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休日のミッション ルシア、フレイ編

 やわらかな朝日が、開け放たれた窓から差し込んでくる。俺は胸一杯に朝の空気を吸い込み、深呼吸をした。清々しい。まるで生まれ変わったかのような気分である。今日も1日頑張るぞ、という気持ちが否が応にも高まってくるというのに、悲しいかな俺たちには仕事禁止令が出ているのだ。ああ、なんということだ。このやるせない気持ちをどうすればいいんだ、教えてくれ。


「という事で、教えてくれセーラ」


「……寝てたらいいと思います。うぅ……」


 只今絶賛二日酔い中のセーラ。昨日の可愛い寝顔が嘘のように老け込んでいる。そんな、か? そんなに辛いのか?


「セーラ。もし起きられるなら、洗面台まで行って服を脱いでくれるか」


「……ぅえ? 駄目ですよカトーさん、朝からなんて不健全……うっぷ」


 考えから何から、不健全なのはセーラの方だと思う。


「ウォーターキュアで回復してやるって言ってるんだ。楽になるから、頑張って起きてくれ」


「二日酔いまで治るんですか……分かりました、頑張ります」


 ノロノロとベッドから出てくるセーラに肩を貸すと、俺たちは洗面所へと向かった。爽やかな朝が台無しである。これからは酔った先から回復してやろうと心に決めた。


 セーラは軽い。まるで羽のようだ。きっと片手でくるくる回転させられるだろうが、リバースされる危険性が高いのでそれは止めておいた。普通にパジャマを脱がせて下着も取る。ここらへんは変に意識した方がいやらしいのでさっさと行う。そして洗面台の上に屈ませると、効果範囲を小さく絞ったウォーターキュアをセーラにかけた。


 先ずは額、それから洗顔も兼ねて顔。ついでに髪も洗ってしまえ。そして胸焼けしてるといけないから胸元、お腹は大丈夫だろうか。気になる所を丁寧にキュア(ケア)して行く。


「カ、カトーさん、びしょびしょ! もう私びしょびしょです!!」


 水浸しになったセーラがそこにいた。いや、この魔法の水は消えるタイプだからすぐに乾くのだ、心配はいらない。


「セーラ、もう乾いたぞ。体調はどうだ?」


「へっ? あ、本当に乾いてる。頭も痛くないし……カトーさん、凄いですね!」


「そうだろう、凄いだろう。セーラの格好も凄いけどな」


「え……きゃ、きゃああぁぁぁぁっ!?」


 飛び跳ねてから、セーラはパジャマを拾いダッシュで洗面所から出て行った。うむ、元気で宜しい。俺は満足げに頷いてから、今度は自分の洗顔にウォーターキュアを発動させる。心地よい水の感触を楽しみながら、今日はどんな風に過ごそうかと考えていた。










 昨日結構遅くまで飲んでいた俺は、ボンゾさんたちに家に泊まるように勧められたが、結局ホテルへと帰る事にした。ボンゾとクレアさんが良い雰囲気だったから、という下世話な理由もあるが、俺のようなガタイの人間に合ったベッドは無いだろうと予想したからだ。あの家の家具は平均的に小さかった。


 ホテルに帰る際、ボンゾからの提案もあってこれから5日間、冒険者の仕事は休みにしようと決めた。ボンゾは早速魔力を使った鍛冶を練習したいようだった。俺の方もここらで身体を休めようと思っていたので良い機会である。6日後またギルド前広場で落ち合う事にして、俺たちは別れた。


 なので今日からしばらく何も無し。せわしなく生きてきた俺にとって、数年ぶりののんびりdaysが始まるのだ。着替えて来たセーラは起き抜けの時と同じように無気力な事を言う。


「無理に外に出なくてもいいんじゃないですか? ホテルの中でも買い物出来ますし、本だって読めますよ」


「どうしたんだセーラ。いつものはっちゃけぶりが嘘のようじゃないか」


「普段の私のイメージってどうなってるんですか……」

 ジトッとした目をした。

「まぁ本音を言うと、今日は自分やカトーさんの服の修繕をしたいんです。ほら、うみんちゅシリーズでしたっけ。破れてたじゃないですか。あと靴やあの……『ねくたい』でしたっけ。あれも直したいですし。そういえば蜂蜜も一瓶丸々残ってますから、小分けにしてカトーさんのお知り合いに配ったり出来るようにしたいですし……私はやる事沢山ありますよ」


 よく覚えてたな、うみんちゅとか。あれ木こり一日目で破れて以来着てないんだが、どんな記憶力だよ。しかしセーラは完全に主婦である。まだ18なのに……。


「外に出たいとか無いのか?」


「今一番やりたい事が、服の修繕ですから。カトーさんも私に気を遣わないで、好きな事していいんですよ?」


 むむぅ、これでセーラを一人残して遊んでたらダメな夫じゃないか。しかし手伝うにしてもスキルが……ん? そういやスキルポイントはまだまだあるよな。後で何か新しいスキルでも覚えてみようかな。


「とりあえず朝食をとりに行こう。腹減った」


「そうですね。私もカトーさんのおかげで体調がいいですし、お腹も元気になりました。ところで……」

 セーラがニコッと笑った。

「あの水が乾くなら、私がパジャマを脱ぐ必要って無かったですよね?」


 ……ふむ。


「よくわかったな。俺が見たかっただけだよ」


 俺の顔面にセーラの無言のグーが炸裂した。










 ホテルでの食事は地下の食堂を利用する。宿泊客は部屋のカギを提示すれば朝と夕に出される特別メニューがただで食べられるシステムだ。宿泊客以外は、普通のレストランのように利用する。俺たちは窓口へ行ってカギを見せ、朝食セットを2つ注文した。ご飯と焼き魚に味噌汁、野菜の煮物と卵に海苔に漬け物、シラスの大根おろし和え。突っ込む気にもなれない純和風定食である。勿論名前は違うが、内容は今あげた通り。俺は異世界にいながら日本にいた時と変わらない食生活を送っている。


 小さなお碗に卵を落とし、箸でクルクルとといて醤油(!)を入れる。それをまた混ぜてから、湯気の立つご飯にかけて食べる至福。最初は普通にズルズルと。次に海苔で包んで口に運び、その次は焼き魚と共に食べる。俺はなんて幸せ者なんだろう、日本人で良かった……いや、フォーリードの人間で良かった。


「カトーさんは本当に幸せそうに食べますね」


「実際美味い物食べて幸せだからな。しかし生卵とか食べる文化ってなかなか無いと思うんだがどうなんだ? 俺のいた世界では、よほど飼育場や作業場を清潔に保てる技術が無ければ、病気が怖くて生卵なんて食べられなかったんだが」


「あ、それは簡単ですよ。魔法使いの人たちが、そうした所で働いてるんです。卵を新鮮に保ったり、清潔にするのならアイテムボックスが一番ですから」


 ここで魔法使いが登場するのか。冒険者としては嫌われていても、普通の仕事をするのなら確かに便利だからな、魔法は。


「魔法って本当に便利だよなぁ。今朝の二日酔いを治したのもそうだけど、洗顔とかはいつも魔法で済ませてるよ。さっきセーラで試して洗髪もいけると分かったし、色々できそうだ」


「そんな事するのカトーさんだけですよ……というか私で試さないで下さい、怖いから!」


 セーラに怒られた。しかしなんでこの世界の人はもっと魔法の可能性を追求しないんだろうな。ウォーターヒールで作った水なんて安全で、旅をするなら必須だと思うんだが飲む人はいないみたいだし。俺が変わってるんだろうか。


 しばらくセーラと二人で、そんな魔法の便利な使い方について話をしながら、朝食を美味しくいただいた。焼き魚を食べながら「これにウォーターヒールをかけたらどうなるかな」と言ったらセーラが味噌汁を噴いた。チャレンジ精神は時として大きな被害をもたらすという事を身を持って知った瞬間だった。





 さて、食事を終えてから俺とセーラはホテルの売店コーナーでマギヤン瓶を5つ購入し、部屋に戻ってからそれぞれに蜂蜜を入れて満たした。あの日手に入れた蜂蜜は一升瓶三本分。そのうち二本をクレアさんたちに渡して、一本を俺たちが貰ったのだ。だが一本丸々俺たち二人で消費するのは大変である。日頃お世話になっている人たちへお裾分けしよう、という何とも日本人らしい考えでもって、今回の行動に至ったわけだ。配る相手はクロス、アメリア、ルシア、フレイ、そしてもし会えたらリリーにも。ヴォーン夫妻にはボンゾの嫁さんたちが渡すと昨日言っていた。


「カトーさん、もし良かったらカトーさんの方から皆さんにこの蜂蜜を渡してもらえませんか。私は少なくとも今日一日は完全に身動きとれないので、一緒に行けません。明日からなら大丈夫ですけど、私はまだあまりお話した事ないので……」


「分かった。やる事ないし、これからぶらぶらと買い物でもしながら皆を探すよ」

 予定が出来た。やったね。

「昼食は外で何か買ってくるよ。何が食べたい?」


「カトーさんオススメのパン屋さんの、他の種類のパンを食べてみたいです」


「分かった」


 こうして俺の今日一日のスケジュールが決まった。本日のミッション『五人を見つけ出し蜂蜜を渡せ』。これはなかなかやりがいのあるクエストである。依頼人はセーラ、どんな手を使っても達成してみせようではないか。









 セーラに服や靴を渡してから、俺は先ずホテルのロビーへと行って空いてる椅子に座った。そして目を閉じて、脳裏にステータス画面を呼び出す。最近ではカードに頼っていたが、本来であればこうして自分のステータスを確認出来るのだ。現れたステータスの下の方へと意識を向けると、以前と変わらず保有ボーナスポイントが表記されている。10000あったポイントのうち、5000を使った。レベルアップして手に入れたポイントは恐らく150~300の間だろう。そう予想して確認すると、そこには5680という数字が並んでいた。


 多い。なぜだ。……ああ、成長補正か。色んな成長に補正がかかると説明があったが、まさかスキルポイントの獲得にまで影響するとは。便利だが、もしこのスキルの存在をゲームに夢中だった頃の俺が知ったら、地団駄踏んで悔しがっただろうな。いわゆるチート、反則級の成長補正だ。


 今回俺が手に入れたいスキルは、人捜しの為のスキルである。索敵は基本的に敵しか見つけられない。単純に人捜しをするには向かないのだ。ゲームの頃は仲間サーチなんてのがあったが、この世界には無いらしい。実際にあったらストーカー被害とか出そうだし、ゲームではトラブルが多かったからなくて正解なのだ。が、今は存在して欲しいと思ってしまう。


 ルシアは冗談で優しさレーダーとか言っていたが。そんな感じで使えそうなスキルは無いものかと脳裏のスキルリストを探した。セーラの直感スキルのように、もしかしたらこの世界独自のスキルで使えそうなものがあるかもしれない。


『尾行』『ステルス』

……いや違うな。

『物真似』『声真似』

……面白そうだけど関係ない。

『不思議発見』

……余計なもん見つけんな。

『優しさレーダー』

本当にあったよ、おい!?


 リストを眺めるがそれらしいものは見つからない。近いものと言えば……

『犬の鼻』

(ニオイを覚えると、その人をどこまでも追跡出来ます)

 という恥ずかしいスキルくらいである。これを身につけたら人間としてお終いな気がする。嫌だぞ、ただでさえパンツマンなんだから。パンツマンでクンクンとかしてたら俺の人格は崩壊するだろう。


 その時、俺の頭にとある会話が蘇ってきた。昨日ボンゾの家でフィオナさんが言っていた言葉。確か『遠見』をしたとか言ってなかったか。


 急いでリストを探す。あれなら望んだ人物を探しあてる事が出来ないか。そう思って片っ端から読み上げて行くと……


(あった!!)


 確かに見つけた。


『遠見』 必要ポイント:280

(指定したターゲットの居場所を探し当てるスキル。人だけでなく物も対象。必須アイテム:水晶 消費MP100~ 明確なイメージが無ければ消費MPは高くなる)


 消費MP100~。つまり最低でも100使うと。そして水晶が必須。こりゃ厳しいわ、水晶なんてどこに売ってるんだ。しかし便利な事は便利だし、一応獲得しようかな。どうしようもなくなったら、フィオナさんに水晶玉を借りてもいい。とりあえず、犬にならずに済むのならそれでいいのだ。


 俺は『遠見』を獲得した。

 水晶か……水晶無くても何とかならないだろうか。俺は試しに頭の中にルシアを思い浮かべてみた。そしてルシア~ルシア~と呪文のようにつぶやく。すると、なんとルシアの声が聞こえてくるではないか! いや、それだけではない! フレイの声まで聞こえてきた!



「なにやってるんですか、カトーさん」

「ルシア、ヤバいって。カトーさん壊れてる」


 普通にそこにいた。


 あれ?










 ルシアとフレイ。現在俺たち同様このホテルを利用しているらしい。同じ場所を拠点にしてるなら、そりゃあ会う事もあるだろう。幸先の良いスタートを切って、俺は小躍りしたい気持ちを抑えるのに必死だった。


「はぁ、殺人蜜蜂の蜂蜜ですか。いやいやいやいや、カトーさん何してんの!?」


 フレイは驚きながら手渡された蜂蜜の小瓶を見ていた。ルシアも半ば呆れ気味であるが、蜂蜜が好物なのか機嫌は良さそうである。


「ギルドで今月持ち込まれたモンスター素材のリストを見ましたけど、昨日付で殺人蜜蜂の針200本以上の買い取りが記録されてて、話題になってたんですよ。……カトーさんですか?」


「うん」


 やっぱり、とルシアは苦笑いした。


「甘い物は大好きなので、有り難くいただきます。凄く嬉しいです。けど危険な事はなるべく控えて下さいね。カトーさんは一人で何でも出来そうですけど、一人では不可能な事も世の中にはありますから」


「そうですよー。私なんてダメダメ人間だから、一人じゃなんにも出来ないもん」


 ん?


 何やらフレイがおかしいぞ。


「フレイ、何かあったのか? やけに言葉が自虐的だが」


 それほど付き合いがあるわけではないが、彼女にはもっと溌剌とした印象があった。今はなんだか暗く、後ろ向きな雰囲気がある。フレイは眉を八の字にしてため息をついた。


「聞いて下さいよカトーさん……私、もういらない子なんです。クビなんです。お払い箱で豚箱でびっくり箱なんですよもう!」


 そいつはびっくりだ。意味が分からん。隣のルシアが解説する。


「フレイちゃん、最近スランプ気味なんです。昨日、それでアメリアさんに凄く怒られてフレイちゃんも反発しちゃって、ちょっと大変だったんですよ。それでアメリアさんも『このままなら戦力として宛てにならない』なんて言っちゃうから……」


 収拾つかなくなってパーティー活動は停止中、と。そりゃ落ち込むわな。


「よし、とりあえず地下食堂で甘いものでも奢るよ。そこで詳しい経緯を教えてくれ、俺で良ければ力になる」


 たどり着きたいと思わせたクロスのチームである。その崩壊を防げるならば、幾らでも力になろう。










 フレイのスランプ。あのクラス昇格試験の失敗もその流れの中で起きた一件らしい。フレイは元々自分の事ばかりに集中する傾向にあった。それは一人で行動する事に慣れていた事に起因する。狩人が一人で行動し、遠距離からの奇襲攻撃で獲物を仕留めるのを基本スタイルとしているからだ。これはゲームでも同様で、一人の時の方が奇襲攻撃が容易で、尚且つそれ専用のスキルも沢山使える。集団では気配を消せられなくて使えないスキルが狩人には多かったりするのだ。しかしパーティー活動を始めてからはそうした戦い方を捨て、連携を重視しなければならない。フレイはそれまでのスタイルを変えて懸命に周囲に合わせて行った。


 フレイの必死な努力もあって段々とパーティーが機能してきて戦術も広がり、大きな仕事もこなせるようになると自然とフレイに求められる物のハードルも高くなって行く。次第について行けなくなって、フレイは周りを気にしすぎて自分の事が疎かになったり、その逆になったりとバランスを崩し始めた。


 フレイの不調は周囲に悪影響を与える。アメリアは敏感に察して細かく指導したが、まだ若いフレイには理解出来ない事も多く摩擦が生じ始める。そのうち実際に連携ミスから実害が発生しだして、フレイは自信を失った。集中力の切れたフレイがモンスターの奇襲を受け、それを庇ったクロスが大怪我をしたのだ。


「ルシアが怪我を回復出来なけりゃ、リーダーは重傷負ったまま下手すりゃ後遺症も残ったかもしれないんですよ。アメリアさんが怒るのも当たり前なんです、自分の旦那さんが死にかけたんだもん。きっと私の事が憎くて、追い出したいと思ってますよ。でも追い出されたら私みたいなダメ人間なんてどこも雇ってくれないです、野垂れ死ぬか盗賊になるかしかないじゃないですかぁ……」


 涙ぐみながら焼きプリンを食べるフレイ。これで4つ目だ。胸焼けしないのだろうか。


「だからアメリアさんはそんな人じゃないって言ってるじゃないですか。フレイちゃんの事が心配で、キツい言い方になっちゃうんですよ。第一クロスさんは笑って許してくれたでしょ?」


「身体血まみれで青ざめた顔して『気にするな』とか言われても気にするっつーの! あんな状態で気遣われたら誰でも自分を責めるよ!」


 クロス……男だな。俺の中でクロスの株は上がったが、その気遣いは確かに逆効果だったと思う。いい人過ぎるのも問題だ。


 ここまでの話を聞いていて、部外者である俺などはフレイのスランプの原因がなんとなく分かってきてるのだが、当の本人には分からないようだ。スランプの原因は恐らく単純で、経験の無さを無理やり埋めようとして失敗しているだけだと思う。フレイはこうして見てみるとかなり若い。多分セーラより若いだろう。十代半ばでトップクラスの冒険者について行ける方がおかしいのだ。経験の差というものはちょっとやそっとの努力で埋められるようなものではない。慣れない状況判断の連続で神経をすり減らしたり、とにかく無理が祟っているのではないか。


 フレイがこうなってしまったのは、話を聞く限りにおいてはクロスたちに原因があるように思う。才能があるからと若いうちにスカウトして、まだ経験をロクに積んでいない状態で高ランクの仕事を受け続ける。またフレイがそれに必死で食らいついてなんとか結果を出してしまうから、クロスたちも加減が分からなくなってきたんだろう。そして当たり前のように失敗して、フレイは自信をなくした。それに対するフォローが出来ないまま現在に至るという所か。


「ルシアは今回の件をどう思ってるんだ」


 俺が真面目に問いかけると、ヨーグルトを食べながらもルシアも真剣に答える。


「少し落ち着けば、また以前のように仲良くなれると思うんです。今はフレイちゃんも疲れが溜まって本調子じゃないだけですし、アメリアさんだって気持ちを落ち着ければ、ちゃんとフレイちゃんに優しくしてあげられると思うんですよ」


 ルシアの考えは近いようで違う。ルシアも若いから気づかないのも無理ないか……これは疲れてるとか苛立ってるとか仲がどうとかいう問題ではない。アメリアとも話をした方がいいかもしれないな、このままではフレイは変わらないし変われない。きっとクロスとアメリアに潰されるだろう。恐らく二人は、いやアメリアだけかもしれないが、フレイという人間を勘違いして捉えているのではないか。


「カトーさぁん……」

 気づけばフレイがすがりつくような目をしてこちらを見ていた。

「私がクビになったら、貰ってくれますかぁ……?」


 おい。そんなにか。


「待て待て、早まるな。今回の事はアメリアとも話をしてみる、フレイがクビになるとかそんな理不尽な事にならないように掛け合ってみるから」

 そしてそこに付け加える。

「第一、俺婚約したから。結婚相手はもういるから、貰ったり出来ないぞ」


 そして世界が止まった。


 ガヤガヤという喧騒が遠くに感じられる。目の前のフレイとルシアはスプーンをくわえたまま固まっていた。そしてフレイはぷるぷると震えだし、目尻に涙をためながらこう叫ぶ。それは彼女の魂の叫びだったのかもしれない。





「うわぁん、ちょっといいかなって思ってたのに、思ってたのにぃぃぃっ! チクショー、プリンだ! プリン持ってこーーーいっ!!」




 すまん、フレイ。色々と。


 ただ自棄酒(やけざけ)でなく自棄焼きプリンを選んだ所は可愛いと思ったぞ、うん。









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