閑話 せめて安らかな眠りを
この世界には正確な地図が存在しない。
大まかな地形図は作れても、森のエルフたちの結界や自ら移動する島々、時間と共に形を変えて行く大陸などのあるこの世界において、詳細な地図を作る事など不可能に近い。比較的結界や魔法で細工のしにくい海から測量した『海図』が、もしかしたら一番正確な地図と言えるのかもしれない。
マンディール国で売られている地図にも、実は国境付近を詳細に描いている物は存在しない。森はエルフが支配しており、極めて高度な迷いの結界が張られていて測量が不可能だからだ。エルフと現マンディール国は友好関係にあるものの、エルフの聖地ともいえる南部の森だけはみだりに開発させず、森の民以外の侵入を拒み続けている。国境警備に携わる兵士と、国の許可を得た一部商人やミリア教徒、研究者たちのみが立ち入る事の出来る神秘の地であり続けていた。
その森の西、国境を越えて隣国サウスコリに入ると景色は一変する。
結界の効果範囲が届かない地の木々はあらかた伐採されており、茶色い大地が剥き出しになっている。そこに森があったとは思えない荒廃ぶりなのだ。雨が降りやすい土地であるから植物がなくなる事は無いのだが、背の高い木は生えずツタ植物や苔が所々地面を覆うくらいである。本来であれば開発をして畑でも作れば良い所だが、この国の人々にそうした発想は無かった。
サウスコリ。
この国の人間は略奪を旨とするオーク族の血を色濃く受け継いでいた。
基本的に人間というと獣人族全般を差すこの世界において、サウスコリの民も本来は同じく獣人・オーク人と分類される。しかし彼らには他種属には無い奇妙な虚栄心と選民意識があり、自らを真なる人類、『真人』と名乗り他種属を蹂躙してきた。元々オーク族は極めて暴力的な傾向にある狩猟民族であり、略奪を罪と思わない所がある。そこから進化してオーク人となった彼らも当然のようにそうした習性を受け継いでいた。
かつてこの世界で起きた大戦では、彼らは最初魔族側についた。醜悪な外見、特に魔族に良く似た角と巨人族のようにがっしりとした身体、モンスターのように角張った顔と牙をアピールして圧倒的優勢だった魔族陣営に取り入る。そして森の民や獣人族を襲撃して略奪、強姦、虐殺、と悪行の限りを尽くした。獣人族やエルフたちは一時、大陸の端に追いやられる程に彼らに苦しめられる事になる。
大戦後期。多くのマレビトたちの力によって戦況がひっくり返されてからは、オーク人たちは獣人側に取り入ろうとした。自分たちの肌は魔族のように浅黒くないし、巨人族のように馬鹿でかくもない。顔も猿人族に似ているのだから我々は紛れもなく獣人族の一員であり、魔族に脅されて仕方なく戦っていたのだと主張して。そして魔族側を離反しようと動き出し、魔族側と獣人側の双方に攻撃されて勢力を一気に減らす事になる。大戦終了後は魔族側の撤退と共に元々支配していた地域こそ確保出来たものの、世界的に信用を失って他国とまともに交流出来ないまま今日にまで至る。
今のサウスコリは、大戦時に攫って奴隷にしたエルフや獣人たちをちらつかせてマンディール国から資源や金を手に入れようとしたり、また大戦時の占領地を「元々自分たちの土地だった」と主張して脅したり攻撃を仕掛けたり。マンディール国にとって厄介な隣人であると同時に、世界中の嫌われ者として名を馳せる……それがサウスコリという国でありオーク人という種族であった。
サウスコリの荒れ果てた国境付近には、幾つかの小さな集落が点在している。『国の中心地にはオーク人、荒れ果てた外側には他種族』というやり方を徹底しているこの国には、獣人やエルフの住む集落がいくつも出来ていた。木々を伐採するのは資源確保に加えて彼らを逃がさない為という意味をもつ。どの集落も貧しく、そして管理するオーク人によって酷い扱いを受ける所が多かった。
そして現在、サウスコリは半ば国策としてこうした集落を兵士たちに襲わせている。表向きは邪教徒の反乱という事にしてあるが、実際の所は違っていた。不穏分子の排除に加えて生物兵器の人体実験、兵士たちの実戦訓練、そして彼らが手に入れようとしている邪神、それを蘇えらせる為の生贄の確保。様々な思惑によって、集落の人々はその命を弄ばれていた。
ある日、そんな国はずれの集落の一つを一人の男が訪れる。ボロボロの黒い外套を身に纏ったその男は、変わり果てた大地と異様なまでに静まり返った集落の様子に眉をひそめていた。
「確かここには森に囲まれた綺麗な町があるはずなんだが……」
かつて訪れた豊かな森が酷く荒れ果てている。あまりにも不自然な変わりように困惑しているその男は、かつてカトーとリリーを粘菌の氾濫から救った強力な魔法の使い手、ゲイリー・アイリッシュであった。
彼がこの村を訪れたのは全くの偶然である。
本来であれば、彼はただ静かに死を待つ世捨て人のような生活を送っているハズだった。しかし何の気まぐれか森に住む少女とその友人たちを守るという目標を持ってしまった彼。手始めに彼女たちの住む森に危険が無いか見て回ろうとした矢先に、森をすっぽ抜けてこんな所にたどり着いてしまったのだ。彼の記憶ではまだこの付近には広大な森が広がっているハズだった。
「あれから何百年も経ってるからと言って、エルフの森がここまで荒廃するというのは不自然だな……。俺が強制的に目覚めさせられた事と何か関係があるのか?」
その光景はかつての姿を知っている者にとっては衝撃的だった。大地はひび割れ草木はまばら、木と石で作られていたであろう家々は崩れかけた無惨な姿を晒している。人の気配はまるで無く、集落全体が死んだように静まり返っていた。
ゲイリーはその異様な雰囲気の中、周囲を警戒しながら集落を歩き始める。いくつかの建物の壁には黒ずんだシミが残っており、ここで虐殺行為が行われていた事をうかがわせた。そのわりに死体は無く、代わりに何故か大小様々な大きさの木、木片が地面に転がっている。ゲイリーは不思議に思いながらその一つに近づき、次の瞬間息を飲んだ。
その木は人の形をしていた。
一つだけではない。辺りに散乱する木のどれもが人の形をしていたのだ。多くが苦悶の表情を浮かべており、苦しみ泣き叫ぶ声が聞こえて来そうである。彫刻と言うにはあまりにリアル過ぎた。
建物の中も同様だ。床に転がる人の形をしたもの。中には壁に槍で串刺しにされたままのものまである。その光景は正に地獄絵図であり、普段感情を動かさないように努めているゲイリーさえも怒りで拳を震わせた。これは木ではなく人だ。呪いか何かで変質させられた人たちだ、とゲイリーは確信した。
地獄絵図は更に続く。
立ち寄った建物の中には女性だけが集められた物があり、半裸の女性像が床や寝台に転がっていた。下半身が砕かれた物まであり、そこでどれだけ非人道的な事が行われていたのか容易に想像出来る。最悪である。これをやった奴らは犬畜生にも劣るゲスだ、とゲイリーは思わず呟いた。
生存者ゼロ。この集落は廃墟と化していた。
やるせない気持ちを抱えながら、ゲイリーは彼らの亡骸を一つ一つ抱えて集落の広場へと運ぶ。彼に出来る事は一つだけ、せめて安らかに眠れるように聖なる炎で彼らを浄化する事だけだ。一カ所に集められた亡骸にゲイリーは静かにその手をかざす。ホーリーフレア……聖騎士を極めた者にのみ扱える聖なる炎を呼び出す魔法。ゲイリーの放った魔法は亡骸を徒に破壊する事無く、静かに燃やし尽くして行った。
その後ゲイリーは周辺の集落を歩いて回った。一体誰が何の為にこんな酷い事を。それを明らかにしなければ、いつか彼女たちも同じ目に遭ってしまうのではないか。そして彼自身が非道な行為をしている奴らを許せなかったのだ。世界に不干渉、という姿勢を貫ける程彼は強い人間ではなかった。
訪れた集落は、その悉くが襲撃を受けていた。広がる光景も初めの集落同様の地獄絵図。ただ次第に残り火がある集落や未だ完全に植物化していない遺体を目にするようになり、元凶となっている奴らに近づいている事だけは確かなようだった。一つ一つの集落で亡骸を浄化の炎で燃やし尽くすゲイリー。ふらつく身体を気合いで立て直すと、次の集落を目指して歩き始めた。
彼が生存者と出会ったのは、訪れた集落の数が二桁に届いた頃だった。
そこは比較的立派な建物が並んでおり、石造りの教会まである大きな村だった。動く者が誰一人として居ないのはこれまでの集落と同様だったが、唯一違うのは教会の中に意識を持った者がいた事だ。身体は殆ど固まっているものの、顔だけは何とか固まらずにいる女性。この教会のシスターであった。
「お前はまだ、意識があるのか?」
ゲイリーの問いかけに反応したシスターは、目に涙を浮かべて一度強くまばたきをした。肯定の合図だろう。言葉が話せないくらい弱っている事から、もう長くは無いと思われた。ゲイリーは彼女を安心させる為に自分が何をして来たか説明した。旅の聖騎士であり、各地で亡骸を弔って歩いている。この村の皆も浄化して天へと送るから、もう安心して良いのだと。シスターはその言葉を聞いてただ涙を流し続けた。
しばらくしてシスターの気持ちが落ち着きを取り戻してから、ゲイリーは彼女に幾つかの質問をする。答えをまばたきの数で返すそのやりとりから、ゲイリーはこの惨状がサウスコリの兵士たちによるものだという事を知った。自分の国の人間を襲う。その答えに戸惑いつつも、大戦時のオーク人の汚さを実際に目にしていたゲイリーは「奴らならやりかねない」と納得出来た。そして、多くの犠牲の上で成り立っているこの平和を乱そうとする彼らに対して憤りを感じるのだった。
シスターとのやりとりを終えた後。ゲイリーはこれまでと同様に亡骸を村の中央に集めて浄化する事にした。残念ながらシスター以外の人間は全て絶命しており、シスター自身にしても植物化を止める手立てが無い以上助ける事は叶わない。ゲイリーはどうしようかと迷いシスターの方を見たが、シスターは静かに微笑んで目蓋を閉じた。
自分も燃やして欲しい。言葉に出来なくとも表情だけで伝わって来た。恐らくそう答えるだろう事はゲイリーにも予想出来たのだが、それを受け入れるにはやはり抵抗がある。ゲイリーはかつての大戦で大きな働きをした英雄の一人であり最強レベルの強さに至ったものの、心だけは真逆とも言える程に弱かったのだ。
しかしゲイリーは彼女の希望を受け入れた。それが救いとなるのならば断ってはいけないと思ったのだ。目の前で人が亡くなるのはいつになっても辛いが、それは自分が耐えれば済む話だ。ゲイリーは亡骸に寄り添うようにシスターを横たえると、感情を表に出さないように努めて片手をかざす。放たれた浄化の炎は瞬く間に亡骸を包み込んで行った。
炎の中、シスターは安らかな表情のまま何かを呟いた。殆ど動かない唇が、確かに微かな音を漏らした。
『ありがとう』
そして
『神様』
という2つの言葉。それを聞き取ったゲイリーは耐えきれずに顔を歪めて嗚咽を漏らしてしまった。
彼女がどういうつもりで『神様』などと言ったのかは分からない。ゲイリーが神様に見えたのかもしれないし、自ら信仰する神を思った言葉なのかもしれない。ただ一つ言える事は、死の間際に発したあの言葉、あの表情。純粋な信仰心がそこにはあったのだ。それがゲイリーには悲しかった。
ゲイリーは知っている。この世界に神は確かに存在するが、崇敬心を抱くに値しない存在である、という事を。自分たちの都合の良い世界を築き上げる為に人々を利用し、自分たちの理想を押し通す為に代理戦争をさせ、いざ自分たちの勢力が危うくなったら異世界をも巻き込んで戦力補強をする。奴らにとって宗教など糧を得るシステムに過ぎず、救いなど施すつもりなんて端から微塵も無いのだ。
だから、ゲイリーは悲しかった。彼女の純粋な思いは何処にも届かない。死後天に昇る事も神の御腕に抱かれる事も無く、ただ土へと還るだけなのだ。ゲイリーは彼女に何もしてやれない自分が情けなく思えてならなかった。
せめて、安らかな眠りを。
ゲイリーはそう願いながら聖なる炎が天を焦がすのを見守るのだった。
◆◆◆◆◆◆◆
一週間が経った。
その間のゲイリーの足跡を辿るのは容易ではない。ありとあらゆる手段を用いて、彼はサウスコリ国内を飛び回った。各地の集落を浄化し、襲撃を繰り返す連中を追う。何人かの兵士は集落に残り植物化した女性を弄んでいた為、捕まえて情報を聞き出す事は出来た。人体実験と虐殺行為を繰り返しているのはC・紋鬼という男で、現在サウスコリ北部の集落に駐屯しているという。情報を聞き出したゲイリーは兵士たちを皆殺しにした後、犠牲者を浄化してから北部の集落を目指す。そしてついに、彼らのもとへとたどり着いた。
サウスコリ北部の名も無き村に、500もの重歩兵と100の騎兵が集まっている。既に戦いは終わった後らしく、兵士たちは建物を荒らしたり女を犯したり、好き放題に暴れまくっていた。勝利に酔ってお祭り騒ぎの真っ只中であり、だからこそゲイリーは簡単なステルス技能を使うだけであっさりと村の中に侵入する。黒い外套を纏い、まるで忍者のように建物の陰を縫って走った。狙うのは先ず指揮官、統制がとれなくなった所で雑魚を料理して行こう……戦いの最中だけは、ゲイリーも甘さを忘れて冷酷な殺人鬼へと変貌する。
ターゲットであるC・紋鬼という男は集落の最奥にある少し大きな建物の中にいた。木造で床の無い平屋建てであり、パッと見は仮設住宅にも劣る。この集落がいかに貧しく物が無いかをよく表す光景だった。そんな中、全身フルプレートの立派な鎧を着た兵士を従えた男がつまらなさそうに椅子に腰をかけている。服装はまるで貴族のように煌びやかで、青地に金の刺繍の入ったマントを身に着けていた。腰には豪華な装飾の施された上等なサーベルを下げており、その姿を建物の隙間から垣間見たゲイリーは気をつけるとしたらあのサーベルかと判断する。そんなゲイリーの視線に気づく事無く、男は溜め息混じりに兵士に声をかけた。
「全く、ここの連中はよほど女に飢えてんだな。実験も終わってとっくに死んでんだから、さっさと棄てて次に行きたいんだけどな」
そう愚痴る男の顔をよく見ると、一般的なオーク人の顔とは違ってのっぺりとした顔をしていた。耳は少し尖り気味で、肌は浅黒い。瞳の色は赤、明らかに魔族だった。彼のややイラついた言葉に焦りながら対応する兵士たち。随分とへりくだりながら発言する。
「しかしこうした旨味が無ければ兵はついて来ません。あいつらも連戦で気分が高まっていますから、ここらでストレスを発散させてやりませんと……」
「ただでさえ国内の女が少なくて困っておりますからなぁ。下手に金をやるよりは奴らも喜びますし」
「……植物相手に盛るとか理解出来んね。下らん、俺は少し外の空気を吸ってくる」
軽蔑した目を向けながら、男はそう言い放ち建物を出ようとする。兵士たちは護衛なのかついて行こうとするが、男は無言で睨みつけてそれを制した。そして戸を開けて建物の外へと足を踏み出そうとして……
首を斬り飛ばされた。
ゴロンと地面を転がる男の首。兵士たちは目の前で起きた事が理解出来ずに固まっている。そしてその間にゲイリーは建物の中にスルリと入り込み……
重装備で固めた兵士三人のそれぞれの胸に、鎧の上からサーベルを突き刺す。それは男が腰に下げていたハズのサーベルだった。そう、ゲイリーは敵から武器を一瞬で奪って、それで攻撃していたのだ。豆腐に指を突き刺すように何の抵抗も無く刀身が沈み、引き抜いた先から恐ろしい勢いで血が噴き出した。
その間ほんの数秒。ステルス、無音走り、気配消し……それらスキルを使っていたとは言え、余りにもスムーズに四人を絶命させるゲイリー。そこに泣きながら遺体を浄化していた青年の面影は無かった。
ゲイリーは最初に首を斬り飛ばした男を建物内に引きずり込むと静かに戸を閉める。未だ外の連中は大将の首を取られたとは気づいていない。ゲイリーは邪魔が入らないうちに男の身体を調べ始めた。
C・紋鬼。
奇妙な名前である。発音するとシーモンキーと音が似ている。こんな名前を名乗るような奴は、経験上プレイヤー以外に有り得ない。そう判断したゲイリーは、解析スキルを使って丹念に男の身体を解析する。そして案の定プレイヤーだという事を証明する証拠を見つけ出した。
パーソナルデータを記録した生体チップ。そして、異世界の邪神が埋め込んだ『邪神の楔』である。『邪神の楔』はこの世界に不当にアクセスする為のプログラムであり、改造コードに近い存在だ。世界に歪みを作り上げ、その隙間を使って邪神はゲートを作ろうとしている。C・紋鬼という男も邪神に利用されていたようだが、本人も殺人を楽しんでいたのだろう。彼に植え付けられた楔は肥大化しており、あと少しでゲートを繋げる鍵に変化しそうな状態だった。
ゲイリーは無言で右手を男の胸に突き立てる。ズブリと深く沈む手、そこに無数のアラビア数字とアルファベットが浸食してゆく。肘まで浸食した所で右手を抜き取ると、ゲイリーはホーリーフレアを唱えて腕を浄化した。火傷を負うこと無く、腕は元通りの姿を表す。
「これでもうコイツの楔から鍵は生まれない。……しかし、一体何人のマレビトがこの世界にやって来てるんだ? ちゃんとフロンティア・ナイツは機能してるのかよ」
数百年前、自分を邪魔者と罵倒し「俺たちの世界は俺たちの手で守る」と主張した奴らの顔が頭をよぎる。あの時は頼もしく感じたものだが、代替わりをした今では機能していないのかもしれない。溜め息をつきながら、ゲイリーは先ほど奪ったサーベルを手にした。機能していないのなら、自分がやるしかないだろう。さしあたってはあのクズどもの掃除だ、と頭を切り替える。
その日、六百もの兵士が何の抵抗も出来ないまま全滅させられた。犯人は見つかっておらず、サウスコリは国を挙げてこの反逆者を探し続ける事となる。追っ手を嘲笑うかのようにゲイリーはその後も各地集落の人々を救い続け、生きてゆく見込みのある者は国外に脱出させるようになるのだが、それはまた別の話だ。
その後、サウスコリ国内にある噂が流れ始める。
『黒き聖人、苦しむ人々を救う』
『黒衣の殺し屋が各地を転々としながら腐った官僚たちを殺して廻っている』
二つの噂は次第に国中に広がって行き、虐げられていた人々に希望を、一般的なオーク人たちの心には恐怖と不安を植えつける事となった。
◆◆◆◆◆◆◆
ゲイリーが次に向かったのは集落の遥か東、サウスコリとマンディールを隔てる山脈にある洞窟だった。その洞窟は山に住む一部のドワーフ族にしかその存在をしられていないという秘境にある。普通の人間ではまず辿り着く事も出来ないような深く険しい谷合にあり、間違ってもゲイリーのようなやせ細ってヨロヨロとふらつくような人間の居る場所ではない。彼がすんなりここに来れたのは、かつての大戦で共に戦った仲間がここに住んでおり、特別なワープゲートを設置しているおかげであった。
昼間でも陽の差し込まない薄暗い谷合、洞窟の中となると本来であれば全くの闇となってしまう所だが、その洞窟は所々で淡い光を放っている。それは鉱石に内包された非常に濃い魔力によるものだった。洞窟内部はかなり入り組んでいる上に深く深く掘り進められており、下に行くに従って魔力濃度は濃くなってゆく。その最下層、まるで無数の蛍光灯に照らされたかのような広間の中央に、ゲイリーは姿をあらわした。
強い光を放つ魔法陣。そこから足を踏み出すと、ゲイリーは周囲を見渡す。そこには記憶にあった通りの光景が広がっていた。
一面、墓石だらけの部屋。
その一つ一つに懐かしい名前が刻まれている。
ゲイリーはそれを眺めながら懐かしいような、悲しいような表情を浮かべた。かつての友人、ライバル、師匠。仲良くなれなかった人もいたが、皆等しく大切な仲間だった。そんな風に物思いに耽ていると、ゲイリーに声をかける者があらわれる。
「やあ処刑人。まだ私の番ではなかったと思ったが、気でも急いたかな?」
「……その呼び名はやめてくれ、マッド。好きで殺してるわけじゃないんだ」
声は機械で合成したかのような不自然な音。男性とも女性とも言えない響きをもった声で話しかけて来たのは、およそ人とは思えない外見の人物だった。人物、というより人形と言った方が正しいかもしれない。まるでデッサンの練習に使うような人型ののっぺりとした人形が、一人カタカタと音を立ててこちらに歩いてくるのだ。マッドと呼ばれた人形は、ゲイリーの前まで来ると目も鼻も無い顔で笑う。
「殺して解決しているのは事実じゃないか。まぁ私はそれを悪いとは言わんがね。さて、処刑じゃなければ何の用かな? 君がここに来るという事は、誰かを殺したか死なせたかしたんだろう」
「お前は俺をどういう奴だと思ってるんだよ」
容赦ない言葉に軽く凹むゲイリー。気を取り直して続けた。
「でも悔しいが正解だ。力に溺れたマレビトを殺した。新しい墓を作って欲しいのと、生体チップを手に入れたから何時この世界に飛ばされたか解析して欲しい。どうも最近、またマレビトが増え出してるようなんだ」
「へぇ……新人か。また乱世がやってくるのかな?」
「さあな。俺としてはいい加減落ち着いて寝かせて欲しい。いつまでも古い人間を引っ張り出すのはどうかと思うね」
そう言いながら、C・紋鬼から奪い取った生体チップをマッドに渡すゲイリー。受け取ったマッドは早速チップを解析にかかる。と言ってもその方法は独特だ。胴体部分からトレイのような物が出てきて、チップをそこに乗せて胴体の中に取り込む。ピッピッという電子音を立てながらマッドは直立不動の体勢で固まった。そこからが長いのだ。ゲイリーは手持ち無沙汰の時間を墓石に刻まれた名前を眺めながら潰していた。その名前の中で、ゲイリーにとって特別な響きをもったものがある。
それは『セクシー大名』。
彼女は凄まじい強さを誇った最強の女侍だった。五回程戦って一勝一分け三敗。いつも勝ち気でゲイリーは彼女を苦手としていた。強者の象徴であり、ゲイリーに挫折と敗北を味わわせた女。だからこそ彼女が死を間近にして狂ってしまったのが信じられなかった。マレビトはきっかり100歳で死に、それまでは生体チップに記録された年齢から老いるという事が無い。ボケる事も無い。だから命のタイムリミットが迫るにつれて死の恐怖に耐えられなくなるのだ。圧倒的強さを誇った彼女もその恐怖からは逃れられず、世界中の人間を殺して邪神になれば生き長らえるとメチャクチャな事を言い出した。そして魔王を名乗り本当に世界征服に乗り出して、ゲイリーに討たれる事になる。死に際、最後につぶやいた言葉は「たすけて、お母さん」だった。
やるせない気分になる。殺したのは彼女だけではない。ここにある墓のうち、三分の二はゲイリーの手によって命を落とした者たちの墓だ。彼らは皆死への恐怖に負けて狂ってしまい、この世界にとっての新たな脅威となってしまった。
処刑人。
大戦の真の英雄として世界を救い世界に殉じたゲイリーは、マレビトの中で一人だけ永遠の寿命を与えられ世界の守護者として生き続ける事となった。彼はその肉体が朽ちるまで世界を守る為に戦い続けるという使命を帯びる。その過程で何人もの仲間を殺し続け、処刑人というあだ名をつけられる事になった。
墓石に刻まれた名前を見る度に、その人の笑顔や戦う姿が思い出される。しかし最後は皆こちらを恨めしそうに睨みつけてくるのだ。元来気弱で涙もろく、この世界に来たばかりの頃は弱虫とすら呼ばれていたゲイリー。心がまるで成長していない彼にとって、その思い出は余りにも辛いものだった。
「ふぅ、終わったよ。……ゲイリー?」
「……あ、ああ。済まない、ボーッとしていた」
辛そうに俯いていたが、声をかけられ慌てて気持ちを切り替える。マッドもすぐにゲイリーの気持ちを察したが、変にからかわずに話を進めた。
「名前はC・紋鬼。本名が猿渡恵介。21歳で2ヶ月前にこっちに来たみたいだね。だいぶ人殺しを楽しんだのか、持ちキャラに邪神系の補正がかかっていたけど……君の敵じゃなかったでしょ。レベル30だってさ」
「ああ。索敵も展開出来ない初心者だった。しかし2ヶ月前か……」
頭の中に、あの奇妙なマスクを被った男があらわれる。カトー・シゲユキ。確か彼がこの世界にやってきたのも同じような時期だったハズだ。今までなるべく避けるようにしてきたが、いつか彼とも一度会って話をする必要があるかもしれない。そんな風に考えながら、ゲイリーはマッドに向き直って言った。
「ありがとう。何となくやるべき事が見えて来たような気がする。ああ、追加で悪いんだがその男の墓を作ったら次にもう一つ墓をお願いしたいんだが、良いか?」
「……まさか今度こそ私の墓とか言うんじゃないだろうね」
「言わないよ。元々その身体、本物じゃないだろう」
苦笑いを浮かべる。
「名前は『ゲイリー・アイリッシュ』。俺の墓だよ」
「えっ!?」
わずかな凹凸しか無い顔が、驚きの表情を浮かべる。下手に顔があるよりも雄弁なのかもしれなかった。
「自分でも分かるんだよ、もうそろそろこの肉体も保たないって。後一年も保てば良い方かもしれない」
「そうか……」
余りの驚きに少し呆けたような声で返事をするマッド。そんな彼(彼女?)にゲイリーは何でもないように話し続けた。
「なるべく質素な物で良い、どのみち俺は肉体を離れた後で奴らと同じような存在になるんだから。ただ俺一人だけ墓が無いのは何となく寂しかったから、お願いしてみただけなんだ」
「あ、ああ分かった。腕によりをかけて作らせてもらうよ」
「……話、聞いてたか?」
ようやくマッドにいつもの人をからかうノリが蘇ったな、とゲイリーは笑う。そして、一通り言葉を交わした後でまた魔法陣の上に立った。ゲイリーにはやらなければならない事がまだ沢山ある。さしあたっては、サウスコリの集落を廻って生存者の救出だ。
「じゃあな、マッド。今度来る時は少しは明るい話題を提供できるようにするよ」
「なら私も君をビックリさせるような墓を作って待ってるよ」
軽口を叩き合うと、ゲイリーはそのままゲートを発動させて光の粒と消える。それを見送ってから、マッドはまたカタカタと音を立てながら部屋の外へと歩いて行った。
表情は暗い。
もしもマッドに瞳があったのならば、きっと涙に濡れていた事だろう。しかし頬を伝うものは何も無く、ただカタカタという音と合成された声が時折洞窟に響くばかりだった。
『マレビト埋葬者名簿』
セクシー大名(侍シスターズ所属)
うんころがし(爆裂α破所属)
肉鈍器(爆裂α破所属)
愛してる(空海トラベラーズ所属)
悪逆天使ジョセフィーヌ(爆裂α破所属)
パイオーツ・デッカイヤー(空海トラベラーズ所属)
淑女ハンター由佳里(侍シスターズ所属)
PONぢる革命(ジャパン農園所属)
永眠フランシス(ジャパン農園所属)
尼崎純情乙女GUY(爆裂α破所属)
豚(空海トラベラーズ所属)
†昏キ闇ノ堕天使†(無所属)
東京ウサりん(ナイスリトルうささんズ所属)
ブラッディ☆真理(ナイスリトルうささんズ所属)
百花繚乱藤娘(侍シスターズ所属)
尻・滅・裂(練馬絶叫エクササイズ所属)
吉岡春樹(キリマンじぇろ道場所属)
偉大なる魔法使いDou-Tei(無所属)
寄せて上げるポチ(キリマンじぇろ道場所属)
下心brothers浩介(下着ハンターズ所属)
下心brothers雄次(練馬絶叫エクササイズ所属)
乱暴麻婆(爆裂α破所属)
チーズオムレツマニアックス(俺ん家レンジ所属)
六今亭トルティーヤ(ジャパン農園所属)
クロっち(下着ハンターズ所属)
勇者柴崎蓮滋(俺ん家レンジ所属)
躍動するメンズバナナ(練馬絶叫エクササイズ所属)
マスター・ポコ(キリマンじぇろ道場所属)
麗々可憐光秀公(侍シスターズ所属)
ブルーベリーパパ(ジャパン農園所属)
NINJAまぐまぐ(爆裂α破所属)
ちちωキトク(乙π&ザ・シティ所属)
聖騎士団長ラファエル(無所属)
皇帝Solo(空海トラベラーズ所属)
座薬RUSH(練馬絶叫エクササイズ所属)
悲しき世界の特異点(下着ハンターズ所属)




