセーラ以外には話していなかったんだが。俺は元々、この世界の人間じゃないんだ」
言った。
言ってしまった。
実際に口にするのは勇気がいるものだ。普段何事にも躊躇などしない俺ですら若干緊張してしまう。俺の真向かいに座るボンゾは一体どんな反応をするだろうか、不安になって顔を見るとボンゾは何でもなさそうにこう言った。
「だろうな」
えっ
「いや、むしろそうじゃねぇとおかしいっつうか、な。前々から色々変だとは思ってたんだ」
ボンゾは笑っていた。予想外なリアクションに俺も戸惑いを隠せない。そこに追い討ちをかけるようにフィオナさんが続ける。
「前にも言ったけど、『遠見』のスキルを使用出来るのはエルフだけなのよ。それにカトー、あなた『犬の鼻』まで使ってたわよね。アレ、人狼でも王族にしか伝わらないレアスキルなの。限られた種族にしか扱えない力をポンポン使っちゃう存在なんて、かつての大戦で活躍したマレビトたちくらいなのよ」
サラサさんも特別驚くでもなくにこやかに言う。
「異常成長させる力がある、って聞いた時からそうなんじゃないかって話はしてた。そもそも鉄を触る事の出来なかったエルフに耐性をつけて、グランフェルトみたいな英雄を生み出したのもマレビトだって言い伝えがあるし。有り得ない変化や理屈を超えた力ってマレビトの代名詞みたいな物だから」
種族の性質まで変化させた奴もいたのか。それは俺以上の成長補正スキルだな。しかし……既に俺のやってきた事だけで真実に辿り着いていたとは思わなかった。それだけ俺が異常な行いをして来たという事だろうか。いやまさか。彼女たちの勘が特別に鋭いのだろう。
「俺は別の世界で生まれ、そして死んだ。この世界で何故二度目の人生を送れているのかは分からない。生前に見知っていた物語の世界とこの世界がよく似ていて、知識だけは断片的にあるから何とか生きて来れた。……これくらいだな、話せる事は。今まで黙っていてすまなかったよ」
俺が頭を下げるとボンゾは「構わねえよ」と笑い、フィオナさんも「確かに大っぴらに言える事じゃないわね」と言ってくれた。サラサさんは「面白ければ何でも良い」と反応に困る事を言う。そんな中、クレアさんだけは難しい顔をして俺を見ていた。
「カトーさんのお話は分かりました。セーラが既にそのお話を聞いていて受け入れているなら、カトーさんが嘘つきじゃないのは証明されているでしょう。……でもその流れで言うと、あの女の子はカトーさんと同じ世界の子なんですか?」
ああ、肝心な事を忘れていた。副島さんが何者で俺とどんな関係か聞きたかったんだよな。そりゃ怪訝な顔をするわ。
「ああ。というか働いていた所の上司だったんだ」
「「「「上司!?」」」」
ここで驚くんかい。俺の正体より重要な事か、それは。
「カトー、おめぇあんなガキに使われてたのか。どう見たって年下だろうが」
「いやいや、あの姿は本当の姿じゃないんだ。あの人はちょっと特殊で、こっちの世界に女の子の姿で移行してきたらしい。実際は60歳を越えたおじさんだよ。ハゲかけていて酒とタバコと釣りが好きで、雑学ネタにやたらと強い普通のおじさんだ」
「……まあ、確かにそんなヤツはよく居るな。雑学はどうか分からんが」
「だからね、クレアさん」
俺は真剣な目つきでクレアさんの方を向いた。
「俺が副島さんを嫁にするとかは絶対に有り得ない。俺の中で副島さんは今でもハゲかけたおじさんで良き上司だ。第一姿からして結婚に適した年齢じゃないし、中身は男だぞ」
「……ホッとしました」
安堵の表情を浮かべてそう答えるクレアさん。そんなに重要な事なのだろうか。俺の正体より女性関係の方が重要って、クレアさんも大概おかしいぞ。
そんなクレアさんにニヤニヤ笑いながら話かけるのはサラサさんだ。
「でも有り得ない事を可能にするのがマレビトだしねぇ」
「カトーさんっ!?」
いやいやいやいや。混ぜっ返すんじゃありません、そこの妊婦。
「まぁさっきも男の子にドキドキしてたみたいだし可能性はゼロじゃないわね」
何言ってんのフィオナさん!? というかローランドとの会話まで覗いていたんかこの変態エロフは!
「まぁとりあえず……カトー」
うぅ……ボンゾだけが優しいよ。気の毒そうな顔で声をかけてきた。
「男色はやめとけ。俺も話しかけ辛くなる」
………。
ぅう……。
うわあぁぁぁぁぁぁんっ!!
俺は泣きながら手をつけていなかった果実酒のグラスをあおった。飲まずにはいられなかったのだ。
さて。ベジタリアンが泣いて喜びそうな夕食も終えて、俺とボンゾが強めの酒を飲みながらまったりとしていると、サラサさんを部屋に送って戻ってきたフィオナさんが俺の隣に座って酌をしてきた。本人は飲むつもりが無いのかグラスを持って来ていないから、飲み交わすのが目的ではなさそうだ。ならば、俺に何か用なのだろう。
「ねえカトー。私が『色々聞かせてもらう』って言ったの覚えてる?」
「……覚えてるけど、さっき話した事以外で何かフィオナさんの興味を引きそうな話題なんてあったっけ?」
考えてみる。フィオナさんの好きそうな事。なんだろう……ぁあ、やっぱり魔法に関わる人だから俺の魔法の事だろうな。
「もしかして俺の使った魔法の事かな。巨人を作ったりしたの、見てたんだろ?」
「御明察。魔法に関してはかなり勉強したけど、あんな魔法は見た事ないわ。ねえ、あなたの冒険者カードを見せてくれない? 魔法だけじゃなくて、どんなスキルを持ってるかも気になるわ」
知的好奇心の塊のような表情で言うフィオナさん。ボンゾも半ば呆れ顔だ。
「もっと何かあるんじゃねえか? 例えばどんな世界で生きて来たのか、とか聞く事はあるだろ」
「興味無いわよ、そんなの。マレビトが自分の世界に帰ったって話も聞かないしこっちからは行けないんでしょ? カトーもセーラと結婚するんだったらこっちに骨をうずめるつもりだろうし、振り返ったって仕方ないわよ。そんな事よりカトーが今どんな事が出来るか、の方が気になるわ。私たちは過去ではなく今を生きているのよ?」
良い事言ったつもりかしらんが大して良くもないからな。しかし有無を言わさぬ威圧感にやられて俺は冒険者カードを渡した。目を爛々とさせてカードを見つめるフィオナさんに、俺とボンゾは苦笑いを浮かべるばかりだ。
「すまねえな。こいつは普段静かなくせに、自分の興味のある事に関しちゃ異様にうるさくなるんだ」
「気持ちは分かるよ。俺だって筋トレの話を振られたら嬉しくなって平静でいられなくなるだろうしな」
「……おめぇも大概だな」
失礼な。少なくとも魔法に夢中になるよりは健康的だろう。
のんびりと酒を飲みながらフィオナさんを眺める俺たち。キッチンの方で酒のツマミを作っていたクレアさんが、皿を両手にこちらへとやって来た。
「お待ち遠さま。カトーさんのお土産の塩辛を使ったパスタです。ナラップ(パプリカみたいな野菜)と玉ネギと強めのハーブを使っているから、カトーさんのお口に合うか分かりませんけど……」
「大丈夫。俺は何でも食えるから安心してくれ」
「そう言って何でも口に入れるようなら安心できねえけどな」
赤ちゃんじゃあるまいし、それは幾ら何でも失礼だろ。
……ちなみに俺の胃が丈夫なのは本当の話だ。子供の頃に学校で遠足に行った時、そこら辺に生えてた怪しいキノコを次々と食べまくっても平気だった。怖がる周りの同級生たちを後目に、ゲラゲラと笑い転げていたのを今でも覚えている。
それはともかく。
クレアさんはセーラの師匠だけあって料理は抜群に上手かった。イカの塩辛ってついつい単品で食べたくなるが、こうして香りの強い野菜と合わせても美味いものだな。今飲んでるのはバーボンウィスキーに近い味の酒だが、焼けた舌に強めの塩と香りが心地良い。高血圧の人にはオススメ出来るもんじゃないけど。
「美味いなぁ……セーラにも食べさせてあげたいよ」
「ありがとうございます。でもあの子ならもっと優しいハーブを使うでしょうね。お酒を飲む人の求める味は、飲めないあの子にはまだ理解出来ないでしょうし」
いやいや。セーラは出来る子です。今にきっと凄いツマミを作ってくれるに違いない。いつかセーラとクレアさんとで料理対決でもしてもらおうか。そして俺とボンゾで出来上がった料理を食らいつくす、と。何とも酒の進みそうなイベントだ。……何を考えてんだ、俺は。酔ってきたのかもしれない。
そんなアホな事を考えていると、ずっと黙っていたフィオナさんがバッと顔を上げる。そして俺を睨むように真剣な目つきをして口を開いた。
「カトー。先ず教えて欲しいんだけど」
「ん? 答えられる事なら何でもどうぞ」
指差したのはやはり魔法の並ぶ欄だった。が、マッスル系ではなくウォータージェイルを指差している。はて、それの何が不思議なんだか。
「このマンディールは水と風の国と言われていて、魔法でもその二つの属性に関する研究は世界でも一番進んでいると言われているの。私も水魔法は得意で個人的に研究してたりするんだけど……ウォータージェイルなんて魔法、見た事も聞いた事も無いわ」
……。
……?
「そりゃあ魔法が発現するかなんて個人差があるだろうし、魔法使いとしての素質やレベルとかも関係するだろう。単に研究が行き届いて無かったんじゃないのか?」
「……少なくともこの800年近く、水魔法で新しい魔法は発見されてないわよ」
なんと。それは確かに大発見かもしれない。しかしこの魔法、どうやって覚えたんだったか……。思い出そうと頭をひねる俺に、フィオナさんはたたみかけるように言う。
「一体どういう魔法なの? どれだけ魔力を使えば発動するの? 私にも扱える魔法なのかしら」
「ちょっ、ちょっと待ってくれフィオナさん、顔が近い!」
詰め寄るフィオナさんをクレアさんが引き剥がす。やれやれ、旦那さんが見てるというのに何をやってんだか。しかしそれくらいエキサイトする事なんだろうな、新魔法の発見って。よし、それなら真剣に思い出してみようか。
確かあれは殺人蜜蜂を空中で迎え撃った時だ。だからネイとの戦いが決着した後の話。あの時俺は殺人蜜蜂の羽を濡らして飛行能力を無くそうとしたんだ。で、ウォーターミストの魔法で相手を包み込もうとして……。
「えーと、ウォーターミストの魔法を思いっきり魔力を込めて放ったら別の魔法に変化したんだ。あの時、とにかくミストで敵を包み込もうと意識してたんだよな。で、それなら沢山魔力を使ったら水の檻が出来るかな、と思ったんだ。結果的に本当に水で檻を作る魔法が出来上がった」
こんな流れだったと思う。
それを聞いたフィオナさんは、信じられないという顔をした後にハッと目を見開いた。
「魔力の過剰供給による暴走……いや、それが精霊の施した枷を打ち破る鍵になるのね。カトー、その時一体どれだけの魔力を消費したのか覚えてる?」
何を言ってるのかサッパリだが、どうやら重要な事らしい。俺は必死に当時を思い出しながら答える。
「確か200くらいだったかと」
「「200!?」」
クレアさんとボンゾが驚きの声をあげる。が、冒険者カードで今の俺のステータスを見ていたフィオナさんは成る程と頷いた。
「カトーみたいに非常識レベルの魔力タンク人間じゃないと出来ない芸当ね。そりゃ800年経っても見つからないハズだわ、次のステップに進むのにそれだけの魔力量が必要になるのなら。MP切れが怖い普通の魔法使いなら節約を第一に考えるし、そんな無駄な魔力の使い方なんて気が狂ったりしない限り思いつきもしないでしょうね」
何気に俺の扱いが酷いのは気のせいか。
「今、ウォータージェイルを発動させたらどれくらいの魔力が必要かしら」
「うーん、ちょっと待ってくれ。やってみる」
両手を皿に添えられたフォークに向ける。そして目を閉じてひさびさに脳裏にステータス画面を映し出す。MPの数値を意識しながら、魔法を発動させた。
『ウォータージェイル』
フォークを水が包む。消費したMPは8だった。魔法を変化させるのに必要なMPが200必要だっただけで、変化後は一般的な魔法と同じような消費量で落ち着いてるようだ。
「8だな。毎回200も消費するわけではないみたいだ」
「良かったわ、もし毎回なら余りに効率が悪いもの。しかし……なかなか使い所が難しい魔法ね」
ふよふよと浮かぶ水球。中のフォークをくるくると回してみせる。クレアさんはニコニコしながら言った。
「これ、お洗濯に使えないかしら」
「クレア。普通に魔動洗濯機を使えばいいだろ、これじゃ中が丸見えじゃねえか」
「それもそうねぇ……」
なんとも和やかな会話だ。しかしそれは意外と良いアイデアかもしれない。この先長い期間のクエストを受けた時なんかは野外で衣服の洗濯を必要とする場合もあるだろう。衣服関係はセーラが強いが、俺もこの魔法で手伝いが出来るかもしれない。
第一攻撃魔法としちゃ瞬間的な殺傷能力に欠けるからな、この魔法。溺れさせるくらいしか出来ないだろうし、それだって殺人蜜蜂みたいな軽いモンスターに限る。クマ系なら自力で水の檻から抜け出せてしまう可能性が高い。
「カトー。あなたは魔法という物をよく知らないみたいだから教えておくわ。その上で、頼みたい事があるの」
「……俺に出来る事なら」
「あなたにしか出来ないわ。とにかく、話を聞いてちょうだい」
いつになく強引なフィオナさんに気後れしながらも、俺は素直に頷いた。きっと今から彼女が言う事は、俺にとっても大きなプラスになる……セーラじゃないけど、直感でそう思ったのだ。俺は気持ちを引き締め直して、フィオナさんと向き合う。先ほどまでとは比べ物にならないくらい緊張した面持ちで、彼女は語り出した。
この世界において、魔法とは精霊の力を借りて超常的な現象を引き起こす行為を言う。精霊たちは大昔から自分たちの能力を人間たちに貸し与えてきた。勿論貸すというからにはタダではなく、使用者からはしっかり魔法の規模に応じた魔力を貰っていた。それが基本的な魔法というものの在り方である。
魔法は精霊の力を行使する強力な武器である。が、その力には精霊たちによって枷がかけられていた。その枷こそが魔法の種類に繋がっており、細かく力の方向性や威力を限定させながら、精霊たちは人々に魔法を与えていたのだ。この枷をすべて取っ払って精霊に自由に暴れて貰うというのがいわゆる召喚魔法。究極の魔法である。
人々と精霊たちは、良質なギブ&テイクの関係を保ちながら互いに高めあう形で発展を遂げた。人々は魔法によって快適な生活を送り、精霊たちも彼らの感謝の気持ちを魔力という形で受け取って、その力を増す。その関係は異世界から『神』と名乗る存在がやって来るまで極めて理想的な形で続いていた。
現在、この世界では精霊は信仰対象ではなくなっている。魔法はただの武器であり、魔力はただの燃料という認識だ。大戦で勝利した多くの神々はこの世界にはびこる精霊信仰に似た形を否定し、人々に精霊の代わりに自分たちを信仰させた。ミリア教でお馴染みのミリア神のように、精霊たちと良好な関係を築けたのはごく一部であり、多くの精霊は神々の眷族に無理矢理組み込まれてその力を失う。それはこの世界から魔法使いが減って行く事を意味していた。信仰心によって行われる『奇跡』の方が魔法に比べてコストが掛からないという点も、その流れを後押しする事となる。
マンディールはミリア教の支配する地域であり、ミリアと友好的だった水と風の精霊が未だ力を持って存在出来る地域である。人々の心にも精霊に対する敬愛の気持ちが未だ宿っており、だからこそ生まれながらに魔法を扱える者は多い。他の地域ではなかなか無い事だ、とフィオナさんは言った。だがやはりミリア教徒の作った国である事から、魔法よりも奇跡の方が有り難がられるのは自然の流れ。この国であっても精霊は徐々に力を弱めつつあった。
俺のやった事は、そんな精霊たちの現状を変えうるかもしれない。そうフィオナさんは言った。
「カトーならきっとまだまだ新たな魔法を見つけ出せると思うわ。新たな魔法を見つけ出し、それを一般人の中にも広める事が出来たなら、また皆が魔法を使うようになって精霊を活性化させる事が出来るかもしれないのよ」
熱心にそう話すフィオナさん。やはり精霊と対話してきたエルフだからか、その言葉に強い想いが込められているのが分かる。
「よくわからないが、今さっきボンゾさんが言ったみたいな魔法の洗濯機とかじゃダメなんだな?」
「そうね。精霊を介してないから力にも何にもならないわ」
しかし家電に対抗しうる魔法なんて、そんな都合の良いものが見つかるだろうか。そんな疑問が顔に出ていたのか、フィオナさんはニヤリと笑って続けた。
「大丈夫、カトーは今までのように魔力の過剰供給で魔法の新しい形式を見つけてくれたら良いから。後はそれを私に教えてくれたらそれで良いわ。……これを見て」
そう言ってスカートのポケットから取り出したのは、忍者が口にくわえてそうな巻物だった。
「これはマジックスクロール。主に魔法を吸収して、印の形で記録する物よ。試しにウォータージェイルをこの巻物に放ってみなさい」
「分かった」
言われるがままにもう一度ウォータージェイルを放つと、広げられた巻物に瞬く間に吸収される。そして眩い光を放ったかと思うと、そこには何やら複雑な図形が浮かび上がった。円の中にいくつもの幾何学模様が入り乱れる感じだ。
「こんな感じで記録されるの。私はこの図形を解析して、実生活に役立つような魔法にアレンジして行くつもり。だからカトーにはどんどん魔法の開発をお願いしたいのよ」
なるほどなぁ。
フィオナさんの試みは精霊どうのこうのだけではなく、きっとこの国の生活スタイルまで変えるだろう。やりすぎたら大変だが、こうした魔法が普及すればお金の無い人たちでも快適な生活を送れるようになるかもしれないな。家電メーカーは涙目だろうけど。
「分かった。基本的に仕事を優先させてもらうが、空いた時間が出来たら魔法の開発にあてるようにするよ」
俺がそう答えると、フィオナさんは本当に嬉しそうにガッツポーズを作って喜んだ。何だか彼女に対するイメージが一気に変わったな、今までのダウナー系の小悪魔なイメージから押しの強いマッドサイエティスト……この場合はマッドウィッチとでも言うのだろうか。とにかく俺の中でフィオナさんはマッドなお姉様として固定された。あまり変わってないかな?
「ところで……」
話が一段落した所で、今度は俺から問いかける。
「聞きたいのはそれだけか? ほら、もっと気になる事があるだろう、その下の魔法の事とか」
筋肉とか。
主に筋肉とか。
「ないわ」
えっ
「確かに見た事無い魔法だし多少興味はあるけど……キモいじゃない」
キモッ!?
「何故だ、筋肉魔法にだって生活に何かしらの恩恵を与えるような効果が期待出来るじゃないか!」
思わず椅子から立ち上がって力説する俺を、ボンゾが諫める。
「カトー、でけえ○ンコ生やす魔法で生活が潤うとでも思ってんのか」
「まぁ夜の生活は潤うかもしれないけど、わざわざ魔法でやらなきゃいけない事でも無いでしょ。第一私が嫌よ、部屋で一日中その事ばかり考えてたら気が変になるわ」
いや、別にマッスルポールに限定しなくてもいいだろう。マッスルカッターにマッスルミスト、筋肉には無限の可能性があるハズだ。
「よし、それなら俺が生活に役立つ筋肉魔法を開発してみせる。絶対に二人の偏見を取り払ってみせるから覚悟しておけよ!」
「アホか、何ムキになってやがる!」
「そうよ先ずは水魔法の開発を優先しなさい!!」
もはや誰も俺を止められない。筋肉を笑う者は筋肉に泣くのだ。二人にはめくるめく筋肉の世界を堪能してもらおうじゃないか、何だか夢が広がってきたぞ。
目の前の二人がギャーギャーと抗議の声をあげ、それをBGMに妄想世界に羽ばたいていると……それまで傍観していたクレアさんが近づいて来て、何だか真剣な面持ちで口を開いた。なんだなんだ、何を言うつもりだ。
「カトーさん」
「ん? 悪いが筋肉魔法を優先する事は決定事項であって、例え天地が崩壊しても揺るぐ事は無いぞ」
セーラが嫌がったら止めるけどな。
「いえ、それは構いません。それにちょっと関係するかもしれませんから」
なんと。クレアさんもマッチョ仲間に? 悪いがそれはさすがにボンゾが泣くからオススメ出来ないぞ。ほら、もう泣きそうな顔になってるじゃないか。しかしクレアさんは躊躇する事なく言葉を続ける。
「もしカトーさんが身体に関する魔法を開発するなら、是非とも脂肪を燃焼させる魔法を作って下さい!」
「「「……っ!?」」」
なんと……。
目から鱗とは正にこの事か。確かにその魔法は一般受け間違いなしだ。下手したら世界中に広まって、魔法使いは皆理想的な体型となってモテモテとなり、今までの地位の低さを覆す事になるかもしれない。いや、きっとなるだろう。
今まで反対していたフィオナさんも「面白そうかも」とかつぶやいている。二人ともダイエットが必要な体型とは思えないんだが、何はともあれ形勢逆転、反対派はボンゾだけとなった。フッフッフ、残念だったなボンゾ。これで心置きなく俺は筋肉魔法を開発出来る! 勝ち誇る俺、うなだれるボンゾ。しかししばらくして顔をあげたボンゾは、俺に向かってこんな事を言ったのだ。
「で、カトー。その魔法で、一体どんな精霊が喜ぶって言うんだ」
………。
筋肉の精霊?
ボンゾのその一言でクレアさんもフィオナさんも固まってしまう。俺の頭の中ではあの巨人がボディビルダーのようにポージングを決めていて……
こちらに向かってニカッと暑苦しい笑顔を作っていた。




