それは素敵なピクニック(1)
冒険者としての初めての仕事が終わった。一人でのんびり宿に戻る道すがら、俺はぼんやりと今回の仕事を振り返っていた。仲間の経験値溜めになったし、リリーという冒険者とも知り合えた。密輸しようとした商人も捕らえられたし、申し分ない結果を残せたと言って良い。この調子でコツコツと仕事をこなして行けば、信頼を得て色んな仕事を回して貰えるようになるだろう。
それにしてもこの世界は不思議だ。『ワイルドフロンティア・オンライン』というゲームに瓜二つ、しかしゲームではないリアルな世界。ギルドの仕事で信頼がどうのこうのなんて、ゲームをやってる時は考えもしなかった。街の住人はNPCで、多少会話にバリエーションのある人形でしかなかったのに。この世界の人々は間違いなく生きていて、俺はそうした人たちに信頼されたいと思っている。セーラ、ボンゾ、リリー、そしてクロスたち。ゲームならNPCであろう存在で、きっと俺は彼らに特別な感情など抱かなかっただろう。いや、元々の世界に居たときからして、俺は他人に関心など無かったような気がする。
俺は変わった。多分、それは良い方向に変わったのだろう。
宿につくと、日はとっぷりと暮れていた。ホテル・フォーリード。ぐうぐうと鳴る腹を押さえて地下の食堂へと向かうと、そこそこ混んだフロアの一角に見知った顔を見つけた。壁際のテーブルを囲む4人組、奥の大柄な男はクロスだ。アメリア、ルシア、そしてこちらに背を向ける形で座ってるのがフレイ。フレイは何やらテーブルに突っ伏している。
「おお、カトー! お前も飯か、こっちに来いよ!」
すぐにこちらに気づいたクロスが手を振った。参ったな、ちょっと近づき難い雰囲気だったから離れた席を取ろうと思ってたのに。
「お前たちもこの食堂か。……どうしたんだ、フレイは。今日はお手柄だったんだろう」
「ぅう……お手柄なんかじゃないんですよう」
涙目でフレイが顔を上げた。
「私、昇格試験不合格になっちゃったんです……積み荷のチェックを怠ったのと、依頼人が犯罪者だって見抜けなかったのがダメとか言って、そんなの冒険者の仕事じゃないっつーの!」
あの商人護衛の仕事は評価されなかったらしい。嘆くフレイを見ながらアメリアが冷たい言葉を投げる。
「密売の片棒を担ぎかけたんだ、再試験をペナルティ無しで受けられるだけ有り難いと思え」
「それはそーですけどぉ……」
しゅんとするフレイ。俺もどう声をかけてよいか分からず戸惑っていると、ルシアが椅子を持ってきて言った。
「とりあえず座って下さい。みんなまだ料理を注文してないんです、カトーさんも一緒に頼みましょう」
「あ、ああ。ありがとう」
食事をすればフレイさんも立ち直りますから、とルシアは笑った。微妙に酷いが、これがこいつらのノリなのだろう。俺は用意してくれた椅子に座ると、フレイを置いてメニューを眺めた。
注文した料理が届いて食事が始まると、ルシアの言った通りフレイは復活してよく喋るようになった。どうやらこのパーティーはフレイが賑やかに喋り、ルシアとクロスがそれに同調したり突っ込みを入れ、最終的にアメリアが叱る、という流れが基本らしい。それは漫才やコントのようで、俺は完全に観客となっていた。
「だから私は言ったんですよ、あなたの方がモンスターみたいですねって。それくらいで怒りますか、普通!」
「普通は怒るだろ、そんな失礼な言い方されたら」
「思っても口に出しちゃダメですよ。口に出さずに態度で示すのが大人のやり方なんです」
「ルシア、そうじゃない。シスターなら黒い発言は自重しろ」
「私改宗したいんですよねぇ……」
酒が入ってるからか、ルシアが一番ダークなような気がした。
4人が一通り話を盛り上げると、次に俺の話題となった。今回の仕事で俺とセーラ、ボンゾはそれなりに知られる存在となったらしい。特に俺は憲兵たちから受けが良く、最後の捕り物で評判はかなり上がっているのだとか。アメリアは酒が入って少し柔らかくなった表情で話した。
「カトーが憲兵たちからの印象を良くしてくれたおかげで、冒険者全体の印象もそこまで酷くならなかったからな。本当に助かった」
「……そうか。俺としては普通にやれる事をやっただけだ。それに捕り物だってフレイが一瞬でやってのけたしな」
少し気恥ずかしい。頬を掻きながら答えた。
「最初の仕事としては少し派手な結果を残せたけど、明日からは普通に新人として仕事を探す事になる。地味な仕事ばかりだろうし、そのうち俺の評判なんて忘れるだろう」
「どうかな。最近の新人で、フレイ以外に素質のあるヤツなんて見かけないからな。カトーたちはイヤでもこの先目立つと思うが」
アメリアの言葉に、クロスも頷いた。
「カトーのチームは索敵に優れ、連携も取れているって話だからな。倒したモンスターも新人としては有り得ない相手ばかりだと聞いてる。長年ギルドの職員をやってるヤツも、カトーたちは本物だと言ってるぞ。この調子で行けばすぐに俺たちに追いつくさ」
面はゆい、というのはこの事か。どんな顔をして良いのか分からなかった。
「カトーさんって一人でもサハギンやバンプウッドを倒してるんですよね。討伐系のクエスト続けてたらすぐにランクアップしそうです」
「バンプウッドかぁ……私もカンティーナの町に行く途中の森で見かけたけど、怖くて逃げたもんね。カトーさんは凄いですよ、ホント」
ルシアとフレイも続く。これは何か、褒め殺しか。俺は殺されるのか。……というか、今とんでもない事言わなかったか、フレイは。
「ちょっと待て、バンプウッドを見かけたのか? カンティーナの町に行く途中なら、街道に近いって事だろう。大問題じゃないのか」
バンプウッドはボスモンスターだが、森の奥に長く滞在すると、雑魚としても一定の確率で現れる。それが街道近くに現れるのなら、かなり危険だ。ここで言う中堅冒険者でも殺される可能性が高い。
「ああ。だから、近いうちに森の警備のクエストが増えるかもな。さっき早速ギルドに商隊護衛のクエストが張り出されていたし」
クロスが酒を飲みながら言った。
「まぁそれなりに高ランクの仕事だからカトーたちはまだ請けられないだろう。俺たちは早速明日からその仕事を請ける」
「そうか。新人が心配する事じゃないが、気をつけろよ」
「ああ。俺たちはどんな相手でも油断しないし、対策は怠らないよ」
痛い教訓があるからな、とクロスはこぼした。恐らくサハギンに殺されたかつての仲間の事だろう。少ししんみりしたが、すぐにフレイとルシアが空気を変える。そこからは他の冒険者の話や別の町の話となり、俺も流れに乗って適当に話をした。ただそんな中でも、俺の頭からクロスたちの見せた表情が消える事は無かった。
仲間を失った悲しみ、それはいつまでも心に影を落とす。セーラとボンゾには、あんな悲しい顔をして貰いたくないな。そんな事を考えながら、俺はグラスに残った酒を一気に飲み干した。
翌日。俺はギルド前の待ち合わせ場所にいつもの格好で立っていた。ジーンズっぽいズボン、皮の胸当て、その上に皮のジャケット。靴は歩きやすい上に鉄板の入った安全靴で、これは木こりをやっていた頃に買ったものだ。そして頭には麦藁帽子。髪の毛は毎日短剣ディメオーラで剃っているので、頭はツルツルである。だから日差しを防ぐために麦藁帽子は必須なのだ。セーラの話では、昼間なんか俺の頭が太陽光線をはじいて凄いらしいからな。後光みたいに輝いて若干ありがたい気持ちになるくらいだとか。この世界に仏教ってあるのだろうか。
セーラとボンゾは時間通りにやってきた。装備は変わらず。ただマントを身につけているのが今までと違う点だろうか。マント……。必要なのだろうか。
「おはよう。二人ともマントが格好いいな、何だか空でも飛びそうだ」
「朝から何言ってんだお前は。……やっぱりな、セーラ。コイツの分も用意して正解だったろ」
「そうですね。私もちょっと認識を改めないといけないみたいです」
二人が呆れていた。どういう事だ。何故挨拶を返してくれない、悲しいじゃないか。戸惑う俺を無視して、セーラはアイテムボックスから一枚のマントを取り出して俺によこした。
「ボンゾさんに言われて用意しました。カトーさんのマントです。遠出する時とかは必須ですからね、絶対忘れないで下さいよ」
「これを……俺に?」
手にしたマントは不思議な手触りのする水色のマントだった。サラサラというか、さわさわというか。非常に心地よい。
「ありがとう、セーラ。大切にするよ。名前をつけていいかな」
「何雰囲気出してワケわかんない事言ってるんですか。大体ボンゾさんが心配してたから用意したんですよ」
「分かった。じゃあお礼にこのマントを『ボンゾさん』と名付けよう」
「やめろ、どう考えても罰ゲームじゃねえか。いいから黙って身につけやがれ」
最近思うのだが、この手のユーモアを受け入れられない人が増えて来ているような気がする。心にもっと余裕を持った方がいいと思うんだが……。
マントを身に付ける。まさしくヒーローである。麦藁帽子がよく映える。これは農業戦士タガヤスダーごっこが出来そうだ。
「断熱効果と温度調整機能のあるマントだ。これ一枚で20万するから、大切にしろよ。金は俺とセーラで出した。色々と良くしてくれてるお礼だ」
「20万!? すまないな、そんな高価な物を……」
「いいんですよ。これがあると今日みたいに暑くなる日や長時間外に出る時なんかは、すっごく楽になります。カトーさんは私たちのリーダーですから、熱中症で倒れたりされると困るんですよ」
なるほどなぁ。確かにちょっと涼しい。便利なアイテムもあるものだ。ちなみにゲームでそんなアイテムは無かった。この世界、殊アイテムに関しては独自の発展を遂げていて、ゲームの知識はあまり通用しないようだ。
マントを装着した俺は、とりあえず2人を連れてギルドの建物に入って行った。そして窓口で2日分の報酬を受け取り、3人で等分にする。それぞれ22万Y。これは警備だけでなく、モンスター討伐と商人逮捕の報酬も含めた金額を、3人で割った数字だ。多いのか少ないのか相場が分からないが、日本にいた頃に2日でこれだけの金額を稼いだ事は無かった。冒険者は儲かるんだなあ。
次に、現在ギルドで請けられるクエストを確認する。やはり昨日クロスたちの話にあった通り、フォーリード東部の森の捜索や、商隊警護の仕事が多い。が、Cランク以上限定クエストとなっていた。他は……薬草集めとかばっかりで、俺たちFランクが請けられる討伐系のクエストも存在しなかった。
「レベル上げに適したクエストは無いな。やっぱり予定通り、この周辺でモンスター狩りでもするか」
「そういえば、東の森って……」
セーラが、クエストの依頼書を貼り付けた壁に掛けられた地図を見ながら言った。
「私たちが前に木こりの仕事をしていた場所も含まれてますよね」
「おう、言われてみりゃあそうだな。あの一帯はかなり通った記憶がある」
2人の会話を聞いて、俺も気づいた。東門に集合して馬車で二時間くらい。丁度問題となっているエリアに重なる。それに俺がバンプウッドを仕留めたのもここだった。
「仕事とは別に、俺たちも様子を見に行ってみようか。前に自分が働いた現場に徒歩で行ってみるのも面白そうだ。ついでにこの周辺のモンスターを調べてみよう」
「そうですね。あの現場をゴール地点にして、散歩してみましょう」
「なんだか呑気なもんだが……確かに今からあくせくしても仕様がねえからな。俺も乗ったぜ」
こうして今日の予定が決まった。のんびりお散歩。素敵な1日になりそうだ。
フォーリードの街から東へ伸びる街道を行けば、港町のカンティーナへと辿り着く。そこから北へと歩き続ければ、首都キンロウである。この街道はこの国にとって重要な輸送ルートであり、フォーリードを出る商隊も殆どがこの道を利用しているのだ。
そんな街道を、俺たちはのんびりと歩いていた。目的地の森は普通に歩けば昼食時につく。本当にのどかなピクニック感覚である。
「皆、昼食は買って来たか? 忘れたら現地調達になるぞ」
「俺ぁ嫁に弁当を作って貰った。多めだから、お前らにも分けてやれるぞ」
「わぁ、クレアさんのお弁当ですか! それは楽しみですね。私も自分の分は自分で作ってますよ、味は普通ですけど。カトーさんはお店で買ってるんですか?」
「ああ、職業斡旋所の近くにあるパン屋で買ってる。木こりやってた頃から何となく贔屓にしてるな」
何とも緊張感がない会話だ。しかし索敵スキルのおかげで無駄な警戒をしなくていいため、どうしてもこうなってしまうのだ。良い事なのか悪い事なのか。
その時、街道沿いに小さな反応を見つけた。赤い。敵だが、一体のようだ。名称にロンリーウルフとある。もう俺たちにとってはお馴染みの名前だった。
「前方240メートル先にロンリーウルフ1匹。こっちをニオイで察してるな、近づいてくる」
俺が言うと、2人は少し真面目な顔になる。しかし緊張とまではいかなかった。俺以上に2人は木こり時代に散々相手にしていたからだ。
「カトー、ちょっとセーラ一人にやらせてみていいか」
「うぇえっ!? ボンゾさん、何で!」
セーラが焦る。
「構わないが、どうしてだ?」
「いや、セーラは今まで追い払った事はあってもまともにトドメをさした事がねえ。今のうちに慣れさせときたい。それに……この先、ロンリーウルフ程度の敵を一人であしらえねえとキツいだろうからな」
なるほど。セーラは魔法使いタイプだから誰かの後ろから攻撃してればいいような気もするが、確かにいつも盾役がそばにいるとは限らない。それに木こり時代も極力相手を追い払っていただけだから、殺す事に抵抗があるのかもしれない。もしそうなら、このまま冒険者を続けるのは危険だ。
「セーラさん、能力的には問題なく戦える相手だ。攻撃を食らったらすぐに俺が回復するから、勇気を出して戦ってみないか。自分がどれだけやれるか、試してみる良い機会だと思うぞ」
「う……そ、そうですか? それなら、頑張ってみます。本当にちゃんと回復して下さいね」
そう言うと、セーラは腰に提げた鞘から細身の剣を抜いて戦闘体制に入る。俺とボンゾは少し下がって、セーラを頂点としたトライアングルの陣形をとった。街道の向こうから、小さく敵の影が現れる。ロンリーウルフは小走りにこちらへ向かって駆け出していた。
「セーラ、お前は素早さで完全に相手を圧倒してる。落ち着いて相手の動きをよく見て、いつも通りに動けば攻撃は当たらねえからな」
「万一当たっても俺が回復する。気負いせず、思いっきり戦って殺しを楽しむんだ」
「カトーさん、最後の言葉が物騒過ぎます!」
突っ込む余裕があるなら大丈夫だろう。俺たちが見守る中、セーラは意を決して相手に向かって駆け出した。
基本的にエルフは直接的な戦闘に向いていない。それは一般的なゲームでお馴染みの設定であり、『ワイルドフロンティア・オンライン』でも同様だった。筋力と耐久力に劣り、強力な武器を装備しようとレベルを上げても、必要筋力に届かない、なんて事がよくあるのだ。レベル200にもなれば他種族に負けない数値にまで成長するのだが、それまではどうしても後方支援型の戦い方をせざるを得ない。
セーラの能力は、成長補正を受けたと言ってもまだまだ序盤のレベル。筋力は人並み少し上程度。まず楽勝なんて事は考えられない。……ハズなんだけど。
『ガウゥッ!』
「遅いですよ! ハイッ!」
ザシュッ
『ギャウンッ!?』
完全に手玉にとっていた。
ロンリーウルフ。獰猛な狼で、群れないのが救いと言えるモンスター。素早く、攻撃力が高く、油断すれば喉を引き裂かれて殺される。ゲームでは低確率で即死判定の攻撃をしてくる難敵である。しかしセーラは飛びかかってくるロンリーウルフを、それ以上の速さで避けて反撃を繰り出す。毛皮が厚いので中々致命傷にはならないが、それでも確実にダメージを与えていた。
それにしても。
「ボンゾさん、あれは剣というより……」
「鉈の振り方だな。どうしても染み付いた動作になっちまうんだろう」
細身の剣を、まるで鉈のように振り回していた。剣術の基礎が無いのかもしれない。突く、もしくは斬るという動作ではなく、明らかに凪払っていた。
「せえぇぇいっ!」
パキッ!
『ギャワンッ!!』
そして最後は、相手の背中に凄い速さで剣を叩きつける。背骨が折れたのか、ロンリーウルフは倒れて虫の息だ。セーラは少し躊躇したが、キッと睨みつけると剣を喉もとに突き立てた。
噴き出す血飛沫。それをマントで全てはじくと、セーラはこちらに向かって笑顔を作った。
「カトーさん、ボンゾさん、私やれましたよ!」
「あ、ああ。よくやったセーラ。初めてにしちゃあ上出来だ」
「頑張ったな、セーラさん。予想以上の動きだった、見直したよ」
俺たちは一応褒めたが、顔はきっとお互い微妙だった事だろう。ただセーラが本当に嬉しそうにしていたので、あまり突っ込んだ事は言えなかった。
セーラの周りを、光の輪が包む。レベルアップしたのはスキルだった。カードを見たセーラは、ニコニコ顔をさらに輝かせて言った。
「鉈のレベルが上がりました!」
今度こそ、俺とボンゾはガックリと肩を落として脱力するのだった。




