力持ち乙女のふわふわ
買い物にはその人の性格が良く表れるというが、服を買うという行為は特にそれが顕著なように思う。かつて日本にいた頃、俺の服選びと言えばかなり適当で、スーツは近所の百貨店の店員に選んでもらい。下着を安売りコーナーでガサッとまとめ買い。私服の類は「大きなサイズ」コーナーに展示されてるマネキンを参考にして目についた服をピックアップするくらいだった。体格が大きすぎて選択肢が少なかったのもあるが、基本的に外見に無頓着だったし大ざっぱだったのだ。
今現在、俺はセーラにくっついて服屋をウロウロとしている。セーラは俺と真逆を行く几帳面さで、体格をしっかり計って試着しなければ絶対買わない、という徹底さでもって俺を連れまわしている。……主に俺の服を買う為に。
「セーラ。そんなに厳しく選ばなくてもいいんだぞ? それに自分の服も買わないと……」
「駄目です。カトーさんの分を買ってから、自分の買い物をします。カトーさんは適当すぎるんです、さっき巨人族のコーナーでパンツを買おうとしてましたよね?」
「あれパンツだったのか? ゆったりとした半ズボンだと思ったんだが。しかしまぁ大は小を兼ねると言うし」
「兼ねません。あれ穿いたらストンと落ちちゃいます。第一カトーさん、下着類はちゃんと足りてるじゃないですか」
「足りてるけど、飛ぶぞ?」
「そっちじゃないです!」
かれこれ小一時間、こんな調子でウロウロしているのだ。買い物に来てるのか説教をされに来てるのか分からなくなってくる。が、セーラも落ち着きを取り戻したので良しとしよう。しばらく桃太郎は封印だな、と心に決めていた。
それにしても女性の買い物は長いと言うが、セーラも大概長い。俺を着せ替え人形のようにして何着も試着させる。スタミナに関しては人間レベルを超えた俺でも、だんだんと疲れて来ていた。精神的な疲れだろう。というより、セーラがいつまで経っても元気なのが不思議である。買い物好きなのだろうか。
「セーラ、そろそろ良いんじゃないか? 上下セットで5着分もあればしばらく大丈夫だろう。それよりもセーラの買い物に移ろう」
「そうですか? うーん……カトーさんがそう言うのなら、これくらいにしましょうか。後2ヶ月もしたら冬物を置き出しますし、その時にまた買いに来ましょう」
まだ買うのか。というか四季があるのかこの世界。本当にゲームと違うんだな……冬服を揃えるとか、考えもしなかった。後2ヶ月もすれば寒くなってくるという事は、今は9月か10月くらいなのだろうか。良くわからない。
とりあえず俺の買い物が済んだので、次にセーラの買い物が始まった。女性物の売り場を歩くのは恥ずかしい物があったが、よく考えたら男物の売り場をセーラに歩かせていたのでこれでイーブンかと我慢する。さすがに下着類のコーナーには近づけなかったが、大体の場所ではセーラに付いて服選びに付き合った。
「カトーさん、これはどうでしょう」
「可愛いよ。セーラならなんでも似合うんじゃないか」
「……嬉しいですけど、それじゃ感想を求める意味が無いじゃないですか。じゃあ、これは?」
「素晴らしい。グレイトにも程がある」
「じゃあ、これは?」
「ブリリアントだ。美しい」
「……これ」
「全身ドクロだらけじゃないか、呪われるぞ」
なんて物を置いてるんだ、この店は。どこぞの怪しい部族の呪術用装束みたいなのまで揃えているとか……最後のはともかく、鮮やかなピンクのチュニックやら黄色のワンピースやら、とっかえひっかえ身体に当てて感想を求めるセーラ。その全てが似合っているのだから感想に困るのだ。金髪で肌が白く、シミそばかすが全く無いというのは凄いアドバンテージなのだという事が良く分かった。こうしたエルフならではの外見には、特に原色に近い色が似合うように思う。そしてそうした色使いの服がこの店には多かった。
基本的にポーカーフェイスな俺ですら顔を弛ませてしまいそうになる愛らしさ。セーラのファッションショーを堪能していると、ふと視界の端に見知った顔を見つけた。あれは……リリー?
「あ、カトーさん。リリーさんがいますよ」
「そうだな。なんだか浮かない顔をしてるが……声、かけてみるか?」
「はい。気になりますから」
すぐに自分の買い物を中断してリリーの元へ行くセーラ。自分より誰かの事を優先するのは美徳かもしれないが、そうスパッと自分の用事を後回しにしなくても良いんじゃないだろうか。
……それはともかく。俺もセーラの後を追うようにリリーの所へと歩いて行った。リリーは何となくしょんぼりした感じで、買い物を楽しみに来たようには見えない。セーラに気づいて少し明るい顔になったが、次に俺の顔を見て……ん? なんだ? 目をうるうるとさせ始めたぞ。
「カ、カトさん~~~! どうしてくれんのよぉ~~~!!」
「ぬおっ!? どうしたんだリリー、何故泣く! 感動の再会か、昨日も会ったけど!」
「これが……これが泣かずにいられるかってのよコンチクショー!」
一体どうしたと言うのか。その豹変具合にポカンとなっているセーラ&周囲のお客さん。こうなるとさすがに俺でも周りの迷惑を考える。仕方なく俺はセーラとリリーを連れて一旦店の外へ出た。そして近くの喫茶店に入ると、リリーを落ち着かせて事情を聞く事にしたのだった。
「服が破れる?」
少し古めかしい雰囲気のする喫茶店の、一番奥のテーブルに座った俺たち。注文した飲み物が届いて、それに一口つけてからリリーは話し始めた。
「うん。カトさんのおかげで身体能力が凄く上がったのは良かったんだけど、急に力が上がったせいで調整が難しくて……着替えの時にシャツとかビリビリ破いちゃったのよ。これじゃ着る物無くなっちゃうから、あのお店に服を買いに来てたの」
ああ……。そりゃそうなるわな。俺もパンツマン状態でスーツを洗おうとして破いたりしたわ。
あれ?
でもセーラだって身体能力は上がったよな。セーラは別段困ってるようには見えないけど……第一、俺だって有り得ないくらいに身体能力は上がっている。しかしパンツマンにならない限りはそんな困った事は起きてないんだが……。何が違うんだろう。
「リリー。もう一度ステータスカードを見せてくれないか。出来ればセーラも見せて欲しい」
「分かったわ」
「分かりました」
二人からカードを借りて、見比べてみる。勿論俺自身のカードも出した。三枚のカードをテーブルの上に置いて見比べてみると、何となくではあるが原因が分かって来る。リリーは力が強いのに、あるスキルが欠けていたのだ。
「凄いですねリリーさん! 力が35もありますよ、荷物とか持つの楽になったんじゃないですか?」
「うん……楽は楽なんだけどね。逆に軽すぎて、勢いよく持ち上げたらすっぽ抜けたり大変なの。昨日なんてベッドをずらそうとしたら部屋の端まで動いたり脚が折れたり滅茶苦茶だったんだから」
三人分の力で全力とか出したらそうなるだろうさ。なんてこった、リリーのスキル欄にはやたらと便利な攻撃スキルばかりが並び、一番在って然るべきスキルが無かった。それはセーラにも無かったが、セーラは力が21で器用さが65。持ち前の器用さで調整していたんだろう。しかしリリーの力は35で器用さも49、それもいきなりのステータスアップに慣れてない状態である。この結果も仕方ないと言えよう。それに比べたら俺は幸せだな、ちゃんとスキルを保有していたからそんな事にはならなかった。
そう、俺にあって彼女に無いスキル。それは……
「リリーは『力加減』のスキルを持って無いんだな。そりゃ慣れるまで大変だ」
「なによ、その便利スキル! カトさん持ってんの!?」
「バッチリだ」
力加減。それはこの世界に降り立って直ぐに身につけたスキルだった。こんなスキル、一々覚えなくても良いだろうとも思っていたのだが、リリーの様子を見る限りそんな事は無かったようだ。
「リリーさん、どれくらい服を破いちゃったんですか?」
「うー……シャツ二枚に革製の鎧もちょっと壊したかな。布団もタオルケット蹴飛ばして破いたし、その……下着も、それなりの数が犠牲に……」
一人で大暴れしてるじゃないか。俺のせいでこんな事になるとは……
「リリー、申し訳ない。まさかこんな影響があるなんて思いもしなかったんだ」
「ううん。さっきはちょっとつっかかっちゃったけど、カトさんは悪くないよ。助けてくれたし。ただ私もあんまり裕福じゃないから、急な出費でちょっと気落ちしちゃってただけ」
「……弁償させてもらえるなら、いくらでも弁償するぞ」
「いいよ、そういうの求めて話したわけじゃないし。気にしないで」
いや気にするだろう。それに、さっきチラッとスキル欄を見て気になったんだが、彼女にとってマイナスにしかならないであろうスキルが増えていた。昨日白鳥の上で見せてもらった時は無かったから、きっと昨日の夜にでも目覚めてしまったんだろう。
「リリー。スキル欄をよく見ろ。『アーマーブレイク』を覚えている上に、Lvが3まで上がってる」
「うおっ、なにこれ!?」
『アーマーブレイク』。敵の装甲にダメージを与えて防御力を低下させる技だ。対人でこれを使うと、防具の耐久値の上限を削る最悪の技になる。ゲーム時代にこの技をPKで使うのが流行って、様々なトラブルが生まれたという。多分、リリーは自分の服を破ってこのスキルを身につけたのだろう。このままではさっさと力加減を覚えるかアーマーブレイクを自在に扱えるようにならないと、うっかり発動で服がビリビリという事態が頻発しかねないぞ。
「一人ラッキースケベ体質になってしまったな」
「全っっっ然、ラッキーじゃないんだけど! 下手したら露出狂扱いされちゃうじゃない、どうしよう! 服だってどんどん無くなっちゃうだろうし、もしかして私の人生詰んじゃった!?」
詰むの早いな、こんなんでか! しかし冷静に考える事ができないんだろうな。仕方ない、こうなったら俺なりに責任をとろうか。
「確認なんだが、リリーは今特定の仲間たちとチームを組んでたりしてるのかな」
「へっ……? あ、ううん。この間まで組んでた人はホラ、憲兵に捕まったし。元々交友関係も広くないし、冒険者で知り合いって言ったらカトさんたちくらいだよ。友達も……うん、セーラさんくらいかな」
セーラの方を向いて、少し恥ずかしそうに笑う。セーラは本当に嬉しそうにニコニコしていた。ふむ、ならば何も問題ないかな? セーラを見ると、俺が何を言いたいか直ぐに分かったらしい。大歓迎、という風に何度も頷いた。
「リリーさえ良ければなんだが。今俺たちは冒険者のクロスという男と共に『クラン』の結成に向けて動いている。そのメンバーに、リリーも入ってくれないか? 俺たちと一緒なら今まで以上に仕事も出来るし、成長する機会も多いと思う。きっと『力加減』を覚えるのも、一人で居るより早く覚えられるだろう」
「は……? 『クラン』?」
いきなり言われて驚いたらしい。リリーはしばらく俺の言葉に目をパチクリとさせていたが、頭の中で整理出来たのかだんだんと顔色が変わってきた。何というか、ちょっと恐る恐るという感じで聞き返してくる。
「あの……もしかして、そのクロスさんて『人間竜巻』のクロス・ヴァンドームさん?」
人間竜巻? ああ、そう言えばクロスってそんな渾名みたいなのを持ってたっけ。ヴァンドームというのは確かアメリアの姓だが、婿養子にでも入ったのだろうか。
「そのクロスで間違いない。昨日、一緒に『クラン』を結成しないかと誘われたんだ。戦力不足で困っていたし、リリーのパラメーターを見たら多分大歓迎してくれるぞ」
そう言うと、リリーは瞳をキラキラと輝かせ始める。これは好感触だぞ。そしてセーラもここぞとばかりにたたみかけた。
「私もリリーさんが一緒に居てくれたら嬉しいです。正直に言うとまだクロスさんたちとはお話しする機会が余り無くて、仲良くなれるか少し不安だったんです。リリーさんが一緒だったら……凄く心強いです」
そして一呼吸置いてからこう言った。
「あと、もし良かったら破れた服とか直しますよ。私は『修繕』のスキルでよく服を直してますから。きっと、リリーさんの破いた服もみんな直してみせます!」
「ぅ……くぅ~~~~っ!」
リリーが感極まったかのように拳を握りしめ変な声を上げた。なんだ?
「カトさん、セーラさん、ありがとう! これ、すっごいチャンスだよね! 街一番の英雄って呼ばれてる人のクランに入れて、変だけど滅茶苦茶強いカトさんみたいな仲間がいて、セーラさんみたいな完璧な嫁ができて!」
……ちょっと待て。
「人生、開けて来た! バリバリ開けて来た気がする! 私、きっとこれで勝ち組になれる、そんな気がするよ!」
いやこの世界の勝ち組ってどんなんか知らんが、それはどうでもいい。
「リリー。セーラは俺の嫁だ。やらんぞ」
「えっ……なにそれズルい!」
「ズルくない。婚約したから。なぁ、セーラ」
俺の言葉に顔を赤くしながら頷くセーラ。もういい加減慣れても良さそうだが、耳まで真っ赤だ。そこがいい。
「カトーさんの言ってる事は本当ですよ。私はもうカトーさんのお嫁さんですから、リリーさんとは結婚出来ません。……ごめんなさい」
「いや、普通に断られても……なんだろ、これはこれでショックがデカいと言うかなんと言うか」
そうだね。セーラ、今普通にプロポーズ断ってたね。俺が言われたら多分泣いて駆け出してると思う。
「それに女の人と女の人は結婚出来ないので、リリーさんのお嫁さんは無理ですよ。でもお友達ですから、力になれる事があるなら何でも言って下さい」
「う……うん、ありがとう。そうだね、女同士だもんね。うん、それでいいよ」
天使の如き笑顔で言うセーラにリリーもタジタジである。何というか、セーラも大概ズレている。
「じゃあ、さしあたってお願いしたいのは、買い物に付き合ってくれる事かな。一人で買い物ってちょっと寂しいから、一緒にいてくれたら嬉しいよ」
「はいっ! みんなでお買い物しましょう!」
「「え゛っ」」
こうして。
俺たちは喫茶店を出た後にまたあの服屋へと向かい女性物の服を物色する事となった。俺の視線を気にして顔を赤くするリリー、気にもとめないセーラ。そうだよなぁ、彼氏でもない男がそばにいたら普通は恥ずかしいよ。今日1日で分かった事はセーラがとてもズレているという事だった。幼少期の教育は受けてないと聞いていたが、特に男女の機微に関する類でそのズレは顕著だった。
……木こりの仕事をしていた頃に聞いた事だが、セーラって男と女の区別が最近になるまでつかなかったという。あの時は冗談だと思って流したが、ここまでズレているならもしかしたら本当だったのかもしれない。俺は買い物途中、なにとは無しにセーラに聞いてみた。男と女の違いは何か分かるか、と。すると帰って来た答えは予想の範疇を越えたものだった。
顔を赤くさせて、少し照れながら、セーラはこう答えたのだ。
「えっと……お股がふわふわなのが男の人で、胸がふわふわなのが女の人なんですよね?」
背後でリリーが床に頭から突っ込み、俺は天を仰いだ。ふわふわって……俺、ふわふわだったのか。もう若くは無いという事だろうか。
「すまんリリー、セーラにはちゃんと一般常識を教えておくよ」
俺は半分魂が抜けたようなリリーと、ハテナマークを飛ばしてキョトンとしたセーラを見ながらそうつぶやいた。
ふわふわって……
 




