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トレット村のイカ騒動(終)冒険者たちの帰還

 二日目にしてダークダゴンとブラッディダゴンを倒した俺たちは、三日目四日目と何のトラブルも無く過ごす事となった。一応ダークダゴン自体は何度か索敵レーダーに引っかかったものの、浜辺に近づく事無くどこかに行ってしまう。親玉であるブラッディダゴンが居なくなったからか、やけに大人しくなってしまったダークダゴンたち。結局俺たちは新たにモンスターを仕留める事なくトレット村の護衛を終えた。個人的にはもっと戦いたかった所だが、クロスに言わせると「これ以上退治してたら、またギルドが報酬を払えなくなるかもしれない」との事。確かに俺たちも稼ぎ過ぎだとは思うが、あのギルドもちょっとどうかと思ってしまうな。潰れるとか……無いよな?


 とにかく、そんなこんなで五日目がやって来た。最終日。帰り道の護衛をやって、この仕事は終了である。従業員たちは大量のイカの干物を冷蔵庫型アイテムボックスに詰め込んで、馬車の荷台へと乗せて行く。トレット村の長い浜辺一杯に吊してあったイカのほぼ全てが冷蔵庫一台に収まってしまった。アイテムボックスがつくづく便利な物だと実感させられる瞬間である。


 村の入り口に馬車を移動させ従業員たちを一列に並べると、社長は見送りに来た村長や村の漁師たちに挨拶を始めた。俺やクロスたちはそれを馬車のそばで聞いていたが、あの社長の豪快で大ざっぱな面ばかりを見ていると、こうして礼儀正しい振る舞いをしている姿がやけに立派に見えてしまう。要所要所はしっかりしている人で、だからこそ従業員たちもついて行こうと思えるのだろう。


「「「「ありがとうございましたーっ!!」」」」


 大きな声で挨拶をし、綺麗に角度を合わせて一礼する。そして従業員たちはそれぞれ割り当てられた馬車へと乗り込んで行った。


「何だか軍人みたいにキビキビしているな」


「下手したら軍人以上に鍛え上げられてるぞ。もしかしたら、今フォーリードで一番強い団体はこの会社かもしれない」


 クロスの冗談が冗談に聞こえない所が、また怖かった。










 さて、帰り道である。


 行きでは馬に跨がり先頭を歩いていた俺だが、帰りは一番後ろの荷台で後方警備を任される事になった。もっとも索敵レーダーは変わらずに展開しているから、仕事は行きと同じだ。敵を見つけたら知らせて戦闘を行うだけ。今回はクロスと一緒であり、あまり活躍出来なかったからという理由で戦闘はクロスが率先して行う事になった。


 つまり俺は基本的に索敵していれば良いだけ。かなり楽だ。そこで俺は時間を有意義に使おうと、持参していたノートを開いてメモを取り出した。このノートは毎日つけている日記兼家計簿みたいな物で、さらに仕事内容や気づいた事などを書きなぐったりしている。今回の仕事でも空いた時間を使って色々書いていたので、それを振り返って気づいた事を書き足して行こうと思ったのだ。


「カトー、またメモか? 前から思っていたが、お前は豪快なのか几帳面なのか分からないな」


「何だか習慣になってるんだよ。特に金銭の出入りは細かくチェックしないと気が済まないんだ。自分でもどうかと思うけどな」


 俺のメモを隣から覗き込んでくるクロス。しかしクロスだって長年冒険者をしてるならこういう事には慣れているだろうに。……いや、違うか。クロスはヴァンドーム家の世話になっているだろうから、昔から事務仕事はそっちに頼ってただろうな。


「定食の値段まで記録してるのか」


「なんとなく。あと屋台の方も幾つかメモってる。将来クエストで屋台を引く事になった時に、きっと役に立つだろう」


「聞いた事無いけどな、屋台を引くクエストとか」


 俺もだ。あってもやらないと思う。そんな会話をしながらも、俺はペラペラとページを捲っていった。トレット村滞在中は主に食費の記録が多いが、そうした記述とは別に、走り書きでその時気づいた事が羅列されているページがあった。クロスも目ざとくそれを見つけると、眉をひそめて尋ねてくる。


「下着……服……カトー、これは何だ?」


「これは避難していた人たちに聞いた不足品だな。滞在中に聞いた話をまとめたんだ」


 俺たちの泊まった宿舎には他に数人の避難者たちが住んでいて、休憩時などに彼らと話をする機会があった。このリストはそんな彼らとの会話で出てきた不足品だったりする。副島さんたちのように旅行客なら着替えも用意しているが、そうでない人もそれなりに居たのだ。


「クロスに聞きたいんだが、冒険者なんかしてると仕事先で誰かを助けたりする事が多いんじゃないか」


「ん? 救助活動は基本的に兵士たちの仕事だが、確かに捜索依頼も少ないがあるよ。討伐クエストに失敗した他の冒険者たちを助ける事も、まぁ無い事も無い」


「そんな時の為に何か用意したりしてるか? 助けた人たちがびしょ濡れだったりしたら、着替える服を渡したり」


「……いや、そこまでは。もしかしてそのメモは」


「ああ、次からクエストを受ける時にアイテムボックスに入れておこうと思ってる物だ。備えあれば憂い無しと言うし、多分必要になる時が来ると思う」


 今回の仕事では軍の人たちを助けた。船は無事だったし乗っていたのも軍人だから何もしなくて大丈夫だったが、もしこれが普通の船で大破していたら。うまく乗客を救助出来ても、凍えて弱っていたら。こうした事を色々と考えていたら、やはり救助への備えはしておいた方が良いのではないか、という結論に至ったのだ。幸い俺は無限に詰め込めるゲーム仕様のアイテムボックスを持っている。数十人分の着替えやタオルを持ち運べるのだ。


 またこうした備えをしていて、実際に仕事などで誰かを救う事が出来たなら。きっと評判も良くなって冒険者全体の株も上がるんじゃないかと思うのだ。盗賊団騒動で最近すっかり評判を落としている冒険者という存在。周囲からの信頼を取り戻す為にはこうした活動も必要なんじゃないか……そういった事をクロスに話すと、クロスはポカンとした顔をして俺を見て、呆れたように言った。


「そこまで考えられるのはお前くらいだよ。冒険者ってのは儲かるのは一部実力者だけで、普通の奴らは自分の事で手一杯なんだ。誰かを助ける余裕なんて無いだろうな」


「それはなんとなく分かる。ギルドの窓口とかに並んでたら、切羽詰まったような奴らをよく見かけるからな。けど俺たちにはある程度余裕があるだろう? 少なくとも俺にはあるし、だからこそ今話した事は実践して行こうと思っている。さしあたってフォーリードに帰ったら、せめてタオルだけでも買い揃えようと思ってるよ。服の類は女性物もあるからセーラやフレイに頼むつもりだ」


 さすがに女物の服を俺一人で大量に買ったら変な噂がたつだろうからな。これ以上不思議なイメージを周囲に持たれたら、俺はきっと泣く。


 俺の言葉に、クロスはため息をついていた。


「カトー、そういった事は皆が揃っている時に提案してくれ。そうしたらクランとして予算を出せるし、皆も協力するだろう。ノートに書き込むのも結構だが、気づいた事があるならその都度仲間に相談するようにしてくれ」


「……そうだな。すまなかった」


 どうも俺の独断専行癖は治ってないらしい。チームを率いる人間として反省しなければならないな。俺はペンを取ると今の気持ちを忘れないようノートの新しいページにしっかりと力強く文字を書き綴る。


「『ク・ロ・ス・に・怒・ら・れ・た』っと」


「メモんなよ!?」


 また怒られた。










 帰り道は至って長閑だった。


 行きであれだけ歌いまくっていた従業員たちは、よほど精一杯働いたのだろう、皆疲れてイビキをかきながら眠っている。社長は社長で荷台に揺られながらも書類仕事の真っ最中らしい。先頭を行くエドマンも隣のジョニーと談笑しており、緊張感などまるで無い。


 こういう時ほど危ない事が起こるものだが、索敵レーダーに敵の影は一切無し。あまりに平和過ぎてクロスでさえ欠伸をしてだらけはじめた。お前、頑張るんじゃなかったのか?


 トレット村からゆっくりと街道を北上。その間モンスターは一体も出ず。途中でまた昼食を取ったが、食べ物の匂いが漂っても索敵レーダーには何の反応も無かった。この周辺のモンスターはどこに行ったんだろうか。食事を終えてまた北上を開始してからも、レーダーが反応する事は無かった。


 そして、ついにフォーリードの街が見えて来た。時刻にして午後の4時半、行きと比べて時間がかかったのは馬が暴走しなかったからだろうか。極めて平穏な時間を過ごしてきた俺たちだったが、フォーリードの外壁に近づくにつれその異様な光景に気づき、それぞれの顔に緊張感が走ってきた。


 街の南門。ここはだだっ広い野原が広がっているのだが、その野原にもの凄い数のモンスターが血まみれで転がっていたのだ。何なんだ、これは。レーダーに引っかからないから生きてる奴はいないようだが、一体何が起きたと言うのか。


「門は閉じられてるから街は無事だろうが……」


 クロスの指摘する通り門は閉じられており、その前に兵士が立っている事から街の無事は確かなようだった。その手前、転がったモンスターたちには何人もの冒険者が我先にと群がっている。それを少し遠巻きに眺めながら、満足そうな顔で頷いている男が一人。白銀の防具に身を包んだ騎士風の男で、風に靡く銀髪が印象的である。


 その男を見つけた途端に、クロスはウンザリした顔でため息をついた。


「知り合いか?」


「……ああ。そう言えばギルドが非常召集かけたら、あいつも帰ってくるよな。すっかり忘れてた。忘れたかったのかもしれないな」


「あまり良い知り合いじゃないみたいだな」


「最悪だ。とにかく鬱陶しい」


 あまり他人を悪く言わないクロスにここまで言われるのだ、相当なものだろう。馬車が街道を進み門の近くまで来ると、その男はニヤリと笑って道を塞ぐ。それを見たクロスは先頭のエドマンに馬車を止めるように指示を出した。


「む? 不届き者なら蹴散らして良いんだがね」


「一応あれでもBランク冒険者なので、エドマンさんでも厳しいと思いますよ。ここは俺が行って話して来ます」


 クロスはそう言ってエドマンを宥めてから馬車を降りて行った。一体何をするつもりだ。というかあの迷惑な野郎はどういうつもりなんだか。そう考えているのは俺だけでなく、馬車が止まって困惑していた従業員たちも同じだった。社長は面白そうに、クロスを待ち構える男を眺めている。


「社長、あの男を知ってるのか? クロスの知り合いみたいなんだが」


「勿論だ。あの男はヴァイキー・メイルシュトロームといってね。かつてこのフォーリードでクロス君とナンバー1の座を争っていた冒険者だよ。もっとも三年前に街を出て行ってからは名前を聞く事もなくなったがね」


「強いのか?」


「装備はね」


 なるほど。ならばよほどのパワーアップをしてない限りクロスの勝ちは揺るがないだろう。それにしても仕事の邪魔をしてまで何がしたいんだろうな。


 あ、何か言い合いしてる。


 おいおい剣を抜いたぞ、兵士とかすぐそばで見てるだろうに何考えてんだ。


 って、斬りかかった!?


「まずくないか?」


「まあ見てなさい。今のクロス君の敵ではないよ」


 避け続けるクロス。ヴァイキーという男は半ば本気で剣を振り回すが当たらない。剣の腕は多分それなりだと思うが、それ以上にクロスの体捌きが巧みなのだ。そしてしばらく時間がたち、相手に疲れが見えた所でクロスの身体が光を放った。


 あ、筋力アップのスキルだな。ゲーム以来久しぶりに見るエフェクトだ。クロスの身体からうっすらと金色のオーラが立ち上ると、そのままヴァイキーの身体に体当たりを仕掛ける。バグッという何とも鈍い音を立てて、奴はその場に倒れ込んだ。そしてやってきた兵士たちに引き摺られて街の中へと運ばれて行く……


 何がしたかったのかは分からないが、格好悪い奴だというのは良く分かった。








「お疲れ。一体なんだったんだ?」


 動き出す馬車。荷台に戻って来たクロスに声をかけると、ウンザリした表情を変えないままクロスは説明を始める。それはヴァイキーという人間がどれだけ低俗な人物かよくわかる内容だった。


 先ず、この無数のモンスターの死体。これは彼の仕業らしい。どうやら相当な金持ちがスポンサーにいるらしく、高価なモンスター寄せのお香を大量に焚きまくって周辺のモンスターをおびき寄せると、次にこれまた高価な神経毒の入った肉をバラまいて街の中に逃げ込む。モンスターたちが毒にやられてから現場に戻ると、弱ってる所を殺して行ったらしい。


「それで、何故いきなり斬りかかってきたんだ?」


「それは俺があいつのやり方を非難したからだ」


 なんと彼はモンスター寄せのお香を使う事や毒肉をバラまく事を、届け出をしないまま行ったというのだ。当たり前な話だが、あんな場所でモンスター寄せなんてしたら街へやってくる人たちを危険に晒してしまう。毒肉も、周辺の動物を無差別に殺してしまう可能性がある。届け出は必ずしなければならない決まりになっているのだ。門のそばにいた兵士はどうやら彼を捕まえようとしていたらしい。しかし実力的に無理だったようで、あの場に残り応援を待っていたようだ。


 彼は一体何をやりたかったのか。それはクロスとの斬り合いの時にベラベラと話してくれたようだ。微妙な顔をしながらクロスは続けたが、簡単に言うと「誰がこの街一番の冒険者か知らしめる事」らしい。


 一番人目につく場所でモンスターの大量虐殺。それで街の人たちに格好良い所を見せつつ、仕事に飢えた金欠の冒険者たちにモンスターの死骸を与えて人気を得る。何とも小者じみた考え方だった。結果として彼は犯罪者として捕らえられ、街の人たちからは元々嫌われているらしく評価は変わらないだろうとクロスは言った。だいたい街の人たちが見たのは、彼が毒肉をバラまいた後に逃げ込んできた姿のみである。人気が出ようハズもなかった。あの冒険者たちに関しては分からない。金を得る事は出来たわけだから、感謝する奴も出てるかもしれない。


「カトー。あんなに極端な奴は他に居ないと思うが、今まで余所で稼いでいた奴らが帰って来る以上、色んなアクの強い連中がこの街に集まる事になる。俺たちは新しいクランだが名前だけは売れ始めているし、今後そうした奴らに絡まれる事もあるだろう。俺やアメリアが居ない時は、カトーがフレイたちをしっかり守ってやってくれ」


「分かった。全力で守りきってみせるさ」


「いや、そこそこ手加減しながらしっかり守ってやってくれ」


 難易度高いな。鬱陶しい連中は手っ取り早くまとめてマッスルポール祭りにでも参加させてやろうかと思ったんだが、そうはいかないようだ。残念にも程があるが俺は泣かなかった。






 何にせよこの街は色んな意味で賑やかになりそうだ。俺はクロスの言葉に気を引き締め直し、セーラたちを守り抜く事を心に誓うのだった。









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