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休日のミッション リリー編(4)

 繰り出した拳が、大木のようなマルセルの剛腕を粉砕する。森の中にまるで雷が落ちたかのような炸裂音が鳴り響いた。それは本当に一瞬の出来事。マルセルは左手に持った銅の剣を振り上げた状態で固まった。


 駆け出した俺の動きは、まさに稲妻だったのだろう。


 能力補正値は+250。スピードに関しては+300から少し下がるのだが、他の能力が飛躍的に伸びた分、数値以上のスピードを出したのかもしれない。俺は一瞬でマルセルの懐に飛び込むと、ガードしていたマルセルの右腕に右ストレートを叩き込み、これを粉砕した。


「あ……ぁあ、あ……?」


「悪いな、マルセル」


 そして隙を逃さず、困惑して動きの止まったマルセルの左手目掛けて上段蹴りを放つ。


「ふんっ!」


「ぬあっ!?」


 右上段蹴りが綺麗に決まり、左手の銅の剣を弾きとばす。そしてその剣を拾うのではなく、そのまま更に上段蹴りを放つ流れでマルセルの左手に両足を絡ませる。そして……


「うぉらぁっ!!」


「ぬおあああっ!?」


 後方に勢い良くバク転した。右腕を破壊されたマルセルは受け身を取る事も出来ず、俺の思惑通りに凄まじい勢いで吹っ飛び、また大木に激突した。


 技の名前は無い。強いて言えばレスリング技のムササビに近いし、足を絡めるまでの流れは柔道で言う飛び関節に分類されるかもしれない。この技は中学生の頃にプロレスラーに憧れて自分で作り上げた技だ。練習相手はヤクザだった。


 マルセルを吹っ飛ばした俺は、地面に刺さっていた銅の剣を抜き取る。ボンゾの叩いた剣をマルセルなどに使わせてたまるか。リリーの方へと軽く投げると、彼女は焦りながらもしっかりキャッチした。


「ありがとうございます!」


「いや構わないよ。とにかくそれでしっかり身を守ってくれ、これからそっちに気を遣ってやれなくなるかもしれない」


 そう言葉を交わしてる間に、マルセルはヨロヨロとだが立ち上がる。苦々しい表情をしてはいるが、それほどダメージを受けているようには見えなかった。


「……驚きましたよ。まさかここまで飛躍的に能力が上がるとは。私の子供たちが簡単にやられるわけです」


「子供? 俺は子供なんか殺しちゃいないぞ」


「……文字通りに受け取らないでもらえませんかね。私の『作り上げた』子供たちですよ」


 言いながら、マルセルは残された左腕でこちらに攻撃を仕掛ける。伸びて来た腕を左フックで弾き飛ばしながら、俺はマルセルに問う。


「さっきのヒトモド木の事か、一体何人兄弟なんだ!」


「ははははは、そうではありませんよ。確かに言うなれば兄弟みたいな物かもしれませんけどねぇ……」


 ズズズ、とマルセルの立つ地面からまた粘菌が這い上がって来る。エンドレスかよ。


「初めて満足行く出来となったのは、魚でした」


「は?」


 魚? 魚のモンスター化……んんっ?


「フォーリードの銀槍と呼ばれた豪傑を倒した時は、狂喜乱舞したものですが……あなたにアッサリ殺されてしまいましたねぇ」


「まさか、あのサハギンか!? ならクロスたちの仲間を殺したのは……」


「ええ、私の子供ですよ」


 なんてこった。こいつか、こいつがクロスたちの仲間を……。一気に頭に血が登るのを感じた。しかし、ここで平常心を失っては相手の思う壺だ。堪えなければ!


「その後、あなたの方から私のテリトリーに飛び込んで来てくれたので、厄介なドワーフとエルフもろとも始末しようとしたら……私の自慢の子供たちを二度も撃退されてしまいました。全く、あなたは疫病神以外の何者でもない」


 バンプウッドまでコイツの仕業かよ、本当に全部繋がったぞ。マルセルは顔に笑みを取り戻しているが、そこには若干の悔しさを滲ませていた。表情を装えないくらい、悔しかったのだろう。


「バンプウッドは索敵にも曖昧にしか引っかからなかったが、ステルス能力まで身につけてたのかッター!」


 右手を突き出し、ウォーターカッターを放つ。水の刃がマルセルの右腕をまた切断した。


「ぐぁっ!? あなたセコいですね!!」


「良いから質問に答えないかッター!」


 ビュンッ ビュンッ


「ひぃいいいっ!? そ、そうですよ! 盗賊たちをシラミ潰しに食べてやったら中々良いスキルを持っていましてね、彼らは良い糧となってくれま……ふひゃあっ!」


 カッターが伸びきった左腕を切り飛ばしたが、直ぐに断面が手に変化する。トカゲも真っ青な再生力だ。トカゲって元から青いか?


「……というか何故律儀にあなたの質問に答えなければいけないのですっ!」


「先に話し始めたのはお前だし、第一お前はお喋りキャラだろゥオーターミスト!」


「話が見えない上に前が見えません!」


 マルセルの周囲にミストを張る。視界を奪って戸惑っている所に、俺は有らん限りの魔力を込めて最大の攻撃魔法を繰り出した。



『ウォーターポール!!』



 ここまで連続してスムーズに攻撃魔法を使えるようになったのは、あの二百匹もの殺人蜜蜂との戦いを経験したおかげだ。何事も経験である。マルセルの足下から噴き上がる水柱は、まるでミサイルのようにマルセルの半身を吹き飛ばした。


 バゴォォォオンッ!!

「……っ!?」



 威力、上がり過ぎだな。どんだけ魔力をつぎ込んだのか。さすがに少しクラクラして来たぞ……


 水柱によって立ち込めていた霧も吹き飛び、その向こうには半分になったマルセルの姿が。伸びた左腕と左足で、かろうじて倒れていないという状態で立ち尽くしていた。


「……ぁ、ぉノれ……」


 根性有りすぎだ。本当に人ではなくなっている。その足下にはまた散り散りとなった粘菌が集まって来ていて……


「ぅ……ぃギィ!? お、ぉ前たチ……!!」


 何やら様子がおかしい。先ほどまではマルセルの身体を這って登り、欠損部分を埋めていた。しかし今は足下に留まり、何やらズブズブという音を立てている。


「カ、カトーさん! 周りを見て下さい!!」


「ん?」


 リリーが怯えるように駆け寄って来て言う。一体なんだと見渡すと、先ほどのウォーターポールで吹き飛ばされたのだろう、粘菌の欠片があちこちに散らばっているが、そのどれもが元の場所に戻ろうとせずにその場でズブズブと音を立てている。これは……まさか、食ってる?


「さっき粘菌が私の鎧にも付いたんですが、変な音を立てたんで急いで脱いだんですよ! そしたらあんな事に……」


 リリーが指差した方向には黄色い塊。革の鎧は完全に食われて粘菌の栄養になってしまっていた。マルセルに視線を戻すと、やはり彼も餌として認識されているらしい。粘菌に完全に自由を奪われていた。


 俺はマルセルに歩み寄る。既に地面に崩れ落ちたマルセルは、俺を見上げながら力無く笑った。


「ふ、ふふ、ふ……。まさか、ここに来て制御を失うとは、思いませんでしたよ……」


「マルセル、どういう事だ。コイツらはお前の身体なんだろう」


「も、もはや、私にもどこからどこまでが『私』なのか、分からないのですよ……しかし、これはこれで、悪く……無い……」

 そこでマルセルは、笑みの色を変えた。そこに宿るのは狂気。いや、狂喜と言って良いかもしれない。

「自動回復能力を持つ、粘菌です。きっと彼らは、この森を、食らい尽くし、犯し尽くすまで止まりません……そうすれば森そのものがモンスター化する。私が、私の身体が無限に、広がって行くのですよっ!」


「お前は……」


 そこで俺は事態の深刻さに気づいた。そうだ、前に切り株バンプと戦った時にも倒し方に気をつけなきゃならないと言っていただろう、何故今まで忘れていた! こんな森で自動回復する粘菌なんて飛び散らせたら大変な事になるなんて分かりきった事じゃないか! ただでさえこの森には沢山のエルフの隠れ里があるし、焼き払って始末するのは無理だ。どうすれば……


「ククククク……困って、ますね……ハハハハ、素晴らしい。私の……私の、勝利です……惜しむらく、は、白鳥を……手に入、れ、ら……」


 身体を粘菌に食い尽くされ、もはや首しか残っていないマルセル。俺に勝利宣言すると、最後にアホな事を言ってゆっくりと目蓋を閉じ……動かなくなった。




 死んだ。




 確かにマルセルの言い方はある意味で正しい。こんな勝ち逃げのされ方、俺たちにはどうしようも無くなるじゃないか。そこまでしてお前は世界を破滅させたかったのか。そんなになってまで白鳥が欲しかったのか。中途半端にシリアスで中途半端にアホだから、俺も悲しんでいいのか笑っていいのか怒った方がいいのか分からん。


 そんな俺とリリーの周囲に無数の光の輪があらわれ、レベルアップのファンファーレを幾つも鳴らす。しかし今はただやかましくて不快だった。人でなくなったとは言え顔見知りの死。色々思う所はあるが……しかし今はそれ所ではない。どうにか粘菌を止めなければ。火炎剣……周囲を燃やさないよう注意しながら、あれで始末出来ないだろうか。



「リリー、火炎剣はあとどれだけ使えそうだ!?」


「む、無理です、まだ魔力が回復してません!」


「くっ……水の魔法は薄めるだけで逆効果だからな、何か良いスキルは無いか……俺も魔力を使いすぎたな、これじゃ火の魔法を覚えてもロクに使えないんじゃないか」


 急いでスキル一覧を脳裏に呼び出すが、この状況で冷静に文字を追えるはずもなく、膨大な文字の羅列に頭が痛くなった。焦りは更なる焦りと混乱を呼ぶ。リリーも必死に粘菌を剣で突き刺すが、全く意味をなさない。時間だけが無情に過ぎて行く、そんな時……。


 俺たちの背後の空間に、突然大きな波紋があらわれた。


 湖面に小石が落ちたかのように、円い波が空間を揺らす。その中央が歪み、中から二人の男女がゆっくりと姿をあらわした。男は黒髪の長身、異様にやせ細り一人の力では立てないのか隣の女に寄りかかっている。俺を見る目は虚ろで、曇りガラスのように光を失っていた。身体を真っ黒なマントで覆っており、一目見た瞬間にパン屋の爺さんの話していた男を連想させた。対する女は、背は普通だが真っ赤に輝く派手な長髪、そしてうさぎの耳が目をひく兎人族である。服装は何故か白のワイシャツに黒いスーツズボン、髪と同じ色のネクタイを締めていた。これでベストでも着れば、何となくカジノのディーラーを思わせる姿である。


 女はニヤリと笑い、男はただ虚ろに周囲を見渡す。その姿は俺ですら圧倒されるくらいの迫力に満ちていた。何なんだ、この二人は。どうみても病気、という男にすら畏怖に近い感情を抱いてしまう。俺とリリーはただ唖然として二人を見つめるしか出来なかった。


 そして、男が口を開く。それは俺たちに話しかけるのではなく、魔法を発動させる為だった。やせ細った右腕を天にかざすと、かすれた声で唱える。それは俺も良く知る、『ワイルド・フロンティア』最大の範囲攻撃魔法だった。




『ホーリーレイン』




 輝ける天の雨、究極の聖属性魔法。聖騎士がレベル280で習得する魔法であり、ゲームの中で唯一フロンティアでも通用する強力な範囲攻撃魔法だ。もっと言えばこの魔法がなければ敵の弾幕を撃ち落とせない為、必須の魔法とも言える。この魔法を使えるという事は、今にも死にそうなこの男は最低でもレベル300超えの猛者という事になる。……嘘だろ?


 天の雨は白い光を放ちながら、森に降り注ぐ。粘菌たちは見る見るうちに浄化され、その姿を消した。この魔法は自分よりレベルの低い敵に対しては属性と魔法防御力無視のダメージを与えるのだ。粘菌たちに耐えられるわけがなかった。







 ホーリーレインの効果が消えたのは、恐らく発動から数十秒後。しかしその威力に圧倒されていた俺たちは、光が消えて周囲に静けさが戻っても半ば放心した状態だった。そんな俺たちを現実に戻したのは、女兎人族である。彼女はぐったりとした男を抱きかかえながら、俺たちに声をかけてきた。


「危なかったね。しかし中々良い戦いだったよ、詰めの甘さはあるけど」


「……助かった。恩に着るよ」


 この二人には絶対適わない。少なくとも、かつて俺が保有していたキャラクターでなければ瞬殺される。そして恐らくパラメーターで互角になろうと、元々のプレイヤースキルや経験からして俺は足下にも及ばないのではないか。そう俺には感じられた。こうして面と向かって話すと、その風格や存在感からしてまるで違うのだ。


「まー気落ちする事は無いさ。今回は相手との相性が悪かった。それに場所も、ね。でもボクらがフォローしたからノープロブレムさ」

 そして、胸ポケットから何やら黒い羽を取り出す。

「この男の放った鳥と、粘菌まみれの腕も始末したから安心していいよ。君たちは何も心配しなくて良い。さあ、早く街に帰る事だね。君たちはだいぶ疲れているようだから」


「ま、待ってくれ!」


 俺たちに背を向ける二人に、慌てて声をかける。こんな何も分からないままサヨナラとか、勘弁して欲しい。


「あなたたちは何者なんだ? 助けてもらった身でこんな事を聞くのは失礼だとは思うが、ギルドに報告しなければならない手前、見知らぬ二人に助けられましたで終わらせるのは難しいんだ。せめて、存在を伏せておいた方がいいのか、それだけでも教えてくれないか」


 これだけ異常に強い二人である。普通ならギルドに所属していれば名前も売れるだろうし、1ヶ月以上フォーリードに住んでいる俺が知らないという事は無い。ならば、二人は身を隠して生きている可能性がある。もし存在を知られたくないなら、それ相応の嘘を考えなければならないのだ。


 しかし女は笑って首を振った。


「プレスト。ボクの名前はプレストだ。ギルドマスターのお爺さんならきっと知ってるよ、ボケてなければね。何か聞かれたらボクの名前を出せばいい、それで納得するはずさ」


「そ、そうか……分かった」


「ああ、そうだボクからも質問がある。簡単な質問だから、深く考えなくて良いよ」


「ん?」


 プレストと名乗った女は、こちらに向き直って少し真面目な顔をして言った。


「君は今、幸せかい?」


 ………。


 幸せ? 何故そんな事を。しかし彼女の目は俺を真っ直ぐ捕らえ、妙なごまかしを許さない迫力を醸し出していた。そうだな、真面目に答えよう。


「幸せだ。この世界で生きていて良かったと、素直に思える。そんな日々を送っているよ」


 そう答えると、プレストだけでなく、彼女に寄りかかっていた男の顔も和らいだように見えた。


「ありがとう。その言葉を聞けてボクらも嬉しいよ」

 そう微笑み、プレストは開いた片手の指で空中をなぞる。またあの波紋があらわれて、二人の周囲の空間を歪めた。

「ギルドマスターに会ったら伝えてくれないか。いざという時はボクらも動く、と。残念だけど今はボクらも本調子じゃない。動ける時間に限りがあるから、滅多な事では手助け出来ないけどね」


「……分かった。伝えよう」


 空間が大きく歪んだ。その向こうには村が見えたが、きっと隠れ里へ続くゲートなのだろう。それをくぐろうかという時、最後にプレストは大きな爆弾を置いていった。


「じゃあね、カトウ シゲユキ君。


 君のフロンティアライフに、幸多からん事を」


「なっ……!?」


 その言葉に愕然とする。慌てて問い返そうとしたものの、既に二人の姿はそこには無かった。






 名前 カトー (Lv41)

 種族 人間 26歳

 職業 魔法使い(Lv40)

 HP  516/927

 MP  32/642

 筋力  105

 耐久力 122

 敏捷  101

 持久力 158

 器用さ 82

 知力  104

 運   113

 スキル

 ウォーターヒール(Lv15)

 ウォーターポール(Lv10)

 ウォーターカッター(Lv11)

 ウォーターミスト(Lv6)

 ウォーターキュア(Lv7)

 索敵(Lv28)

 力加減(Lv37)

 自動MP回復(大)

 成長促進(最大・限界突破・効果範囲:中パーティー・現在閲覧不可状態)

 短剣(Lv18)

 遠見(Lv3)

 犬の鼻(Lv5)


 職業スキル

 木こり(斧Lv12 鉈Lv8 植物素材採取Lv17)





 名前 リリー(Lv27)

 種族 人間 26歳

 職業 戦士(Lv31)

 HP 140/482

 MP 8/205

 筋力  35

 耐久力 48

 敏捷  50

 持久力 65

 器用さ 49

 知力  33

 運   27

 スキル

 疾風剣(Lv1)

 火炎剣(Lv3)

 水流剣(Lv1)

 石砕剣(Lv1)

 雷鳴剣(Lv1)

 聖光剣(Lv1)

 逃走確率上昇(小)

 自動MP回復(小)

 自動HP回復(中)

 ソードダンス(Lv1)

 精神異常耐性(弱)

 

 職業スキル

 なし




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