あまポテとの戦い(陸)
アイテムボックスとはなんと便利な物か。俺は取り出した服を着ながらつくづくそう思った。言ってみればクローゼットをそのまま持ち歩いているようなもので、今俺は朝とは違う服を身につけている。木こり時代によく着ていた作業着。やっぱり森の中でスーツというのは変だし、なんとなく久し振りに着てみたかったのだ。
「木こり参上。セーラ、懐かしいだろう」
「そうですね。カトーさんって本当に楽しそうに仕事してましたよね、また木こりの仕事してみます?」
「今からだって出来るだろう? 先ずは目の前の木材をバッスンバッスン切ってやろうか。リリー、斧貸して」
「うぉい!? カトさん、これ木材じゃないから! 芋だし、人だし、女だし!!」
調味料か何かのCMに使えそうなキャッチフレーズだな。『そのダシ、良いダシ、一番ダシ!』みたいな。
しかし今のリリーの言葉からも分かるように、俺たちはこのいもおんなの扱いに困っていた。もし言葉も使えず、闇雲に襲ってくるような相手なら、俺は問答無用で殺していたと思う。外見が女だからと言って、俺は容赦するような人間ではない。しかし言葉を話せて、尚且つ何かしらの事情がありそうだと分かった今、どうにも踏ん切りがつかないのだ。
戦闘中の女の言葉を、セーラが聞き取っていたというのも殺せない理由の一つだ。かなり距離があったし言葉自体も小さくつぶやいた程度だったのにも関わらず、セーラの耳にはちゃんと聞こえていたらしい。だから複雑な表情を浮かべながら、俺に問いかけて来たのだ。本当にこのまま殺してしまってもいいんですか、と。
「やっぱり、目が覚めるのを待って事情を聞く事にしようか。分厚い芋の鎧が無い今、俺たちに勝てないのはこの女が一番良く分かってるだろうし、観念して話し合いくらいはしてくれるだろう」
「カトーさんなら、そう言ってくれると思ってました」
セーラが嬉しそうな顔をする。他の二人もホッとしたような表情を浮かべていた。やはり人の形をした相手を殺すのは抵抗があったんだろうな。俺も、皆には人殺しみたいな真似はさせたくない。きっとどれだけ割り切っても、心の負担はかなりのものだと思うから。
さて、とりあえず女が目覚めるのを待つ事にした俺たちは、その場にシートをひいてローランドと女を寝かせる事にした。幸いローランドに怪我は無く、あれだけリリーの剣を受けた女にしても掠り傷程度。俺のウォーターキュアで直ぐに回復する事が出来た。そしてひとまず休憩。俺は皆にまた疲労回復効果のあるジュースを提供して、ちょっとしたピクニック気分を味わっていた。
「カトさん、シュワシュワおかわり」
「リリーは炭酸にハマり過ぎだな。しゃっくりが出ても知らんぞ」
「カトーさん、私バナナジュースがいい! バナナって美味しいね、どんな果物なの?」
「フレイもバナナが好きになったか。逞しい肉体を作るにはとても適した果物、とだけ言っておこう」
「ゲ……それはちょっと微妙かも」
失礼な。バナナジュースに生卵とプロテインの組み合わせは至高なんだぞ。なんなら今味を再現してやろうか。いや、やめておこう。あの味は俺だけのものだ。
「セーラは何がいい?」
「じゃあまたハーブを使った紅茶を下さい」
「分かった。なら今回はカモミールだな」
俺は珈琲よりも紅茶派だ。大学に入りたての頃に通ったファミレスのドリンクバーでハーブティーを知り、そこから段々と深みにハマっていった。海外出張の際に紅茶を買いあさったりして、デカい図体して趣味は可愛いのか、と会社の連中にからかわれた事もある。紅茶の再現はそんな趣味が高じて特に上手くなったが、カモミールに関しては少し事情が異なった。母が好きで庭に植えていたハーブで、そのニオイに包まれると何となく落ち着くのだ。だからこそ、カモミールティーに関してはそれなりのこだわりがある。
ちなみにカモミールは増え続けお隣さんの庭にまで勢力を広げて迷惑をかける事になった。あれは結構扱いの難しい植物だったりするから、直植えは控えた方がいい。……なんの話だっけ?
とにかく。しばらく俺たちはウォーターキュアドリンクを飲みながら、戦闘の疲れを癒していた。横になっているローランドの周囲には相変わらず幻術の花々が咲き乱れ、空に向かって延びてゆく。なんというか、ちょっとした花見気分だ。
「この花、どうなってるんだろうな。スキルアップしてるせいか幻術の域をこえて本物みたいに見えて来てるんだが。香りまで漂ってくるぞ」
俺が言うと、リリーがウンウンと頷きながら同意する。
「ウチのお母さんもガーデニングするけどさ、ローランド君の頭から生えてるティーベルの花なんてお母さんが大好きでよく植えてるの。だから私もよく知ってるんだけど、本当にニオイまでそっくりだよ。一本引っこ抜いてお母さんにプレゼントしようかな」
やめろ。というか頭から生えてるのか、怖いな。フレイは「蜜とかあるかな」などと言いながら花を摘み取ろうとしている。本当に幻術なのかと疑いたくなるリアルさだ。
そんな風にそれぞれに花見を楽しんでいたのだが、セーラだけは途中から不安そうな顔をし始め、そわそわと周囲を気にし出していた。そして「どうしたんだ?」と俺が問いかけようとした時、ハッとしたような顔をして俺の方を向いた。
「カトーさん、索敵! 索敵してください! 何かが沢山近づいて来ます!!」
「なんだと!?」
緊迫した声に、皆の顔が引き締まる。
「遠くから、羽音みたいなのが聞こえて来たんです! 多分、これは……」
脳裏に浮かび上がる周辺の地形図、遠くからやってくる無数の赤い点。障害物を物ともせず、一定の速さで近づいてくるその点は明らかに飛行していた。そして大きさはバレーボール大、近づくにつれその情報は明らかになってきて……
「殺人蜜蜂82体、か。こりゃ大仕事だな」
「「ゲッ……」ひっく」
フレイとリリーが絶句して、リリーはついでにしゃっくりをした。だから言ったのに……。
「奴らの目的は明らかにこの花だろう、一直線にこちらへ向かって来ている。皆、ローランドと女を守っていてくれ。もうこれだけ近くに来てしまったら、今更幻術を解いても無駄だろう。とにかく遠距離攻撃で牽制して、それでも接近してきたらリリーが叩き落としてくれ」
手短に指示を出しながら、俺はメンザの位置を確認した。殺人蜜蜂の被害を受けてないか心配だったのだが、幸い彼らのいる場所は殺人蜜蜂の飛行コースには被っていないようだ。
「カトさんはどうすんの!? まさか一人で迎え討つ気じゃねひっく!」
どこの訛りだ、落ち着け。
「カトーさん……そういや殺人蜜蜂を沢山倒してたよね。大丈夫? 今回のこれも、イケる?」
流石にフレイも不安でいっぱいの顔をしている。冒険者としての経験が豊富だからこそ、殺人蜜蜂の怖さがわかるのだろう。
「カトーさん」
セーラも真剣な目で俺を見つめている。しかしそこには、他の二人のような怯えは無かった。
「絶対、守り抜きます。だからカトーさんは思いっきり戦って来て下さい」
「ありがとう、頼んだぞ」
やはりここぞと言う時は肝が据わっている。頼もしい。セーラの一番の強みは、きっとこうしたタフな精神力だろうな。俺は笑顔でセーラに返事をすると、殺人蜜蜂たちのやってくる空を見据えてから駆け出した。背中に皆の声援を受けて。そして勢い良く跳躍すると、もう一度あの言葉を叫ぶ。もう一人の頼もしい仲間の事を思い浮かべながら。
「パンツマン、参上!」
着ている衣服はそのままで、真っ白な光が股間周辺を包み込む。そしてそれは一羽の美しい白鳥の姿に変化して行った。そう、俺は一人で戦うわけじゃない。今や空中戦となれば俺には頼もしいにも程がある仲間がいるのだ。
『グェッ』
「久しぶりだな、白鳥君! ひと暴れするからサポートを頼んだぞ!!」
『グェエッ!!』
久々の登場で興奮しているのか、気合いの入った返事で頭を振る白鳥君。いや頼もしいのだが、振る度に股間が振動でムズムズするから勘弁して欲しい。
勢い良く羽ばたく白鳥君、そのスピードは以前に増して速い。一気に森の木々を眼下に見下ろすほど上昇すると、前方約200メートル先に黒い点を発見した。数は索敵レーダー通り82、間違いなく殺人蜜蜂だ。この森は木の枝から枝へツタが絡みついてカーテンのようになっており、直進して飛行するのは不可能だ。だから森の上を飛んでいると思っていたが、やはり予想は当たっていた。これなら戦い易い。
「今なら真っ直ぐ此方へ向かって来ているから仕留め易いな。白鳥君、奴らの手前まで行って注意を引きつけよう!」
『グワッ!』
俺の立てた作戦は、先ず殺人蜜蜂にちょっかいを出して俺を敵だと認知させ、注意を引く。そして固まって追いかけて来た所に全力でウォーターミストを放って、羽を濡らして飛行能力を奪う。後は動きの鈍った奴らを潰して行ってオシマイだ。空だけに多少風は強いが、吹き飛ばされないだけの水量のミストを放つだけのMPはある。俺の言葉に力強く返事をした白鳥君は、蜜蜂の群れに向かって猛然と羽ばたき飛んで行く。そこに恐れの感情などはどこにも無かった。
蜂という生き物は元来臆病である、と、以前日本で見たドキュメンタリー番組で偉い学者が解説していた。例え凶悪とされるスズメバチだろうが、手順を踏んで緊張を解けば友達になれるのだそうだ。人間よりも遥かに素直で付き合いやすいんです、と笑顔で語るその学者の姿が、何となく滑稽で悲しかったのを覚えている。しかし俺の数少ない蜂付き合いの経験から言えば、その説は全くのデタラメだ。出会った瞬間に追い掛け回され、囲まれる事ばかり。美女に囲まれキャーキャー言われるのなら夢があるが、蜂に囲まれブンブンでは「死」あるのみだろう。手刀で何とか撃退したものの、そうした経験もあってゲームの世界でも蜂は大嫌いだったりする。
そして今また、俺は奴らと戦う事となった。キャロの森ではハナちゃんと二人がかりだったが、今回は一人で囮と攻撃の二役、なかなかに大変だ。それも近づいただけでカチカチと音を立て出してるし、これは一体なんなんだ、カスタネットの物真似か。全員カスタネットとか豪快な音楽隊もあったものだ。
俺は接近すると先頭の蜂に向かってウォーターカッターを放つ。右手のひらから放たれた水の刃は、真っ直ぐにターゲット目掛けて飛んで行く。パシンッという音を立てて、先ず一匹が弾け飛んだ。
ブブブブブブブブブ………
すると案の定、先頭集団の蜂どもが俺を敵として認識し始める。コースを変えて、此方を追い掛け始めた。
「よし、いいぞ。白鳥君、スピードを出し過ぎずにUターンだ!」
『グァッ』
蜂どものスピードはそんなに速くない。俺はつかず離れずの距離を保ちながら逃げるふりをする。時折振り返ってウォーターカッターを飛ばし挑発、いわゆる『釣り』をしていた。しかし……
「ん……? あ、何であいつらついて来ないんだ!?」
大多数の蜂は此方を追って来ているのだが、後方を飛んでいた10匹ほどの蜂はコースを変えずにセーラたちのいる方向へと飛んで行ってしまっている! なぜだ、なぜあいつらは……
そこで気づいた。
あいつら、仲間よりもエサを優先しやがったな。
蜂って集団思考を優先するはずなんだが、どうやらこの世界の蜂は思いの外個人主義らしい。とりあえず俺たちは腹ごしらえだ、とばかりにこちらを無視して飛んで行きやがった。薄情というか何というか……
俺は直ぐに思考を切り替えて、此方を追う奴らを仕留めるのに集中する事にした。あの数なら、きっとセーラたちでも対処出来るだろう。そもそも奴らにフレイとセーラの遠距離攻撃を突破出来るとは思えない。ここは彼女たちを信じて、俺は俺の仕事をするのだ。
森の上、70もの殺人蜜蜂の群れに追われていた俺は、空中で急速回転して群れを迎え撃つ体勢に入った。両手を突き出し、魔力を手のひらに集中する。そしてクワッと目を見開くと、俺は有らん限りの力で叫んだ。
「ウォーター・ミストォオオオオオッ!!」
直ぐ目の前まで迫って来ていた蜂たちを、濃密な霧が包み込む。消費MPは恐らく200は越えているだろう。強烈な脱力感が俺の身体を支配するが、俺は構わず魔力を注ぎ続けた。そして……
身体の周りに光の輪が現れ、脳裏にステータス画面が現れる。そのスキル欄に、新しい魔法が表記されている事に俺は気付いた。
ウォータージェイル(Lv1)
ジェイル……牢屋? ああ、なるほど。水の牢屋、つまりは今のような状態だ。水分で敵を包み込む、そんな魔法なのだろう。俺は続けてその魔法を唱える。見たことも無い名前だが、きっと強力な魔法に違いない、と確信していた。
「ウォータージェイル!!」
濃密だった霧が、大量の水に姿を変える。そして蜂たちを完全に水の牢屋に閉じこめてから、その場で洗濯機のように蜂たちをかき混ぜ始めた。
『ーーーッ! ーーーーーーッ!?』
巨大な透け透け洗濯機の中を、蜂たちが舞う。流れに飲み込まれ、グルグルグルグル……。この魔法、力の加減次第では本当に洗濯機に使えそうだな。もし新しく家を買ったりしたら、洗濯で家事に貢献できるかもしれない。
「このまま溺れて死んでしまえ、空の上で溺死とかカッコ悪いにも程があるけどな!」
『ーーー…ーーーッ ……ーー…』
高速回転で一気に一網打尽にする。このまま水の中に閉じこめておけば後でまとめて毒針を毟り取れるから、結構便利な魔法かもしれない。
……そんな余計な事を考えていたからなのか。
俺は今日何度目かのポカを、またしてしまった。
ウォータージェイルの発動前にミストから抜け出していた一匹の殺人蜜蜂が、いつの間にか近くまで接近して来ており、俺の死角から飛び交って来たのだ。
「……っ!?」
『グワアァァァァアッ!!』
そして、驚愕する。
いち早く気がついた白鳥君が、何と口から水を高圧噴射したのだ!
バシュウゥゥゥゥゥッ!!
『ー……ッ』
胴体を貫かれた蜂は、そのまま力を失って地上へと落下して行った。凄い、凄いぞ白鳥君! 一体いつの間にそんな技を……って、確か俺と同じスキルが使えるとか説明されてたな。しかし魔法が使えるとは思わなかった。あれはウォーターカッターみたいだが、口から出して大丈夫だったんだろうか。そもそもあの水は本当に魔法で作られたものなのだろうか。やけに強力だったが……
「白鳥君、助かったよ。所で大丈夫か? なんで口を開きっぱなしにしてるんだ」
『グッ、グワァ……』
「ん?」
『グァ……エレエレエレエレエレエレエレエレ』
「ぎゃあ、きたねえっ!?」
吐きやがった。
そうか。やけに強力なウォーターカッターだと思ったら、やはり周囲の水気を使って強化してたんだ。その水気は胃液だったんだな? ムチャにも程があるぞ……
白鳥君のおかげで難を逃れた俺は、そのまま残りの蜂をウォータージェイルに閉じ込めたまま息の根を止めて行く。そして全ての蜂がピクリとも動かなくなった事を確認してから、水の球体を消さないままセーラたちの元へと飛んで行った。毒針を回収するよりも、先ずは仲間の無事を確認しなければ。胃液を吐いて若干フラつく白鳥君だったが、なんとか頑張って羽ばたいてくれた。すまない、白鳥君。体力が回復したら、キスクワードから貰った白鳥の餌を腹一杯食わせてやるからな。
さて。
急いでセーラたちの元に舞い戻った俺だが、白鳥パンツを解除して地上に降り立つと、そこには不可思議な光景が広がっていた。
地面には、真っ二つになったり矢が突き刺さっていたりする殺人蜜蜂がチラホラ。それは理解出来る。疲れて座り込んでいるセーラ、フレイ。うん、よく頑張ったな、そして苦労をかけてすまなかった。しかしその後ろで寝たままのローランドは何なんだ、満足そうな顔でムニャムニャ言いやがって、いい夢見てんだろうな?
ここまでは良い。いや一部良くないが理解は出来る。しかし、それ以外のメンツが分からなかった。
開けた農場、その中央に巨大な熊のモンスターがいる。恐らく俺が蜂に気をとられている間に新たにあらわれたのだろうが、何やらクルクルと回って、あらぬ方向に向かって攻撃を仕掛けては転んでいた。
そしてリリー。新品の鎧が所々ヘコむくらいの攻撃を受けており、熊から離れた場所で大剣を地面に刺してもたれかかっている。そのリリーを懸命に治療しているのは、何と敵だったいもおんなだ。一体何がどうなってるんだ?
俺はとりあえず、セーラとフレイの座り込んでいる場所へと駆け寄った。俺の姿を見つけたセーラが、疲れた笑顔で手を振る。フレイも苦笑いを浮かべていた。
「無事か、二人とも! 一体何がどうなってるんだ?」
「あ、あははは……ちょっと苦戦してたんですけど、何とかカトーさんが来るまで頑張りました」
「殺人蜜蜂だけなら私たちだけで倒したんだけどねー……。まさかダーティベアが出てくるとは思わなかったよ」
ダーティベア……ちょっとまて、あのクマ、ダーティベアなのか! フィールドボスの中じゃミノタウロス級の化け物だぞ! 最低レベルが70、最大が150、今の俺たちが相手に出来るモンスターじゃない。どうやってここまで粘ったんだ!?
「いやぁ、最初リリ姉がぶっ飛ばされて気絶した時はもう駄目かと思ったんだけどさ、あの芋姉が起きて、ツタでアイツの動きを止めてくれたから、今がチャンスとばかりにありったけの矢をぶっ放したんだよね。あれ、見て」
へたり込んだままのフレイが指差した先。クルクルと回る熊の頭には、可哀想になるくらいの矢が突き刺さっていた。いや、死んでるだろコレ。
「全部、混乱の矢。これだけ刺さってりゃ2、3時間は混乱したままだよ、多分」
なんという……。
いや、フレイの矢が無かったら確実に皆死んでたな。本当にフレイ様々だ。今回の仕事、ちょっと難易度高いにも程がある。これでDなら何がAなんだか。
俺たちが話していると、治療が終わったのかリリーといもおんな……いや、フレイに倣って芋姉と呼ぼうか。芋姉がこちらにやって来た。リリーも芋姉も、疲労困憊といった顔をしている。
「よく無事だったな。リリー、もう動けるのか?」
「うぅ……怖かった、怖かったよカトさん~~~っ!」
ボロボロ涙を流すリリー。抱きついてきたので頭を撫でてやった。セーラのいる手前こうした行為は良くないんだろうが、今回は事情が事情だ、仕方ない。セーラも怒ってはいないし、しばらくは好きにさせよう。
「君もありがとう。足止めをしてくれたと聞いてる、君がいなければ皆は殺されていた」
『え……あ、別に構わないわよ。あのクマは時々農園を荒らしに来て、私の事も何度も食べようとしてたから。撃退するなら協力は惜しまないわ』
「そうか……。なら、これから奴を倒すからもう少し協力してくれないかな。セーラ、フレイ。リリーも。ちょっと簡単な作業を頼みたいから、もう少しだけ頑張ってくれるか?」
「作業……ですか?」
セーラを始め、皆が不思議そうな顔をする。そもそもダーティベアは恐ろしいほどの耐久力と生命力、そして攻撃力を誇るモンスターだ。本来ならばパンツマン第二形態で戦うべき相手であり、セーラたちのようなレベルの冒険者が何をしても、倒す事など不可能だ。
しかし。相手がどんな化け物だろうと、倒す事の出来る掟破りのアイテムが今の俺にはある。俺は空中に待機させたままの水球を地面に落とし、ウォータージェイルを解除した。途端にはじける水、ボトボトと落ちる殺人蜜蜂の死骸。それらを指差して、俺は言った。
「今から、こいつらの毒針を手分けして抜き取ってくれ。毒針ならアイツを簡単に仕留められるだろう」
「うわ、えげつなっ!?」
何とでも言ってくれ。いや、あれだけの矢を頭に突き刺したフレイにだけは言われたくないな。うん。ちなみに殺人蜜蜂の必殺技は自らの命と引き換えに致死率三割越えの毒針を放つ技なのだが、回収した毒針も投擲武器として扱える上に同じような効果が望める。致死率は一割程度と低下するが、これだけの量があればクマ一匹殺すのは訳無い筈だ。特に急所撃ちなどのクリティカルヒットが出れば、その倍率は飛躍的に跳ね上がる。
『分かったわ。それくらいの作業なら、今の私でも難なく出来る』
「グスッ……うん、私も、手伝う……」
「じゃあ私は向こうに落ちてる蜜蜂を拾って来ます。私たちが倒した分も、使いましょう」
「ありがとう、みんな。よしっ、早速作業開始だ!」
クルクル踊り狂うダーティベアを後目に、俺たちは毒針の回収に入った。
そして。
今、俺の手には81本もの毒針を、芋姉手製のツタで無理矢理一つにまとめた物体がある。毒針は約30センチ、一本一本は細いのだが、こうしてまとめると馬鹿でかい剣山のようだ。
「カトーさん……気をつけて下さい。あのクマはリリーさんの鎧すら壊しちゃう力を持ってますから」
「うー……本当だよ、貰ったばっかりなのに。自分で壊す前にクマに壊されちゃった」
「リリ姉は自分で壊すかもしれないって考えてたんだ、あんだけ固い鎧を……。
カトーさん、カトーさんも気をつけてね。鍛えてるからってあのクマの一撃を貰ったら、きっとただじゃすまないから。リリ姉の鎧みたいになっちゃうから」
『大丈夫じゃないかしら。だって私の氷魔法でも傷つかない化け物よ? ま、頑張ってね。あなたが負ける姿って想像できないから心配はしないわ』
なんとも言えない応援をありがとう。これで結構やる気が出るから不思議なもんだ。
「行ってくる。ま、一瞬で終わるから見てていてくれ」
自信満々に言うと、俺は毒針剣山を両手で持ち、皆に背を向けて駆け出した。そろそろここらで格好良い所を見せないとな。悪いがクマ君よ、死んでくれ! 俺の見せ場の為に死んでくれ!!
ダーティベアに向かって一直線にかけてゆく俺。向こうは混乱したままだが、本能で身の危険を悟ったのか大きな腕を周囲に向かって振り回し始めた。ええい小賢しい、俺は攻撃をかわすと素早くダーティベアの背後をとる。そして全力で毒針剣山を突き出した!
「食らえ、混乱ダーティベアァアアアッ!!」
ズンッッッ……
『ア゛ッーーーーーー!!!!?』




