不思議の森のうささん 葉
よくコスプレをする人で猫耳やらうさ耳やらを付けて写真を撮っている人がいるが、実写でそうした耳を見ると、俺は言いようのない違和感を感じる事がある。人の耳合わせて4つもあるじゃないか、という事ではないのだが、何か受け付けないのだ。何度か会社の先輩に連れられて大人の店に入った事があるが、初めてバニーガールを見た時、抱いていた幻想が大きく崩れて行くのを感じた。理由は分からなかったが、とにかく失望したのを覚えている。
今なら、その理由が良く分かる。
キャロの森の入り口、大きな木の看板の前に佇む兎人族のウサミーミさんの姿を発見した時、俺は失われた幻想が今目の前で息づいているのを見た。そこにあるのは、余りに自然な耳だったのだ。セーラのエルフ耳同様、在るべき場所にある耳だと、頭が認識する。普通なら頭頂部近くに耳があるなんておかしいと思うハズだが、ウサミーミさんのうさ耳はうさ耳として正しくうさ耳であった。
幼女かと思うくらい小柄な、和服の黒髪少女。雰囲気からして小動物な彼女は俺たちの姿を見つけるとニッコリ笑って大きく手を振って迎えてくれた。
「おはよーございまーす! お待ちしておりましたよーーーっ!」
何とも元気な人である。容姿は極めて美しい。ボンゾの話では兎人族は容姿に恵まれた人ばかりで、昔は奴隷にしようという輩が彼らを狙っていたそうだ。だから兎人族は森に隠れ住むようになった、と言われている。今でもマンディール以外の国では隠れ住むのが当たり前というから、何とも可哀想な存在である。美し過ぎるというのも問題だ。
パタパタと駆け寄ってきたウサミーミさんは、先ずぺこりと頭を下げて自己紹介を始めた。
「はじめまして、私はキャロット村でジャムを作っているウサミーミと言います! 今日は私の依頼を受けて下さって、本当にありがとうございます!」
「俺はカトー。こっちのエルフがセーラで、ドワーフがボンゾだ。今日Dランクになったばかりで、採集クエストは今回が初めてになる。ただ皆植物採集スキルを持ってるから能力的には問題ないハズだ」
「おおっ、それは頼もしいですね!」
ウサミーミさんは目を輝かせた。
「と言っても、そうした能力が無くても出来る仕事ですから安心して下さいね。基本的に、いつも駆け出しの方たちに頼んでる仕事ですから」
ウサミーミさんは笑って言った。確かにEランクの仕事だからな。……ん?
「駆け出しならFじゃないんですか?」
俺が疑問に思ったのとタイミングを同じくして、セーラが質問した。
「んー、いつもならFなんですけどね……最近森がおかしいじゃないですか、変にモンスターも増えてますし。だから私たちも採集を手伝ってくれる方には護衛をつけてるんですが、一応モンスター襲撃の危険があるという事でランクを上げて依頼してるんです。今日も皆さんには護衛をつけますから安心して作業して下さいね」
そう言うと、ウサミーミさんはハンカチをポケットから取り出して、後方の森へ向かって大きく振った。それに呼応するかのように森の手前の空間に波紋のような物が現れ、その中からガシャガシャという音と共に……ぅおっ!? 鎧武者!?
「今回護衛をしてくれる、莓将軍さんです。莓さん、宜しくお願いします」
なんて名前だ、この鎧武者! 全身真っ赤な甲冑、兜の前飾りは中央に莓があり、両脇からうさ耳を模した飾りが後ろへ流れている。戦国武将で似たような兜をしている人がいたが、その真似だろうか。いやここ異世界だよな、似た文化があるってだけか。和製RPGならではというか……ムチャクチャだな。
『私、莓将軍。怖くないヨ』
怖いわ。カタコトとか怖過ぎる。また兜が顔面を全て覆ってる上に、何故か声が機械処理されてるみたいな音になっていて性別すら分からない。
「見た所かなり強そうだな。護衛、宜しく頼む」
笑って手を出すと、向こうは少し戸惑ったが握手を交わしてきた。
「では、早速仕事の説明をしましょう! まずこちらにマギヤン瓶を用意してますので、各自一つずつ持って下さい」
ウサミーミさんはそう言って、彼女のアイテムボックスらしき大きなフワフワのがま口財布を開ける。中に手を突っ込むと、小瓶を取り出して俺たちに渡した。……小さいな。
「ルビーベリーは今からご案内しますキャロの森の南部に生えてます。小さくて見つけ辛いですが、群生するタイプですから一つ見つけたら芋づる式に沢山見つかります。一粒一粒が小さい割に糖度が高くてとても美味しいんですが、採ったらなるべく早く瓶につめないと、色が変わって風味も落ちちゃうんですよね。とにかくすぐ入れられるように常に瓶を持ち、いっぱいになったら私の持ってる空瓶と交換して下さい」
「……ノルマとか、ないのか? 最低これくらいは欲しい、とか」
それを確認したかった。瓶100個分とれるまで帰しません、とか言われたら最悪夕飯に間に合わないし、ボンゾの奥さんたちを落胆させてしまう。
「ありませんよ。次回出荷分はもう作っちゃいましたし、今回の採集は新商品開発の為の材料ですから今日採れなくても問題ありません。……でも皆さんへの報酬が減っちゃいますから、頑張って下さいね」
なんというか、やけに優しいクエストだ。さすが駆け出し用のクエスト。このクエストばかりやるヤツとかいるんだろうな、ウサミーミさん目当てとか。まぁ莓将軍という目付役がいたら怖くて手を出そうなんて気も起きないだろうが。
その後、ルビーベリーの特徴や採り方の簡単なレクチャーを受けてから、俺たちは目的地であるキャロの森南部へと出発した。本でルビーベリーを見せてもらったが、まぁなんというかプチトマトを更に小さくした感じだった。丸く、端がギザギザの葉っぱをつけており、よくその裏にナメクジがいるから気をつけて、との事だった。ナメクジ。久しぶりに聞いた名前だ。子供の頃、わけもなく塩をふりかけた事を思い出した。
道中はもっぱらその採集方法と見つけ方について話していた。セーラは子供の頃に自分で採って食べていたそうだ。非常に心強い。ボンゾも意外な事に知っていた。何でも彼は一時期一人旅をしていて、その時に野草関係を勉強したという。つまり知らないのは俺だけだった。うぬぅ、仕方ないとは言え悔しい。ゲームじゃ全く出てこないからな、ルビーベリーなんて。
ちなみにウサミーミさんのジャムは主に軽食屋に卸されていて、一般的な食料品売り場には数が出回らないようだ。セーラが見かけた店はウサミーミさんの知り合いがやってる店で、だから彼女のジャムを置けたらしい。何気にセーラは良い環境に生きているようだ。
そんな話をしながら、俺たちは一時間ほど森を歩いた。莓将軍はガシャガシャと音を立てて重そうなのだが、本人曰わく『クマよけにもなる』との事。何気にクマが出るらしい。幾分気を引き締めながら歩くと、目的地である南部についた。南部は湿気がやや多く、少し蒸し暑い。俺たちはマントを出して装着してから、瓶を片手にルビーベリーを探し始めた。
ウサミーミさんを中心として、俺、セーラ、ボンゾが三方向にバラけて探索する。誰かが株を見つけたら集まって、みんなで一気に採る。そしてまたバラけるという作戦だ。莓将軍はその間、周囲を警戒している。索敵能力に関してはかなりのレベルにあるらしく、彼(彼女?)も恐らく兎人族なのだろう。兎人族で重い甲冑を着こなすくらいの身体能力があるのだ、多分レベルは俺たちより高い。安心して護衛を任せられる。
俺は自分の仕事に集中した。
さて皆さんは山に入って山菜を採った経験があるだろうか。俺には全くない。そんな人間がスキルがあるからと言ってすんなり仕事を出来るハズもなく。周りが緑だらけの森の中から、目当てのルビーベリーを見つけだすのは非常に困難を極めた。とにかく草が生え放題で、何が何やら分からないのだ。俺は全身の神経を研ぎ澄ませ、ルビーベリーを探す。感覚が広がり、いつもと違う風景が見え出す。植物採集スキルはしっかりと発動してるし、しばらくしてレベルも上がった。けれどなかなか見つからない。そのうち、20メートルばかり離れた所からセーラの声が聞こえてきた。
「見つけました! 沢山生えてますよーっ!」
うーむ、負けた。
俺は悔しい気持ちを抑え、セーラの元へと向かった。
ルビーベリーは想像以上に背の低い植物だった。どうやら視点からして俺は間違っていたらしい。そして実が成っている部分にしても低く、尚且つ緑色の弁が実を覆う傘のようになっていて、俺のように背が高いと逆に見つけ辛いようだった。
なるほど、これがルビーベリーかとしっかり記憶して、俺は実の採集に取りかかった。勿論セーラを手本にして。木こりの頃と一緒だ。
ルビーベリーは小さく潰れやすい。取り方のコツは実を直接触るのではなく、実を覆う弁をつまみ、その中央を爪で実から切り離す感じだ。下に瓶を持ってきて、そこに落とす。その要領で俺は瓶2つ。ボンゾが3つ。セーラとウサミーミさんがそれぞれ6つの瓶をいっぱいにした。……実力開き過ぎだろ。見ていた鎧武者が肩を震わせて笑っている。ガシャガシャうるさいわ、次で挽回してやるから見とけ!
「セーラ、見つける時って何に注意して見てる?」
「えっ? そうですね……ギザギザの葉っぱを見てます。ギザギザしてる葉っぱって、他になかなか無いですから」
セーラから良い事を聞いた。よし、次は是非とも俺が見つけてやる。意気込んで、俺は先ほどの場所へと戻った。
ギザギザ。
ギザギザ。
ギザギザの葉っぱカモン。
俺は念仏を唱えるかの如くギザギザを繰り返す。ギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザ……ギザ・ギーザー。オゥ、ギザギーザー。壊れて来た。その時……
「おぅい! こっちにまたあったぜ!!」
なんてこった、ボンゾにやられた! 悔し涙を堪えながら、俺は声の方へと歩いた。
先ほどの分も加えて俺4、ボンゾ5、セーラ11、ウサミーミさん13。この差は何なんだ。歩合の分だけ計算すると、俺は2000Yでセーラ5500Y。同じ時間でここまで差が開くと悲しくなってくる。ああ、俺はダメ人間だ。ダメダメ星から来たダメ星人で、一生ダメな人生を送るしかないんだ。そんな気持ちになりながら、また元の場所へと戻った。
セーラが慰めなかったか、だと? セーラはね、楽しくなってるらしくてもう夢中ですよ。俺の存在など忘れてたね、あれは。
さてギザギザですよ。
ギザギザさん、出番ですよ。
いらっしゃいませギザギザ様、そろそろお見えになっても宜しいんじゃありませんか。
出てこい。
ベントラー、ベントラー。
我、今ここにギザギザを召喚せり。
「あ、また見つけましたよーっ!!」
俺は泣いた。
さて三回目の収穫を終えた時点で、時刻は正午を迎えた。昼食は森の中の休憩所にてウサミーミさんが持って来たパンとジャム、ちょっとしたサラダを食べた。莓将軍は顔を見せたくないらしく、離れた場所で見張りをしながら食事をしている。
「莓さんの事は気にしないで下さい、性分なので。それより皆さん、凄いですね。量で言えばもう充分なんですよ。ただ……」
ウサミーミさんが俺を見た。よせ。見るな。そんな目で俺を見るなよ。
「まだ満足されてない方が居ますし、午後も続けて採集をしましょう」
「カ、カトーさん、元気出して下さい! 大丈夫、まだまだ時間はあります、カトーさんにも見つけられますから!」
「セーラ、おめぇは甘やかせ過ぎだ。ダメな亭主にゃ時には厳しく言わなきゃなんねえんだぞ」
ボンゾ、俺に何か恨みでもあるのか。俺には今潤いが必要なのに。落ち込んでると、何やらウサミーミさんがニコッとした顔で俺たちに尋ねてきた。
「お二人はご結婚されてるんですか?」
「ん? いや、まだ式は挙げていない。昨日、結婚を前提に付き合い出しただけだ」
「まぁ……それはおめでとうございます」
ふむ。祝福されるのは、まぁありがたい。
「ありがとう。見ての通り、仕事じゃまだ甲斐性無しだが、ぼちぼち頑張るよ。……セーラ?」
見るとセーラが顔を真っ赤にしている。そして俺の背中に顔をつけて来た。
「なんでカトーさんは平然とそんな事言えるんですか! 直接結婚って単語言ったの、今が初めてなんですよっ!?」
「でも今朝、そういう話をしただろう?」
「正式な申し込みはまだでした! というか私今凄く感動してるのに、カトーさんばっかり冷静なのはズルいです!」
ポカポカと背中を叩かれる。ボンゾはため息をつき、ウサミーミさんはニヤニヤとしていた。ふぅむ、これはどうした事だ。鎧武者は向こうで不思議そうにこちらを見ている。何を騒いでるのだろう、という風に。
「……つまりセーラばかり恥ずかしいのはイヤだと。俺にも恥ずかしい思いをしろと言うんだな?」
「なんだかニュアンスが変わってる気もしますけど、概ねそんな感じです」
「セーラ」
「なんですか?」
「結婚を前提に付き合ってくれ」
「はいぃぃぃぃぃぃっ!?」
「おめでとうございます」
俺の突然のプロポーズに素っ頓狂な声を出すセーラ、それに被せて祝福の言葉を贈るウサミーミさん。ボンゾもさすがに笑い、遠くで鎧武者はひっくり返った。
確かに恥ずかしいかもしれない。
けど恥じる事なく堂々としていれば、問題は無いのだ。堂々としていて問題なのは露出狂くらいなものである。……俺じゃないか。
セーラはついに耳から煙でも出しそうなくらい顔を真っ赤にしてダウンした。ふしゅぅ~とか言ってる。仕方あるまい、彼女の分も昼から頑張ろう。別にこれでライバルが一人減ったとか思ってないからな、本当だぞ。
「ボンゾさん。午後は俺とボンゾさんの一騎打ちだからな」
「へっ! 今更ひっくり返せると思ってんのかよ」
バチバチと火花を散らす。そんな俺たちを見て、ウサミーミさんは苦笑いを浮かべるばかりだった。




