あまポテとの戦い(伍)
この世界に来てから常々疑問に思っていた事がある。いわゆるステータス値というやつだが、この数値が具体的にどういった意味を成しているのか。どんな基準で設定されているのか、という事だ。単に「筋力」と言っても握力だったり背筋力だったり色々ある。それは木こりをしている時などに特に感じていたのだが、あの頃、俺は日課としていた筋トレを全くやっていなかった。なのに衰えもせず、余計な肉がつくでもなく、また斧を振り回していたにも関わらず腕周りが太くなる事もなかった。なのに数値はどんどん上がり、以前よりも強い力を振るえるようになっている。具体的にどの部分の筋力が発達したのかなど、分からないまま……。
最近になって筋トレを再開して気づいたのだが、俺は尋常でない力を手に入れたのに体格が全く変わっていない。また、結構暴飲暴食をしたりパンだって以前の生活と比べたら食いすぎというくらいに食ってるのに、太る事すらなかった。不思議に思っていたし、また不気味に感じる事もあったのだ。一体俺の身体はどうなってるんだ、と。
しかし今日、俺はある程度その仕組みが分かったような気がした。というか、思い知らされたと言っていい。宙を舞いながら俺はその答えに至る原因となった氷の塊をそっと掴む。肩口に突き刺さったそれは、長さ50センチほどのツララの形をしていた。これだけ深く突き刺さっているのだ、普通に考えれば重傷である。痛みだって相当なもののはずだが、俺は躊躇せずにそれを引き抜いた。
ズルッ……
掴んだ手が一瞬でかじかむ程の冷気。皮が貼りついてしまいそうな錯覚。しかし実際には何ともないのだ。突き刺さっていた肩を見ると、予想通りそこにはなんの傷もついていなかった。あれだけ深々と突き刺さっていたにも関わらず、である。
やはり俺の身体は人間の身体ではなくなっている。正確に言うなら、日本にいた頃の身体とは全くの別物になっている。
これまで俺は「以前と同じ身体」にこの世界特有の補正がかかっているとばかり思っていたが、どうやらそうではなく、肉体その物がこの世界の理屈で一から作りなおされているようだ。そして少なくともこの身体は、その数値通りの性能を発揮し続けるのだろう。
つまり。
どれだけ深々と突き刺ささろうと、この程度のツララ如きでは、耐久力三桁のこの俺の身体に傷の一つもつけられない。例え貫いたとしても、ツララの攻撃力がこの肉体の耐久力を「数値で」上回らなければ、傷はつかないだろう。人間というより、もはや妖怪である。実際今の俺は狐の妖怪みたいだもんな。
地上に着地する。そして俺は自らの力を誇示するように、あまポテから生えた女に向かってツララを持った手を突き出す。そして思いっきり力を込めてそのツララを粉砕した。
バゴッ!!
パラパラと氷の破片が飛び散る。そして俺は得意気な顔でこう言ってみせるのだ。
「コン、ココンコンコン?
(今、何かしたか?)」
………。
もしかしたら俺、今すっごくカッコ悪いかもしれない。
さて、当のあまポテはというと何やらおかしい事になっていた。もはや切り飛ばされてズタボロになっている芋の中央からせり出した女の姿、紫色に染め上げられた女は黄色く光る目で此方を睨みつけている。その表情には怒りに加えて恐怖が入り混じり、唇はわなわなと震えていた。
『……い、一体アンタは、何者なのよ! なぜ私の魔法が効かないの!?』
やはり言葉を使えるらしい。カインドヒールを唱えていたのはこの女だったようだ。
「コンコ、ココンコンココ、コンココン(別に、名乗るほどのモンじゃない)」
『分からないわよ!』
そもそも名乗れなかった。
コミュニケーションがとれないのは本当に面倒だな。これは一度、変身を解いた方がいいかもしれない。解除ワードが屈辱的ではあるが、セーラ以外の女性になら言われても構わないだろう。俺は先ず片手で『ちょっと待て』とサインを送り、女の前の地面に拾った木の枝で文字を書いた。
『キャーッ、このケダモノ! と罵って下さい』
簡潔である。
そして完璧だった。無駄が無い。これならストレートに相手に伝わるはずだ。さあ罵るがいい、それで俺は人間に戻る! なんとなく美女と野獣の構図みたいで興奮してきたぞ!
両手を広げて、さあ、と促す。しかし目の前の女は唖然とした表情をした後、俯いてプルプルと震えだした。あれ、様子がおかしいぞ。何やら震えが大きくなり、肩なんか怒り肩になってきて……おっ、顔を上げた。
『こんの、変態があぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
おい、セリフが違うぞ! 字が読めないのかお前は!
『こんな変態に私の身体が吹き飛ばされたなんて、屈辱的過ぎるわ! 覚悟なさい、どうにかしてアンタを血祭りにあげてみせる!』
「コン! ココンコココン!
(まて、話せば分かる!)」
『わかんないって言ってんでしょおが! ええい、アイスニードル!!』
女の周囲にまた氷の塊が現れ、俺に向かって飛んで来た。不味いな、避けたら後ろにいるセーラたちが危ない。ここは全て叩き落としてしまおう。
「ココン、コーンッ!!(キツネ・チョーップ!!)」
迫り来る無数のツララ、それを俺は全力で叩き落とす。恐らく筋力数値は500近くに達しているだろう、俺のチョップはツララの全てを粉々に打ち砕いた。音がパキッとかじゃなくバンッという破裂音に近かったからな、工業用の大型粉砕機とかに匹敵する破壊力を持っているんだろう。
『くっ……バケモノが!』
おしい。ケダモノとは一文字違いだ。
女は尚もツララを放ち続ける。効かないと分かっているだろうに、それでも必死な表情で。言葉が通じるならなんとか説得する所なんだが……今は元に戻れないから無理だな。ここは消耗させて女を動けなくしてから、仲間に解除ワードを言ってもらおう。フレイ……いや、リリーが適任かな。
『アイスニードル! アイスニードル!! ……はぁ、はぁ、もうダメ、栄養が足りない……』
だんだんと攻撃が続かなくなってきた。ゲームと同じなら戦闘中にMPがゼロになると起きる『気絶状態』に追い込めるんだが、もう一押しといった所か。
『なんで……なんで私ばっかりこんな目に……また、殺されるの? またこの森で……』
ん?
また殺される? なんの話だ?
『いや……いやよ、また冷たくなるのはいや……動けなくなって、腐ってゆくのはもういやなの……』
「コ……コン?(お……おい?)」
何やらおかしいぞ、と思い近づいた、その時だった。虚ろな目をしていた女の瞳に力が戻る。何かを見つけたらしく目を輝かせて叫んだ。
『栄養! 栄養があるっ!!』
なんの事だ? 栄養……
困惑する俺。集中力を切らしたその瞬間を、女は見逃さなかった。背伸びをするかのような動作をしてから、なんと勢い良く地中に潜りだしたのだ!
「コッ……!?」
ズモモモモモ、と土の中へと潜って行く女。駆け寄ったが、そこには穴がのこるばかりで芋はおろか細かな根っこさえ無くなっていた。逃げられたのだろうか。いや……
俺は耳をすませた。聞こえる。聞こえるぞ、地中の音が。これはあの女が土を掘り、移動している音だ。第二形態のマスクは取り込んだ動物に応じた能力を発揮するというが、なるほどキツネは耳が良かったのか。そう言えば地中のネズミとか捕まえてたからな、こうした微々たる音も敏感に拾っていけるんだろう。
俺は音の動き追いながら、ヤツの狙いを探った。なんだ、一体何をしようとしている? 音は迷い無く一直線に、農園の入り口方向へと突き進んで行く。俺はその方向へと視線を移して……
固まった。
なんだありゃ?
退避しているセーラたちの向こう、農園はずれの繁みの中。キラキラと輝く光の輪が空へと登って行き、遠くでファンファーレが鳴り響いている。そしてその光の輪が現れるたびに、ゴージャスな生け花のような無数の花の塊が空へ向けて伸びて行くのだ。花、花、花。色とりどりの花たちが、キラキラと輝いている。ん? 花……?
あ。
俺は駆け出した。アホか、アホかあいつは、それじゃ全然隠れた事にはならんだろ! というか騙される女もアホだ、あれが幻術だって分からないのか! 俺は言葉が話せないのも忘れて叫ぶ。気づけ、気づいてその場から離れるんだ!
「コンコ、コーコンコオォォォ!!
(逃げろ、ローランドオォォォ!!)」
叫び声を上げたものの、遅かったようだ。俺が全力ダッシュで駆け寄るよりも早く、ローランドのいるであろう場所の地面がモコッと盛り上がる。そして凄まじい音と共に土塊が爆ぜると、夥しい量のツタが花の塊に絡みついた。
ドゴオォォォォン!!
『見つけた、見つけたわよ栄養ぅぅぅ!!』
「ふひゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」
あああ、なんてこった! この情けない声は確実にローランドだ。あいつ、きっと草むらでうずくまって隠れたまま戦闘なんて見てなかったんだろうな。突然捕まって何がなんだか分からないんだろう。ヤバい、このままだとローランドが栄養を奪われ……どうやって奪うんだ?
「ローランドさんっ!!」
いち早く動いたのは、なんとセーラだった。セーラの放ったウィンドスラッシュが、未だ土煙で視界が覚束ない中、勢い良く飛んで行きツタの一部を切り飛ばした。そして風圧によって、まるでモーゼが海を割ったかのように土埃が吹き飛ばされる。そこに間髪入れずに飛び込んでくる無数の矢……フレイだ。実戦でいきなりこれだけのコンビネーションを見せるとは思わなかったから、俺は少々驚いて見入ってしまった。
「カトーさん! 今のは神経毒の矢だから動きは鈍った筈! やるなら今だよっ!」
「コンコン!(了解!)」
もはや土埃はなくなり、視界は晴れ渡っている。見ると女は下半身の芋から伸びるツタで、花まみれのローランドを捕まえ宙に持ち上げていた。力なくうなだれるローランド。どうも失神しているらしい。意識を失ってもフラワーイリュージョンは発動し続けているようで、スキルはどんどんレベルアップし光の輪をまた作った。
待ってろローランド、今助ける!
俺はダッシュで女に接近すると、とりあえず腹部目掛けて拳を放った。これで完全に動きを止めて、ツタを切り飛ばすのが狙いだ。しかし女は痺れている素振りも見せずに、なんと俺の攻撃を触手のように伸びた無数のツタのクッションで防いでみせた。
バスッ……
『ぐっ……邪魔しないでよね、この狗!』
効いてはいるが、致命傷には遠い。こいつ、どんだけ耐久力あるんだ!
「そんな、クマでも動けなくなる神経毒が塗ってあったのに!?」
フレイが信じられない、という風に声をあげた。それに対して女は、なんでもないように返した。
『ああ、私薬草とかかなり吸収したから。悪いけど毒なんて通じないわよ』
そうか、もう一件の依頼にあったパラディア草か。確かこの付近で採れるらしいから、この女はパラディア草を取り込んで神経毒に強くなったに違いない。厄介な敵だ。
『今度は此方の番よ……パープルスモッグ!』
「コンッ!?」
少し考え事をした瞬間に、俺は女の反撃を許してしまった。開かれた口から、紫色の煙が俺の身体に浴びせかけられる。これは今まで散々浴びた粘液とは微妙に違う感じだが……ん? 甘いニオイ……頭がボーッとして……マズい、ステータス異常だ! これは睡眠系か!
『流石にこれでもう馬鹿力も振るえないでしょ。さあ覚悟なさい、このツタで絞め殺してあげるわっ!!』
やられてたまるか! 俺は飛び交ってくるツタに向かってウォーターカッターを放つ体勢をとった。力は半減しても、魔力なら威力は減らないハズだ。
と、その時。
背後から人影が飛び出してくるのを目の端で捉えた。それはなんと、リリー。いつの間に俺のそばまで近づいていたんだ、まるで気配を感じなかったぞ。
「火炎剣!!」
ボオォォォッ!
『ギャアァァァァァッ』
リリーの手にした細身の剣が、俺に絡みつこうとしたツタを一撃で切り飛ばす。ああ、あれは銅の剣だ。軽い武器だからこれだけ素早く動けたのか。リリーは両手に武器を持っていた時よりも軽々とした身のこなしで、あの技を発動させた。
「ソードダンス!!」
『おのれ、ちょこまかと……っ!!』
光の輪がリリーの身体の周りに現れる。スキルのレベルアップ。ソードダンスは更に威力とスピードを増し、完全に相手を翻弄し始めた。リリーは剣を振るいながら、横目で俺に合図をする。
……すまない。回復する時間を作ってくれたんだな、助かったよ。
俺は力を振り絞って後方にジャンプすると、すぐさまウォーターキュアでステータスを回復した。その間、リリーは身体を張って攻撃を仕掛け、セーラとフレイは遠距離からローランドに絡みついたツタ、リリーを襲おうと動くツタを攻撃する。だんだんと全員が自分がどう動いたら良いか分かってきたかのような、そんな一体感が生まれて来ていた。
女は明らかに焦っている。カインドヒールを唱える事も出来ず、とにかくツタを量産してリリーの攻撃を凌ぐので精一杯のようだ。セーラたちの攻撃によって、ローランドに絡みついているツタはほとんど切り飛ばされていた。今なら……今なら強引にツタを引きちぎってローランドを救出出来る!
俺はセーラたちに一度視線を送る。それだけで、俺が何か仕掛ける事を二人は直ぐに悟ってくれた。駆け出す俺、その動きに気づいても対処出来ない女。リリーは一心不乱に動き回り、剣の舞を踊る。辛うじて女が動かす事の出来た何本かのツタは、俺にたどり着く前にセーラによって切り飛ばされた。
「コンッ! コンコンコココン、コンコンコ!!
(さあ! 返してもらうぞ、いもおんな!!)」
女の頭上、約10メートルにまで持ち上げられたローランド目掛けて、俺は跳躍する。残り少なくなっていたツタを手刀で切り飛ばすと、俺は空中でしっかりとローランドを抱え込んだ。すまなかったな、ローランド。俺の油断から、非力なお前を戦闘に巻き込んでしまった。だが安心してくれ、これでもう大丈夫だ、もう危険な目には遭わせやしないさ。
うっすらと、瞼を開くローランド。俺は出来るだけ優しく微笑んでみせた。もう怖くないんだ、大丈夫だよ、と語りかけるように。薔薇の花を周りに咲かせたローランドは、頬を染めて大きく目を見開く。そして、こう叫んだのだ。
「きゃあぁぁぁぁ、このケダモノーーーッ!!」
………。
……おい。
よりにもよって、お前が言うのか? それもこのタイミングで。思いっきり感動的な救出シーンだったのに、一気に一人ストリップ劇場が始まってしまったじゃないか。ああ、わかる。わかるよ、身体がメチャクチャ光り輝いて何か力が抜けて行くもの。顔のまわりのモコモコが無くなっちゃったし、何より下半身がやたらめったらスースーしてきたもの!! マジかよ、このシチュエーションで女性たちに裸体をさらせって言うのか!?
しかし俺はすぐに気持ちを切り替えて開き直る事にした。もうどうにもならん。なら、堂々とするしかないじゃないか。こちらが堂々としていれば、もしかしたらそれほど恥ずかしい事にはならないかもしれない。いや、恥ずかしい事にはならない。恥ずかしい事ではないんだ、きっと!
ザッ……
音をたてて、俺は着地する。あくまで威厳に満ちた表情で堂々と。それこそ威風堂々とかBGMでかかる勢いで、俺は大地を踏みしめ仁王立ちをしてみせた。ローランドをお姫様抱っこし、その姿は世界を救ったと伝説に謳われる勇者のようだったに違いない。
目の前には、あの女とリリーの姿。こちらを見て呆然としていた。俺は白い歯をキラリと光らせて、爽やかに微笑んでみせる。
と、その時。
俺たちの間を一陣の風が吹き抜けた。
そして身体のどこかが、ほんの少し揺れたような気がした。
「ぎゃああぁぁぁぁぁっ!」
『@ヰ♪→☆@仝ゞ♂※!?』
リアクションがでかいな……ちょっと大袈裟すぎないか。というかリリーは仲間の俺に剣を向けるんじゃないっ。そしてそこの紫色の人、豪快にぶっ倒れて泡吹いてるけど大丈夫か!? ええいローランドもローランドだ、二人の絶叫を聞いてまた失神とかひ弱にも程があるだろ!
全く……どうするんだ、二人も意識不明になって戦闘は……
戦闘は……
ん?
「もしかして、終わったのか?」
そう、あの女は泡を吹いて倒れている。戦う相手、いなくなったよな。こんな呆気ない終わり方ってどうなんだろう……。
「リリー。剣を収めろ、もう戦いは終わった」
「へ? あっ、本当だ、倒れてる」
「俺の裸見て気絶とか意味が分からんな。自分だって裸みたいなもんだろう?」
「紫色で気づかなかったけど本当だね、すっごいエロいよ何なのこの芋。でもそれとこれとは話が別でしょ、カトさんの身体って強烈だから誰だって見たら興奮しちゃうよ。ほらこの芋の人、鼻血でてる」
「これ鼻血なのか。紫色で何がなんだか分からんな」
そんな風に倒れた女を見ながら好き勝手に話していると、ようやくセーラとフレイがやって来た。二人は顔を真っ赤にしているが、やはりこのメンバーでの初戦闘という事で疲れたのだろう。そういう事にしておく。駆け寄って来た二人、先に口を開いたのはフレイだった。
「何したの、カトーさん! なんか敵がいきなりぶっ倒れたけど、もしかして魔法で眠らせたりした?」
「ああ、恥ずかしがり屋にしか効かない魔法だ。消費するのは羞恥心とモラル、とでも言っておこうか」
「あー、裸見て気絶したんだ。そうだよね、これ強烈だもん」
乙女がこれとか指差すんじゃありません。
「というか早く服着て下さい」
はい。ごめんなさい。あやまるからそんな冷たい目で見ないでくれセーラ、何かに目覚めそうになる。
俺は女性たちが目を爛々と輝かせ見守る中、なんとも言えない気持ちで服を着てゆくのだった。




