トレット村のイカ騒動(5)、もしくは副島さんの冒険物語
三角耳の獣少女は、かつての恩師だった。そんな衝撃的なシーンであるにも関わらず思いっきり笑ってしまった俺だが、副島さんはジト目をしながらも苦笑いを浮かべて許してくれた。怒るよりも再会を喜ぶ気持ちの方が強かったのかもしれない。
「しかし、一体何故そんな姿に? 副島さんってゲームやらないでしょう」
「ああ、これは娘が作った身体なんだよ。私は娘の……アカウント? よくわからんが、それを使ったんだ」
むむ? 俺は副島さんの言葉に引っかかって聞き返した。
「生体チップが適合しなかったら起動なんて出来ないでしょう? それに副島さんってチップ無し世代だしヴァーチャルシステムの適性検査とか受けてなかったんじゃ……」
あのゲームには色々と制約が多い。副島さんの言う内容は本来有り得ない事なのだ。その点を指摘すると、副島さんは何とも言えない顔をする。そして少し間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「特例措置というやつでね。……私が娘のキャラクターを使えたのは、娘の友人たちにお別れを告げる為だったんだ」
「お別れ?」
「ああ。
……娘は死んだよ。妻と共に、交通事故に巻き込まれてね」
海風が一際強く吹き荒れた。銀髪の下の副島さんの目元に光るものが宿る。俺は何も言う事が出来ず、ただ副島さんの言葉を待つしかなかった。
副島さんの話では、あちらの世界で俺はやはり死んでいたらしい。ネットカフェにおける暴力団関係者の銃撃事件。捕まったのはアジア系外国人二人だが、どちらも病院で死亡したという。俺も失血死しており、世間ではそれなりに大きなニュースとして取り上げられ話題になったそうだ。
しかしその後、俺の働いていた会社の関係者が立て続けに亡くなる事になり、話題は奇妙な方向に捻曲げられて行く。俺の死の数日後に起きた、工場内の有機溶剤漏れの事故。その際の避難時に、派遣社員が一人階段で転倒して死亡している。また、その翌日にはフォークリフトが倒れて社員が一人下敷きになって死亡した。その翌日早朝には出張に出た社員が飲酒運転のトラックに追突され死亡。そして同日の昼間、副島さんの奥さんと娘さんの乗った高速バスが横転して崖に落ちた。乗客全員が死亡するという最悪な事故だったという。
こうまで短期間に死亡事故が続くと、マスコミは狂喜してオカルトチックに盛り上げようと精を出し始める。新聞雑誌にはおどろおどろしい見出しと共に、小学生が考えたようなホラー小説じみた記事が踊った。会社周辺にはマスコミ関係者だけでなく霊感商法の関係者や野次馬がやってくるようになり、俺を含めた死亡者の情報をネットに晒して楽しむやつさえ出たらしい。そんな狂った状況の中、副島さんは会社を退職して妻と娘の葬儀や死亡届けなどの事務処理を淡々とこなしていたという。
「加藤君もお母さんを亡くしたから分かると思うが……人間、死ぬとなるとそれなりに大変なものだよ。色々な手続きをしなければならないからね。単純な死亡届けだけじゃなくて、携帯電話の解約や保険の解除、やらなければならない事が沢山ある」
副島さんは揺れる炎を見つめながら、少し疲れたような表情になった。
「悲しむ暇なんてないくらい、周囲が慌ただしかったからね。私も悲しむのを後にして淡々とやるべき事をやっていた。しかし……家族の死亡届けを書く度に、何とも言えない気持ちになったよ。まるで妻と娘をこの世界から少しずつ切り離してゆくような、そんな気持ちさ。この世界に、二人が死んだ事を無理やり認めさせられているような、そんな辛さがあった」
副島さんは事務処理が終わると次に家族の荷物を整理した。大切に持っていても、悲しみからは抜け出せない。どこか遠くに引っ越して、一人で余生を過ごそうと思ったのだ。妻の服や娘の本などを、次々とダンボールに詰めて行く。娘が小さい頃に買ってあげたぬいぐるみを見た時は、涙が流れるのを抑えきれなかったそうだ。タグに丁寧に名前を書いてあげた。思えば娘が小学生の頃、ぬいぐるみや文房具に名前を書くのはいつも妻ではなく自分だった。あなたの方が字が上手いんだから、あなたが書いてよと無理やりペンを持たされ、ワクワクと期待の目で手元を見つめる娘の前で、少し緊張しながら名前を書いた。あの頃はまさか死亡届けにまで名前を書く事になるとは思わなかったと副島さんは苦笑いをしたが、そんな話を聞かされた俺は涙が止まらなくて何も言えなかった。
そして全て整理し尽くして引っ越しするのみとなったある日の事。副島さんは娘さん宛てに届いた書類を見て、娘さんがヴァーチャルゲームに課金していた事を思い出した。実は副島さんが嘱託社員として契約した時、部長からネットゲームをしないかと誘われていたのだという。そして副島さんは、その時貰ったアドレス等を娘さんに渡していた。私は興味無いが、良かったらやってみるか、と。当時娘さんは離婚して家に戻ってきたばかり。精神的にかなり落ち込んでおり、気晴らしが必要だった。娘さんはその父からのプレゼントに喜んで、ゲームにのめり込んで行ったという。ゲームで友達を作り、少しずつ娘さんは元気を取り戻して行った。
副島さんはその書類を見て、早速ゲーム会社に電話をかけた。そして退会処理の仕方を教えてもらったのだが、その際に「娘の友人たちに娘の死を伝えたい」と告げた。運営側は快く承諾し、「それなら一度あなた自身がログインして娘さんのアカウントからご友人のリストを抽出してもらえますか」と副島さんに返信する。これが副島さんの言った、特例措置らしい。こうした事って運営側で勝手に出来ないのだろうか、セキュリティー上の制約でもあるのだろうか、と俺なんかは疑問に思うのだが、ゲームを知らない副島さんは促されるままにネットカフェを訪れる。
ゲームに初めてログインして、娘さんの作ったキャラクターを見た時。副島さんはまた涙を止められなくなった。拠点の部屋に置かれた姿見の中にいたのは、おかしな所に耳がある他は、小さい頃の娘さんそっくりだったからだ。小学校三年生から四年生ぐらいの頃、まだ家族サービスに力を入れていた時の、和気あいあいとした懐かしい思い出がよみがえる。そうか、お前はあの頃に戻りたかったのか。私もあの頃のように、もっと一緒にいてお前の心の傷を癒やしてやれたら良かったのに。そう思って、涙を止められなかった。
その時。
うずくまって涙を流す副島さんの後ろに、何かがあらわれた。
それは副島さんの頭を掴んで無理やり立たせると、恐ろしい声で話しかける。
『初めからお前がログインしていれば良かったのだ、手間をかけさせやがる』
「なっ……何なんだ、君は!!」
『お前で最後だ、もはや手段は選ばん。運営に邪魔される前に、植え付けさせてもらうぞ』
「ぐっ、離……ぅあぁぁあああああああああああっ!!」
強烈な痛みが身体を襲う。意識が薄れてゆく中、霞む視界の姿見には、確かに見知った男の姿があったと言う。そして次に意識を取り戻した時……副島さんは、見知らぬ浜辺で一人佇んでいた。
「見知った男……誰なんですか、一体」
「加藤君、君も良く知る男だよ」
こちらを向いた副島さんの顔半分を、炎が赤く照らす。それはまるで、副島さん自身の胸に宿る怒りの炎のようだった。
「部長。新田良徳部長だよ。この世界では、ニーダと呼ばれ崇められているようだがね」
ニーダ。邪神の一柱。人を殺す事で信仰心を高める宗教の神。
部長。よくわからない人物。デブでメガネでいつも脇を汗で濡らしている中年。下の人間をゲームに誘ってウザがられる、仕事をしない人。
……どうにも繋がらないんだが、しかし確かに部長は不思議なくらいに経歴の分からない人間だった。まだ入社して数年の俺はともかく、副島さんらベテランすらどんな経緯で奴が部長になったのかよくわからないのだという。
「加藤君。そもそも君は部長の事を何と呼んでいた? 部長の苗字を口にした事があるかね」
「え……あれ? おかしいな、そもそも名前自体、知らない……」
「そうだろうな。私も書類に書かれた彼のサインを覚えていて、映像として思い出せるから今こうして彼の名前を言えた。こんな不自然な事は無いだろう」
背筋に嫌な汗が流れる。そうだ、幾ら何でも不自然過ぎる。あの頃の俺は何故気づけなかったんだ?
「恐らく彼は人外の存在なのだろう、俄には信じがたいが。我々が理解出来ないような不思議な力で、認識を阻害させていたのかもしれん。私をこの世界に飛ばしたのもその力によるもので、もしかしたら君も彼に飛ばされたのかもしれんぞ。確かゲームに誘われて困ってるとか言っていただろう」
「ええ。とにかくウザかったですね。仕方なしにアカウント取りましたけど、二回目にログインした時に銃撃戦があったんです。その時に意識を失って、いつの間にかこっちの世界に……」
今にして思えば唐突だった。何なんだネットカフェで銃撃戦て、シュール過ぎるだろう。しかし話を聞いていて、また一つ疑問点が。
「副島さん、部長がニーダと呼ばれてるという事、どこで知ったんです?」
「ん? ああ、それはね。私がこの世界に来て間もない頃に出会った人物が教えてくれたんだよ。私や君のような異世界から来た人間を探して、危険が無いかどうか調べている人がいるのだよ。君は会っていないのかね?」
「……いや、知りませんね。会ってないです」
出会ったのは普通の冒険者のクロスたちだけだからなぁ。何者なのだろうか。というか、この世界は一体どうなってるんだ? 困惑しながら副島さんを見ると、彼……いや今は彼女だが、目蓋を閉じて思い出すように言った。
「名前は知らないが、『フロンティア・ナイツ』の一員だと言っていた。この世界を異物から守るのだそうだ。ゲームを知っている加藤君は、何か知らないかね」
フロンティア・ナイツ?
駄目だ、全く分からない。ゲーム知識なんて何の役にもたちそうにないぞ。
「分かりません。見当もつかない」
「そうか……私も分からない事だらけだよ。どうだろう、お互い、この世界に来てからどんな事をしてきたか話してみないか。情報交換というのもあるが、純粋に君がどんな事をしてきたか興味もある」
「そうですね。俺も、どんな状況でその『フロンティア・ナイツ』という奴らと会ったのか知りたいし」
こうして、夜警の傍ら俺は副島さんと近況報告をする事となった。日はまだ昇る気配も無い。ザザァという波の音を背後に、俺たちは焚き火にあたりながら話続けた。
副島さんは、ここから遥か南のキャメル大陸の『アッガー・ルタ』という国に降り立った。その国名は俺も知らない。赤茶けた大地が広がり、大陸の六割が砂漠という厳しい環境にあって、その国は国土の大部分が海に面しており比較的住み良い場所だったようだ。ドワーフやコボルトといった種族が大部分を占め、地下に住居を作るのが一般的な為に別名『地下帝国』とも呼ばれている。
副島さんはそんな地下帝国の一つがある地域の浜辺に降り立ったのだが、早々に賊に襲われてしまう。それを助けたのが、今現在副島さんの保護者をしている夫婦。人狼族の冒険者、トトとボズだった。副島さんを担ぎ上げたのがトトで、まだ姿は見てないが厨房で料理をしていたのがボズらしい。二人は駆け出しながら着実に実績を積み上げている有望株であり、その日も賊の討伐の仕事をしている最中だった。
「さすがに驚いたよ。目の前で人が次々に斬り伏せられて行くんだ。私は時代劇が好きなんだが、やはり殺陣はテレビの方が良いね。そこら中が血まみれになって、見れたもんじゃなかったよ」
呑気な事を言ってるが、実際は副島さんも怖かったらしい。震えている所を夫婦に保護され、その後アッガー・ルタの地下帝国に案内されてそこでしばらく夫婦と共に過ごす事になる。二人は娘を亡くしたばかりで、それが偶然にも今の副島さんソックリだったそうだ。一緒に暮らそうと誘う夫婦に副島さんも嫌とは言えなかった。助けられた恩もあるし、家族を亡くした人の気持ちは副島さん自身がよく分かっていたからだ。
副島さんは自らを副島と名乗った。しかし夫婦と一緒に身分証明書となる冒険者カードを作った時、そこにあらわれた名前がシャルロットであった事から、夫婦からはシャルロットと呼ばれるようになる。これは明らかに副島さんの娘さんが付けた名前であり、副島さん自身は物凄く嫌だったが、仕方なく受け入れた。そして表示されたパラメーターだが、どうやら副島さんの娘さんは戦う事に熱心だったわけじゃなかったようだ。そこには本当に弱々しい数字しか並んでいなかった。
名前 シャルロット(Lv1)
種族 人狼族 ?歳
職業 忍者(Lv1)
HP 40/40
MP 25/25
筋力 7
耐久力 5
敏捷 11
持久力 5
器用さ 15
知力 9
運 8
スキル
力加減(Lv1)
無音走り(Lv1)
必殺(Lv1)
「私はそれを見た時思ったよ。くのいちだからって入浴シーンをやるのは、さすがに私も恥ずかしいな、と」
馬鹿な話は置いておいて、何故か初っぱなから中級職の忍者になっておきながら何も成長させていないパラメーター。とてもじゃないがこれでは一人で生きていけない。夫婦はこの子が独り立ちするまではしっかり育てようと心に決めて、副島さんがうんざりするような過保護教育をし始める。『フロンティア・ナイツ』の人間と出会ったのは、そんな生活を始めてひと月が経った頃だった。
とある酒場にて。
夫婦の目をかいくぐって、その日も副島さんはドワーフのオッサンらに葉巻を貰って至福の時を過ごしていた。カウンター席でプカプカと煙をふかしながら、琥珀色の液体を口に含んでいると、隣に座ったのは一人の美しい女性。副島さんと同じ三角耳で、片目を眼帯で覆った人狼族の戦士だった。
「隣、良いかしら」
「良いも何も、もう座っとるじゃないか」
それもそうね、と笑って果実酒を注文する女性。そして鞄の中から一枚の紙を取り出すと、それを副島さんの額に貼り付けた。
「何かのおまじないかね?」
「ええ。少し動かないでいてね」
紙は徐々に黒く変色して行く。そして、その黒い紙に何やら無数の白い文字があらわれる。女性は険しい表情をして副島さんを睨みつけた。
「あなた、いつこの世界に来たの?」
「おや、君は私が何者か知ってるのかい。まだひと月ちょっとだが、それがどうかしたのかね」
「……人を殺した事は?」
「無いよ。逆に殺されかけたくらいさ」
「そう。ならこのまま引き抜いても大丈夫ね」
そう言うと、女性は早口に呪文のようなものを唱える。すると副島さんは身体の中から何かが抜けて行くのを感じたそうだ。そして女性が呪文を唱え終えて黒い紙を剥がすと、そこにはびっしりとアラビア数字やアルファベットが並んでいた。副島さんがそれは何かと訪ねると、女性は憎々しげに紙を見つめながら答える。
「これは『邪神の楔』と言ってね。異世界の邪神が僕に植え付ける物よ。あなたは心が闇に染まってないから、多分無理やり植え付けられたんでしょうね。邪神の楔は憎しみや殺意を糧に成長して、いつか邪神をこの世界に招き入れる鍵に変化するの。あなたが力に溺れて人殺しを楽しむ弱い人間でなくて良かったわ」
その話を聞いた時、副島さんはある光景を思い出した。意識を失う直前の、あの姿見に映った影。確かにあの時『植え付ける』と言っていなかっただろうか。副島さんはこの世界に来た経緯を女性に話すと共に、部長の名前を記憶から引っ張り出して彼女に告げた。彼女は目を見開いて驚いたと言う。
「あなた、よく邪神の名前なんて覚えられたわね。プロテクトが効かない体質なのかしら? いずれにせよ、こっちとしては次の敵を特定出来て助かるわ。ニッタでなくて『ニイダ』ヨシノリ……間違い無くニーダね、この世界でも信者が活動を活発化させ始めてるし」
注文された果実酒を、ウェイトレスから受け取る女性。ロクに味わいもせず一気に飲み干すと、やる気に満ち溢れたような顔をして席を立った。
「悪かったわね、突然お邪魔して。あなたのおかげで色々助かっちゃったわ。ああそうそう、いくらあなたが『マレビト』だからって、若いうちからお酒や葉巻をやるのは感心しないわよ。それじゃ、またね」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ! せめて名前くらい教えてくれないか」
「あら、気になる? まぁそりゃそうかもね」
引き止められた女性は、口元に人差し指を当てて少し考えてから続けた。
「名前は次に会った時に教えてあげる。もし知りたかったら人狼の里にいらっしゃい、私は基本的にそこにいるから。ごめんなさいね、『フロンティア・ナイツ』は簡単に名乗っちゃいけない決まりがあるのよ。本っ当、面倒くさいわ」
「フロンティア・ナイツ?」
「そ。この世界を異物から守る……正義の味方、かな? あなたはもうこの世界の住人だから、安心していいわ」
「はぁ……」
ついて行けずにポカンとする副島さんに女性は投げキッスをして、「Bye♪」と言って去って行く。それと入れ違いになるように保護者夫婦がやってきて……副島さんは別れの余韻に浸る間も無く衆人環視の前で強烈無慈悲な『お尻ペンペン』を食らう事となった。
「加藤君。見られて興奮するという気持ちは、やはり私には分からなかった。あれほどの屈辱と悲しみは無かったよ」
「興奮しなくて良かったじゃないですか。というかその時から葉巻と酒ですか、自重して下さい」
まぁ俺も他人の事言えないくらいはじけてるけどな。とにかく、副島さんは夫婦のお叱りを受けた後、その人狼の里の事を夫婦に尋ねた。人狼の里とは全ての人狼族の故郷であり、今や北方で一大国家を築き上げているという。「一度はお前も行ってみた方が良いか」と親っぽい事を言ってみせた夫婦は、副島さんを連れて船に乗り、その人狼の里『ヴォルフシュタット』へと向かった。
で、その途中でダークダゴンに襲われ船は難破。トレット村に流れ着いた乗客達は、マンディールからの臨時連絡船が来るまでこの村の厄介になっているのだと言う。何というか……色々と大変だったようだ。周りに流されっぱなしというのが辛いな、娘さんがキャラクターを成長させていればもっと自分の意志で自由に動けただろうに。俺がそう言うと、副島さんは首を横に振った。
「確かに強いに越した事は無いだろうが、夫婦と出会った頃はむしろ弱くて正解だったよ。あの夫婦が私と一緒になる理由になったからね。それに襲って来た賊を殺してしまっていたら、あの『邪神の楔』とやらが抜き出せたかどうかも分からない。力に溺れた悪鬼になっていたかも分からんからね」
「副島さんがそうなるとは思えませんが……」
「私も人だよ、加藤君。それなりに怒る時もあるし、良くない事を考える時もあるさ」
そうだろうか。いい人というイメージしか湧かないんだがなぁ。
「さて……これで私の話はお終いだ。次は加藤君、君の番だよ。君の事だから随分と面白可笑しい自由奔放な生活を送っていたんだろう、さぁ話してくれ」
「いや、ハードル上げんで下さいよ……」
ニコニコと催促する副島さんに、頭を掻いてたじろぐ俺。どうも素の俺を知ってる人を相手にすると、調子が狂うな。俺はとりあえず順序だてて事実だけを淡々と述べて行くが……途中途中で副島さんはひっくり返り、腹を抱えて笑っていた。なんだ、俺の生き方ってお笑い系なのか? 困惑しながらも続け、ころころ転がる副島さんが砂まみれになった頃には水平線の向こうが徐々に明るくなって来ていて、朝焼けが空を焦がし始めた。
「か、加藤君、君は私を笑い死にさせる気かね!」
「それでセーラがヴォーンを見て『神様』って……」
「うわははははは! ひ、酷いな加藤君、マッスル……あはははは、ははははははは!!」
「筋肉以外にも友達になる方法はあるとかないとか」
「ーーーっ、ーーーーー……!!」
バタバタバタバタ。
そんなにウケる所かと思う。笑いのツボって、人それぞれなんだなぁ。
そうして一通り話も終えて。笑い疲れた副島さんも呼吸が整ったのか、身体についた砂をパンパンと払いながら立ち上がって俺の方をむき直した。そして、目元を指ですくいながら口を開く。
「……君が相変わらずの君で、安心したよ。死んだ人を前にしてこんな事を言うのはおかしいが、加藤君が元気でいてくれて良かった。最近気の滅入る事ばかりだったが、君と再会できたのは本当に嬉しい。最高の気分だよ」
「副島さん……」
元気でいてくれて良かった。その言葉が何より心に響く。こんな俺でも生きてる事で誰かを元気にする事が出来る、その事が嬉しかったし、かつての恩師にそう言ってもらえたのが何より嬉しかった。少しでも、あの頃受けた恩を返せただろうか。
二人で、水平線の向こうを眺める。しばらくそうした後、副島さんはゆっくりと、しみじみと心を込めてこうつぶやいた。
「馬鹿は死んでも治らない、か……」
「うおいっ!?」




