躍動する筋肉と乙女の涙
朝、目が覚めて先ずやる事と言えば、窓を目一杯開けて清々しい空気を胸一杯に吸い込み、気分が乗れば朝日に向かって「やぁ久しぶり、一年ぶりだっけ?」などと小粋なメキシカンジョークを飛ばすのが、まぁ一般人のあるべき姿だろう。勿論俺も本来であればそれに倣っている所だが、今日はそういう訳にはいかなかった。なぜなら俺の胸板の上にはセーラの安らかな寝顔があり。寝言で「もう寂しくないですからね、ヴォーンさん」という奇っ怪なセリフを口にしていたからだ。
……実を言えば、この原因は間違いなく俺にある。
昨日ギルドからホテルに帰り、適当にルシアの機嫌をとってから、俺たちは部屋に戻ってベッドに入った。色っぽい話になる事は無く、ただひたすらセーラの小言を聞いたり甘やかせたりしていたのだが、さあもう寝るかという所で俺が冗談で昔話をしてみせた。
これが、いけなかった。
どうもセーラは子供の頃から一人ぼっちだったらしく、親に昔話をしてもらった経験が無いという。ボンゾの嫁さんたちに一般教養として最低限の御伽噺は聞かされていたが、寝床でリラックスしながら昔話を聞くという経験は今まで無かった。だから、セーラは初めての経験に目を輝かせて俺の話に耳を傾けたのだ。
こうなると、途端に俺の責任は重大なものとなる。純真無垢なセーラに何を話してやればいいのか。迷ったあげくに俺が選んだ話は『桃太郎』だった。日本では知らない人の居ないくらいメジャーな話だ。必要ないとは思うが一応説明すると、桃から生まれた人間が強盗を繰り返す鬼を退治するという話である。桃太郎が盗品を独り占めしたりする所に釈然としないものを感じたりするが、勧善懲悪で単純な話だから分かりやすいと思ったのだ。こうした話を全く知らないセーラがどんなリアクションをとるか興味があったので、この話をする事にした。
先ず『鬼』を説明する所から苦戦は始まった。
これだけ亜人に溢れた世界である。『鬼』の外見を説明する段階でセーラの頭の中には様々な亜人種が候補としてあらわれる。フィクションだから難しく考えて欲しくなかったのだが、セーラは明確なイメージが無いと頭の中がこんがらがるらしく、仕方ないので俺の知ってる鬼っぽい人として『ヴォーン』をモデルとした。巨人族の彼なら鬼のイメージに近いし、こんな所で勝手にモデルにしても、滅多に会わないから迷惑も掛けないだろう。そんな軽い気持ちでヴォーンに御登場いただいたのだが、ここで困った事が。俺たちに親切にしてくれたヴォーンを悪役になど出来るわけがないのだ。セーラも納得しないだろう。ましてや、巨人族はかつての大戦以来差別されたりして大変なのだ。彼らを悪く言うのは気がひける。
また、桃から生まれた桃太郎という存在もセーラには不気味に思えたらしい。川上から大きな桃が、という下りはまだ良かったのだ。が、それを一人で拾い上げる老婆にまずビビり、次いで包丁を入れられても無傷で飛び出して来た赤ちゃんに顔を青ざめさせる。セーラにとって桃太郎は、果実に寄生する異常に皮膚の硬い人型動物となってしまったようだった。
この時点で俺は物語を大幅改変せざるを得なくなる。明らかにセーラが感情移入するのはヴォーン……鬼の方だからだ。桃太郎の名前が出ると顔を強ばらせるのだから、もう桃太郎を主人公には出来ないだろう。仕方なく俺は鬼を主人公にして物語を進める事にした。
物語の始まりはこうだ。
船乗りであるヴォーンは嵐によって見知らぬ海の浅瀬に船を乗り上げてしまう。船は壊れ、直すにも木材が無い。食料も尽きてしまったので、仕方なくヴォーンは陸まで泳ぎ食べ物や木材を探す事に。しかし現地人に怖がられてしまい、討伐の対象にされてしまう。
同じ頃、ある山奥に桃太郎という妖怪があらわれる。桃太郎は老夫婦の庇護の下で異常なまでの成長を遂げるが、その戦闘欲求は常人のそれではなかった。敵を求めて野山を駆け回り、山中の動物たちを支配した後に、悪人ヴォーンの噂を聞きつけ村を出る。犬(ロンリーウルフ)、猿(ロックマンドリル)、キジ(ブラッドバード)の群れを率いてヴォーン討伐に乗り出し、途中途中の村々で欲求の赴くままに略奪行為を繰り返した。ちなみにこの時点の桃太郎は既に人ではなく、粘菌によって異常成長を遂げたマルセルがモデルとなっている。短い間に何があったというのか。
ヴォーンのいる浅瀬の近くの村は、二つの脅威にさらされていた。ヴォーン、そして桃太郎。その後者である桃太郎が村に乗り込んで来で略奪行為を始めたその時、村を守ろうと立ち上がったのはヴォーンであった。敵と言われ恐れられようと、出ていけと罵られようと、目の前で行われる非道な行為を彼が見過ごす事など出来なかったのだ。ヴォーンは迫り来る桃太郎軍をたった一人で迎え撃った。村人を守り、ただひたすら戦い続けるヴォーン。巨人族といえど、その体力には限界というものがあり、彼は最大の敵である桃太郎と相討ちとなって倒れてしまった。
ちなみにここでの戦闘は、躍動する筋肉とねっとりした粘菌の激突という一大ハイライトだったので詳しく語りたかったのだが、セーラの怯え方が半端じゃなかったので短くサラッと流した。マルセル桃太郎が「美しい、美しいですよその筋肉! 欲しい、ホシイィィィー!!」と叫ぶシーンで泣き出したからな。ヤバかった。
マッスルパワーを使い果たして倒れるヴォーン。村人はようやくヴォーンが悪い鬼でない事を悟る。涙を流して詫びる村人たちに、ヴォーンは死に際にこう言い残す。
「あの島に打ち上げられた船を直して、私の遺体と共に海に流して欲しい。故郷に帰りたいんだ」と。
村人たちはその言葉に従い、ヴォーンが息絶えた後、壊れた船を修復する。そしてヴォーンを乗せ、船を海へと流した。船は優しい風をその帆に受け、ゆっくりと夕陽の沈む彼方へと進んで行くのだった……
というお話。もう桃太郎とは関係ない話となってしまったが、ほとんどアドリブで作った割には良くできていると思う。聞いていたセーラも感動したらしくボロボロと涙を流した。そしてこう言ったのだ。
「これじゃヴォーンさんが可哀想じゃないですか! 私、こんな終わり方悲しくてイヤです! 一人ぼっちのままなんて、私、私……」
孤独の辛さを知っているセーラには、作り話でさえ悲しく我慢出来ないようだ。もう寝るどころの騒ぎではない、号泣に近い。そこで俺はセーラを慰めるために後日談を付け加える。……それもいけなかったんだろうな。
村ではヴォーンが戦って死んだ日を特別な日として、年に一度鎮魂祭を開くようになる。ヴォーンの武勇伝は語り継がれ、特にその肉体美、筋肉美にまつわる話は人々の心を惹きつけた。鎮魂祭は時代と共に感謝祭、そして筋肉祭へと変わって行く。ここまで話した時点でセーラは泣き止み、怪訝な表情を浮かべ始めた。
そして没後100年。世界中の筋肉マニアたちの集まったその祭の最中、人々の想いに応えるように一つの奇跡がおこる。雲の切れ間から光が差し込んだかと思うと、空はまばゆいばかりの光に覆われ、次に人々が見た空には神々しい肉体美を誇るヴォーンの姿がそこにあったのだ。恍惚とした表情で空を見上げる筋肉質な男たちの前、ヴォーンはマッスル神としてこの世界に降り立ったのだった。
セーラはぷるぷると震え、顔を青ざめさせる。そして「筋肉……筋肉……」とカタコトのように単語を繰り返した。これはどういう事だ、筋肉がイヤなのか? しかしそれでは筋肉質である俺もイヤだという事になりかねない。それは流石に考えたくないな、ならば逆に筋肉要素が足りないという事ではないだろうか。そう思った俺は更に筋肉エピソードを付け加える。
マッスル神降臨と共に村は一気に活気づく。大木で作られた巨大なマッスル神輿にヴォーンを乗せ、男たちは村中を練り歩いた。ほとばしる汗、爽やかな笑顔。キラリと光る前歯に観客たちも魅了される。躍動する筋肉、筋肉、そして筋肉……。その日世界は確かに筋肉によって彩られていた。人々の笑顔の中にはヴォーンの嬉しそうな顔が。孤独の海をさまよっていた男は100年という時を経てようやく一人ではなくなったのだった。
セーラは撃沈した。
青い顔のまま笑みを作り、若干の泡をふきながら俺の腕の中で眠りにつくセーラ。少し調子に乗りすぎたかな、と俺も反省したが、寝顔はなんとなく安らかっぽかったので良しとした。……そして一夜明け、今に至るというわけだ。一晩経ってセーラの顔色も良くなっており、多少不可解な寝言を言うものの体調は悪く無さそうだった。
さて、そろそろ起きてもらおうか。
「セーラ、おはよう」
「すー……すー……」
「………」
ふむ。
「セーラ、朝だよ。そろそろ起きよう」
「すー……すぴー……」
「………」
よし。
セーラは気持ち良さそうに眠り続けている。俺はセーラが頬をすりよせている左の胸筋をピクピクと動かし始めた。
ピクッ ピクッ
「ん……んん……?」
ムキッ ムキッ
「んっ……んうっ!?」
「高速振動ーーーっ!」
ピクピクピクピクピクピクピクピク!!
「ふにゅぎゅむむむむむむむ!!」
セーラが舌を噛んだ。
「おはよう、セーラ。起きたか?」
「お、おきまひゅよ、いやれも」
口元を押さえながら涙目でこちらを睨みつけるセーラは、何だかいつもより可愛く見えた。
さて、元気良く朝を迎えた俺たちは、いつものように朝食を済ませるとボンゾの家へと向かった。今日はクロスの誘いをどうするか、ボンゾも交えて話し合う予定なのだ。なるべく早く返事をしてクロスを安心させてやりたいというのもあるが、それ以外にも周囲に良くない噂が広まらないうちにクラン結成までこぎつけたいという気持ちもある。噂というのはどんな不利益を呼ぶか分からないからな。
俺とセーラは軽装で街を歩いて行く。街の外へ行かない日はなるべく楽な格好をしたい。俺はゆったりとしたシャツに皮のズボン、セーラも柔らかい布地のシャツにジーンズっぽいズボンを穿いていた。
「セーラはスカートとか穿かないよな。苦手なのか?」
「え? いえ、苦手とかじゃないですけど……森の中にいる事が多いと、自然とズボンばかりになるんです。ほら、草で切ったり虫にさされたりしちゃうので」
なるほど。エルフが露出の多い服を着ているのはメルヘンな世界だからこそなのか。実際に森で生活してたらそんな格好出来ないよな。けど……まだ若いのにそれでいいんだろうか。
「セーラ。話し合いが終わったら、帰りに服でも買おうか。俺もそろそろ買い足さなきゃなと思ってたから、ついでにセーラもどうだ?」
「へっ!? ……あ、私今、みすぼらしかったりしますか? もしそうなら今すぐ新しいのを買って着替えて……」
「いや、大丈夫だよ。セーラは今日も文句なしに可愛い」
慌ててそう言って止める。
「ただ、セーラのスカート姿も見てみたいなと思ったんだ。セーラは肌が綺麗だし、隠したままなのは勿体ないじゃないか」
「む……なんだかエッチな感じがします」
「否定はしない。それどころか大いに肯定しよう。俺はセーラの素肌をもっと目に焼き付けたいんだ」
「うぅ……自信満々に言う事ですか、それは」
俺の言葉に苦笑いするセーラ。少し考えてから、「分かりました」と言ってくれた。ふぅ……なんとかセーラを変に落ち込ませずに済んだが、どうもセーラは自分に自信が持てないのかネガティブな反応をする。俺の言い方も悪かったのかもしれないが、服を買おうという言葉を聞いて「自分の服装が悪いからでは」と反射的に考えるのはちょっとおかしい。もう少し自分に自信を持ってもいいと思うんだけどな、本当に美人なんだから。セーラにはもっと強気な姿勢を身につけて欲しい所だ。
「カトーさんはどんなスカートが好きなんですか?」
「なるべく腰のラインが見えるものがいいな。加えるならば、太ももを綺麗に見せてくれればベストだ」
「そうですか……カトーさん大きいから、合うサイズが見つかるか微妙ですね」
「まてまて。俺なのか、穿くのは」
前言撤回。こういう会話に関しては強気にならなくてもいいと思った。
ボンゾの家についたのは朝の10時。昨日に引き続き一階の武器屋は臨時休業の立て札を出したままで、どうやらボンゾは今日も鍛冶仕事三昧らしい。俺たちは店の裏に回ると、階段を上り二階の木戸の金具を叩いた。
ゴンッ ゴンッ
「ごめんください、カトーです」
「はぁい、ちょっと待って下さーい」
この優しそうな声はクレアさんだ。セーラも声を聞いて嬉しそうな顔をする。一番懐いている相手が、クレアさんらしい。
「あらカトーさん、それにセーラも。おはようございます、今日はどんなご用事で?」
「おはようございます、クレアさん」
「おはよう、クレアさん。今日はボンゾさんに用があって来たんだが……忙しいかな」
挨拶を交わした後にそう尋ねると、クレアさんは少し考えてから言った。
「今日は本格的な作業に入るのが午後からだから、今はまだ大丈夫です。ただ、工房の方に居るので耐熱マントやローブを着てないと会いに行けませんよ。多分、主人は一日中工房から出てこないので……」
耐熱……ああ、工房は火を使うから暑いんだな。ううむ、どうしようか。
「セーラ。前に貰ったマントって耐熱性あるのかな」
「はい、大丈夫ですよ。私もだいぶ前にマントを着て工房に入りましたから」
なら大丈夫か。
俺はアイテムボックスからマントを取り出すと、それを素早く身に付けた。それを見てセーラもマントを取り出す。
「これから工房の方へ行ってみる。なるべく今日中に話しておきたい事があるんだ」
「分かりました。では案内しますね」
そう言うとクレアさんも腰につけた小さなポシェットから魔法使いの着るようなローブを取り出す。よく見ると昨日クレアさんたちが着ていたローブだった。なるほど、ボンゾの手伝いをしていたと言ってたし、あの格好にはそんな意味があったのか……勉強になる。
クレアさんに連れられ、建物内の階段を下る。螺旋階段を下って行くと、地下一階にあたる場所に出た。そこは想像以上に広々とした工房で、鍛冶仕事をする場所と言うよりちょっとした工場を思わせた。床も壁も乳白色のレンガのような物で覆われ、幾つもの魔力灯が備え付けられている。部屋の一番奥に大きな炉があり、その手前には幾つもの作業台や作業器具が置かれてあった。パッと見で俺が分かる物と言えば、恐らく剣を叩く為の台と水平を計る為の台くらいで、それ以外は良くわからない器具ばかりだ。未知の空間に少しワクワクとする。
そんなワクワクスペースの奥、炉の前に人影が二つある。一つは勿論ボンゾだが、もう一つは意外な事にヴォーンだった。……あれ?
「カトーさん……神様がいます」
「セーラ、落ち着け。現実と作り話を混同するんじゃない」
目をキラキラさせるセーラが心配だ。フィクションの影響を受けすぎるのも問題だな、もしセーラが日本に生きていたらホラー映画の影響を受けて猟奇殺人とかやりかねないぞ。鉈大好きだしな。
俺たちが工房に入って来たのは向こうも分かったらしく、直ぐにボンゾが声をかけてきた。
「おう、カトーとセーラじゃねえか。わざわざどうした」
「おはようボンゾさん。いや、話したい事があったんだが……凄い格好をしてるな。それが最近の流行りなのか?」
炉の近くまで行って気づいたんだが、ボンゾは身体の至るところに鉄製の輪っかを付けていた。一つ一つには細かな模様が掘られており、強い魔力が感じられた。決して頭の軽い若者が粋がって付けている装飾品ではない。
「おう、これな。ヴォーンの作品だが魔力の上限を引き上げる効果があるんだ。昔使ってた鍛冶スキルをまた使おうとしたら、さすがに今のMPじゃ無理だからな」
なるほど……ヴォーンがいるのはこのアイテムを持って来たからだったのか。そのヴォーンだが、先ほどからセーラの熱視線を受けて居心地が悪そうにしていた。
「わっしょい……わっしょい……」
「セーラ、あなたさっきから何を言ってるの?」
不思議そうなクレアさん。申し訳ない、それは俺のせいなんだ。まさかヴォーンが居るとは思わなかったな……。
トリップしたセーラを放置した俺は、とりあえずボンゾに話をする時間があるか尋ねた。炉の温度が上がるまでまだ時間がかかるらしく、30分くらいは暇だから問題ないと言う。そこで、俺はクランの件を話す事にした。ヴォーンとクレアさんも交える形となったが、聞かれて困る話ではないので構わない。
クラン結成に協力して、メンバーに加えてもらう。その話にはメリットしかないような気がしていたのだが、ボンゾにはそう思えなかったらしい。難しい顔をして唸った。
「カトー、確かにそれは良い話だ。ただ俺は本職が鍛冶職人兼武器屋なんでな、このままクランメンバーに加わると本職に戻れなくなるんじゃねえか?」
「……そうだな。確かに団体に所属するという事は拘束時間も発生するようになるし、鍛冶仕事に集中する事は不可能だろう。参ったな、確かにボンゾさんには良い話じゃないか」
ボンゾは鍛冶仕事に戻りたがっている。一応一年間俺と冒険者をする契約を結んだが、そんなのは家族同然となった今ではいくらでも融通を利かせられる。今からでも鍛冶仕事に本格的に復帰して貰っても構わないのだ。が、クラン結成となるとそうは行かないだろう。俺にとっては良い話でも、ボンゾには良くない話なのだ。しかしボンゾはそんな俺の予想を否定するように続けた。
「いや、良くないってわけじゃねえ。さっき言った通り、俺にはまだまだ魔力が足りない。だから強力なモンスターをバンバン倒して魔力を成長させる必要がある。クロスたちとなら高ランクの仕事も受けられるだろうし、必然的に成長させる機会も増えるだろうさ。しかしな、ずっとクランに所属するとなると商売に支障が出るんだよ」
そこに重ねるように、隣のヴォーンが付け加える。
「店を構える者は皆、それぞれの組合に所属している。そこでのルールの一つに、特定の団体を贔屓にしたり専属契約を結んではならない、というものがある。もしボンゾがクランに所属するとなると、そのルールに抵触する事になるかもしれん。実際に専属契約をしていなくとも、周囲はそう見なすだろう。ボンゾはこの街においてそれなりに名前も知られていて影響力もある。クラン所属は様々な尾鰭をつけて噂となるだろうな」
「面倒くせぇが、ヴォーンの言う通りだ。木こりをやる時は日雇いだったからまだマシだったが、それでも組合の奴らが確認に来たからな。俺が参加するのは、クロスたちにも迷惑をかける可能性があるんだ」
ややこしい事になってるんだな。しかしそれならクランの件は断るしかないか。……ん? いやまて、ルシアのような形でも良いじゃないか。彼女は正式メンバーじゃないけどクロスたちと同行している。正式所属は教会だったハズだ。
「ボンゾさん。ならボンゾさんはフリーのままで、クエストを受ける時だけ『協力者』として同行するのはどうだろう。それなら商売にも悪い影響を与えないし、いつでも本職に復帰出来るんじゃないか。必要なだけの魔力値を確保するまで協力して、その後は鍛冶仕事に専念するという形ならボンゾさんにデメリットは無いと思うが」
「おめぇ、そりゃ俺にばかり都合がいい話だろう。向こうがその条件を飲むと思うか?」
「思う。クロスは無駄に良い奴だから、ボンゾさんの希望は問題なく受け入れるだろう。なぁ、セーラ」
「そうですね。クロスさんは優しくて良い人ですし、ボンゾさんの事もちゃんと考えてくれますよ」
直感スキルのおかげで、セーラのお墨付きは強力だ。ボンゾもセーラの言葉を聞いて決心がついたのか、納得するように頷いた。……俺の説明、もしかして意味ないんじゃないか?
「分かった。その条件が通るなら、俺もクラン結成には賛成だ。クロスはこの街の英雄の一人だからな、一緒に仕事が出来るなら良い経験になりそうだ」
「そうか。なら俺の方からクロスに伝えておく」
何か釈然としないものを感じながらもそう答える。
「じゃあ、話が進展したらまた報告に来るよ。それまでは、鍛冶仕事に専念しててくれ」
「おう。すまねえな」
話はこれにて終了。さあてこれからクロスの所にでも行くか、ときびすを返そうとしたその時……そばにいたセーラがトコトコとヴォーンに近づくのが見えた。ん?
「ヴォーンさん……」
「む? どうしたセーラ殿。先ほどからこちらを見ていたが、何かあるのか」
「ヴォーンさんもクランに入りませんか?」
………っ!?
「いや、そうするつもりは無いが」
「でも……でも、一人ぼっちは寂しいです!」
「妻がいるので寂しくも無いのだが……」
不味い、セーラは未だに混乱中だ。俺は慌ててセーラを担ぎ上げて、工房から出て行く。セーラは必死に抵抗した。
「離して下さいカトーさん! 筋肉、筋肉以外にも友達を作る方法はあるハズです!!」
「悪かった、悪かったから落ち着けセーラ! 俺が全部悪かったから!」
「かーみーさーまーーーっ!」
「落ち着けぇえええええっ!!」
バタバタと階段を駆け上って行く俺たち。それを見送りながら、ボンゾたちは呆れた風につぶやいた。
「ありゃまた何かカトーがおかしな事を吹き込みやがったな」
「カトーさんと知り合ってから、どんどんセーラが壊れて行くわ……。婚約、本当に良かったのかしら?」
「筋肉…………」
そんな事を言われているだなんて知らないまま。俺は必死でセーラを宥めながら、ボンゾの家を後にするのだった。




