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休日のミッション 終幕

 森の上を1羽の大きな鳥が飛んでいる。言うまでもなく俺&白鳥であり、その白く長い首に跨がるのはリリーだ。ちなみに俺は木こり時代の作業着に着替えている。今更だが、穴あきパンツはさすがにセクハラだからな。


「こ、恐っ! カトーさん無理、私無理だってばさ! 下ろしてってば!」


「リリー、それはどこの訛りだ。それに森の中は結界だらけだから、こうして空を飛ぶのが一番速いんだぞ」

『グワッ。グワワァワ、クカァッ』


「ちょ、動かないで! あ、や……やぁん、やめれってばねっ!!」


 ペシンと白鳥の頭を叩くリリー。白鳥は上機嫌にヘッドバンキングをかまし、リリーは更にエキサイトした。





 あの後。俺は自分とリリーの身体を魔法でしっかりと治療してから、次にマルセルの遺体を回収した。精神的にタフになったのか、リリーはさほど怖じ気づく事無く作業を手伝ってくれた。しかし……やはり、堪えるものがあったのだろう。作業を終えるとリリーはフラフラと力を抜いて座り込んだ。俺も平気な顔をしていたが気分はそれなりに悪かったので、少しばかりの休憩を挟んでから、白鳥に乗って帰る事にしたのだ。その休憩時に聞いたのだが、リリーはマルセルの所属する薬草販売会社の採集活動を警備する仕事を請け負っており、その過程でマルセルに目を付けられて襲われたのだと言う。今日はマルセルに誘われて作業現場の下見に来ていたそうだ。

……一人だけ呼び出されて下見とか、怪しいと思わなかったのだろうかとも思ったが、さすがに可哀想だからそれを言うのは止めておいた。そんな事を話した後、しばらくしてやや元気を取り戻したのが、冒頭のやりとりになるのだ。






「そう言えばカトーさん。気になっていた事があるんですが」


「……リリー。同い年なんだから、口調は普通で良いぞ。訛っていても気にしないよ」


「訛りの事は言わないで! コホンッ……じゃあ、聞きたい事があるんだけど良い?」


「ああ。俺に答えられる事なら」


 やはり同年代の人にはかしこまって欲しくない。リリーはやはりタメぐちの方がしっくり来た。


「あの男も言ってたけど、何故私が危ないって分かったの? 私今回の仕事、結構急に決めたから、お母さんでも今日私がどこにいるか知らないくらいなのに」


 ………。


 そう言えば普通は疑問に思うよな。説明が難しいが、頑張ってみるか。


「まず始めに蜂蜜を採ったんだ」


「いきなりわけ分かんない……」


「それで、日頃お世話になってる人や友人に配ろうという話をセーラとしていたら、リリーの名前が出た」


「ああ、そうなんだ。セーラさん、まだあんまり話とかしてない私も友達って思ってくれてたんだね……」


 勿論だとも。セーラは基本的に人懐っこい所があるし、寂しがりやだ。リリーのように良い人なら直ぐに友達になりたがるだろう。そう言うと、照れくさそうにリリーは頬を掻いた。


「で、リリーの居場所が分からなかったから水晶で占ったワケだ」


「どうして!? カトさんの行動原理が分からない!」


 カトさんて……そんな風に呼ばれたの久しぶりだぞ、中学以来か。コメディアンみたいで何かウズウズしてくるな。現時点でお笑いの人みたいなもんだが。


「リリーは覚えてるかな。ボンゾさんちに水晶占い出来る人がいるんだ。銀髪の、背の低い……」


「う゛っ」

 固まった。


「リリーを気に入ってたみたいでね。快く協力してもらえたよ。で、居場所を特定したらちょうど危ない場面だったわけだ」


「そ、そそそそそうなんですか、それはご苦労様ですすす」


「で、白鳥に乗って助けに来た」


「そこが分からない」


 動揺してた割には立ち直りが早いじゃないか。白鳥に乗って来たんだぞ? 白馬の王子様みたいにときめいてくれても良いというのに。しかしこれ、どう説明したもんだろうな。


「行き倒れになりかかっていた白鳥を助けたら、お礼に合体してくれたというのはどうだろう」


「どうだろうって、私に聞かないでよ。……うー、もう良いわ。きっと話せないような理由なんでしょ? 格好からして恥ずかしいし、理由もろくでもなさそうだから、聞かないでいてあげる」


 大体合ってる。パンツ入手の経緯は確かにアホ過ぎるからな。加えて白鳥パンツ覚醒に関しては忘れたい過去だ。ついでに言えば、その手前の犬の鼻云々に至っては封印処置が成されている。





 俺の説明を一通り聞き終えたリリーは、大きく一つため息をついた。とりあえず俺のやってきた経緯は納得したようだ。しかしスッキリしたかと思ったら、表情は沈み始める。……ん?


「ありがとうございます、助けに来てくれて。きっかけを作ってくれたセーラにも、お礼言わなきゃ。けど……私ってやっぱりダメだなぁ」


「何がダメなんだ? 今回の件はあの兎人族の女性の言う通り、相手が悪すぎた。普通の人間なら一撃で殺されてるぞ、寧ろよく俺が駆けつけるまで持ったと感心したくらいだ」


 そう、レベルやステータスを考えたら殺されてるはずなのだ。あのヒトモド木に関しても、マッスルスネイクくらいの強さはあるだろう。集団で襲われて生き残れたのは奇跡に近い。そう言うと、リリーは苦笑いして冒険者カードを取り出した。


「成長期とは言っても、私ってまだ一人でウドウッドも倒せな……ブフォッ!?」


 なんだなんだ、噴き出したぞ! そんなに楽しい事が書いてあったのか、俺にも見せてくれ! 後ろからリリーの手元を覗き込むと、そこには彼女の現在のステータスが記されていたのだが……。


 あれ?


 これボンゾか?


 恐ろしい事に筋力以外はボンゾ並の数値が並ぶ、やたらとタフなステータスがそこにあった。リリー……性別偽ってないよな。


「これからリリーを姉御と呼びたい」


「やめてよ、カトさんに姉御とか言われたら一体何歳になるのよ私!」

……それは俺が老け顔ってことか。酷くないか?

「あれ、あれ、何で? これ幾らなんでもおかしいでしょ、私化け物じゃない!!」


 その二倍近いステータスの俺は怪物だな。今自分のを確認したら軒並み三桁超えてたよ、奇人変人宇宙人の世界だ。


 ここまで大きな変化を起こすとすれば、もう俺の成長補正スキルが関係しているに決まっている。それはさすがに分かるのだが、はて俺はいつの間にリリーとパーティーを組み直したのだろうと首を傾げる。いや、そもそも前に彼女と組んだ後、解散の手続きってしてたっけ? えーと……


 してない。完全に忘れてた。


 リリーのカードをもう一度見ると、その隅にパーティー結成中の印が浮かび上がっている。これだ。パーティー結成状態が継続しているから、こんな不思議な成長を遂げていたんだ。しかし……いくら何でも、効果範囲と時間が長すぎだろう。ゲームでは一定以上の距離が離れ、時間が経過するとパーティーメンバーと認識されなくなるのだが、この世界ではそうならないのだろうか。


 そう言えば俺の成長補正スキルには『限界突破』という記述がある。もしかしたらこれが関わってるのかもしれないな、効果範囲の限界を突破、とか。この項目が現れたのはボンゾのMPが成長した時、一昨日の切り株戦だ。俺は試しにその次の日、リリーに何か変化が起きていないか聞いてみた。


「リリー。昨日、やけに身体の調子が良くなったりしなかったか? 身体が軽かったり、いつもより頭が冴えていたりとか」


「え? あれ、なんで分かるの? 確かに昨日急に仕事の予定が入ってバタバタしてたけど、準備に追われて街を走り回ってたらどんどん身体が軽くなってったの。転けてもあまり痛くなかったし、丈夫になったなーって思ってたのよ。……これ、関係ある?」


 関係ありまくりだ、明らかに成長補正が掛かっている。つまりアレか、パーティー結成の手続きをしたらずっと成長補正を受けられるようになるワケか。反則にもほどがあるし、ルシアの言っていた通り危険すぎるスキルだ。けど今回はそのおかげでリリーを救う事が出来た。リリーはどうにもトラブルに遭いやすいようだから、このまま補正を受け続けて貰おう。


「これはなるべく秘密にして欲しいんだが、その異常な成長は俺のスキルのせいなんだ。ボンゾさんやセーラのステータス見ただろう、ボンゾさんはともかくセーラはその効果で強くなったんだよ」


「あー……なんか納得した。冒険者成り立てなのに私より強かったから、私結構自信無くしてたのよね」


「良かったな。今のリリーは持久力ならボンゾさんより上だと思う。タフネスが服着て歩いてるようなもんだ。タフ姉さん……タフ姉という愛称とかつきそうだぞ」


「今度は女として自信無くしそうなんだけど……でもそっか、カトさんのおかげなんだ。ありがとう、カトさん。命を助けて貰えて、尚且つ成長までさせてくれた。どんなお礼をしたらいいか分からないわ」


「そうだな……。なら、しばらくこの白鳥の事は秘密にしてくれ。俺は別にいいんだが、セーラやボンゾさんが知ったらまた脱力させてしまうからな」


「あはは、それはちょっと無理かも。ほら」


 リリーが指をさした方向に目を向ける。いつの間にか森は終わり、眼下には街道が伸びていた。そして遠くに見えるフォーリードの街の北門、その前には小さくボンゾやセーラ、フィオナさんたちの姿がある。ああ、もうごまかしようがないな。というかどうせ、フィオナさんの遠見でとっくにバレてそうだ。ならもう遠慮する必要などないだろう。


「白鳥君、挨拶だ! 元気な姿を見せてやろう!!」

『グワッ!』


「ぇ、何言って……キャアァァァァァァァァッ!!」




 大空に白鳥が羽ばたく。急上昇にきりもみ回転、くるくると飛び回る。リリーにしがみつかれた白鳥はやけにご機嫌で、俺すら酔いそうな空中ショーは、錯乱したリリーが白鳥の首を絞めるまで続いた。










 さて。


 現在夕方の5時。俺は冒険者ギルドの最上階にあるギルドマスターの部屋に来ている。余りの急展開に度肝を抜かれただろうが、それは俺も同じだ。いや、色々とあったのだが説明が難しい。


 まずボンゾに「ムチャすんなっつっただろ!」と怒られ、セーラに「うわあぁぁぁん!」と泣きつかれ。クレアさんに呆れられサラサさんに笑われ、フィオナさんに至ってはニタァ……と邪悪な笑みを浮かべられた。そして一緒にいた憲兵に色々報告を迫られ、マルセルの遺体を引き渡した後はギルド職員から白鳥の件で説教を受けた。


 どうやらフィオナさんは俺が出て行った後にホテルのセーラと連絡をとったようだ。で、次に事件が起きたという事で憲兵に連絡。リリーの家族にも伝えなければいけないから、所属するギルドへも連絡したという。その時、同時期に「白鳥に跨がった男が空を飛んでいる」という報告が上がっていたが、それがフィオナさんの遠見で俺の事だと発覚した。


 結果、俺はめちゃくちゃ怒られる事になった。まぁ仕方ない。しかし同時にマルセルとの一件が水晶を通して皆に伝わっていたので、わざわざ説明をしなくて済んだのは助かった。さすがに説明下手な俺には、今日の一件を説明するのは無理だったろうからだ。皆は北門憲兵詰め所に集まり、そこでフィオナさんの水晶を見ながら俺たちの帰りを待っていたらしい。


 説明はしなくていい。説教も嫌になるくらい受けた。リリーは俺から蜂蜜を受け取った後、やってきた母親と一緒に家に帰ったし、これで用事は終わりのはずだ。サラリと流してしまったが、本日のミッションはこれでめでたく達成、本来であれば小躍りして喜ぶ場面である。しかし俺は白鳥と共にブレイクダンスを踊る事も出来ないまま、ギルド職員にギルドへと連行される羽目になった。勿論白鳥は解除だ、あの格好で街を歩くのは俺でも勇気がいる。


 ギルドへの付き添いだが、頑なに離れようとしないセーラが一緒に来る事になった。どうにも心配をかけ過ぎたようで、セーラはずっと腕にしがみついて離れない。マルセル&粘菌相手に珍しく苦戦したり、粘菌増殖を止められず焦った俺の姿を見て、セーラは気が気でなかったのだとフィオナさんが言っていた。すまないなセーラ、不安にさせて。しかし離そうとすると「やっ!」と言ってしがみつく姿はかなり可愛いぞ。幼児退行するくらい心配させたのだから反省すべき所なんだけど、なんだかほっこりしてしまった。


 そして現在。セーラと二人でギルドマスターと呼ばれる老人の部屋に来ている。豪華な応接間という感じの部屋なのだが、ここには俺たちの他にクロスの姿もあった。クロスは俺とセーラの様子を見て苦笑いを浮かべている。ギルドマスターはフサフサの長い白髪と長いヒゲが目立つ老人だが、親しみ易い雰囲気で、体裁に困った俺を見て「気にするな」と笑った。


「さて。今回お主を呼び出したのは、事件の詳細を報告してもらうだけでは無い」

 皆が長椅子に腰をかけると、ギルドマスターは言った。

「実は報告にプレストという名前があった事から、大体は推測してるんじゃよ」


 どうやら戦闘のみならず、あの二人との会話も聞かれていたらしい。俺は反射的にギルドマスターに尋ねた。


「プレストという人物は何者なんですか。どうやらあなたの事を知っていた口振りでしたが」


「うむ。……恥ずかしい話ではあるが、ワシが小さい頃に惚れておった相手でのう。よく森に行っては彼女の姿を探したもんじゃ。あれでもう70年は生きておる、実際はもっとじゃろうなぁ」


 ババアどころの騒ぎではない。本当に何者だ。というかアンタの初恋なんて今は関係ないだろう……ちょっと興味はあるけど。


「ワシらは森の守り人と呼んでおった。このフォーリードは二回隣国に攻めいられておるが、その二回とも彼女とその仲間の助力を得て防衛に成功しておる。この街の古い住人でプレストの名前を知らない者はおらんじゃろうなぁ」


「一緒に黒いマントの痩せた男も居ましたが」


「そちらは分からん。報告によれば光る雨を降らせたとあるが、そんな魔法は聞いた事もないわい。ただ……そこまで強い者が仲間に居る、というのは気になる所じゃな。プレストは基本的に表に出んし、仲間もおなごばかりのハズじゃが」


 そこまで言って、ギルドマスターはヒゲを撫でながら神妙な顔をして声をひそめた。


「彼女が動く時は、決まって災いが迫っている時。その時に戦えるように、普段は眠っていると言っておった。お主は実際に彼女に会って、どう見えた? よぼよぼの婆さんに見えたかのう」


「いや……」

 それは無い。どう見ても現役バリバリの迫力があった。

「若かった。多分、俺とそう変わらない肉体年齢だろう」


「そう。彼女は悠久の時を生きておる。何故かは知らんがのう。災いが起こる時だけ目を覚まし、それを退けたらまた眠りにつく。そんな存在なのじゃよ」


 災い。

 マルセルの言っていた邪教徒の動きなのだろうな。彼女は奴らと戦う為に起きた、と。本当にそうだとしたら、なんて辛い生き方だ。


 俺がそんな事を考えていると、隣のセーラやクロスたちも話の突飛さに驚いているようだった。セーラもクロスも伝説として聞いてはいたらしい。


「本当にいたんですね、守り人。ただの御伽噺だと思ってました」とは、セーラ。「災いを察知したなら、街の人と協力したらいいのにな」とはクロス。確かにクロスの言い分は理解できるが、あれだけの力を持ってたら利用しようという連中も出てくるだろうし、彼らが隠遁するのも分かる。


 彼らがどんな情報を持っていて、どう動いているのかは分からないが……知らせないという事はまだその時ではない、という事なのだろう。もしくは何か事情があるのか。……あ。


「そう言えば、伝言があった。プレストからギルドマスターへ、『いざという時にはこちらも動くが、まだ本調子ではないのでそう手助けは出来ない』との事だ。彼女を頼りにするのは、止めた方がいいかもしれないな」


「そうか……。うむ、分かった。本国に知らせ、いざという時の為に上級冒険者たちにも知らせを出しておこう。緊急な呼び出しにも対応出来るようにしてもらわねばな」


「俺たちも協力する」


 当然の流れだと思ってそう言ったのだが、俺がそのセリフを口にした途端、ギルドマスターとクロスは困ったような顔をした。……なんだ、変な事言ったか?


「カトー、その事でちょっと困った事が起きてるんだ」


「……ワシから説明しよう。なに、お主が何か悪い事をしたのではない。むしろこの場合、ワシらの方に問題があるのじゃろうな」


 なんの事やら。俺とセーラはチンプンカンプンという表情を浮かべながら、ギルドマスターの説明を聞く。その内容はまるで予想外なもので、俺は困惑の表情を隠す事が出来なかった。







 冒険者ギルド。ファンタジー系のオンラインゲームでお決まりの存在であるが、その実態にまで意識を向ける人間など、まあ居ないだろう。ゲームの中の話だし、そこで得られる報酬の出所などを気にしてゲームをする奴などまず居ない。だがここはゲームの世界によく似た異世界であり、中途半端にリアル。当然冒険者ギルドも妙にリアルなようだ。


 まず冒険者ギルドはそれぞれの街の企業や団体、時には国の支援などで成り立っている。だからそもそも冒険者という制度の無い国もあるし、あってもルールがまるで違うという事も多々あるという。ゲームのようにどこにもあって気軽に利用出来る存在ではなく、このフォーリードのようにゲームに近い体裁を保っている所の方が珍しいようだ。


 フォーリードのギルド事情で言えば、まずそれぞれの企業が出資して、ネームバリューを高めているというのが一つ。街の安全と平和にどれだけ貢献しているか、という所でポイントを稼いでいる。そしてもう一つが、それぞれの企業で優秀な冒険者を雇い、活躍して賞金をガンガン稼いでもらう。そして彼らの活躍はそのまま雇った企業のイメージアップに繋がる、という仕組みだ。因みにクロスの妻であるアメリアは巨大企業の娘。そしてヴァンドームという看板を背負った冒険者でもある。


 こうした仕組みが出来上がっていると、どうしても余所者、新参者は入り辛い。各企業の雇う冒険者は殆ど元兵士や貴族、英才教育を受けたエリートで固められている。充分な支援を受けた彼らは自然と早く高ランクの仕事を受けられるようになり、パトロンを得られない一般の冒険者は長い間低ランクの仕事を受け続ける。だから後者の収入は決して良いものとは言えず、その癖危険は他の職業とは比べものにならないという最悪な状態。最近は改善が見られているらしいが、長続きせず辞めて行く人間が多いのは変わらないという。


 そんな状況で、パッと出の新参者が活躍している。言うまでもなく俺たちだ。ギルドマスターは苦々しい顔で説明を続ける。


「カトー君たちは短い期間で手柄を立て過ぎたんじゃ。今回の件は勿論、ここ最近の盗賊騒動やモンスター騒動で、カトー君の名前が頻繁に取り上げられておる。これは、どうしても嫉妬や反発を招く」


「これは俺も実際に耳にしてるんだがな」

 クロスが続けた。

「ギルド職員や冒険者の間で、カトーが盗賊と繋がってるんじゃないかという噂が広まっている。不自然に早く、な。他の冒険者、そしてバックの企業連中のやり方だよ。分かりやすい」


 ………。


 また面倒くさい事になってるな。


「もしかして、ほとぼり冷めるまで謹慎していた方がいいのか? 仕事が出来ないままなら、俺も冒険者をやめて別の仕事を探さなきゃならないが」

 俺は隣のセーラを見てから言う。

「俺はともかく、妻になるセーラや仲間たちに肩身の狭い思いはさせたくない。この街で生きる以上、無闇に敵を作るのは避けたいんだ。冒険者を続ける事でそうなってしまうのなら、俺はさっさと辞めるぞ。推薦してくれたクロスたちの事を考えたら心苦しいけどな」


 冒険者にこだわる必要なんて無いもんな。スキル成長のおかげで大抵の仕事は出来そうだし、俺自身が元々何かを作るのが好きな人間だ。セーラみたいな強力なパートナーもいるし、例えば服飾関係なら色々楽しい事が出来そうだぞ。俺がデザイン考えてセーラが作る、とか。……あ、ダメだ。俺のデザイン経験ってオートキャド使った機械設計くらいだわ。


 俺が冒険者を辞める方向で脳内シミュレーションをしているのが分かったのか、クロスが慌てて声をかけて来た。


「いやいやいや、カトー、大丈夫だ。お前が盗賊と繋がってるだなんて噂を信じる奴は、まともな奴じゃない。第一ここまで貢献してくれた人間を追い出すような事じゃ、このギルドはおしまいだ。なぁマスター」


「うむ。ワシらも、どうにかして現状を変えたいと思っておる。しかし現実問題としてすぐに変わるものではない上、カトー君たちをこのままにしておくのも色々とマズい事になるのではと考えた。そこで、じゃ」


 ギルドマスターの目が鋭くなった。クロスの顔も真剣だ。きっと、これが俺を呼んだ要件なのだろう。


「どうじゃろう。クロス君と共に、クランを結成してみては」




 ………。


 クラン。冒険者の集まりの、アレ? 仲良しグループみたいなヤツ。……なんでまた。


「カトー、これは俺からもお願いしたかったんだ。実は俺たちのパーティーは基本的にアメリアと俺、そしてフレイの三人でな。ルシアは教会所属で正式なメンバーではないんだ。正直に言うと、仕事をするには戦力不足だし安定しない。加えて……」

 クロスは頬をポリポリと掻いて言う。

「ここだけの話だが、俺はマンディール国の諜報員みたいな仕事もしていてな。パーティーを離れる事もあって活動自体が不定期になりやすいんだ。カトーたちが加わってくれたら、非常に助かる」


 なんとまあ凄い新事実が。いや、確か昼に言ってたか。国のお偉いさんにスキルを知られているとか。案の定こき使われてるじゃないか、大丈夫かクロス。


「それにのう。クロス君と組むなら、後ろ盾に大企業のヴァンドームがつく事になる。これは今後活動して行くにあたって大きなプラスになるじゃろう。クロス君自身もこの街では英雄と言っていいほど活躍しておる。彼と一緒なら高ランクの仕事に挑戦出来るし、悪い話では無いと思うぞい」


 ふうむ。なんだか話が急すぎて頭が追いつかないな。ええと、冒険者として活躍するならパトロンが居た方がいいんだよな。今俺たちに向けられてる悪意からも、ヴァンドームみたいな企業が後ろにつけば守ってくれる、と。クロスも俺たちを招き入れる事で戦力不足を解消したい。双方にとって、良い事ばかりな選択と言えるだろう。確かに良さそうではある。


 俺はセーラに聞いた。


「なあセーラ。俺はこの話、受けてもいいんじゃないかと思うんだがセーラはどうだ?」


 彼女の直感に頼ってみる事にした。すると、セーラも少し考えてから答える。ここに来るまでは泣きはらしたような顔だったのに、今では明るい笑顔を見せるまでになっていた。


「はい、私もそう思います。きっとクロスさんたちと一緒なら、楽しい事が沢山あるような……そんな予感がするんです。ボンゾさんにも相談しなきゃダメですけど、きっと承諾してくれると思います」


 セーラがそう言うならきっとこの選択は当たりだ。でもボンゾにとってこの話はどうなんだろう。鍛冶仕事もして行きたいって言ってたし、邪魔にならないといいんだが。


「悪いが他の仲間にも相談したい。即答出来ないんだが、返事を待ってもらって構わないだろうか」



「勿論じゃ。クロス君はどうかね」


「構わないですよ。俺もしばらくフォーリードに留まりますし、時間に余裕はありますんで。……カトー、良い返事を期待している。俺は勿論、アメリアやフレイたちもお前の事は気に入ってるんだ。きっとお前の仲間たちとも上手くやれるよ、俺が保証する」


 ここまで熱心に誘われたら、やっぱり悪い気はしないよな。


「分かった。早速明日、仲間と相談してみるよ。なるべく早く返事が出来るようにする」






……こうして。


 長い長い休日の騒動は終わりを告げた。俺にとって予想外すぎる展開ばかりだったが、しかし色んな事が見えた1日だった。ニーダという邪神を崇める危険な連中、謎の二人組み、ギルドの事情。クロスからの誘いもビッグイベントと言えばビッグイベントだ。何だか一気に色々起きすぎて、目が回りそうだな。


 ギルドを出ると、日はすっかり落ちていた。街には至る所に魔力灯の明かりが灯り、揺らめいている。俺たちはホテルへの道を行きながら、今日起きた事を反芻していた。


「セーラ。何だかゴメンな、色々心配させて」


「いいです、カトーさんが無事でここに居てくれるなら。それにリリーさんを助けてくれましたし、私はカトーさんのやった事は良い事だと思ってます。マルセルさんの事だって、悲しいですけど仕方ない事だったんだって……割り切れますし」


「マルセルとは、セーラたちの方が付き合い長かったんだよな」


「はい。嫌な感じは確かにしてましたけど、仕事に関しては真面目な人でしたから。裏であんな怖い事してたなんて、気づきませんでした」


 そう言って、セーラは俺の腕に抱きつきながら身を震わせた。


「怖いですね、人って。どうしてもっと仲良く出来ないんだろうって思います。笑顔で悪い事をしていたマルセルさんも、嘘でカトーさんに嫌がらせしてる人たちも」


「でもクロスみたいな人もいる。俺も彼の事はそんなに知らないけど、真面目で誠実な人間だと思ってるよ。クランの話を聞いた時、セーラもなんとなく感じていただろう?」


「……はい」


「大丈夫だよ。それにどんな悪意が襲いかかって来ようが俺が守るから、セーラは安心してくれ。今日沢山心配させてしまった俺が言っても説得力ないかもしれないけど、セーラは俺がずっと守って行くから」


「カトーさん……」


 今普通にスラスラ言葉が出たけど、こんなクサい台詞を俺が言う日が来るなんて思わなかったな。若干恥ずかしいんだが、純粋なセーラは感動してくれているようだった。……うん、スレた女の子より純朴な女の子の方がいいよ、こうして格好つけられるから。これで心の中で「プゲラ」とか言ってたら死ぬけどな。


 嬉しそうに抱きついてくるセーラを宥めつつ、俺はそんな事を考えながらホテルへの道を歩いた。






 で、だ。


 ホテルについたんだが、これは一体どういう状況だ。




「フレイッ!」


「お姉様っっ!!」


 ロビーで周りの目も気にせず抱き締め合う、アメリアとフレイ。二人は涙を流していた。何が何だか分からないが、話し合いは上手くいったのだろうか。俺とセーラが呆気にとられていると、少し離れた所にいたルシアが近づいて来た。


「カトーさん、ありがとうございます。カトーさんのおかげで仲直りしてくれましたよ、それはもう盛大に」


「あ、ああ。仲が良いにこした事はないから、それはめでたい事なんだろうけど……」


 ひしっと抱き合う姿はちょっと異常だ。特にフレイの目がハートマークを飛ばしまくってそうなくらい情熱的なのがどうにも……


「なんだか途中から、アメリアさんがどれだけフレイちゃんの事を大切に思ってるかを力説し始めたら雰囲気がおかしくなっちゃって。もうかれこれ一時間近くこんな調子なんです。優しさレーダー振り切っちゃって、むしろ愛になってるんです。私、雰囲気にあてられちゃって。カトーさん、お食事がまだなら食堂へ行きませんか? さすがにあれは私の目に毒……」


 ふと、ルシアの視線が横にズレる。セーラが不安そうに俺にしがみついてるのを見て……ガックリとうなだれた。


「優しくない……現実って優しくない……」


 おいおい、ルシア。泣くな。泣かないでくれ。







 結局、この後俺は食堂に行ってセーラと二人でルシアを宥める事となった。本日の出費、さらに2万Y。自棄シュークリーム大会が目の前で繰り広げられるのを見ながら、クロスたちと組むとこれが日常茶飯事になるのか、と少し冷や汗が流れた。



 まぁ……賑やかなのは良い事だよな、うん。








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