欠点故のその才能
学校での派閥行動みたいなあの嫌な対立から数時間後、リビングでぼーっとテレビを見ている私。
お母さんは今台所で夕ご飯を作っていて、お父さんは多分お風呂。
(……今日はスポーツ中継ないんだ)
無いものねだりの結果というか、運痴のくせにそれが好きな私。だからまあ、正直私が辻さんだとしたら、喜んでバスケ部に入って、というか生徒会には絶対入ってなかったと思う。
(というか、辻さんレベルの学力だったらそもそもこんなペナルティ受けてないでしょうが!)
つい自分にそんな突っ込みを入れてしまうようなそんな意味の無い仮定。だからあの人気投票の結果というのは、多分ほぼ順当に能力順に並んだんだと思う。
(そして辻さんは多分ギャップ。おっとりした印象だけどスポーツとかだと俊敏な動きで上手だし、だからプラス補正。だけど私は……)
「……嫌な事は忘れよ」
人間にとって最も重要な能力、忘れる能力。
もしそれが無かったら、私は多分この世にさよならをしているか、それとも社会からさよならを言われていると思う。そうして嫌な事から目を背ける為、テレビという仮想現実に目を向けていると、
「白。ごはん出来たから運びなさい」
というお母さんの声。
「はーい」
食卓にそうして3人分のご飯を運んでいると、お風呂の終わったお父さんが姿を見せる。
「お、ちょうどいいな」
そう言いつつ自分の席に腰を下ろすお父さん。
(本当に。お母さんって、まるでお父さんがいつお風呂から上がるのかも分かってるみたい)
「さ、それじゃ食べましょう」
「いただきます」
「いただきます」「いただきます」
お父さんの後に続いてそう声を上げ、私も箸を伸ばし始める。
「………」「………」
黙々と食べる私とお父さんに対し、
「お父さん。今日はどうでした?」
なんて積極的に話しかけるお母さん。
「ん?うん……いつも通りだったな」
なのにお父さんはそんな素っ気無い答え。
「……そうなの」
(……もうちょっと気を遣えばいいのに)
他人事のようにそう考えていると、
「じゃあ白、あなた最近、学校どう?」
そんな風に私にまで話し掛けて来るお母さん。
「……別に」
「……そう」
(……もうちょっと答え方あったでしょうが!私!)
そのままお母さんの方を見れずテレビを見ていると、『じゃあここで、アーティストの方に元気が出る歌を歌っていただきましょう』なんて司会者の紹介の後、2、3年前にはよく聞こえていたちょっと懐かしい明るい歌が流れてきた。
だけど、その時代には今よりも色々と嫌な目に遭っていた私。だからその当時の空気であったそれを聞いて元気になんてなれるわけ無くて、
「………」
「……白、番組変えなさい」
「……うん」
お母さんの許可を得てチャンネルを変える。
「……で、今日は『何で?』は無いの?白」
そのまま何も話さない私を見てそう声をかけるお母さん。
「だって、お母さん話聞いてくれないし」
「そうね。白の『何で?』にいつも付き合ってくれてるのはお父さんだったからね……何で信号の青は緑色なの?とか、何で熊は怖いものでパンダや白熊は可愛いものなの?とかね」
「………」
「なのに今日は……どうしたの?最近2人共?」
なんて私とお父さんに聞いてくるお母さん。
だけど特別な何かがあったというわけじゃなくて、だから正直私も分からなくて、
「……ただ、何となく」
としか言いようがない。
「ま、私に聞かれても分かんないからね。『何でみんなはこの曲を聴くと元気が出るの?』なんて質問は。本当そういう細かい所がそっくりなのよね、お父さんも白も」
「……いいだろ、別に」
その言葉に、そう答えるお父さんだけど、
「ま、そういう春樹さんが好きなんだけど」
「!?……ご、ごほっ!」
お母さんのその一言にあっさり撃沈。
「な、何をいきなり言ってるんだ!」
なんとか顔を真っ赤にしてそう言い返しても、お母さんはそれを見て笑っていて、私はそれを見て格の違いみたいなのを感じてしまう。
(それにお邪魔よね。私)
「……ご馳走様。そして、ご馳走様」
だから私は自分の部屋に退散しようとするんだけど、
「あ、もちろん白も大好きだからね」
なんてお母さんの一言。
「い、言わなくていいわよ!いちいち!」
そして私も、ついお父さんのようにそう言い返してしまっていた。
(やっぱりお母さんって、最強だ)
自分の部屋に戻って、教科書を開いて中身を見ているけれども、それとは違う事を考えてしまう私。
(何で最近、みんな政治的な事を平気で言うようになっちゃったんだろう?)
現にさっきのも、「みんなに元気を」みたいなテーマの番組で歌をそれに使っていて、なのに何故か入学式や卒業式での国歌はNG。歌詞の内容も非常に似ている曲はテレビとかで沢山流れていて、そしてスポーツ等の国際大会ではOKというその常識。
(だって確か内容は、『国で一番尊い人や身の回りの人には岩に苔が生えるくらいまで長生きして欲しい』っていうやつだったと思うし。せめてその境界線をはっきりしてくれれば、ここまで日常で混乱せずにすむのにな)
だけどこの疑問は、恐らく日常生活では口に出来ない。
だってそれをしたら、右か左というレッテルを貼られ、さよならを言われてしまうと思うから。
「ていうか反対している人って、今時の学生を『その歌をみんなで歌うだけで過去のように物を考えず何かに盲目的に従う人間になる』なんて思ってるのかしら?だとしたらとんでもなく失礼よね」
とはいえその人達に面と向かって逆らったら危険人物扱いされ、私なんて内申急降下の可能性もあるかもしれない。
「あ、だからみんな、成人式にその憂さを晴らしているのかな?成人式や卒業式ってなんか似てるし」
そもそも、歌と戦争を結びつけたのは誰なんだろう。歌詞の内容には戦争と結びつく語句は一切無いと思う。
「……全っ然分かんない!」
というか何だか考えれば考える程、みんなで国を悪くしよう悪くしようと頑張ってるように思えてきてしまう。
だって私にはみんながこの言葉を無視して行動しているようにしか見えないから。
『自分がされて嫌な事は、人にしないようにしましょう』
何でかというと、戦争があったのは60年以上前で、それを経験した人は殆ど定年の筈。だというのに、それを経験してない、話を聞いただけの人も『それだけで戦争を思い出し精神的苦痛を受けている』という今の現実。
そこまで考えて、パンドラの箱を見つけてしまったような気がしてしまう私。
(……つ、つまり……わざわざ精神的苦痛を植えつけられるような事を教えていて……)
頭の中にトラウマ、洗脳、マインドコントロールなんて言葉が浮かんでしまう。
「ま、まさか……ね?……そ、そんな訳……無い……わよね?」
(そ、そうよ!私がどこかで勘違いしているに決まってる!絶対!)
「私がどうしようもないアホってことよ!!悪かったわね!!……もう寝る!」
そんな思考の檻に迷い込んでしまった私。そのせいで元から低かったやる気は更に下がってしまい、
「……ふう」
今日も後ろから見ている副会長に溜息をつかれている。
(え、えっと、その……あああ!もう!気が散る!)
だけど、一応そのムカつく原因というか嫌悪感の元は分かったので、今は自分の中に感情を閉じ込められてはいる。
(何でこんな政治思想まみれの事を勉強しないといけないのよ!)
「ふ、副会長」
そうして気分を紛らわす為話しかけたんだけど、
「……何です?」
「あの……数字は、嘘を、つかないですよね?」
出てきた言葉はこんな意味不明なもの。
「………」
案の定、副会長に変な顔をされてしまい、
「あ、なんでもないです!」
私はそう言ってまた机の上のものに向き直る。
(えっと、えっと、えっと……)
「会長。その言葉はどこで?」
「……え?どこって……」
その声に顔を上げると、今度は真剣な表情。
「今の言葉です。何処かで聞いたのですか?」
「えっと……ちょっと聞いてみたかっただけ、ですけど」
「そうですか。会長は、もしかしたら研究者に向いているのかもしれませんね」
「研究者?この成績で?……冗談ですよね?」
「いえ、ただ以前研究者の私の母も同じような事を言っていたので、ですからそう思ったのですが」
「研究者。何の研究をしているんですか?」
「ファミリア関連らしいです。私も詳しくは知らないのですけど」
副会長のお母さんの姿を想像してみる私。
(背が高くて、目が切れ長で、男の人を顎で使ってそうな、後、眼鏡もしていて……)
なんというか、非常に副会長からイメージしやすいその女の人。
「そうですか。研究者ですか」
「会長の親はどのような方なのです?私は体育祭の時は見る事が出来なかったので」
「普通、というか平凡ですよ。お父さんはサラリーマンでお母さんはパートという……」
「……平凡、ですか」
言い方がアバウト過ぎたのか少し納得がいかなそうなその表情。
「ええ。平凡です」
(だって、他に言いようがないもの)
そりゃ個人的にはお母さんは最強だと思うし、お父さんだって、まあそれなりに格好良いと思うけど、でもこんなの話したらマザコン、ファザコンって絶対言われる。ていうか言われなくても確実にそう思われる。
(でも絶対勝てないというか、いやそもそも勝つ必要どころか戦う必要もないんだけど)
「それで会長は普段何をなさっているのですか?」
「何って、自転車で公園や古本屋や図書館へ行ったり、後はスポーツ観戦とかですけど」
「スポーツ観戦、ですか?」
「ええ。やっぱり意外ですか?」
その副会長の反応を見て、おかしさ半分情けなさ半分の笑みがこぼれる私。
「え、ええ。会長は運動を嫌っていると思ってました」
「やるのはそうですけど、見るだけなら運動神経は関係ありませんから」
それに心理戦とかは個人的に好きな私。だから野球中継では、バッターの気持ちになって「次にどんなボールが来るのか?」なんてことを考えながら見てたりとかをしている。
「そうですか。で、他に趣味とかは無いのですか?ピアノとかそういう……」
「無いです。それより、そうやって話し掛けてくるんでしたら、何か勉強のコツみたいなの教えてくださいよ」
「そうですね。とにかく会長は理数系に切り替えた方が良さそうですね」
「え?……で、でも今私、文系……」
(それに数学って正直、中学のどこでこけたのかももうよく分かんなくなってるのに)
「回り道になるのは仕方ありません。ですが自ら実験をし、自分の目で確認をして証明していく学問の方が会長には合っていると思います。ですから大学受験はそちらで受けて、今の高校の方はそれこそ短期記憶でテスト前に暗記をして乗り切るという方が……」
「あ、あの、私、大学はいいです。高校を卒業出来ればそれで」
というか高校1年の段階でこれだけ勉強という行為にストレスが堪っているのに、高校とは別に更に4年なんて絶対に耐え切れない。
「そう、ですか」
「……はい。じゃあ、もう私にはテスト前の丸暗記しか残されてないって事ですね」
何だか絶望的な気がするその結論。
「……すみません。力になれずに」
「あ、いえ、いいです。駄目なら駄目って教えてもらった方が気持ちを切り替えやすいというか、『数パーセントの可能性』みたいな曖昧な言葉言われるよりはまだはっきり言ってもらった方が……じゃあ後は家で悪あがきします」
「……すみません」
そんな訳で、とりあえずその日をもって生徒会塾はおしまいとなった。