あまポテとの戦い(肆)
ガシャガシャと金属が擦れ合う音を立てながら、リリーが歩く。その姿は以前の新米冒険者とは全く違い、立派な鉄の鎧に身を包んだ戦士の姿だった。右手に斧、左手に大剣を持ち、とにかく迫力がある。腰には更に今まで使っていた銅の剣までさげているのだから、よほどの武器マニアか戦闘狂のようにも見える。そんなリリーの顔は、得体の知れない相手を前に少し緊張していた。
対する俺。麦藁帽子を被り、上下ビジネススーツに革靴、そしてマント。手にしているディメオーラはともかく、防具に関してはリリーと比べると少し心許ないかもしれない。
「カトさん、今からでも遅くないから着替えたら? 胸当てくらい持ってたでしょ」
「大丈夫だ。鍛え抜かれた肉体は鋼の鎧をも凌駕する、という言葉を知らないのか」
「初耳だけど」
「だろうな。今思いついたんだ」
しかしその言葉通り、今の俺には鎧など不必要だろう。耐久力は三桁に達し、ゲーム基準で言えば並の刀剣では傷もつかなくなっているこの肉体。下手に何か着てスピードを殺すよりも、こうした軽装の方が今の俺には向いている。もっとも、巨大あまポテの攻撃力がどれほどの物であるかは未だ未知数だが……。
土が大きく盛り上がっている地点、そこから50メートルほど離れた場所で一旦立ち止まると、俺たちはあまポテの様子をうかがう。セーラたちは俺たちの後方30メートルほど離れた場所に控えており、遠距離攻撃が出来る体勢に入っていた。
あまポテは動かない。盛り上がった土塊はジュブジュブと気味の悪い音を立てながら、紫色の粘液を飛び散らせている。傷を塞ぎ、さらに表面の土に粘液を染み込ませていた。陽の光に鈍い光沢を放ち始めていて、どうもそれなりに固くなってきているような……
「カトさん。私、ちょっと試してみたい事があるんだけどいいかな」
「なんだ? さっき見た限りじゃ並の攻撃じゃ通じなさそうだが」
「うん。でも連続してダメージを与えたら違ってくるかなって」
「……連続というと、もしかしてソードダンスの事を言ってるのか? 確かに回復の暇を与えなければ大ダメージを狙えるかもしれないが」
問題はそれがすんなり出来るくらい向こうの反撃が小さいかどうか、なんだよな。ソードダンスは舞うように動きながら攻撃するから、一見すると移動と攻撃を兼ね備えて使い勝手の良い技に思える。けど一旦スキルを発動するとしばらく他の動作が出来ない上に、移動する範囲自体はそれほど広くないので範囲攻撃の的になりやすいという欠点もあった。あまポテが何をするか分からない以上、ちょっと危険なチャレンジだったりするが……
「分かった、頼む。俺はヤツのツタを魔法で切り飛ばして反撃が出来ないようにしよう」
やってみる事にした。リリーは嬉しそうにニヤリと笑うと、両手の武器を構えて体中に力をみなぎらせる。俺も少し離れて、ウォーターカッターを放つ体勢をとった。
「じゃあ行くよ~……
『ソードダンス!!』」
そしてリリーが駆ける。俺ほどでは無いが、原付バイクほどの加速スピードであまポテに迫ると、先ずは左手の大剣を振りかぶって跳躍した。
「ツァッ!!」
バスッ!
刀身が土塊に深く突き刺さる。リリーは直ぐにヤツの体表を蹴って大剣を引き抜くと、着地と同時に右手の斧を横一線に振り抜いた。
「せいっ!」
ズバッ!
鮮やかに土塊の体表が横一文字に切り裂かれる。そこで初めて土塊はリリーを敵と認識したらしい。あの紫色の粘液を噴き出しながら、殆ど触手にしか見えない草をざわつかせた。
『ウォーターカッター!』
それを、俺が切り飛ばす。反撃出来ないまま、ヤツはリリーの攻撃を受け続けた。
「はっ!」「ふんっ!」「てやぁっ!!」
身体を思いっきり回転させながら、大剣と斧での攻撃を土塊に叩き込んで行く。粘液を華麗にかわして攻撃する様は確かにダンサーのようだ。飛び散る土に何か固い物が混じるようになったから、攻撃はしっかり本体に届いているようだ。
そしてソードダンスの動作が終わり。リリーはトドメとばかりに再度跳躍すると、大剣と斧を同時に振り下ろしながら叫ぶ。以前見た時よりも大きな炎が、両手の武器から吹き上がった。
『火炎剣!!』
ドスッ ザシュッ
しっかり体重の乗った攻撃に、土塊が鈍い音を立てる。そして深々と刺さった刀身から吹き上がる炎があまポテの本体を焼き……
ボオォォォォォォッ!
『ギャアァァァァァァァァァァッ!!』
おぞましい悲鳴があがった!!
なんだなんだ、芋のリアクションとしてはおかしいにもほどがあるだろう! 異変を察知した俺は、すぐに立ちすくんでしまったリリーに駆け寄る。なにかヤバい、そんな気がしたのだ。そしてリリーの腕を掴み、強引に引っ張ろうとしたその瞬間……
ボフッ
奇妙な音を立てて、紫色の塊があまポテの傷口から発射された。俺がリリーを引っ張ったから直撃は免れたものの、一部はしっかりとリリーの脚に当たってしまった。
「きゃあっ!?」
「くっ……一旦離脱するぞ!」
リリーを抱え後方に跳躍する。追撃は無いようで、俺はあまポテから約100メートルほど離れた場所に移動してからリリーの状態を確認した。セーラとフレイは相手の意識をこちらから遠ざける為に遠距離攻撃を始めている。……素晴らしい判断だ。
「リリー、大丈夫か。痛みはあるか」
「う……いや、痛くはないけど……なにこれ、動けない」
リリーの足首にはあの紫色の粘液が。ネバネバとまとわりついており、思うように動かせないらしい。俺はすぐにウォーターキュアをかけるが、状態異常と判断されていないのか効果が無い。
「敵の身体の一部、と判断されてるのかもしれないな。ウォーターキュアでは直せないようだ」
「うあ~……ベトベト、気持ち悪い……」
どうしたものか、と考えていると、攻撃を切り上げたフレイたちが駆け寄ってきた。あまポテはかなりボロボロになっていたが、やはり致命傷には至らなかったらしくカインドヒールをかけまくっている。しぶといな……。
「リリ姉、大丈夫!? 怪我してない!?」
「カトーさん、すみません! 私たちの攻撃じゃ倒せないみたいです!」
それは仕方ないだろう。今回はちょっと相手を甘く見すぎていた。というかギルドの評価からして低すぎだな。コイツ、下手したらバンプウッドなんかよりよっぽど強敵だぞ。
リリーはなんとか粘液を取ろうとしている。足元に生えていた雑草の葉を使って拭おうとしているが、中々とれないようだ。フレイが水で洗い流そうとするも、効果は薄い。
「仕方ない、少し作戦を立て直そうか。先ずはリリーの……」
俺がそう言いかけた時。何やら風に乗って不思議な香りが漂ってきた。甘く、芳ばしい香りだ。これはなんだか食欲をそそるような……
「カトさん、これ多分焼き芋の匂い。さっき私が火炎剣使ったから」
「そうか、焼き芋か。やっぱり芋なんだなぁ、あんな不気味な姿でも」
「ムカつくけど、いい匂い。美味しそう。だからこそ余計ムカつくんだけどねー」
「ジュルリ……」
何よりもセーラのツバを飲み込む音に和んだ。いや、和んでる場合じゃないんだけどな。……ん? ツバ、唾、よだれ……
ああ、なるほど。これはイケるかもしれない。
「リリー、ちょっと動くなよ。今から魔法でそのベトベトを乾かしてみる」
「は? いやカトさん、乾かすって」
困惑するリリーをよそに、俺は彼女の足首に纏わりついた粘液目掛けてウォーターミストを唱えた。今朝、セーラにしたイタズラと同じ要領だ。粘液の水分を抜き出して、カラカラにしてやるのだ。
粘液から、モヤモヤと蒸気が上がる。ものの数秒で、粘液は乾いて表面にヒビが走った。
「うおおぉっ!? カトさん凄い、頭いい! ボロボロとれるよ、泥パックみたい」
「うむ。肌も荒れてないな、良かった。下手したら身体の水分までとんでシワシワに成りかねないやり方だから、上手くいって本当に良かった」
「うおおぃっ、なんか今サラッと怖い事言った!?」
上手くいかなかったら殺されてたな。女性はもう少し丁寧にあつかった方が良さそうだ。
とにかく、これでなんとかリリーを元の状態に戻す事が出来た。しかしそれは向こうも同じらしく、既にカインドヒールでの回復を終えてまたユラユラと触手のような草を揺らしていた。振り出しに戻る、というやつである。しかし今回の攻撃で相手の攻撃方法がある程度読めるようになったのは収穫だったな。触手攻撃、粘液攻撃。後は粘液を使って身体の周りをコーティングして……恐らくあれは防御力を上げているな。やはり普通に戦ったらこちらの攻撃力では回復に追いつかないようだし、これはとうとうパンツマンの出番か。
「よし、皆はしばらくここで待機していてくれ」
「まさか、カトーさん……」
セーラが気づいたらしく、真剣な眼差しで俺を見つめた。俺は無言で頷く。信頼で結ばれた二人だからこそ通じるアイコンタクトである。フレイは何か分からずキョトンとしているし、リリーも怪訝そうな顔で俺たちを見つめた。
「行ってくる」
「ハイ、お気をつけて……」
それはまさしく戦場に向かう夫を見送る妻の姿。俺はセーラたちに背を向けたまま、片手をあげた。格好いい。今の俺、滅茶苦茶格好いい。これが映画なら、全米が泣くほどの感動的名場面となるに違いない。
俺は駆け出した。あまポテへと一直線に。そして背中にセーラの「あ、でも狐がアイテムボックスに……」というセリフを聞きながらも聞き流し、勢い良く空へと跳躍するっ! そう、時は来た! 久し振りのパンツマン登場である!!
「パンツマン、参上っ!!」
「あっ、バカ!」
「何してくれんのカトーさん!!」
「ああぁ……」
ピカアァァァッ!!
身体が光に包まれる。ああ、何という高揚感。漲るパワー、震えるソウル。そして熱くたぎる股間を包むのは虹色に輝く一枚のブーメランパンツ。衣服はどんどんと剥ぎ取られ、見えないが恐らくパンツの中へとポシェットごと吸い込まれて行っているのだろう。さあさあ祭りの始まりだ、俺の悩ましくも美しい肉体にひれ伏すのだ芋野郎、こうなった俺を止められる奴は誰もいないぞ! 頭部を包むのはお馴染みのマスク、今日はなんだかフワフワもこもこしているが気にしない! 着地と同時にビシッと決めポーズ、俺は声高らかに宣言した!!
「コンココン、コン・コン!!(パンツマン、推・参!!)」
………。
……コン?
なにやらおかしい。いつもと違う気がする。何が違うと聞かれても困るが、先ずセーラたちの俺を見る目が違うな。振り返るとセーラたちは、まるで信じられないというような目でこちらを見ていた。んん? 何か違うのか? 身体は……いつもと同じ。パンツも同じ。ならマスクは? もこもこしてたけど、やはり何かしらの変化を……
その時、久し振りにまたあの不愉快なアナウンスが頭の中に木霊した。またか。またなのか。
【Check!】条件を満たしたので、ミラクルパンツ第二形態の能力を全て公開します!
『ミラクルパンツ第二形態』
1、内なる魂の高揚、テンションの上昇に応じてステータス補正が変化する。最低が200、最高で400。
2、特定の動物モンスターを倒し、その魂を取り込む事によってマスクが変化。動物の特性に沿った能力を発揮。
3、しかし変身中は人の言葉を話せない為、誰かに解除ワードを言ってもらう必要がある。その言葉は……
『キャーッ、このケダモノ!』
……。
ふ……
ふっざけんなぁぁぁぁぁあっっっ!!
畜生、運営の畜生っ、そして今は俺も畜生だよコンチクショー!! キツネか、キツネなんだな、今の俺は! 見なくても分かるよキツネ取り込んじゃったんだもん! なんてこった悪乗りし過ぎだろ運営、なんでこんな面倒くさい事しやがったんだ! しかも解除ワードとか罰ゲームとしか思えないぞ。セーラにケダモノとか罵倒されたら立ち直れないんだが、マジで!
余りのショックに呆然とする。俺、このままパンツに振り回されたら一体どうなっちまうんだろう。いやいや『パンツに振り回される』って何だ。そんな事を考えていると、思考とは別に反射的に身体が動いた。そして意識もそれに続いて切り替わる。
ボフッ!
あまポテの繰り出した粘液弾が、俺の横スレスレを飛んでいった。ああ、いけないいけない。敵を目の前にして何をやっていたんだ俺は。嘆くのは後、今は敵を倒す事に集中だ。
「コンコン、コンココンコンコン!(皆、しばらく離れていろ!)」
「何言ってんのか分かんないよカトさん!」
「とりあえずキツネ返せバカー!」
「かわいいです! 凄くかわいいです、カトーさん!」
ああん、もうっ!
言葉って大切! 本っ当に大切! そして空気読めよお前ら、俺、襲われてるだろ!?
そうこうしてる間に、とうとうあまポテが積極的に攻勢に出始めた。土塊の中央、恐らく意図的に塞がなかった傷口から次から次へと粘液弾を発射し始めたのだ。
ボフッ ボフッ ボフッ
迫り来る紫色のネバネバを、俺は華麗な動きで避ける。いや、なんか避け方がおかしい。やけに飛び跳ねるように勝手に身体が動いているのだ。これはキツネの動きなのか?
「カトさん、凄い! 凄いけど気持ち悪い!!」
「毛皮を汚したら鉄の矢百本飲ます!」
「今度その格好で抱っこして下さい!!」
「「……え?」」
お前ら呑気にも程があるだろ、そしてセーラのリクエストは勿論OKだっ!!
『コンココン、ココーン!!(パンツマン・アターック!!)』
テンションの上がった俺は、お馴染みの技をキツネっぽく繰り出した。いや何をするかなど決めちゃいないが、とりあえず高々と飛び上がったのだ。そしてその時、脳裏にある映像がフラッシュバックした。それは俺が子供の頃……友人の家族と一緒に見に行ったプロレスの試合の様子だ。
確かあれは小学6年生の時。母が仕事に家をあけ、また家には何度も俺にボコボコにされながらもしつこくヤクザが訪れていた頃の話だ。数少ない友人の家族から誘われて、県民会館で行われたプロレスの試合を見に行った事があったのだが、その時戦ってたレスラーがキツネのマスクをしていた。名前は今でも覚えている。ハードロックボーイ・狐太郎。後に『未知の苦プロレス』の看板レスラーの一人となり、派手な空中殺法で名を馳せるようになる男。コーナーポストから前方回転しながら体当たりする『ファイアー・バード・スプラッシュ』は彼の十八番であり、その時も華麗に技を決めていた。後年、その技をかわされ続けて別の技を開発、後方回転にして後頭部をマットに叩きつけて気絶し引退を決意したという奇妙なエピソードがあるが、それはまた別の機会に語ろう。
とにかく。
今俺は、その時の光景を再現したくて堪らなくなっていた。
「ココン! コンコン・コーン・コココーーーン!!
(いくぞ! ファイアー・バード・スプラーーーッシュ!!)」
ギュルルルルルッと音を立て、高速回転を始める俺。そして物理の法則を無視して一直線に土塊めがけてダイブする! くらえ渾身の体当たり攻撃、そしてフレイ、毛皮は洗って返すから許してくれっ!
「コーーーーンッ!!」
「ぎゃーーっ!」
「カトーさんやめれーーっ!!」
「キツネさーーーんっ!」
ドガアァァァァァァンッ!!
高速回転のまま土塊に体当たり、凄まじい土煙をあげて俺はあまポテに突撃した。インパクトの瞬間、両手を使ってモンゴリアンチョップまでかましたんだから強烈だろう。もはや別の技と化したファイアー・バード・スプラッシュ、勢いは止まらずそのまま回転を続ける!
ギュルルルルルルッ
ブシャアァァァァァッ
『ギャアァァァァァァァァッ!』
「コココココーーーーンッ!」
もはや意味不明空間である。あまポテの絶叫とフレイたちの悲鳴が木霊する中、俺はまるで電動丸ノコのようにあまポテを切り刻んで行く。砕け散るポテト、噴き出す粘液。身体に夥しい量の粘液を浴びて、少しずつだが回転スピードも落ちて来たが、それでも俺は回転を止めない。そして流石にもう無理かと思うくらいに粘液を浴びた所で、俺は手を止めてあまポテの本体を見た。
そして。
その異様な光景に絶句した。
地表に盛り上がっている部分を粗方ふっとばし、後は地中部分、という所まで削り取ったのだが、そこまで削り取って現れたのは紫色をした『人の身体』だったのだ。
腕……胴体……脚……それらが芋の中に埋まって固まっている。そして、何か小さな塊がグイッと動いてこちらを『睨みつけた』。
『アイス・ニードル』
ドスッ!!
「コンッ!?(おわっ!?)」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。ただ、とにかく強烈な何かの力で俺の身体がはじき飛ばされたのだけは分かった。空中に高々と舞った俺が見たのは、無残な姿を晒すあまポテの中央からせり出した紫色の女の姿。そして……
「きゃあぁぁぁぁっ!」
「カトーさんっっ!」
「イヤアァァァァァァァァッ!!」
俺の左肩に深々と突き刺さった、氷の塊だった。




