あまポテとの戦い(参)
ミリア教が管理する農林地区はフォーリード北部の森の中にある。キンダの森と名付けられたこの森は、比較的大人しめのモンスターが多いマンディール国の中で珍しく凶悪なモンスターが生息する地域だった。特に隣国の侵攻があった頃などは、森の守り人たるエルフの結界が破壊され国境を守る兵士も多く殺された事から、大量の凶悪モンスターがこの森に雪崩れ込んで来たという。今では冒険者や憲兵の活躍で数を減らし幾らかましになってきているとは言え、モンスターの数はまだまだ多い。街道には当時の戦争の爪痕か、文字通りモンスターの爪痕なのか、所々破壊され無残な姿をさらしている。修繕作業はモンスターのせいで遅々として進んでいない、とメンザは説明した。
そんな物騒な街道脇、少し広い原っぱに馬車を停めて、現在俺たちは気楽なランチタイムと洒落込んでいる。セーラが用意していたシート(ビニールシートみたいな材質だ)を広げ、その上に腰を下ろしてそれぞれに用意して来た弁当を食べていた。俺とセーラはパン屋ローナーで買ったいつものパン。フレイはホテルで売っている弁当で、リリーは母親の手作り弁当らしい。ローランドは少食で、穀物の粉と蜂蜜や野菜エキスを練り込んだ棒のような物を食べている。カロリー補助食品みたいな物だろうか。メンザは肉と揚げ物だらけの暑苦しい弁当を暑苦しい顔で食っていた。本当に暑苦しい。
そんな彼らの手元には、ローランドが用意してくれたコップが。コップというより湯のみだろうか、赤褐色の焼き物があるのだが、そこに入れられた飲み物は何を隠そう俺特製の魔法の水である。
「カトさん、おかわり!」
「よし来た、何味にする?」
「今度はさっきの苺味に蜂蜜を加えて欲しいかなぁ」
「いいだろう、とくと味わうがいい」
ここの所、ウォーターヒールの進化が目覚ましい。レベルが上がったというより味の調整が上手く行くようになったのだが、最近では思い描いた通りの味を完全に再現出来るようになっていた。この世界に来て数ヶ月だが、やはり故郷の味を懐かしく思う事が多い。セーラにも故郷の味を知って貰おうと毎晩コーラやら何やらを作っていたら、今では酒すら再現出来るようになっていた。……まぁ、口に含んだ時だけ酒って感じがするだけで酔えないけどな。
「カトーさん、私にも! またシュワシュワするやつ頂戴!」
「あの、私にもお願いします。今度は紅茶がいいです、アールグレイ……でしたっけ」
「はっはっは、任せろ任せろ。幾らでも飲んで病みつきになるがいい!」
ドリンクバー・カトーは大盛況だ。そんな俺たちを見て、メンザとローランドは半ば呆れたような顔をしていた。
「旦那は滅茶苦茶だなぁ、魔法を飲み水に使ってるとは聞いたが、実際目にすると信じられねえ光景だ。いや美味いからいいんだけど、魔法協会の連中とかが知ったら頭おかしくなるんじゃねえかな」
「既に商工会の方が魔法協会に問い合わせしていたみたいですよ。カトーさんは既に、商隊護衛の仕事でこの水を振る舞っていたらしいです。魔法協会の方々は『ありえない』と笑って相手にしなかったようですけど」
メンザはノンアルコールのウィスキーを。ローランドは乳酸菌飲料を飲みながらそんな事を話していた。ちなみに馬たちにもこの水をご馳走している。不味くてもう一杯飲みたくなる某有名野菜ジュースの味にしたら、二頭とも目を血走らせてガブついた。怖かった。
自動MP回復スキルのおかげで無尽蔵に生み出される魔法の水。喉を潤すだけでなく怪我を直し、スタミナまで回復するのだから旅をするにあたってこれほど重宝する能力も無いだろうが……どうもローランドの話では普通の魔法使いにはできない芸当らしい。残念だ。これが流行れば水問題に苦しむ地域とか救われるだろうになぁ。そんな事を考えながら、俺は手にした湯のみに水を足す。今度は蟹味噌味だ。ふっふっふ……
「ところでカトさん。カトさんのアイテムボックスって中に入れた物が全然腐らないって本当?」
旨味と生臭ささに悶絶している俺に話しかけてきたのは、あらかた弁当を食べ終えたリリーだった。リリーは何気に食べるのが早い。よく噛んで食べた方がいいと思うのだが……。
「ああ、腐らないな。以前もパンを3日入れっぱなしにしてたのに買った時と同じ状態だったし。時が完全に止まってるとしか思えないくらいだ」
「すげー便利……カトーさん一人いたらどんな所でも生活出来そう」
フレイも感心している。しかしね、食ってる所じゃ言わないけど、さっき仕留めたキツネだって殺りたてホカホカのままボックスから出てくるって事だからな?
そう。あのゴールデンフォックスは結局俺が管理する事になった。他の人たちのアイテムボックスには容量制限やら個数制限、加えて保管期間の限界があるらしいのだ。アイテムボックスは魔法道具であり、初歩の魔力コントロールが出来る人間が扱う便利アイテムというのがこの世界の常識だという。アイテムボックスを使える人間は大抵流通関係の仕事に行くのが一般的で、冒険者でアイテムボックスを使う人間は少数なのだとか。その中でも俺のように無制限に詰め込めるアイテムボックスを持っている者など皆無であり、流通関係で所持している者もごく僅かなのだという。
……自分の異常さを実感するが、そんな事言ったらボンゾの嫁さんなんてどうなるんだろうな。フィオナさんのタンスとか、中で謎の生き物が独自進化を遂げていたんだが。以前ルシアから聞いた話では空間魔法か何かで強化調整出来るらしいし、アイテムボックスも何かと奥が深そうだ。
食事の時間はそんな感じで、もっぱら俺の特異性についての話で盛り上がった。日本でも色々と奇人変人扱いをされたが、この世界でも俺は何かとおかしいらしい。なんだかなぁと思いながらも、俺はまだ暖かいパンを頬張るのだった。
さて。
和やかな食事タイムを終えて、また俺たちは馬車に乗り込み移動を再開した。どういうわけか馬たちがやたらとやる気を出し、食事前と比べると約1.5倍の速さで歩を進める。レンガで敷き詰められた街道はだんだんと破損が目立つようになってきていたが、馬車はそんな凹凸も物ともせず突き進んで行く。そして次第に周囲を木々が覆うようになり、いよいよ目的地が近づいてきた。キンダの森……ミリア教の管理する農林地区のある森だ。
「旦那、こっから先は馬車じゃ行けねえ。徒歩で行ってくれ」
レンガ道が途切れ、むき出しの土と木の根が覆うようになってから、メンザは馬車を止めてそう言った。確かに馬は歩けても、車輪が乗り上げてしまいそうな大きな根がチラホラと見られる。楽をするのもここまでらしい。
「ありがとう。目的地はこのすぐ近くかな」
「ここから北東に真っ直ぐ歩いて行けばすぐだ。目印にロープが張ってあるから迷うこたねぇよ」
「分かった。なるべく早く終わらせて戻ってくるよ」
そう言葉を交わしてから、俺たちは荷台から荷物を下ろして装備を整える。フレイやセーラ、そしてローランドは軽装だからあまり変化は無いが、リリーは一応戦士という事もあってしっかりとした鋼鉄の鎧に身を包んでいる。鈍い光を放つ鎧は上半身だけでなく下半身の大部分をも覆う全身鎧であり、胸の中央にあしらった魔法石がその強度をかなり上げていた。
「リリー、ガチガチに固めてるが動けるのか。それに斧と大剣装備するんだろ?」
「それが軽いの。薄っぺらいわけじゃないのに不思議だよね」
さすが普通の人間の三倍以上の筋力、タフだ。リリーは更に武器を両手に持ち、ブンブンと振り回す。……そうか、この世界に来たての頃の俺を超えてるんだよな、リリーの筋力は。こうして見るとデタラメなパワーだ。
「よし、タフ姉は俺と一緒に先頭に立って草木をなぎ払いながら歩こう。最後尾はフレイが担当してくれ」
「わかったよん」
「いいけどタフ姉って言うな殺すぞ」
「ちょっ……リリーさん、何を」
「あわわわわ、あぁ……(フラッ)」
堪らない緊張感だ。
「よし、準備はいいな。じゃあメンザ、行ってくる」
「お、おう。旦那いきなり怪我してるけど気をつけてな」
ああ勿論だ。なんか頭に刺さってるけどこれもコミュニケーションの一つさ、気にするな。しかしボンゾの斧はなかなかの切れ味だな、何かに目覚めそうになる。
「さあ、行こうか」
ドクドクと生暖かい何かが流れるのを感じながら、俺は爽やかに言った。……クエストの始まりである。
キンダの森は以前ルビーベリー採りをしたキャロの森と違い、足元は割とスッキリしているのだが上から垂れ下がってくるツタや木の枝が多く、視界はかなり遮られる厄介な場所だった。そのツタを、俺のディメオーラとリリーの大剣と斧が次々となぎ払う。ツタはまるで蛇のようにくねり、地面に落ちた。索敵能力が無かったらこの中に本当の蛇が居ても気づかないだろう、というくらい紛らわしい蛇っぷりである。
「……ふむ、気味の悪い森だ。よくこんな森で農園なんて作ろうと思うな、教会の連中は」
「ここしか土地が無かったのかもね。なんかエルフの結界が無くて安い土地ってなるとどうしてもここら辺になるってルシアが言ってた」
後方からフレイの解説が入る。なるほど、これだけ危険で不気味な場所なら土地も安いだろう。しかしなかなか面倒な道だ。登山道のようにロープが張られてるから迷わなくていいが、恐竜の足かと見紛う大きさの木の根っこやら暖簾のように垂れ下がってくる夥しい量のツタやら、とにかく視界が狭くて悪過ぎる。
「カトーさん、ローランドさんが無理っぽいです」
「はぁ…はぁ…ぁ、ん……」
「リリー、そこのエロいの背負ってやってくれ。ツタは俺がなぎ払う」
「了解。……ちょっと、どう歩いたらこんなに服がはだけるの? というか切り飛ばしたツタが絡まってるし」
「あぅ……食い込んで、動きにくくて…ぁあっ」
こんな森で一人SMとか、冒険するにも程があるだろう。そしてセーラ、顔真っ赤にしてマジマジ見るんじゃありません。めっ。
そんな感じでどれくらい進んだだろうか。そろそろセーラも疲れて来たかな、という所で急に木々が途切れ、視界が開けた。目の前にはそれまでの薄暗さが嘘のように陽の光が差し込み、茶色い大地が照り返しで眩しく思えるくらいである。恐らく小学校などのグラウンド程度の広さだろうが、それなりにしっかりと開墾された土地だった。
その土地の周りには少しボロボロになっているが柵が作られており、備え付けられた板には『ミリア教あまポテ農園』と丸っこい字で書かれていた。……これはルシアの字だろうか。
「カトーさん。索敵に反応ありますか?」
「いや……敵、と認識出来ないようだ。ただ透明な丸が微かにレーダーに引っかかるだけで見えにくい」
「カトさん、レーダー必要ないんじゃない? あれでしょ、多分」
リリーが指差す方向に目を向けると……
農園のだいぶ端の方、やけに土が盛り上がっている場所がある。そこからは何本ものひょろ長い草が生えているのだが、その一本一本がユラユラと揺れているのだ。これがセーラの言ってたあまポテの姿だろうか。
「フレイ、ここから一発撃ち込んで貰っていいか? あの盛り上がった土めがけて」
「いいですよ。普通に鉄の矢でいいかな……」
フレイがまた弓を構える。距離にして約300メートル、フレイの腕なら確実に命中するだろう。そして流れるような動作で弦を引くと、フレイは勢い良く鉄の矢を放った。
ビュッ……という風切り音を立てて飛んで行く矢。まさに光の如く間を置かず土塊のド真ん中に命中する。ドスッと鈍い音を立て、次いで何やら紫色の液体が土塊から噴き出した。……ん?
「なんだアレ」
「芋って、あんな液体出したっけ? 私が射ったのってちゃんとあまポテだよね」
噴き出したのは一瞬。その液体は矢に降りかかると、粘性が強いのかドロドロと包み込み、そして固まった。ふむ……なんなんだろうな?
「セーラ、ウィンドスラッシュで攻撃してみてくれ」
「分かりました」
次はセーラの魔法で攻撃してみる。セーラのウィンドスラッシュは今までの戦いで俺の攻撃並の切れ味にまで成長した。この攻撃がどの程度効くかで作戦の立て方も変わるが……
『ウィンドスラッシュ!!』
セーラが三日月型の風の刃を放つ。それはフレイの放った矢ほどの速さは無いが、それでも凄まじい速度で土塊に迫り……ズンッという衝撃と共に命中、表面の土を巻き上げ、恐らく中の本体に大きな傷をつけた。ブシャアッという水音と共に、先ほどよりも更に多い紫色の粘液が噴き上げる。そして確かにこう「言った」。
『カインドヒール』
「おいおい」
「は?」
「えっ」
「嘘!?」
「あふっ……」
最後のは気にするな。
とにかく土塊の周りが光を放ち、見る見るうちに傷を治し始めたのだ。俺が追加攻撃を指示する間もなく、フレイとセーラのつけた傷は跡形も無く消えてしまった。これは……
「厄介なんてもんじゃないぞ、想像以上の回復力だ」
「カトさん、セーラさんのウィンドスラッシュって滅茶苦茶切れ味良かったよね、それを一瞬で回復!? どうなってんのアレ!」
「うわー私の矢、弾き出されて転がってるし。わけわかんねー……」
リリーとフレイが驚愕する。俺も呆れてしまったが、それより気になる事があった。それはセーラも同じだったようだ。
「カトーさん。喋ってましたよね」
「ああ。発声器官があるって事だよな」
確かにあれは声だった。しかし見た所そんな器官はどこにもない。ユラユラ揺れている草はあくまで草だ。いくら食虫植物でパカパカ開くからと言って、何かを喋ったりはしないだろう。
「カトーさん、今度はあのツタを狙ってみます」
「ああ。頼んだ」
セーラがもう一度構える。今度はキスクワードの使っていた杖を持ち、かなりの魔力を練ってから魔法を放った。
『ウィンド、スラッシュッッ!!』
横に大きく広がる巨大なカマイタチが、土塊から生える草めがけて飛んで行く。そして見事にその全てを真ん中から切り飛ばした。先端部分にはハエトリソウのように二枚貝のような器官があるが、あまポテからその器官を全て奪い取った形だ。しかし……
『カインドヒール』
先ほどの繰り返し。
瞬く間に草は元の状態に戻ってしまった。やはりあれが喋っていたわけじゃないようだ。
「カトさん、どうする?」
「もうこうなったら土の下にある本体を叩くしかないだろう。俺とリリーで接近戦を試みる。セーラとフレイは少し離れてついて来てくれ。ローランドは……」
指示に困ると、ローランドは何やら得意気な顔をしてニヤリと笑った。どうやら体調は良くなってきているようだ。
「私の事なら心配無用です、隠れるのは得意ですから。『フラワーイリュージョン!』」
フラワーイリュージョン? 聞いた事無い魔法だが、発動された魔法を見て一発でどんな魔法か分かった。これは……アホだろ。
ローランドの周囲に次々と花が咲き乱れ、ついにはローランド本人をも花に埋もれさせ隠してしまったのだ。
「このように、姿を隠す事が出来ます。残念ながら屋敷ではメイドの方たちに簡単に見つけられてしまいますが、この森ならば見つかる事は無いでしょう」
……さいですか。
メイドさんと隠れん坊とか楽しそうな毎日を送ってるじゃないか。心配いらないと言うなら、心配しないでおこうかな。リリーもフレイも笑ってるし、まともに心配してるのはセーラだけみたいだし。
「カトーさん、この森にあんな綺麗な花って咲いてないですし、思いっきり目立ってますけど大丈夫なんでしょうか」
「仲間を信じるんだ、セーラ。俺はローランドを信じるよ。アイツはきっとやらかしてくれる」
「格好いい事言って、投げてませんか? それに『やらかす』って……本当に何か起こしちゃいそうな気がして怖いですよ」
まぁここで花まみれになってるだけなら害は無いし、怪我してもアイツ(あまポテ)が回復してくれるみたいだから酷い事にはならないだろう。さぁて、それじゃあいよいよ俺たちが攻撃をしてみるか、そんな風にディメオーラを手に歩きだす俺、追随するリリー、そしてセーラたち。皆の頭から完全にローランドの事は忘れさられていた。
実はこのローランドの行動が、後々とんでもない事態を引き起こす事になるのだが……この時、もしかしたらセーラだけは感づいていたのかもしれない。




