現実
「あんたはー、何て事しちゃってくれてるのよー!」
グラウンドでそんな悲鳴に近い声を上げてる私。
そんな私の周りには、さっきまで体育館やグラウンドで部活動をしていた人は勿論、話を聞きつけわざわざ見に来た文化部の人や、明らかにここの学校の関係者じゃない人までが遠巻きに眺めていたりする。
(何でこんな形で、こんなタイミングで、こんな事しちゃうのよー!)
あの後、龍のプチはわざわざ体育館を破壊してから、私の方に近づいてきて、そして元のハムスターの姿に戻った。
多分彼からしたら、嫌な人を追い払った自分を褒めてくれる、みたいに考えていそうだったんだけど、今、私はプチのほっぺを可能な限り引っ張っている。
(ていうかこれを善行だなんて思えるだなんて、全然成長してないじゃない!)
そして今彼は恨みがましい目で私を見ている。どうやら自分がどうしてお仕置きされているかも理解出来てないみたい。
「体育館壊すなんて何考えてるのよ!?」
その原因を口にするんだけど、でもプチはまだ納得してないみたいで抗議の鳴き声を上げている。
「翼畳めばちゃんと通れたでしょ……何でそんな事に気付けないのよ」
理由までわざわざ説明しそれでようやく理解したのか、その目がふわふわと泳ぎ始める。
(……今更遅いわよ……馬鹿……)
「……あ、あの……」
「……白?」
声の方を向くと、恐る恐る、といった感じで私を見ている真奈美と中川さん。
「ごめんなさい。どうやらこの子が突然大きくなって体育館壊しちゃったみたいで」
両手でそのお仕置き中のそれを見せると、
「……あ……」「……う……」
2人は驚いたような反応をし、私と距離を取ろうとする素振り。
(……あ……そうよね。これ、どういう原理で巨大化するのか全然分かってないし……それが普通の反応よね)
「……えっと、ごめん」
私の表情の変化を見ていたのか、真奈美がそんな声を上げる。
「い、いいって。悪いのはみんな体育館を壊したこの子なんだから」
とりあえず話の邪魔になるのは間違いないので、一旦プチをしまう。
「あの……それで……どうしてこういう事に?」
「……うん。よく分からないんだけど、さっき真由美と一緒に話しかけてきたあの人に向かって怒っていたら……いつの間にか」
「怒ったの?大澄さんが?」
『私は怒らない』という印象でも持っていたのか、そんな疑問の声を上げる中川さん。
「ええ、難癖つけてきて。それに辻さんとバスケ部の事もあったもんだから」
(……ていうか、鏡花女子って今まであそこまで嫌な人居なかったし)
「バスケ部って?」
「えっと……それは中川さんの方が詳しいんじゃない?生徒会に居たらその情報も入ってくるでしょうし」
「……あ……うん」
そうして中川さんが詳しい情報を知らせてくれる。それによると、実際はバレー部や卓球部がバスケ部を追い出した訳ではなく、むしろバスケ部が自主的に学校の体育館から出て行って、今は市民体育館で練習をしているらしい。
「……で、その時にバスケ部とバレー部が完全に対立しちゃったんだけど……でも、どうして大澄さんに文句を言うって流れになったのかしら?何か心当たりある?」
「あったら言ってる。けど、何となく想像はつく気がするな」
「どういう事?」
「だって、辻さんはあの空気の中1人で声を上げられたんだもの。だからバスケ部の仲間が居る状態でバレー部とやりあったんなら、多分バレー部へこまされたんじゃないかしら?」
(だからその代替として『バスケ部の影の指導者』である私1人に八つ当たり、みたいな?)
「……だとしたら、どうしようもなく愚かね。あの人」
「……そうね。1番噛み付いちゃいけない人に噛み付いたんだから」
私の推測を聞いて、そんなやり取りをする2人。
「……聞こえてるんですけどー……」
「ええ。だって聞こえるように言ったんだもの」
「それに、その怖さの正体もはっきり目にしたし。龍の特性って何なのかしら?」
「………」
(……ていうか『怖さ』って何!?)
1時間後、グラウンドのど真ん中にて、
「退学、ですか」
校長先生の話を聞いたお父さんの一言。
「……え、ええ。あのように体育館を壊すという事をいとも容易く行える存在が同じ学校に居ては他の生徒も気が気ではないですし……そ、それに……ご父兄の方々もそのような声を上げておりますので……」
「………」
そんな理由を話す校長先生の方を、無言で見つめるお母さん。
「では仮に、ファミリアを決して学校に連れて来ない、と言っても無理でしょうか?」
「……目では確認は出来ませんので、なんとも……」
お父さんの提案にも校長先生は下を向きつつこんな一言。
「………」
「だそうだ。白、どうする?」
「……どうするも何も、仕方無いんでしょ……」
携帯から聞こえてくるお父さんの声にそう答える私。
私はそんな事を話していた両親と校長先生から離れた場所で、電話口から今のやり取りを聞いていた。
(……もう本当に……プチの馬鹿)
「……いいの?」
お母さんもそんな声を掛けてくれるけど、でもこの状態からして、もうどうしようもないと思う。
だってグラウンドでこんな話をしているというこの現実。
私の事をよく知っている2人でさえもああいう反応をしたという事は、それこそ私と面識、というかもう耐性といった方がいいかもしれないけど、それの無い人にとって、私は『恐怖の存在』になってしまっていると思う。
それこそ私でさえさっきプチのあの姿を初めて目の当たりにした時、咄嗟に現実逃避してしまったし、そしてその認識のせいで逃げ出し、結果として『体育館を破壊した実績』も作ってしまった。
何より今のこの世の中で、『保護者をわざわざ呼び出したくせに校内には立ち入らせず、こんな所でこんな重要な話をする』という『教育委員会行き確実な無礼』を学校側が敢えて行っていて、んでもって今もわざわざ呼び出させたお母さんのチーターに睨まれている校長先生。
(っていうか両親からの遺伝でプチが龍だとあらかじめ知ってたらこんな事させる訳ないじゃない!)
「お母さん。校長先生に代わって」
私の言葉の後に携帯から聞こえる物音。
(みんな受験控えてるだろうし、誰が悪い訳でもないのよね)
「……はい、もしもし」
暫くして、校長先生のこんな声が聞こえてくる。
「……分かりました……学校を辞めます」
(これで……全部……おしまい、ね)
そうして私はその日、鏡花女子高等学校を辞める事となった。
「もうー、あんたのせいでー、どうしてくれるのよー!」
家に帰り自分の部屋にて、プチへのお仕置きを再開する私。
「確かに色々苛ついてたのは分かってたけどさ、でもだからってあんな感じで人や物にあたっちゃ駄目でしょ!おまけに体育館の修繕費いくらかかると思ってんの!?」
顔を左右それぞれ頭1つ分の長さ、つまり横幅を普段の3倍になるまで引っ張る。
「ていうかさっきのあれは何よ!?何あんな秘密技勝手に覚えてるのよ!あんなの人前でやったらこうなる事ぐらい分かんなかったの!?」
でもその顔からは不満そうな意思が見え、だから罰は未だ続行中。
「……白、さすがにそれはプチちゃんには無理だと思うわよ」
さっきから私の部屋を出たり入ったりしているお母さん。苦笑いしつつそんな口を挟む。
「何でよ!?だって龍って外国の映画とかだと賢い生き物ってイメージじゃない!ていうかそもそも龍だとしたら何で初めから龍じゃなかったのよ!ハムスターが龍に変化だなんて、ヤバさの印象が数倍になっちゃうじゃない!干支じゃないのよ!これからどっちのファミリア占い見ればいいのよ!ハムスターサイズ!?龍サイズ!?ていうか龍サイズって何よ!?」
「……白、ちょっと落ち着きなさいって」
「落ち着いたってどうしようもないじゃない!だってもう学校辞めちゃったし、これから龍使いにでもなってファンタジーの世界で生きろっていうの!?訳分かんないじゃない!」
「いいから落ち着きなさい!!!」
「っ!?」
驚いた余り手を離してしまい、その隙にお母さんの後ろへと逃げだすそれ。
(……逃げ足の速い)
「……プチ、もうむやみに龍になるんじゃないわよ。例えばこの家の中でもしそんな事やられたら、天井ぶち抜いちゃって下手したら落ちてきた天井のせいで私が死んじゃうなんて可能性もあるんだからね!そうしたら殺人の罪で、きっとあなたも殺されちゃうんだから……分かった!?」
私の言葉に引っ込めてた顔を僅かに見せるプチ。
「分かった!?」
そう言って顔を見ると、そっぽを向かずこっちを見返しているようだから多分通じたんだとは思うんだけど、
(……常識が壊れてくれるのは確かに期待してたんだけど、何で自らの存在で壊しちゃうのよ。これじゃあなた自身が社会の異分子になって、これからもずっと常識と戦い続けなければいけないじゃない!)
「えっと、話があるんだけど、いいかしら?」
私とプチのやり取りが途切れたのを見て、間に居たお母さんがそんな声を上げる。
「何!?」
「うん。白、これからのあなたの身の振り方についての話なんだけど」
「……そう言えばさっきから後ろ行ったり来たりしてたみたいだけど、それも関係あるの?」
「ええ。さっきまで荷造りしていたから、白の」
「え?私の?」
言われてお母さんの後ろの方をよく見ると、目に付いたのは大きな鞄。
「白、あなたにはしばらく、『あの研究所』に行って貰うわ」
そして飛び出した目的地は、田村先輩のお母さんが責任者の別名、悪の研究所。
「……何でそんな……」
「ええ本当にまさかよね。一応可能性としては考えていたけど……」
「可能性って……プチの?」
「ええ」
「……よくもまあそんな可能性を。科学者って……凄いのねえ」
マスターである私でさえも兆候にすら気付けなかった可能性。
そしてそれを見抜いていた科学者、研究者という存在に改めて格の違いを感じてしまう私。
(いくら頭の中や口でそれがあるような事を言っていても、いざ目にしたら私も否定していて……なのにプチのマスターでないその人はそれを否定しなかったなんて……)
そう思っていたけど、でも常識に負けなかった人は正確にはその人じゃなくて、
「いいえ、そもそもその可能性を口にしたのは娘さんらしいわ」
「娘って、田村唯……先輩って事?」
(マジですか!?勉強が出来て、しかも常識に縛られない考え方も出来てるなんて……完璧じゃない!)
「ええ。以前家に訪ねて来たあの大塚って子が居たでしょ。あの子のファミリアもハムスターらしいんだけど」
「うん、知ってる。茶色で今のプチより体の大きな子だった」
「で、彼女と白が、あまりにも違い過ぎたんだって、色々」
「そんなの当たり前じゃない。向こうはその自信の影でちゃんと努力していたんだろうし」
(んで私は、普段は外を自転車で走るとかそんな事をしつつボーっと色んなものを眺めてただけ。風景やら植物やらそんなのをね。後珍しい話の本とかが好きで、その反対でメジャーな新聞が苦手で……)
そしてそんな私は、これから悪の研究所へと送られてしまう。
(……本当に、奇声を上げて倒される練習でもしないと駄目なの、私?)
「お母さーん」
「何?」
「何だか考えれば考える程、生き方というものを間違えて来たような気がするんだけどー」
「まあいいじゃない。悪い事ばかりじゃないだろうし」
「じゃあ良い事って何よ?」
「それはね、お父さんの娘……」
「前に聞いた。それにまたノロケで誤魔化すつもりでしょ?じゃあお父さんの娘で良かった事って何?」
「白!お父さんを侮辱……」
「してないし!そうやって誤魔化さないでよ」
「………」
「………」
「さ、準備出来た?」
「……誤魔化してるし」
外ではお父さんが車の準備をして待っていた。
「おう、準備出来たか?」
「……一応」
「じゃ、お父さん。後はお願いね」
「ああ。じゃ行くぞ」
「……うん」
「白、どうしたんだ?何だか機嫌悪そうだが」
「悪いに決まってるじゃない。学校辞めて帰ってきたらいきなり『他所へ行け』だなんて。お母さんとプチのコネでそういう話になったんだろうけど、そんなにすぐ気持ちの切り替えなんて出来ないわよ」
「そっか。まあそうかもしれないな」
「……そうに決まってるじゃない」
「でも、楽しみも出来たんじゃないか?」
「話聞いてたの?今の状況の何処に楽しみを見つけ出せるって言うのよ!?プチがあんな事しちゃったせいでこれから色々面倒な事が待ち受けてるに違いないんだから」
(だって、もう絶対『普通』とか『常識』とか『当たり前』とかの枠から外れた存在としてしか見られなくて肩身の狭い思いしないとなんないだろうし)
「……え?でも、出来る事も増えたんじゃないか?」
でも私のこの反応に、少し戸惑ったようなお父さんの声。
(何よ出来る事って。高校卒業出来なくなった私に向かって……あ……)
頭の中でそんな事を考え、多分お父さんの言いたいであろう事に思い当たる。
「だって、プチの背中に乗って空を飛ぶとか、後は龍の観察とかそういう事が出来るじゃないか。そんな貴重な体験、多分白にしか出来ないだろ?」
「……そ、そう……ね」
そんな事を言うお父さんの横顔を見てみると、どうやら本当にそれを想像していて楽しそうで、
(ていうかお父さんのこの様子って、私の高校中退の事……カケラほどもマイナスに考えていなさそうなんですけど……)
それこそ完全に経済的な事以外のものに価値を見出していそうなその様子。
「ん?どうかしたのか?俺の顔ジッと見て。何か気に障ったか?」
「……き、気にしないで……」
(……お父さん、あなたは強過ぎます。勝てる気がしません)
その日、私は本当の強さというものを垣間見たような気がした。
ジャンルの関係上、ここで本編は終わりという事にしておいてください。