クラン結成とスキル補正
フォーリードの誇る超高級ホテル『ヴァンドーム』。その一室に、クラン結成に関わる人たちが集まっている。クロスとそのチームメンバーであるアメリアとフレイ、教会所属のルシア。そしてこちらのメンバーであるセーラ、ボンゾ、リリー。ここにクランの後ろ盾となるアメリアの父、キスクワードの計8名。その多くが、俺の話した内容を聞いて驚愕の表情を浮かべていた。ルシアに至っては、頭を抱えて俯いている。それはそうだろう、せっかく俺の事を思って助言したのに、こんな形で無駄にされるとは思わなかったハズだ。
俺は今、成長補正スキルの事を暴露した。先ずはそこに至る経緯を説明しよう。
ボンゾにクラン結成の話をして、リリーの勧誘に成功したその日。買い物を終えた俺たちは早速クロスに会って報告をしようと思っていたのだが、肝心のクロスが捕まらなかった。どうやらクロスは、マルセルの件で色々と報告しなければいけないらしく当分はギルドから出られないらしい。他にも、かつての仲間で殺された「ガルバ」の遺族に、マルセルという本当の仇を討ったという報告もするとかで、俺たちがコンタクトを取ろうにもバタバタと忙しすぎたようだ。結局アメリアに調整してもらって3日後に会う約束を取り付けた。そして、それまでの間。俺はセーラとのんびり休日を過ごしながらも今後の事を考え続けた。
隣国での邪教徒の動き、これを無視する事は出来ない。マルセルとの会話で得られた情報を信じるならば、彼らは戦争を引き起こして邪神ニーダへの信仰を高めようとしている。このフォーリードは隣国とかなり近い場所にあるから、真っ先に戦場となるに違いない。そうなった時、俺は果たしてこの街を守る事が出来るのだろうか。
もし俺がセーラと出会わず、この街に愛着も持っていなかったら……きっとこんな事は考えずに「面倒くさい」と逃げ出していたかもしれない。だが、こうしてセーラと婚約をし、ボンゾとも仲良くなり、その嫁さんたちとも話すようになった。クロスたちやパン屋の爺さんとも仲良くなり、この街にも愛着を持ち始めている。もう俺にとってフォーリードという街は特別な場所になってしまっていたのだ。失いたくない、第2の故郷のように思えていた。
冷静に考えると、これだけ大きな街が戦火にまみえる事になったら……例え俺が強くても一人で守り通すのは不可能だ。多数を一人で相手をするのは先ず無理だし、集団で色んな所から攻め入られたら防ぎきれない。ならばどうするかと考えた時、やはり強い仲間を増やして対抗出来る戦力を整えよう、と考えるのが自然な流れだろう。幸い俺には成長補正スキルがある。このスキルを駆使してクランメンバーを強化して行けば、この街を守る大きな戦力となるに違いない。今はまだ小パーティー……いや、いつの間にか中パーティー規模の補正になっていたが、とにかく今後このスキルが成長して行けばきっと数十人単位で補正をかけられるようになるだろうし、それこそ最強の軍隊を作り上げる事も可能だ。
ただルシアがかつて心配していたように、このスキルはその強力さゆえに狙われやすいと思う。特にこの国の権力者たちからすれば脅威となりうる力であり、知れば必ず何らかの形でコンタクトをとって来て、懐柔なり何なりしようとする可能性が高い。もしかしたら強引に支配下に入れようとするかもしれない。新たな火種となる可能性は充分にあり、俺としてはそこが迷う所だった。
しかし……この街で生きて行くと決めたのだ。第2の故郷を守る為にもスキルの出し惜しみはしないで行こう。面倒な事になっても、その時はその時だ。仲間たちと一緒に乗り越えて行けばいい。そう考えて、俺はクランメンバーとなる人たちに成長補正スキルの事を話す事にした。
この話をするにあたって俺が次に考えたのは、クロスとルシア、そしてパトロンとなる人物がどんな反応をするか、であった。クロスは国と繋がりがあり、諜報員として動いている人物である。国の脅威となりうるこのスキルの件は、まず真っ先に国に報告するのが彼の役目だ。が、それに関してはあまり心配しなくても良いと俺は考えている。クロスは自分自身が貴重なスキル持ちであり、俺の置かれた状況を理解出来る人間でもある。彼の性格なら、俺が悪い立場に立たされるような報告はしにくいだろうし、国のお偉いさん方からのコンタクトがあった場合は間に立ってくれるかもしれない。もっとも、俺としては別に国と敵対するつもりは無い。それなりの見返りがあれば幾らでも協力するが、そこはまぁ向こうの出方次第だ。友好的な関係が築き上げられたら、それがベストとも考えている。
次にパトロンとなる人物、ヴァンドーム家。きっとこのスキルの事を知ったら大喜びするだろう。ただでさえクロスとアメリアという街の英雄コンビを抱えている上に、反則級のスキル持ちが加入する。確実にこの街最強のクランとなるだろう。ヴァンドームの名は今まで以上に市井に轟く事となり、商売人ならばきっとこの成長補正スキルが金になると考えるだろう。それは……別に、悪い事ではない。金になるという事が分かったならば俺たちをしっかり守ろうともするだろうし、大切な娘夫婦が強くなって死ぬ確率が少なくなるなら俺たちを悪く扱うような事は絶対しないだろう。加えてクロスを婿として受け入れているという事は、彼が諜報員であるという事情も知っているという事。国がコンタクトをとって来た時には直ぐにその動きを察して、きっと力になってくれるに違いない。言い方は悪いが「簡単に金づるを引き抜かれてたまるか」と守ってくれる可能性が高いのだ。俺の好きな「持ちつ持たれつ」という関係になれるのではないかと考えた。
一番分からないのがルシアだ。彼女自身の善意によって、今の所俺のスキルは周囲にバレたりしていない。だから信頼出来るとは思うのだが、ミリア教という宗教が倫理観の基準となっている人間である。無宗教な俺とは違う感覚で生きているのだろうし、それが不安要素といえばそうなのだが……まぁ、大丈夫か。俺が悪人になりさえしなければ、黙ってると言っていたし。
長々と説明してきたが、つまり簡単に言うと「クランのメンバーを俺の事情に巻き込んでしまおう」という事である。ぶっちゃけると、このスキルを巡って何かしら面倒事が起きた場合は、クロスやパトロンさんの方が俺より頭の良い判断が出来ると思っている。だから頼らせてもらうのだ。我ながら悪どいやり方だと思う。
そして3日後。冒頭にあったようにホテル『ヴァンドーム』に集まった面々を前に、俺はスキルを暴露する。皆はしばらく唖然としていたが、最初に口を開いたのはアメリアの父であるキスクワードだった。キスクワードは恰幅の良い体格の中年で、真っ赤な髪をオールバックに撫でつけ、やたらと自己主張の激しいカイゼル髭を蓄えた、見た目のインパクトが凄い男だ。眼光の鋭さはアメリアそっくりで、やり手の事業家という雰囲気が漂っている。まぁホテル王みたいな存在だろうし、色々と経験しているだろうから、こうした衝撃発言にも耐性が出来てるのかもしれない。
「確かに驚異的なスキルだが、証明出来る物はあるのだろうか。俄には信じがたいのだが……」
「俺の冒険者カードをお見せしましょう。スキルが明記されてますし、俺のステータスを見たらきっと信じてもらえると思います」
そう答え、俺は冒険者カードを差し出した。それを手にしたキスクワードは目を見開き、手を震わせる。隣に座っていたクロスやアメリアもそれを覗き込んで驚愕、その様子になんだなんだと興味津々でフレイやルシアもやって来て、キスクワードの周りには人垣が出来た。
名前 カトー (Lv41)
種族 人間 26歳
職業 魔法使い(Lv40)
HP 927/927
MP 642/642
筋力 105
耐久力 122
敏捷 101
持久力 158
器用さ 82
知力 104
運 113
スキル
ウォーターヒール(Lv15)
ウォーターポール(Lv10)
ウォーターカッター(Lv11)
ウォーターミスト(Lv6)
ウォーターキュア(Lv7)
索敵(Lv28)
力加減(Lv37)
自動MP回復(大)
成長促進(最大・限界突破・効果範囲:中パーティー)
短剣(Lv18)
遠見(Lv3)
犬の鼻(Lv5 現在閲覧不可状態)
職業スキル
木こり(斧Lv12 鉈Lv8 植物素材採取Lv17)
犬の鼻は見せない。プライドが許さなかった。
「身体能力の数値だけでも、その効果は分かっていただけると思います。とてもLv40程度の人間の数値じゃないですよね。俺にはまだ及びませんが、俺の仲間たちも普通ではない成長をしています。リリーは急成長し過ぎて日常生活に支障が出てしまいましたが」
「……そうだろうな。私も今まで高レベルの冒険者を幾人と見て来たが、Lv50を越える者でもこの能力値に達した者は居なかった。カトー君は筋力値が100以上あって生活出来るのかね」
「『力加減』というスキルを覚えてますからね。日常生活は普通に送れてます。逆に言えば『力加減』が無いと、よほど器用さが無いと生活出来ません」
「ふぅむ……」
キスクワードは髭を弄りながら何やら考え出す。その横で、クロスが呆れたように言った。
「表記されてるから信じるが、カトーは本当に人間なのかと疑ってしまうな。それにこれだけの力があって、今まで無名だったとは……」
「基本的に人と関わらずに旅をしていたからな。クオリタでも定職について無かったし、名を上げる機会なんて無かったよ。人間かどうかは想像に任せる。最近じゃ空も飛んだからな、自分でも人間じゃないんじゃないかと思い始めた」
俺の説明に隣のセーラが苦笑いを浮かべる。事情を知ってる人間を隣にしながら嘘をつくというのは、なかなか気恥ずかしいものがあるな。ちなみに人間かどうかを疑われて傷ついてたりするのだが、あえて自虐ネタを言ってみた。余計傷ついた。
「カトーさん、ちょっといいですか?」
少し怒ったような顔で聞いてきたのはルシアだ。
「危険だって言いましたよね、なんでそんなに簡単に言っちゃうんですか? ご結婚されるのなら、なおさら慎重になるべきだと思うんですけど」
「簡単ではなかったよ。俺なりに考えて決断した。ルシアが心配してくれたのは凄く有り難かったんだが、現実問題として邪教徒が動き出している以上、悠長に構えてらんないだろう? せめてここにいるメンバーだけでも強くなって貰いたかった。この街は遅かれ早かれ、襲撃を受ける事になるだろうからね。スキルを出し惜しみしたせいで仲間たちが死んだりしたら、きっと俺は後悔と罪悪感で耐えられないと思うから」
ルシアの言葉に若干のトゲを感じるのだが、気のせいだという事にして、俺はそれまで考えていた理由をルシアに説明した。邪教徒の件は既にギルド、憲兵たちの間に広まっている。ルシアも既に知っており、俺の言葉に一応の納得をしてくれたようだった。
「はぁ……カトーさんって怖いもの知らずというか何というか」
「怖いものを知ってるからこその決断だよ。邪教徒が怖いし、このスキルを狙ってくる連中も怖い。しかしそれ以上に、仲間や家族との死別が怖い。フォーリードの街、そこでの生活が失われるのが怖い。それだけの話」
本当にそれだけの話なのだ。ルシアの言ったとおり結婚などしたら、家族という弱点が出来る。このスキルに目をつけた奴らに家族を人質にとられたりする可能性があるので、危ない橋を渡るような真似はしたくない。しかし街を滅ぼされたら幸せな生活を送る基盤そのものが崩壊してしまうのだ。それは何としても防ぎたかった。
そんな話をしていると、しばらく考え事をしていたキスクワードが大きく一つ頷いた。そして俺を見てニヤリと笑う。
「君の狙いは大体読めたよ。ゆくゆくはこの街にスキル養成所か何かを作ろうというのだろう?」
………。
……は?
「いや、なかなか面白い試みだと思うよ。街の人間の強化にもなり、防衛力も格段と上がるだろう。莫大な利益を生み出すのも確実だし、街の発展……いや国の発展にも大きく寄与する事になるだろう。私としても君のアイデアを後押ししたいと思っているが、問題は君がそのスキルをしっかりと成長させられるかどうか、だな。せめて100人規模で成長補正がかけられるようになって欲しい所だ。それまでは私たちも君の能力をみだりに暴露したりはしないよ」
マシンガンのように畳み掛けるが、ちょっと待ってくれ。このオッサン、深読みしすぎだろう! 隣のアメリアが苦笑いをして言った。
「すまんな。こうなると私にも止められないんだ、諦めてくれ。……と言ってもカトーだってこうなると分かって言ったんだろう? 気づいてないかもしれないが、さっきから顔がニヤついてるぞ」
「え?」
ニヤついてる? 隣を見ると、セーラも苦笑いで頷いた。
「ニヤついてるというより、何か企んでるような顔してましたよ。皆が驚いてからはずっと、してやったりという顔で……なんというか、悪い顔してます」
そんなバカな。真面目な顔をしていたつもりだったんだが。しかしそんな言葉を否定するかのようにキスクワードが割って入る。
「何を言うのだ、こういうのは企みではなく企画と言うのだ。カトー君の言いたい事は私にはよく分かるよ、君は非常にビジネスライクな人間なようだ。私とは気が合うようだね」
いやオッサン。アンタは何も分かってないというか、深読みしすぎて俺を勘違いし始めてるぞ。
「分かってる、言わずとも分かってるよ。今回のクラン結成にしても君自身の成長と実績作り、そしてこの街での地位と地盤、人脈を築くのが狙いなのだろう。そして私たちと新事業を立ち上げる……君にとっても私にとっても、そして街、国にとっても利益となる素晴らしい企画だ。いやぁ、初めて君の顔を見た時から何か光るものを感じていたが、私の目に狂いは無かったな! 大丈夫、安心しなさい! 君たちは我がヴァンドーム一族が全面的にバックアップして行こうじゃないか!!」
安心できるか、話がどんどん大きくなって来てるぞ! おいアメリア……は無理だったか。クロス、どうにかしてくれ!
「カトー、俺にも無理だ。義父は色んな意味で俺の遥か上を行く」
色んな意味って何だ。諦め早すぎるぞ、というか俺も諦めたくなってきた。何なんだこのパワー……俺の思惑通りに事が進んでる筈なのに、何故か斜め上に向かって突き進んでいるような、不思議な「コレジャナイ感」があるんだが。
興奮するキスクワードにタジタジになっている俺たち。そんな俺たちをよそに、いつの間にかフレイやリリー、セーラたちは少し離れた場所で互いの冒険者カードを見せ合って楽しそうに話をしていた。
「うわ凄っ! リリーさん滅茶苦茶強いじゃないですか。セーラさんも身体能力高いですね、これなら私も狙撃に集中できるかな」
「あはは、まだ強くなって5日だから全然慣れてないけどね。私よりセーラさんの方が頼りになるかも」
「そ、そんな……私なんかまだまだですよ。フレイさんみたいに、何があっても冷静に対応できるようになりたいです。ほら、あの密猟者を捕らえた時みたいな……」
「あ、あれ? やだなぁ、あれ結構テンパってたんだけど。本当はオッサンと馬のどちらも眠らせるつもりが、間違えてオッサンの方に普通の鉄の矢を放っちゃったからね。死ななくて良かったよ、あのオッサン」
「「…………」」
その後ろではボンゾとルシアが。こちらも楽しそうだ。
「おめぇさん、見た目の割には格闘スキルに偏ってんだな。チームじゃ一体どういう立ち位置だったんだ」
「基本的に自分の身は自分で守らないといけないんです。クロスさんたちと一緒の時はフレイちゃんが守ってくれますけど、なるべく負担にならないようにしてますよ。でもボンゾさんがいてくれたら、回復に専念出来そうですね。正直に言うと、盾役の方がいないと回復に集中出来なくて辛いんですよ」
「なるほどなぁ。しかし一応臨時メンバーだからな、いつも参加出来るわけじゃねえぜ。いない時ゃカトーあたりに頼むといい、アイツは盾無しで盾役やっても多分死なねえから」
「それは流石にカトーさんが可哀想ですよ……でも、確かに死ななさそうですね。あ、私も臨時メンバーですからいつも一緒にいられるわけじゃないんです。本当はずっとこっちに居たいんですけどね……」
「まぁ、色々あるだろうさ。俺も組合がうるさいからクランにゃ入れねえ。けど、時々は顔を出す。そん時ゃよろしくな」
「はい、宜しくお願いします!」
なんとも和やかに自己紹介タイムが繰り広げられている。いいなぁ、羨ましいなぁ、俺なんてコレだぞ? テカテカに脂ぎってきたオッサンだぞ?
「つまりだね、スキルの使用だけに留めておけば筋力も無駄に成長しないわけだよ! 今の段階でもこうした事に気をつけて育成プログラムを組めるわけだが、やはりまとまった人数を育成できるようにするには……」
分かった分かった、分かったから落ち着けオッサン。頼むから助けてくれアメリア、クロス。今なら分かるよアメリアがこのオッサンから逃げた理由。これを毎晩体験したら、多分俺なら心が折れてしまう。
それにしても、一旦自分の中でガッチリ話が固まってしまうと周りが見えなくなってしまうってのは、やはり親子なんだろうな。アメリアもそんな所があったよ、確かに。言ったら殺されるから言わないけど。
結局、それから一時間みっちりとキスクワードの演説を聞いてから、俺たちは漸くクラン結成の為に必要な書類にサインをした。そしてホテル『ヴァンドーム』の裏手に建てられた、拠点となる建物『クランハウス』に案内されたのだが……まるで覚えていない。とにかく疲れて脱け殻のようになっていた俺は、セーラに支えられながら乾いた笑みを顔に貼り付かせてフラフラとしていたようだ。そしてそれは、解散してホテルに戻るまで続いたという。
とにかく。
この日、とうとう俺はクロスと共にクランを立ち上げる事となった。そしてそれが後々このフォーリードの街を世界最強の冒険者たちの集う『聖地』へと変える事になるのだが、この時の俺にそんな未来を想像する余力などある筈もなく。
ホテルのベッドでただひたすら、泥のように深く眠り続けた。




