木の化け物とびしょ濡れパンツ
午後の作業は俺も本格的に動く事となった。切り倒す木と倒す方向はさすがに2人に選んでもらったが、ロープを張ったり枝を切る作業は俺もかなり手伝う事が出来た。これじゃ仕事取られちゃうわ、とセーラが冗談を言ったが、凄く嬉しい褒め言葉だった。
伐採本数は午後3時の時点で今日のノルマである7本を越えていたが、他の班の作業が遅れていた為に追加で切り倒す事となった。さて次はどの木にしようか、とセーラが辺りを見渡す。そして、眉をひそめた。
「あれ? おかしいです、木が増えてる。2人とも警戒して下さい」
俺は全く気づかなかったが、セーラは周囲の異常を敏感に察知したらしい。慣れたものでボンゾも直ぐに戦闘体制に入った。アイテムボックスであるウェストポーチからミスリル製のメイスを取り出して周囲を睨みつける。セーラもウェストポーチから細身の剣を取り出した。何気に2人共アイテムボックス使ってるんだな。ルシアも使っていた。魔法を扱えるヤツなら、多分誰でも使えるのだろう。
俺の武器は斧だ。もちろん支給されたもの。早く自分の武器を買わないとな。
「セーラ、木が増えてるって言ったな。木の姿ってことは『ウドウッド』か」
「多分……今、ちょっと動きました! ここから真っ直ぐ、あの二股に別れた木の隣です!!」
セーラが指差した方向へと視線を向けると、確かに動いている木を発見した。こちらが気づいたという事を、向こうも察知したらしい。それまで他の木と同じような外観だったのが、徐々に黒ずみ始める。幹の表面が裂け、真っ赤な顔のようなヒビが走った。幹から伸びる枝はいつしか鋭く尖り、まるで槍のようになっていた。えーと、これは……確か見た事があるような。
「マズいぞ、コイツぁ『バンプウッド』だ! セーラ、他のヤツらに知らせろ! 先週4人食ったヤツだ!!」
ボンゾが叫んだ。ああ、バンプウッドか。バンプウッド……まてまて、レベル50のボスじゃないか。なんでこんな森に……って、確かにフォーリードから離れた森に出現したわ。結構深いとこまで潜んないと出なかったハズだけど、もしかしたらバージョンアップの際に生態系が変わったのかもしれない。
「ボンゾさんも逃げてくれ。ここは俺が食い止める」
「ば、馬鹿やろう! コイツはレベル20の聖騎士も食っちまった化け物だぞ、かなうワケがねえ!」
俺はボンゾとセーラに振り返って言った。
「俺は今まで、こいつの仲間を何匹も殺してきた。一人なら絶対負けない。ただ、誰かを庇いながらじゃ厳しい。言い方悪いけどこの程度のモンスターにビビってるようなら2人は邪魔だ。ここは俺を信じて、皆に知らせに行ってくれ。もしかしたら他の場所にも出没してるかもしれないしな」
嫌われるのを覚悟で言った。2人は息を呑んだような仕草を見せたが、素直に俺の言葉に従ってくれたようだ。
「カトー、死ぬなよ。そんな大口叩いたんなら、絶対生き残れ」
「信じましたから、必ず戻って来て下さいね」
そう言って、2人は広場へ向けて走り出す。敵は獲物が逃げ出したと思ってこちらへ向けて動き出した。距離は50メートルくらいだろうか。森の中だから木々に遮られ戦いにくいシチュエーションだが……
俺はほくそ笑んだ。
いや、普通に戦ったら確かに死ぬ相手なのだ。確か昔、攻略サイトでコイツのパラメーターを見た事があったんだけど、力とか耐久力が100近くあったように思う。雑魚で出てくるドラゴンが70前後の力と耐久力だったから、コイツは単純にドラゴンより強いと言えるだろう。
しかし。しかし俺にはパンツがある。
そして2人が居なくなった今、堂々とあの恥ずかしいセリフを叫ぶ事が出来るのだ! またとないレベルアップのチャンス! 俺のテンションは最高潮に達した!!
「パンツマン、さんじょおおぉぉぉうっ!」
身体の奥からチカラが湧き出す。虹色に輝く眩い光が、股間から放射状に周囲へ放たれる。薄暗い森は今、まるでディスコブーム真っ只中のダンスフロアのように色とりどりの光で満ち溢れていた。そう、股間は今やミラーボールのように周囲を照らしているのだ。
これは恥ずかしい。
それがなんだか、気持ちいい。
今日の俺はちょっぴり強気なのだ。
「行くぞ、バンプウッド! これ以上貴様の好きにはさせんっ!!」
『…………?』
俺はいささかハイになりすぎているらしい。何故か昔見たヒーロー物のノリで叫ぶと、モンスターなのに可愛くキョトンとした大木目掛けて走り出した。さすが250の補正がかかるミラクルパンツ、素早さ250の世界は凄まじい。俺は一瞬でバンプウッドのそばまで来ると、止まる事が出来ずにそのまま体当たりをかます事となった。
バゴッ……ベキベキベキ……
『ギャアァァァァァァ!』
木の癖に奇声を発するバンプウッド。見ると体当たりした箇所は凹むだけではなくへし折れかかっていた。なんというか、本当に人外じゃないか、俺。力加減とか覚えないと、いつか恐ろしい失敗をしそうで怖い。
バンプウッドはまだ生きている。植物系モンスターはしぶとさが売りだ。コイツは『バンプ』という言葉のように吸血鬼よろしく血を吸ってくる。案の定枝を俺に向けて突き出してきた。
「甘いわ、パンツマン・アタック!!」
説明しよう。
パンツマン・アタックとは読んで字の如く、パンツマンによる攻撃である。攻撃方法を指定していない以上、何がとんでくるか分からないミステリアスな技なのだ。
つまり、単に叫びたかっただけで意味は無い。
加えて今回はただ『跳躍』しただけ。攻撃ですらなかった。
迫り来る無数の枝槍。それをギリギリまで引きつけて、俺は真上に跳躍した。枝槍は俺のいた地面に全て突き刺さり、抜けなくなる。身動きがとれないバンプウッドに向かって、上空の俺は初めて使う魔法を放つ。
『ウォーターポール!!』
水属性の攻撃魔法。確か水の柱で敵を貫く魔法だったハズだ。両手を真下に向けて格好良く唱えると、意外な事に手からは何も出なかった。
そのかわり、地中から水が噴き出した。
バンプウッドの真下から、こちらに向かって真っ直ぐに。
『ウギャアァァァァァァァ!!』
「ぬわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
俺も敵も大絶叫である。早々に貫かれた敵は勿論、敵の真上にいる俺も空中だから身動きがとれない。それも水流の行きつく先は確実に俺の股間だった。どう考えてもアウトである。最悪死亡、最善でも男として死亡だ。
しかしそこはミラクルパンツ。
ここぞと言う時に奇跡を起こしてくれた。
迫り来る水流はまるで吸い込まれるかのようにパンツに吸収されて行く。痛みも何も感じない。そして全て吸収し終わった次の瞬間、まるで逆再生かという勢いで、真下のバンプウッドに向かって同じだけの水流を放ったのだ。
ジョバアァァァァァァァッ!!
「うおあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
益々恥ずかしい事になった。「立ち小便」は経験があるが、さすがに「飛び小便」は経験が無い。加えて水流が下に放たれる以上、水の力によって俺は上へ上へと押し上げられて行く。水流が収まる頃には、俺は森を抜け大空を舞っていた。
皆に見られただろうか。見られただろうなぁ。この後どんな顔で会えばいいんだろう。そんな事を考えながら、俺は落下して行った。
バンプウッドは粉々に砕け散っていた。パンツの力で地上に無傷で降り立った俺は、パララパッパラーと鳴り響くファンファーレに「やかましいわ!」と突っ込みを入れてから周囲を見渡した。誰も居ない。今しかない、と俺はパンツマンを解除する。
「ドキドキ、ノーパンライフ!」
確かに誰かに聞かれたらと思うとドキドキ物である。解除し終わってから、俺はステータス画面をチェックしてみた。
名前 カトー (Lv21)
種族 人間 26歳
職業 魔法使い(Lv17)
HP 150/525
MP 50/240
筋力 53
耐久力 50
敏捷 36
持久力 55
器用さ 45
知力 62
運 44
スキル
ウォーターヒール(Lv3)
ウォーターポール(Lv4)
ウォーターカッター(Lv1)
ウォーターミスト(Lv1)
索敵(Lv1)
力加減(Lv1)
自動MP回復(小)
成長促進(最大)
職業スキル
木こり(斧Lv9 植物素材採取Lv8)
驚く程レベルが上がっていた。ステータスの上昇にしてもそうだ。普通のゲームなら「成長補正あってこれだけしか上がんないの」と思うかもしれないが、筋力50ってとんでもない数字なのだ。5人分の力を持っている事になる。怪物である。新しく覚えたスキルが「力加減」というのがまた泣かせる。確かに普通に生活しようとしたらこのスキルは必須だ。
劇的な成長に半ば興奮気味の俺。しかし遠くから誰かが近づく気配を察知して、気持ちを切り替えた。索敵スキルを得た俺は、この気配が何なのか直ぐに分かった。……セーラだ。
息も絶え絶えで走り寄ってくるセーラ。俺が生きている事を確認して、ホッとしたような顔をした。
「カトーさん、良かった……怪我は無いみたいですね」
「セーラさん。何故戻って来たんだ、危ないと分かっていただろう」
少し咎めるように言うと、セーラは困ったような顔をした。
「あの、カトーさんが魔物を倒したのは分かったんです、魔物の叫び声が聞こえましたし、ちょっとだけ空を舞ってる姿も見えましたから」
………。
見られてた。
「それで、その、困ってるようなので、駆けつけたんです。私は衣服を洗浄したり修繕するスキルがありますから。……あの、今、下着履いてないんですよね? ノーパンとか言ってましたし……」
聞かれてたあぁぁぁぁぁぁっ!!
何故だ何故だ何故だ、ああエルフかそうか耳いいもんね!?
なんてこった、空飛び小便は微妙に見られてなかったみたいだが、よりにもよってドキドキノーパンライフを聞かれているとは。この分じゃパンツマン参上も聞かれていただろう。彼女の中で俺は単なる変態と化した。
「すまない。ウォーター系の魔法が暴走して、衣服が濡れてしまっただけなんだ。単に気持ち悪いだけで、履いてないワケじゃない。あの言葉は気が動転して発したんだ、忘れてくれ」
顔を真っ赤にしてそう言った。実際、ウォーターポールを吸収した時にミラクルパンツの上にあった『うみんちゅおパンツ(なんて名前だ)』と『うみんちゅズボン』は濡れていたから、嘘ではない。
「はい、分かりました。忘れます。……では濡れた下着は乾かしちゃいますから、脱いで下さい」
「なんだと!?」
「だって気持ち悪いでしょう? 私たちを助ける為に濡れちゃったんですから、せめて乾かすくらいさせて下さい」
「え、あ、あの……」
「はい、いいから早く脱いで下さい!」
全く、なんて押しの強い女だ。結局俺は言われるがまま下半身だけ生まれたままの姿にさせられてしまった。その後に起こった事を、ここで語るワケにはいかない。ただ一つ言える事は、とっても懐かしい気分を味わったという事だ。
そう、あれは……
お漏らしをして、泣きながら母にズボンを脱がされた、遠いあの日の記憶。もう戻れないあの頃を想い、俺は静かに涙を流すのだった。
モンスター騒動のおかげで、俺たちは予定した作業を早めに切り上げ、撤収作業に入る事となった。切り倒した木に金属製のフックを打ち込み、それにロープをくくりつけて広場まで引っ張って行く作業だ。レベルアップのおかげで力の増した俺は、本来5、6人でやる作業をボンゾと2人でこなしていた。セーラはハッキリ言って使い物にならなかった。何でも無い風なフリをしていたが、さすがに恥ずかしかったらしく、俺を見る度に顔を赤らめて力を抜いてしまうのだ。仕方なく他の班のヘルプに回ってもらった。
広場に木を運んだ後は、荷馬車に木を積む作業だ。これが一番大変で、本来なら土を盛った坂を作り、そこを滑らせ荷台まで引っ張りあげるのがいつものやり方らしい。しかしそれでは時間がかかるので、俺が一本一本持ち上げて荷台に突っ込んで行った。ウォーターヒールで体力を回復しながらの作業だったが、熟練度も上がるし仕事も早く終わるし皆も喜ぶしで良い事だらけだった、服がボロボロになる事を除けば。街に帰ったら服買わないと……まともな服を。
全ての木を積み終わると、ようやく街への帰還。今回役立たずだった冒険者たちは気合いを入れて警護に望んでいた。俺は行きと違って一番先頭の馬車に乗る事となった。仲良くなったボンゾやセーラと一緒でないのが残念だったが、きっと盗賊などに襲われた時に戦わせようとでも考えているのだろう。まぁいいかと深く考えないようにした。
そうして馬車に揺られながらぼんやりしていると、朝俺に突っかかって来たリーダー格の男が話しかけてきた。ああなるほど、俺に話したい事があるから先頭に乗せたのか。男は朝と違い殊勝な様子で口を開く。
「ああ、その……モンスターを退治してくれてありがとう。助かった」
「……ああ」
「それと、朝は怒鳴ったりしてすまなかった」
「いいさ、俺も大人気なかった。第一、確かに俺の服装は舐めてたからな。現にこのザマだ」
ボロボロになったシャツを摘んで冗談めかして言うと、男も少し笑顔を見せた。髭面で厳つい顔をしているが、目元が微妙に気弱そうだ。もしかしたらあの朝の態度はブラフなのではないかと思ってしまう。
「初日なのにかなり働いてくれたからな、報酬は出来るだけ弾んだつもりだ。その金で作業着を買うといい。斡旋所の裏手に作業着を売る店があるが、そこが一番上等な物を売ってる」
「分かった。帰ったら早速寄ってみる」
会話はそこで一端終わった。が、まだ向こうは何か言いたそうだ。口下手なのか、言いにくい事なのか。しかし考えてみればすぐ答えは出てくる。明日以降も懲りずに来てくれ、という事なのだろう。
「なあ、ちょっと聞いていいか」
その話になる前に、気になっていた事を聞いた。
「なんだ」
「聞いた話だと、今回俺が始末したモンスターはこれまでにも被害者を出してるみたいだが……何故、ロクな護衛も雇えないまま作業を強行するんだ? 言っちゃ悪いが、今回連れて来てる護衛にしてもだいぶ弱いだろう。実際に戦った所を見たワケじゃないから何とも言えんが、セーラさんやボンゾさんの方が多分強い。作業員にすら劣る護衛を連れてまで、あんな危険な場所で作業をする必然性が全く見えないんだが」
「それは……」
渋い顔をして言葉に詰まる男。
「言えないなら、それでも構わない。ここの作業員には耳のいい奴もいるから、聞かせて不安になるような理由があるなら言わなくていい。ただ、言える範囲で理由があるなら教えて欲しい」
「……分かった」
男は言葉を選びながら、ゆっくりと語り出した。
「まず、木材は今一番需要がある素材だ。この数年、近隣の国からの移民が急増していて建設関係が大賑わいだからな。加えて武器防具の生産も盛んで、鉄を溶かす為の火をおこす燃料としても、木材の需要は高い。俺たちはこの状況を利用して儲けようとしている」
「ただ、元手となる金が無い」
「ああ。加えて冒険者ギルドの優秀な奴らは、皆高額取りで雇えない。モンスター出現地域での仕事で、斡旋所を通じて求人を出す場合、最低5人の警護をつけないといけない法律がある。それで仕方なく素人に毛の生えたような安上がりな連中を、規定人数分雇う事になったんだ。だが誓って言うが、こんなに危険な目に遭うようになったのは本当にここ最近なんだ。バンプウッドがあんな場所に出るなんて、まず有り得ないハズなんだが……」
なんだかなあ、である。俺が思うに、コイツはこの特需が終わったらトンズラこくんじゃないだろうか。斡旋所経由とはいえ、俺みたいないつでも首を切れる流れ者を沢山雇って、警護も安く済ませて。話を聞いてると、そんな風にしか聞こえないのだ。だから、言ってやった。
「あんたが今俺に本当に言いたい事は想像がつくよ、俺にこれからも働いて欲しいって事だろう。で、今日みたいにモンスターが出たら退治して欲しい。作業員と警護の二足の草鞋を履いて欲しいって事だ。だからそれについては俺は承諾してやる。もとからそのつもりだしな。ただ、一つだけ約束しろ。『絶対、今働いてるやつらを切り捨てるような真似だけはするな』よ。それだけは絶対ダメだ」
「わ、分かってる。そんな事、絶対しない」
「ならいいさ。俺は俺のやれる範囲で、期待に応えてやるよ」
よほど俺の顔が怖かったのか、図星を突かれて焦ったのか。男は俯いたまま黙りこくり、それ以上口を開こうとはしなかった。俺も色々思う事があり、無言でただ外を見つめる。そんな嫌な空気のまま、馬車はフォーリードの街へとたどり着くのだった。