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ヨモギ  作者: 横文字苦手
生徒会会長編
13/24

平凡以下の主人公

前回の話といいちょっとあざとかったかもしれません。

 そんな風に初めこそ作家先生が来ているという状況をみんな珍しがっていたものの、

(……やがてそれは日常に……)

「……うーん。でもここ、もうちょっと主人公を自然な感じにした方が良いと思うんだけど?」

「そうかな?私は逆にもっと可愛さを強調した方が小説としては面白くなる気がするな」

「………」

 なってはいるようだけど、何だか変な形で落ち着いてしまっている今の鏡花女子生徒会。そんな私の頭には今ある不安が浮かんでいる訳なんだけど、でも私が考え付いているという事はつまり私以外の人も絶対気付いている筈。

(それこそ『本物』が仕組んだ事なんだし)

「偽者は偽者らしく、素直に操られてましょう」


 コンコン

「……失礼します」

「……あ……」

 中に入ってきた私の姿を見て事情を理解したのか、一瞬目を逸らすその人はパソコン部の部長さん。それで何でこんな所に私が来ているのかというと、

「すみません、今は副会長は居ないもので。一応お手伝いに来たんですけど……どうしましょう?」

 と、まあこんな訳だったりする。

「……そうね……会長って、パソコンどの程度使えるの?」

「ネットを見るぐらいですけど……あの、やっぱり無理ですか?」

「………」

 私のその言葉に完全に黙り込んでしまう部長さん。

(そりゃそうよね。もしかしたら私でも役に立てる用事かもしれないと思ったんだけど……)

「……なら、私はこれで……」

 その要らなそうな態度を見て、私がそう言うと、

「……いや、ちょっと待って」

 何か用途を思いついたのか一転呼び止めてくるその人。

「じゃあ、モニターをやってみてくれない?」

 そして出して来たのはこんな提案。

「モニター、ですか?」

「ええ。会長って普段家でゲームとかする?」

「いえ、全く」

 それこそ素子の家でなら何度かやった事はあるけど、私はどうやらそちらの世界にも嫌われているようで、いつも素子に負けていた私。

(まあ、練習量でも差が出ているだろうから勝てる訳無いんだけどさ)

「だから私、きっと下手ですよ」

 謙遜でなく本心でそう言ってみるけど、

「でもパソコンの基本的な操作は問題無いのよね?」

 なんて確認をしてくる結構押しの強いその人。

「あ、はい……多分……」

(まあ、図書館で他の人の操作方法を真似ただけなんだけど、でも別に怒られなかったし)

「マウスを両手で持ったりとかしないんなら十分。じゃあ、ちょっと待ってね」

 そう言って手近なパソコンを操作し、あるプログラムを起動させる。

「さ、じゃあこれをやってみて。基本的な操作は画面の端に説明が出ているから」

「あ、はい」

 そうしてパソコンの前に座る私。画面には草原が広がっていて、その中心に木刀を持った男の子が1人。私がマウスをカチカチ、キーボードをカタカタと操作するとその男の子は木刀をぶんぶんと振りちょこまかちょこまかと動き回る。

(……何だかプチを見ているみたい)

 何となく彼のそのひょうきんな動作に親近感を感じる私。そして画面の端には、『画面に現れる図形を叩け』と書いてあって、やがて様々な大きさの図形が画面に現れてきた。

(……頑張れプチ!)


 そうして私の指図に従い画面の中の男の子が木刀を手に図形の敵を叩いていくんだけど、勿論それは永遠に続く訳なくて、

「あ……あああ……」

 最後にプチ君は手にした木刀を投げ捨てて、地面に座りいじけてしまう。

「……負けちゃった」

「どうだった会長?今のは1番易しい難易度だったんだけど、面白かった?それともむかついた?」

「え、えっと……むかつくって、どうしてですか?」

「つまり、男の子が動かしにくいと感じたりとか、敵の数が多過ぎるとか思ったりしたかって事よ」

「……いえ、そうは思いませんでした」

 というか自分にしては達成感すら感じられた今のプレイ。

(でも一番易しい難易度じゃそんな恥ずかしい事言えないんだけどさ)

「そっか。じゃあ難易度は問題無さそうね。後は操作性……本当はコントローラーで操作してもらったら何も問題は無いんだけど、それだともう完全にプログラムじゃなくてゲームにされちゃうからね」

「えっと、どう違うんですか?プログラムとゲームって」

「まあ同じようなもんなんだけどね。でも『そういう事』で文句を言ってくる人が去年の文化祭の時に居たのよ。『こんなのはこの学校の部活動として相応しくない』なんていう人がね」

 呆れたような表情でそんな事を言う部長さん。

「変な人も居るもんですね。このような自分で操作出来る映像作品を評価出来ないなんて」

「!?……今何て言った!?」

 私の言葉にそう言って顔を近づけてくる部長さん。

「え!?あ、あの……」

 自分では失言だとは思ってなかったんだけど、でも怒ったような表情をしていて、

「だから!今、何て言ったの!これの事!」

 なんて追求されてしまう。

(え、えっと……)

「……自分で操作出来る映像作品、ですか?」

「そうよそれよ!会長!あんた凄い!」

「……え?」

「成る程。そっち方面をアピールすればあの頭の固い奴等に堂々と言い返せる!ありがとう会長、これで方向性が決まったわ!」

 そう言って少し強めに私の両肩を叩くその人。

(少し痛いけど、でも「ありがとう」っていってるんだから怒っているんじゃないんだろうし)

「えっと、お役に立てて良かったです。じゃあ私はこれで」

「ええ、ありがとう!」

 そうして部室を出る私。一方ドアを挟んだ中からは、その部長さんの指示らしき声が聞こえてくる。

「下手な事が役立つ、なんて事もあるんだ……とにかくお仕事は終わりね」


 回り道をせずに生徒会室へと向かう私。それはつまり、文化部の部室の廊下を横切る事になる訳で、

(大分落ち着いたようね。話では一時期廊下に沢山の人が居たらしいし)

 だけど今はそんな人は見受けられない。そしてその閉じられた部室の中からは他の文化部と同じように中から人の声。

(……演劇部ってどんな活動をしているのかしら?)

 演技の練習というものを思い浮かべてみる。

(舞台上で観客に聞こえないような小さな声なら普通の劇は成立しないだろうから発声練習。後は人前でちゃんと動けるような度胸と、公演は長いから体力……って、それは多分プロの役者さんだけのような……)

 それに「演劇部の部室がうるさい」なんていう他の部からの苦情も来てなくて、とにかくその活動というのが全く想像出来ない。

(……覗いちゃおっと)

 そんな訳でドアを少しだけ開けて確認。中では演劇部と思われる人達とあの2人が、床に敷いたシートの上で輪になって座って何かを話し合っていて、本来その用途の為に存在している椅子や机なんかは部屋の端に置かれていた。そして室内には以前の劇で使われたと思われる舞台セットというか立て看板みたいなものや、後、衣装用のだと思うけどクローゼットも。

(……内容は聞こえないけど何かを真剣に話してて、これじゃ邪魔になっちゃう)

 興味本位で覗いた自分がとても場違いに思え、私はそっとドアを閉める。

(クリエイターの皆さん、頑張ってください)


 生徒会室に戻って自分の席に座ると、

「会長」

 なんて話しかけてきたのは3年生のさっき脚本の内容について話していた人。

「はい。何でしょうか?」

「これ、お願い」

 そう言って以前『本物』が生徒会室に持ってきたプリントを渡される。

「……分かりました」

 ここで「自分で出しに行ってください」と言えないのが私、『偽者』の辛い所。


 そうしてまたさっきの所に戻り、今度は場の空気を壊す。

 コンコン

「あ、はい。どうぞー」

「失礼します」

 中に入るとみんなさっきの場所のままだし、きっと実のある話し合いが出来たのだろう。

「あ、白ちゃん」

「榊先輩。これを届けに来ました」

 この部室の中で一番話しかけやすいその人にプリントを渡し仕事完了。

「じゃ、失礼しました」

 そう挨拶をしてそこから出て行こうとして、

「白ちゃんちょっと待って」

 なんて背中から聞こえる榊『先輩』の声。

(……無視したい、無視したいけど……)

「……何ですか?」

「今みんなで本の内容を詰めているんだけど、ちょっと煮詰まっていて、だから白ちゃんの意見も聞かせて欲しいの」

「私、その紙はちゃんと出しましたよ」

「でもあんな丸投げのような一言じゃなくて、白ちゃん自身の気付いた改善点みたいなのが聞きたいのよ」

「丸投げなんて……あれは私なりの最善の意見です」

 確かに榊会長が考えた、『記名式での沢山のアイデアを求める』という行為は葉山さんにプラスに働く可能性は期待出来る。

 でも大前提として、それこそ私なんかより、そして演劇部と生徒会のみんなよりもプロとしてその職業に就けた葉山さんの方が確かな目、つまり、『どんな話がより多数の人が面白いと思えるものかどうか正確に判断する目』を持っている筈。だからそのプラスは『単純に両方のアイデアをまとめて今の本の欠点を補う』というものじゃないと思う。

 それよりは葉山さんがその『多くの読者から寄せられた意見』から何らかのきっかけを掴み、スランプを抜け出すという効果を狙った方がいい。

(だって私達学生は単なる読者でプロの作家じゃないんだから、そんな私達がプロの人より良いお話を書けるとは思えないもの)

「……それに、私の『成績』を見れば一目瞭然じゃないですか、私にはそんな資質も才能も無いって」

 残念だけどそれが世の中の『常識』。まあそれ以外にもそれを測る物差しは、運動やら絵やら歌やら色々あるけど。

(私はこの学校ではどれも最低ランク。だから校内でのアンケートに自分のアイデアを出した所で、一番的外れで低レベルなものしか出てこないから、だからそう書いたっていうのに)

 そんな私だから将来、鏡花女子に通っていた事は数少ない自慢の種になる。一応高校のレベルならお父さんやお母さんにも勝ってるし、だから何としても『将来の自分のプライド』の為にも無事に卒業しないといけない私。

「じゃ、そういう訳ですから失礼します」

 だから、そんな余裕のある人の言葉をそう言って袖にする。

(だってそんな、『ボランティア』をする余裕なんてないもーん)



 それから数日後の放課後、生徒会室にて、

「ねえ白ちゃん、質問があるんだけど……」

「……またですか。今度は何についてコメントをすればいいんでしょうか?試験官さん」

 私は言葉以外の全てで「止めろ!」というメッセージを送りつつ、そう口を開く。だけど、榊『先輩』にはそれは効かなくて、

「食糧自給率についてどう思う?」

 なんて今更生徒会長としての面接のつもりか、それとも私がまぐれで合格したという事実を白日の下に晒したいのか知らないけど、こんな質問をしてくる。

(……もう!とことん嫌味な人!)

「意味の無い集計だと思います」

「どうして?」

「……じゃあ何の意味があるんです、この国の人の『国産の食べ物好き率』なんてものを表した数値に。ていうかお金を払って食べ物を買って食べてるんですから、何食べようと偉い人にとやかく言われたくないです」

 『国民生活を色々把握して何かに備える』というのは大事だと思うけど、でも現状食糧自給率という数値が国に何らかの貢献しているとは到底思えない。

(だって、それを上げたければ食べ物を輸入しなければいいだけでしょ?)

 そうすれば身の回りには国産の食べ物しかなくなって、簡単にパーセンテージをあげられると思う。大体外国産だから危険っていうのは乱暴過ぎる考え方だと思うし、それに他所様の家の食卓に何が並んでいるか知りたいだなんて、何だかストーカーみたい。

(まあ、当事者が教えたいっていうんならまた話は変わるんだろうけど)

「……うん、成る程ね。じゃあ次は……」

「………」


 その後もいくつかテストをして、そしてようやく演劇部へと向かうその人。

「……はあ……」

「涼子は一体、何を考えているんでしょうね?」

 隣でそのやり取りを見ていた田村副会長がそんな事を聞いてくる。

「知りませんよ。ていうか知りたくないです」

 多分いくつかはおばかな答えをしてしまったと思うし、でも自分ではどれがそのおばかな答えだったかも正直はっきりしてないから。

(……もしかして……)

 そこである可能性が頭の中に浮かぶ私。

「田村先輩、榊先輩って『実は覆面教師だった』なんて事は無いですよね?」

「……あの、覆面教師って何です?」

「自らの職を偽るあれです。調査員とかの」

「………」

 私のその言葉に絶句する副会長。


(……もしかして……本物……)

 『常識』で考えたら有り得ないけど、でも『私の常識』が確かなら、そもそも私が生徒会長になる事は絶対に無くて、

(……期末テスト。どれだけ点数引かれちゃうの私……もしかして留年とか……)

 改めてさっきの試験官の姿を思いかえしてみると、頭に浮かぶのはメモを取っていた姿。そしてこんな覆面テストを受けなければいけない時点でもう私は危険域だった筈。

(つまりは『完全無視』とか『分かりません』とかだったとしたらもう確定だった訳で、ならさっきの対応自体は完全には失敗じゃない筈……でも成功とも言えなくて……)

「……はあ……」

「……あの、会長」

「何です?」

「御心配なさっているような事は無いですよ。この学校に覆面教師なんて存在しませんから」

「だったら、どうしてさっきすぐ否定しなかったんですか?」

「それは……」

「後もう1つ、どうして榊先輩は演劇部の仕事がまだ片付いていないというのにこんな事に時間を費やしたんですか?」

 少なくとも2つ目のこれの明確な理由を田村先輩が知らない限り、今のが妄想染みた考えだとしても決定的に否定する事は出来ない。それはつまり、『田村先輩も榊先輩の意図を詳しくは知らない』という証明になってしまうから。

 だって、榊先輩は既に『秘密裏に動いて葉山さんを連れて来た』という事実があるし、ついでに何かを隠していても不思議はない。

(それが本当に覆面教師かどうかはともかく、田村先輩だって結果として事後報告で知らされた筈だし……それとも、私を会長に仕立てた時のように2人はグルなのかも)

「………」

「あの……会長?」

「……仕事します」

 私はそう宣言して副会長との会話を打ち切る。

 そうして机の上の仕事に取り掛かろうとして、

『生徒会長、生徒会長、校長が御呼びです。至急、校長室に来てください』

(……校長室に呼び出しって、もう結果が……)

「……はあ……」

 バタン


「失礼します」

 中に入って、驚いた表情を向ける校長。

(何よ、そっちが呼び出したんじゃない!)

「何の用ですか?」

「あ、ああ……じゃあとにかくそこに座って」

「はい」

 指示されたソファに座り、向こうの次の言葉を待つ。

「えーっと、まず話の前に……」

「何ですか?」

「……部屋に入る前には以後、ノックをするように」

「……あ……」

「分かったかね?」

「……すみませんでした」

そうして私の向かいのソファに座る校長。


「大澄君。君、榊涼子君は知っているね?君の前任者の」

「……はい」

「ではそのお父上がどんな人かは知っているかね?」

「……新聞社の方、ですよね?最近本を出した、とも聞いています」

「うん。で、ここからが本題なんだがね、どうやら先方は君に会いたいらしい」

「?……何でです?どうしてですか?」

「………」

 私の疑問には答えてくれない校長。

「彼は非常に大きな影響力を持っているんだ」

 その代わり、口にしたのはこんな言葉。

「ですよね。新聞に書かれる事は正しいというのが『常識』ですから」

 新聞記者はまず間違えない、ましてわざとなんて有り得ないというそれ。だから小学校とかの教材にも新聞が使われていて、ビジネスマンとかが毎日目を通してたりする。

(でも個人的には、間違えない人間なんて居ないと思うんだけどな)

 だけどその『常識』があるという現状、『新聞は絶対に正しい』という空気が出来上がってしまっていて、多分新聞社自身ももうその空気に逆らえなくなってるような気がする。

(イジメっ子が途中でイジメを止める事が出来なくなってるみたいな……なんてね)

「とにかく、これから会いに行ってくれないか?」

「これからですか!?……分かりました。じゃあ榊先輩に話して……」

「いや、娘さんには知らせず君1人で行ってきてくれ」

「……はあ……」

 そうして地図と住所が書かれた紙を渡され校長室を出る私。

(……榊先輩に秘密って事は、先輩関連の事で何かあるのかしら?でも何で私?普通辻さんでしょ?だって2人は幼馴染だし、何で……)


「………」

「……会長、どのような用件でした?」

 生徒会室に戻ってくるなり、隣の席の田村副会長がそう話し掛けて来る。

(……この人に対しては口止めされてないし)

「これから話す事は、榊先輩には知られないようにしてください」

「あ……はい」

 私は副会長がそう頷いたのを確認して、さっきのやり取りを話し始めた。


「……という訳です。ですから私、今日はもう帰ります」

「涼子の家に向かうのですか?」

「はい。正義の味方に逆らうなんて怖い事したくないですから」

(どうせ私みたいな雑魚、向こうからしたら必殺技使うまでもないでしょうし)

「ですから榊先輩には適当に言っといてください……いきなり奇声を上げて走り去ったとか」

「はい?」

「冗談です。じゃ、後はお願いします」

 私は荷物をまとめつつ副会長にそう言い、こっそりと生徒会室を後にする。

 廊下を歩きつつ、地図を確認。

(……結構遠い。昨日の話し方だとお母さんもう家に居るだろうし、どっちにしろ交通費貰わないと無理だし)

 校門をくぐりながら家に電話。

「もしもし」

「あ、お母さん。よく分からないけどお金頂戴」

「………」

 電話口が一旦静かになる。そして、

「……あんた詐欺師?」

 なんて物騒な事を言ってくる。

「何で!?」

「じゃああんたの名前は!?」

「大澄白」

「お父さんの名前は!?」

「春樹」

「私の名前は!?」

笑子えみこ……ってこれ、いつまで続けるの?」

「とにかく!そんな話は顔を合わせて直接なさい!」

「……分かったわよ」


 そうして家に帰って、お母さんにその紙を見せる。

「ならちゃんとそう説明しなさい!言葉が少な過ぎるのよ!」

「じゃあお母さん、長々とこんな事を話してたら信用した?こんな訳分かんない用件でさ?」

「……しなかったわね」

「でしょ?あーあ、お母さんにならちゃんと通じると思ったのにな」

「はいはい、ごめんなさいね。じゃあこれ、ちゃんと財布に入れて、胸ポケットとかにしまってすぐ取り出せるようにしなさいよ」

「……小学生じゃないんだから」

 そう言いつつも、珍しく諭吉さんが入ったそれをお母さんから受け取って何だか少し嬉しい私。

「後、なるべく人通りの多い明るい場所に居る事。分かった?」

「分かってる。じゃ、行って来ます」


 そうして滅多に逢えない諭吉さんともあっさりお別れをし、目的地である正義の味方の本拠地へ到着。

(……でも『本拠地』って何だか、悪者の居場所のようにも聞こえるような……まいっか)

 ただ、どちらにしても庶民の私にとっては威圧感が半端無いその純和風の建物。周囲は木製の塀に囲まれていて、そして屋根の大きさから判断して建物は勿論、庭もかなり広そうな印象を受ける。

 まあ、鏡花女子の校長が無視出来ない存在なんだし、これぐらいは当然なのかもしれない。

(……さすが『本物』。とにかく、向こうを怒らせないようにゴマすり頑張らないと)

「……行くわよ、私」

 インターフォンを操作するとスピーカーから聞こえるこんな声。

「どちら様でしょうか?」

 モニターに映し出されたその顔は、先輩のお母さんと思われる女の人。

「あ、あの……私、大澄白です。えっと……」

「旦那様から承っております。どうぞ」

 その声のすぐ後に、木製だと思っていたその門が自動で開かれる。

(電動!?……それに、今の話し方って……お手伝いさん?)

「……住む世界が違うって、こういう事を言うのね」

 左右に広がる和風庭園を見ながら石畳の上を進んでいって玄関。

「お待ちしておりました。どうぞ、こちらです」

「……どうも」

 玄関で待っていたそのお手伝いさんに先導され、次は長い廊下。そして廊下の窓ガラスの向こうにはさっき横切った庭園があって、

(ドラマとかで見る高級旅館みたい)

 そんな感じで、どんどん格差というものを実感してしまう私。

(……しょ、庶民魂……負けるもんか)

「では、この中でお待ちください」

「……はい」

(!?)

 声を出して、その自分の声の小ささに驚いてしまう。

「……は、はい!」

 改めてそう声を出して、今度は通じたのか軽く頭を下げ去っていくお手伝いさん。

(……負けるもんか)


 深呼吸をして中に入る。中には高級そうな家具が並んでいて、いかにも『セレブ』なその雰囲気。一応ソファはあるものの、何だか『それ自身』が私如きが座るのを拒否しているような気がして、

(そんな訳ないんだけどさ……ていうか家具のくせに人間様に気を遣わせるんじゃないわよ!)

 なんて事を考えつつ、結局座れない私。

(……トイレの場所聞いておけば良かった。こんなに緊張するなんて)

 気を紛らわせる為に携帯を開いて時間を確認。

(……もう7時。榊先輩が後どれぐらいで帰ってくるのかは知らないけど、もしここで会ったら完全にパワーバランスひっくり返るわね)

 一応今は口だけなら同級生のような感じで話せているけど、もしここで御令嬢のその姿を見てしまったら、小市民の私には今まで通りというのは無理だと思う。

(というか、既にあの人に関わってしまった自分というのを猛烈に後悔してるし、一体いつまでこんな非日常……どこから間違えちゃったの?私)

 そうして過去を振り返ろうとした所で、何となく誰かが来そうな気配。

(……とにかく、今は負けないようにしないと)

 もちろん具体的に榊さんと何か対決をしたりとか、なんて事はまず無い。だけど向こうは何か用があって私を呼び出した訳で、つまり私に何かをさせたいんだと思う。

 つまり私がやる事は、まずはその『何か』を聞いて、自分にとって『益』となるか、それとも『害』となるかというのをしっかり見極める事。そこで益となる場合は向こうの言う通りにすればいいだけなんだけど、そうならない可能性もある訳で、

(負けないようにしないと。頑張れ!私!)


 室内に男の人が入ってくる。その身長は当然女の私より大きくて、多分お父さんと同じ位。

 ただその雰囲気はお父さんとは全然違っていて、まあそれは着ている服のせいかもしれないけど、『素朴さ』を引いて代わりに『センス』を加えたみたいなそれ。

 その人は立ったまま私の方をジッと見て、

「ほう……君が娘の後任なのか」

 なんて言葉を投げかけつつ、ソファにドカッと座る。

「………」

 対して私はというと、無言で頭を下げるだけ。

(……だって、ずっと鋭い目でこっち見てるし。声を出しても「声が小さい!」ってかえって怒られそうなんだもん)

 というのも、その人は物書きだというのに、体ががっしりしていて何となく体育会系の匂いもしたから。

「座らないのかね?」

(……よし!)

「結構です」

 そう気合を入れて声を出してみると、今度は思いの他まともな声が出せた私。

「そうか」

 そしてその一言はちゃんと向こうに通じたようでそんな返事が聞こえる。

(……この調子この調子)

 とはいえ、現状出来た事は『ただ喋れた』というだけ。それに私はこういう自分に自信を持っていそうな人は苦手で、それはやっぱり体に染み付いたイジメられっ子としての習性なのかもしれない。

(とにかく、さっさとこんな面倒事終わらせないと)

「……あの、何の用なんです?涼子先輩が帰ってくる前に話を終わらせないといけないんじゃないですか?」

「………」

 すると何故か不自然な間を取るその人。

「君は、知らないのかね?」

「何がです?」

「娘はもうここでは暮らしておらんよ」

 それは今の私にはとっても厄介な事実。

「聞いてなかったのかね?」

「……はい」

(それじゃ、向こうの思う存分付き合わされる可能性もあるって事じゃない!)

「だから時間の事は気にしなくていい」

 その向こうの時間に関する言い方を聞いて、私の体に悪寒が走る。

(!?……そ、それって!?)

「……何を……言ってるんです?」

 口では気付かないような言い方をしつつも、そっち系の危険を感じ、更に男との距離を取る私。

「……いや、そんな事はしないよ。心配しなくていい」

 なんてその男は言うけど、この場面でその言葉を信じれる人は居ないと思う。

(少なくとも私は信じない!)

「……失礼します」

 だから私はそう言って逃げようとすると、

「……仕方無いな。ならこれを」

 そう言って1枚の封筒を投げて寄越してくる。私は一瞬躊躇したものの、とにかくそれを手にし、急いでそこから逃げ出す。

「……色よい返事を待っているよ」

 そんな言葉を背に本拠地を後にする私。


(何なのよもう!そんな危険性なんて全然考えてなかったわよ!だって榊先輩の暮らしている家だと思ってたし!校長も何考えてんの!?)

 ピ

「もしもし、どうしたの?」

「あ、お母さん!……うん、今から帰るから」

 声を聞いて一呼吸置いて、割合落ち着いた返事が出来た私。

「そう、分かったわ」

「……うん……じゃあ……」

 携帯を切って、周囲に気を配りながら駅へ向かう。


 駅に着き、そのまま中に入ろうとして、

「……おう」

(!?)

 肩に触れる感触に凄い勢いで振り向いて、そして固まる私。

 一方、相手の方も、その私の過剰なまでの反応にかなり困った表情をしていて、

「……えっと……ごめんなさい」

 だから私はお父さんにそう言って謝る。

「あ、ああ……母さんから話を聞いて迎えに来たんだ」

「……ありがと」

「え、えっと……何か……あった……のか?」

「う、ううん……大丈夫」

「……そうか。じゃあこっちに車があるから……」

「あ……うん」

 そうしてお父さんに付いていくようにして車に乗り、家へ。


「………」「………」

 よく分からないけど、車内に立ちこめるこの緊張感。

 最近、お父さんと2人だけになるとどうしてもこうなってしまう。せめて原因が分かれば何とかなるかもしれないんだけど、

「……あ、あの、さ……」

 そう思っているとお父さんのこんな声。

「う、うん。何?」

 返事をする私だけど、ある意味さっきよりきつい緊張感の為、どうしてもすらすらとは話せない。

(……訳分かんないよー)

「白は……将来どんな仕事をしたいんだ?」

「……え?」

 すると耳に入ってきたのは真剣なお父さんの声。運転中だから前を向いているけど、表情も声同様真剣で、

「前、母さんと話していたのを聞いたんだが、専業主婦とか言っていただろう」

「あ……う、うん」

(私の将来の事心配してるんだ。だからこんな緊張感……)

 そう思っていると、

「……もしかして、そういう相手……居るのか?」

「!!?」

 その後にこんな言葉を続けてくるお父さん。

(そ、そういう意味になっちゃうんだ!ぜ、全然気付いてなかった!……そうよね、主婦って事はつまり結婚って事で、それは相手が居ないと無理だから……)

 改めて考えてみると、割と最近もお母さんにそう答えていた気がする私。

「……え、っと……そ、その……」

 とりあえずそのお父さんの言葉で、原因は分かったんだけど、でも私にもちっぽけだけどやっぱりプライドはあって、

(……言いたくない。今まで居た経験すら無いなんて)

 だけどお父さんは、どうやらまるで逆の想像をしているらしくて、

「あ!?そのな、居るなら居るでいいんだ!ただ、なんと言うか……えっと……どうなんだ?」

「………」

(……あう……)

「……そ、そうか……言いたくないか。ま、まあ、白ももう自分で考えられる年齢だしな……そうか……」

 なんて、自己完結しちゃいそうなお父さん。それを見て私も覚悟を決める。

(……分かりましたー、もう正直に言いますー)

「い……居ません」

「え?」

「恋人も彼氏も……今まで居た経験……ありません」

「……そ、そうか……良かった……」

 するとお父さんは一転晴れやかな顔になり、車内にあった筈の緊張感は消えたんだけど、

(良くないわよ!もう!)

 今度は私の方が、羞恥心のせいでお父さんの方を見れなくなっていた。


「ただいまー」

「……ただいま」

「おかえりなさい、2人共……って、どうしたの?」

「いや、何でもないから。な?白?」

「ううう……そうよ!何にも無いのよ!」

「はあ?」

「それより母さん。お風呂は?」

「ええ、もう入れるけど」

「そうか」

 そしてそのままルンルンみたいな感じでお風呂場へ向かうお父さん。

「……白、何があったの?」

「私に人間的魅力が無いって事。後はお父さんに聞いてよ!」

「え、ええ……分かったわ」

 私があまりにも無様に見えたのか、少し気まずそうな顔をするお母さん。

「後……はい!」

 ついでに、さっき渡された封筒もお母さんに渡す。

「何?これ?」

「分かんないから、中確かめておいて」

「え?でもこれ、白宛じゃ……」

「弄りたくないの、それ」

(だって、あんなやり取りをした人からの封筒なんて、正直すぐ破り捨てたかったぐらいだもの。だけど、まあ、もしかしたら、というか多分、私の早とちり、のような気も、少ししてくる気も、するから、それをしなかっただけなんだけど……)

「とにかくお願い」

「じゃあ、後でお父さんと確かめるけど、いいのね?」

「……うん」

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