あまポテとの戦い(弐)
『モンスター討伐 Dランク 対象:巨大あまポテ
依頼内容:巨大化してしまったあまポテを駆除して下さい。2か月前に発見してから数回冒険者たちに依頼して駆除を試みましたが失敗しました。レベルは推定20くらいです。ミリア秘術のカインドヒールの使用を確認しました。
場所:フォーリード北キンダの森、ミリア教会農林区
依頼者:フォーリードミリア教会第一支部長 ティモシー・ポコ』
『薬草採集 Dランク 対象:パラディア草
依頼内容:神経痛や麻痺の治療に使うパラディア草を採集して下さい。一度乾燥させるので、アイテムボックスで鮮度を保たなくても構いません。が、根っこを使うので途中で折ったりしないで下さい。葉は多少傷ついても大丈夫です。数は最低40株、出来れば60株はお願いします。
場所:フォーリード北キンダの森周辺に生息。
依頼者:薬屋ロンシュタット店長 カーラ・サウザー』
馬車に揺られながら、二枚の依頼書を読む。現在俺たちはフォーリード北門を抜け、街道を北へ北へと移動中だ。馬車はギルドの用意したもので、冒険者ランクDからは無料で利用できる。それほど大きな馬車ではないが、5人くらいなら軽々と運べるようだ。馬は二頭、どちらもド迫力の大きな黒馬であり、操るのはこれまた屈強な身体をしたドワーフである。名をメンザと言い、ボンゾとは知り合いだと言う。セーラやフレイたちが荷台で楽しくおしゃべりをしている中、俺はメンザと依頼について話をしていた。
「既に冒険者が何度かチャレンジしてるみたいだが、メンザはその冒険者たちを運んだりしたか?」
「そりゃあ旦那、俺は危険地帯専門のお届け人だからね。特に国境付近なんて物騒だから大体俺が送ってるよ」
ボンゾ同様、小柄だが大きな声と覇気でやけに迫力のあるメンザ。大きな身振り手振りで話を始める。
「旦那の聞きたいのは、ソイツらの装備や負けっぷりだろ? そりゃあへなちょこだよ、ロクに剣や鎧も手入れ出来ねえようなヒヨッコだ。間違っても旦那みてえな強者じゃあねえな」
メンザは一目見た時から俺を強者だと判断したらしい。特別なスキルを使ったわけではなく、沢山の冒険者を見てきて自然と分かるようになったのだという。ちなみに俺は次元の違う強さの化け物であり、猛獣なのだとか。失礼な話だ。
「しかし気になるんだが、そんなに失敗を重ねてるのにギルドの判定がDランクのままというのはおかしいだろう。その巨大あまポテという奴はどんなヤツなんだ? 危険じゃないのか?」
「ああ、それなんだがね。それが危険という程危険じゃねえんだよ」
苦笑いしながらメンザは説明する。それは聞いてみると、確かに妙な話だった。
依頼書にもあるが、この巨大あまポテという奴はミリア教の秘術を使う。秘術とはそれぞれの宗教の信徒となる事で使用できる魔法みたいなもので、信仰心によって威力が左右される。MPを消費しない代わりに余程信仰心を上げないと魔法のような威力には達しない。ミリア教にも勿論秘術があり、それが依頼書にあったカインドヒールである。その秘術を、何故かあまポテが使うのだ。
あまポテはカインドヒールを使って自分につけられた傷をどんどん回復してしまう。低レベルの冒険者たちは全く歯が立たずに返り討ちにあってしまうのだが、その際冒険者たちが受けたダメージも、何故かあまポテは回復するのだという。
自分だけでなく、相手も回復する。だからこちらの危険度は低くなる。故にDランクのままなのだ。しかし……俺はその説明を聞いて嫌な考えに至った。これ、信仰心稼ぎしてるんじゃないか、と。
ゲームにおけるミリア教信徒の信仰心の上げ方。優しい人と一緒にいるというのは同じ信徒と一緒にいる事だが、もう一つの信仰心の上げ方、誰かに優しくするというのは誰かを回復してあげる事を意味する。だからゲームでは見知らぬ人だろうが何だろうが、とにかく回復してあげると信仰心が上がるのだ。いわゆる辻ヒールであり、それは基本的に多くのプレイヤーから歓迎される行為だった。ミリア教がゲーム内の宗教で一番信者を増やした理由がここにある。
あまポテがミリア教の秘術を使える以上、意味は分からないがあまポテもミリア教信徒なのだろう。そして自分はおろか敵すらも回復するというのなら……信仰心はガンガン上がり、結果としてカインドヒールは強化されて行く。倒すのに失敗し続けていたら、あまポテは最強の回復術を使うモンスターになってしまうんじゃないか。
「さっさと倒さないと大変な事になりそうだな。少なくとも気楽に構えていられる状況じゃないぞ」
「だからこそ旦那のクランに依頼が行ったんじゃねえかな。知ってるよ、クロス&カトー。凄腕が集まったフォーリード最強のクランだってな」
ふむ。何もしてないうちからやけに高い評価だが、クロスの名前の効果だけじゃないな、これは。きっと俺の悪い噂を打ち消す為にキスクワードたちが色々と良い噂を流したんだろう。もしかしたらギルドの上の連中も関わってるのかもしれない。いずれにせよ、今の俺たちには有り難い話だ。
「期待には全力で応えるが、とにかく先ずはそのあまポテと戦ってみないとな。……そう言えば」
俺は辺りの景色を見渡しながら言った。
「到着するまでに何度か腕ならしを出来るかと思っていたんだが、意外と平和だな」
フォーリード北門を抜けてから約2時間。一度もモンスターの襲撃を受けていないのだ。索敵しながらここまで移動してきたのだが、レーダーには敵の反応がただの一度もなかった。珍しいくらいに平和で、拍子抜けしている状態である。
「旦那、油断は禁物だよ。ここらにゃマッスルベアやブラックフットみてえなデカブツも出る。鍛え抜かれた憲兵ですら殺しちまうモンスターがゴロゴロしてるんだ。まぁ今日は運がいいのか気配すらしねえけど」
「何も起こらない方が良いとは言え、身体が鈍るのも問題なんだよな。というか既にだらけムードが漂ってきてるんだが」
先ほどから俺とメンザが真面目に話をしてるというのに、後ろではマッタリとした空気が漂っていた。丈夫な布地で覆われた荷台の中は結構快適で、セーラはともかくリリーとフレイは完全にだらけきっている。先ほどまではカードゲームを4人でしていたようだが、ローランドが乗り物酔いでダウンしてからは横になってゴロゴロしていた。ちなみにローランドは現在セーラに看病されている。……不思議と嫉妬心が沸かないのは何故だろう。
「フレイ大丈夫なのか、横になっていて」
「だいじょーぶだいじょーぶ。この時期は川の方で蛇が大量発生してて、ここらの大型モンスターはそれ食べに行ってるから」
蛇? ん……ああ、そんな話があったな。初めてフレイたちと出会った日、フォーリードに向かう道すがらそんな話を聞いた覚えがある。確か毒蛇か何かが川に出るとか。それを食べに行くとか、そのモンスターたちは毒の耐性でもあるのだろうか。何にせよ、安全なのは有り難いが戦えないのは残念だ。ひと暴れしておきたかったんだが……
「というか、カトーさんこそ力み過ぎ。最初から気合い入れてちゃしんどいだけですよ。索敵してるなら尚更安全だし、カトーさんもこっちに来て休めばいいのに」
確かに緊張しっぱなしも良くないか。しかしフレイのだらけた姿を見ると、これがこの間まで「クビになる」と騒いでいた人間かと思ってしまうな。切り替えが早いというか何というか。
「おや」
その時、俺の索敵レーダーに反応があった。まだ随分離れているが、街道の先に一体のモンスター。スキル『犬の鼻』も使うと、風に乗って獣のニオイが流れてきた。これは恐らく犬だな、単独で居るとなるとお馴染みのロンリーウルフか。
「フレイ、小物だが一体レーダーに引っかかった。まだ距離は遠いが多分ロンリーウルフだな」
「うぇ? あー、なら私が仕留めます。実戦での弓の試し撃ちをしておきたかったんで」
のそのそと起き出すと、フレイは立てかけてあった弓を手にする。それを見たリリーやセーラも戦闘準備をしようとするが、フレイはそれを片手をあげて制して笑った。何も言わないが、自分一人でやらせろという意志表示だ。俺もフレイの腕前を見たかったので黙って見守る。ダルそうながらも無駄の無い仕草で準備を整えると、前方に伸びる街道の先を見据えた。いや、1キロ以上先だから見えないと思うんだが……
「カトーさん。索敵レーダーって種族とか細かい情報は分からないっぽい?」
「……この距離なら大まかなサイズと数くらいしか分からないな。小型の犬サイズで一匹、という情報からロンリーウルフと判断したんだが」
「うーん、そっか。残念だけどその判断はハズレ。メンザさん、ここで一旦馬車止めて」
話しながら、フレイの雰囲気が変わってくる。緩んでいた顔は今や厳しささえ漂う程だ。声をかけられたメンザはその声を聞いて直ぐに馬車を止めた。……なんだ?
「カトーさん、レアもの発見。運いいですね。私も今まで2回しか見た事ないや、ちょっとビックリ」
「フレイ、見た事ないって……まさか目視出来てるのか!?」
「勿論。ちょっと黙っててね、ここから狙ってみるから」
そう言って、フレイは弓を手に馬車を降りる。本当に見えてるのなら恐ろしい視力だぞ、アフリカとかそっちの国の人みたいだな。そして普通の人が肉眼で捉えられない距離を弓で狙う……これが成功するのなら恐ろしいスナイパーだ。
リリーもセーラも、フレイのやろうとしている行為が信じられずに困惑した表情を浮かべている。俺だって信じられない。しかしアメリアが惚れ込む程の才能の持ち主だ、もしかしたらもしかしてしまうかも。そんな期待を込めてフレイを見守っていると……
淡い虹色の光を揺らめかせる弓を、静かに構えて体勢を整えていたフレイ。その目が一瞬大きく見開かれ、次いで張り詰めていた弦がビイィンッという音をたてる。鉄製の矢はフレイの手元を離れた瞬間さえ目で捉えられられない程の勢いで、一直線に空気を切り裂いて行った。
それはまさに一瞬。
人間離れした俺でさえ反応出来ない程の速さだった。
そして矢が放たれて5秒ほどたっただろうか。フレイの口元がニヤリと弧を描くと、その身体の周りにキラキラと輝く光の輪が現れる。そして勝ち誇ったような自信たっぷりの笑顔でこう言ったのだ。
「レアモンスター『ゴールデンフォックス』、フレイ・ラグドールが討ち取ったりーーーーーっ!!」
大空に届けとばかりに高らかに宣言すると、それに呼応するかのようにレベルアップのファンファーレが周囲に鳴り響く。俺たちは呆気にとられながらそれを見守るばかりだった。……フレイ、本当に凄いんだな。初めて裸で出会った時に、逆上して狙い撃ちされなくて良かったよ本当に。さすがにあの矢は、避けられないわ。
ゴールデンフォックス。
そのモンスターはゲームにおいてもレアとされるモンスターで、周囲に他のモンスターが居ると出現しない上に逃げ足も速い。集団で遠くから囲い込み、素早さを下げる魔法を乱発しながら弓矢や魔法で倒すのが一般的な攻略方法だ。貰える経験値は多くないが、使用回数制限の無い回復アイテムなど、超レアなアイテムを落とす事で知られていた。集団で倒してから、そのドロップアイテムを奪いあって人間関係崩壊。そんな事がよくある為に「パーティー壊し」とか「裏切りのキツネ」などと呼ばれていた。この世界でのゴールデンフォックスがどんなモンスターなのかは知らないが、フレイの喜びようから言って、やはり大物なのだろう。
馬車で遺体を確認しに行く道すがら、フレイはこれがどれほどの幸運なのか力説していた。
「本っ当にラッキーなんですよコレって! 狩人なら一生に一度は仕留めたいモンスターがゴールデンフォックスなんですから! 前遭遇した時はリーダ……じゃなかった、クロスさんが逃がしちゃうし、その前は私が子供の頃で弓なんか引けなかったし……って、カトーさん聞いてます!?」
「聞いてる。聞いてるから、まず落ち着け」
「これが落ち着いてられるかってーの! ゴールデンフォックス仕留めた冒険者って10人もいないんですよ!? あーもう最高です、私今日という日の為に生きて来たんですね、もう残りの人生下り坂だろうしここで死んでもいいや」
「とにかく落ち着け、そして早まるな」
ハイテンションでまくしたてるフレイに、対応出来るのは俺だけらしい。セーラたちは勿論、メンザでさえ若干ビビっていた。
「なあフレイ。倒したのはいいが、レベルアップはどうなってる? 多分スキルか何かのレベルが上がったと思うんだが、ちゃんと補正がかかってるか確認して貰えるかな」
とにかく今は話題を変えよう。強引に成長補正の話に移ると、フレイも若干落ち着いたのか胸元のポケットから冒険者カードを取り出しながら頷いた。そしてカードに並んだ数値を見て驚嘆の声をあげる。
「うわ凄っ! なにこれ、一気に上がり過ぎて怖いんですけど」
名前 フレイ(Lv17)
種族 人間 16歳
職業 狩人(Lv21)
HP 175/280
MP 48/85
筋力 18
耐久力 31
敏捷 42
持久力 33
器用さ 98
知力 21
運 87
スキル
弓(Lv42)
危険察知(Lv8)
逃走確率上昇(Lv7)
気配殺し(Lv27)
視力強化(Lv29)
力加減(Lv35)
幻術(Lv28)
職業スキル
なし
うぅむ、元のステータスが分からないから成長具合が分からないな。けどレベルを考えたらかなり強い方だろう、補正は間違いなく掛かっている。それにしても器用さと運が凄い伸びだ。何気に幻術まで使えるんだな、何に使ってるんだろう? 隠れ身の術みたいな感じで使っているのだろうか。
「しっかり成長しているようだ。良かったな、レアも仕留めてステータスも上がって良い事づくめじゃないか」
「いやーカトーさん様々です。でもルシアが秘密にしたがるのも分かるわ、このスキル凄すぎ。こんな簡単にレベル上がるとか、楽すぎて怖いもの。こんなスキル持ってたら私、多分堕落したダメ人間になってる」
そう思えるならダメ人間にはならないと思うけどな。というよりフレイなら、能力が上がればその分色んな事をやりたがって堕落する暇なんて無さそうだ。
そんな事を考えていると、フレイのそばに来ていたリリーが泣きそうな顔になっている。なんだ?
「うぅ……フレイまで『力加減』持ってる。その上器用だし、なにこの差は……」
「リリ姉泣くな。大丈夫、服ビリビリ破いてもセーラさんが直してくれるって」
「ぅわあぁぁぁぁぁん!」
「あ、あのリリーさん、私頑張りますから! 頑張って繕いますから泣かないで下さい!」
………。
いつの間にか呼称が変わってる。だいぶ打ち解けてたのね、馬車の中で。羨ましいなぁ、女の子たちは俺を置いてどんどん仲良くなっていってるよ。ちなみにセーラは優しいようでいて追い討ちをかけているのだが意図的なのだろうか。
さて、2キロ近く歩いた所で件のゴールデンフォックスの遺体を街道脇に見つけたのだが、フレイの放った矢は頭部を横から貫いていた。恐らくは矢の音を聞いて逃げようと踵を返す時に命中したのだろう。これほどの距離を矢で射抜くとか奇妙奇天烈摩訶不思議な話だが、目の前に証拠がある以上信じるしかない。これを成長補正前でやってのけるのだから恐れ入るというものだ。
ゴールデンフォックスの周りには何も落ちていなかった。当たり前だが、ゲームを知ってる以上確認するのが癖になってしまっている。何も落とさないとなると、ゴールデンフォックスの価値は俺の中でガクンと低くなるのだが……フレイとリリーには違ったようだ。
「リリ姉、襟巻きとか憧れない?」
「憧れる憧れる! ゴールデンフォックスの襟巻きとかお姫様じゃなきゃ出来ないから、一度はやってみたかった!」
「いっちょ行っとく? 私胴体持つよ」
「いやいやいや、幾ら何でも無理だから! 血とかすっごい流れてるし舌とかデローンって出てるから!」
はしゃぎすぎだ。それに酷い会話だな、動物愛護団体とか聞いたら卒倒しそうだぞ。……セーラは何だかついていけないのか複雑そうな顔をしている。ああ、優しいセーラの事だから可哀想とか思ってるのかな。
「セーラ、どうしたんだ。なんだかしょんぼりしているが」
「いえ……キツネって美味しくないってボンゾさんが言ってたので。干しても保存食には向かないらしいですよ」
野生児じゃないか。逞しい考え方してるな、セーラ。まったく、このチームの女性陣に乙女な反応を期待しても仕方ないようだ。ここは誰よりも乙女なローランドに期待するしかあるまい。振り返ると、丁度ローランドはのそのそと荷台から起き上がり此方へ向かおうとしていた所だった。
「ローランド、フレイたちに何か言ってやってくれ。キツネを仕留めて有頂天になりすぎている」
「キツネ? はぁ、キツネですか、あいにく討伐対象としては登録されてませんよ」
そこまで言って、キツネを見た。そして一瞬の間を置いてから……
「ち、血が……沢山の血がぁ…………」
倒れた。
………。
まぁ、フラッと倒れる仕草は乙女に違いないな、うん。俺は仕方なくローランドを抱き起こして荷台に寝かせたが、その間も女性陣はキツネをどうするかで楽しそうに議論を続けていた。あんまり酷いようならあのキツネ、俺のポシェットに入れてから変身して、股間に押し込んでやろうか……そんな事を考えたが後が怖いのでやめておいた。
「こりゃあとんでもない連中だなぁ」
メンザのつぶやいた言葉に、俺は声には出さないが同意してしっかり頷くのだった。




