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休日のミッション リリー編(3)

 悪人というのは大体見た目からして悪い奴が多い、と誰かが言っていた。例えばニュース番組で流される、連行されてゆく凶悪犯の映像、その顔写真を見れば皆悪い顔をしているだろう、と。極論だと思うが確かにそういう一面もあり、生まれつき強面な俺みたいな人間はともかく、日頃から悪い事を考えている人間はその顔つきも悪くなってくるものだ。勿論露骨に避けたりはしないが、俺もそういった人とはなるべく距離を置くようにしている。


 だからこそ、俺は目の前の人間が悪人だと知って驚きを隠せない。マルセル・マニマルという男はリリーを手に掛けようとするような人間には見えないのだ。いわゆる「いい人」と言っていい顔をしていた。勝手に信用してしまった俺も悪いのだが、何となく裏切られた気持ちになった。……俺、騙されやすいタイプなのかもしれない。


 森の中、俺たちは対峙する。マルセルはあくまで柔和な表情を崩さない。余裕ある笑みを浮かべたまま、こちらを見ていた。俺はリリーを背にディメオーラを構える。視界には白く長い物がゆらゆらしていた。


 ………。


 なんだかなぁ。


「カトーさん、気をつけて下さい。彼は異常です」


 リリーがそう声をかけてきたが、勿論それは分かっている。この姿に動じない男が異常でないハズがない。俺は油断せずにマルセルを睨みつけた。


 次いで、声を発したのはマルセルだった。


「一体どのような手段を用いて彼女の危機を察したのか気になる所ですね。こうしてことごとく私の邪魔をしてくれると、何か大いなる意志がそう働きかけているのではないか、と思ってしまいますよ」


「ことごとく? 何の話だ」


「……そうですか。やはりあなたは何も知らずに邪魔をしていたのですか。傍迷惑極まりない」


 何が何だか分からないが、俺は彼の邪魔をしていたらしい。本来ならば謝罪の一つもすべき所だが、きっとろくでもない事を企んでいたんだろう。マルセルは笑みを浮かべたまま言葉を続けた。


「しかし私の用は既に済みました。リリーさん本人を確保したかった所ですが、あなたが居るなら無理でしょうし諦めます」


 そう言って、マルセルは右手を高く上げた。とっさに手に力が入る。何をやってくるのか知らないが、どんな攻撃であろうが打ち破ってみせる。そう身構えていると、マルセルの背後から何やら黒い影が飛んで来た。……鳥?


「我が主の下へ。血液は回収したと伝えなさい」


『ギャッ』


 それは真っ黒な大鷲だった。マルセルのそばまでやって来ると、その肩に止まると思いきや口を大きく開けて、高々と上げられたマルセルの右腕に食らいつき……


「きゃ、きゃああああっ!?」

「……っ!」


 なんと、肩から先を食いちぎった。思わずリリーも悲鳴を上げる。何なんだこれは。大鷲はそのまま腕をくわえて空へと舞う。一方マルセルは何でもないような涼しい顔をして大鷲を見送っていた。異常だ。異常過ぎる光景だが、あまりに突飛過ぎて逆に俺は冷静でいられた。だからこそ、なのだろう。俺は彼の肩口から『何も流れていない』ことにいち早く気づいた。


 肩口からは、血液の代わりにネバネバとした粘液が染み出している。それは意志を持っているかのように動いていた。これは……あの切り株をモンスター化させた粘菌じゃないか。


「さて。これで私の仕事は終わりですが、このまま死ぬというのも味気ない。微力ではありますが悪あがきの一つでもさせていただきましょうか」


「マルセル……あんた一体何者だ?」


 思わずそう口にすると、マルセルは少し困ったような顔をした。苦笑いで言う。


「何者、か。本当に私は何者なのでしょうねぇ。私が私でなくなったのは、果たしていつの頃だったのか」


「……?」


「分からないのですよ。何故なら私は……」

 周囲の砕け散った化け物の残骸から、あの粘菌が染み出してズルズルと音を立てマルセルの身体にまとわりついた。それは徐々に千切れた右腕に集まり、異常に膨れ上がった巨大な剛腕を形作る。

「人を捨てた、ただの粘菌なのですから」


「カトーさん、来ます!」

「分かってる、リリーは離れてろ!」


 マルセルは言い終わるや否や俺に向かって突進してきた。対する俺&白鳥も前へ駆け出す。恐れてはいけない。こういう時に止まったままでいるのは最悪な選択なのだ。


 マルセルがその丸太以上の太さの腕を振るう。俺は身をそらして攻撃をかわすと、その腕をディメオーラで斬りつけた。


 ズブシュッ


 その途端に飛び散る粘菌。慌てて飛び退こうとした俺の胸に、マルセルの左ストレートが直撃した。


「ぐっ……伸びた!?」


 見るとマルセルの左腕が2メートル近く伸びている。何なんだこれは!


「カアッ!」


 続けて口から痰のような粘菌を飛ばす。しかしそれは俺の腰から生えた翼がガードした。


「助かる、白鳥君!」

『グワッ!』


 バックステップして距離をとる。マルセル……人間じゃないのか? 今の攻防だけで、それまで戦ってきたどんなモンスターよりも危険な敵だと分かる。低いとはいえパンツ補正を受けた俺にダメージを与えるのだ、かなり強い。


「カトーさん、右!」

「ぬおっ!?」


 一瞬考え事をした途端、それまで距離を置いていた木と人の中間……ええい言いにくい! 『ヒトモド木』でいいや。ヒトモド木が襲いかかってきた。


「フン!」


 バキィッ

「ギャアァァァァッ!」


 蹴りでへし折ってやった。しかし次から次へとヒトモド木は迫り来る。マズい、この状態ではマルセルが……


『クエェェェッ!!』


 白鳥がまた暴れん棒モードになった! 先ほどよりも速い動きで、しっちゃかめっちゃかに頭を振り回す! いや助かるんだが何なんだこの光景!? バキバキとヒトモド木を砕いて行くのはいいんだが、コイツが無茶な動きをする度に俺の腰が前後左右に振り回される!


「ぐああああ白鳥君、暴れすぎだあぁぁっ!」

『グエェッ! グワッグワッ、ギャワワワワワ!!』


 バキッ ポキッ バキィッ

「ギャアァァァァッ!」


 阿鼻叫喚である。一応説明しておくがこのバキボキはヒトモド木の砕ける音であって、俺の背骨が折れた音ではない。折れたかと思うくらい痛かったけどな。とにかく、ヒトモド木は白鳥君に全て倒されてしまった。その間マルセルは何をしていたかというと。



「美しい……」



 なんか感動してた!!


「マルセル、これのどこが美しいんだ」


「何を言うのです。見た目、戦い方、そして強さ。全てにおいて完璧な美しさだ。一目見た時から魅了されてましたよ。欲しい、何としても欲しくなって来ました!」


『グワ~~~……』

「照れるな白鳥君!」


 器用に翼で頭を掻いてる場合か。さっき死を覚悟したような事を言ってた奴が、希望に目を輝かせ始めたんだぞ。


「いただきますっ!」


「いただかれてたまるか!!」


 またもやダッシュで距離を詰めてくるマルセル。言動はアホだがその能力はやはり高い。恐らくあの切り株バンプウッドよりも速い動きで俺に肉薄してきた。剛腕、そして伸縮自在の腕を使って猛烈な連打を浴びせてくる。それを、俺はディメオーラと白鳥君の頭突きで凌いだ。


「ふははははははっ! さあさあさあさあその白鳥をよこすのですっ!」


「ふざけるな、これの下には破れたパンツだけなんだぞ! リリーの前でまたフリ○ンになんてなれるかっ! お前こそアホな事を言ってないで降参しろ!」


「君がっ、脱ぐまでっ、殴るのをやめません!」


「発言が色々ヤバいんだよ、少しは自重してくれ!!」


 泣くぞ、マジで。


 しかしこんな脱力する展開なのにマルセルの攻撃は苛烈さを増して行く。俺は剛腕の攻撃を凌ぎ、白鳥は伸びる左腕を担当する、という分業体制でなんとか互角に打ち合っているのだが、マルセルの攻撃がどんどんスピードを増しているのだ。ヤバい、少し想定外の展開だぞ。


「マ……マルセル、どうやってこんな力を……」


「ククククク、あなたに言う必要はありません。ここで何としてもあなたを殺し、その白鳥を奪います」


「そうまでして欲しいのか。しかし残念だったな、コイツと俺とは離れられない運命にあるんだよ」


 譲渡不可の特殊装備だからな。


「そうですか。何だかんだ言っておいてあなたもその白鳥に惚れ込んでいるのですか」


『ギャワッ!?』

「一々反応するな、スルーしろ!」


 こんな会話をしながらも、俺と白鳥は必死にマルセルの攻撃を凌ぐ。本当にヤバいぞ、何でコイツはこんなに強いんだ。俺はLv30だが実質的な強さで言えば70程度の強さはある。そんな俺が決定打を与えられないコイツのLvって、どれだけ高いというのか。


 せめて一瞬でも隙が出来れば。そう思った時、視界の橋に何かが動くのが見えた。あれは……リリー!?


「火炎剣!!」


 先ほどまでの怯えていた姿からは想像出来ないくらいの勇ましさで、リリーがマルセルの背後から斬りつけた。咄嗟に反応しようとしたマルセルだが、俺と白鳥の攻撃に対応している為に手が出せない。リリーの左手に握られた銅の剣は刀身から炎を吹き上げさせ、グサリとマルセルの左腕に刺さった。そして、深々と刺さった剣から焦げる音と共に煙が噴き上がる。


 ジュワアァァァッ

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ただの銅の剣ならばあそこまで深々と刺さらなかっただろう。しかしあれはボンゾが叩き直した剣。そりゃあグサリと行くというものだ。攻撃の手が緩んだ隙をついて、白鳥が強烈な頭突きをマルセルの腹部に炸裂させる。のけぞった所に、俺が渾身の力で回し蹴りを放つと……


 ドガッ

「ごふっ!?」


 マルセルは吹っ飛び、大きな木に激突して倒れた。


 リリーは直ぐに俺の後ろへと移動する。


「助かった、リリー。でも無茶だったな」


「こ、怖かったですよ、もうっ」

 小刻みに震えるリリー。しかし速く走れるくらいには回復しているようだ。息を整えてから、キリッとした表情で俺に言った。

「彼が私を殺しにかかる前に色々言ってましたけど、彼は人を殺してレベルを上げていたそうです。今まで沢山の人を殺して、強くなったと言ってました」


「人を……? 人を殺してレベルなんて上がるのか?」


 それはおかしい。いやゲームの常識を当てはめても仕方ないが、確か『ワイルド・フロンティア』ではプレイヤー同士の戦いでレベルなんて上がらなかったハズだ。いわゆるPKだが、そうした行為自体も闘技場という場所に行かないと出来ない仕様になっていた。こうした要素も海外で受けが悪かった理由だったりする。


「何でも、そういう宗教があるみたいなんです。人を殺して信仰心を上げて強くなるという。それに、私を殺して『苗床にする』とも言ってました。あの粘菌は人の身体から作られるみたいなんです。今まで沢山の人を殺して苗床にして来たと言ってました。……まさか、自分まで苗床にしてるとは思いませんでしたけど」


「狂ってるな……」


 よくSF小説や漫画で出てくるマッドサイエンティストみたいだ。自らの知的好奇心を最優先するような。あんな粘菌に身体を蝕まれながら生きるなんて、俺には耐えられないだろう。そんな事を考えていると、先ほどマルセルが倒れ込んだ茂みの方から声が聞こえてきた。決定打を与えたわけではなかったようだ。


「心外ですね、私は狂ってなどいませんよ。いや……崇高な使命を持った者は、無知蒙昧な者たちに理解されないまま狂人というレッテルを貼られるものです。ならば仕方ありません、あなたの妄言も聞き流す事にしましょう」


 ピンピンとしていた。俺としてはかなり強く放った一撃だったんだけどな。しかしマルセルはゆっくりと起き上がると、変わらぬ笑顔でこちらを見ている。タフすぎだ。


「リリーさんには色々と話をしてしまいましたからねぇ。……いいでしょう、興が乗りました。カトーさんにも我々の崇高な使命を教えて差し上げましょう」


 ………。


 まぁ、有り難いんだけどさ。


 こうペラペラしゃべる奴を使っていて大丈夫なのか、こいつのいる組織は。


 マルセルは肩に剣が刺さったまま立ち上がり、もはやその笑みが素の状態か、と思うくらい変わらぬ笑みを浮かべながら語り始める。俺は半ば悦に入ったようなマルセルに気づかれないよう、威力を調整したウォーターヒールでリリーや白鳥を回復しながら話に耳を傾けた。


 しかしまぁ最悪な内容だ。


 ゲームの世界には無かったが、この世界にはPKで強くなる宗教がある。さすがに表立って活動出来ないので、その名称はダミーを含めかなりの数にのぼるらしいが、信仰神は共通しておりその名を『ニーダ』という。


 『ニーダ』はかつての大戦で魔族側についた神であり、その戦いで負けてこの世界から追放された。神々の住む世界の牢獄に幽閉されたとも、全く別の世界へ飛ばされたとも言われている。しかしこの世界に存在しなくても、その享楽的な思想や自らの欲望を肯定し追求する行動原理は多くの信者を作り出し、今なお宗教という形で存在してこの世界に影響力を持ち続けている。マルセルをはじめとする彼ら信者は、『ニーダ』への生贄を捧げ信仰心を高め、今一度この世界に『ニーダ』を降臨させようと目論んでいるらしい。


「我々は偽善と怠惰に満ちたこの世界を、ニーダ様の望んだ破壊と欲望に彩られた世界に作り変えたいのですよ。強き者が弱き者を蹂躙し、犯し尽くす。力こそが全てであり、その前には生まれや血筋も関係ない……そんな、マトモな世界になる事を望んでいるのです」


「……それがマトモかどうかは置いといて、今の話でイマイチよくわからない所があるんだが」

 俺はマルセルに尋ねた。

「生け贄を捧げたら、その神が降臨するのか? 何を根拠にそんな事を信じてるんだ?」


「ああ、その事ですか。それなら簡単ですよ、かつての大戦で既に実証済みですから。伝説の通りであるならば、この世界と別の世界を繋げる方法は存在します。御伽噺にも出てくるくらい有名な話として、その方法は語り継がれているんですが」


「まさか……」

 リリーが青ざめた顔をして言葉を漏らす。御伽噺?


「ええ。そのまさかですよ。

 我々は敵対する者たちを殺し尽くし生け贄とし、強さの高みへと登りつめる! そして神々の住む世界……『フロンティア』への扉を開き、幽閉されたニーダ様を救い出してこの世界へお迎えするのです!!」


 俺の懸念はこんな所で現実の物となってしまった。やはりこの世界にはフロンティアが存在し、そこへと至る方法があるのだ。そして、これほど分かり易い『悪』がそこへ至ろうとしている。勘弁してくれ、悪い冗談としか思えない。


「リリー、そんな物騒な御伽噺があるのか?」


「いえ、本当は神様と共に戦ったマレビトたちが神様と一緒にフロンティアへ行くお話なんですけど……地方によっては神様を支えられるくらいに強くなれば、天使に認められてフロンティアに連れて行ってもらえるとか、色んな形に変化しているんです。ただそれぞれの話に共通するのが……」


「強さの高み、か」


 ゲームと同じだな。レベルが350に達する事で解放されるエリア、『フロンティア』。強さの高みというのは、この設定の事を言っているのだろう。マルセルたちは人殺しでそこに達しようとしているのだ。まぁ現実的に考えれば一番手っ取り早いからな、戦争でも起こせば一気にレベルアップだ。……おい。


「最近のきな臭い動き、戦争への布石って事無いよな」


「フフフ……さあ、どうでしょうね? カトーさんは中々察しが良いですね、とだけ言っておきましょう」


 思いっきり肯定してるじゃないか。最悪だ、クロスの言っていた通り一連の騒動が点から線へと繋がって来た。そして行き着く先には戦争だ。本格的に危ない話になってきたぞ。


「さて、お喋りはこれくらいにしましょうか」


「いや、もう一つ聞きたい。その粘菌についてだ」


「それなら直ぐに分かりますよ」


 マルセルはそう言ってから、肩に突き刺さっていた銅の剣を剛腕で引き抜く。ズズズ……と音を立てて現れる刀身。マルセルはそれを引き抜いた後、ビュンビュンと振り回してからニコリと笑って言った。


「火炎剣」


 ボォォオオッ!


 なんとリリーが見せた技と全く同じ技を繰り出して見せた。威力は寧ろマルセルの方が強いだろう、その噴き上がる炎はリリーの技の比ではない。


「この粘菌モンスターは苗床にした人間の血を養分とする事で、その人間の所有するスキルを得るのですよ。そして宿った生き物をモンスター化させた時、そのスキルを使いこなせるようになる。

 ありがとうございます、カトーさん。長話をさせてもらえた事で、リリーさんの血が完全に私の身体に馴染みました。これで私は自動回復に加えて4つの属性技をも手に入れた。強さの高みへ、また一歩近づいたのです。形成……逆転しましたね?」


 なんてこった。

 長話を利用したのは俺たちだけじゃなかったのか。


 ヤバいぞ、こうなったらこっちもなりふり構っていられない。


「リリー、済まないが少し目をつぶっていてくれ!」


「えっ……あ、ええっ!?」


「悪いな、白鳥君。君の出番はここまでだ!」


『クワッ』


 流石相棒、俺が何をしようとしてるのか分かったようだ。俺はすぐさまあの言葉を叫んだ。


「ドキドキ、ノーパンライフ!!」


「「は……?」」


 バシュウゥゥゥ、という音と共に白鳥が光の粒となって消える。残されたのは穴の開いたうみんちゅズボン&うみんちゅおパンツである。


「きゃ、きゃああっ!?」

「白鳥が……白鳥が黒鳥に……」


 やかましいわ。リリーも目をつぶってろと言ったのに。俺は無視してもう一度叫ぶ。




「パンツマン、参上!!」




 身体に先ほどまでとは比べ物にならない力が宿る。全身の筋肉が震え、喜び叫んでいるかのようだ。股間には虹色のブーメランパンツが現れ、森を七色に照らす。衣服は既に消え、俺の身を包むのはマスクとパンツ、そしてこの大自然のみだ。天衣無縫とはこの事か。


「世を乱す悪党マルセルよ! このミラクルパンツマンがその野望を阻止してみせよう! 世に悪がはびころうとも、パンツある限り正義は決して死なないのだ!!」


「…………」


 本当に第二形態になると妙なノリになるな。なんでだろう。しかし今はこの高ぶりが有り難い。テンション上げて行かないと多分コイツは倒せないからだ。そのマルセルはというと、何やらブルブルと震えていた。さすがにビビったか?


「…にくい」


「む?」


「みにくい、みにくい、みにくいみにくいみにくいみにくいみにくいみにくいみにくいみにくいわ畜生ぅぅぅううっ!!」


 ぅおっ!? なんだなんだ、いきなり血の涙流して叫び出したぞ! 笑顔でないマルセルなんて初めて見たんだが。


「みにくい! 美しくない! あの白鳥を返しなさい、愛らしい白鳥を渡すのですっっっ!!」


「馬鹿を言うな、あれは俺の白鳥さんだ」


「おのれおのれおのれおのれおのれえぇぇぇぇぇっ!! 覚悟しなさい、私の全身全霊を持ってあなたをぶっ潰し、白鳥を救い出してみせます!!」


「その挑戦、受けてやろう。さあ来いマルセル、どちらが白鳥の主に相応しいかここで決着をつけようじゃないか」




 こうして。


 当初の目的とは大分ズレた理由で、俺とマルセルの最終決戦の火蓋は切って落とされた。俺の背後でリリーは半ば放心状態でつぶやく。


「……もうイヤ、ついて行けない」


 いいんだよ、リリー。それでいい。君にまでこのノリについて来られたら、俺を引き戻す人がいなくなるのだから。




 俺はリリーに背を向けたまま手を振ると、力強く大地を蹴り上げ、猛然とマルセルのもとへと駆けて行った。










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