それは素敵なピクニック(3)
和製RPG定番の敵キャラクターとして、スライムはあまりに有名である。マスコット的な可愛らしいものから、徹底リアルな粘菌チックなものまであり、大抵は初心者向けの雑魚敵として登場する。しかし意外な事にワイルドフロンティア・オンラインにおいてスライムは登場しない。似たようなモンスターとしてゲルゲルというやつがいるが、これはゲル状だが人型でどちらかというとアンデッド系のモンスターだったように記憶している。腐敗した人が変化したもので、ゲルゲルというよりグログロだった。
今目の前に展開されている光景は俺も初めて見るものだ。とりあえずセーラと一緒にそのスライムチックなやつから距離を置く。武装して駆けつけて来たボンゾも、その光景に唖然とした。
「な、なんだこりゃあ」
「とりあえず弁当に夢中で襲ってきたりはしないようだな。セーラさん、俺たちも武装しよう」
「た、戦うんですかあ!? まぁお弁当箱を取り返さないといけないから戦うんでしょうけど……」
確かに見た目からして触れたくないし関わりたくもない。しかし敵である可能性がある以上武装はしなくてはならないだろう。しかし……粘菌ってどうやって倒すんだ?
「こういうのって燃やすくらいしか倒し方を知らないんだが……森だから危険だよな」
「あたりめぇだ、大火事になったら俺たちが焼け死ぬ。放火は国からも罰せられるしな」
「魔法使いが嫌われる理由の一つなんです、環境破壊って。ちょっとした不注意から森一つ無くす事すらありますから。火を扱う魔法は禁呪となってる国もあるくらいです。私も火の魔法を扱うのは嫌ですね」
なるほど、色々あるんだなぁ。しかしそうなるとコイツはどうやって倒せばいいのか。粘菌はみるみるうちに弁当を食らいつくしてゆく。さあ次はどうする、俺たちを食らうつもりか。そう緊張しながら身構えていると、粘菌は意外な事に一つにまとまり、近くにあった小さな切り株の中へと入っていった。
……切り株を巣にしているのか?
「俺はこんな生き物初めて見るんだが、ボンゾさんもセーラさんも同じか?」
「ああ。木こりをやってた頃だって見た事ぁねえよ」
「私も森の中で暮らしてましたけど、初めてです。何なんでしょう?」
本当に何なんだろう。とりあえず弁当箱は無事なようだし、拾っておこうか。俺は慎重に近づいて、地面に転がる弁当箱を拾いあげる。
「カトーさん、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫……うぉっ!?」
不意に、トゲのようなものが切り株から伸びてきた。俺は素早くよけると腰に下げていたディメオーラを引き抜き構える。トゲは切り株の中へと戻ってゆき……
「カトーさん!?」
「おいセーラ待て、あいつぁヤバいぞ!」
切り株は不可思議な動きを始めた。表面がひび割れ、その隙間から粘菌が蠢くのが見える。次第にそれは赤黒く変色を始め、俺の記憶にある顔の形に変化した。先ほどのトゲといい、もうヤツ以外に有り得ないだろう。
バンプウッド。まだ小さいが、間違いなくヤツだ。こうして生まれるモンスターじゃなかったと思うんだが、この世界ではそうなんだろう。
「ボンゾさんはセーラさんの前で盾を構えてくれ。俺は囮となって動く、合図したらセーラさんが魔法で攻撃だ」
「お、おい、まさかコイツとやり合うつもりか!?」
「カトーさん、私なんかの魔法じゃかないっこないです! パンツマンになって下さい!」
「おいおい、相手はまだ子供じゃないか。これの大人を、クロスたちは相手にしてるんだぞ」
俺は笑った。
「追いつこう、俺たちも。大丈夫さ、本当にヤバくなったら俺もパンツマンになる。けど出来れば今の俺たちの実力でコイツを倒してしまいたい。力試しには格好の相手じゃないか」
しかし俺は勘違いしていた。確かに見た目は切り株であるが、木の子供とは即ち種であり芽だ。切り株は小さいだけで充分に大人であり、むしろ小さい分動きも俊敏になり、当たり判定も小さく難敵となる。強さで言っても俺が倒したあのバンプウッドに近く、本来であれば今の俺たちのかなう相手ではなかったのだ。
バンプウッドの切り株との戦いは熾烈を極めた。
まずボンゾの装備している盾はヤツのトゲを弾き返すので精一杯であり、それも常時仁王立ち状態で防御力を強化しないといけない為に動く事が出来ない。囮として動く俺も、ヤツの素早い動きに翻弄されていた。攻撃が当たらない上に、俺自身がヤツの攻撃を避けるのに集中しなければいけない為、攻撃に移れないのだ。そんな中でセーラは頑張ってウィンドスラッシュの魔法を放ち続ける。ある程度追尾効果があるらしく、時々命中するもダメージは無い。そのたびにセーラの周りに光の輪が出来、どんどんスキルアップして行った。相手のレベルは異様に高いらしい。
「ダメですカトーさん、もうパンツマンになって下さい! 多分この切り株、私たちの何倍もレベルが高いです!」
「そうだぜカトー! さっきから俺も盾とスキルが上がりっぱなしだ!」
「もう少し、もう少し耐えてくれ!」
俺は激しくなって行く切り株の攻撃をかいくぐり、隙をついてウォーターヒールを唱えた。セーラとボンゾの周りを水の膜が覆い、中の二人を回復する。傷だけでなくスタミナまで回復しており、先ほどまで息切れをしていたが呼吸も整っていた。
切り株は間断無く攻撃を仕掛けてくる。パンツマン状態でないとここまで辛い相手だったのか、と内心で驚いていたが、目で追えないほどでも無い。というか段々と速さに慣れてきて、俺の攻撃も当たりだした。
「フンッ!」
ガスッ
「ピギィッ!?」
ディメオーラが表皮を削る。ボンゾの鍛えた剣がすんなり通らない硬さ、どんだけ硬いのか。しかし抉れた部分は表皮ほどの硬さではないハズだ。
「セーラさん、傷を狙って魔法を撃つんだ!」
「ムチャ言わないでください!!」
先ほどから切り株は、セーラの魔法詠唱が始まるとセーラを中心に狙い始めていた。今も俺から離れセーラの前に立つボンゾに攻撃を仕掛けようとする。ボンゾは仁王立ちを解除してポジションを微妙に調整してからまた仁王立ちをする、の繰り返しだ。仁王立ちはMPではなくHP消費技であり、さらに切り株の攻撃を受ける。隙をついて俺が回復魔法を使わなければすぐに殺されてしまうだろう。
危険な橋を渡っている。それは自覚していた。しかしこの程度の敵を倒せなくては、バンプウッドが出没頻度を増している今、街を守るなんて出来っこないだろう。俺はなんとしても今の実力でコイツを倒したかった。
「ウィンドスラッシュ!!」
セーラの魔法が切り株に直撃する。先ほどよりも更に鋭さを増した真空刃が切り株の表皮を更に裂いた。命中率も上がっている。俺の振るったディメオーラ並の攻撃力だ。ボンゾの盾スキルもかなり上がったらしく、段々とトゲ攻撃に押し負けないようになってきた。
そして俺である。
俺の振るうディメオーラは、元々風の加護が掛けられてあるらしく素早く振るえるのだが、そのスピードが桁外れに早くなって来ている。切り株の繰り出す攻撃とも互角に打ち合えるようになり、更にボンゾへと向けられた攻撃を撃ち落とす事も可能になっていた。
そしてそんな俺を見てボンゾが叫んだ。
「カトー、少しの間俺の代わりにコイツの攻撃を捌いてくれ!」
「分かった!!」
突然の指示、しかし俺は何も聞き返さず引き受けた。俺のワガママで危険な目に合わせているのだ、これくらいはなんて事ない。俺は切り株とボンゾの間に割り込むと、ディメオーラを振りかぶった。
「うぉらあぁぁぁぁぁっ!!」
雨あられと降り注ぐトゲ攻撃を全力で弾く。こうして真っ正面から攻撃を受けると、ボンゾの仁王立ちスキルの偉大さが身にしみて分かった。俺よりはるかに遅いボンゾである。この凄まじい攻撃全てをその盾で受け続けるしかなかったのだ。勿論身体に傷もつく。いくら俺が回復すると言っても、一歩間違えば死んでしまうような極限状態を耐え続けるのは並大抵の防御力と精神力では無理だ。スキルの凄さ、そしてボンゾ本人の精神力に脱帽である。
永遠とも思える時間、俺はディメオーラを振るい続けた。俺が回復出来ない今、俺が倒れる事は即ち全滅に直結する。もはやパンツマンになるしかないのか、と思ったその時、俺の後方で強烈なエネルギーが沸き立つのを背中で感じた。
「待たせたな、もういいぜ。どきな、カトー!」
俺は最後に大きく一撃を放ち、切り株の体勢を大きく崩す。そして横に身を投げ出すように飛んだ。そして……
「くらえ、このクソ野郎があぁぁぁぁぁぁっ!!」
ボンゾが雄叫びを上げながら拳を繰り出した。その拳、なんと輝く巨大なエネルギーの塊である。俺も知識として知っているだけで実際に目にするのは初めてだが、これが伝説の『捨て身のメガトンパンチ』なのだろう。防御力がゼロになる上に発動まで時間がかかるが、攻撃力は闘拳スキルの中でもトップクラス、尚且つ相手の防御力を無視できる最凶の技である。
ゴオォォォォォッ!
「ピギッ!?」
迫り来る光の塊に硬直する切り株。次の瞬間。
バキィィィィッ!!
直撃。ひび割れた顔から光が漏れだし、周囲を真っ白に染め上げる。そして切り株の断末魔と共にその身体を粉々に打ち砕いてみせた。
バンプウッドの切り株はこうして倒された。地面に転がっていた俺が見上げると、そこには身体中を傷だらけにしながらも雄々しくそびえ立つボンゾの姿。身体の周囲に輝くスキルアップの祝福の輪と、空に響き渡るファンファーレの中、ボンゾはまるで王のようにそこに佇んでいた。
「すまなかった」
バンプウッド討伐後。当然だが俺は二人に謝った。ジャパニーズ土下座である。今回のムチャは普通のムチャではない。俺もパンツ強化抜きで危険だったが、それ以上に二人を危険な目に合わせたのだ。ボンゾには素早さの問題があり回避出来ない。セーラには耐久力に問題があり、直撃を食らえば間違いなく一撃死。俺の回復が少しでも遅れたら、三人揃ってあの世逝きとなっていた所だった。それは二人も分かっており、俺を見る目は冷たく……なかった。あれ?
「いや、まぁ、確かに言いたい事もあるんだがな。どの道誰かが倒さなきゃならなかったし、結果的に倒せたから良いと言えば良いんだ。おめぇのムチャにもある程度ついて行くと決めてたし、あの切り株野郎も倒せて俺たちもかなりレベルが上がったみてえだしな」
「……私はもうこんな怖い事はゴメンですけど、冒険者ってそういう職業ですしね。それにこの結果を見てしまったら、カトーさんを責めるのもどうかと思いますし」
そう言ってセーラは冒険者カードを差し出した。見ると彼女のステータスは恐ろしく上がっている。
名前 セーラ(Lv21)
種族 エルフ 18歳
職業 魔法使い(Lv19)
HP 180/320
MP 1/264
筋力 21
耐久力 35
敏捷 52
持久力 35
器用さ 65
知力 54
運 61
スキル
ウィンドスラッシュ(Lv22)
エアガード(Lv5)
パラライズウィンド(Lv1)
修復(Lv15)
洗浄(Lv31)
乾燥(Lv23)
危険察知(Lv23)
索敵(Lv1)
職業スキル
木こり(鉈Lv11 斧Lv4 植物素材採取Lv28)
一気に10以上もレベルを上げている。筋力の伸びはイマイチだがそれでも一般人の二倍。弱点だった耐久力も全く問題なし、冒険者としてはかなり強い部類に入るのではないか。というかMP残量が1……本当に限界ギリギリまで使いきっていたんだな。悪い事をした。
一方ボンゾはというと。セーラの言葉につられて自分のステータスを確認している所だが、なんというか呆気にとられている。どうしたのだろう。あまり表情を変えないボンゾが目を剥いて驚いているように見える。俺はセーラにカードを返すと、ボンゾに尋ねた。
「どうしたんだ、鳩が豆を食ったような顔して」
「……そりゃ普通に満足そうな顔じゃねえか。いや、なんつーかな。あり得ねえ事が起きてやがんだよ」
そう言うボンゾは持っていたカードを俺に見せる。セーラと一緒に覗き込むと、そこにはちゃんと普通に成長したボンゾのステータスがあった。
名前 ボンゾ(Lv29)
種族 ドワーフ 57歳
職業 戦士(Lv25)
HP 121/522
MP 63/63
筋力 53
耐久力 48
敏捷 28
持久力 53
器用さ 58
知力 32
運 82
スキル
兜割り(Lv15)
どつきまわし(Lv9)
憤怒(Lv4)
仁王立ち(Lv52)
捨て身のメガトンパンチ(Lv22)
力加減(Lv23)
盾(Lv18)
自動MP回復(小)
職業スキル
木こり(斧Lv25 鉈Lv22 植物素材採取Lv20)
鍛治屋(ハンマーLv35 金属加工Lv30 金属細工Lv30 耐熱Lv35)
身体能力の強化が凄まじい。年齢とか考えると有り得ないかもしれないが、しかしファンタジーなこの世界なら別段驚くような事だろうか。自動MP回復か? しかし前線ファイター型のボンゾに必要かと聞かれたら疑問である。いやいや、もしかしたら運の異様な上昇に驚いてるのかもしれない。ここだけ群を抜いてるからな。この世界に宝くじがあるかは知らないが、今のボンゾなら一等前後賞総取り間違いなしである。
「ボンゾさん。ギャンブルにのめり込んで冒険者辞めるとか言わないでくれよ」
「おめぇは一体何を考えてんだ。俺が驚いてるのはここだよ、ここ」
そう言って指差したのは、MP欄だった。55から63に増えているが、10近くレベルを上げてこれっぽっちとは寂しい結果である。しかし隣のセーラも驚いていた。
「ボンゾさん、増えてます! MP増えてますよ!!」
「ああ、そうなんだよ、増えてやがんだ! それに自動回復までしやがる! 一体どうなってやがんだチクショウ! カトー、おめぇのおかげなのか!?」
一体ボンゾは喜んでるのか怒っているのか。しかしセーラの喜び様からして、多分良い事なんだろう。
「……話が見えないんだが。けど、前に俺のカード見た時に成長促進のスキルを見ただろう? 有り得ない成長があるとしたら、多分そのスキルが関わってるんだと思う」
「やっぱりそうか、コンチキショー!! よしお前ら、今日は夕飯にたんまり贅沢させてやる! ご馳走だ、ご馳走!」
「やったー! ボンゾさん、ありがとうございます!!」
何やらめでたい事らしい。あー、いや俺たちの弁当とかパンを摘まむんじゃなかったのだろうか。そう思いながら二人の喜ぶ様を眺めてると、不意に二人は動きを止める。顔も何だか青ざめて……
「うっぷ……」
「き、気持ち悪いですぅ……」
地面にうずくまって口元を押さえ出した。そりゃあそうなのだ。腹一杯食べた後にあれだけ動いて、今また食べる話をしてるんだから。気分も悪くなるというものだ。俺はウォーターキュアを二人にかけてから自分の冒険者カードを確認した。二人はとりあえず寝かせておこう。さあて俺はどんだけ成長したのかな……
名前 カトー (Lv30)
種族 人間 26歳
職業 魔法使い(Lv29)
HP 329/713
MP 121/382
筋力 77
耐久力 91
敏捷 82
持久力 110
器用さ 65
知力 81
運 71
スキル
ウォーターヒール(Lv13)
ウォーターポール(Lv4)
ウォーターカッター(Lv2)
ウォーターミスト(Lv1)
ウォーターキュア(Lv4)
索敵(Lv25)
力加減(Lv21)
自動MP回復(中)
成長促進(最大・限界突破・効果範囲:小パーティー・現在閲覧不可状態)
短剣(Lv12)
職業スキル
木こり(斧Lv12 鉈Lv8 植物素材採取Lv11)
はっきり言おう。もはや人ではない。ゲームをしていた頃の記憶はもうだいぶ薄れているが、身体能力の数値が三桁に乗るのはレベル60前後だったハズだ。30でこの数値は有り得ない。そして、この成長促進・最大・限界突破とは何事だ。多分これがボンゾの成長と関係するんだろうが、じゃあボンゾのMP55は限界値だったというのだろうか。それこそ有り得ない。ゲームでは全種族、最低でも四桁に届くように作られていた。それはMPの成長の遅いドワーフも同様である。色々と分からない事が多い世界だ。
俺は胸ポケットにカードをしまってから、まだ少し顔色の悪い二人の回復を待った。二人がまともに会話出来るようになったのは、それから10分くらいしてからだった。
今日はただの散歩兼腕ならしのつもりだったが、思いのほかハードな1日となった。まだ日暮れには早いが、俺たちはさっさとフォーリードへと引き返す事にした。体力は俺が回復させたが、多分帰り道は精神疲労などで歩みも遅くなるだろうと考えたのだ。実際、セーラはMP欠乏により集中力が切れていた。帰りの雑魚モンスターは詫びも兼ねて俺一人で対処したが、俺自身も疲れていたらしくロンリーウルフごときに傷つけられたりした。情けない限りである。数値では現れない蓄積疲労は、なかなか侮れないものらしい。
さて、俺たちはあれから周囲を散策して粘菌の類が居ない事を確認した。粘菌イコールバンプウッドとなるのかは分からないが、この現象が最近のバンプウッド出没と関係していると見て、切り株バンプの身体の一部と弁当箱をギルドに差し出す事にした。弁当箱には僅かに粘菌の一部がへばりついていたのだ。活動はしていないが、もしかしたら手がかりになるかもしれない。ボンゾも承諾してくれたので、街についたらそのままギルドに行くつもりだった。
「何だか今日は疲れましたねー。でもこれだけ一気に能力が上がるなんて、頑張った甲斐がありました!」
「俺も自動MP回復なんてレアスキルを手に入れて、尚且つMPも成長した。最高の1日だぜ。……だからよ、カトー。いい加減落ち込むのはよせ。こっちは気にしねえって言ってんだからよ」
「あ、ああ……ありがとう」
帰り道、ずっとこんな調子だった。時間がたつにつれ罪悪感という物は雪のように静かに心に降り積もってゆくものだ。もっと安全で良い方法はなかったものか、さっさとパンツマンになって倒せば良かったのではないか、と反省に反省を重ね、負のスパイラルに陥り気分はもう奈落の底である。俺はやっぱりリーダーには向かないなぁ、そういや会社でも結局係長に成れずに終わったなぁ、こうと決めたら独断専行しちゃうのは今も変わらないなぁ、と思いながらトボトボと歩いていた。
そんな時、俺たちの歩いている後方からパカパカと馬の蹄の音が響いて来た。振り返るとそこには大きな馬車が一つ、馬を引くのは大柄な戦士風の男一人である。身長は俺より高いからきっと2メートルを越えている。肩幅も異様に広く、恐らく人間ではない。俺はどこかで見た顔だなと思って記憶を探り、ああ、あの時見かけたなと思い当たった。
冒険者としての初仕事。フォーリードの警備の時に、アジトへ向かった連中の中に居た男だった。それ以外でも木こりをしていた頃に街で何度か見かけた。この街でクロスのような存在感を放つ者は数人いるが、彼もその一人だ。筋骨隆々とした大男で、白く長い髪を後ろでひとまとめにしている。浅黒い肌で、眉毛は無い。瞳は金色をしており、その眼光は鋭かった。服装はネイティブアメリカンに近く、羽根飾りのついたヘッドギアと背中に背負った大斧がそれっぽさに拍車をかけている。なんというか、一目見ただけで「強い」と思わせるオーラを放っていた。
男は俺たちの姿を見ると、野太い声でボンゾの名を呼んだ。どうやら知り合いらしい。
「ボンゾ。外で会うとは珍しい」
「おお、ヴォーンじゃねえか。久しぶりだな」
ボンゾも気さくに挨拶を返す。ヴォーンと呼ばれた男は次にこちらを見て言った。
「ギルドで話題になっていたが、お前たちがボンゾの仲間か。俺はヴォーンと言う。冒険者兼彫金師をしている、ボンゾの店を使うなら俺とも顔を合わす事があるかもしれんな」
「カトーだ。宜しく頼む」
「セーラです。宜しくお願いします」
俺たちは挨拶と握手を交わした。ゴツい手である。彫金師? ゲームではそんな職業は無かったのだが。
「彫金っていうのはどういう物なんだ? 金属加工ってのは想像出来るが……」
俺の問いにボンゾが答える。
「おめぇの持ってるディメオーラの刀身に、彫り物があるだろ。そう言う細工をする仕事だ。俺の作った武器に、やたらとゴテゴテ装飾しやがるのさ。こんなナリして、花とか入れるのが趣味なんだぜ」
「……木々や花の精霊の加護を入れているだけだ、趣味ではない」
少し憮然とした表情で言うヴォーン。ディメオーラを見ると、確かに刀身には細かな装飾が施されている。ツタ植物のようなものが刀身の柄元から半ばに掛けて、邪魔にならない程度にうっすらと掘られていた。注意して見ないと気づかないレベルだが、よくよく見ると非常に綺麗で繊細な印象を与える彫り物である。確かにヴォーンの外見にはそぐわないかもしれない。
「しかしヴォーン、おめぇも最近じゃ姿を見かけなかったが、どうしてたんだ。おまけに馬車なんて引いて、買い出しか何かか?」
「……いや、違う。説明が難しい」
そんな会話をしていた時だ。セーラが馬車の荷台を覗き込んで、小さく悲鳴を上げた。
「きゃっ!?」
「どうした、セーラさん」
駆け寄った俺が見た物は。
「おわっ!?」
薄暗い荷台の中、乱雑に放り込まれた二体のバンプウッドの亡骸だった。




