逆転の発想
今日もいつものようにお母さんに背中を押されるように家から追い出されてしまい、仕方無く通学路を歩いている私。
(なんだかんだいっても、結局、お母さんが一番怖いような気がする)
こうして家から遠ざかっている自分の足を見て、ふとそんな事を考えてしまう。
そのお母さんが最近私に向かってよく口にする言葉。
「……『前を向いて歩きなさい』か……」
どうやらこうやって下を向いているのが、いつのまにか私の中で癖になってしまっているらしい。でも何となくだけど、今回だけは私の外に理由があるような気がする。
(……だって同じ制服を着た人とよく目があうんだもの)
私という存在が注目されているというこの現象の原因は、多分昨日の一件。それがどのような形かは知らないけど、学校の中で広まってしまっていて、それで当事者の1人として目立ってしまっているんだと思う。
「……はあ……」
これから自分に降りかかる風評被害の事を考えるとため息しか出ない。
というのも、この一件の登場人物として『会長派の3年生』、『副会長派の2年生』、『田村副会長』、そして『私』という4つの存在が挙げられる。そしてその中で、一番悪し様に言う事が簡単な存在、つまり後々面倒でない存在というのは間違い無く一年の私。
(2派閥の人は、それこそ人海戦術で自分達が悪者にならないような話にすり替えて広めるだろうし、かと言って田村先輩を貶めるような噂を副会長派がこのタイミングでするとは思えないし)
つまり落とし所として、それこそ私以外には誰も傷つかない『うまい流れ』が私を悪者にするという『それ』だったりする。
(ま、こんなの、昨日の時点から想像はついてたんだけどさ)
「……はあ……」
そして現状、本当に『何にも無い』私には、ため息をつく事しか出来ない。
教室に入り自分の席に座る。
そのまま誰の相手もせずに済む様に自分の殻を展開し、教室の空気を遮断する。
(今日からもうずっと休み時間はこうやって机に伏せて過ごす事になるのね)
とはいえ、これで3年間耐え切るのは自分には無理だと思っている。だからその格好で、1秒でも早くみんなの記憶から私という存在が消える事を願っていると、
「……あ、あの……大澄さん」
「え!?……何?」
このイジメの巻き添えを喰らいそうなタイミングで話しかけてくるそのクラスメイトに驚きを覚えながら、でもこれがきっかけかもしれないと警戒もししつ、慎重に答える私。
だけどそのクラスメイトも戸惑ったような表情を浮かべていて、
「あの……用があるって……」
そう言って廊下の方を示す。
誰が、と思いながら私はその手の方へ視線をやると、
「白ちゃん、お久しぶり」
そう言って今まで見た事の無いような親し気な態度で私の名前を呼ぶその人。
(しろちゃん、って……)
「大怪我してたんじゃないんですか?榊会長」
私はその人の姿を確認してみたけど、どこにも包帯らしきものは見当たらない。
「ああ、あれは嘘。『私が居なくなったらどうなるか?』っていう実験の為にちょっとね」
なんて軽い調子でサボっていた事を白状する榊会長。
「………」
「白ちゃん、どうしたの?」
「……あの……本物、ですよね?」
「何言ってるのよ。私、偽者が現れる程有名じゃないわよ」
私の失礼な質問に笑って答えるその人。
その顔は確かに休む前の榊会長と同じ笑顔だったけど、でも全然印象が違っていて、
「それより、話したい事があるんだけど?」
「あ……あの、でも……私……」
少なくとも今の私には、鏡花女子生徒会会長と話すような用件は無い。
(……だって、昨日生徒会辞めたもの)
「白ちゃん、何でこのタイミングで私が学校に来たと思っているの?」
すると私にそんな事を聞いてくる榊会長。
「それは……田村副会長の事で……」
「うん。それとあなたの事でね」
「私、ですか?でも今更……」
確かに、会長が私の擁護に回ってくれるというのはかなり嬉しいけど、でもまたドロドロした人間関係に巻き込まれるのは間違い無くて、
「……それに、会長が生徒会の人達を上手くまとめてくれれば、それで問題は解決すると思うんですが」
だからつい、こんな糾弾するような言い方になってしまう。
「……あははは、痛い所突くわね」
「……すみません」
「でも、白ちゃんの言う通りなのよね。本当は私が会長としてしっかりしていればこんな面倒な人間関係なんて起こらなかったんだろうけど……」
「あの、とにかく田村副会長との仲が本当に悪くないというのならその事をみんなに話せば……」
「じゃあ白ちゃんは、どうして私と唯がいがみ合っていると思ったの?」
「それは……派閥があったから……ですけど」
「……悪しき慣習よね。ホントに生徒会室の何処かに生霊でも居るのかしら?」
廊下でそんな事を話していた私と榊会長。だけどそこは1年生の教室前の廊下な訳で、
「……あの、とにかくもういいですか?私はもう生徒会を辞めた人間なので、その対策については田村副会長と考えてください」
「白ちゃん。それって薄情じゃない?」
「薄情って……だって1年の私の意見なんて、2年や3年の人が聞いてくれる訳ないじゃないですか」
「まあ、それはそうなんだろうけど……ん?」
その私の一言で何やら考え込む榊会長。
「どうかしたんですか?」
「……うん……これはいいかも。ありがとう、白ちゃん!」
そうして榊会長の中で何らかの解決策が浮かんだらしく、そんなお礼の言葉を言われる。
「あ、はい」
「じゃあ後は私に任せて!白ちゃんはドーンと構えてなさい!」
最後にそんな意味不明な事を言って去っていく榊会長。
(……何で今更私がドーンと構えないといけないの?)
結果として、そのHR前の榊会長の訪問のおかげで私を取巻く環境は昨日までと何も変わらなかった。
そして放課後、
「白ちゃん、お待たせ」
なんて事を言いながら再度1年生の教室へ訪ねて来る3年生。
「……あの、別に待ってはいませんし、そもそも約束もしてないんですけど?」
「そう?まあ、細かい事は気にしない!」
どうやら榊会長の中では解決したのかやけに機嫌が良い。
「白ちゃん、これから特別な用事とかは無いわよね?」
「あ……はい」
というのも、「生徒会を辞めた翌日に放課後に外を出歩いている」という状況では、どう考えても好意的な印象は持たれないのは間違い無いから。だから家で教科書を開いて気分転換をしようと思っていたんだけど、さすがにそんなのは用事の枠には入らない。
「あの、でも私、朝にも言ったように昨日生徒会辞めたんですけど?」
「大丈夫。それもちゃんと解決するから」
私の言葉に明るいトーンでそんな事を言う榊会長。
(……それって、生徒会に逆戻りって事?)
だけど正直、それもあんまり嬉しくは無い私。
確かにそれなら会長派の派閥の人には裏切り者みたいには言われないかもしれないけど、でも過去の『副会長と副会長派に逆らった私』というのはもうどうやっても消しようが無い。
(だからそれをネタにあの人達にはまた何か言われるんだろうし)
ガララララ
「……うん。ちゃんとみんな集まっているわね。唯も」
生徒会室に入り、辺りを見回してそう声を上げる榊会長。
「榊会長!怪我治ったんですね!」
その姿を見て、そう喜びの声を上げる会長派の人。
「……あははは……」
「聞きましたか!?昨日の副会長のあの一件!なのに今日ものこのこと顔を出して!何考えてるんだか!?」
「うん。ちょっとその事で話があるんだけど……」
「何ですか!?今更話って!あなたが怪我とか言って仕事に穴を開けるから副会長は心労でついあんな事を!みんなあなたの責任です!」
「何を言ってるのよ!それって完全に責任転嫁じゃない!そんな自分で言った言葉の責任も取れないような人の指示でこれから動けって言うの!?冗談じゃないわ!」
そしてまた目の前に広がるいつもの光景。
鏡花女子生徒会が2つに別れて、それこそ体育祭の紅白合戦のようなその血気盛んなやり取り。
そして傍観者は私、辻さん、中川さんというのもいつもの通りだったんだけど、今回は榊会長と田村副会長も対立していて、
「……涼子、どうしたの?突然『怪我という事にして休ませて』なんて言っていたかと思っていたらまた急に学校に来て」
「どうしたのじゃないでしょ?だって唯だけ生徒会辞めるなんてずるいわよ。こっちに厄介事全部押し付けて」
「別にいいじゃない。涼子こそノルマの仕事を済ませたらさっさと学校休んで。その間一体何してたのよ?」
だけどその対立が、こんな感じで派閥の人達とは全く逆の対立だったもんだから、
「とにかく涼子!私はもう副会長じゃないから!後はあなたが適当に人選んで頑張んなさい!」
「……だから……」
「何言ってるのよ!そっちがその気ならこっちにだって考えがあるんだから!」
「……何を……」
その2人の声が大きくなっていくにつれ、段々と小さくなっていく両派閥の声。
「会長っていうのは副よりも当然責任重大なのよね!?だったらいくら自分のノルマをやったからって監督責任を放棄した責任を取らないといけないんじゃないの!?」
「へえ!?生徒会長にそこまでの職務があるなんて今まで全く知らなかったわ!だったらこれからはそんな責任感のある人にやってもらおうかしら!?」
そうして会長派の3年生の方を見渡す榊会長とそれと視線を合わせないようにする会長派の人。
副会長と副会長派の人の間でも同じようなやり取り。
それを傍観している私。
(何なのかしら?これ?)
目の前の光景が酷く滑稽なもののように見え、何だか今までこのやり取りに苦痛を感じつつ耐えていた時間までもがそれこそどうでもいいもののように思えてしまう。
「……ぷっ……くっくっく……」
「……ふふふ……」
そんな中不意に聞こえる笑い声。その声の主は榊会長と田村副会長で、その様子はというと、さっきまでとは一変、随分ご機嫌な様子だった。
「……ほ、本当ね。涼子……まさか私達が喧嘩のふりするだけで、ここまで上手くいくなんて」
「……でしょ?だけどまあ……私1人で思いついた訳じゃないんだけどね……ふう……」
そうして自分の息を整えた榊会長は、
「……という訳で、みんな、落ち着いた?」
と言って生徒会室に居る人全員の顔を確認する。
それを落ち着いていると表現していいのかは微妙な感じだけど、声を上げるきっかけを失ったのは間違い無いようだった。
「落ち着いたようね、それじゃ話を続けるわ……という訳で、諸々の責任を取るという形で、私は生徒会長を辞めます」
「諸々の責任?」
「ええ。体育祭の準備や本番をサボった事は勿論、ここに居るみんなをまとめられなくて嫌な思いをさせてしまった事。そしてその結果、田村唯さんや大澄白さんに迷惑をかけてしまったというその3つの事ね」
誰かの疑問の声にそう答える榊会長。
「でも、今生徒会長が辞めてしまったら……」
惜しむような3年生の声に無言で首を振り、そうして今度は主に2年生の方に向かって話しかける。
「それであなた達は、これからどうすればいいと思う?『唯がやれば良い』なんて思ってる?」
「……はい」
その確認の声にしっかりと頷く2年生。
「じゃあそれで、今の3年生が納得すると思う?」
「……納得してもらわなければ、困ります」
「ふーん、じゃ1つ質問、いいかしら?」
「……何ですか?」
すると榊会長は2年生の方に向かって、ゆっくりと、こんな質問をぶつけた。
「あなた達は、『どうして私が生徒会長だった事に納得して無かったの?』」
「「!?」」
「私、そこまで人間的に酷かったかしら?別に聖人君子だとは思わないけどさ」
なんて言って謙遜する榊会長。というのも、この人の成績は常に学年のベスト5の中に入ってるらしいから。
だから実際の所、2年の人達はこの人の事を、嫌っていたというより、僻んでいたんだと思う。
そして、その会長の質問に対し、結局具体的な答えは何も返って来ない。
「……私は、多分だけどね、唯が生徒会長になっても同じ結果になるような気がするの。2つに分かれて、さっきのあんなような事に」
「まあ、その結果が『昨日』……でしょうしね」
田村副会長も皮肉っぽくそんな事を口にする。
「……じゃあ、どうすると言うの?」
「うん。だからね、ここに居るみんなが、『一番その感情を抱きにくい人』にやってもらったらどうかしら?」
にっこり笑ってそんな事を言う榊会長。
「……抱きにくい人……」
誰かがそう呟いた声が聞こえる。
その一瞬後、1人を除き、つまり私以外全員の視線が私の方を向く。
「……それは……無いです」
私は首を振りそう否定する。
「そ、そうよね。いくらなんでも、1年になんて……」
「あら?どうして?」
そんな声を上げた3年生にそう問いかける榊会長。
「だって1年ですよ!?」
「だから、『どうして1年生が生徒会長をやっちゃいけないの?』唯、生徒会長は1年は駄目って決まりあった?私は今まで聞いた事ないんだけど」
「私もありません」
「さて……お答えは?」
そう言って当然の声を上げた筈の3年生の顔を確認する榊会長。だけどその人には会長と副会長を言い負かす事なんて出来る訳なくて、
(……って、この流れ絶対駄目じゃない!何で私が生徒会長にならなきゃ!)
「あ、あの!榊会長!」
「ん?なーにー?白ちゃん?」
「あの!それは絶対駄目です!だって私……『馬鹿』ですから!」
そうして咄嗟に口から出たのがこんな言葉。
(だ、だって……そうとしか言えないんだもの!)
そうして生徒会室に静寂が訪れる。
みんなの顔を確認すると、みんな驚いたような顔でこっちを見ている。
「と、とにかく!失礼します!」
そのまま学校から逃げ出す私。
急いで靴を履き替え、校門を飛び出し、暫く走って、後ろを確認し、呼吸を整える。
(……私って……滑稽すぎる……いくら言うに事欠いていたとはいえ……)
改めて考えて、つくづく馬鹿な自分というものに思い至る。
「明日は明日の風が吹く、といいなあ」
私は放課後になり天気の良くなってきた空に向かって、そんなお願いをしていた。
そして今日も私は憂鬱な気分で学校へと向かう。だけど空は昨日と同じような晴れで、それが私には何かを暗示しているような気がして、余計に気が滅入る。
(何だったのかしら?昨日の生徒会室でのやりとり)
正に、『予想の斜め上を行く』という表現がぴったりなあの2人のアイデア。
(あの場ではそれこそ『会長派』がかなり優勢だったけど、でも一晩経てばみんな冷静になって、現実的な元の鞘に納まるでしょ)
そう考えていたんだけど、だけど、現実というのは思っていたより脆いものだったようで、それを報せてくれたのは校門前での誰かのしていた噂話だった。
「ねえ、何でもここの生徒会、内乱みたいなのがあったんだって」
「内乱!?何それ?」
「……どうも今までは会長派と副会長派に分かれていたんだって」
「ああ、だから副会長は2年だったんだ。で、今まではって事は副会長が変わるの?」
「いや、それがどうも、変わるのは会長の方みたいなのよ」
「会長が!?それじゃあ副会長が繰り上げということなのね」
「そこがよく分からないんだけど、どうやら新しい会長って、副会長じゃないらしくて、今の会長が選んだ人のようなのよ」
「?」
「ただそれを話していた人が言うには、双方がその人で納得したっていうことらしいわ」
「つまり、派閥の垣根を壊して全体をまとめあげる、そんなリーダーシップある人がいたんだ。だったら何でその人をそもそも会長にしなかったのかしら?」
「……どうやらそれが、1年らしいのよ」
「1年!?どういうこと!?」
「だから中には『傀儡として適当な人物を祭り上げただけ』なんて言ってる人もいるんだけど」
「……ふーん、だから今日は突然の集会があるんだ」
(……そ、空耳、よね……きっと)
心の中でそう結論を出し教室に向かおうとすると、
「白ちゃん、ちょっといいかしら?」
と多分私を呼び止める声。
その声の方を向いてみると、私の方に近づいてくる榊会長の姿。なんとなくだけど、その背中に悪魔の羽のようなものが見える気がする。
「……おはようございます」
「おはよう。大丈夫?何だか調子悪そうだけど」
「いえ……授業を休まないといけないほどではないですから」
私は何とかそのイレギュラーな事から背を向けようとそう言い棄てにげようとするものの、
「ちょっとどこ行くのよ、新会長さん」
という声に驚き背中を掴まれてしまう。
「っ!?」
「あ、あれ生徒会長よね」
「そういえば怪我が治って退院したんだったわよね」
「じゃあその隣に居るのが、新しい?」
「ネクタイの色は1年のようだし、多分そうよね」
こんな言葉と共に、私に浴びせられる好奇の視線。その緊張感はというと、まるで私の体の骨が全て凍結してしまったような感じで、自分の体の筈なのに酷く動かし辛く思えてくる。
「……ここじゃなんだし、とにかく移動しましょう」
そうして、私は会長に手を引かれその場を抜け出し、だけど着いた場所は体育館。
「何やってるんですか、会長」
既に中にいた副会長からそんな呆れたような声が浴びせられる。
その言葉に対して、自分と私を交互に指す会長。
「もちろん古い方ですよ。大丈夫?大澄さん?」
「だ、大丈夫じゃ、ない、です。ど、どういうことなん、で、しょう、か?」
何だか自分の声とは思えない声が聞こえる。
「本当はもう少し落ち着いてから旧会長に書類を出してもらうつもりだったんだけどね。また勝手に独断専行して」
「どっちみち決まったことは事実だし、むしろ早く慣れてもらったほうがいいわよ」
「もう!こんな時ばっかり一般論持ち出して!つまりそういう訳なのよ。ごめんなさい、昨日の今日で」
「……本気、なんですか?」
声を絞り出して尋ねる私に対し、
「ええ、そうね。少なくとも秋の選挙の時まではあなたにやってもらうわ。例え他の生徒会の人が反対しても」
「といっても、結局あの後そんなに反対意見も出なかったし、大体他の人で自らやろうなんて言う人はいないでしょ?」
と真剣な顔でそう答える副会長と会長。
「や、やっぱり無理です。生徒会長なんていったって何やるのかもよく分からないし、どちらにしても副会長の方が適任だと……」
そんな私の顔をじっと見つめる2人。
「……あの……何ですか?」
「あのね?大澄さん」
穏やかに副会長が話し始める。
「何をやるのか分からないって言ったけど」
「……はい」
「生徒会長っていうのはね、それを決めるのが仕事なのよ」
「え?」
「例えば前あった運動会なんて言うものは、あらかじめ決められた作業をいかに効率的に行うか、という事だけを考えて仕事をこなしていけば、まあなんとかなるけど」
「といっても、運動会は私があらかじめ色々アイデアを出しておいたし」
と、横から会長が付け加える。
「会長の仕事っていうのはね、企画から始まって、立案、構成、演出なんてことまであって、ほぼ全てに当てはまるのよ」
「まあ、ぶっちゃけ便利屋よね」
「……便利屋……なんですか?」
「悪く言えばね、でもよく言えば学校の支配者……あら?よく言ってないわね」
「いいじゃん支配者で。自分の意見を生徒の総意だって言って先生にごり押しすることだって出来るんだから」
そう言っていかにも何か企んでそうな笑みを浮かべる会長。
「まあ、色々矢面に立つ事になるのは我慢してもらうしかないけど、でも自分の学校での生活を自分で変える事ができるのよ。チャンスだと思わない?」
「思いません。私は決められた学校生活を人並みに過ごしたいです」
「仕方ないわね」
そう言って右手を上げる会長。
すると、会長の上にさっきの羽を彷彿とさせる、だけど色が綺麗な鳥が現れて、
「白ちゃんは見るの初めてよね。この子が私のファミリア。それで……」
「っ!」
咄嗟に巻き起こった突風に目をつぶる私。
コロコロコロコロ
何かが転がったような物音が私の背後から聞こえる。
「……?……」
制服の乱れを直しつつも何となく拭えない違和感。
(破けた訳じゃないし、だけど……何なのかしら?)
「白ちゃん、後ろ」
言われた通りの動作をして、そしてその原因に気付く。
「え!?ど、どうして……」
そこにはさっきの風で目を回したのかふらふらのプチ。
「これが私のファミリアのおまけの力、かな?」
なんて言っていたずらっぽく笑う会長。
「な、何でこんな事……」
「さあ?何でだと思う?」
するとそんな私の後ろから聞こえるこんな声。
「ねえ?何であんな所にハムスターがいるの?」
「あ、ほんとだ。可愛い」
「さっきステージの横から風に吹かれて転がってきたわよ」
「へえ、私もああいう可愛いのが欲しかったな」
(嘘つき!)
「……プチ!プチ!早く起きて!」
そんないい加減な声に心の声でそう反論しつつ、一刻も早くプチがその目立つ場所から消える事を願い呼びかける。だけど、
「そっちじゃないってば!逆よ!逆!」
目を回していたせいかそれともパニックになったのかは知らないけど、プチは私とは逆の方、つまりステージ上にある演台の後ろの方に行ってしまった。
そして演台に背中を預けるようにして本格的にダウン。
(な!何やってくれてるのよ!あの子!)
「……もう、馬鹿!」
(あんな所で倒れられたんじゃ私が壇上に行かなきゃいけないじゃないのよ!)
「………」
「さーて、どうする?白ちゃん?」
「……あの、せめてどちらか私と一緒に来てくれませんか?いくらなんでも1人でっていうのは……」
「……そうね。じゃ、私が」
名乗り出てくれたのは副会長。
「あの……手を……」
そう言って手を差し出す私。
そしてその手を副会長が握る直前に、
ブウン
「!?」
(か、会長!?)
そうして背中の風に押されてしまい、1人ステージ上に姿を見せてしまう私。
「………」
緊張のせいか周囲の音が全く聞こえない。
自分の体だというのに、またしても油が切れてしまったかのように動かし辛い。
(と、とにかく……プチを回収しないと……)
ぺた、ぺた、ぺた
演台に隠れるようにしてプチを回収し、一息をつく。
(え、えと……「マイクの調整中」って言えば、私が今ここに居る事は誤魔化せる……筈)
心の中で「マイクの調整中」という言葉を何度も繰り返し、いざ本番。
腰を上げ演台のすぐ傍に立つと、私に向けられる多くの瞳が嫌でも目に入る。
そして、その事を全く考えてなかった私。
「……あ……あ……あ……」
その瞳が私に何かを期待しているなんて訳は勿論ないんだろうけど、でもその場で「マイクの調整中」という言葉を発する事がどうしようもなく酷い事に思えてしまって、
「が、頑張りますので、よろしくお願いします!」
なんて馬鹿な事を口にしてしまっていた。
(……何を頑張るのよ、私は)
今朝の自分の発言を思いだし、私は今日22回目のため息をつく。
「会長、またため息ついているんですか?」
そんな私の様子を面白そうに眺めている前生徒会長榊涼子先輩。
そして、副会長田村唯さんはというと、
「……ふふふ……」
プチを目の前にして大変ご機嫌そう。もちろん私はそんなことしなくてもいいと言ったんだけど、どうやら副会長はプチがお気に入りらしい。
「……次は……みんなのファミリア調査、です」
辻さんがそう言って目安箱の中の紙を読み上げる。
それはいつもは端で見ている光景なんだけど、今は違う場所から見ていて、しかもここからだと生徒会の人全員の顔が見える。
だけど今はそれ程緊張していない私。朝の一件で、何かが麻痺してしまったらしい。
そして派閥も、どうやら自然消滅したらしく、少なくとも今は「榊先輩が……」や「田村副会長が……」みたいな言い方をする人は居ない。それは多分、『今この場でそんな事をしたら、今まで以上に生徒会活動は停滞する』という事をみんなが肌で感じているからだと思う。
(今までは、『多少そんな事に時間を取っても、榊先輩が会長何だから何とかなる』ってみんな考えていただろけど、だけど今は『副会長はハムスターと遊んでいるし、会長は頼りない』と考えてるだろうから)
「……会長、以上です」
「……!……あ、は、はい」
慣れないあだ名につい反応が遅れてしまう。
「え、えっと……」
そうして箇条書きされた文字を確認して、
「……何でファミリア関連のものが多いの?」
そう目の前に居た辻さんに尋ねてしまう。
生徒のファミリアの調査が3件、ファミリアの人気投票が4件、そしてファミリアとの交流会が5件。
「調査や人気投票はともかく、交流会って、そんなの個人的にやるもんでしょ?どうして生徒会への要望に?」
「……それは……」
そうしてなんとなくみんなの目が向いた方向に居たのは副会長。
「……もしかして副会長のファミリアって凄く格好良いのですか?」
「ま、確かに格好良い、の部類だとは思うけど」
私の言葉に気が抜けたような感じで答える前会長。
「?……まあいいです。じゃあ副会長がよければ一度そういうものを開いてみるのもいいんじゃないでしょうか」
「いいんですか?」
すると何故か私に確認を取る辻さん。
(だって、もうどうせ私のファミリアがハムスターだっていうのはもうみんな知ってるし、隠す意味なんてないじゃない)
「まあ、会長がいいって言うんなら問題は無いと思いますよ」
結局その前会長の言葉でその日はお開きになった。
そうして後日、その交流会というものが開かれることになったのだが、
「……何でこういうことになっているの?」
信じられない事に、その場での集客数を調べると、プチが1番。次いで2番が副会長のあの大きな鳥で、3番が副会長のしゅっとした犬。
「やっぱりこういうことになったわね」
「まあ、順当じゃないかしら」
そしてその様子を当然のように認識している2人。
「……全く理解出来ない」
前会長や副会長の子の方が綺麗だし、格好良いし、それに対してプチが勝っている?といえるのは体の小ささ位。
(こんな何かに媚びへつらうことしか出来ない生き物の何がいいんだか?)
とりあえず、私の考えが少数派なのは間違い無いようだった。