不思議の森のうささん 序
朝、素敵な二度寝を満喫した俺たちは地下の食堂で朝食を済ませると、宿泊期間の延長手続きをしてからホテルを出た。しばらくセーラと二人でこのホテルを拠点として活動する事にしたのだ。倹約家のセーラは金に余裕があってもこうしたホテルに泊まらないが、それでは身体を壊さないかと俺が気になってしまう。俺の方から頼み込んで、一緒に暮らす流れとなった。
ちなみに彼女との同居はメリットが大き過ぎた。今朝起きた後、俺は彼女に日本で着ていたスーツをアイテムボックスから取り出して見せた。サハギンの血だらけになって、仕舞いっぱなしにしていたやつだ。取りあえず異世界人である証拠として見せただけだったのだが、それをセーラはほぼ完全に修復してみせたのだ。
どうも俺のアイテムボックスは特殊らしく、中の物が全く劣化しないらしい。よれよれになって間が無い状態が維持されていたからセーラのスキルで修復出来たとか。普通のアイテムボックスでは、こうはいかなかったらしい。とにかく愛用していたスーツが復活して俺は飛び上がって喜んだ。修復、洗浄、乾燥。何とも便利なスキル持ちである。「一家に一人、セーラさん」。家電のキャッチコピーになりそうだ。他にもセーラは様々な生活の知恵を持っており、恋人とかそういう事を抜きにしてでも一緒にいたい存在と言えるだろう。
そんな歩く家事マスター、セーラと共に行くのは待ち合わせ場所のギルド前広場。今日はセーラに恥をかかせない為に麦藁帽子を被らず、皮のジャケットを着てジーンズ生地のズボンをはいている。これでボンゾにカカシ呼ばわりされずに済むだろう。あれは少し傷ついたのだ。
「お、もう来てやがったか」
その時、俺たちの背後から声がかかった。ボンゾだ。セーラが先ず挨拶を返し、次に俺の番が来る。
「やあお早うボンゾさん。今日も良い朝だな」
「ああ、おはよう。おめぇも相変わらず元気そう……ん? おお、カトー。おめぇいつの間に頭にヤスリなんて仕込みやがった」
なんて斬新な切り返し方だ、意味が分からん。頭にヤスリとか俺は爪きりか何かか。そもそも爪きりの頭ってどこだ。
「カトーさん、頭がツルツルじゃないからですよ。というか、ちゃんと髪の毛あったんですね」
セーラが続いて指摘した。ああなるほど、髪の毛の事か。ツルツル頭ってのは実は維持が大変だったりする。毎日剃らないと、すぐに坊主頭になってしまうからな。アマレス部の頃に坊主にしたが、頭を拭く時タオルが引っかかって嫌な感触なんだよ。それ以来、丸めるならツルツルにすると決めていた。昨日はセーラとゴニョゴニョだったので剃るのを忘れたのだ。
しかし忘れたと認めるのはシャクだった。
「ディメオーラに粘菌がついてたらヤバいかな、と思って昨日は剃るのを止めたんだ」
「おいコラ待てカトー! おめぇまさかディメオーラで頭剃ってんじゃねえだろうな!?」
「ボンゾさんのおかげで、剃った後は爽やかなんだ。風の加護のおかげなのかな」
「て、てめぇ! 離せセーラ、一度コイツにゃガツンと言ってやらなきゃなんねえ!」
「やめて下さい、拳で語るのは話し合いじゃありません!」
てんやわんやである。今日もみんな元気で何よりだった。
朝のコミカル・コミュニケーションも終わり、落ち着きを取り戻した所でボンゾは昨日のギルドでの一件を俺たちに話してくれた。やはり結構な大事だったらしく、現在フォーリードの上位冒険者に緊急召集がかかっているという。
「ギルドのモンスター鑑定士に見てもらったんだが、あの切り株野郎、Lv47だとよ。それもバンプウッドの変種に分類された。そりゃあスキルもレベルもあがるわなぁ」
イベントボスとして出てくるバンプウッドが50。それに近い強さだったらしい。完全に俺の読み違いだった。外見じゃ分からないものだな……。
「ちなみにヴォーンの仕留めたバンプが38と41だ。あっちは一体200万、俺たちの仕留めた分は粘菌含めて貴重なサンプルとして450万が出た。で、それとは別に情報提供料金として俺たちとヴォーンに300万出たんだが……」
ボンゾは頭を下げて言った。
「すまん! 俺の独断で、200万を向こうの取り分として渡しちまった! 実はあいつ、俺が鍛冶屋をやめてから仕事が減って、苦労かけさせちまったんだよ。結婚してまだ一年、これからガキも出来りゃあ色々と物入りだろうから、ついその場の勢いでやっちまった。すまん」
……何故、ボンゾが頭を下げるんだ?
「情報提供と言っても、その裏付けから何までヴォーンさんの話が根拠だからなあ。本来全額向こうに渡して構わないんだが」
「そうです、ボンゾさんが気にやむ必要はありませんよ。ギルドの人たちと難しいお話しをするのは私には無理なので、全部お任せしちゃって悪いなぁって思ってるくらいです」
「そ、そうか。それを聞いてホッとしたぜ。ああ、それと良い知らせがある」
安心したボンゾは、次にニカッと笑って言った。
「今までのギルドへの貢献と今回の件で、俺たちのランクはFから一気にDに上がったぞ。Eは試験無しで成れるが、Dは試験アリだ。そこを特別に試験免除にしてもらったんだ。すげえだろ」
「おお、本当か!?」
俺は取りあえず喜んでみせたが、何がいいのか分からなかった。空気を読んだのだ。しかしセーラはそれ以上に空気を読んで、俺をフォローするように言った。
「これで遠出のクエストで交通費の自己負担額が減ったり、よそのギルドでの仕事も受けやすくなりますね! 討伐系のクエストもDから増えますし、そうなれば色んな人から認めてもらえますよ!」
有り難すぎて涙が出る。説明的にも程があるセリフだが、これがゲームならセーラはチュートリアルキャラだな。それもゲーム本編に一切関わらない癖に、人気投票で上位に食い込むタイプの。……なんの話だ?
「で、だな。Dになったはいいんだが、昨日あれだけ危険な相手と戦ったんだから、今日は休むか軽い仕事に留めとけってギルドから指示が出ている。まぁまだ俺たちは経験が浅いから、調子に乗って大怪我すんなよって事だ。……どうするよ」
ありゃ、自粛命令ですか。それはまたギルドも偉い気遣いをするもんだ。ううむ、どうするか。
「軽い仕事と言っても、今どんな仕事があるか分からないからな。実際にギルドへ行って、リストを確認して来るのがいいんじゃないか」
「そうですね。私は植物採集とかやりたいです。戦うのは、ちょっと疲れますから」
セーラの希望もあって、今日は軽作業をする事になった。
俺たちはギルドの中に入り、先ずはボンゾに促されるまま受付まで向かった。賞金の受け取りだ。トータル550万Y。三人で分けると割り切れないが、俺とセーラで300万、ボンゾに250万という風に分ける事にした。
「俺一人で250万は貰いすぎだろう。いや、その前になんで『二人で』300万なんだ?」
「実は、な」
理由を説明しようとすると、セーラがニコニコしながら俺の腕に抱きついてきた。
「……というワケなんだ」
ポカンとするボンゾ。しかしすぐに笑顔になると、セーラに言う。
「良かったな。カトーなら……まぁ変なやつだが、きっとうまくいくだろ」
「はいっ! ありがとうございます!」
ここは怒るべき所だろうか。微妙に迷ったが、やめといた。
「ボンゾさんには色々世話になってるし、気にせず受け取ってくれ。多分まだまだ世話になる事も多いと思うしな」
「仕方ねえ、それで納得しておく。だがその分今夜はしっかりウチで食ってってもらうからな。嫁たちが張り切ってんだよ、今日は」
それは楽しみだ。昨日の弁当でその腕前は分かってるからな。期待しよう。
さて、次に俺たちは仕事を探す事になったのだが、夕飯前には帰れるような採集系の仕事となると、やはり自然とランクの低い仕事を選ぶ事になる。窓口のギルド職員は、俺たちが低ランクの仕事を選ぶと言ったら露骨に安心してため息をついた。やはりムチャしないようにチェックしているのだ。
「カトーさん、近場なら西の森で仕事がありますよ」
三人でリストを眺めていると、セーラが指差して言った。そこには今日の日付で依頼された印があり、採集系のマークがついている。
『キャロの森 植物採集クエスト Eランク ルビーベリーを出来る限り沢山採って来て下さい。 参加者一人につき日給2000Y+マギヤン瓶一つ分で500Y 蜂蜜も買い取ります。 依頼者:ウサミーミ』
………。
…………?
ウサミーミ?
「キャロの森は、この街の西にある森なんですよ。マギヤン瓶というのはホテルにもありましたけど、ジャムを売る時によく使われる小瓶です。この人、ジャム職人さんみたいですね。私も食料品のお店でこのお名前を見かけた事ありますし」
ウサミーミ。ジャム職人。……人か?
「変わった名前だな。依頼者は兎の耳でも付けてるのか?」
「「…………」」
何故か俺が不思議な目で見られた。いや、セーラはすぐに気づいて説明してくれた。理解者って本当にありがたい。
「カトーさん。兎人族って聞いた事ありません?」
「兎人族? ……ああ、なるほど」
兎人族。獣人の一種だ。
ワイルドフロンティアにおいて、獣人族の人口は非常に大きな割合を占めている。人間も厳密的には猿人族という獣人族の一種で、その次に猫人族、人狼族、そして兎人族と続く。ただ兎人族は基本的に森の中に住み、森の住人であるエルフやピクシーといった連中としか付き合おうとしない為、滅多に街などで出会わない。ゲームではそういう設定だった。特にエルフと暮らす連中はエルフの結界魔法や隠蔽能力、兎人族の索敵と逃走能力という強力なコラボレーションによって、完全無欠の隠れ里を作る傾向にある。その為、それ以外の種族との接点がまるで無くなるのだ。
謎の多い種族であり、俺もよく知らない。ゲームでは初めから選べる種族だが、あまりにひ弱すぎて玄人向けと言われて敬遠されていた。ただ将来的には1、2を争う程の能力伸び率となる為、サブキャラとして使う人が多かった記憶がある。所謂、大器晩成型種族だ。
「兎人族って人前に出ないって聞いたけど」
「ああ、この国の兎人族だけだろうな。俺も連中を見たのはこの国に来てからだ」
どうやらこの世界でもゲームと似たような習性を持っているらしい。
「確か兎人族はエルフと仲がいいハズだし……そうだな、セーラがいると向こうの印象も良くなるだろう。この仕事は良い雰囲気で出来そうだし、やってみるか?」
セーラは嬉しそうに頷いて、それを見たボンゾも「おう」と言って承諾した。全く、今気づいたがこのチームは、何だかんだ言ってセーラを中心に回っているようだ。俺は苦笑いしながら、リストからその依頼の紙を抜き取って受付へと持って行く。今日の仕事は植物……というか果物採集となった。なかなか和やかで、今の俺たちにはピッタリの仕事かもしれない。
キャロの森はフォーリードの西にあり、兎人族の集まる村がある事から、森林伐採が禁じられた保護地域のようになっている。2kmと離れておらず、俺たちは徒歩でその森に向かった。森の入り口で依頼者のウサミーミさんが出迎えてくれるらしい。ちなみに兎人族は名前のどこかに「ウサ」がつくのが一般的らしい。だから兎人族は別名「うささん」と呼ばれるのだとか。適当すぎる。
「うさ耳か……。やはりよく聞こえるんだろうか」
「そりゃあ、あんだけ長けりゃ聞こえるんじゃねえか?」
「私の耳より長いですからねぇ……。兎人族の方は危険を察知するのが上手で、地震予知も出来るそうです。耳で飛ぶ事も出来るって誰かが言ってましたが、多分これは嘘だと思います」
そうだろうな。誰だ、純真無垢なセーラにそんな事吹き込んだやつは。
「セーラの耳は何が出来るんだ?」
俺が問うと、セーラはむむっと唸った。
「耳……尖ってますが、これで何かをしようと考えた事はありませんねぇ」
「それが普通だ、セーラ。カトーの言う事を馬鹿正直に受け止めるな」
ひどい言い方だ。
「ならカトー、おめぇは何か出来るのか」
「無論」
俺を舐めてくれるな。
「動かす事が出来る」
そして俺は耳を動かした。
ピクピク、ピクピク。
感覚的には耳元の皮を後ろに動かす感じだ。これは出来る人と出来ない人がいる技で、俺は特にこれが上手いみたいだ。会社の連中には驚かれたし、今こうして二人も驚いている。
「おめぇは色々と規格外だな。そのうち耳で空飛ぶんじゃねえか」
「カトーさん、凄いです……私も、んんっんんっ、んんっ……無理です、動きません!」
「はっはっは、ほぉらほぉら」
「んんーっ!」
「セーラ、戻ってこい。いいんだ、俺たちゃそっちに行かなくていいんだ!」
楽しい時間が過ぎて行った。




