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不思議の森のうささん 救

 午後のルビーベリー採集は意地と意地のぶつかり合いとなった。ボンゾも俺も、数値的には充分に器用なハズなんだが、セーラたちに比べるとやはり不器用である。瓶に収める量は二人に比べて圧倒的に少ないし、また見つけ出すのに時間がかかる。実を潰してしまう事もあって落ち込んでしまうが、ウサミーミさんの話では俺もボンゾも初心者とは思えないくらい速いらしい。つまりセーラが規格外なのだ。そのセーラは復活したものの、未だ夢うつつ状態にある。スピードは明らかに落ち、たまにウフフとか言ってる。ウサミーミさんもセーラは充分仕事をしたからと温かく見守っていた。


 休憩中、ウサミーミさんに聞いたのだが、ルビーベリーは畑で作るのが難しいのだそうだ。どういうわけか、一度畑で育てるとその畑ではもうルビーベリーが育たなくなるという。いわゆる連作障害というやつである。だからこうして野生の物を採るしかないのだとか。幸い、毎年かなりの量が採れるから今の所困らないという。


……なら、さっさと見つかれ。


 午後に入って一気に収穫量が落ちて来た。群生ではなくポツポツとしか見つからず、もしかしたら取り付くしたかと焦りの色が顔に浮かぶ。その時、なんだかコソコソとウサミーミさんが近づいて来た。小声でなにやら囁いている。


(カトーさん、カトーさん。こっちこっち)


 手招きする方へと向かうと、そこには……


 なんと。


 今までで一番大きいのではないかというルビーベリーの群生地があった。ウサミーミさんは、俺がまだ一度も群生地を見つけられずにいる事を気にしてくれていたらしい。つまりここの発見を俺に譲ってくれる、と。ああ何という優しさ。ズルいかもしれんが、俺だって一度は「あったぞー!」とか言いたいのだ。ウサミーミさんを見ると、彼女は微笑みながら頷いた。


 よし、言うぞ?


 本当に言うぞ?


 すぅーっと息を吸って、いざ!


「見つけ

『みんな、警戒しろ! 何かがこっちに向かってくるゾ!!』




 たぞー…たぞー……たぞー………」





 ああん。


 もう。


 なんなんだよぅ。


 残念そうに微笑むウサミーミさんが、うなだれる俺の頭を撫でてくれた。うん、ありがとう。元気だす。元気ださないとね。うん。


「どうした! 索敵に引っかかったのか!?」


 一気にいつもの俺に戻り、莓将軍に問いかけた。莓将軍は困ったように返答する。


『索敵には味方と出ているが、その後ろに敵の反応があっタ! 追われてるのかも知れなイ』


 俺も索敵してみるが、確かに色が不明瞭な反応がこちらに向かってやって来ている。その後ろには、真っ赤な点が幾つも。なんだこりゃ、多すぎるぞ!? それも空中に……飛んでるのか。鳥型モンスター?


「ボンゾさん、セーラ、武装を。多数を相手にするから、ボンゾさんは盾ではなくメイスだ」


「おう、分かったぜ」

「はいっ」


 すぐに戦闘体制に移る俺たちを見て、ウサミーミさんが焦ったように言う。


「待って下さい、皆さんの護衛は莓さんが……」


「いくら腕がたとうが、この数相手に一人は無理だ。安心しろ、俺たちもそれなりに強い」

 そう言ってから、俺は莓将軍に聞いた。


「レベルは?」


『……87』


 強い。中堅だ。


「全体攻撃スキルは持ってるか」


『!?……いや、なイ。サムライロードに成り立てで、そっちはまだ3ダ』


「なら水神剣が使えるな。敵がこちらを囲もうとしたら、俺はすぐに空中に跳躍する。そしたら俺に向かって水神剣を放つんだ」


『おま……何を言ってル!?』


「説明している暇は無い。来るぞ!」


 俺たちが身構えている所へ、茂みの向こうからドスドスという足音が迫ってくる。莓将軍の話では味方というが、油断はならない。そもそもこの足音はなんだ、これではまるで……


「ガアァァァァッ!」


 うおっ! クマ!?


 どでかいクマが走って来る! それも花かんむりを被っていて、大きな網かごに沢山の花を詰めていた! なんだこいつは!


「ハナちゃん!」

『またお前カ、この馬鹿熊ガ!』


 ウサミーミさんと莓将軍が声をあげた。なんと知り合いらしい。クマは二人の声を聞くと、脱力して地面に倒れ込んだ。いやいやいや、よくわからないがこんな所で倒れられても。そしてその後ろから何やらブンブンと音を立ててやってくるのは……


「カトーさん、蜂です! でっかい蜂が飛んで来ます!」

「なんてこった、殺人蜜蜂じゃねえか! このクマ、なんて奴らを連れてきやがったんだ!」


 殺人蜜蜂。ゲームでも厄介な敵だ。麻痺性の毒を持つ他、特攻ニードルという一撃死判定の技を使う。その場合攻撃した方も命を落とすが、致死率三割越えという凄まじく危険な技だ。それが……うわぁ、五十匹越えてるぞ。


 俺は二人に言った。


「とにかく避ける事だけを考えろ、相手が悪すぎる! 決して仁王立ちで受けるなよ! 俺は最初からパンツマンになるから、攻撃は全て俺と莓将軍に任せろ!」


『パ、パンツマン!?』


 混乱する莓将軍を無視して、俺はこちらに迫り来る蜂たちの方へと駆け出した。まさかこんな状況に陥るとは、俺は呪われてるのだろうか。殺人蜜蜂、こちらの強さなど関係なく命を奪う事の出来る最悪な敵。一秒でも早く仕留めなければ大変な事になる。






「パンツマン、参上っっっ!!」





 身体の奥からエネルギーが湧き出してくる。衣服は一瞬のうちにアイテムボックスの中へと仕舞われ、裸の身体が虹色の光を放った。世界がまるでダンスフロアーのように色とりどりの光に照らされる。そこに現れるのは一人の勇者。鍛え抜かれた肉体と大胆不敵なブーメランパンツ、頭部を包むのは悲しい宿命を背負った男の涙を隠す美しき覆面。


 その名はパンツマン。


 荒廃した世界に降り立った救世主(メシア)




 決して変質者などではない。



「行くぞ虫けらども! 正義の鉄槌をその身に受けるがいい! とうっ!!」


 俺は有らん限りの力で跳躍する。奴らは突然周囲が光り輝き驚いている。俺は蜂たちの飛ぶ高さまで上昇すると、莓将軍の方へと振り向いた。


 莓将軍は既にスキルを発動していた。素晴らしい。初めて俺の姿を見て、ビビらず冷静に動けた人は今の所莓将軍だけだ。


 莓将軍は空中の俺に向かって水神剣を放った。水神剣は目標に向かって水流を放つ系統の技だ。リリーが水流剣という技を覚えたが、あれの最上位技だと思ってくれたら良い。放つと同時に着弾する、水属性のレーザー光線のような物だ。


 莓将軍の放った水神剣は、まさしく一瞬のうちに俺の身体へと襲いかかり、目にも止まらぬ速さでパンツの中に吸い込まれていった。そして俺はその場で高速回転を始め……



『パンツマン、ミラクルウォーターハリケーン!!』



 ドォオオオオオオオォオ!!!


 パンツから恐ろしい勢いで水のレーザーが周囲に放たれる!


 そのレーザーは同じ高さを飛ぶ殺人蜜蜂を悉く射落としていった。殺人蜜蜂はバレーボールほどの大きさで、身体は硬い甲羅で覆われている。しかしまるで豆腐を箸で刺すかのように、レーザーは軽々とその甲羅を貫いて行った。この威力の高さはパンツマン補正もあるだろうが、莓将軍の力量もあってのものだろう。やはりかなりの強者のようだ。


 ボト、ボト。次々と蜂は絶命して落ちて行く。しかしそれで終わりではない。


 蜂は個体で物を考えるより集団思考を優先する生き物だ。彼らに恐怖心などなく、生きているなら敵に向かって突き進むのみ。同じ高さを飛んでいなかった蜂は、レーザー攻撃から逃れてすぐさま戦闘体制に入ろうとする。そんな彼らの上に、今度はそれまでパンツから放出されていた水が、勢いを失い降り注いできた。あの高さより低く飛んでいた殆どの蜂たちは、水に濡れて飛行能力を著しく失い、地面へと落下して行く。


 空中には数匹の蜂。それ以外の殆どが死ぬか弱体化した。


「よし、莓将軍は地面に落ちた奴らを倒すんだ! セーラとボンゾさんはウサミーミさんを守りながら離れろ!」


『了解』


「お、おい、おめぇはどうすんだ!」


「俺はクマを守りながら魔法で飛んでる奴らを撃退する! いいか、とにかく避けるんだ! 変に色気出して攻撃したりするなよ!!」


 クマは恐らく麻痺毒を食らっている。地面にうつ伏せに倒れたまま動けない。ウサミーミさんたちの仲間というなら見捨てるワケにもいかず、俺は彼(彼女?)を守りながら戦う事を強いられた。


 莓将軍は索敵で蜂を確実に見つけ攻撃して行く。俺の索敵レーダーでも、どんどん赤点が減って行くのが分かる。俺は空中に残った蜂を攻撃し始めた。


「ウォーターカッター!」


 手を合わせ、指先から鋭利な刃物のようになった水流を飛ばす。未だLv2と低いが、パンツマンになっているせいか威力は凄まじい。恐らく通常状態の俺がディメオーラをフルスイングするよりも大きな威力だろう。カッターなのに蜂を木っ端微塵にしてしまった。


 バシンッ バシンッ


 およそカッターが立てる音とは思えない破裂音が響く。その間にも、莓将軍は動き回って蜂を仕留めていった。初めて一緒に戦うというのに驚くほど息が合う。俺が攻撃に移った時には莓将軍は魔法の攻撃範囲から姿を消すし、こちらの攻撃が止むとすぐに姿を表し地面の敵を潰し始める。その逆もしかり。互いの姿を見なくとも、どこで何をしようとしているのか分かるような、不思議な感覚だった。そしてようやく索敵レーダーから反応が無くなると、そこで初めて俺たちは向かい合って言葉を交わす。


「ご苦労様」


『そっちこそナ』


 その言葉を交わした時、俺は懐かしい感覚を覚えた。


 そう、これはオンラインゲームでパーティーを組んでいた時の感覚だ。ボンゾやセーラと組んでいた時とは違う、独特な感覚。多分莓将軍も同じ感覚なのだろう、俺たちは互いの顔を無言で見つめ合っていた。


 まぁ、どっちも覆面だけど。


 恐らく莓将軍は俺と同じプレイヤーだ。どういう理屈か知らないが、俺のようにこの世界に飛ばされたのだろう。上手く説明出来ないが、なんとなく、それこそセーラじゃないが直感的に分かった。だがそれを一々確認しようとは思わない。莓将軍には莓将軍の人生があり、俺には俺の人生がある。ゲームの時のように、無理にプライベートに踏み込むのは良くないような気がしたのだ。ただ、もし本当に同郷の出身なら、飲み友達ぐらいにはなりたいと思った。


『なア。お前、強いナ』


「そこそこ、な。そう言うお前も強いじゃないか」


『まぁナ』


 そんな言葉を少し交わしてから、俺たちは離れたウサミーミさんたちに手を振った。もう終わったぞ、と。こちらの合図を見て笑顔で駆けてくるウサミーミさんたち。彼らが来るまで、俺たちは心地よい沈黙の中に佇んでいた。




……足元のクマを無視して。










 俺のウォーターキュアによって回復したクマは、莓将軍の尋問によってそれまでの経緯を洗いざらい吐く事になった。鎧武者がクマを尋問するという絵がまず異常だし、そのクマのガウガウをウサミーミさんが通訳するのもメルヘン過ぎて可笑しかった。が、その内容は冗談じゃないものだった。


 クマはハナちゃんと呼ばれるキャロット村の住人である。クマだから住熊が正しいか。彼女(メスらしい)は花が大好きで、いつも森の中を花を求めて散歩するのだそうだ。そして今日も花を求めて散策していたが、何やら甘い香りがしているのに気づき、その香りに誘われて歩いて行って……


 次に気がついた時には、殺人蜜蜂の巣を破壊していたと言う。


 極端だ。余りに極端だ。コイツは夢遊病患者か。途中の記憶が飛びすぎだろ。


『貴様はいつもトラブルを呼ブ。いっそあのまま蜂の餌になってたら良かっタ』


「ま、まぁまぁ。カトーさんたちにはご迷惑かけてしまいましたが、こうして無事に生きていますし、莓さんも落ち着いて……」


 ウサミーミさんはそう言うが、俺も莓将軍に賛成だ。殺人蜜蜂みたいにこっちのパラメーターとか無視して一撃死かますやつは、本当にトラウマになるくらい嫌な存在なのだ。それに加えて奴らは群れるし仲間を呼ぶ。最悪な敵だ。


「ところで」

 俺はとりあえず話を変えた。

「今日の採集はおしまい? もうそんな雰囲気じゃないよな」


「そう……ですね。カトーさんには申し訳ないんですが、さっきの騒動でルビーベリーもだいぶ潰れちゃいましたし」


 潰れ……ああっ、莓将軍が踏みまくったのか! 莓将軍を見ると、明後日の方向を向いて口笛を吹いていた。こんにゃろ……口笛でモーツァルトとか凄いな。確実に同郷だろお前!


「残念だが勝負は俺の勝ちらしいな、カトー。まぁこういう日もあるさ、気にすんな」


 茶化すように言うボンゾ。ああ、わかってる。ボンゾに悪気は無い。場を明るくしようとしてるだけなんだ分かってるさ。けどそう言われたら俺だって黙っちゃいられない性分でね。


「ウサミーミさん。確か依頼の紙には『蜂蜜の買い取り』も受け付けるって書いてましたよね」


「えっ? ええ、普通の蜜蜂もこの森にいますし、そうしたものを取れる方には買い取りも行ってますけど。まさか……」


「そこのクマも悪いと思ってるなら、ちょっとくらい協力してくれたっていいよね。道案内くらいはできるでしょ」


「ガ、ガウ!? ガウアウアウアウ!」

『喜んデ協力すると言ってル』

「ガウアァァァッ!?」


 俺はニッコリと微笑んだ。そしてまだ若干痺れが抜けないクマを背負い、呆気にとられた皆へこう告げる。





「すぐ戻る。乞う御期待!」




 そして俺はパンツマンのままクマを背に、土煙を巻き上げダッシュで森の中を突っ走って行った。背中に何やら悲鳴に近い声を聞いたが、敢えて聞こえなかった事にしよう。










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