ボンゾさん家で夕食を
「ダメです」
容赦ない言葉が俺の胸を貫いた。ガックリと膝をつきうなだれる俺を見下ろし、まるで地獄行きを言い渡した閻魔のような恐ろしい形相で佇む男。その名はローランド……血も涙も無い非道なエロフである。
ここに至る経緯を説明しよう。クロスの知人による妨害はあったものの、他は何のトラブルも無く仕事を終えた俺たち。万之魚水産社で仕事を終えた証明書を貰って、クランへと戻った。
ちなみに社長の言っていた特別ボーナスだが、筋肉魔法と救助活動を評価されて俺が一番多く貰える事になった。次点がロニーで、彼は仕事以外の時間でも難民生活を送っていた人の為に曲を演奏したりしていたらしい。クロスとジョニーもそれぞれしっかり評価されており、結局全員が何かしらのボーナスを受け取っていた。あの社長は怖いくらいに全員の仕事ぶりを把握しており、また渡された書類関係にしても細かな字で紙面がビッシリと埋め尽くされていた。とても元海賊とは思えない。
で、クランに戻ったは良いが、そこで待っていたのは鬼のような形相をしたローランドだった。クロスは早々に「ギルドに報告してくるわ」と逃げ、俺は一人残されてローランドのお叱りを受ける事となった。その内容だが……
一、畑仕事を押し付けるな
二、教会に寄付するならこちらにも話を通して欲しい
三、面会希望者が増えて大変なんですけど
以上の三点が主なお叱り内容だった。まぁ、一と二は分かる。畑仕事に関しては余りに乱暴に頼んでしまったし、寄付した金額も大きかったから教会側もびっくりして何事かと問い合わせてくるだろう。もしかしたら三の面会希望者というのは教会の人間だろうか。そう尋ねると、ローランドは疲れたような顔をして答えた。
「教会も勿論ですが、他のクランの方やフォーリード魔法協会、あと軍の関係者……リストに書いておきましたので確認して下さい。ちなみによくわからない宗教団体からの寄付要請が沢山ありましたが、キスクワード様が全て突っぱねました」
何でも教会のティモシー・ポコ氏が非常に感激して是非とも御礼を、とクランにやって来ていたらしい。で、それを偶々見かけた他の宗教団体の人間が話を広め次々と怪しい団体が群がって来た。ローランドはたまらずキスクワードに助けを求め、キスクワードは教会のネイに俺が寄付をした経緯を聞いた上でこう告げた。
『寄付は宗教団体に対してというより、ティモシー氏の慈善活動に対してのものだ。彼の作った孤児院のように、フォーリード全体の益となる様な活動に対して私たちは援助を惜しまない。どのような活動にどれだけの金額を投入するのか、具体案を書類にまとめて我がヴァンドーム家に持って来なさい。精査した上で援助をしよう』
有象無象の宗教団体は、この言葉に黙って去って行ったという。……ううむ、まさかこんな事になっているとは。寄付って難しいもんなんだな。
また、フォーリード魔法協会からの面会希望というのも俺としては驚きだった。ローランドから火に属する魔法を持っていなければ一々登録に行かなくても良いと聞いていたからだ。リリーは火炎剣というスキルを持っていた為に登録に行ったが、俺は持っていなかったので関係ないと思っていた。
「カトーさんが魔法で巨人を召喚したという知らせがあったみたいですよ、カンティーナに駐留している軍から。破壊力のある魔法を所持している場合は協会側も任意で登録を募ってますが、この場合は未知の魔法を見てみたい、という要望じゃないでしょうか。私も聞いた事無いですよ、裸の巨人を召喚する魔法とか……おっきなアレを召喚するとか」
ローランドの説明で納得した。そりゃあ何事かと問い合わせたくもなるわな。なるほど、あの魔法はやっぱり一般的では無かったのか。確かに俺もゲームであんな魔法を見た事は無い。そしてローランド、妄想するのは良いが頬を薄紅色に染めるな。乙女過ぎる。
とりあえずリストを見る限り面会希望者は10人近くに登っていた。上から重要度の高い名前が並んでいるのが分かり易くて良い。軍関係者の……クリス・マイネって、あの金ぴかの鎧を着た隊長さんか。明日フォーリードに着いて三日滞在、その間の面会を希望。要件はブラッディダゴン討伐の謝礼金などについて……なるほど、これは会わなければならないな。ブラッディダゴンに関してはギルドではなく軍から金が出ると社長が言っていた。ギルドはモンスターの体の一部、もしくはギルドの認めた見届け人の証言が無ければ支払いをしてくれない。今回はブラッディダゴンの牙や眼球を手に入れられなかったので、軍関係者を証人として軍から報酬金を貰うように言われていたのだ。ギルドが支払えない金額になりそうだ、というのも理由の一つだと思う。
で、次はミリア教会の神父。俺自身も会いたかったから構わない。その次の魔法協会はどうだろうなぁ……
そこまで考えて、俺は一番会わなければならない人がいる事に気づいた。
「ローランド。キスクワードに騒動を起こした事への詫びと礼を言いたいんだが、時間とか大丈夫だろうか」
そう、まず彼に礼を言うのが何より先だろう。しかしローランドは残念そうに首を振った。
「キスクワード様は奥様を伴って、現在リーフダンスヒルに滞在中です。帰ってくるのは明後日以降になるかと」
何?
「リーフダンスヒルと言えば、セーラたちが仕事で行ってる場所だよな」
「はい。何でもアメリア様たちの作った料理や服が大好評で、そのまま学園祭のお手伝いまで頼まれたそうですよ。学園祭ではアメリア様たちもダンスに参加されるそうで、それを見に行かれたようです」
なんだとっ!?
「ですから、アメリア様たちの帰りは学園祭の終わる明後日以降となるんですけど……カトーさん?」
セーラが料理を作ってセーラが服を作ってセーラがダンスをするとかどんなセーラ祭りだよ、何故そこに俺が参加していない、幾ら何でもそれは有り得ないだろう!!
「よし、俺も早速セーラたちのもとへ……」
「ダメです」
冒頭のやりとりとなるわけだ。いや、マジで泣けるんだが。
「面会希望者を放っておいて行けるワケないじゃないですか。大体ここからリーフダンスヒルまでかなり距離がありますし、面会を終わらせて向かう頃にはアメリア様たちと入れ違いになると思います」
ローランド、お前は鬼か。残酷な現実を突きつけるんじゃない。そんなに苛めると本気で泣くぞ。裸で。
「とにかく!」
ビシッとこちらを指差すローランド。
「今日はもう休んでいただいて結構ですが、明日からはしっかり予定を入れますからちゃんとクランに来て下さいね!」
「……はい」
素直に返事をするしか無かった。ううむ、セーラに会えると思っていただけに落胆してしまうな。しゅんとしながら建物を出ようとすると、俺の背中にローランドが声をかける。なんだなんだ、これ以上苛めたら泣き叫ぶぞ。巨人と一緒に。
「あの……カトーさん」
「ん?」
「さっきは仕事上キツく言ってしまいましたけど、教会への寄付や軍の救助はとても素晴らしい事だと思います。人としてとても尊敬できます。キスクワード様もカトーさんの事をとても誉めていました」
「あ、ああ……ありがとう」
「だからその、何と言ったら良いか分からないんですけど」
ローランドは言葉を探しているのかせわしなくキョロキョロして、手もわたわたとさせた。そして考えがまとまったのか、笑顔でこう言ったのだ。
「無事に帰って来てくれて嬉しいです。お帰りなさい、カトーさん。そしてお疲れ様でした」
……っ!!
これは、なんというか不意打ちだった。
「ああ、ただいま。色々心配かけて済まなかったな」
なんとか冷静に返せたものの、正直に言ってドキドキしていた。すまんセーラ、これは断じて浮気じゃないぞ、ちょっと不意打ち食らってびっくりしただけだ! だって仕方ないだろう、あんな優しい笑顔なんてなかなか他人には見せないぞ普通。ヤバいなローランドは。あの笑顔を使いこなしたら、きっとこの街の人々はローランドの支配下に置かれる事間違いナシだ。とりあえず俺はドギマギするのを必死で隠しながらクランハウスを後にした。
もしかしたら、この世界に来て初めて俺が『逃亡』を選んだ瞬間だったかもしれない。
帰りしな。
庭を見ると俺の開墾した小さな畑に青々と何かが茂っていた。種は芽を出し、順調に成長してくれたようだ。ローランドの仕事ぶりに賞賛を贈ると共に、その異常な成長具合に一抹の不安がよぎる。
ローランド、お前何か妙なスキルが増えてないか?
普通では考えられないスピードで成長した薬草たち。何故だかこちらに向かって葉っぱを揺らしているようにも見えた。……いや、見なかった。俺は何も見なかったぞ。
そうつぶやきながら、俺は足早にクランハウスを離れるのだった。
時刻は夕食少し前といった所。俺はホテルより先にボンゾの家へと向かった。トレット村を離れる前日にイカの一夜干しや塩辛の瓶詰めを大量に買っていたのだが、一部をお土産として渡そうと思っていたのだ。塩辛程度なら食卓の邪魔にはならないだろうし、酒好きなボンゾなら一夜干しも気に入るだろう。
喜んで貰えるかなぁ、などと思いながら武器屋の裏手にまわる。階段を上ると、ドアに取り付けられた金属の輪をゴンゴンと鳴らした。
「ごめんくださーい」
「はぁい」
うむ、癒やされる声だ。ドアを開けたのは紫色の長髪を靡かせたエルフ、クレアさんだった。エプロンをしており、どうやら夕飯の支度の真っ最中だったらしい。
「あら……カトーさん、ど、どうしました?」
「えーと、仕事でトレット村に行って来たんだけど、お土産を持って来たんだ。お邪魔だったら出直すけど」
なにやらクレアさんの様子がおかしい。俺を見て驚いて何やら挙動不審になっている。俺、なんかやらかしたかな。
「いえいえ! 邪魔なんかじゃないですよ、さぁあがって下さい。もし良かったら御夕飯も食べて行きませんか」
「……いや、そこまでしてくれなくても」
強要したみたいで気が引けるからな。しかし俺の言葉を遮るように、部屋の奥から声が聞こえて来た。
「うふふ……カトー、よく来たわね。今日はじっくりたっぷり色々聞かせてもらうわよ」
捕らえた獲物は逃がさない、そんな危険な響きを醸し出すその声の主は、あの銀髪の少女の姿をした奥さん。俺に遠見のノウハウを教え、俺を覗き仲間に引き込もうとした元祖エロフ……
フィオナであった。
◆◆◆◆◆◆◆
つくづく思う。『遠見』のスキルは反則だと。
家の中へと招かれた俺を見たボンゾは、開口一番こう言いやがったのだ。
「おう、久しぶりじゃねえか○ンポ野郎」
もうこの言葉で全てを察したよ。そりゃあ、あの戦いを見てたら女性陣は俺を見て挙動不審になるよな。いや挙動不審になったのはクレアさんだけでフィオナさんはニヤニヤしてたけど。……あれ?
「そう言えばサラサさんは?」
長身で三人の嫁の中で一番活発な女性、サラサさんが居ない。思えば前回ボンゾの工房に顔を見せた時も彼女の姿を見ていなかった。タイミングが悪いだけだろうか。
「ああ、アイツはずっと部屋で横になってるぜ。もう少ししたら起きてくるだろ」
何やら照れているのか鼻をかきながら言うボンゾ。いや照れる要素なんてどこにも無いだろうに。ワケもわからずキョトンとしていると、不意にパタパタと足音が聞こえて来た。次いでギギッというドアを開く音が鳴り、姿をあらわしたのは眠そうな顔をしたサラサその人だったのだが……
「お、カトーさん。おひさ」
ふむ。
「久しぶりだ、サラサさん。しかし少し見ないうちに不思議な事になっているな」
緑色のショートヘアに少し切れ長な目元、活発そうな表情は記憶にあるサラサさんと同じだったが、一点だけやけに変わっていた。スレンダーな身体つきは基本的に変わらないのだが、部分的に少し大きくなっているのだ。具体的に言うと、お腹。着ている服にしてもゆったりとしていてやけにマタニティ。つまりはそういう事なのだろう。
「ボンゾさん。おめでとうと言って良いのかな」
「あー……まぁ、そうかもな」
照れてる。ボンゾ照れてる。なかなかレアな光景だ。サラサさんはゆっくりとボンゾに近づくと、肩に手をかけて寄り添う。その姿は幸せそうな夫婦そのものであった。
「そんなに体型が変わらなかったから気づかなかったけど、結構前からみたいでさ。身体を流れる魔力がおかしくなってて、フィオナに診てもらったら出来ちゃってたんだよね」
お腹を撫でながら言うサラサさん。少し呆れた口調でフィオナさんも続ける。
「エルフは妊娠すると魔力を全部子供に注ぎ込むようになるから、普通は身体を流れなくなるの。それなのにいつもとあんまり変わらない量の魔力が身体中を流れてたから、私も全然気づかなかったわ」
「いやー、だって魔力使えなかったらボンゾの手伝いが出来ないからさ。根性と愛情でどうにかしてたのよ」
「せめて今はその愛情を子供だけに注ぎなさい、お腹の中で拗ねちゃうわよ」
ううむ、よくわからないがボンゾが愛されているという事はよくわかった。しかし子供か……。ボンゾが親になるのか。ドワーフとエルフの子供ってどんな感じになるんだろうな。ジョニーみたいなムキムキエルフになるんだろうか。夢が広がるなぁ。
「ま、まぁいいじゃねえか、その話は! それより飯だ、飯にするぞ!」
何が気恥ずかしいのか分からないが、ボンゾは顔を真っ赤にしてそう言うとテーブルの席に一人ドッカリと腰を下ろす。俺たちは笑いながらそれに習い、クレアさんの作る料理がやってくるのを待つのだった。
さて、突然だがこの世界は日本と限りなく食事文化が似通っている。きっと大昔にこの世界にやってきたマレビトたちが広めたんだろうが、やはりそれでも変化というものは起きるもので。今回クレアさんの作ってくれた料理を見て俺は世界の違いを久々に痛感する事になった。
食卓にフルーツが並んでいる。野菜と同じような感覚で。サラサさんが脂っこい物を見たくないという事で肉類を避けているようだが、それでも食事のかなりの割合を野菜とフルーツが並ぶ光景を見ると少しビックリしてしまう。それを見たクレアさんは俺に気を遣って「お肉を追加しましょうか」と言って来たが「気にしないで」と断った。
「いや、フルーツ類が沢山並ぶ夕食って初めてだから驚いたんだ。俺は基本的に何でも食べられるから気にしなくて良いよ」
「ああ、そういや猿人族や人狼族は夕飯に肉や魚を食いたがるよな、俺もそうだが。エルフや兎人族なんかは逆に果物と野菜が無きゃダメでな、セーラも夕飯の時は果物を食いたがっただろ?」
ふうむ、そうだったかな? いや、確かに夕飯の時は果物のジュースとサラダを欠かさなかったような気がする。種族によって食生活も変わってくるのか、これは勉強になるな。つまりセーラを喜ばせたかったらフルーツ盛り合わせでテーブルを埋め尽くせば良いわけだ。プロテインのストックが沢山あると嬉しいのと一緒だな。
「そうそう、人狼で思い出したんだけど」
俺がウンウンと頷きながら、大きなブドウのようなフルーツに手を伸ばした時、ニヤリと嫌な笑みを浮かべてフィオナさんが話しかけてきた。
「カトーったら人狼族の女の子に声をかけてたみたいじゃない。もしかしてもう二人目の嫁を探してるの?」
「はぁっ!?」
驚いて思わずフルーツを強く摘まんだ。飛び出た果肉がボンゾの鼻の穴に結構なスピードで飛び込む。
「……ンゴッ! ゲホッ、カトー、てめぇ何しやがる!?」
「すまんボンゾさん、いやしかし先ずはフィオナさんの誤解を解きたい。フィオナさん、一体何でそう思ったんだ? というかどこまで覗いてたんだよ」
クスクスと笑うフィオナさんだが、隣に座るクレアさんなどはちょっと真剣な顔でこちらを見つめていた。いやいや、セーラという恋人がいるのに浮気とかしないからな? サラサさんはボンゾの鼻を拭いてあげている。良き妻の姿と言いたいが、それ台拭きだろ。そしてそれで鼻をかますな汚い。
「私が遠見をしたのは偶々よ。そう言えばセーラが遠出するのは聞いたけどカトーの方はどうなのかしら、と思ってね。それで遠見で確認してみたら半裸で身体から煙を吹き上げてるじゃない? これは面白そうだと思ってその後もちょくちょく覗いてたの」
なんてこった……。結構序盤から覗かれてたのか。
「それで、明け方にまた何となく遠見をしたらアナタと人狼の女の子が何か話してるのが見えてね。残念ながら音は聞こえないから何を言ってるか分からなかったけど、なんだか良い雰囲気だったしせっかくだから皆を起こして見物してたのよ」
「勘弁してくれ」
お花見じゃあるまいし、家族みんなで楽しむもんじゃないだろう。それに確かあの時って俺、泣いてたよな。最悪だ。
「カトー、勝手に覗いちまったのは悪かったよ。それに関しては謝る。ただ、セーラを悲しませる事だけはしないでくれ。カトーの事は信じてるがあの場面を見ちまうと、何というかおめぇとあの嬢ちゃんの間にはセーラとよりも強い何かがあるように思えてならねえんだ」
ボンゾに続いて口を開くのはクレアさんだ。
「私たちは心配なんです。セーラはずっと独りぼっちで、本当に最近になって明るい笑顔を見せてくれるようになりました。でももしカトーさんがあの女の子みたいな小さい子しか愛せない人だったら、セーラは深く傷ついて立ち直れなくなるんじゃないかって……」
まてまてまてまて、その解釈は方向的に明後日過ぎる。一体何の心配をしているんだこの人たちは。仕方ない、副島さんの事を説明すると自動的に俺の正体を教える事になるが……
もう、いいよな?
家族だと迎え入れてくれた人たちだし、俺もボンゾたちに隠し事をするのは嫌だと思ってたんだ。事情を知ってるセーラも、きっと俺の事で隠し事なんてしたくないだろうし。
「分かった、これ以上誤解されると大変だから俺からちゃんと説明するよ。ただ、今ここで言った事は他言無用。誰にも話さないと約束して欲しい」
覚悟を決めて俺は語り出した。
俺が何者で、どこからやって来たのかを。そして間違ってもロリコンでもホモでも無く、至ってノーマルでセーラ一直線である、という事を。
ノーマル……だよね?




