体育祭。その後……
今日は体育祭。
鏡花女子では体育祭は臨時委員を作らないらしく、生徒会が毎年その役割を担う事になっているらしい。というのも今はまだ五月。まだ新しい学校、新しいクラス、その上クラス毎にまた臨時委員を選ぶ時間を考えると、わざわざ別に創るより既存のもので、という理由だと副会長は言っていた。
進学校なのに学校行事をちゃんとやるって、すごい学校だと思う。ただ、だからこそ『生徒会』という存在が『そういう意味』を校外の人に持たれてしまい、結果こんなになっているんだと思う。
(……やっぱり、どう考えても私は場違い)
それにこれは辻さんに聞いた話だけど、榊会長のお父さんは何でも新聞社の偉い人らしい。
(……まあ、この事は直接は関係無いんだろうけど……)
とはいえ、生徒会が体育祭の実行委員を兼ねるという状況自体は私にとっては悪い事ばかりじゃない。というのも、
「白。あなた出る競技少なくない?」
私のメモを受け取ったお母さんがそう不満そうな声を出す。
「……だって、他にも仕事があるから」
「何言ってるの?声が小さくて聞こえないわ」
「仕事があるの」
「仕事、ねえ?ま、サボったとかじゃないんなら仕方無いわね。折角お父さんも来てくれたっていうのに」
「……頼んでないし」
「何?声が小さい!」
「何でもないです」
こんな風に私の学校での声を再三注意するお母さん。
「えーっと、それで、出るのは徒競走と障害物競走……意外ねえ、てっきり借り物競走とかそういうの選んでいると思ってたのに」
「いいでしょ別に」
(だって、自分から人に話しかけないといけないじゃない、それ)
「……で、何番目の競技なんだ?」
「……お母さんから聞いてよ」
「えっと……6番目と10番目の競技らしいわよ、お父さん」
「そうか……頑張ってな」
「あ、う、うん……じゃ、私生徒会の仕事があるから」
そうして、私は一旦観覧席から抜け出してため息をつく。
「……苦手だなあ……お父さん」
もちろん普段家の中で理不尽に手を上げられたりとかそういう事は無いんだけど、でもある時を境についそう感じてしまうようになってしまった私のもう1人の家族。
嫌いとかそういうんじゃなく、ただただ苦手。それこそ2人っきりになったら何を話したらいいのか分からない。
(まあ幸い夫婦仲は良いようだからそんな事になる可能性はすごく低い、とは思うんだけど)
そんな事を考えているといつもの2人も集合場所に姿を見せる。
「えっと……それで、何の仕事だっけ?」
「……競技の終わった人の先導」
「……やっぱり?」
改めて確認して、そしてやっぱり苦手な部類に入るその仕事。というのも、今ここに居る人はその競技を見に来た人で、つまりその競技をやっている人の方に視線が集まる。で、その人達のすぐ近くでうろちょろする事になる私達は、どうしたって目に付いてしまう訳。
「……何で私達がこっちなんだか、向こうの人の方が絶対に適していると思うのに」
副会長派にあたる1年の生徒会の人の顔を思い浮かべる。
河合さん、内藤さん、山崎さん。少なくとも、対人スキルは私より断然上だと思う。
(自分から人に話しかけるのぐらいは簡単に出来そうな……私は対峙して応答するので精一杯だし)
「……2人共、頑張ろう」
「……そうよね。折角準備の為に働いて来たんだし、どうせ今日一日の辛抱だし、大澄さんも、ね?」
「……うん」
そうしてある意味私の適正にふさわしい、『ちょこまか』とでもいうそんな動きをする事になる私達。
「あ、あの……競技が終わった方……こちらに……」
「何言ってるんだか聞こえないわよー」
「……す、すみません……」
そんなやり取りを何度と無く繰り返した結果、
「競技が終わった人!こっちでーす!」
もう半ば自棄になりそんな大声を上げる私だけど、
「えっと、ここでいいのよね?」
「あ、はい!」
「……もう少し大きい声を出してくれないかしら?」
という改善要求はその後も止まってはくれなかった。
「……じゃあそろそろ、私、出番だから」
「あ……うん。辻さん!頑張ってねー!」
中川さんに続き、辻さんも競技の為、『ちょこまか戦線』から一旦離脱する。
(中川さんは平均的な運動能力だったけど、辻さんはどうなのかしら?)
平均以下のくせについそんな事が気になってしまう。
「大澄」
「はい!……あ……」
そして背後から聞こえた声に振り向き、あからさまに声のトーンと態度を変えてしまう私。というのも、今、目の前には田村副会長の姿があって、
(……あ……謝っても……逆効果になっちゃうから……)
そう考え、私は今の態度を自分の中で無かった事にする。
対して副会長は、今しがた自分の競技が終わったばかりだというのにいつものように落ち着いていて、
「大澄」
そして、何か用があるのか尚も声をかけてくる。
「……はい」
「あなたの御両親って、今日来ているのよね?」
「……はい」
「何処に居るの?」
「え、えっと……確か……あっちの方に居る筈ですけど……」
「……そうなの」
そうして私が指した方を見る私と副会長。だけどここからではその姿は確認する事は出来なくて、
「……まあいいわ」
結果そう言ってそのまま去っていく副会長。
「……ご、ごめんなさい」
私はその背中に聞こえないように祈りつつも、でもそう言って頭を下げてしまっていた。
因みに私の結果はというと、徒競走は多分びり、障害物競走は多分下から2番目の5着だった。
多分というのは、4から6の下位の人はカウントしないというきまりになっているから。組分けもクラス毎となっているので、それこそ1年のクラスはどう頑張っても優勝出来ない仕組みになっている。そんなわけで上位は3年生がズラッと並び、多分1-2はビリ争いをしていたと思う。
(ま、楽しかったからいいんだけど)
「白……お疲れ様」
お父さんが私の姿を見つけるなりそんな労いの言葉をかけてくれる。
「……うん。じゃ、私は後片付けがあるから、また後でね」
「ええ。辻さんや中川さんと仲良くするのよ」
「……え!?」
お母さんの言葉に驚いて顔を上げる私。
そんな私の様子を見て、笑顔で手を振りながら去っていく2人。
(……2人と……会ったんだ)
何だか非常に恥ずかしい、というか照れくさい気がする。
(……私も2人のお父さんやお母さんに会っておけば良かった……って、無理!)
一瞬そんな事を考えて、すぐ『そんなのは出来っこない自分』というものを想像する。
(ていうか2人はよく出来たわね。直接は関係のない大人に話しかけるなんてこと)
そうして後始末の時間。
「えっとさ、2人共……私の親に会ったのよね?」
「うん」
「……そうだけど」
「……どうだった?」
私は2人にそう聞いてみるけど、
「……格好良かった」
「あ、うん。私もそう思った」
という訳の分からない答えが返って来る。
「?」
「……それより、早く済ませよう」
「そうよ。大澄さん」
「あ、うん」
(何をやったんだろう?お父さんにお母さん)
そんな疑問を抱えつつも2人の後を追う私。
とりあえず、2人に軽蔑されるような両親でなかったという事と、2人が私の両親を軽蔑するような事が無かったというのは嬉しい。
(だってうちって、本当に『庶民的』だから)
それこそ学校の少ない駐車場に停められた車には高級車がちらほら。多分、常日頃学校に寄付とかしている余裕のある人が、こういう時にその恩恵を受けているんだと思う。
それで、今の私はそんな学校の生徒会役員。
(考えれば考える程訳が分かんない!)
そうして私達はまたゴミ袋片手に周辺を散策している訳なんだけど、
「……あ、猫」
「本当。可愛い」
と、今2人は猫トラップに引っかかっています。
ただ私は、思うところがあってそこには近寄らないでいる。
「大澄さん、どうしたの?」
「……猫、苦手なの。私」
「え?どうして?こんなに可愛いのに」
「……うん。私も可愛い、とは思うんだけど……」
一応私もそんな感想は持ってはいる。いるんだけど、だけどその先は、正直話したくない。
(……だって、恥ずかしいし)
すると辻さんが私のその様子に気付いたのかこんな声を上げる。
「……もしかして……ファミリア?」
「……うん」
だって『ファミリアはその人間の特性を表す』という常識が知れ渡っている昨今、それは星座や血液型よりもよりその人間を単純に表すというものとして認知されている。
だからそれこそ、自分に自信のある人ならそれを公表して「私はこういう人間です」みたいな事をする人も居るけど、私みたいなそれを知られる事を嫌がる人も居る。
(だって「私の特性は無力なハムスターです」なんて、自虐ネタにしかならないもの)
「そうだったの……ごめんなさい」
そんな私の顔を見て中川さんが済まなそうにそんな声を上げる。
「謝らなくてもいいって。別にそんな大した事じゃないし……それより辻さん、凄い速かったわよね」
私はその空気を変えようと、明るい話題になりそうな話に切り替えるけど、
「……そう?」
「そうそう。だって運動部の人とも互角だったし、どうして運動部に入らなかったの?」
「……それは……」
そう答える辻さんの表情は明らかに気まずそうな顔。
「……あ……ごめんなさい」
「……気にしないで」
「う、うん」
辻さんの言葉にそう頷く私。だけど、もう何を話したらいいのかも分からず、
「………」
「………」
「………」
結局その後、誰も何も話す事は無く、ゴミ袋にゴミを入れる物音だけが聞こえていた。
「……やっぱりムカツクわね。2年で副会長だからってお高く止まってさ」
今日も生徒会室の一角からそんな話し声が聞こえてくる。
話している人は確認するまでもなく、会長派の3年生。
確かに3年生はただでさえ受験が控えていて、ストレスが堪っていて、そして学年が下の人間が副会長という生徒会の中で自分より上の役職に就いているという現状を好ましく思わないというのは分かる。
(でも、何でこんな方法を採っちゃうの?こんなことやっても、誰も喜ばないのに)
そしてそんな会長派の3年生に対し副会長はというと、
「……辻さん。これ、後で会長に渡しておいて」
横目でその顔ぶれを多少気にしつつも、特に何も言わない。
それは多分、『大人の対応』と言われるそれなんだと思うけど、でも今はその対応すらも会長派の人には挑発に受け取られていて、
「……何かしら?言いたい事があるのならはっきり言ったらどう?」
と、口撃をするきっかけを待っていた3年生の人が副会長に直接話しかけ始める。
「……別に、何でもありません」
その言葉に、そっぽを向いたまま答える副会長。
「あら?だったらどうして私達の方を見ていたの?用も無いのにじろじろ人の方を見るなんて、失礼じゃない?」
「……私の名前が聞こえたような気がしたので」
「いいえ。私達が話していたのは副ではない会長、榊さんの事よ……2年で副会長だからって、自意識過剰じゃない?」
「……はあ……」
「あなた!人が話している最中にため息だなんて、ほんっとうに失礼ね!……あ、もしかしたらあなたが会長が怪我をして学校来れなくなるように仕組んだんじゃ……」
キッ
そんな事を話しだすその3年生の方にようやく顔を向ける副会長。
「……何よ!?」
「……何でもないわ」
一瞬睨むような強い視線を向けたものの、そう言って自分から視線を外す。
「全員、聞いてちょうだい。今日はこれで生徒会活動は終わりにします」
そして席を立ち、こんな宣言。
「ちょっと!何でそんな事あなたが!……」
「今、この中で一番強い権限を持っているのは副会長の私です。それに今日は口ばかりが動いて手が全然動いてない人が多いですから」
今度は3年生の顔をしっかりと見たままそう答える副会長。
「それって私、って言いたいの?」
「……お疲れ様。後始末は私がやりますから、先輩達はどうぞお先にお帰り下さい」
その質問に答える事無く軽く会釈をする。
「……じゃ、そうさせてもらうわ」
そうして結局最後まで言葉尻を取る事の出来なかった不完全燃焼の3年生。多少不満そうに、でも副会長のリズムを崩せた事を多少満足そうに生徒会室を出ていく。
バタン
「もう!何なのかしらあの3年!自分の能力が劣っているから副会長になれなかっただけだっていうのに僻んだりして!」
すると今度は、居なくなった3年生に向かってそう文句を口にする2年生の副会長派の人。
「そうよね!大体会長の成果ってあの人達には関係無いじゃない!なのにあたかも自分達の成果のようにさ」
「そう!そう!」
そのまま居なくなった人達をネタにそんな怪気炎を上げ始める2年生を中心とした副会長派の人達。
(………)
「……帰りましょう」
中川さんの提案に無言で頷く私と辻さん。そのまま彼女達を刺激しないように気をつけて生徒会室から出て行こうとしたんだけど、
「……あなた達、先輩に挨拶もせずに帰るつもり?」
無言で頭を下げるという行為が気に入らなかったのかそんな文句を言われてしまう。
私達は顔を見合わせ、
「……別に……そんなつもり……」
代表して、辻さんがそう答えてくれたんだけど、
「もう、これだから会長派の一年は。普段から3年にだけ気を遣っていれば良いと思ってるからそんな態度になるのよ」
「そうよねー。それにあなたって榊と個人的にも親しいんでしょ?少し調子乗ってんじゃないの?」
と、あらゆる事を非難の材料に使われてしまう。
「中川だって、普段からお高く止まって殆ど話そうとしないし」
「………」
「それに大澄なんて、それこそ1人では何にも出来ない劣等生じゃない。大方会長に取り入って甘い汁でも吸おうって魂胆なんでしょ?」
「………」
「それに、見たー?大澄の両親って、体育祭の時メチャメチャ浮いてたし」
「……っ!」
「何!?言いたい事があるんならはっきり言いなさいよ!」
(もう最っ低!こんな人達とこれからも顔を合わせないといけないのならいっそ……)
「……副会長。私、生徒会辞めます」
そう宣言をし、初めて正面から田村副会長を睨むようにだけど見つめられる私。
「………」
そんな私に向けられるのは、いつものあの冷静な視線。
(分かってるわよ!どうせ劣等生の私が全面的に悪いって事にするつもりなんでしょ!?勝手にそうすればいいじゃない!)
「……ふう……」
そしてため息を1つつき、
「……それ、いいかもしれないわね」
なんて他人事のようにそう口にする。
「失礼しました!」
私はもう一言体育祭の時のような大声を出し生徒会室から退室する。
横目に私の事を心配そうに見つめる辻さんと中川さんの顔が見えたけど、もう今更どうにもならない。
バタン
(……やっちゃった……でも、これでいいのよ)
廊下に出て、自分に言い聞かせるようにそう強く思う。
多分これから、生徒会に逆らった私には陰湿なイジメに近い嫌がらせみたいなのが来るだろうけど、でも、
(生徒会の中に居たって変わらないんだし!それに放課後すぐこんな所から出る事が出来るんだし!)
「……なんとかなる!うん!」
「……なるといいなあ」
廊下を渡り下駄箱から靴を取り出す頃になると、もうすっかり熱は冷めていた私。すると後から後から不安材料がどんどん溢れ出して来て、自然とこんな心情になる。
そんな私が自分に言い聞かせるように呟いたのがこの言葉。
「……嫌な事は明日……」
これはなんとなく処世術になっている私の中での決め事なんだけど。
それは「どうせこれからどう頑張っても今日中には無理」という経験則と、「私1人がそう思っていた所できっと誰も共感してくれない」という諦めからの結果だったりする。
(ま……世界が狂っている可能性よりは、まだ私1人が狂ってる可能性の方が高いに違いないんだし)
「……帰ろ」
そうしていつものように1人で家への道を歩いていると、私に誰かが用があるのかポンポンと肩を叩かれる感触がする。
(……はあ)
どうやら世の中というものは、誰にも会いたくない時に限って誰かと会ってしまうらしい。
「……何ですか?」
そうして仕方なく振り向いた私の目に入ってきた顔は、
「へえ、あなたの家ってこっちの方だったのね」
「………」
「それで、いつも歩いて来てるの?それともバス?電車、は無いわね。駅はこっちじゃないから」
「……何で……」
「ん?」
「何で副会長がここに居るんですか!?」
「うん。私もあなたと同じ事をやってみたから」
「……私と……同じ?」
「そう。あの場で『生徒会を辞める!』って言って抜け出して来たの」
「な、何で……」
「……うん。どうやら私にも荷が重過ぎるようだから」
「重過ぎる?」
「ええ。やっぱり悪しき慣習ってのは中々厄介よね。さて、これで会長も副会長も居なくなった訳だけど、果たしてこれからどうなるかしら?」
なんて事を言いながら今までに見た事の無い表情を見せるその人。それはなんというか、吹っ切れたというか清々したみたいな感じで、
「にしても本当にあなたが面と向かってああいう事するとは思わなかったわ」
と、にこやかにさっきの事を口にする田村副会長、もとい田村先輩。
「……は、はあ……」
私としてもこんな事態になるとは全く想定してなくて、どんな顔をしたらいいのかも分からない。
(私、何で睨みつけた相手に笑顔で話しかけられてるの!?)
「うん。涼子の見る目は確かだった、って事よね」
そしてそんな事を言って1人で納得するその人。
(涼子って……)
「会長が何か言っていたんですか?」
「ええ。だから大澄さんには直接言ったでしょ?『会長も期待している』って」
言われてみれば確かにそんな事を言われたような気がする。けど、
「普通、それって誰に対しても言う言葉じゃないですか」
「……成る程、ね。確かに適任かもしれないわね」
「何がです?」
「何でもないわ。じゃ、さようなら」
帰り道が違うのか道の途中で足を止める田村先輩。
「……はい。さようなら」
(って事は、榊会長と田村副会長の仲は今現在も悪くない?でも派閥の頭として対立せざるを得ない状況になっているって事?)
「大澄さん!」
そんな考えを巡らせる私の名を呼ぶその声。
「さっきの大澄さんの啖呵だけど、その後に私の事があったから、誰も気にしてないわよ!きっと!」
そう言って手を振り、去っていく田村先輩。というわけで、私はその日、田村先輩の告白により生徒会の人間関係というものの表面しか理解してなかったという事を思い知らされた。
田村唯、彼女は自分に厳しい女性です。
そしてその厳しさがある人にはカリスマ性に見え、そしてある人にはそれが反感を抱く材料となった、という訳です。