鏡花女子生徒会会長大澄白
「あ、おはよう。生徒会長」
「お、おはよう、ございます」
もうすっかりお馴染みになってしまったその光景。
教室に入る前に、いつも同じ学校の誰かにそんなあだ名で呼ばれる。私はその声に対し、相手の制服を確認し、上級生の人には言葉尻に敬語をつけて答える、というそのやりとり。
そして今も、声をかけてきたその上級生と後2人、計3人の人が私を値踏みするように見つめている。
「へえー……この子が、ねえ?」
「まあ、榊が決めた事なんだし。部外者の私達がとやかく言うのも」
「そうよね」
「じゃあ頑張んなさいよ。会長」
なんてそれぞれが奥歯に物の挟まったような言い方をして、そして最後に私の肩を叩いて去っていくその3年生。
「は、はい」
私は一応その背中に返事をして、心の中でため息をつく。
あの体育館での一件での印象はやっぱり強いらしく、あの日からこんな風に見知らぬ人に声をかけられる事が多くなった。ただ、唯一の救いなのが、今のように大部分の人は私が生徒会長という現実を『ネタ』、つまり、『実質は榊先輩が生徒会長だ』と思っていてくれている事。だから今の所、「何であんたみたいな雑魚が!」のような類の文句は耳にしないですんでいる。
とはいえ、それが抑えられているという現実はやはり榊先輩や田村副会長の人徳から来ているわけで、
(……やっぱり訳分かんない)
そんな訳で生徒会長1ヶ月目という浮き足立たずにはいられない状況に加えて、テスト準備期間という土曜日の今日。私は、個人的により重要な後者の問題に備え、放課後急いで帰ろうと思っていたんだけど、
「あ、大澄。榊から伝言だ。『今日は生徒会室に顔を出すように』だと」
帰りのHRでの先生からのその一言。
(……え?)
「じゃあ、解散」
そしてそう宣言をして、さっさと教室を出て行ってしまう斉藤先生。
(ずるい。そんな言い捨てて逃げるような事するなんて)
大体まだ教室の中で自分から発言権を求めるような事は出来ない私。それこそ集会の時のように自分が喋るまで時が止まっているような状況や、バスケ部の時のように心の準備を済ませた後ならともかく。
(それに先生に抗議した所で、先生には「榊先輩の言葉を伝えただけ」って言われるだけだし)
「じゃあ会長。生徒会頑張ってね」
「え、ええ」
そうして部活の無いクラスメイトはテスト勉強に備え皆足早に教室から出て行き、残されたのは劣等生の私1人。
(これって絶対に変!何で私がこんな!)
「……生徒会室、行こ」
そして顔が売れてしまっている為、呼び出しを無視して帰る決断も下せず、私は渋々とそちらへ向かう。
「失礼します」
生徒会室に入り辺りを見回すと、そこに居たのは我が生徒会の双璧、3年榊涼子と2年田村唯両先輩だけ。
「お2人だけ、ですか?」
「ええ。だって生徒会活動はテスト期間で休みだしね」
「では、どうして私は呼び出されたのです?」
「それは勿論、生徒会長だから」
私の中のそのもやもやとした感情とは対照的に、何やら上機嫌で答える榊先輩。
「……嫌がらせで呼び出したんですか?」
だから私はそう勘ぐってしまう訳で、
「ううん、違うわよ。ね?唯」
「ええ。でなかったらこんなタイミングでわざわざ呼び出したりはしませんよ」
「でも、生徒会活動が休みなのに、呼び出した理由が『生徒会長だから』って……」
「校外での活動ですよ、会長」
するとこんな理由を話してくれる生徒会副会長の田村唯先輩。
「校外!?それも私なんですか!?」
「ええ」「当然です」
私の驚きの声にそう言って頷く2人。
「本気ですか?本気で、校内はまだしも校外までこの冗談を押し通すつもりなんですか!?」
「冗談って、そんな風に考えていたの?」
「はい。この学校の全員がそう考えているに決まってます!」
「……ふーん。でも、だとしたらみんな頭固いわよねえ」
私の言葉に多少理解したような素振りを見せつつも、でも呆れたように溜息をつく榊先輩。
(頭固いって!柔かければいいってもんでもないでしょ!)
言葉には出せないけど一応そんな文句の言葉は浮かぶ内弁慶な私。
「で、ですけど、やっぱり私には荷が重すぎます!鏡花女子の生徒会長なんて!校内では内実は榊先輩が会長だっていう不文律が浸透しているからみんなその顔を立てているだけですし!ですから……」
そして口ではそう抗議してみるけど、
「とにかく!校内の生徒の認識はおいといて、今の生徒会長は間違い無く大澄、あなたなんだから、明日の会議には出て貰うわ」
結果浴びせられたのはこんな先輩命令。
(やっぱり私の意見は黙殺……まあ、そうなるだろうとは思っていたけど)
「会議、ですか?」
内心不貞腐れつつも、でも外面だけは取り繕いそう尋ねる。
「ええ。近隣の高校の生徒会長、副会長が集まって夏休み前の学校対抗でのスポーツ大会とかの確認をするのよ。仕事自体も普段の生徒会での活動と同じようなものだからあなたなら問題無い筈よ。分かった?」
「……はい。田村先輩も一緒に来てくれるんですよね?」
「ええ、私は副会長だから。その代わり涼子は……」
「頑張ってね。生徒会長さん」
そうしてまた上級生に肩を叩かれる私。
「……はい」
翌日、私と田村唯生徒会副会長は鏡花女子とは違う高校の前に居た。
「ここが、目的の学校なんですよね?」
「はい。校門に水月高校と書いてありますし、校章も見覚えあります。それに……」
そう言って周囲を見回す田村副会長。
そこには様々な制服を着ている沢山の高校生。確かにこの多種多様の制服が一校だけのものとは思えないから、ここが目的の学校であることは間違いないんだろうけど、
「でも、やっぱり場違いですよ……私」
少なくとも私にはそうとしか思えない。
そう感じる第1の根拠。それは、一種類あたりの制服を着ている学生の人数。各学校あたり平均5、6名だとして、多いところは20名ぐらいの団体も見受けられる。
そして第2に、その中心に居る人間と思われる人は当然各組織のリーダー格の人物で、その人達はみんな私より大人びていて、つまり3年生。
(こんな各学校毎にそれなりの組織を引き連れている所に鏡花女子はたった2人。しかもその内1人は私なんて……絶対に人選間違えてる!)
「まあ、うちの学校は女子校ですし生徒数も少ないですからね」
そしてそんな上級生ばかりが目に付く場所だというのにえらい堂々としている2年生の副会長。
その姿は今の私にはとても頼もしかったけど、だからこそ一層感じてしまうこの疎外感。
「さ、会長。それじゃあ中に入りましょう」
そして、そんな人に敬語で話しかけられている今の私。
「……はい」
「会長。ここでは私達が学校を代表して来ているんですから、もっと堂々として下さい」
(だからこそ『質』にはこだわらないといけないと思うんですけど!?)
と言い返したい気持ちは凄くあるけど、けどそんな言い合いをこんな所でしたらそれこそ『学校の恥』になるのは分かっているので、
「……はい」
とだけ答え、私は背中を押されるように、渋々校舎の中へと入っていく。
持ってきた内履きに履き替え、共学の校舎に入る。
(こっちの空気の方がなんとなくだけど落ち着く。やっぱり鏡花女子って、少し上品過ぎるというか、お高く止まっているような気がする……でも多分、そうやって学校全体が高潔であろうとする事自体は悪くはない、のよね?きっと)
「会長?どうかしましたか?」
「え?あ、何でもないです。えっと……まずは職員室ですよね?」
堅苦しい校則に書いてあった一文を思い出し、そう確認する。
「はい。どうやらこちらの生徒会室への道の途中にあるようですね」
そうして校外の人間向けに立てられた案内板に従って進み、職員室。
「……い、いいんですよね?」
私達の前を歩いていた団体が自然にそこを通り過ぎるのを見て何となく不安になる私。
「はい」
「……行きます」
その副会長の姿を見て、呼吸を整え、
コンコン
「……どうしたー?」
ガラララ
「あ、あの、失礼します」
下げた頭を上げ、職員室を見渡してみると男の先生が1人。
「……鏡花女子高等学校生徒会を代表して来ました。本日はよろしくお願いします」
どうせもう2度と会う事の無い人だと割り切ると意外と簡単に言葉が出てくる。
(だって、この先生にしたって、いくらこの挨拶での私の印象が悪かった所でその感情だけで鏡花女子の悪口を言うような事は無いでしょうし)
そう考え再び頭を上げると、少し様子がおかしいその先生。
「あ、どうもどうも。えっと、鏡花女子の生徒会の学生か。うん……そっか」
そう言って1人で頷き始めてしまう。
「あ、あのー」
「ああ。ごめんごめん。で、君が生徒会長だね?」
そうして、その先生が見たのは当然田村副会長。
「で、君が副会長か」
その次に私。
「……あ、あの……」
「まあ頑張りなさい」
止めというか、私の頭に手を置いて応援してくれるその先生。
「あ、はい。それじゃ失礼します」
私はそう返事をして会話を終わらせ、足早に職員室を出る。
それから少し遅れて職員室を出てくる副会長。
「会長、どうして先生の誤解を解かなかったんですか?」
「どうしてって、解いた所で気まずい空気になるだけじゃないですか」
少し不満そうな問いかけにそう答える私。
(普通はそう考えるに決まってるし)
それに、こういう実態が伴っていない事で無理矢理気を遣われると、かえって疲れるのは今までの人生経験で十分想像出来るから。
「……あの、退いてくれない?」
そんな私達に浴びせられたのは知らない人のこんな声。というのも、そこは職員室のドアの前だったわけで、
「あ、すみません。じゃ副会長、行きますよ」
「……はい」
そうしてそのまま順路を進んでいく私と田村先輩なんだけど、
「あれ?こっちで、いいんですか?」
会場と書かれている扉の前でそんな声を上げる私。
「そう書いてありますし、そうなんでしょうね」
他の学校の人が普通にその中に入っていくのを横目に見つつ、そう答える副会長。
「今回の参加校って全部で何校でした?私、20未満だと思っていたんですけど……」
「はい。全18校です」
「……何で会場が『体育館』なんですか?」
一校あたり代表2名として36名。それ以外に諸々人数が増えたとしても精々60名。
そりゃ一般の教室1つでは少し小さいかもしれないけど、でもだからって体育館はいくらなんでも広過ぎる。
(大体、今回のって毎年のお約束を確認する為だけに集まるって聞いてたのに!)
「……何でこんなに大げさな」
そして体育館の中を覗いてみるとそこには校門前で見かけた数以上の学生が既に集まっていて、それは少なくとも鏡花女子1年生全員の人数は軽く超えていた。
(これじゃ私の事が他校でもネタにされちゃうじゃない!)
まあこの場には中学の頃の私と仲の良かった、なんて希少な人は居ないだろうけど、でもこれだけの人数が集まってしまっている以上、この中の誰かは物珍しさで誰かに話すだろう。
(友達の少ない暗い女が高校デビューに成功して1年にして生徒会を牛耳った、みたいな感じに受け取られちゃって鏡花女子校にとってはイメージダウンになりそうなんですけど?)
私はそんな事を考え、副会長の方を見てみるけど、
「さ、では行きましょう」
彼女はその事を何とも思っていないのかそう言って私の背中を軽く押す。
「……まあ、そんな風に周りの目を気にせずにいられるのは格好良いとは思いますけど……」
「何か言いました?」
「……何でもないです」
沢山の他校の学生が居る雑踏の中をたった2人で突き進んで行く。
「会長。手を離さないように」
「は、はい!」
数が2つというこの場では数少ない制服を着ている為か、それともその制服と中身のギャップの為かは知らないけど、やけに視線を感じる。
(まあ生徒数が少ないって事が、つまり珍しいって事なんだろうけど)
それはもし私が他校に進学していたら同じように抱いていたであろう感情。
だけど今や毎日これを目にしている私にとっては、これは単なる服でしかなく、これ自体にそんな感情を抱く事は無い。
とはいえ私の場合、それは制服に限った話でそれ以外ならいくらでもそれは感じ取れる。
(大体私の場合、受験というざるの目がたまたま詰まっていただけだし)
実際今すぐにでもこんな場から抜け出してテスト勉強をしていないとヤバ目な成績の私。だから多分、出来る人の象徴としての制服と、それとは反対に全身から駄目オーラみたいなのを発散している私との落差がこの刺す様な視線の原因になっているんだと思う。
(って何冷静にこんな事考えてるんだか。さっさと帰りたい)
そうして各学校の取巻きさんと思われる密集地帯を超えると、ようやく会議室の体を成すもの、机と椅子が見えてきた。
「……副会長。私、こんな大勢の人が参加している会議に出ないといけないんですか?」
「当然です。それにここで会長に抜けられたりでもしたら、私1人になってしまいます」
「あ、そう、ですね」
副会長に言われて初めてその事に思い至る私。
「それに、実際発言権があるのは各学校2名まで、つまり座席が用意されている人間だけですから、外野の事は無視して構いません」
そう言いながら鏡花女子の名前を捜す副会長。私も、とにかく一息つける場所を求めて同じように席を捜していると、
「あら?今日はそちらの生徒会長さんはお休みなのかしら?」
背中から聞こえるそんな声。
(私達に向かって話しかけているような気もするけど……恥ずかしいから無視!)
私はちらりと副会長の方を見、同じように無反応なのを確認してそうする。
「……ちょっと、無視する事は無いんじゃないの?」
(無視というか、『そちら』という言葉で反応したらかえって自意識過剰のような気がするし)
そんないい訳を心の中でしていると、
ぐいっ
「!」
「ちょっと!あなた!いい加減人の話を聞きなさい!」
そう注意され、肩を掴まれてしまう。
「……ごめんなさい。てっきり他の人に向けて話していると思っていたもので」
振り向いた私の前に立っていたのは、少し怒ったような表情の多分3年生の会長か副会長の女の人。
「あら?そうなの……まあいいわ」
私がそう言って頭を下げると、とりあえずは肩に置いた手をどけてはくれるけど、
「で、あなた、その制服は鏡女で間違い無いわよね?」
なんて、そのまま私に話し掛けて来る。
「……はい」
「どういう事なの?どうして今日、榊さんの姿が見えないの?」
と、他校の人なのに、何故か榊先輩の事を知っている様子。
「……えっと……その……」
(何て言ったらいいの?「生徒会内部でのごたごたが原因で生徒会長辞めました」なんて言える訳ないし)
「……あなた、もしかして1年?」
「……はい。すみません」
何となく、その上級生の様子がこの事に対して怒っているように見え、こんな言葉が自然と出てくる。
「そう、鏡花の人間はこの会議の事を一体どのようなものだと思っているのかしら?たった2人だけでしかもその内の1人は1年だなんて。うちの学校や他の学校は皆生徒会全員が出席しているというのに」
(だって私はこの会議は確認しかしないって聞いていたし!それにこの会議の存在は昨日初めて聞いたんだから!……って言い返したい!)
「……すみません」
私はとにかくその不躾な人にこれ以上絡まれたくないのでそう言って頭を下げ続ける。
「……まあ、こんな事を1年のあなたに言ってもしょうがないわね」
そして最後まで勝手な事を言って、私の前から去っていくその人。
(本当にそう思ってるんならいちいち口に出さないでよ!もう)
それと入れ替わりに戻って来る副会長。
「どうかなさったのですか?会長?」
彼女の様子が気になったのか、そんな事を尋ねてくる。
「……何でもないです。それより席、見つかりました?」
「ええ。あそこに……」
副会長の示す指の先に、確かに鏡花女子の名前は書いてあったけど、
(……目立つ席だこと。まあつまりそれだけ鏡花女子の卒業生に凄い人が多いって事なんだろうけど、でもそれと私と同一視されそうなこの扱いは……)
「……トイレ行って来ます」
「え?会長!?」
「今更逃げませんよ。会議が始まるまでに少しでもリラックスしたいんです。まだそれぐらいの時間はありますよね?」
「え、ええ。はい」
そうして私は1人、一旦その喧騒を抜け、人気の無いトイレに入る。
「……はあー」
(……さっき、私がトイレに行くって言ったら副会長本当に慌てていたわね。ま、いくら副会長でもさすがに1人では心細いって事なのかしら?)
「でも、私が居た所で何の役にも立たないと思うんだけど……」
そう言いつつも、とりあえず自分の存在に理由を見つけられた私。
「よし!行くわよ!」
鏡に映った自分に気合を入れ、トイレから廊下へ出て、
「あれ?あなた……白ちゃん?」
背後から聞こえるどこか聞き覚えのあるその声。
「………」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
声を無視して早足で逃げ出そうとしたけど、またしても肩を掴まれてしまう。
「………」
「あ、やっぱりそうじゃない。何で無視するのよ?」
その顔を見て、よくもそんな「何で」なんて白々しい事が言えるなと思ってしまう。
私を呼び止めたのは中学の頃、それこそ私をずっと顎で使っていた同級生、加藤素子。
「卒業したら全然連絡くれなくなって、随分心配していたんだから」
ただ、彼女は素でそういう無神経な所があるのか、それともとんでもなく面の皮が厚いのかは知らないけど、常にこういうスタンスを取っている。
(そして言うのよね。お決まりの台詞を)
「ねえ?私達、親友でしょ?」
そう言って私に笑いかける彼女。そして素子はその演技力の高さで、私の身の回りの人間をことごとく欺き、私は『彼女にとって都合のいい親友』にずっとさせられ続けていた。
何せお母さんですら、「子供の喧嘩に親は出るものじゃない」って一言で、この事では全く取り合ってもらえず、だから私はこれと離れたい一心で自分なりに受験勉強を頑張り、それこそ奇跡とも言える結果を何とか手にする事が出来た訳だったりする。
(……でも、今にして考えても本当に奇跡よね。それにどっちにしても顎で使われてる所は変わらない気もする)
ただ、私は本当にこの目の前の自称『私の親友』が嫌いだ。それこそもう二度と顔も見たくないくらい、だって言うのに。
「それにしても白ちゃんって、本当に鏡花女子受かってたのねー。てっきり冗談だと思ってた」
(……つまり、高校浪人をしてると思ってたわけね)
出会ってまもなくいきなりこんな無神経な事を言ってくる素子。
「私、用事があるの。急がないと」
「用事って何?今日はうちの学校で何かあった?」
「いいでしょ別に。本当に急がないといけないの」
「ええー。いいじゃないそんな用事なんて。折角久しぶりに逢えたのに。しょうがないわね、今日は私が奢るわよ」
「要らないわよ!大体いっつもあんた自分の都合ばっかりで、『人に奢ってもらうのが当然』みたいな事言うから嫌いなのよ!」
「そうだったの?なら言ってくれれば良かったのに」
「何度も言った!だけどあなたはいつまで経ってもそのままで!だからっ!」
「……よしよし。もう、そんなに怒らないの」
そして私がこうやって感情的になると、いつも彼女は大人ぶった様子で私を気遣う様子を見せつつも、私の意思をこんな感じで子供扱いする事によって無視する。
「あ、そう言えば今日って体育館で学校の人が集まるって言ってたけど、もしかしてそれ?」
「そうよ!だから急がないといけないの!とにかくこの手を放して!」
「じゃあ白ちゃんって、今生徒会に入っているんだ……へえー」
そう言って改めて私の姿をじろじろと見てくる、但し手は離さないまま。
「いいでしょ別に!似合ってないのは私が一番よく分かってるわよ!」
「……別にそんなつもりじゃないんだけどさ。でもあれって生徒会全員参加なんでしょ?だったら少しぐらい遅れても問題無いんじゃない?」
「大ありよ!私の所はたった2人しか来ていないんだから!」
「2人?どうして?」
「なんだっていいでしょ!いいから放してってば!」
私が素子から逃れたくてそんな大声を上げていると、
「……加藤。あなた何やってるの?」
と素子と同じような制服を着た別の人が姿を見せる。
「あ、先輩。実は今中学の知り合いに会ったもので」
「知り合いって……あなた、鏡女に知り合いなんていたの!?」
「ええ。小学校からずっと一緒だったんです。ね?白ちゃん」
「……用事があるんで、この手を放して下さい」
私は素子の呼びかけに他人行儀にそう答える事によって、その先輩が素子を諫めてくれる事を狙ってみるけど、
「へえ、凄いじゃないあなた!ねえ?鏡女の事色々聞かせてくれない!?」
その先輩も私に興味を持ってしまい、彼女に反対の腕まで掴まれてしまう。
「……単なる普通の学校です。珍しいものなんて何にもありませんよ」
「またまた、そんな謙遜してー」
どうやらその先輩も素子と同類の人間らしく、私はそのまま引きづられるように彼女達の部室へと連れて行かれた。
「ささ、座って座って」
「我等が文芸部にようこそー」
室内に入れられ、椅子を目の前に出され、そんな歓迎の言葉を言われる。
(……何でこんな事になってるの?)
時計を確認してみると、もう既に会議は始まっていて、今からあの場に入るというのも、個人的には非常に難しい。
(だってあれだけの人が注目している会議で、その一際目立つ場所に私の席が用意されていて、それじゃどうやったって目立っちゃうじゃない!)
「……はあ」
『会議に出る』という決意も、それより更に難しい『遅刻した事をみんなに謝る』という現実を前にして、意味を持てなくなってきている私。
(もしこの人達が私が遅れた理由を弁護してくれたら、それ程酷い事にはならないと思うんだけど……)
「ねえねえ?それでさ、鏡女ってどんな所なの?」
そんな事を考えつつその文芸部の面々を見るけど、そこに居た人達の表情は『この珍しい制服を見た事による興奮』に包まれていて、『何でこの制服がこの学校で見れたのか?』という疑問は完全に無視している様子だった。
「ですから、普通の公立の学校ですよ」
少なくとも学校という箱物で見る限り、築年数がここより多少少ないぐらいでそれ以外は建築様式等に違いは無い。
「普通って……でも卒業生には凄い人が居るじゃない!ほら、女優になった人とか!有名大学を出てアナウンサーになった人とか!」
「今年入った私には関係ないです。別に入学式にその人がサプライズで来てくれたなんて事もなかったですし」
(っていうか有名大学出のアナウンサーはともかく、女優さんは演技力で評価されてた筈だし、それって学校とはあんまり関係無いような気がするんだけど)
「……それに、鏡花女子も元はこの学校だった訳ですから……」
それこそ昔のベビーブームとかいう時代に学校が水月だけじゃ足りなくなって、それで色々な個性を育むとかいう建前で鏡花は女子校という少し毛色を変えた高校になったという話を中学の進路指導の時に先生が話していたような気がする。そして、そういう前段階の事があったからこそ、今でもこうやって違う高校なのにこのような交流が行われているんだと思う。
(まあ、新聞屋さんとかが関わってない、高校『だけ』で行われているこんな催し物はとっても珍しいらしいけど)
「……ですから、高校『は』ここと同じようなものです」
だから私は、そう『客観的』に答える。
というのも、主観的に見た場合、2校の間に色々と違いを見つける事があって、それが私にとっては、高校生活での違和感、疎外感となって降りかかってきているからだったりする。
それは私以外の鏡花女子の学生の品の良さみたいなもので、例えばさっきや今みたいな時、私が「用事がある」と一言言えば、「じゃあ仕方ないわね。また別の機会に」みたいにこちらの意志を尊重してくれたりとか、後は学校のみんな、特に生徒会の人達が「自分の学校をより良くしていきたい」みたいな事を意識している所とか。
(まあ、その気持ちが空回りしていたせいで、最近まではとっても嫌な生徒会だったんだけど)
そして、その結果なんだとは思うんだけど、こことは違い鏡花女子の校舎の中の空気には不思議な緊張感みたいなのが流れている。
だけどそんな「空気が違う」なんて言い方して、ここの人に「学生の質が違う」という意味を理解されたら嫌なので、これは口にしない。
(それにこれは、私『以外』の人から受ける印象だから。だけどそこまで説明するのも何か嫌だし)
「……ふーん……同じ、ねえ?」
だけど私の言い方に何かを感じ取ってしまったのか、そんな不満気な声を上げる素子の先輩。
「え、ええ。それに私はギリギリで入れた人間なので勉強についていくのが精一杯で……」
「え?じゃあ今日どうしてここへ?もうすぐテストじゃないの?」
「先輩命令で仕方無く来たのよ」
疑問の声を上げる素子に、反射的にそう返しつつも、何となく嫌な予感。
「ふーん、そうなの。鏡女の生徒会って、想像だけどすっごい厳しそうよね」
「あなた、生徒会の人間なの?」
「え、ええ。まあ」
「だったら成績悪いってのは嘘じゃない。何でそんな事言うのよ?」
(……そうですよね。それが『一般的な認識』なんですよね)
「でも、そうなんです」
心の中でその反応に全面的に賛同しつつも、それが全く事実とは異なるという現実。
(まして生徒会長だなんて、絶対に信じてもらえない)
「とにかく、副会長も今この学校に来ているんで学校の事を知りたかったらそっちに聞いた方がいいと思います!」
私がそう言って周囲を見渡すと、
「副会長、は、さすがに……」
「……ねえ?」
気まずそうな表情でお互いの顔を見る文芸部の人達。
「でも、鏡女の生徒会副会長だったら色々忙しいんじゃないの?ほら、受験勉強とか……」
「先輩は2年生ですから」
「え!?2年で副会長って、メチャメチャ凄い人じゃない!」
「まあ、そうですよね」
(何せ『コネ』の私と違って『実力』でなった訳だし……でも……)
文芸部の人達がその事に驚いている様を見て、一応は自戒しつつも、でも自分に対しての言葉のようにも受け取ってしまう私。
「こほん。ですから、学校の事が知りたければ会議の後紹介しますから一緒に……」
「それじゃ、生徒会長って、どんな人なの?」
そう言葉を続けようとした所に浴びせられたのはこの質問。
それを聞いた途端、私の頭から全ての言葉が消える。
(だ、駄目じゃん。この流れで「私が生徒会長」だなんて言えない!)
「………」
「あれ?どうしたの?白ちゃん?」
椅子に腰掛けた私を見下ろす素子の顔。
(え、えっと……とにかくこの人達に『凄い』と思われる人の名前……あっ!)
その上からの視線と「白ちゃん」という声である人の事を思い出し、
「さ、榊先輩!」
そして口にする私。
「え?」
「そう榊涼子先輩!あの人が今日いきなり私に電話をかけてきて、とにかくここに来いって!だから私が生徒会長……代理、として呼び出されたの!」
そして咄嗟に浮かんでくる今の私によりぴったりなその役職。
「せ、生徒会長代理!?」
「ええ!他の生徒会の人はそれこそテスト勉強とかでみんな都合が悪くて、でも私だけは『どうせサボるでしょ?』って事でこういう事になって!……」
そこまで口にして文芸部の人の顔を確認してみるけど、
「嘘でしょ?それ。だってあなた1年生だし」
どうやらあんまり信用してくれていない様子。でもそれは多分、『私が生徒会長代理だとしても頼りない』と考えてるから。
「……それは、副会長がそれだけ凄い人だから」
だから私は、文芸部の人達の頭の中の鏡花女子生徒会副会長を利用させてもらう。
「だって、そうでなきゃたった2人で!しかもその内の1人が1年の私なんて事有り得ないでしょ!?」
(そしてついでに、見たまんまの鏡花女子生徒会会長の姿も使って……これなら理解してくれるでしょ)
「だから私が会議をサボった事が生徒会長に知れちゃうと、榊先輩にすっごく怒られちゃうし、それに会議に参加している他の学校の人にも……だから一緒に体育館まで来てこの事を他の人達に説明して下さい!」
「えっと……それって……私達のせいっていう事?」
私がそこまで言って頭を下げると、ようやく文芸部の人も今の事態を理解してくれたのかそんな気まずそうな一言。
「……一緒に体育館まで行って頭を下げてくれるだけでいいんですけど……駄目ですか?」
(多分そうすれば水月の生徒会や先生も私達の擁護に回ってくれるだろうし、そうやって関係者が増えれば結果として1人あたりの責任も軽くなると思うんだけど)
つまり最終的には『みんなが悪いから、誰も悪くない』的なその考え方。だけどその考えは、大体の人は今の私のように当事者の時にだけありがたい考え方だったりする訳で、
「……さ、さあみんな。部活に戻りましょう」
1人の上級生のその一言で、全員が蜘蛛の子を散らすように私の周りから去っていってしまう。
(やっぱり、『痛み』は共有してくれないのよね)
「……失礼しました」
部室から廊下に出て、溜息1つ。
(あれだけの規模の会議に社長出勤。間違い無く槍玉にあげられちゃうだろうし、かといってこのままサボったりしたら明日からの生徒会で副会長とかにどんな目に遭わされるか分かったもんじゃないし)
「前門の虎に後門の狼……まあ、後2つ選択肢があった所で四面楚歌になるだけなんだろうけど」
そうぼやきつつ、とにかく虎対峙へと向かう私。
(そもそも対峙するだけで精一杯な私なのに、どうしてここまでハードル上げられないといけないのよ!)
何だか最近、こういう感情を隠しているのを馬鹿らしく感じてしまう事が多い気がする。
そんな事を感じる私の耳によく入ってくるのは、「Aは間違っている。だからAではないBは正しい」みたいな、何かを否定する事で自らの正しさを主張する方法を採っているそんな人の声。
確かにその人の言う通りAは間違っているのかもしれない。
だけどそれはAが間違っているという意味しか持っていないというのに、その人は「私は一見正しそうに見えるAの間違いを見つけられる程賢い人間だ。だからそんな私の考えるBはAよりは確実に正しい」なんて馬鹿な事を平気で言ってくる。
(何で未だにそんな事を口に出来るんだか?それこそ日常生活のど真ん中にある問題とかで「だけどそうじゃなかったんだ」って常日頃からみんな週に一回はワイドショーとかで耳にして、そして自らも口にしているっていうのに)
「……ていうかその考えだったら悲観主義者が一番優れてるって事じゃない。それこそ私みたいな。だったらバイトの募集要項に『明るい人』なんて書かないで欲しいわ。っと……ふう」
『誰にも聞こえてない事』にしそんな文句を口にして、気持ちを奮い立たせる。
場所は体育館の扉の前だったんだけど、幸い、かどうかは微妙だけど中では議論が白熱しているのか結構騒がしい。
(「遅れて申し訳ありませんでした」よね。よし!)
ついさっきバイトと口にしたせいで、面接繋がりで高校でのあの扉を開ける緊張感までもが蘇ってくる気がする。
(余計なものまで思い出すんじゃないの!私!)
私は扉を開け、深く頭を下げ、
「……失礼します!遅れて申し訳ありませんでした!」
と、自分にしては割とまっとうな声が出たと思ったんだけど、
「ですから静粛に!静粛に!」
「あなたねえ、調子に乗ってるんじゃないわよ!」
「調子になんて乗ってないわよ!言いがかりは止めて!」
「かーえーれ!かーえーれ!」
「かーえーれ!かーえーれ!」
「……うるっさいなあ。さっさと終わらせてくれよ」
なんて様々な声が入り混じっていて、私の声は誰にも聞こえてないようだった。
(これって……想像していた方向とは全然違う方向に白熱してるじゃない!)
そして耳にした声に焦りを感じつつ、鏡花女子の席を方を見てみると、
(副会長!?やっぱり!?)
副会長が、どうやら私が居ない事を理由に他の学校の団体に責められているようだった。
「だから!会長は今手が離せなくて席を外しているだけですぐに戻ってきます!」
「だったらその用件を話しなさい!今すぐに!」
そして副会長にそんな強い言葉をぶつけていたのはさっき私に榊先輩の事を聞いてきたあの女の人。
「言う必要はありません!」
「言えないだけじゃないの!どうせさぼったとかそんな理由でしょ!?大体たった2名しか寄越さないだなんて鏡女の人間はこの会議を何だと考えてるのよ!?しかも、その内1名はさぼり!いくらなんでも他の学校を馬鹿にしてるわ!」
「さぼりじゃないわよ!用があるって何度言えばいいのよ!」
「だから違うってんならその中身を言えって言ってんのよ!!」
「静粛に!静粛に!!」
議長の男の人は仲裁に入ろうとするけど、その女の人は一向に収まる気配を見せてくれなくて、
「……あ……」
私も、声を上げなきゃ、そっちへ向かわなきゃとは思っているんだけど、
「……あ、あの……」
「あんた!いくら鏡女だからって他の学校を下に見てんじゃないわよ!」
「それはあなた自身が高校に拘り過ぎた結果の被害妄想!単なる濡れ衣じゃない!」
「……っ!?」
「会長が今この場に居ないのは申し訳ないと思います。ですけどそれはやむを得ない事情があっての事なので、決してこの会を軽視していたとかそういう事ではありません」
そう言って女の人が息を呑んでいる間に他の学校の人に向かって頭を下げる副会長。
「……っはあっ……っはあっ……あ、あの……」
「でもさ、欠席って事は、つまりそう考えてたからだよね?」
私が何とかそう声を上げようとすると、今度は違う所から男の人の声。
「そうよ!結局あなた達は口ではそう言いながらも本心ではそう考えてるのよ!」
「違います!だから!……」
「ああ、もういいわ。どうせあなた方は本心では話さないでしょうしね。鏡女の副会長さんは」
(わ、私のせいだ……な、何とかしないと)
「……何とか……」
「……ん?お、おい!だ、大丈夫か!?」
「え!?……あ、あの……」
私の方を見てそんな慌てた声を上げる他校の人。
「あ、ご、ごめんなさい……会議に遅れて」
「と、とにかく!ほら急いであっちに行って!」
「は、はいっ!」
その人に急かされ、とにかく騒動の中心、自分に割り振られた席へと急ぐが、
カンッ
「!?」
ずざざざざあ
「………」「………」「………」
私は勿論、副会長も、そして女の人も、声が止まる。
(……消え去りたい)
「……遅れて、申し訳、ありませんでした」
そのヘッドスライディング土下座の効果はてきめんだった。
「すみませんでした。時間に遅れてしまって」
「……2度とこのような事がないように」
「……はい」
会議が終わり反省会。
私は今こうして副会長に対しても頭を下げている。
「とはいえ、今回は事態を治めたのもあなただし、それ程気にする事ないわ」
「助かります」
「それで、さっきのあの技は何だったの?人間ロケットみたいに足元に滑り込んでくるなんて」
「……忘れて下さい」
「そう?じゃあ帰りましょうか、テストの問題についての話でもしながら」
「問題の話、ですか?」
「ええ、クイズ形式で。では第一問……」
そうして私はその日、一時の恥をかいた代わりに、『赤点』という一生に関わる恥をかかずにすむ事が出来た。
そして今回もこういう締まらないオチだったりします。




