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それは素敵なピクニック(2)

「ふんふんふ~ん♪ ふにゃふにゃふふふ、ふんふふふ~ん♪」


 陽の光を浴びて金色に輝く長い髪。それを風になびかせ、少女は歌う。見目麗しいエルフの手に握られているのは一振りの細剣、ビュンビュンと風を切っていた。この物騒な少女こそ、先ほどまで一人で戦う事を恐れていた新人冒険者、セーラである。セーラは今では率先して突撃する血に飢えた狼であった。


「カトーさん、ボンゾさん、次にモンスターが出たらまた私に殺らせて下さいね! この調子なら私、どんどん強くなってドラゴンでも倒せそうな勢いですから!」


「あ、ああ……無茶すんじゃねえぞ」


「セーラさんが強くなるのはチームにとって大きなプラスだからな。フォローはちゃんとするから、好きに戦うといい」


 セーラは嬉しそうにハイッと言うと、また鼻歌を歌いながら剣をビュンビュン振り回した。ボンゾは俺に「調子づかせる事言うんじゃねえ」と目で訴えてきたが、俺だって怖いものは怖いのだ。機嫌を損ねたりへそを曲げられたりしたら、何をされるか分からない。それに、機嫌良くニコニコしているセーラは単純に可愛いかった。


 そう、可愛い。エルフという存在をリアルで目の前にすると、その非現実的な美しさに心を奪われそうになる。ゲームという仮想空間では何とも思わなかったが、やっぱり実際にそこにいる美人さんというのはなかなかに破壊力があるものだ。それが剣を振り回して血を求めた女性であっても。じゃあセーラを異性として求めるかと言えば答えは否。不思議とそんな気は起きず、ボンゾ同様「孫を愛でるような心境」である。いつから俺は枯れてしまったのだろう。


 そんな下らない事を悶々と考えてる間も、ちまちまと敵は現れた。それがまた初心者向けの弱い敵で、グリーンモスモスという巨大な緑の蛾や、ナスティドッグという野犬ばかり。ロンリーウルフ以下のモンスターであり、その全てをセーラ一人で退治してしまった。ちなみにゲームではレベル10くらいの戦士がサンドバッグにするような相手だ。成長補正のあるセーラの敵ではなかった。


「うふふふふ……私、強い。強くなってる……」


 不気味な笑みをたたえ、ギルドに提出するための部位をモンスターから削ぎ落とすセーラ。可愛いかと聞かれたら可愛いと答えよう。近寄りたくないけど。


「ボンゾさん、ヤバくないか。変な自信をつけられても困るぞ。勘違いしてバンプウッドなんかに突っ込まれたら……」


「自分で煽っといて何言ってやがる。……だがセーラもそこまで馬鹿じゃねえよ、危険察知能力ならセーラはずば抜けてる。ヤバい相手ならすぐに気づくし、そん時は俺たちが盾になりゃあいい」

「そうだな。その時は命をかけて俺たちが守ろう。最悪、俺のパンツの下に居ればセーラも安全だ」


「カトーさん。それって性的嫌がらせとしか思えません」


 セーラに聞かれていた。


 そんなやりとりを交えながら、俺たちは順調に目的地へと歩いて行く。太陽が段々と高くなるにつれ日差しもきつくなってきたが、マントのおかげで涼しいままだ。どちらかというと俺は汗かきなんだが、未だに汗も滲まない。非常に爽やかだった。








 目的地となる、懐かしい作業現場についた頃には腹の具合もいい感じに空いてきていた。丁度昼飯時らしく、日は真上から照りつけている。街道から少し離れたこの森は、俺たち木こりによって一部が切り開かれており、ゴロゴロと切り株や枝が積み上げられたままとなっている。余りに急な仕事の打ち切りだったので、片付けもままならなかったらしい。俺たちはそんな積み上げられた木の中からテーブル替わりになりそうな物をピックアップして、食卓を作った。


「ボンゾさんならここの木材で椅子とか作れそうだな」


「作れるぞ。やらんけどな。マントがあるんだから、それ敷きゃいいんだ」


「その為のマントですからね」


 俺は知らなかったが、マントってそういう使い方をするのか。雨や風をよける為だけじゃなかったんだな。勉強になる。


 俺は二人に倣ってマントを地面に敷くと、その上に胡座をかいた。アイテムボックスの中から取り出したのは今朝買ったパンである。固いフランスパンのような丸パン、それを横半分に切って間にチーズとハムと野菜を挟んだものだ。俺はとりわけ固いパンが好きで、日本でもフランスパンの美味しい店を探し歩いた経験がある。この世界のこのパンも、日本のお気に入りの店に負けない美味さだった。以来、昼食にはいつもこのパンを食べている。


「カトーさん、沢山買って来たんですね。買いすぎじゃないんですか?」


「手のひらサイズのパンが7つだぞ? 大した数じゃないよ。それに今日は皆にも分けようと思ってたし」


「俺も嫁から多めに弁当持たされたんだけどな」


「私も実は皆さんに味見してもらおうかなって、ちょっと多めに作っちゃってたり」




 「「「…………」」」




 明らかに過剰供給である。


「まぁいいさ、俺のはいつでも買えるものだしアイテムボックスの中なら保存も効く。二人の持って来た弁当を食べよう、俺のパンはおやつか何かにすればいい」


 今回は俺が引く事にした。親切なタイプが集まると、こういう事が往々にして起こるものだ。まぁパンなら夜食にもイケるし、なんなら三食パンでも俺は平気だったりする。アイテムボックスがあると食べ物が腐らないから、非常に便利である。こんな便利な物があるのに干物や瓶詰めのような保存食があるのだから、この世界は本当に不思議だ。


 さて、食事は主にボンゾの持ってきた弁当を中心に食べる事になった。かなりの量だったのだ。大きな重箱のような物が三つ、その一つ一つにハンバーグや鳥の唐揚げやらがギッシリと詰められていた。ご飯は別の箱に入っており、これはもう最初から俺たち全員の分を作ってやろうという意図があったとしか思えない。ボンゾ自身が絶句していた事から、どういった物を入れられたか確認していなかったのだろう。これは仕方ないと、セーラも自分の分を引っ込める事になった。ただそれでは、せっかく作って来てくれたセーラに悪い。そこで夕食をボンゾ宅で皆でとり、その時に俺のパンやセーラの弁当を摘まもうという話となった。自然とボンゾの嫁さんたちと顔を合わせる事となったが、人の奥さんと顔を合わせるのってなんだか妙に緊張するのだが、それは俺だけなのだろうか。


「ボンゾさん、いつもこんな美味しい物食べてるのか。外食とか必要ないな」


「うぅ~……やっぱりクレアさんって天才ですよぅ。このハンバーグなんて生姜の味が効いてます、なんでこんな発想出来るんですか!」


「ははは、それ本人に言ってやってくれ。喜ぶぞアイツ」


 食べてみると、驚きの連続である。こちらの世界での食事は基本的に日本にいた頃とあまり変わらない。日本では様々な国の料理を手軽に楽しめる環境にあったが、この世界でも似たような料理を食べる事が出来た。だいたい、木こりの頃にしたって『おにぎり』が昼食に支給されたのだ。そのまま同じという物や、少し形が違うだけという物は沢山ある。そしてボンゾの嫁さんが作ってくれた弁当も馴染みの物で溢れかえっており、俺はまだ日本にいるんじゃないかと錯覚したくらいだ。なにより味、そこに驚く。先ほどセーラの言った生姜入りハンバーグなどは、昔テレビで紹介されてから一部の主婦で流行ったらしく、俺の亡き母もレパートリーに入れていた料理だったりする。他にも鳥の唐揚げにカレー粉のようなスパイスで下味をつけていたり、俺としてはピンポイントで懐かしい味だったのだ。


 いったいこの世界はなんなんだろう。食べながら、そんな事を思った。








 弁当に舌鼓を打ちながら、俺たちは他愛も無い話をした。ボンゾの嫁さんがどれだけ素晴らしいかを力説するセーラ、やめろと言いつつまんざらでもないボンゾ。どうやらセーラはフォーリードに来てから、同じエルフであるボンゾの嫁さんたちにかなりお世話になっているようだ。初めの頃に男女の区別がつかなかったというのは本当だったようで、セーラは母子家庭の上かなりの僻地に住んでいたらしく、一般常識がほとんど無い状態でフォーリードの街に来たらしい。色々複雑な事情があるようで、俺は深く聞かなかった。


 さて一通り話をしていると、やはり俺の事を話さなければならなくなる。それはボンゾのこんな言葉から始まった。


「で、カトー。一体おめぇは何者なんだ?」


 余りに唐突、余りにストレートな言い方にセーラなどは飲み物を噴き出した。


「ゲホッ、ゲホッ! ボンゾさん、いくら何でもその言い方はあんまりです!」


「あまり回りくどい言い方は好きじゃねえんだよ。……カトー、別におめぇを信用してないわけじゃねえし、言いたくないなら言わなくていい。だがな、おめぇはなにかとチグハグ過ぎて気になるんだよ。旅をしてきた割にはマントも持ってない、やたら金を持ってるくせにろくな装備をしていない。常識もない。でもって恐ろしく強い。悪いやつじゃねえのは分かるんだがな……俺も色んな奴らを見てきたが、おめぇみてえに掴み所のねえやつは初めてなんだ。だいたいセーラに聞いたが、何なんだパンツマンってのは。そこからして分からん」


 ボンゾの疑問はもっともである。こんな疑問を抱いたまま今までよく付き合ってくれたものだと思う。しかしどう説明したものか、俺は悩んだ。旅人って所からして無理があったのだ、俺は旅らしい旅などした事がないし、修学旅行や社員旅行で海外に行ったが、それはあくまで旅行会社のセッティングしたツアーみたいな物だ。身一つで荒野を行くような旅など普通に生きてきた日本人が経験するわけがない。


 しかし本当の事を言った所で信じてもらえるはずもなし。俺は嘘で嘘を塗り固めるしかなかった。


「前にチラッと言ったかもしれないが、俺の出身地はクオリタだ。ただ街の外れで育ったし、決して良い環境ではなかった。そこでの生活は、あまり話したくないな」


 以前フレイとの会話でクオリタの事を話題にした時に、クオリタがフォーリードよりも都会で猥雑な街だという事を聞いた。そこに肉付けしていく形だ。若干後ろめたい気持ちになりながら、俺は続ける。


「俺は母と隠れるように暮らしていた。理由は分からない。母は病で死んだが、医者にかかる事すら拒んでいた。隠れる事に関しては徹底してたな。凄まじい量の金を持っていたけど手をつけようともしなかったし、まぁ訳ありだったんだろうさ。結局俺は何も知らされないまま母を亡くしその金を受け継ぎ、身よりもないから旅を始めた。実はボンゾさんたちと会ったのは、まだ旅を始めて間がない頃でね。だから旅に関する常識なんてまるでないんだ。それどころか一般常識からして何もないよ、隣近所の人間とすらまともに話した事がなかったくらいだし。身体が強い理由は分からない、これが普通だと思ってたから。あと、魔法使いをしている理由だがそれは単純でね。回復魔法があれば母を助けられた、そんな後悔があるからだ。今となっちゃ無意味なんだろうけど、まぁ自己満足だよ」


 よくもまあこれだけペラペラと嘘がつけるもんだと自分で感心する。それも聞く者に罪悪感を植え付ける内容。案の定セーラやボンゾは何とも言えない顔をしていた。


「あとパンツマンってのは、俺に施された呪いみたいなもんでね。特定の言葉に反応して身体能力が変動するんだ。多分俺の出生と関わるんだろうと踏んでいる。母は何も語らず死んでいったからな……俺にも分からない事だらけなんだ。すまない」


「いや……悪いな、言いづらい事を言わせちまった」


 済まなさそうに言うボンゾ。それを見て俺も内心で申し訳なく思っていた。しかし異世界から来たなんて言えるハズがない。これで押し切るしかないのだ。


「カトーさんがおかしな格好をしてたのはそう言う理由があったんですね」


「ああ。俺だってわざわざ下着姿で戦いたくはないさ、普通なら致命傷くらって死ぬからね。けどあの姿になればやたらと強くなるし、バンプウッドも簡単に倒せる。危険なモンスターがいる地域を一人で歩くとなるとあの姿にならざるを得ないんだ」


「なるほどなぁ……しかしそれだけの力が与えられて、尚且つ莫大な遺産もあるってえと、カトーはやっぱりどこぞの貴族の出身なのかもしれねえな」


「あっ……!」


 セーラが思い出したように声を上げる。


「そうです、お金! カトーさんのお母様が大切に残していたお金、私たちにあげちゃっていいんですか!?」


「ああ、その事か。それなら問題ないよ、自由に使えって言われたし。それにお金というのは個人が溜め込んでそのままにするもんじゃない。ある程度市場に流さないと経済が成り立たなくなるし、これからも必要に応じて使って行くよ。無駄使いは俺自身が嫌いだから変な浪費はしないさ、そういう風に育てた母だってわかってくれると思う」


 言いながら、俺は日本の母を思い出していた。


 俺は小学生の頃に父を亡くし、父の残した借金に苦しめられながら母と二人で生きて来た。父が何で借金を作ったのかは知らない。母が言わなかったからだ。母は必死に働いていたが、後に会社の同僚と独立して自分たちの会社を作り、そこで成功する。俺が高校に入る頃には借金を返済し終え、尚且つ俺が大学へ行く為の金すら用意して、さあこれから明るい未来が待っているという所で燃え尽きたかのように死んでしまった。その知らせを聞いたのは俺が高校のアマレス部の全国大会で優勝を決めた直後で、余りのショックで髪の毛が脱色したように白くなってしまったのを覚えている。その後、グレコローマンスタイルの世界大会に出場したものの集中出来ず、かろうじて準優勝したが続けてゆく気力も失せ、俺はレスリングをやめる事となった。ワイルドフロンティア・オンラインと出会ったのはちょうどその頃で、現実逃避したい気持ちもあってのめり込んで行ったのだ。


 当時、ゲームの世界に行けたら……なんてよく考えていたものだ。もっともそのゲームでまたムチャクチャな目にあって、結局現実を生きるしかないと思い知らされたのは皮肉なものだし、現実で必死に生きていたのに殺され、今こうしてゲームの世界に転生しているというのも更に皮肉が効いている。人生とはままならないものだとつくづく思った。


「さて、何だか暗い雰囲気になってしまったな。話題を変えよう」


 そう言って強引にこの話題を終わらせる。その後は他愛のない話に終始したが、セーラなどは無理に明るく振る舞ったりしてなかなかいつもの二人には戻ってくれなかった。明らかに俺の失敗である。反省すべき所は反省しよう。







 食事も終わり、あらかた腹もこなれて来た。全部食べきるのは俺ですらなかなか難しい量、やはりセーラは食べきれず残している。弁当箱には食べ残したものがチラホラあり、セーラはボンゾに謝っていた。ボンゾも苦しそうだったのだ、気にするなと言って笑う。残り物はそこらに捨てて動物に食わせてやれと言い、セーラはそれに従い積み上げられた木々の陰へと向かった。


 その時。


 俺の索敵スキルに奇妙な反応があった。


 それは今まさにセーラが向かう木々の陰……というより積み上げられた木々そのものから発せられていた。それは赤でも青でも無く、丁度中間の紫色である。俺は反射的に立ち上がり、セーラの後を追った。


「おい、どうした!」


「ボンゾさんは念のため武装してくれ、敵のような反応がある!」


 セーラは約30メートル先にある木陰へと消える。俺が急いで声をかけようとした次の瞬間、その木陰から彼女の悲鳴が聞こえて来た。


「きゃああぁぁぁぁあっ!?」


「どうしたセーラさん、モンスターか!」


 全力ダッシュ、直ぐに駆けつけ、立ち尽くすセーラの前に立つ。そして彼女の指差す方向へと視線を移すと、そこには想像だにしなかった光景が広がっていた。




 うにょうにょ


 うにょうにょうにょ




 無造作に転がる無数の切り株、そこから黄色いスライムのような生き物が這い出して来て、セーラの放り投げた弁当箱からこぼれ落ちた残飯に群がっていたのだ。











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