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ヨモギ  作者: 横文字苦手
生徒会会長編
18/24

尊敬出来る存在

 登校中、見知った背中を見かけ自分から声をかける。

「おはよう、辻さん」

「うん。おはよう会……」

「違うでしょ、もう私は」

「……うん。大澄さん」

「そ。早いとこその呼び方直しておかないと、正当な手続きでなったその人に怒られるわよ」

「……そうだね」

「それで、もう辻さんは誰に投票するか決めた?」

「え?……まだ……」

「そっか、実は私もまだなんだ。辻さんのクラスって立候補した人居るのよね?」

「うん」

「……どんな人?」

「どんなって……木下さんだけど、知ってる?」


 興味本位で質問を繰り返していると、聞き覚えのあるそんな人の名前が出てくる。

「木下……って文化祭実行委員だった人?」

「うん」

「へえ、あの人辻さんのクラスだったんだ」

「……知らなかったの?」

「知ってないのって……おかしいの?」

 なんとなく辻さんの言い方がそんな風に聞こえ、聞き返してみると、

「おかしいかどうかは分からないけど、私達の学年で中川さんと成績争ってる人だよ」

「そうなんだ。へえー……凄ーい」

(つまりそう遠くない未来に雲の上の人になる予定なのね)

「……そうよね。やっぱりそっちの方が自然なのよね」

 デキる人がより大変な仕事を受け持ち、程ほどの人がそれなりの仕事をやる。

「木下さんなら多分問題無いでしょうね。だって文化祭実行委員の経験もあるし」

(ていうか、今の『後ろ盾の消えた私』じゃないなら誰でもいいでしょ)


 なんて事を話しながら登校して、昼休み。

「ごめんなさい。大澄さんちょっと来てくれない?」

 廊下からそんな感じで私の名前を呼ぶ、噂の彼女。

「何です?」

「ねえ、今度の選挙、私が立候補したのは知ってるわよね?」

「あ、はい。今日辻さんから聞いたから」

「今日?」

 私のその一言に、低い声で聞き返してくる木下さん。

「え、ええ。だって……」

(ってこれは言っちゃ駄目よね。「誰がなっても同じ」なんて)

「どうかしたの?」

「何でもない。えっと……せっかく生徒会休みなんだし、それにちゃんと立候補者を目にする機会も準備されてるからその時に考えればいいかな、と思ってたから」

「……そう」

 その理由に一応口では納得してくれたけど、どことなく不満そうなその素振り。

(……あっ!今の言い方だと、私が生徒会活動を軽視しているようにも受け取れちゃうから結局……しかも、それを私みたいな不正でなった会長の口から聞いたんじゃそりゃ……)

 改めて木下さんの顔を確認すると、やっぱり不機嫌そうなその表情。

「……まあいいわ。それより、今日は大澄さんにお願いがあるのよ」

「お願い?何ですか?」

 そう尋ねると、私の耳元に来てこんな言葉を囁く。

「今度の選挙、私の事応援してくれない?」

「は、はあ……じゃあ……頑張ってください!」

 少し恥ずかしいけど、ちょっと大きめな声で言われた通りにする私。

(これでいいのかな?)

「……何?今の?」

「え?『応援』ですけど?」

「……冗談……よね?」

 なんて事を言う木下さんはまた不機嫌そうな様子で、

「で、でも、私に出来る応援ってこれぐらいしかないんですけど」

「何でそうなるのよ!私の事馬鹿にしてるの!?あなた生徒会長だったでしょ!?」

 そうしてついに怒り出してしまう木下さん。

「馬鹿になんてしてません!ただ私に出来る事はこれだけっていうか……その……」

「やっぱり馬鹿にしてるじゃない!」

「違いますって!え、えっとつまり……これ『しか』出来ないんです!私には!」

「……え!?」

 『しか』の所を強調して、ようやく言葉が通じたのか向こうの声が止まる。

「だから私は、榊先輩公認の臨時生徒会長だった訳で、私個人がみんなに認められていた訳じゃないんです。だから今の私は、20人居る生徒会役員の中の1人な訳で……意味、分かりますよね?」

「……え、ええ」

「つまり、そういう訳です」

「………」

 こんな感じで今の私の現状を伝えると今度は無言になる木下さん。


(え、えっと……どうしたらいいのかしら?この状況)

 周囲の視線が何となく私達に向いているような気がするからこの場から去りたいけど、でもここで木下さんを無視して逃げたら後々面倒な事になりそうで、

(……うわ、もう目立つ事に関しては殆ど苦じゃなくなってる)

 慣れって怖い。

(まあ、それはともかく。今はこの状況を何とかしないと)

「あ、あのー、お話がこれで終わりなら、教室に戻ってもいいかしら?」

 とりあえず会話の終了のきっかけを作る為そんな感じで私の方から話しかけてみるんだけど、

「………」

 彼女は下を向いたまま、無言。

「あ、あのさ、こうやって無駄に突っ立っていたって、お互い意味無いと思わない?」

「………」

 すると今度は体だけは微かに反応はしてくれるけど、やっぱり無言。

「えっと、そろそろ次の授業の準備しないとまずいし、それに私、木下さんみたいに成績良くないから……じゃ」

 相変わらず言葉を返してくれないので、私は自分でそう言って会話を打ち切る。そして、教室に戻ろうとすると、

「……う……う……うえええ……」

「!!?」

 何故か私の背後から聞こえる泣き声。

(な、何で!?何で何で何で何で何で!!?)

 状況は全く理解出来ない。

 だけど1つだけ確実な事がある、それは、彼女が泣くきっかけを作ったのは私だという事。

 だから他の誰が無視しようとも私だけは、その廊下から聞こえる泣き声を無視する、なんて事は出来なくて、慌てて彼女の所へと戻る。

「あ、あの……何で泣いてるの!?」

 でも、何でこうなったのかすら分からない私。

 だから、そう尋ねる私の声も不自然に上ずってしまっていて、

「う……う……ううう……」

「ね、ねえ!?お願いだから、泣くのは止めてよ!」

(もう!訳分かんない!分かんな過ぎるわよ!!)

 そんな感じな私。その後自らも半泣きに近い状態になりつつも、何とか木下さんを宥める事に成功した。

 その代償として、昼休みと次の授業に費やすべき気力を全て消費するという、散々な目に遭ったんだけど。

(……私、いつの間にイジメっ子になっちゃったんだろ?)


 放課後。

「じゃあ、今日はこれで終わり」

 そう言って先生が教室を出るとほぼ同時に私も教室を出る。

(とにかく帰る!木下さんが来る前に!)

 私にとって枠の外の存在である彼女から逃れる為、脇目もふらず校門を目指そうとして、

(!?そ、存在発見!)

 急いで反転し、別のルートを通ってゴールを目指そうとしたんだけど、

(……万事休す)

 そもそも1-2の教室から玄関までの最短ルート上に辻さんの教室がある訳で、つまりもし向こうが玄関で待ち構えるという戦術を取った場合、こちらには打つ手が無い。

 結果として、今現在玄関に居る木下さんが一刻も早くその場から移動する事を期待しつつ、私は物陰に隠れ様子を伺っている。

(……何でこんな事になってるの?)

 答えなんか出ないのはさっきまでの時間でとっくに分かってるというのに、尚も頭をよぎるその疑問。

 そもそも、なんで私は泣かせた相手に追い詰められているのだろう。本来イジメというのは、泣かせた方が強者で泣かされた方が弱者である筈なのに、今のこの状況はというと、

(……イジメっ子ってこんなに辛い目に遭うのね)

「あ、大澄さん。何やってるの?」

「!?」

 目標だけ見ながらそんな事を考えていたせいで、背後が疎かになりそんな声を掛けられてしまう私。振り返って口の前に人差し指を立てて合図を送ってみるものの、

「?……どうかしたの?」

 なんて更なる言葉を引き出す結果になってしまい、そして目標はと言えば、

「……ばれた……終わった」

「何が?」

「……何かが」


 そうして中川さん、木下さん、私という3人が顔を合わせる事になる。

「……えっと、大澄さん、この人誰?」

 中川さんのその言葉にいきなり嫌な兆候を見せる木下さん。

「木下さんよ。ほら、中川さんと学力テストでいつも争っている……」

 私は木下さんを持ち上げるつもりで、今朝辻さんから仕入れたその情報を加えて説明するけど、

 ピクッ

(な!?何でよ!!一体今の一言のどこが気に入らないのよ!!)

 やっぱり、あらゆる意味で私の想像とかけ離れた反応をする彼女。

「へえ、あなたが。えっと……始めまして」

「あ……ええ」

 お互いが相手の様子を伺うような素振りで挨拶を交わす。


 そしてそんな一通りのやり取りが終わった後、誰も何も話そうとしない。

 中川さんと木下さんは初対面なせいで多分お互い話題が無いんだろうし、私はといえば、地雷が埋まっているこんな所でのこのこ自爆なんてしたくないから。

(どうすりゃいいのよ、この状態)

「大澄さん」

 そのまま黙っていると、痺れをきらしたのか口火を切る中川さん。

「何?」

「何でなにも話さないの?」

「何でって……よく……分かんない」

 そして言葉の後に何となく木下さんを確認。

(……これは、地雷じゃなかったみたい)

「……やっぱり様子がおかしいんだけど……何かあった?」

 すると私と木下さんの間のその空気に気がついたのか、小声でそう聞いてくる中川さん。

「……うん……いきなり……泣かれた」

「はい?」

「昼休みに向こうが私の所訪ねて来て、そして話してたらいきなり……悪口なんて言ったつもり無いのに」

「用件は?」

「えっと、『立候補したから応援して』って頼まれて、だから『頑張って』って声かけたら……だって、私今はもう会長でも何でもないから仕方ないでしょ?」

 それに、そういうのって権利を持っている人が自分の判断で決断して、その責任を感じ続けながら日々を過ごすっていうのがそもそもの選挙だと思うから。

(仮に立候補者以外の「誰々さんが言ってたから」なんて理由で票を入れると、ついその責任を『誰々さん』に押し付けちゃう考え方になっちゃうだろうから、だからあんまりしない方が良いと思うんだけどな、そういうの)

 つまり、最終的には沢山票を集める事が目的なんだけど、それは人気のある人の集客力みたいなもので集めたんじゃなくて、立候補者当人のやりたい事に共感出来たり、その人になら任せられるなんていう想いを最も抱けそうな人を自分1人だけの気持ちで選ぶ、それが投票をする人としての義務だと思う。

(個人的には、当選者の名前を聞いた有権者が、「ああ、今回はたまたまそうなったのね」なんて感想を抱けるのが良いような気が……するんだけど、違うかな?)


「……ふーん」

 そんな私の言葉を聞いて何やら考え込む中川さん。かと思ったら次は自ら初対面の木下さんの方へ行き、今度は私に聞こえないようにひそひそ話。

(……やっぱり賢い人同士って、直ぐにああやって打ち解けられるのかな?って今なら突破出来るんじゃ……)

 ちょうどそう考えかけた所で、私の方を向く2人。だけどまだ何かを話していて、

(読まれてるのかな?私の考え)

 そしてお話がおわったらしく、私の前には学年トップの成績の2人。

(……意気投合するのはいいんだけど、何で中川さんが向こう側についちゃうの?)

 はっきり言って対峙されてる私。

 そしてその表情も激情、とまではいかないまでも、『ぷんぷん』とは表現出来そうな感じで、

「えっと……何が気に障ったの?」

 しょうがないからはっきりとその疑問を口にしてみる。

「そうね。今までは先輩に気を遣って言えなかったけど、もう生徒会長じゃないんだったら何の問題も無いわね」

 そして何故か木下さんへの疑問に声を上げたのが中川さん。

(何か知らないけど怒ってる、どうして?)

「あ、あの、さ……ここ、人の目がいっぱいあるから……」

 とりあえず今後の学生生活の事を考え、そんな事を言ってみると、

「ほら!またそうやって人の話を誤魔化す!」

(誤魔化してなんてないじゃない!私はただ……)

「……明日から変な噂が広まったら嫌でしょ?」

「いいえ!むしろこうでもしないと目が醒めないでしょうし、いっそ思いっきり広まってくれればいいわ!」


 なんか知らないけど中川さんの地雷まで踏み抜いてしまった私。となればその後に待ち受けているのは爆発な訳で、

「いい!大澄さんはずるいのよ!」

「え、えっとー……あ!そうよね。私は立候補せず会長になったから木下さんからしたら……」

「そうじゃないわよ!!」

(……違うの?)

「いっつもみんなの顔色ばっかり見て!それでみんなに気に入られて!」

「……だって……わざわざ嫌われたくないもん。それに別に気に入られてないし」

「だったらどうして生徒会長をやっていて誰も文句を言わなかったのよ!?」

「だからそれは……榊先輩や田村先輩にみんな気を遣っていたからで……」

「じゃあどうして2人は!……」

「都合が良かったからでしょ?だってみんな私の後ろの存在に気がついていたけど2人に面と向かって反対出来る人なんて早々居ないでしょうし……それにほら、私が初めて体育館のあの場に立った時なんて思いっきり榊先輩に背中押されてたのみんな見てたじゃない」

「………」

(火消し成功、かな?)

「え、えっと……じゃ、じゃあ」

 よく分かんないけど話が終わったらしいので私はそのまま帰ろうとして、

 ガシッ

「……え?」

 何故か私の右手首に木下さんの左手が。

(って『何故』もないでしょうが!……うかつ)

「………」

 そしてそのまま無言で私を睨んでくる彼女。おまけに心なしか目が潤んでいるようにも見える。

(だから!何で私が目の敵にされないといけないのよー!)

 とにかく余計な事を言って2発目が起こらない様にと、彼女に細心の注意を払っていると、

 ガシッ

「……お、大澄さんずるいー……ずるいわよー……」

 なんて言葉と共に注意を払ってなかった方、中川さんからの第2波が私に浴びせられる。

「……ううう……うええええ……」

 そして反対の右手首を掴み泣き声に近い声を上げる中川さんに誘発され、結局木下さんの方も爆発。

(……泣きたいのは私の方よ)


「……落ち着いた?」

「……え、ええ」

 生徒会室の中でそんな声を上げる中川さん。

 あの後、迷子の子供の面倒を見る大人みたいな状態になってしまった私は、とりあえず周囲の好奇の目から逃れる為、職員室で鍵を借りここに避難している。

「木下さんも、いい加減手を放してよ」

「……や!」

 実に簡潔に拒否の意を示してくれる木下さん。

「……だったらせめて、その睨みつけるのは止めてくれないかしら?」

「………」

 すると今度は言葉を使うまでもなく拒否の意が伝わるその雰囲気。

(……何で天才の考えてる事って、理解出来ないんだろ?)

 さっきの中川さんのも、結局何がずるいのか全然分からなかったし、そして木下さんのこの態度も、私の事睨みつけるぐらい嫌いだったら手を放せばいいのにそれもしない。

(やっぱり、意思の疎通って難しい)

「……ねえ?」

 そんな事を考えていると、随分落ち着いた様子の中川さんが声をかけてくる。

「ん?何?」

「大澄さんって……どうして高校の成績『だけ』悪いの?」

「別に『だけ』じゃないわよ。小、中の時はもっと悪かったんだから。それに、これでも受験勉強はそれなりに頑張ったし」

「そうじゃなくて……なんて言ったら伝わるのよ……」

(そうじゃないって、私……成績良くはないんだけど……)

「……あんたの目は曇ってるのよ」

 すると隣から聞こえるそんな声。

「そりゃ……仕方無いじゃない。私だってなるべく全ての人を公平に見たいとは思っているけど、やっぱり好き嫌いはあるし……」

「……あなた自身の事は?」

「私自身?好きか嫌いかで言ったら……よく分からないわね。色々コンプレックスはあるけど、でもそれをどうにかしたいと思っているからそれが気になるんだし、逆にコンプレックスが何にも無いって人の方が多分自分に興味が無いような気がするから」

(ま、その数が多いっていうのもまた、微妙な感じなんだけど)

「………」「………」

 すると双方から同時に聞こえる残念そうな溜息。

「いいでしょ、別にコンプレックスがある事ぐらい」

「……じゃあ、公平には見てるの?自分の事」

「ええ、だって現実に則して考えてるし。だって世の中は高学歴の人がより偉くなりやすくなってるし、それってつまりいい学校に行けてる人がそれだけ優れた能力を持っているって事じゃない、そんな風に社会に適応出来ている人が……ね?だから、みんなその自分の能力を成長させて、学歴として社会で証明出来る形にする為に普段勉強しているんでしょ?」

 私がそう言って2人の表情を確認してみると、何だか2人も私の表情を確認しているみたいで、

「……今の言葉、疑問符、ついてたわよね?」

「……ええ。内心気付いてるんじゃないかしら?でもそれを必死に誤魔化そうとしてる」

「……そう。だからああいう鼻につく言い方するのね、この人」

 そして私の顔を見ながら、2人だけでこんな事を話していて、

(……また怒られそう。それに鼻につくって……悪口言ってるつもりないんだけど)

 でも鼻につくのは間違い無いらしく2人は私の顔を睨んでいて、

(つまり私って、無意識に人を傷つけていたんだ……もう口を開くのは止めて元の暗い人間に戻った方がいいのね)

 改善点が見つけられないという事はつまり反省が出来なくて、だからそのまま失敗をし続けるぐらいならまだリスクを減らす為にそのメリットごと排除した方がマシ。それにこの決断をしても損害を被るのは私1人で、というか私如きが口を開かなくなっただけでみんながどうこうなんていうのは、どう考えても大袈裟過ぎる。


 そういう訳で今後最も多く口にするであろう『外での言葉』を口にする私。

「……ごめんなさい」

「………」「………」

 だけど、どうやらこれも失言だったようで、

「……何が、『ごめんなさい』なのかしら?」

(ど、どうすればいいの!?何でいきなり質問で返されてるの!?)

 ついさっき決意したばかりだというのに、「また罵倒しろ」なんて感じの言葉を投げかける中川さん。

「……え、えっと……その……わ、私の言葉で不愉快な思いをさせてしまったみたいだから……」

 しょうがないから、正直に包み隠さずその質問に答える。

「……ふーん。じゃあ、どこを聞いて不愉快になったと思う?私達」

 そして今度は木下さんからのこんな質問。どうやらもう本当に、2人は完全に意志の疎通が出来てしまっているみたい。

(何で私は半年以上かけて結果怒られ、木下さんは僅か1時間足らずでここまで……)

「……分かりません」

 とりあえず手っ取り早く賢人のご教授を請う私。

「……成績……勉強……社会……」

 するとヒントらしいそんな言葉を口にする中川さん。

(……成績と勉強って、殆ど同じ意味よね。2人は出来て、私は出来ない……じゃあ2人は勉強が出来る自分が嫌?……んな訳ないわよね。だって中川さん大学の事前話してたし、大体それに完全に背を向けてる人がわざわざ自分の意志で生徒会入ろうなんて思う訳ないもの)

 そんな事を考えているとふと頭の中に浮かんでくるある言葉、『異端』というそれ。

(……ああ、そっか。2人は勉強が出来ない私が今まで生徒会長をやっていた事実に怒っているんだ。今までの流れとは完全に逆らっちゃった私という存在に。加えて私が「自分の成績は悪い」と吹聴しているもんだから結果として生徒会長としての格だけじゃなく鏡花女子という誇りまで傷つけていて、だからなんだ)

「……う、うん。分かった。じゃあ、もう自虐に聞こえる事は言わないようにする」

「……分かってなさそうだけど、まあいいわ。間違っている訳じゃないから」

 そうして捻り出したこの答えだけど、駄目は駄目なりに及第点はもらえたみたい。

「……でも、どうしてあなたってそこまで頑固なの?」

 そして奇しくも、木下さんから出た言葉はつい最近クラスメイトにも言われた言葉で、

「頑固、なんですか?私」

「「ええ」」

 改めて聞いてみると中川さんにまで頷かれてしまう。

(……でも、頑固でもいいじゃん。要するに、この思い込みで私以外の誰かを傷つけなければいいんでしょ?)



(そう言えばこっちから見る景色なんて随分久しぶりよね。今までは生徒側から外れた先生側っぽい場所だったし)

 体育館で舞台と向き合い見上げるような位置に腰を下ろしていて、そんな感想が浮かぶ私。

 今日は放課後の時間を使い、立候補者と推薦人の演説を聞くというイベントが行われている。

(……誰にしようかな?)

 とはいっても、結局成績のより優秀な人が順当に選ばれるんだろうし、それであんまり攻撃的でない人だったら問題は無い気がする。

(……筈なんだけど、何か引っかかるのよね、あの時の2人の態度)

 社会の常識から考えてみんなそれが正しい、誰1人間違ってるなんて言う筈も無い事柄で、でもあの2人は「間違っている訳じゃない」なんていう言い方で奥歯に何か挟んでて、

(……まさか自分1人だけが正しくて世界が間違ってるなんて子供っぽい事……)

 そこまで考えていてやっぱり変な現実に気付く。

「……あれ?何で私……子供っぽさを否定してるの?」

 1つ遡って考えて、

「子供っぽいからという理由で否定しないとすると……!?……ま、まさか……ね……」

(……てか『それ』を許容出来るだなんて、どんだけあの人達頭柔らかいのよ!)

「……だから理解出来ないのよ。天才ってのは……」

(もっと常識に囚われなさいよ!もう!)


(……どうしたらいいの?確かに人の価値は学力だけでは測れないと思ってたけど、だったら何を指針にして選べばいいの?)

 結局こんな妄想をしていたせいで、顔と名前がかろうじて一致するぐらいの情報しか得られなかった私。

(民主主義嫌い!こんなの絶対失敗する!)

 だって私にはさっきの人達のやりたい事の違いも殆ど理解出来なくて、でも私以外の人はどうやら今の演説でそれなりに判断出来るみたいだし、

(とりあえず、木下さんには絶対入れないようにしよ……あの人訳分かんないんだもん!)

 きっと彼女のファミリアはハムスターの天敵の猫。もう間違い無く。

 そんな事を考えつつ、周囲の情報を確認しながら迅速に行動し、無事に校門を通過。

(……作戦成功。本日、目標の姿は確認せず)

 まあ正直、昨日の今日であの人達がまだ何か私に用があるとは思えないけど、でも万一の可能性もこれで消滅。

「もうこうなったら、私の中にもきっとある筈の『女の感』に全てを託そう。うん」

「……あんた、いつから占い師になったの?」

 独り言のつもりで口にした言葉に対し、誰かのこんな声が返って来る。

「……いいんですよ。信じる者は私1人だけなんですから……あ、今の言葉、気に障りました?」

 反射的にそんな言葉を口にしてから、目の前の人大塚先輩に一応そう聞いてみるけど、

「は?どうしてそんな事気にするの?それとも今の皮肉だった?」

 返って来たのはこんな言葉。

「いえ、そんなつもりはないです。ただ昨日……『鼻につく』って怒られたもので」

「……ふーん……ま、そうかもね」

 そしてその言葉にあっさり同意するその人。

(……やっぱり……そうなんだ)

「……あ、あの……」

「ん?何?」

「……私、どこが悪いんでしょうか?」

「うーん……そこじゃない?」


 この禅問答みたいなやり取りから、私は何を感じればいいのだろう。

「そこってどこですか!?」

「……ま、あんまり気にしない方がいいわよ。それが鼻につくっていうのは結局僻んでるだけなんだから」

「僻んでる!?」

 何だかどんどん難しい話になっていってる気がする。

「どうして私が僻まれなきゃならないんですか!?社会の常識では私は彼女達に遠く及ばないのに」

「……だから、その『常識』が間違ってるんでしょって話」

「!?……ま、まさか……」

「じゃあ問題、自分がやりたい事を実現するのに1番楽な方法は?」

 するといきなり禅問答のなぞなぞみたいなものを出してくる大塚先輩。

「楽な方法、ですか?」

「そう。まさか分からない、なんて言わないわよね。だってあなた実践出来ていたようだし」

「……実践出来ていたかどうかは分かりませんけど、敵を作らない事、ですか?」

「そうね。言い換えると敵を取り込んで味方にするって事よね。そうすれば対立する事による労力の消耗をする事なく目標が実現出来るんだから。ま、その代わりある程度の回り道は覚悟しなきゃならないけどね」

「……そうですね」

「んで、鼻につくっていうのは今の答えの前の一言が原因。謙虚も行き過ぎると傲慢になるって事。だから大方、『あなたが自分に自信が持てないのは仕方無いかもしれないけど、私達の尊敬する大澄生徒会長を馬鹿にするのは許せない!』って事だと思うわよ」


(……嘘……あるわけ無い、そんな事)

 そう思うけど、でもなんだかこの先を聞くのがすごく怖い。

「……憶えてない?以前私が生徒会室に来た時に榊さんに言われた言葉」

「……い、いえ」

 でも耳を塞ぐのも怖くて、

「あの時、確かこんな事言われたのよ。『今の生徒会は私が居た時よりずっと良い』って。で、その時会長だったのは誰?確か榊さんでも田村さんでも無かったわよね?」

「……で、でも……私……」

「駄目な所なんて誰にでもあるわ。たとえば私や榊さん、田村さんに共通する駄目な所だってね」

「……無いです……そんなの」

「いいえ。それがあったから榊さんは自ら会長を辞めあなたを頼ったのよ、田村さんもね」

「……それは……押し付けられた……」

「あら?2人共そんな無責任だったかしら?だとしたら私が居ない間に随分あなたに頼ってたのねー」

「あ!?……ち、ちが……」

「分かってるわよ。今のがそういうつもりで言ったんじゃないのはね……でも意味は同じになっちゃうんだけど?」


「で、その私達の駄目だった所が、『人に頼らない』所。分かりやすく言うと、『仲間を信じきれない』所。誰かに頼みながらも、心の何処かで『私がやった方がより良く出来る。だからなるべく自分の力で』って思っている所」

(……人に仕事押し付けるより……良いじゃない……)

「……でもそれって、結局自分以外のみんなを下に見てるわけよね。そりゃ他のみんなもギスギスするわよ、その他大勢って感じに見られてたらね」

「………」

「……で、大澄さん。何で私が今、ここに居るのか分かる?」

ふるふる

「……実は一昨日、榊さんと田村さんから電話あったのよ。仲直りしたいってね」

「………」

「彼女達が言っていたわ、『私の気持ちがやっと分かった、自分達もそうなる所だった』って」

「……そ……そうなる、って?……」

「だから、『卒業した後も先輩風吹かせてあれこれ偉そうに指図する所だった』って。あなたと話してそれに気付けたとも言ってたわよ」

「……憶えて……ません……」

「ほんと、素で『そういう事』が出来るんだから困ったものよね。あなたを見てると、それこそ『勉強が出来る人の方が絶対に優れている』なんて考えていた過去の自分が本当に愚かに思えてくるもの」

「!?……わ、私の……せい……なの?」

「ええ。あなたのおかげね」

「……ご……ごめんなさい……」

「何で謝るのよ。やっぱりあなた……変わってるわよね。普通なら榊さんに認められたとか言って喜ぶと思うんだけど」

「……だ、だって……私に変な影響受けて……」

「だから!そういう『謙虚さ』は止めなさいって!それこそあなた先輩に向かって頭ごなしに説教でもした!?そしてその事で怒られたりとかした!?違うでしょ!あなたの考えを勝手にこっちが真似たの!それともあなた、自分の考えは私以外誰も理解出来ない難しい考えだとでも思っていた!?」

「……い、いえ……だってこれ……幼児レベル……」

「そうなのよね。これが結局、まだ何も知らない幼子の『これ何?』と同レベルっていうのが。『無知の知』って真理よね……みんな余計な予備情報を仕入れただけで最初の疑問の答えを知った気になってるもんだから」

「………」

「まあとにかく、世の中は基本ギブアンドテイクになってるんだから、榊さんや田村さんがあなたの近くに来たのは、あなたにそれだけの価値があったから。だからあなたはもっと自分に自信を持ちなさい!」

「……自信……急に、言われても……」

「じゃあこう考えたら?あなたのお母様……研究者だったらしいわよ。結構有名な」

「え!?」

「で、その娘は1年にして請われる形で鏡花女子の生徒会長を引き受け、その任期を問題無くやり通せた。親からしたら十分自慢の娘だと思うんだけどね」

「………」

「じゃ、笑子さんによろしく」

「………」


 ガチャ

「あ、おかえり……って、どうかした?」

「……お母さん。研究者だったって……本当?」

「ええ、昔の話だけどね。それがどうかした?」

「……何でもない」

「そ。あ、それで夕飯なんだけど……」

「いらない」

(……そんな気分になんて……)

「……太るわよ」

「………」

「どうかしたの?不機嫌な顔して」

「………」

 バタン

(……もう訳分かんない……頭もぽーっとするし、何も考えたくない)

「………」


「白!いい加減起きなさい!」

 いつの間に寝たのか分かんないけど、部屋に入ってくるお母さんの声で目が覚める私。

「………」

「何?まだ機嫌直ってないの!?もう、しょうがないわねー。ほら、起こしてあげるから」

 なんて、いつものように自分のペースで私の手を掴み、無理矢理立たせる。

「………」

「ほら、ちゃんと目を開けて!今日も学校あるんだからきちんと支度して!」

(……だるい)

「もう、この子ったらいつまでもこうやって甘えて!……ん?」

 いつものような小言だけど、何かに気付いたのかその声が途中で止まる。

「………」

「白。あなた、ちょっと熱計りなさい」

 そして体温計を手にそんな要求。

(熱って……そんなの別に……)

「ほら、さっさと行動!」

(……分かったわよ、もう)

 そうして計った結果は、

「……白、今日は休みなさい。学校には連絡入れておくから」

(……熱は無いと思うけど……ま、そんなに学校行きたい訳じゃないし)

 それから暫く部屋の外で人の気配がして、

「じゃ、私仕事に出かけてくるから。お昼は冷蔵庫のお弁当をレンジで温めて食べなさい」

 なんて声の後、家の中から人の気配が消える。

(確かにだるいけど、こんなのただの知恵熱でしょ?何を大袈裟にしてるのよ)

「ほらプチ。今日は休みだし家に誰も居ないから、暫く自由に遊んでなさい」

 プチが離れていった気配を確認して、大きく息を吐き、楽な姿勢を取る。

(……もう疲れた。このままずっと眠りたい)


 次に気がつくともう外は赤くなっていて、

(……夕方までずっと寝てたんだ)

 そこから視線を下に向けると、ごはんも食べずに遊び続けたのか、完全にバテている私の半身。

(……やっぱり滑稽よね。あなたも、そして私も)

「……もう、お腹が空いたんなら起こせばいいのに。今ご飯持ってくるから」

 そうして遅めのごはんを口にする私とプチ。

(それにしても本当に滑稽よね。自分の中で本質だと思っていた事を他の人に共感してもらえた途端にここまで取り乱すなんて。自分の考えが根本では信用出来ないのか、それとも増長してしまうであろう自分の自制心というものが信用出来ないのか)

「……謙虚……だってさ。こんなの卑屈なだけじゃん。ねえ?プチ」

 ピンポーン

(お客さん。時間は放課後……やっぱり学校の人かな?)

 学校の人だとしたらあんまり会いたくないけど、完全無視も後が怖くて覗き窓から確認してみる。

(……顔は確認出来ないけど、鏡花女子の制服……辻さんだったら話しやすいからいいけど、それ以外だったら……)

 正直全員きつい。

 だって今の私は多分、学校での私でも、そしてお父さんお母さんの前の私でもないから。そんな事を考えてる間も時間は過ぎる訳で、扉の向こう側に誰かの存在を確認した私。そして多分向こうも玄関まで来ている私の存在を感じていて、でも互いにきっかけを失っていて、

「だ……誰?」

 その緊張感に負け、声が漏れてしまう。

「……私……香代子」

「……辻さん……今、開けるから」

 辻さんだった事にほっとしつつ急いで扉を開ける。

「え、えっと……何か用?」

「……用というか、お見舞いなんだけど……」

「あ、そうね。えっと……上がっていく?あ、咳とかは出てないから感染とかは大丈夫だと思うけど……」

「うん。じゃあ少し」


「じゃあ……ここが私の部屋だから」

 一応お見舞いという事で、リビングでなく私の部屋に辻さんを案内する。

「えっと、その椅子にする?それともクッションを使う?」

「大澄さんは?」

「あ、私は布団の上に座るから」

「じゃあ、クッションで」

「あ、うん」

 辻さんは布団の隣にクッションを敷いて座り、私は敷いてある布団の上に。

 そうして生徒会の人を前にすると、昨日大塚先輩に言われた事がどうしても気になってしまう。

(あれは大塚先輩の妄言なのか、それとも本当にみんな……)

「……どうかした?」

 私の緊張感が伝わったのか少し硬い辻さんの声。それを聞いて、私もはっきりとその質問を口に出す決意をする。

「あ、う、うん。えっとね、これから聞く事に正直に答えて欲しいんだけど……」

「……うん」

「あ、あのね、これは今から話そうとしている私も自分で、何様って、そんな鼻で笑うようなお馬鹿な話なんだけど……」

「……うん」

「あの……私の事、凄いって……みんな思って……」

 なんとかそこまで口に出来たものの、

「……る訳ないわよね?」

 つい、『自分が勘違いしている事を辻さんに馬鹿にされる画』が思い浮かんでしまい、こんな事になる。

「え?えっと……それ……どっち?」

「あ、ごめんなさい!何でもないの!気にしないで!今すぐ忘れて!お願い!」

 そして自己防衛ともいえる、こんな言葉が矢継ぎ早に出てきてしまっていた。

(……もう駄目、絶対聞けない)


 その後辻さんと入れ替わりにお母さんが帰ってきて、もう1度熱を計る。

「……そうね。これなら明日は問題無さそうね」

「……そう」

「……どうしたの?朝より体調は良くなってる筈なのに元気無くなってるじゃない」

「お母さん……馬鹿にしないで聞いてよ」

「はいはい」

「………」

「大丈夫よ。冗談を言っていい時と悪い時ぐらいしっかり分かってるから。で、何?」

「……私、凄いんだって。よく分かんないけど」

「凄い……ねえ。それってどんな意味?」

「何でも、生徒会長をやっていた3年生と副会長をやっていた2年生という成績優秀な2人に頼られるぐらい凄い……んだって」

「ふーん。で、何?」

「何って……本当だと思う?」

「ええ」

 こんな非常識な事に平然と即答する元研究者のお母さん。


「どうしたのよ」

「だって、2人は全てが私以上なのよ。学校の成績や運動神経やそういうの全て」

「そうかしら?人間の能力なんて他人と比較出来ないものの方が遥かに多いような気がするけど?」

「……そうだとしても、私が2人より上な所は現状何1つ見つかってないのよ。なのにどうして……」

「……じゃあ、1つだけ教えてあげる。あなたが2人より絶対に上だと思える所」

 するとにっこり笑ってこんな事を言うお母さん。

「何よ?」

「それはね、あなたが春樹さんの娘だという事よ」

(のろけ!?何でこんな話で!?)

「……今は私の話してるのにどうしてお父さんが出てくるのよ?」

「白ももう知ってるのよね?私が以前研究者をやっていた事」

 そしてそのまま過去の思い出話を始める素振りを見せてくる。

「……それが?」

「じゃあ、何で今はやってないと思う?」

「何でって……子育て。私を育てる為でしょ」

「ええそうよ。向こうの人は『子育てしながらでも』なんて一応は言ってくれたけど、それが無理なのは妊娠する前の仕事を思い返せばすぐ分かったわ」

「……ごめんなさい」

「謝る必要無いわよ、嬉しかったし。確かにキャリアを棄てる事になるのは勿体無いとほんの少しだけ考えたけど、でもこっちを選択して正しかったと思っているわ。だって今も後悔してないんだもの」

「……そう……なんだ」

「で、それを後悔せずにいられるのはどうしてだと思う?」

「……お父さん?」

「うん、正解」

 そう口にするお母さんはなんかとっても格好良くて、

「つまり私には、『やりがいのある仕事を続ける代わりに春樹さんとの関係を諦める』というのより、『春樹さんとの仲をより確かなものとする代わりに仕事は諦める』というのの方がずっと魅力的だったって訳。『研究』の代わりの『子育て』という行為も春樹さんが居たから楽しかったし……おまけに娘はちゃんと育ってくれてるみたいだし」

「……おまけって……酷い言い方」

「ふふふ、ごめんなさい。で、白、あなたはそんな春樹さんと私の娘なんだから凄くない訳ないじゃない」

「……結局親馬鹿……」

「いいのよ別に。それに、いつもあなたの話に付き合ってくれたのはお父さんだったわよね。『何で?』を連呼する白の話し相手になって、同じ視点で一緒に考えてくれたでしょ?『何でなんだろうな?俺はこんな気がするけど、白はどう思う?』って」

「……うん」

「それって凄く難しいのよ本当は。そういう風に、『子供を自分と同レベルの存在として見る』っていうのは。その上それを無意識にやっていて……そういう相手の気持ちを慮れる優しさがあって、だから好きなのよねー」

「………」

「まあその内、白にも好きな人は出来るだろうけど、絶対春樹さん以上の人になんて逢えないんだから!だから春樹さん基準で男を選ぶようなそんな高望み、止めておいた方がいいわよ」

 真面目な話をしていたつもりなのに、結局旦那自慢になってるお母さん。

「もう……何なのよそれ」

(本当に凄いのはお父さん、かあ)


 そんな感じで選挙運動の期間は過ぎ投票と、選挙管理委員の人達の頑張りもあり何事も無く順調にその工程は進行していきその結果、

「樋口彩に、石川沙織ですか。確か料理研究部と科学部の人でしたね」

「……田村先輩、そんな情報まで」

「どの情報がいざという時必要になるか、というのはその時にならないと分かりませんから一概に無駄と判断するのはどうかと。それに今のうちからこうやって身につけておいた方が色々とプラスになるでしょうし」

「……はあ……」

(将来、交渉を武器にするお偉いさんにでもなるつもりかしら?)

「ほらほら、もう新会長と副会長が来るんだから雑談止めて」

 今までのようにこんな無駄話を交わしている私達に向かって、2年生の松井先輩からそんな注意。

「……怒られちゃいましたね」

 苦笑いをしつつ、さっきより小声でそんな事を口にする田村先輩。私も少し照れくさい気持ちになりつつ軽く頷く。

 そうして生徒会室に現れた樋口彩さん、石川沙織さん、共に2年生。

 2人は以前の私と同じように、やりたい事と出来っこない建前を難しい言葉と熱意というもので上手くまとめた感じの言葉を口にする。

 その言葉が終わり、迎える私達は拍手。

(……ってか私より良い様な?だって私の時は最初のが無かったし)

 まあとにかくこれで歓迎の挨拶は終わり、次は早速新会長と新副会長の本番、となるんだけど、

(……何でみんな自分の席に戻らないの?)

 今は黒板を背中にした会長副会長の席を取り囲むように立っていて、その私達から離れた位置に殆どの席が置かれている訳で、

(これから新会長の囲み取材とか、あったりするの?)

 なんて考えていると、

「……じゃ、私からいきますね」

「え?」

「みなさん。という訳で今を持って私は副会長ではなくなる訳ですが、これからは一生徒会役員としてみんなと共にこの学校を良くしていけるように頑張りたいと思います。今まで副会長として支えていただき、ありがとうございました」

 その言葉の後に再び拍手。

(ってそれじゃ、私もそれ言わなきゃ駄目じゃない!)

 そしてその拍手が終わると次はやっぱり私に向けられる視線。

(……でも、今の私はもう生徒会長じゃないから……)

「……あの……いいですか?」

 一応軽く手を挙げみんなにそう聞いてみると、

「………」

 誰も何も言わないけど、反対意見は出なかったようなので話す事にする。

「えっと……私は榊涼子さんが任期途中で辞められた結果決まった臨時なので本来ここで発言するのは榊先輩だと思うのですが、今はもう引退なされたので……え、えっと……」

 枕詞として小難しく『偽者』とは言ってみたけどその先が全然言葉にならない私。

(……だって……結局最後まで御用聞きで、生徒会長として自分から何かを提案した事なんて無かったもの)

 だから結局、そんな私がみんなの前で「何かを成した」みたいな言い方をする事はどうやっても出来なくて、その上私は田村先輩とは違って来年はやらないつもりだし、

「……え、えっと……楽しかったです!」

 そしてなんとなく出てきたのがこの言葉。

 前半との落差からか、みんな面食らったみたいに空気が止まる。おまけに変に熱意だけ篭ってしまったようで言い切る形になってしまい、更に言葉を繋げるのもおかしな状況に、

(私のお馬鹿!これじゃ小学生レベルじゃないのよ!)

 その後みんな戸惑いながらも拍手はしてくれたけど、やっぱり最後まで締まらない大澄生徒会長だった。

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