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ノーパンと仕事と死亡

 防具には色々あり、上半身防具、下半身防具、腕防具、足防具という四種類が基本的な防具の種類だ。そこに三種類のアクセサリーがつけられるのだが、それとは別に特殊装備という物がある。ON/OFFの切り替えで取り外しが出来て、譲渡や廃棄は基本的に不可能。防具と言うよりアビリティとか称号に近い存在である。


 俺が手に入れた『ミラクルパンツ』は、もろにその特殊装備に当たる。それもかなり強力な。


 人間のパラメーターの各基本数値は10。他の種族にしても、各パラメーターは5~20の間の数値で収まっている。そこにプラス250の補正がつくのだから堪らない。レベルが最大の400になる頃なら1000越えのパラメーターなどザラだからちょっとした補正なのだが、ゲーム序盤にこの補正は凄まじいバランスブレイカーである。救いはON/OFFの切り替えが可能だという事。しかしアイテム説明を詳しく読むと、次の説明文が付け加えられていた。


「切り替え時には特定の言葉を叫ぶ事。『パンツマン参上!』でON。『ドキドキ、ノーパンライフ!』でOFF」


 運営を殺してやりたくなる。


 とりあえずどんな外観か確かめてみよう。俺は羞恥心に苛まされながらも、誰も見ていないしいいか、と開き直って叫んだ。


「パンツマン参上!」


 すると、下半身に変化が起きる。何も防具をつけていないと、通常は布っぽい生地のズボンが表示されるのだが、ミラクルパンツをONにした途端にズボンは消える。部屋の姿見で確認すると、俺の下半身は虹色の際どいブーメランパンツのみ。想像以上に恥ずかしい姿だった。


「これ、本当にヤバいんじゃないか……」


 思わず声に出してしまうくらい生々しい。虹色と言ったが、角度によって色を変化させているのだ。そしてその色が白っぽくなる瞬間、微妙に毛っぽいもののシルエットが浮かび上がる。卑猥過ぎるのだ。


「ドキドキ、ノーパンライフ!」


 すぐさま解除した。布のズボンが現れる。ノーパンライフの方が恥ずかしくないというのはひたすら奇妙ではあるのだが、一々気にしてはいられない。俺はとりあえずミラクルパンツの事を忘れる事にした。


 そういえば、ボーナスポイントを確認しなくては。パンツがあまりに衝撃的だったのですっかり忘れていた。俺は気を取り直してステータス画面を開く。視界に広がる画面の右下に、その数値はあった。あったのだが……


「い、いちまん!?」


 そのあまりの量に度肝を抜かれる。これはバランスブレイカーというより、ゲームを楽しもうとする人間のやる気を萎えさせる嫌がらせじゃないだろうか。確か初期のレベルアップで得られるボーナスポイントは5とか10である。それがレベル200を超える頃には獲得出来るポイントは50や70となったりするのだが、普通にプレイしていてボーナスポイント10000という数値はまず貯まらない。転生を何度も繰り返していれば可能かもしれない、という本来ならば気の遠くなる数字なのだ。


 急速にやる気が無くなるのを感じながらも、まぁ使わなければいいや、と思い画面を閉じた。






 さて、ゲーム開始から30分近くが経過した。後一時間半は遊べるという事で、とりあえず俺は外に出る事にした。新規登録者は、5つの地域からランダムで選ばれた街から冒険をスタートさせる。俺が外に出ると、そこはクオリタと呼ばれる海辺の街だった。


 交易都市クオリタ。5つの地域の中で最も美しい景色の楽しめる場所だと言われている。交易都市だけあって店の品揃えも豊富だし、船を使ってすぐに他地域へ行く事も出来る便利な場所だ。ただし、出没するモンスターのレベルが低く、真面目に強くなろうと思うなら別地域に移住した方が良いと言われている。初心者にはとても良い場所なのだが、中級者以上にもなると買い物でしか利用しない場所、というのが一般ユーザーの感覚らしい。


 ちなみに俺がやっていたサービス開始間もない頃は、こんな綺麗な街は無かった。進化したなぁ、と、ちょっとしみじみとしてしまった。


 街はヨーロッパの港街をモチーフとしているらしく、道はレンガで出来ており、建物のほとんどは真っ白な漆喰でコーティングされている。原色の赤や黄色を大胆に使った屋根が、陽の光に照らされ眩しく輝いていた。……本当にリアルだ。海外旅行なんて行かなくても、この景色で旅行気分は満喫出来る。


 街を歩くと、行き交う人のほとんどは頭の上に若葉マークを付けていた。これは新規登録したばかりの人の印だ。この印を狙ってチーム勧誘などが寄って来る為、俺はステータス画面でこの印をOFFにしている。不特定多数の人と関わろうとは思わない。ただでさえ仕事で気疲れしているというのに、ゲームの中でまで誰かに気を使いたくないのだ。……まぁ、しばらくは部長の相手をしなきゃならないだろうし。


 クオリタの街で一番大きな通りに出ると、人の数はいよいよ凄い事になって来た。新規登録者と、それを狙う勧誘。そこにNPCが加わっている。また通りの真ん中を馬車が走っており、混雑に拍車をかけていた。


 うん、無理だ。


 俺は人混みにウンザリして、来た道を引き返す。自分の部屋ホームポイントへと戻ると、そこでセーブしてログアウトした。






 こうして俺のワイルドフロンティア・オンライン一日目は大して楽しめないまま終わる事となった。










 次に俺がログインしたのは、新規登録から半年後だった。


 幸か不幸か、あれから直ぐに海外出張が入って部長に会わなくて済んだのだ。海外ではワイルドフロンティア・オンラインは人気がまるで無い。だからインターネットカフェに行っても対応筐体が無くゲームが出来ない。血みどろスプラッターな演出が無かったり、18禁スレスレのコミュニケーションがとれない和製オンラインゲームは、欧米人から嫌われているのだ。そのおかげで俺はゲームの事を考えずに仕事に集中する事が出来た。


 ただ、その出張は中々大変だった。出張先はイギリスとフランス。英語だけならまだしも、苦手なフランス語まで使わなければならないという事で半端じゃなく疲れたのだ。この出張は、既に輸出して工場に配置されたロボットアームの、内部部品の入れ替え作業が目的。だが先方は何かと理由をつけて別の修理まで無料でさせようとする。強面で厳つい俺が矢面に立って要求を突っぱねないといけない事が多々あり、精神的疲労はかなりのものだった。また、製造ラインの人間を日本から数人連れて来て一緒に作業したのだが、彼らの世話をしなければならなかったのもキツかった。海外出張に不慣れな連中ばかりだったのだ。通訳から食事の世話までこなした俺は、帰国した時には頭に丸いハゲを2つ作っていた。


 やけに目立つハゲが目障りだったので思い切って丸坊主にした俺は、帰国後初の出社で更に精神的ダメージを受ける。なんと労働組合の人間から「仕事のし過ぎ」で注意を受けたのだ。仕事をして怒られるというのは全くもって意味不明である。しかも次の日、ストライキが起きた。普通に出社した俺は何人もの組合員に道を塞がれ足止めを食らった。出張報告書を提出しなければならないと言ったのだが通してもらえず、俺はやむを得ず強行突破を試みる。何十人と群がる組合員を怪我をしない程度の力加減で振り払い、俺は何とか職場にたどり着く事が出来た。


 が、やはり強行突破は問題になったらしい。


 後日部長から呼び出された俺は、二週間の休みを取れと言われた。表向きは出張休みと有給休暇の消化。実質的には謹慎処分である。俺はきっと凄まじく怒っていたのだろう、部屋には部長の他に課長や課長補佐までいたが、皆一様に怯えた表情をしていた。いつもの部長だったら「オンラインゲームでもやってみたらどうだ」と言ってくるだろうに、そんな軽口も無かったのだ。まあ実際に言われたら流石に噛みついていたかもしれない。


 こうして、俺は長期休暇を取る事となった。と言っても大して趣味も無い俺。気になるのは自分の関わっている仕事の事ばかり。まともな引き継ぎも出来ないまま休暇に入ってしまったので、その事ばかり考えてしまう。とりあえず同じ部署の人間に「分からない事があれば直ぐに連絡して」とメールを送ったが、返信は無い。俺、もしかして嫌われてるんだろうか。


 イライラしながら俺は休暇を持て余す。ストレスを発散する術を、俺はよく知らないのだ。とりあえず大学生の頃に少しだけ通ったゲームセンターに入ると、フロアの隅にあるパンチングマシーンへ向かった。コインを入れてゲームスタート、液晶画面に現れた敵はどことなく部長っぽい顔をしていた。


「死ねや、腐れ豚ぁあっ!」


 ズガンッ!


 パンチングマシーンだけでなくフロアの床まで揺らすかのような衝撃。画面には見たこともないような数値が表示され、部長似のキャラクターは顔を歪ませキュウリのような縦長になっていた。


 人か、これは。


 少しクスッと笑う俺。しかし気づくと周囲にいた他の客が、青ざめたような顔で俺を見ていた。エアホッケーをしていたカップルは完全にこちらを見て固まっており、ガチャンと言って皿がポケットに入った事にも気づかない。UFOキャッチャーをしていた子供はぬいぐるみが取れたと言うのに泣き出しそうな顔をしていた。


 これはまずい。


 俺は逃げ出すようにゲームセンターを後にした。






 イライラがつのる。デパートに入って地下食堂で食事をとったが、子連れの主婦が沢山いて居心地が悪い。イライラがつのる。トイレで用を足していると隣の個室に爺さんが入って来て歌いだした。イライラがつのる。エスカレーターに乗ったら少し前に乗っていた女性がスカートの後ろを鞄で隠した。テメェのケツなんざ誰が見るか。イライラ、イライラ。


 街を歩いている時、鏡ばりになっている建物で自分の顔を映し見た。ツルッパゲの大男が眉を怒らせギラギラした目をこちらに向けている。顔は土気色、目元付近だけ青白く、瞳は充血して真っ赤。こりゃあ怖いわと少し反省する。いくらイライラしてるからと言って、いい大人が周囲を威圧するような顔をしてはいけない。俺は大きく一つ深呼吸してから、インターネットカフェへと向かった。


 気分転換に、久しぶりにゲームでもしよう。ゲームの世界なら、周りに迷惑かける事も無いハズだ。









 平日昼前のインターネットカフェは、非常にすいていた。


 並ぶ事なく受け付けを済ませ、筐体に入る。今回は四時間パックだ、たっぷりゲームを楽しもう。そう気合いを入れてゲームを起動させようとした時。


 ドガッ!


 思わぬ衝撃が身体を襲う。なんだこりゃ、一体何が起きてる? どうも衝撃は筐体の外からのものらしい。蓋を開けるとそこにはよくわからない光景が広がっていた。


 変な男が暴れている。手には……拳銃?


 意味不明だ。しかしこのままボーっとしてたら危ないという事は分かった。とりあえず筐体から飛び出した俺は銃を持った男に飛びかかる。腕をとり、逆関節を決めると男は簡単に銃を手放した。そのまま床に組み伏せると、俺はカウンター付近にいる女性に「警察を呼べ!」と叫ぶ。男は何やら分からない言葉を喚いている。


 バスッ


 不意に、肩に痛みが走った。なんと血が流れている。銃で撃たれたらしい。前を向くとそこには銃を構えた男がいた。他にも仲間がいたのか、と俺は焦って、組み伏せていた男を無理やり引き起こして盾にする。


 バスンッ、バスンッ


 男の身体が跳ねる。俺は血まみれの男を前方に投げると、避けてバランスを崩した男の仲間へ体当たりを食らわせた。もう無我夢中である。上にのしかかると顔面目掛けて拳を何度も振り下ろす。一体俺は何をやっているのか。暴れる男を何度も何度も殴りつける。身体のあちこちが痛む。だんだん頭が痺れて、目の前が真っ白になってくる。それでも殴る。動かなくなるまで殴る。


 俺、ゲームやりに来ただけなのに。


 なんか命がけのリアルファイト繰り広げてる。


 ちなみにその賭けはどうも負けくさい。


 なんでこんな目に遭うんだ、こんな人生の終わり方ってどうなんだ、というかやらなきゃいけない仕事が沢山あるっていうのに……


 そんな事を最後に考えながら、俺は真っ白な光に包まれて行った。











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