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それは素敵なピクニック(5)

 セーラの問いに、俺の頭の中は真っ白になっていた。致命的なミスである、これはもう誤魔化す事など無理だろう。しかし……どう説明しろと言うのか。本当の事を言ったとしても、余りに荒唐無稽で怒らせてしまうに決まっている。今更まだ嘘を重ねるのか、と。俺は今まで築き上げてきた関係が壊れる事を恐れていた。


 どうすればいい。どうしたらいい。俺は一体、何を言えばいいんだ。


 胸が苦しい。鼓動は恐ろしく早くなって行く。しくじれば恐らくセーラとはこれっきりだ。離れたくない、と心が叫ぶ。しかし肝心の言葉が出ないのだ。俺はどうにかして彼女に何かを伝えようとする。しかし、唇は渇きただ震えるばかりだった。


 一体俺は今どんな表情をしているのか。きっと情けない面をしているのだろう。視界が滲んでゆく。おいおい、俺は泣いてるのか? 母の葬式でさえ他人の前で涙を流さなかったというのに……


 目の前が真っ暗になった。目蓋を閉じたからだ。俺は俯いていた。セーラの視線から逃げたのだ。そして、ベンチからセーラが席を立つ音が聞こえ、彼女の重みが消える。


 終わった。


 全て終わった。


 所詮嘘で塗り固めた関係だった。これでもう彼女と一緒には居られない。何かがガラガラと崩れて行くような感覚に、意識が遠くなって行く。頬を何かが伝って行ったが、俺は拭う事すら出来なかった。





 その時。


「ごめんなさい」


 セーラの声が、すぐ近くで聞こえたような気がした。そして次の瞬間、身体を暖かな何かが包み込む。顔に当たる柔らかな感触や、背中や後頭部の優しい締め付け。視界を塞がれた俺にも、何をされているのか直ぐに分かった。


 セーラが俺を抱きしめている。彼女は去ってなどいなかったのだ。


「ごめんなさい」

 セーラはもう一度その言葉を口にする。何を謝る事があるというのだろう。悪いのは騙し続けていた俺だと言うのに。しかし彼女の続けた言葉は、俺の予想を超えたものだった。


「私、カトーさんが嘘をついてるの……分かってました」


「……え?」


 分かっていた?


「どんな内容かは分からないけど……私たちに嘘をついているのは、分かっていたんです。でもカトーさんが好きで嘘をついてるんじゃない事も分かってたから、私は一緒にいようって思ったんです。でも、でも、やっぱり知りたかったんです! カトーさんがどんな人か! 本当はどこから来たのか! だから我慢できなくて、私、カトーさんを困らせてしまって……ごめんなさい、本当にごめんなさい!」


「ちょ、ちょっと待ってくれ、とにかく一度落ち着こう!」


 混乱の極みに達していた。それは恐らくセーラもだ。俺はとにかく自分も含めて落ち着く事が先だと判断し、今度はこちらからセーラの身体を抱き締める。背中に腕を回し、苦しくないように気をつけながら、泣き出したセーラが落ち着くのまでその背中を撫で続けた。そして回らない頭で先ほどのセーラの言葉の意味を考える。分かっていた。気づいたのではなく、分かったというのはどういう事だろう。


 俺は日常会話から気をつけて自分の素性を明かさないようにしていた。嘘に矛盾が生じないように心がけてもいた。少なくとも異世界の存在を明かすようなヘマはしていなかったハズである、先ほどの星の話までは。しかしセーラはその前から分かっていた? まるで理解出来ない。





 それからしばらくしてセーラは泣き止み、俺の膝の上から降りた。今気づいたのだが、彼女はベンチに座る俺の上に抱きつく形で乗っていたのだ。公園には俺たち以外に人はいない。いたらかなり恥ずかしかったろうが、今はどうでも良かった。


「カトーさん……私も、カトーさんに黙っていた事があるんです」


「セーラさん?」


 俺の隣りに座ったセーラは、アイテムボックスから財布を取り出す。その中から冒険者カードを出すと、表面を指でなぞって小さく呟いた。


『出てきて』


 カードが小さく光を放つ。そしてセーラは俺にそのカードを見せた。指を添えられた欄はスキルの項目であり、そこには以前確認した時には見られなかったスキルが表記されている。




 直感(Lv58)




 直感? 知らないスキルだ。少なくとも俺の知っているゲームでは登場しないスキルである。直感……あ、もしかしてこのスキルで俺が嘘をついてたのが分かったのか。


 俺は表情に出やすいらしい。セーラは俺の顔を見て、寂しそうに頷いた。


「私は昔から勘が鋭かったんです。そのせいで、住んでた村では気味悪がられる事が多くて……成長するにつれて力も強くなって、自分に向けられる悪意にも気づき出したら、もう村に居られなくなりました。親ですら私を嫌ってると分かってしまったんです」


「それは……」


 地獄だろう。どうやら話の内容から、直感の向けられる方向は心理面が多いようだ。セーラのような優しい子には毒にしかならないスキルである。


「この街に来てからも、日雇いの仕事をしている時や街で買い物をする時に悪意を感じる事が多くて。特に男の人は私を見ると嫌な目をするので、怖かったんです。ボンゾさんの奥さんたちと出会ったのは、そんな悪意に疲れて、この公園で泣いていた時でした。ほら、ここは人も少ないし、空には悪意なんて無いですから。よく通っていたんです」


 それでお気に入りの場所なのか。何というか、理由としては悲しいものだ。けれどここが彼女の心の拠り所だったというのは、よく分かった。


「クレアさんたちは私に近い能力を持っているらしくて、私の事をとても親身になって心配してくれました。力の制御の仕方を教えてくれたり、勉強なんてした事の無かった私に一般常識や文字を教えてくれたり……私にとっては、あの人たちは大切な家族みたいな存在なんです。ボンゾさんも優しいですし、私はあの人たちに会えてやっと笑って生きて行く事が出来るようになりました。けど……」

 セーラさんは、済まなさそうに俺を見た。

「最近になって、その力がまた強くなって来たんです。制御は問題ないんですけど、察知出来る事がどんどん増えて、ふと知りたくなった事があると私自身が誘惑に負けて力を発動しちゃうようになって……」


 ああ、そうか。


 それは俺のせいだ。成長促進スキルが彼女の力を強めてしまったんだろう。不用意に俺がスキルを使ってしまった為に、結果として彼女を苦しめる事になった。最悪だ、結局は俺のせいじゃないか。


「ごめんな。俺の成長スキルが君を苦しめる事になった。どれだけ詫びていいのか分からないが、俺に出来る償いなら何でもやる」


「ま、待って下さい、カトーさんは何も悪くないんです! 私が力を使ってカトーさんの事を知ろうとしなければ、この力だってここまで強くならなかったんです! だから、だから謝らないで下さい!」


「しかし……」


「私はカトーさんの言葉に嘘がないか、言葉の向こうにどんな気持ちがあるのか、探ろうとしました。最低です、こんなの。誰だって隠しておきたい事があるのに、私だってカトーさんにこの力を隠してたのに、私ばかりカトーさんの事を知ろうとしたんです! 本当なら苦しまなきゃならないのは私なのに、なのにカトーさんが辛い思いをするなんておかしいんですよ! 悪いのは私なのに!」


「セーラさん、落ち着け。頼むから落ち着いて、俺の話も聞いて欲しい」


「カトーさん……」


 また涙ぐむセーラ。俺は彼女の目元から零れそうな涙を人差し指の背で拭うと、幾分落ち着いた声で話しかける。相手が慌てたりすると逆にこちらが冷静になる、というのはよくある事だ。今の俺はセーラのおかげでいつもの落ち着きを取り戻していた。先ほどまでの動揺っぷりが嘘のようである。


「セーラさん、これから俺の全てを話そうと思う。その直感スキルを使って聞いていて欲しい。荒唐無稽な話だし、俺だって未だに信じられないような内容だから普通なら馬鹿にされて終わるような話だ。けど、セーラさんならこの話が本当だと分かってくれるハズだ」


 そう。彼女なら直感スキルで俺の話が本当だと分かってくれる。ならもう彼女に嘘をつく必要はないのだ。


 俺の言葉に驚き目を見開くセーラ。しかし俺の覚悟が伝わったのか、黙って頷いてくれた。ああ、良かった。これでどんな反応をされるかは分からない。もしかしたら恐れられたり、気味悪がられたりするかもしれない。けどそれで構わないのだ、少なくとももう彼女に嘘をついて傷つけなくて済むのだから。


 そして俺は語る。


 狂人でも信じないような、バカバカしい物語を。


 この情けない臆病者の人生を。










 自分で自分の人生を語るというのは中々難しいものだ。割愛してよい事とそうでない事を取捨選択しながら話さなければならないし、そうした作業は俺の苦手とする所だ。しかし出来るだけ分かり易く順序立てて伝えるよう心がけた。


 先ず、この世界とは別の世界が存在し、俺はその世界にいた事。そこでは俺は魔法の使えない一般人で、母と二人で生きてきたが、母と死に別れてからは一人で生きてきた事。その後、娯楽として遊んでいたゲームの起動中に事件に巻き込まれ、死んでしまった事。そして次に目覚めた時、そのゲームとそっくりな世界にいた事。ざっと要約するとこの程度の内容だが、それを説明するのは骨が折れた。しかしセーラは根気よく俺の言葉足らずな説明を聞き続ける。母が亡くなった所では泣きそうになり、俺がそれを乗り越えて何とか生きて行けるようになった所では嬉しそうな顔になり、そして死んでしまった所では理不尽な展開に怒ってくれた。話しながら、俺はいつの間にか心が満たされている事に気づく。そうか、俺は誰かに聞いて欲しかったんだ。俺が生きてきた時間が、確かに存在した事を。今の俺を作り上げた、その人生の軌跡を。


 全てを話し終えた頃。辺りは完全に夜となり、空の星は一層輝きを増していた。吹く風は夏場だが若干の冷気を湛えていたが、話し疲れた俺には心地よかった。セーラは疲れてないだろうか。話下手なせいでやけに長話になってしまい、彼女の反応よりもそれが先ず気にかかった。


 しかしそれは杞憂だったようだ。セーラは穏やかな顔で俺を見つめていた。恐らく、今まで抱いて来た疑問が全て解けたのだろう。全てに納得し、それを受け入れているように見えた。そして少し間を置いてから、口を開く。


「カトーさん、頑張ったんですね」


 ………。


 この台詞は、反則だった。


 心ではなく、身体が勝手に反応してしまっていた。涙が勝手に流れ出したのだ。おいどうなってるんだ。なぜ泣く、俺の身体。


 けれど涙を流しながら、俺はその理由に思い当たった。セーラの発した言葉は、きっと俺が一番欲していた言葉だったのだ。何もかもが嫌になって、しかし必死に生きるしかなくて、誰も助けてくれない中もがき苦しみ、最後に訳も分からず死んでしまった。情けない人生だ。けれど、俺は俺のやれるベストを目指した。それを誰かに認めてもらいたかったのだ。


 セーラの姿に、亡き母が重なって見えた。俺は涙を止める事すら忘れていた。


「……バカバカしい話だろ。自分が、作り話の世界の住人だと言われて、嫌な気持ちにならないか? この話が本当だと分かるセーラさんなら、頭にくるんじゃないか」


「まさか。だってその話の通りなら、今はカトーさんも私たちと同じ作り話の住人です。本のように、誰かにページを破られて物語が終わってしまう事が無いなら、別に構わないんじゃないですか?」


「ハ……ハハハハハ、なんじゃそりゃ」

 セーラの答えは余りに脳天気な物である。俺は何を恐れていたのか、と気が抜けてしまった。

「セーラさんはそれでいいのか?」


「だって……どうしようも無いじゃないですか。それよりも私には、カトーさんが生きてここに居てくれる事の方が大切ですから」


 そう言ってセーラは笑った。


 完全に俺の負けのようだ。俺なんかより、セーラはずっと強い。きっと、直感スキルなんて無くても彼女なら俺の話を信じてくれただろう。そんな気がする。


「セーラさん」


「はい?」


「俺、セーラさんの事が好きみたいだ」


「はい。私もカトーさんの事が大好きですよ」



 やけに自然と。俺の口からついて出た言葉に、さも当然とばかりにセーラが応える。夜風がその勢いを強める中、俺とセーラは手を取り合ってその温もりを確かめ合う。そして、この時間が何時までも続いてくれたら、と願っていた。










 さて次の日。


 俺はグランドホテル・フォーリードの一室で目覚めた。冒険者になって仕事を始めてからは、無理に安いホテルに泊まるような事はせず、普通にこのホテルで寝泊まりするようにしている。決して贅沢をしているワケではない、一般的な冒険者の多くはこのランクのホテルを使用しているのだ。


 ただ、今日は何時もと違いダブルベッドで起きた。つまりはそういう事だ。


 俺もどうかと思うんだ、純真無垢なセーラといきなりそういう関係になるのは。しかし勢いというものは恐ろしいもので、あの日の俺は何かが乗り移っていたとしか思えない。恥ずかしい事を言いまくっていたような気もするが、とにかくセーラと離れたくないという気持ちをぶつけ、それを彼女は快く受け入れてくれた。


 セーラは俺よりも早く起きていたらしく、朝の挨拶はすぐ耳元から聞こえて来た。


「おはようございます、カトーさん」


「おはよう、セーラさん。……いや、セーラ」


 セーラは呼び捨てにされてご機嫌である。なんでも、前々から気になっていたようだ。特に俺がルシアやフレイを呼び捨てにしているのを見た時など、もやもやした気持ちになっていたらしい。


 ちなみにこれは出会い方の差である。


 ルシアたちと出会った時は互いにイーブンな関係だった。俺はただの旅人、彼らは冒険者。そこに上下の関係など無かった。しかしセーラとは違う。職場の先輩と後輩の関係だ。俺は年齢や立場ではなく、その仕事における就労時間の長さと実力を第一に尊重する性格で、だからセーラとボンゾは木こりの仕事が終わってもその時のノリで接してしまう。永遠に尊敬に値する先輩だからだ。また、木こりをしてた頃に俺の知らない知識を色々教えてくれた事も大きい。知識量もまた尊敬する理由の一つで、だから何時までたっても『さん付け』を変えなかったのだ。逆を言えば経験も何も無い上司に対しては不敬な態度を取りがちな性格で、だからこそ前の世界で部長を避けていた。とことん組織向きの人間ではない。


……もちろんこれは俺の勝手な言い分であり、呼称を変えなかったのはセーラに寂しい思いをさせていた理由の一つである。決して邪険にしていたのではないと説明して、納得してもらった。大体、俺の素性を知ってるのはセーラだけなんだぞ、と言ったら機嫌を良くしてそれ以上は何も言わなくなった。この手は使えるかもしれない。


 とにかく。


 俺とセーラは、いわゆる恋人同士となった。それだけの話だ。


「カトーさん」

 まだ朝というには早い薄暗い部屋。俺の腕を抱え込みながら半分眠ったような目つきでセーラが言う。

「カトーさんは私なんかでいいんですか? 私、カトーさんの事を知ろうとして、沢山スキルを使っちゃうような人なんですよ」


「その質問、何度目だ? 答えは変わらないよ、『構わない』。興味をもたれない方が辛いし、俺はもうセーラに嘘をつく必要が無いからスキルを使われても問題ない」


「でもカトーさんは私が嘘をついても見抜けないじゃないですか。私ばかり見抜けるのは不公平だと思うんです。こうした気持ちをカトーさんが抱いたら、いつか積み重なって私の事を嫌いになりませんか」


「ならないな。可愛い嘘なら笑って流すし、深刻な嘘ならそんな嘘をつかせた原因の方が問題だ。誰よりも人の悪意に苦しめられてきたセーラは、簡単に人を傷つけるような嘘はつかないだろ? なら原因はセーラ自身ではなく外にある。浮気だったら確実に俺が原因だ、反省するさ」


「浮気なんて絶対しません!!」


 寝ぼけ眼が嘘のように、セーラがムキになって否定した。俺は嬉しくなってその身体を抱き寄せる。セーラの香りを胸一杯に吸い込みながら、俺は幸せに浸った。


「カトーさん、私は絶対浮気なんてしませんから、例え話でも止めて下さいね」


「分かった。俺も浮気はしないよ。セーラひとすじだ」


「……えっ?」


 何故そこで聞き返す。俺がモテまくるような人間に見えるのなら、眼科に通った方がいいぞ。


「カトーさんの国は一夫一妻の国なんですか?」


「ああ。第一、一夫多妻の国に生まれても俺自身がそんな甲斐性のある人間じゃない。一人の女性を幸せに出来たらそれで充分だし、次に幸せにするなら生まれて来た子供だな。次に俺自身って所か」


「~~~~~っ!」


 ガバッとセーラが飛びついて来た。感極まったらしい。首に腕を回し、俺の顔に頬擦りをして、とにかくぎゅうぎゅうに締め上げて来た。いや気持ちは嬉しいし感触もいいんだが、耳が、エルフ耳が痛い! けっこう固いぞエルフ耳!


「カトーさん、私沢山子供生みます!」


「待て待て、話が飛びすぎだ! 色々順番間違えてる!」


「カトーさん、カトーさん、カトーさん!!」


 暴走するエルフ娘に完全に締め落とされ、俺は安らかな二度寝タイムへと突入していった。




(おかしいなぁ。柔道部の奴らにも落とされた事ないんだけどなぁ。そう言えばセーラ、今普通の人間の二倍の筋力だったっけ……)


 そんな事を、思いながら。









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