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ヨモギ  作者: 横文字苦手
生徒会会長編
15/24

文化祭準備とそれ以外と

「……もうすぐ文化祭ですねえ」

 幾多の試練を首の皮1枚というぎりぎりの状態とはいえ何とか乗り切れた私。

 そんな結果が先程もたらされた私は今、珍しく生徒会が暇という事もあり、椅子を引き机の上に顎を載せた状態で燃え尽きている。

(これって、向こうから見たら生首みたいに見えたりして?)

「だらしないですよ、会長」

 そんな私の姿に眉をひそめる副会長。

「今日ぐらいいいじゃないですか。何とか『この学校の普通』というハードルに躓かなかったんですから」

 というか私に威厳を求めるのはどう考えても無意味だし。

「それに、そもそものきっかけは副会長のあの塾が原因なんですよ。あんな無様な私をみんなの前に晒しておいて、今更格好つけろだなんて」

「……すみません」

「別に謝らなくてもいいですよ。それにもうすぐ私は会長じゃなくなりますしね」

 どうしてかというと、その後に生徒会役員選挙が控えているから。つまり鏡花女子高等学校という狭い範囲での、生徒会長と副会長を選出するというそれ。

 『選挙』なんて聞くと、普段ならどうしても胡散臭さを感じ面倒に感じてしまう私だけど、今回ばかりはそれが本当に待ち遠しい。だってついに偽者としての日々を終えられるから。

(そして目立たない一員になり、私の世界は平凡に戻るのよ。淡い色の学生生活に)

「それで会長、生徒会としては今度の文化祭、どうするつもりです?」

「え?どうするって?」

「出し物ですよ。何か思いついてるんですよね?」

「え!?生徒会でも何かやるの!?」

 その規定路線っぽい言い方に慌てて上半身を起こす私。

(聞いてないわよそんな事!実行委員に丸投げするんじゃないの!?)

「ええ。少なくとも昨年までは他の部と同じような扱いで参加してましたよ」

「……そう、ですか」

「はい。ですから会長も何か考えておいた方がいいですよ」

「……え、えっとー……」

 でも『何か』なんて言われても、やりたい事が『何にも無い』私。そんな私の脳裏に浮かでくるのはあの言葉。

(「生徒会長っていうのはね、何をやるのか決めるのが仕事」って、よりによって最後の最後にそこを誤魔化していたツケがくるなんて)

 生徒会長、つまりリーダーとしての資質、決断力。それこそ私にはみんなを引っ張っていくのは無理だったし、だから私はそういう事態になるのを出来るだけ避けようとして、結果そこから逃げていた。

 そんな私についに求められたそれ、みんなの前で自分の意見を言うという事。

「私は……みんなが決めた事でいいです」

 だから『自分の意見』としてそう言ってみるけど、

「『会長は』、何がしたいのですか?」

 先輩にはそれがばれているのかこんな追求をされてしまう。

「……で、ですから……えっと……」

「………」

「……考えておきます」


 夕食後、机に向かい出し物のアイデアを考えてみる。

(「やりたい事はありません」なんて言ったら絶対怒られるし、でもそれが私の本心だから他に意見なんて無いし。だって……クラスの方もあるもん)

 だから正直、1-2のそれと見物だけで十分時間が潰れると思うし楽しめると思う。それに仕事が増えるという事はつまり、ミスする可能性も増えるという事で、それこそ変な所ですっ転ぶみたいな事をしてしまった身としては、そんなヘマをする可能性は少しでも減らしたい。

「……何で成長出来てないのかしら?私もあなたも」

 そんな私の目の前には、籠の中にあるハムスター用のランニングコースの中で走っている小動物。

「呑気でいいわね、あんたって」

 だけどやがて、その自らが作り出した流れに流されてしまいその輪の中でころころころころと転がってしまう。

「……まあ、ハムスターはその大きさで大人だろうし、人間だって私位のスタイルの大人の人も居るんだろうけどさ」

 目を回したプチを相手に、そんな返事の無い会話を続ける私。

(私の身長は155センチで、体重とスリーサイズはまあ置いといて……)

 お父さんは170ぐらいだけど、お母さんは160ぐらいで、身長はこれぐらいで止まってしまう可能性も十分考えられる。体重はまあ、2人共平均だから食生活が同じような私が特別太るなんて事は無いとは思うけど、

(スタイルなんてそれこそ望み薄な感じだし。確かに魅力的な人間になれるものならなりたいんだけど……)

「でもそこの好みって結局は人それぞれだと思うし。でも、そう考えると身長も体重もそうなっちゃうのよね。だからって全く意味無いかと言われるとそうでもないし……それに、内面からの美しさ、なんて言葉もあったりして……」

(って、また無意味な思考迷路に!)

「と、とにかく、今考えなきゃならないのは、『1番手抜きが出来る出し物は何か?』って事よ。ほら、あんたもいい加減しっかりなさい」

 そう言ってプチを指で突付くと、ようやく意識がはっきりしたのかふらふらせずにこちらの方を向く。そうして私はいつものように、自分に出来る範囲での対処法を考える事にした。


(でも、そんな簡単にアイデアがほいほい出てくれるんなら苦労はしないわよね)

「……はあ……」

「白」

「分かってます!今のはたまたま」

 そう言いつつ、私はまたお母さんにおかずを奪われないように自分の近くに寄せる。

「……ねえ、お母さん」

「何?」

「お母さんってさ、文化祭の時何やった?」

「え?文化祭?そうねえ……普通の展示とか、喫茶店っぽいものとか一通りやったけど、1番思い出に残っているのはサーカスかしらね?」

「サーカス!?何それ?」

「私の子はあれだったし、それにその時居た陸上部にはそれっぽいのが揃ってたからね、今でいう肉食系ってやつ?」

「まんまじゃない、それ」

 ちなみにお母さんのファミリアはチーター。

(お母さんは「ちょっと大きな猫」みたいな言い方をしているけど、私には猛獣としか思えないという……)

「えっと、確か……」

 そう言って腰を上げようとするお母さん。

「いい!やらなくていいから!」

(だって怖いもん!チーターなんて)

「……そう?」

「そうそう。それに今は食事中なんだし、プチも居るし」

「別に何にもしやしないわよ」

「お母さん、『存在感』って言葉、知ってる?」

 というか自分のファミリアとはいえ、チーターがすぐ傍に居て何とも思わないなんて感覚理解出来ない。

「はいはい。分かったわよ」

(向こうにしたらじゃれてるつもりなのかもしれないけど、こっちにしたら襲われてるとしか思えないんだから!あんなの2度と御免だわ)

「……プチ、ごはん終わり」

「ちょっと、プチちゃんまだ途中じゃない」

「いいの!」

 そのままプチと洗面所へ。

(……だって、お母さんから危険な臭いがしたんだもの)

 それこそ私が居なくなったら、「今どれぐらい再現出来るかしら?」なんて言って試していそうなその雰囲気。

「助けてあげたんだから、感謝しなさい」

(まあ、きっかけは私なんだけどさ)

 そのまま洗面所で歯を磨いていると、予想通りというかドアの向こうで何かが動く物音。

「もう、これだからデキる人ってのは……」

(自分の中の『当たり前』なんていう標準を私なんかに押し付けないで欲しいものよね)


 HRにて、

「……という訳で、今日の事については終わりだが、それ以外に話しておく事がある」

 そんな前置きの後、クラスのみんなの想像通りの事を話し始める斉藤先生。

「そろそろ文化祭での出し物を決めておいた方がいいからな。とりあえず今日最後のHRの時にそれを書く紙を渡すから、今週中に自分がやりたい物というのを出すように」

(……こっちも、自分のそれを決めないと駄目なのね)

 先生が去った後のドアを見ながらそんな事を考える私。これがもし「今日の放課後に会議するぞ!」とかだったら、『自分以外の誰かの意見に賛成する』というより少ない労力で誤魔化せた筈。だけど紙となると、まず「誰かさんの意見がいいと思います」なんて事は書けない。

(というかそれをしたら記名式なら絶対怒られる。無記名でもし私だとばれなかったとしたって「こんな無責任な人も居るんだ」みたいな感じでクラスの空気は確実に悪くなるし)


「……どうせ私の考えなんてしょうもないもんだろうし、付和雷同でいいじゃない」

「どうかしたの?会長?」

「あ、えっと、何でもない」

「そう」

(……そうだ。それとなく聞いてそれを自分の意見にすれば)

 私はそう考えお隣さんに話しかけてみる事にする。

「ね、ねえ?」

「ん?どうかした?」

「うん。立川さんって何かアイデアあったりする?」

「まあ、あるけど……」

「どんな?」

 と、ここまでは良かったんだけど、

「じゃあその代わり、会長のも教えてよ」

 こんなカウンターを受けてしまう私。

「え!?……えっと……」

「……ないんだ」

(な、何でばれちゃうの!?まだ何も言ってないのに!)

「……ま、まあ……『無い』んだけど……でも私も立川さんのアイデアを書けばそれが実現しやすくなると思うんだけど……」

「………」

 すると、今度は無言になる立川さん。

「……実は私も無いの。やりたい事なんて」

 かと思ったら、こんな一言。

「そ、そうなんだ」

(つまり、みんな考える事は同じって事……やっぱり、榊先輩みたいな人ってそうそう居ないのね)

所謂プロデューサー。

 総合演出みたいな、自ら何かを創造出来るクリエイターとも言えるそんな存在。

(……とはいえ、今の自分にそれが出来ないからってそれを出来る人に押し付けてばかりも良くないのかも?)

「じゃあ私もいいのが思いついたら教えるから会長も何か思いついたら教えてね」

「あ、うん!」

 そうは考えつつも、やっぱり人に頼る方が楽な私。だからつい条件反射的にその言葉に頷いてしまっていた。

(……駄目な自分を再発見)


(……やりたい事、無し。やってみたい事、別に。やらなきゃならない事、無理)

「どうしたの?大澄さん」

 生徒会活動が終わり校門にて、考え事をしている私に中川さんがそんな声をかけてくる。

「うん、ねえ、中川さんってやりたい事決まった?」

「やりたい事って……ええっと、文化祭の方?」

「それ以外に無いと思うんだけど」

「いや、私てっきり……気にしないで」

 何故か途中で言葉を止めてしまう中川さん。

「……凄く気になるんだけど?」

「でも……」

「いいから言って」

「……何だか真剣に考えていたから、将来の事かなって思ったの」

 すると返ってきたのはこんな答え。

「将来?それって、卒業後の進路とか、そっち?」

「ええ。大澄さんが深刻に考え込んでいる時って大体勉強関連だし」

「そう?別に今はそっちは考えてなかったんだけど……まあ、共通点はあるわよね」

「何?」

「どちらも私にはすっごく苦手な事。勉強も、沢山の人の前で自分の意見を言うのも」

「え?でも全校集会の時とか、とてもそうは見えなかったけど」

「あれは生徒会長としての言葉で私個人の意見じゃないから。それに『夏休みは少ないですけど規則正しい生活をしましょう』なんて、あんな場所で反対される訳ないでしょ?」

「ええ」

「でもそれと、例えば『お化け屋敷をしたい』なんてのは全然性質が違うじゃない。生徒会のみんなはそれぞれやりたい事があるだろうから、違う意見も出てくるだろうしね」

「……つまり、自分の意見を反対されるのが嫌なの?」

「それもいい気はしないけど、それより、『そうやって他の人の意見を曲げてまでやりたい!』なんていう意見が全く無いから嫌なの!」


 それこそ、私が気まぐれで思いついたそれを『生徒会長の意見だから』という理由で重要視されるような事になったら私を含め誰も喜ばない。

(それって、つまりは誰かの本気の意見を否決してしまう事になってしまうもの)

「………」

 私のその言葉に黙り込む中川さん。

「……だから私は、『みんなで意見を出して決まったのでいい』って言ったのに副会長が……」

「……じゃあ大澄さんは、どんな内容に決まっても文句は無いのね?」

 すると何となく様子の変わった彼女の質問。

「え?う、うん……火の輪くぐりとかそういう無茶なものじゃなかったら……別に」

 対して私は朝の一件が頭をよぎったのかそんな答え。

(……にしても火の輪くぐりって……)

「分かったわ。じゃあ、さようなら」

「あ、うん」

 そして、その言葉にノータッチで去っていく中川さん。

(……まあ、それはそれとして、将来の『やりたい事』か……)

「……研究者……田村先輩は向いているかもって言ってくれたけど、でも大学行かないでなんて無理だと思うし、そもそも何の研究を……」


 ガチャ

(……開いてる。もうお母さん帰ってきているのかな?)

「ただいまー」

 玄関のドアを開けてみると、目の前には白い大きな犬。

「……お父さんが居るんだ。えっと、ちょっと通るわね」

 家の中で、障害物のようにデンと座っているそれを通り抜け自分の部屋へ。部屋で一息ついていると、ドアをノックする音がして、

「白、少し話があるんだが」

 なんていうお父さんの声。

「ちょっと待って。今着替えるから」

「いや、先にこっち来てくれ」

「……はーい」

 そんな訳で制服のままリビング。

 お父さんは自分のファミリア、そのさっきの白い犬の頭を撫でつつ椅子に座っていて、

「おう、来たか。そこに座ってくれ」

 そう言って向かいの椅子を指す。

「はいはい。で、何なの?こんな時間に家に居るなんて」

「ああ、その事について話そうと思ってたんだ。えーとまず……今日はお母さん帰って来ないから」

 と、いきなり何でもない事のようにそんな事を話すお父さん。

「え?どうして!?もしかして夫婦喧嘩!?」

「いや、そういうんじゃないから」

「そういうんじゃないって、じゃあどうして!?」

 今までもお父さんがこんな時間に家に居る事はたまにあったけど、でもそれはお母さんと一緒に食事に出かけるとかそんな時だけで、

(ましてお父さんと家で2人でその上こうやって畏まった感じの話なんて初めてだし)

「……こうやって白と2人で家に居るのは多分初めてだよな、いつも家にお母さん居たし」

 するとお父さんもそれは気付いていたのかそんな一言。

「うん」

「でもそれって、お母さんを毎日家に縛り付けている、とも思わないか?」

「……まあ、そうかもしれないけど」

「で、たまには家の事を忘れてもらおうと思って、そんでちょうど今日は同窓会らしくてな。まあ、そういう訳だ」

「……そうなんだ」

「分かったか?だから今日はお母さんは帰って来ないという訳だ」

 つまりお父さんなりのお母さんへのサービスらしい。

(まあ、夫婦仲がそれで円満なら娘として異論はないんだけど)

「それは分かったけど、でもどうして私が着替える前……」

「今日の夕食の事だよ。もし、外食にするんだったらそれで行くかどうかはともかく、部屋着は嫌だろう?」

「あ、うん……無い」

 そこは全面的に同意。

「それでどうする?外食にするか、それとも……」

 なんて、多少気まずそうに2つ目の選択肢がありそうな言い方をするお父さん。

「……えっと……」

 外食ならお父さんと2人でって事だから、もしそれを知り合いに見られたらとんでもなく気まずい事になる。

 そしてもう1つの選択肢は、多分料理下手な2人で料理を作るというそれ。

(つまり『気まずい』か『まずい』かって事なんだけど)

「……ちょっと待って」

 お父さんにそう言って、とりあえず冷蔵庫を開けてみる私。中には一通りの食材は入っているように見える。

(これで料理の出来る人なら、何が作れるとかパッと浮かぶんだろうな)

「……着替えてくる、部屋着に」

「え?じゃあ……」

「料理、作ってみる。いつまでも苦手な事から逃げてたくないから」

(それにこっちなら、失敗してもお父さんと私が我慢すればいいだけだし)


「うーん、作るのは……カレーにでもするか?」

「あ、そうね。うん、それなら失敗しにくいだろうし」

「じゃあ、俺はニンジンを切るから、白はじゃがいもと玉ねぎを切ってくれ」

「……お父さん、それって不平等だと思うんだけど?」

「気のせいだ。それより包丁を持っている時余所見するな、危ないから」

「分かってる」

 そのまま目の前のじゃがいもとの格闘を始める私。


「………」

「……白、じゃがいもに時間かけ過ぎだと思うんだが?」

「そう思うんならお父さんもやってみてよ。ごつごつして剥き難いんだから!それに芽はちゃんと取らないと駄目だし」

「芽はともかく、皮は煮込んじまえば問題ないような気がするぞ……というか芽は無いだろ、それ」

 別のじゃがいもを確認したのかそんな事を言うお父さん。

「こっちにはあったの!ていうかお父さん、もしかしてニンジン皮剥いてないんじゃ……」

「煮込めば問題無いだろ?それに俺は玉ねぎも切ったんだぞ」

「そうかもしれないけど!でも!」

「もういいから後は細かく切れって、火通せば何とかなる、というかお腹減った」

「……はい」


 そうして不ぞろいな野菜が入った鍋の中をかき混ぜる私。

「えっと、確か、ヨーグルトにコーヒーに……」

「お父さん、何準備してるの?」

「え?カレーに入れるものだけど?」

「その前にカレールウとかお肉とか、そっちを準備してよ!」

「ああ、悪い」

 そのまま冷蔵庫を覗いて、動きが止まるお父さん。

「どうしたの?」

「白……肉、無いぞ」

「え!?じゃ、じゃあ、何か代わりになるものは!?」

「……これ、どうだ?」

 そう言ってお父さんが取り出してきたものは、

「ちくわ!?他に無いの!?ええっと……ツナ缶とかコンミートとか」

「……缶詰って何処に置いてあるんだ?」

「知らないわよ!」

「奇遇だな、俺もだ」

「……お父さん。それ格好良くないから」


 その後何とか缶詰の場所を見つけたものの、トマト缶しか見つからず、その上、カレールウが足りないという事と、ご飯を炊き忘れるというミスが発覚し、今私達の前には、カレーというより野菜スープといった感じの一皿が並んでいる。

「……ま、まあ、問題は味よね」

「そうだな。それに野菜スープは野菜の足りていない現代人には必要な料理だからな」

「………」

「………」

「……お父さん、食べないの?」

「……そうだな」

 何となく牽制するようなやり取りの後、まずお父さんが毒見をする。

「………」

「……どう?」

「……その前に白、お前も食べてみろ」

「う、うん」

 そうして私も一口。

「………」

「……どうだ?」

「……薄い」

 つまりまずいもうまいもない、というのが第一の感想。トマトやカレールウのおかげで色こそついているものの、なんというか『ゆで野菜が入ったお湯』といった感じのそれ。

「白。お前、味見したか?」

「……してない」

(手順ばっかり考えてて、そこまで気が回らなかった)

「調味料持ってくるから」

「ああ、頼む」

 そうして、私とお父さんは舌触りの悪い野菜屑が入ったそれを強引に喉に流し込み、その日の夕飯を済ませた。


「白、起きなさい」

「……う、ん……」

 朝、お母さんにそうやって起こされる私だけど、

「……えっと……まだ、時間早くない?」

 外から聞こえる音に何となくそんな気がする。

「よく分かったわね。とにかく起きて」

「……はーい」

 そのまま眠い目を擦りつつリビングに行くと、

「白、おはよう」

「あ、お父さん」

 そこにはまだ仕事に出かける前のお父さん。

「さ、それじゃ2人共、こっち来て」

 そうしてお父さんと私をキッチンに連れて行くお母さん。

「……何なんだ?これ?」

「さあ?……ていうかお母さん、いつ帰ってきていつ寝たの?」

「俺が朝起きた後に帰ってきたから、向こうで寝たのかそれともまだ寝てないのか……」

 お母さんの様子に2人でそんな事を話していると、

「さて、それじゃあ今からこれを美味しくしたいと思います」

 いきなり振り返ってそんな宣言をしてくる。

 『これ』というのは勿論、昨日の失敗作、野菜のトマト水煮。微かなカレーとトマトの香りがアクセントの、超薄味のその煮物。

「美味しくって、どうやって?」

「さあ?どうすると思う?」

「……分からないから聞いてるんだけど」

「じゃあヒントを教えてあ・げ・る。『コク』を加えてあげればいいのよ」

「コクって、お肉もツナ缶もコンミートも無かったのよ」

「ううん。白ちゃん惜しいっ!コンミートに気付いてたんなら後一息だったのにー」

(し、白ちゃん!?)

「……酔ってるのか、それとも徹夜でハイになってるのか、どっちだろうな」

 そのお母さんの様子を見て、冷静にそんな事を言うお父さん。

「もう!お父さんは黙っててー。今は女同士で話してるんだからー」

 そしていよいよ壊れてきたお母さん。

「白!あんた今何か変な事考えてなかった!?」

「う、ううん!」

「……ならいいんだけど。それで答えはね、コレを使うのよ」

 そう言ってお母さんが冷蔵庫から取り出したのは、

「バター?それを中に入れるの?」

「ううん、そうじゃなくてー。白ちゃん、鍋の中からじゃがいもだけを取り出して」

「え?」

(……それ、私が切ったんだけど……邪魔だったって言うの?)

「ほら、いいから言う通りにしなさい。それが『ミソ』なんだから」

 釈然としない気分になりながらも、仕方なく言われた通りに。

「で、それをまず、裏ごしして」

「裏ごしって、何?」

「お父さん、そこにあるざるみたいなの出して」

「あ、ああ」

「そうそれ。それを使って……こうやるの。分かった?」

 お父さんから受け取ったそれを使ってちょっと怪しい手つきで『裏ごし』というのをするお母さん。

「う、うん」

「じゃあ白、後はよろしく」

「え?私?」

「そう!高校生にもなった娘がカレーもまともに作れないってのはさすがに恥ずかしいもの!分かった!?」

「は、はい!」

「ちなみに、鮮度の良いじゃがいもだったらレンジで加熱とかすると簡単にむけるようになるのよ。で、その時は、火傷をしないように布巾とか使って……白、聞いてる!?」

「……ちょ、ちょっと待ってよ!今こっちやってるんだから……出来た」

「うん。じゃ、そのこしたものにバターを加えて混ぜる。はい、やって」

「……うん」

「なあ母さん。俺、もうここに居る必要無いだろう?」

「そうね。じゃあお父さんは向こうで白の料理の試食をお願いね」

「ああ」

 そうして、お父さんはリビングに戻っていき、

「じゃ、後はどうすれば良いか分かるわよね?」

「え?えっと、これを鍋に入れればいいの?」

「そう。後、細かい味付けはあなたに任せるわ」

「え?ちょっとお母さん、最後まで……」

「自分の味覚を信じなさい。あ、私はもう寝るから」

「ええっ!?」

「……もしまずい料理だったら、昨日の晩に続いてお父さんもあなたも残念な朝食になっちゃうわねー?じゃ、おやすみー」

 なんて言葉を残しお母さんまで居なくなってしまう。

「あああああ、お母さーん」

(何でわざわざプレッシャーかけて!こんなの単なる朝ごはんの味付けじゃない!)

 時計の針はもうすぐお父さんが会社へ行く時間だと教えてくれていて、だけどお母さんは職場放棄し、残されたのは新米の私。

(……ま、まあ、また向こうで味変えてもらえば……)

 そう考えていると、

「お父さん。今から白が『自分の料理』を出してくるから、味を変えるなんて失礼な事しないようにね?」

「ああ。そうだな」

 なんて話し声が向こうから聞こえてくる。

(……完っ全に読まれてるし)


「分かったわよ!どうせ今時のコンビニには胃薬もあるんでしょうし!」

 言われた通りの手順を済ませ、味見をしてみる。

「……んー、やっぱり、『何か』足りない」

 そして浮かんで来た感想がこれ。

(うーん、甘さとかしょっぱさというより、それ以前の基本的な……)

「……だし、かな?」

 その言葉から思い浮かぶものといえば、昆布と鰹節。

「どうせ大成功は有り得ないし時間もないし、もうそれ入れちゃおっと」

 という訳で昆布茶と鰹節を少し加え、一応もう一度味見をしてお父さんの前に出す。

「あんまり期待しないでよ」

「でも、それなりに出来たんだろ?」

「……多分」

「じゃあ、いただきます」


「……うん。優しい味だな」

 それが口にしたお父さんの最初の感想。

(優しい、って事は……美味しい訳じゃないのね)

「やっぱり……薄かった?」

「……うん、少しな。でもこれは好みの問題だと思うし、いけると思うぞ」

「なら、美味しいでいいじゃない」

 中辛のその判定に、軽口がわりの文句が出てくる私。

「まあそうなんだけどな。白があまりにも真剣な表情してたから、正直に言った方がいい様な気がしてな」

「そう、なの?」

「ああ。それに……気がついてたか?その煮物、昨日に比べて量が減っていた事」

「え?ううん」

「さっきお母さんが食べてたんだよ」

「え!?どうして!?」

「酒飲んだ後とかは雑炊とかさっぱりしたものが食べたくなる時もあってな。まあ、これは白も大人になれば分かると思うが……つまりまあ、そういう事だ」

「……何が言いたいの?」

「さあな?じゃ、行って来る。後、お母さんも白の手料理食べたいって言ってたから残しておけよ」

「あ、うん。いってらっしゃい」

 そのままお父さんを見送り、そして溜息1つ。

(……何だか私の事、2人には完全に把握されちゃってる気がする。そんなに分かりやすいのかな?私って)

「分かったわよ……そうよね、どうせ私の意見なんて通る訳ないんだし、もう適当に書いちゃおっと」


「おはよう、立川さん」

「あ、会長。どう?何かいいの浮かんだ?」

「いいのじゃないと思うけど、一応」

「どんなの?見して?」

「うん、これ」

「……え?これ、会長が?」

 私の書いたそれを見て驚いた様子の立川さん。

「うん。実は前々から人に聞いてはみたかったんだけど、でも私自身聞かれるのが嫌だったから出来なくて、で、他に思いつかなかったからそれ、書いたの」

「ふーん、そうなんだ」

 どうやら私のその説明を聞いてとりあえず納得してくれたみたい。

 私が書いたその案というのは、自分のファミリアと親のそれとの相関を調べてまとめるというもの。というのも世間ではあんまり他人のそれの事を聞くのは失礼で、だけど噂ではある程度遺伝というのもあるみたいな話も耳に入ってくる。

 でも私の家は、お父さん犬、お母さんチーター、そして私ハムスターと、お父さんの犬との白い毛という1点以外、まるで相関を見つけられない。

(……さすがに血が繋がってない、なんて隠しネタは無い筈だし)

「それにどうせ他の人がもっといい案出してくれると思うし、だから」

「そうよね、うん。じゃあ私もそれにしよっと」

 という訳でクラスの方のノルマは終わり、後は生徒会。

(でもこっちは、それこそ榊先輩とかに任せておけば……)


 そう考えつつ臨んだ生徒会としての出し物を決める会議。だけどその場で意見を出して来たのは、私の予想外の人だった。

「では、これより生徒会としてどんなものに取り組むかを決めたいと思います」

 いつものように仕切り役の副会長がそんな声を上げ、それが始まる。

「まずは1年生で、何かやりたい事がある人は居ますか?」

 そして、もうすっかり生徒会の中で御馴染みになった1年生から発言権を与えるやり方。これはある日、副会長が急に行ったものでどうやら副会長なりにより1年生に活発に意見を出して欲しいという思いがあるみたい。

(だけど、今の所目立った効果は上がってないからただ時間が延びちゃってるだけなんだけど。これが頼れる先輩の弊害かしらね?)

「……居ないようですね。仕方ありません。では2年……」

 と、そこで副会長の言葉が一旦止まり、

「中川さん、どうぞ」

「……は、はい」

 そうして、本当に手を挙げていたらしく席を立つ中川さん。

(中川さん、やりたい事あったんだ)

 そのかつての自分のような緊張した仕草を見ていると、そんな普段の彼女からは思いもよらない案が飛び出した。

「あ、あの、私……舞台、がいいと、思います」

「舞台、ですか?……それは『ショー』という意味の?」

「は、はい」

「具体的にあります?歌とかダンスとか劇とか」

「そ、それは何でもいいです。でも……」

「何です?」

「あ、あの……」

 そこで言葉に詰まってしまう中川さん。まるで私に助け舟を出して欲しそうな感じで、チラチラとこちらを見ている。

 でも、中川さんが何をやりたいかなんて見当もつかない私。だから何となく気まずくて視線を逸らしていると、

「あの、会長を全面に押し出すようなものがいいです」

「!?」

「だ、だって、会長は文化祭で最後じゃないですか。だから……」

「……分かりました。では他の1年生の方、何か意見はありませんか?」

 何が分かったのか知らないけど、するっと『私を中心にしたショー』という案を加え会議は進んでいく。

 2年生の人が出した案もこれまた刺激的なもので、「各学年毎に別れて出し物をする」というものがあり、そしてついに3年生。

「では、3年生で、何かやりたい事がある人は居ますか?」

 その副会長の言葉にみんな自然とある人の方に注目し、

「……他に居ないのですか?」

 その空気があからさま過ぎたとでも感じたのかそんな注意をするけど誰も手を挙げようとはせず、

「……では、榊さん」

 そしてついにその人の名が呼ばれる。

「はい。私は劇がいいと思います」

「劇、ですか?という事は、これも中川さんと同様、体育館で行うものという認識でいいですか?」

「ええ。構いません」

「それで、具体的にはどのような演目を考えているのですか?」

「実は、以前演劇部の件で依頼をしていた葉山さん。彼女に書き上げてもらったものがあるんです」

 その一言に室内に一気にざわめきが広がる。私も当然初耳で副会長がそれを知っていたかどうかそっちを見てみると、彼女は私の方を見て首を横に。

(じゃ、じゃあ、また隠し玉って事!?)

「みんな、ちょっと静かにして。まだ話が終わってないようですから」

 副会長がそんな制止の声をあげるけど、その一言だけでみんな静まり返るなんて事は無くて、

「あの、副会長は知ってたんですか!?」

「いえ、初耳です」

「じゃあ会長は?」

「私も知りませんよー!と、とにかく、榊先輩の話を聞かないと訳が分かりませんから!」

 そのたがが外れそうな雰囲気に私もそう声を上げると、みんなも分かってくれたのかざわざわは少し収まってきて、

「……榊さん。続きを」

「はい」

 そうしてまた話し始める榊先輩。

「それで、今回は生徒会としてそれを台本とした舞台を行ってみたらどうでしょうか?」

「あ、あの!いいですか!?」

「会長、どうぞ」

「それ演劇部に譲らないと駄目なんじゃないんですか!?だって葉山さんは演劇部の為に書いてくれたんですよね!?」

「ええ。ですが既に双方に話は通してあります。そして許可もちゃんと」

 そして何やら文字が書かれた紙を取り出す榊先輩。

「ここにその旨は書かれてますから。以上です」

「………」

「……他に意見のある人は……居ませんね。では今回の会議はここまでとします」


 会議が終わり、即双方に連絡を取る私だけど、

「ええ。だって榊さんの方がその本の主役に相応しいと思うから」

「あ、はい。『鏡花女子の舞台に使ってもらえればいい宣伝になる』って担当さんも喜んでました」

 ピ

「……はあ……」

 携帯を切り、溜息が出てくる。

「どう?どちらもちゃんと知っていたでしょ?」

「そうですね」

「じゃあはい、これ」

 そうして私の前に置かれる台本。

「これ、決定じゃないですよね?」

「はい。これは現状単なる1つの案に過ぎません、いくらこのように手筈が整っていたとしても」

 そう答える副会長の手にもその台本。どうやら本当に手筈は整っているらしく、生徒会役員全員分をあらかじめ準備していた榊先輩。

「ええ分かっているわ。でも2人共、対案は無いんでしょ?」

 私は副会長の方をみるけど、やっぱりそうなのか首を横に。

(どうしてこんな目立つものを。しかもこれと中川さんのあれって、全然相反しないじゃない!)

 というか物理的には簡単に合わせられそうな2つの案。

(嫌!主役級で舞台に出るなんてのは絶対!)

 私は目の前の敵の情報を得る為、その中を確かめる事にする。


 お話の内容は、主人公の女の子が沢山の格好良い男の子にアプローチされるという、確か逆ハーレム物、なんて呼ばれている種類のお話だった。

「………」

(えーっと、その中で私にも出来そうなのは、主役級なら……この子、かな?)

 男の子の1人で、主人公の弟分みたいな彼。弟分という事で身長は必要無いし、その性格から格好良いというよりは男の子っぽくないという印象を受ける。

 だけどこれはあくまで主役級限定という制約がついてしまった場合。だってそれ以外にも、少しだけだけど話に出てくる女の登場人物も居るから。

(さすがに中川さんのあの意見を完全無視は無理だろうから『裏方だけ』というのは選択肢から消えてるし、だから1番の理想がこの女生徒Cよね。主人公と対立する女子グループの取巻きで台詞も意味の無いのが少しだけという)

「どうです?お話の感想は?」

 一区切りついたタイミングで副会長のそんな声。

「役次第、ですね。私不器用だと思うので目立たない役だったら問題ないですけどそれ以外となると。本の宣伝という目的においても逆効果になると思います」

「……そうでしょうか?」

「ええ、それに私にぴったりな役が用意されてますし。この女生徒C、これならミスっても舞台上ではネタとして誤魔化せると思いますから」

 つまり3人漫才のオチ担当、みたいな立ち位置のこの役。それに団体で主人公と対立するような存在は、小物っぽさを出せれば演技としては問題ないと思うから。

 だから、こういう役は榊先輩や副会長には無理。特に副会長は身長があるから、男役にしないと他の人との釣り合いが取れなくなってしまう。

(それに多分人気無い役だと思うから競争率は低めだと思うし……2年生の『各学年毎』っていう意見はこの流れじゃ無理そうだから、後は何とか弟分の役を避けられるような流れにしないと!)

「……それにしても、この主人公って榊先輩にぴったりですよね。芯が強くて相手にはっきり物が言えて」

「そう?ありがと」

(私もいつかこんな風に、自分に自信が持てるようになりたいな)


「ただいまー」

「あ、おかえりなさい」

 玄関に顔を出したお母さんはもうすっかり酔いが醒めたのかいつもの様子で、

「ねえ白。これから、ちょっと出かけない?」

「?」

 だけど、いつもの様子ともちょっと違うみたい。

「何で?だってお母さん昨日も出かけてたし。それにお父さん、もうすぐ帰ってくるでしょ?」

 別に「毎日必ずお父さんを出迎えないと駄目」なんてお母さんに偉そうに物を言うつもりじゃないけど、何となくその『家族の中でのけ者を作る』みたいなのが嫌な私。

「ええ、勿論お父さんも一緒に行くんだけど、でもこれは白がメインでの事だから」

「?……メイン?」

「そう。それで、いいわよね?」

「う、うん」


 帰ってきたお父さんにもお母さんは同じような説明をし、そして今、お母さんの運転する車に私とお父さんが乗っている訳なんだけど、

「お母さん、どこに行くつもりなの?それに私に関する用件って」

「着いたら分かるんだから。それまでは秘密」

 こんな感じで、未だに『メイン』の意味は教えてもらっていない。

(別に隠さなくたっていいと思うんだけどー?)

「お父さんは何か知ってる?」

 運転をしていないそっちに聞いてみても、

「いや、俺もさっき出かけるって聞かされたばかりだしな」

 なんて答え。

(……お腹、空いたな)


 しょうがないので気分を紛らわす意味でも景色を眺めてみる。

 外はすっかり日が沈み、今は街灯と車のライトがよく目に付く。そしてそれとは反対に、控えめにその光を主張しているのがお空の星。それらの明かりに照らされた地面は田畑が並んでいて、星を隠すような感じで木々が生えた山らしき存在も遠くには見える。

 その街並みから少し離れた景色に、『美味しいお出かけ』じゃないのを理解する私。

(だって、こんな家から離れた所の食べ物屋さん、わざわざ平日に行くなんて事は無いと思うし)

 そんな事を考えていると、突然止まってしまう車。

「おい、どうかしたのか?」

 助手席に座ったお父さんが、メーターとお母さんの方を交互に見つつそう声を上げる。

「どうしてこんな道端で!?」

 頭の中に『ガス欠』なんて言葉を私が思い浮かべていると、

「車の異常じゃなさそうだし、どうしたんだ?」

 なんて冷静なお父さんの声。

(違うんだ、良かった)

「えっと……道に迷ったみたい」

 そして気まずそうなお母さんの声。

(駄目じゃん)

「どこへ行くつもりだったんだ?」

「……先輩の所」

「そうか。で、その先輩の連絡先は?」

「……聞いてないわ」

「じゃあ目的の場所の名前は?」

「えっと、よく分からないけど、名前が入ってるって聞いたから……『田村』が入った何とか研究所っていう筈」

 なんていうお母さんとのやり取りの後、

「……白、隣にある俺の鞄を取ってくれ」

 と指示をするお父さん。

「あ、うん」

 そしてそこから携帯を取り出し、

「……多分、ここだな」

 そう言ってその画面をお母さんに見せる。

「え、そうなの?」

「ああ。番地がこの近くで、それで田村という名前が入った研究所なんて施設はここしかないからな。やっぱりカーナビ買っておいた方が良かったか?」

「……要らない。だって私、滅多に運転しないから」

「そっか」

(珍しい。お父さんが完全に主導権を握ってる)


 そしてその携帯を頼りに辿り付いた先のあったのは鉄製の柵。

(……すっごいきな臭そうなんですけど)

 さっきお母さんから聞いた『研究所』という言葉もあって、つい悪の組織の秘密基地みたいなイメージをしてしまう。

「……おまけに見張り小屋みたいなのまであるし」

「ん?何か言った?」

「お腹空いたー」

「もう少しだから、我慢なさい」

 そう言ってお母さんは車を降り見張り小屋へ。

「お父さん。お母さんの知り合いでその田村さんって人、知ってる?」

「いや、多分大学での人だろうから」

「そっか」

(じゃあお父さんに聞いても無駄か)

 というのもお母さんと違いお父さんは高卒だったみたいだから。だからかもしれないけど、それ程両親に「勉強しろ」なんて言われなくて、そしてこの様だったりする。

(やっぱ駄目じゃん)

「ん?どうかしたか?急に下向いて」

「何でもない」

 そんな事を話していると向こうの組織と話がついたのか車に戻ってくるお母さん。

「さ、もうすぐだからね」

 車の前ではその柵の一部分にある門を開ける男の人。そうしてその門をくぐり、ある建物の隣にある駐車場に車を停める。

「着いたわよ、2人共」

 車を降りてその建物の方を見る。周囲は木に囲まれていて、辺りにはそれの関連施設と思われる建物しか見えなくて、やっぱりというか、怪しげな建物に見える。

(街灯も無し。人気の無い木々の中で明かりも漏れないような感じで)

 おまけに研究所というから、中に居るのが現代の魔法使い、つまり科学者な訳で、

「お母さん。友達……もうちょっと選んだ方がいいと思う」

 だからついこんな余計な一言が出てしまう。

「………」

 だけどいつもと違い私の方を見るだけで何も言い返してこないお母さん。

(……冗談のつもりで言ったのに、なんで無言)

「じゃ、中に入りましょう」

 そのままさっさと建物の中へ入って行ってしまう。

「ねえ、無視しないでよー」


 そうして悪の秘密基地のようなその研究所の中を闊歩するお母さんの後に付いていく私とお父さん。

(……なんというか、そのイメージにぴったりなんですけど)

 通路の内装は打ちっぱなしのコンクリートに等間隔に吊るされてる裸電球。床もカーペットのようなものは敷かれてなく、平らなフローリング。並んでいるドアにはアルファベットを組み合わせた部屋番号と思われるものが書かれていて、その番号には規則性無し。

(B412の次がK574、でI906って、何でこんな順番?……金庫?)

 家庭的なものが一切なく、生活感も見当たらないこの内装につい、小さくなって札束と一緒に金庫の中に入れられた自分、なんてものを想像してしまう。

(……馬鹿馬鹿しい)

「ねえ、お母さん、この場所に一体何の用があるの?……」

 そう声を上げて、その天井の広さのせいか少し反響して聞こえる自分の声。

(何なのこれ!?本当にイメージ通りじゃないのよ!)

 この場所での全ての事がそれ、つまり正義の味方の襲撃に備えられたもののように思え、改めてそう感じる私。

「お、お父さん。何なの?ここ」

「さあ?何なんだろうな?」

 私の不安をよそに、自分も建物内に居るというのにそんな呑気なお父さん。

(お母さんさっきから変だし!昨日もしかして酔っ払っておかしかったんじゃなくて洗脳されておかしかったなんて事……)

「着いたわよ」

 何の前触れも無く、ある部屋の前で止まるお母さん。

(X964……その番号嫌過ぎ)

 罰苦しむ、なんていう部屋へそのまま躊躇せず入っていく2人。

(……分かってるわよ!単なる私の考え過ぎだっていうのは!……よし!)

 覚悟を決めて私もその中に入る。


「先輩、久しぶりー」

「悪かったわね、急に連絡して」

 なんて感じで女2人で話し始めるお母さんと誰か。

(ま、多分『田村さん』なんだとは思うけど)

「お父さん、あの人知ってる?」

「いや、知らないな」

 そして終始置いてけぼりの私とお父さん。

(長くなりそう……お腹空いてるのにー)

 出てきたのが悪の親玉ではなく、普通にお母さんの知り合いだった事にすっかり緊張の糸が切れていた私。

「お母さーん、早くしてよー。ごーはーんー」

 それに私から見てお母さんの知り合いでしかないその人は結局他人で、だからこんな風にその存在を無視し家での調子で話してしまう。

「……で、この子があなたの?」

「ええ。娘なんだけど」

「……何だか聞いてた話と違うわね」

「家ではいつもこんな感じなんだけどね」

(何こっち見てこそこそ話してるのよ。私は訳分かんないまま待たされてお腹空いてるのよ!)

「ええっと、大澄白さんよね。ちょっと食事の前に私に付き合って欲しいんだけど?」

「……お母さーん」

「我慢なさい。子供じゃないんだから」

「私、まだ未成年なんだけどー?」

「白、いい加減にしないと後悔するわよ」

(何よ!その訳分かんない脅し文句。この後本気で悪の実験でもやるなんて言うつもり!?)

「……で、何ですか!?」

「ええ。ちょっとプチちゃんを調べさせて欲しいんだけど」

「プチを?……!?」

 その目の前の女性、田村さんの「ファミリアを調べたい」という言葉である可能性が浮かぶ私。

(……副会長のお母さんも、確かそっち系って言ってたような……)

 研究者という職業の希少性、そして学校から車で数時間という距離に存在するこの研究所。

(……ま、まあ……田村って別に珍しい苗字じゃないし……)

 私は目の前の合理的な答えから無理矢理目を背けるかのように自分にそう言い聞かせる。

「……ど、どうぞ」

 そしてなんとなく、口止め料みたいな感じでプチをその人に渡す。

「ありがとう。ちゃんと別室に食事は準備してあるから、検査が終わるまでは待っててね」

「……はい」


 検査というのを終え、『罰苦しむ』という部屋から食事の並んでいる部屋へと移動する私達家族と田村さんだけど、

「……大澄さんって、娘さんに好かれてるんですね」

 お母さん一味から距離を取る私を見て、そんな事を言ってくる科学者。

「まあ、嫌われてはいないようですね」

 対してお父さんも大人の余裕で科学者先生にそう答えている。

(頑張ってお父さん!この悪の科学者達に負けないで!)

「……で、何で私はここまで警戒されてるのかしら?笑子、分かる?」

「恥ずかしがってるだけよ……白、だから忠告してあげたのに」

(やっぱり悪の科学者の一味だったのね!お母さん!)

 苦笑いする顔を見、お母さんが洗脳されていたのを確信する私。

(ほんと悪趣味!何でわざわざ隠してるのよ!おかげでこっちはかかなくていい恥かいちゃったじゃない!)

 そうして、ついに私にとって無慈悲な『現実』という鉄槌が下される。

「まあとにかく、娘の事よろしくね。生徒会長さん」

「………」

「白、返事は?」

「人違いです、他人の空似です」

(だって、私偽者だもん。生徒会長代理なんだもん)

 なんて、自分に対してのいい訳ぐらいしか頭に浮かんできてはくれなかった。


 それから数日後、

「おいみんな、今日の放課後、クラスでの出し物決めるからな」

 という鶴の一声で放課後、何故か私を司会進行としてその話し合いが行われる。

「……とりあえず、出された意見を黒板に書きます」

 私はそう宣言し、それを行うが背中からはクラスメイトの視線。

(だから私、目立つの苦手だって言ってるのにー)

 黒板に書きながらその内容を確認すると、どうやらやっぱり私の意見は立川さんの他には誰も居なくて、1番多かったのが食べ物屋さん関連。

「えっと、これを見てもらえば分かるように、飲食関連のものが大多数のようなんですけど……少数の自分の意見以外のもので、何か気になるものはありますか?」

「はい」

「緒方さん、どうぞ」

「あの、そこのファミリアの相関って何ですか?」

「あ、それは……えっと、クラスの人の協力の出来る範囲で、自分や自分の親兄弟、親戚等のファミリアが何かというのを書いてもらって、そこから何らかの相関があるのか、それともないのかというのを調べて展示する、というものです」

 自分発だというのがばれないよう、プリントを見つつそう答える私。

「それで、もしそれになったらどの範囲まで調べるつもりなんですか?」

「それは多分、そのアンケートの範囲内だけだと思います……さすがに強制は出来ないでしょうから」

「分かりました」

「では、他には?」

 そう声を上げ、教室を見回してみるけど、他には誰も手を挙げてなくて、

「他に意見はありませんね……では、出し物の内容はとりあえず飲食関連、という事で決まりました」

 とはいえ、ここに書かれてある飲食関連だけで6種類。

 たこ焼き、お好み焼き、やきそば、という定番屋台物の食事系3種。それにスイーツ系が和と洋。そしてその2系の中間とも言えるクレープ。

「……先生、去年の文化祭の経験から言って、この中で無理なものとかあります?」

「ん?そうだな……それぞれ1種類だけなら問題は無いとは思う」

「そうですか……じゃあ5分後、この中でどれがいいのか採決を取ります」

「え!?それだけで決定ですか!?」

「はい。ここでいたずらに時間を掛けるより、『そのメインとなる物を中心ににどれぐらいまで品目の幅を持たせる事が出来るのか?』というのに時間を掛けた方がいいと思いますから」

(それにいくらここで時間を掛けた所で、どっちみち少数の意見は切り捨てる事になるんだし……とはいえ、何か良い方法、無いかなー?)


 5分後。

「では、これから挙手で何の品目にするか決めたいと思いますが、1人3回手を挙げてくというのはどうでしょう?」

 とりあえず、5分間の間に思いついたその方法をさらっと提案してみる。

「え?会長、どういう事?」

「さっき少し考えて、なんというかこれが1番みんなの意見が反映される結果になるような気がしたんですけど……」

 つまり6分の1の確率より2分の1の確率で自分の意見が取り入れられるという結果が出るであろうこの採決方法。

(あ!?でも、こっちでかすりもしなかった場合のダメージはより大きくなっちゃうような……)

 そして口に出し、みんなの様子を見てから気付くこの事実。

「……やっぱり、普通に1人1回の方が良いですよね。じゃあ……」

「いや大澄、ちょっと待て」

「……先生?」

「……みんな、どっちがいい?」

 さっき私の意見を聞いて白けていたみんなに対し、もう1度その話をぶり返す先生。

「あの、第1希望2票とかは駄目なんですか?1人1回右手で2回左手挙げるとかで」

 すると一方からこんな声が上がり、

「あ、それならいいかも」

「うん。いきなり3つ選べって言われても戸惑うけど、1つとおまけの2つなら」

「……という事らしいぞ」

 と、先生が私に確認をしてくる。

「あ、は、はい……じゃあ1人につき、右手1回2票分、左手2回1票分で集計という事で、後は先生、お願いします」

 そうしてクラスの人数の4倍の票数が集まった結果、

「みんな決まったぞ、和風スイーツに」

 という声と共に、私達生徒は顔を上げる。

(机に伏せての挙手だからどのような流れの結果そうなったかは分からないけど、でも何となく地味な感じで決まったような……)

 右手の票は他のものに散らばっていて稼いでなさそうだけど、左手の票はすごい事になっていそうで、そして他のは逆の展開になっているような気がする。

(だって私はこれに右手挙げたし。火、あんまり使わなそうだから)

 団子とか大福とかコンロというイメージはあんまりないし、多分お茶なんかの為にお湯を沸かすだけだと思う。

「じゃ、ついでに文化祭実行委員も決めようと思うんだが、立候補は居るか?」

「実行委員って、どんな事をやるんですか?」

「さあな?それはなってみないと分からんけど、これは各クラス1名とは決められてないし生徒会はこれには関わらない事になってるんだよな?大澄」

「あ……はい。生徒会は文化祭には部活動の中の1つとして参加します」

「という訳だ。どうだ?やりたい奴居るか?」

 先生のその声にしばらくして、

「はい」「はい」「はい」「はい」

 とこのクラスで仲の良い4人組が手を挙げる。

「そうか。じゃあ緒方、これ頼むな。じゃあ、解散」

 そうして先生はその中心人物である緒方さんにそれ関連のプリントを渡し、教室を出て行った。


「では、意見のある人は居ますか?」

 副会長のその声に対して手を挙げる人はやっぱり居なくて、

「……では、私達生徒会として取り組むのは、この劇という事に決定します」

 葉山さんの台本と榊先輩の手際のよさに対抗出来る案なんて出てこなくて、だからなし崩し的にこうなる。

「では、続いて配役の方を決めたいと思いますが、決め方として、何か意見のある人は居ますか?」

「……あの、単純に立候補を優先して決めたらいいんじゃないでしょうか?」

 副会長のすぐ横に座っていた私はなんとなく手を挙げ辛くて小声でそう言ってみるけど、

「……意見のある人は、挙手をお願いします」

 やっぱり副会長は厳しい人で、みんなの方を見たままだけど、そんな注文をつけてくる。

(意地悪)

「はい」

 そんな事を考えていると、手を挙げたのはやっぱり榊先輩。

「どうぞ」

「はい。投票、というのはどうでしょう。多分みんなに本を読んでもらった時に『この登場人物はあの人に似ている』とかそんなイメージが多少は浮かんだと思いますので、その集計結果で配役を決めるというのは」

 そして出して来たのは、今の場の雰囲気からすると何となく旗色が悪そうなこんな意見。

(……よくない流れ。『まさか』が出てしまいそうなこの不穏な空気。嫌だなあ)

「……成る程。他に意見はありますか?」

「……はい」

「会長。どうぞ」

「あの……私は本人のやる気が1番大切だと思うので、やっぱり……立候補で1人でも多くの人が、自分がやりたいと思える役になれるようにした方がいいと思います」

「……分かりました。では、他に意見のある人は居ますか?」

 みんなを見てみるけどどうやら手を挙げてる人は居ないようで、

「では、机に顔を伏せ、挙手で採決を取ります」

 という言葉に私も顔を伏せ、結果を待つ。そして結果はというと、

「では、今から紙の配りますので、ここに主要となる人物の役を誰にやってもらいたいか、書いてもらいます」

(やっぱり)

 どうやら最後まで、私に風は吹いてくれなかったみたい。


 そうしてその紙を前にして、自分の中での配役をもう一度考えてみる。

 まず、主人公の女の子は辻さんか榊先輩。その理由は簡単、人気投票でそういう結果が出ているから。

(おしとやかさ、みたいなのを強調するなら辻さんで、芯の強さなら榊先輩……どっちにするかは、他の役を見てからという事で)

 そしてその周囲を固める男の子4人。

 まず、いかにも男っぽい「俺について来い」的な彼の役はやっぱり田村先輩。

(これはもう決定ね。だって背が高くて本当にイメージにぴったりなんだもの)

 その次は、女の子と同じ高さの視点で話している気のおけない仲みたいな彼。だけど、このキャラクターは当人のイメージが沸き難い。なんか漫才の相方みたいな主人公とのやり取りがあって、それで初めて話の構成として彼の存在が成立しているような気がする。

(……だから誰でもいいような気がする)

 という訳で保留。

 3人目は独特の雰囲気を持ったミステリアスな感じの彼。

(ミステリアスって……つまり普段と違った間で話せばいいって事なのかな?)

 これもイメージは中々浮かび辛いけど、ただなんとなく、演技力のある人がいい様な気がする。

(……この中で一番猫を被ってそうな……って、それ私のような……)

 ただ、それ自体はそうかもしれないけど、でも私は舞台でそれを活かせるような器用さは無いと思うし、多分それを強行したら顔が真っ赤になって何にも出来なくなるような気がする。

(というか『演技力』は無いわね、観客はお父さんとお母さんじゃないんだし、多分『今』が素だと思うから……家では基本乗せられてる感じがするし)

 結果これも保留。

 そして最後の彼が、例の可愛い弟分。

(……本当はこれもきついんだけど、でも今までの経験則からすると、私のベストはもう確実に起こらないと思うから……)

 なんというか、秘密裏に包囲網が敷かれていそうな生徒会室の雰囲気。

(……だから、ベターなこっちにしておくのが賢明よね)

 という訳でこれに自分の名前を書き、それ以外の役を考えつつ私の中で決まった配役は、主人公である18歳の高校3年生中島繭は辻香代子さん。28歳バーテンダーの織田恭二は田村唯先輩。ミステリアスな大学生、如月良祐は榊涼子先輩。クラスメイトの伊藤卓也は3年生の大槻先輩。そして、近所に住む同じ高校の2年後輩の1年生、上谷修の所に私の名前。

 その他も自分なりのイメージを膨らませ、名前の欄を全て埋めて副会長へ。


(男役って事は女っぽくない話し方をすればいい……ってそれ、普段とあんまり変わらないような?)

 それで男っぽくない男の子というのはつまり、堂々としていなければいい訳で、

(……やっぱり普段と変わらない気がする。まあ、それだけ『演技』する必要が無くなるっていうんだから良い事よね)

 そんな演技プランの事を考えていると、集計が終わったのか机から顔を上げてこちらを見る副会長。

「?」

「会長。発表しますけど……いいですか?」

「いいですけど」

(何で私に確認取るの?)

 そう考える私だけど、その後の言葉で、「いいですか?」の意味を知る事になる。

「では発表します。まずは物語の主役である女子高生、中島繭役は……会長、大澄白さん」

「ど!……どうしてですか!?」

「どうして、と言われましても。そういう結果が出たから、としか」

 私の抗議に対して少し苦笑いをする田村先輩。

(何でよ!?何で!?だって彼女は男性からモテる華のある女の子だしどう考えたって辻さんか榊先輩で!なのに何で!?)

「……副会長、ちょっとそれ確認します!」

 あまりに非常識なその結果に、集められた紙を確認する私だけど、

「………」

「納得しましたか?」

 もちろん出来ないけど、でも自分の目で確認しても結果は変わらなくて、

(……さっきの「いいですか?」って……「覚悟はいいですか?」って事)

「では、発表を続けます。織田恭二役……」

「……あああ……」

 その後副会長は他の配役を話していたようだけど、でも私はそれ所じゃなかった。


「……ただいま」

 まだお母さんが帰っていない家に向かってそう呼びかけてみる。

(……どうすんのよこれ……これじゃ話がどんなに素晴らしくたって、低レベルになるのに決まってるのに……)

「みんなその場のノリでこんな事して。まあ確かに私がモテるっていう状況事態が1番コメディっぽさを出せるのには違いないんだけどさー」

 でもそれはつまり、また私が滑稽な晒し者になるという事と同じな訳で、

「……はあ。私、どんだけ恥かけばいいのよ。他に適任者はいくらでも居て、そしてそっちにすればより綺麗な劇に出来るっていうのに」

(まあこれが今の生徒会の状況そのものなんだけどさ)

 つまり、榊先輩や田村先輩みたいな凄い人が持ち上げているからこそ、『私如き』が生徒会長で居られるというこれ。

(みんな私のイントロに『優秀な2人が認めた』という前置きを確認しているから、だからこんな事になってるのよ!でもだからって、劇という仮想現実にまでそんなもの持ち込むなんて!)

「……本、読み直そう」

 そうして部屋で1人また本を最初から確認する私。というのも、予定では私は修君になる筈で、繭さんの台詞なんて流れを追う程度の事しかしてなくて、改めて中を見てその台詞の多さに圧倒される。

(……おはよう……つーか何でんな事私がしなきゃなんないのよ……あんた男でしょ、私に頼んの止めてちょうだい……)

「おはよう……つっ!っつ、っつ……」

 頭の中で台詞を確認して、そして口に出していきなり間違えてしまう。

(絶対失敗する、もう間違い無く!)

「つ、つーか何で私でやらないと駄目なのよ……私が主役なんて制約の中で……」


「うるさいわね!もうちょっと静かにしなさいよ!」

(……うん、今のは割といい感じに喋れた筈。こうやって誰も居ない場所で少しでも成功のイメージをつけておかないと。次は……)

「白!うるさいのはあんたの方!」

 本を開き内容を確認している私に浴びせられるそんな声。その方には、今パートから帰ってきたばかりだと思われるお母さんが居て、

「それにプチちゃんに対してそんな偉そうに!あんた自分はどうなの!?……って、あれ?」

 そして私が向いている方向に目をやり、声が止まる。

「……どういう事?」

「………」

 私は溜息交じりに手の物をお母さんに。

「何?これ?」

「舞台の台本。生徒会の出し物としてこれをやる事になったの。で、今のは台詞。分かった?」

「そうだったの、ごめんなさい……でも白、あなたの声外まで聞こえてたわよ」

「え?本当!?」

「ええ、だからてっきり……」

 と、少し気まずそうなお母さん。

「……気をつける」

「で、どの役なの?」

「……主役」

「主役?あなたが?」

「そう、私が」

「へえ、それは楽しみね」

「楽しまないでよー、どうせ恥かくだけなんだから」

「いいじゃないの。そういうのも大人になったら『いい思い出』になるんだから」

「……だといいんだけど」

「それで、どんな感じなのかやってみせてよ」

「……お母さん、それよりごはんの準備とか色々あるでしょ。それにさっき始めたばかりだし、まだ人に見せられるようなものじゃないの!」

「どうせ私しか見てないんだし気にする事無いのに」

「いいからあっち行って!」

「はいはい」

 お母さんが部屋から出て行くのを見送ってドアを閉めて、

「じゃあプチ、あなたはそこ。あんまり動くんじゃないわよ」

 そうして、今度は言われたようにプチを相手役に練習を再開した。


「どうしたんだ?今日は随分と女らしいじゃねえか?」

「え……っと、その……し、仕方ないでしょ!だ、だって……こんな所来た事ないんだから」

 繭役の私は恭二役の田村先輩にそう言い返す。

 そしてそのままそちらを見ているけど、先輩も何も言わなくて、

「……はあ」

 かと思ったら私を見て溜息。

「……繭。何か忘れてない?」

(?……何か?)

「……本を開いて確認してください」

「あ、はい」

 言われるがまま手の中の物を見て、

「……台詞が抜けてたんですね。この後の『……つーか女らしいって、あんた視力やばいんじゃない?』の一言が」

「はい」

「やっぱり無理があると思うんですけどね、私が主役なんて」

「これがみんなの声の結果だというのに、まだそんな事考えていたんですか?」

「……だって、実際私はまだ台詞間違えてるし」

「諦めてください……それに繭、お前今から他の役なんて器用な真似、出来んのか?」

 男言葉でそんな事を言ってくる副会長。

「……分かったわよ恭二」

 実際当初からこんな感じでぼかされ続け、もう当日まで1週間と迫っていて、今更なんてのは無理だとは思うけど、でもこんな感じで未だに上手く出来なくて、


「繭、どうした?」

 そして今は別の場面、教室でのやり取り。私の前には、クラスメイトの卓也こと中川さん。

(……まあそりゃ私と中川さんならお互い楽なんだけどさ)

「なんでもないわよ。つーかあんまり詮索しないでくれる?」

「別にいいだろこれぐらい……気になったんだからしょうがねえじゃねえか」

 そう言って顔に手をやり少し視線を逸らす卓也。

「ま……まあ、心配するような事は何にも無かったから、安心なさいって」

「何だよ?安心って」

「………」

 こっちに振り返った卓也の顔を見て、少し笑みがこぼれる繭。

「……何かむかつくな、その顔」

「そう?でも細かい事にこだわってると、格好良い男になんてなれないわよ」

「………」

 そして憮然とした表情の卓也を最後に場面転換。

(普段と近いものがあるからここだけはすんなり。でも『だけ』なのよね)

「はい、じゃあ場面転換が終わったって事で、次は香代子ね」

 こんな榊プロデューサーの声の後、今度は繭と修のやり取り。

 設定は修の家のリビング。

「こら修。あんたいつまで寝ているのよ!……さっさと支度なさい!」

「分かってるよー、だからそんなに大きな声出さないで……」

 そうこぼしつつ姿を現す修。

「こうしないと、あんた何時までも寝てるじゃない。折角起こしに来てあげたんだからつべこべ言わずさっさと動く!」

「……だったら、話しかけないでよ」

「何!?」

「……部屋で着替えてくる」

 そう言って修が舞台袖に引っ込み、本番ではパジャマから私服に着替え再び登場するんだけど、

「はい、ちょっとストップ」

 修が舞台袖に引っ込んだとされるタイミングでプロデューサーの鶴の一声。

「繭ちゃん。何か余計な事考えてて台詞に変な間が開いてたわよ。演技プランに不満でもあるの?」

 そして私に向けられたこんな言葉。

「そんなつもりはないです。ただ……」

「ただ?」

「……何でもないです。すみません」

(「修が普段の私みたい」なんて、この人達には知られたくないもの)

「とにかく、今は余計な事考えずに演技に集中してね、繭ちゃん」

「……はい」

「じゃあ修が居なくなった続き、繭が自分の携帯を確認する所から。それじゃよーい……」

 なんて演技の再開を宣言しようとした先輩の後ろの扉が開き、

「あ、あの……」

 とこちらに声を掛ける見た事の無い誰か。

「先輩、ちょっと待ってください。あの、生徒会に何か用ですか?」

 私はその場の空気を壊す為にその人に進んで話しかける。

(だって、さっきからずっと休み無しだし、まあ、私以外でも衣装とか裏方やっている人もそうなんだけど)

 そしてさすがに先輩も、わざわざ生徒会室に訪ねて来たそのお客さんを追い返す訳にもいかず稽古は一旦中断。


「ええと……あなた1年生よね、こんな時期に何なのかしら?」

 ネクタイを確認して、榊先輩も彼女にそう尋ねる。

「あ、はい。実は私、文化祭実行委員なんですけど」

「?……どういう事です?」

 その役職を聞いた副会長の頭の上には多分はてなマーク。

 だって、そういう臨時委員は基本的にその行事については生徒会に替わる存在として一任されていて、だからその人達が生徒会に要望というのはすごくおかしな状況な訳だったりする。

(「船頭多くして……」ってことになりそうなんだけどな)

「あの……ここで話しているとそちらにとっても色々あるでしょうから、こちらに来ていただけませんか?」

 そして榊先輩と田村副会長に見つめられたその1年生は、気まずそうにそんな提案をしてくる。それに対し私達3人は顔を見合わせ、

「じゃあ、私が」

 と、声を上げたのは今回の劇において最も負担の軽い副会長。

(だって、私と榊先輩は全体を通して必要になってくるから)

 とはいえ、これよりはまだそっちが楽そうな気がする私。だから名残惜しい気持ちで副会長を見ていると、

「あの……出来れば会長に来てもらった方が……」

 なんて向こうからの要望が足される。

「……ちょっと待ってもらえる。2人共、こっち来て」

 榊先輩の指示で、今度はお客さんから離れ背を向けて相談。

「……どうします?」

「……白ちゃんの判断に任せる」

 でもその内容は、こんな感じでほぼ私に丸投げというお粗末なもの。

(何なのよそれは!)

「……とにかく、向こうの要望を一通り聞いてこっちに持ち帰るという流れにします。それでいいですか?」

「……分かった。じゃあその間私達だけでやってるから」

「……はい」

 私は2人が頷いたのを確認し、そして振り返ってお客さんにこう答える。

「分かりました。今行きます」


「どうぞ、こちらです」

 そうして彼女に先導され文化祭実行委員に宛がわれた教室に入る私。そこは普段は空き教室になっていて、毎年一通りの臨時委員会がここを使って活動していると先輩達が言っていた。だからなのか、特定の学校行事ぐらいでしか使われなそうなもの、例えば体育祭の立て看板や、文化祭の門の一部らしきものが部屋の隅に立てかけてあったりとか。

「失礼します。えっと……何の用でしょうか?」

 誰が委員長か分からないので、室内に入ってすぐ全員に向かって尋ねてみる私。そのまま視線を彷徨わせていると、どうやら室内の殆どの人がある人の方を向いているみたいで、

「あの……こちらです」

 と、生徒会室に来た彼女もそちらの方を示す。

「大澄生徒会長、始めまして。私、木下といいます。お見知りおきを」

 そして1年生の彼女、木下さんはそう言って私に握手を求めてくる。

「は、はあ……どうも」

 それを受けつつもう一度室内を見回してみるけど、2年生も3年生も特に反応なし。

(って事は、この人が文化祭実行委員長って事なのかな?……まあ、受験もあるだろうし)

 というより多分こっちの方が2年生3年生の反応としては普通なんだと思う。

(生徒会の人が異常なのよ、何で毎日生徒会室に来ていてあの成績が保ててるのよ。もう……)

「……どうかしました?」

「あ、すみません。それで用件は何です?」

 同学年という事で多少話しやすい木下さんにそう聞いてみると、

「ええ。これは文化祭実行委員長から生徒会長に対しての個人的なお願いなんだけど、今回私達文化祭実行委員って、思ったより人数が集まらなかったのよ」

「そうなんですか」

 前回を知らない私は肯定も否定も出来なくて、だからとりあえず相槌。

「それで、もしかしたら色々ミスするかもしれないし、もし良かったら手伝ってくれない?」


(個人的なお願いで生徒会役員全員に協力を求められても。私の生徒会じゃないんだから)

 とはいえそれが要因で文化祭で、それこそ火事なんかのトラブルが起きでもしたら取り返しがつかない。

「それとも、優秀な生徒会の人達は私達文化祭実行委員の要望なんて聞いてくれないのかしら?」

「……えっと、実行委員の人数って何人居るの?」

「え?」

「だから実働部隊。今ここに居る人で全員?それとも今日は欠席の人とか居る?」

「え、ええ、2人程」

「それでもし仮に、榊先輩や田村先輩が許可して生徒会が引き受けたとして、こちらが担当する場所はどこにするつもりなの?」

「体育館をお願いしようと思っているわ。だってあなた方もそこでやる訳ですしね」

「……そうですか。じゃあ返事は……1時間後でいいですね?」

「え?何で1時間後?今決めればいいじゃない。だってあなた会長でしょ?」

「そうですけど、今の生徒会の常識って会長と書いて『御用聞き』って読むんですよ……じゃ、用件は承りましたので」


 という訳で、生徒会室で今さっき聞いてきた御用を親方に報告。

「……という話でした。私には前年度の情報は何1つありませんから、後は先輩方の判断に任せます」

 だって私には実行委員の人数が去年と比べてどうなのか分からないし、ここに居るみんながクラスの仕事にどれぐらい時間が割かれるかも聞いてないから。

(分身なんて出来る人居ないだろうし)

「……そう」

「会長はどうお考えですか?」

 そんな私の言葉に対し、2人はこんな反応。

「どうって、『任せます』以外の答えという意味ですか?」

「はい」

「……まあ、色々引っかかる事はありますけど、確かに木下さんが言っていたように失敗したら元も子もないんですから、出来れば手伝いたいとは思います。でも一日通しての体育館の監督というのはスケジュール的に厳しいような気もしますし、それについてこちらから要望を出すとなると今度は指揮系統が2つになって対立する恐れがありますから」

 つまり『手伝うんなら全面的に向こうの言う通り動く』、それが嫌なら『手伝わない』という二択。

「……うーん、どうやら向こうの人、繭ちゃんの話からするとそれ程友好的とも思えないし、断っていいんじゃない?」

「でも、人数が足りてないのは事実だと思います。そうでなかったらそんな人達がこちらに協力を求めるとは思えません」

「じゃあ、唯は引き受けた方が良いって言うの?」

「引き受けないリスクもあるって言っただけよ」

 そして我が生徒会の親方達の意見もはっきりしなくて、

「繭ちゃんはどっちが良いと思うの?」

「ですね。まずはそれを聞いてから検討しましょう」

(……何で私……)

「ていうか、木下さんに僻まれてるのは『私以外の優秀な生徒会の人』が原因なんですから、そっちで決めてくださいよー」

(名義だけじゃなく責任までこっちに押し付けようとするその風潮、いい加減止めて欲しいわ)

 だけどそんな私に向けられたのは、白けたような2人の視線。

「……何です?」

(何なのよ2人して。お母さんみたいな目で私の事見て)

「……これ、素、なのよね?」

「……ええ。多分」

 そしてそのまま残念そうに溜息をつかれる私。

「もう『残念』でいいですから、早くみんなに確認し、それが物理的に可能かどうか確かめますよ!」

 というのもこんな心情的な話ばっかりしていたせいで返事の時間までは残り20分。

「私は体育館に行きますから、榊先輩は演劇部、副会長はここの人に、当日の予定を聞いて……後、明確に反対する人が居たら、その声をちゃんと聞いてきてください……いいですよね!?」

「あ、うん」

「はい。分かりました」

 最後にこの集計方法で、という意味の質問をつけたけど不満はなさそうだから、

「じゃあ、10分後にここでという事で、お願いします!」

 という訳で廊下を走る事になる私。

(……やっぱり、1時間は短か過ぎよね。ていうか実行委員ももうちょっと早めに連絡しなさいよー)


 そうしてみんなに確認した結果は、一言でいうなら「何とかなりそう」という感じのそれ。

「はあ、はあ……強硬に、反対意見を出した人は居ました?」

 もしそれが出たとしたらつまり、『引き受ける事で被る可能性のある、私達が想定していないデメリット』をその声を上げた人は気付いている筈。だってそうでなかったら、榊先輩や田村先輩に公然と反対意見を出せるとは思えないし、そしてそれが出たなら、実行委員の要望は断る事になるんだけど、

「別に無かったわ」

「私も。一応確認は取りましたが、具体的な声は……」

「……そうですか」

 という事は、多分『それ』は無いんだと思う。いや、あるかもしれないけど、少なくとも私には到底気付けないだろうから考えるだけ無駄。

「……じゃあ、引き受ける事にします」

 そしてそれを見つけられなかったという事はつまり、断る理由もなくなってしまったという事だからこういう結論になる。

(だって、出来る仕事を敢えてしないって意味になっちゃうし)

「……いいです……よね?」

 最後にもう一度2人に確認してみるけど、曖昧な表情でこちらを見るだけで何も言ってくれない。

「……伝えてきます」

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