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ヨモギ  作者: 横文字苦手
生徒会会長編
12/24

平凡な主人公

「412名中94位」

 その順位はそれこそ、中学時代の私からしたら決して悪くは無い順位だったんだけど、

「……はあ」

 隣でその結果を見た副会長がそんな溜息を漏らす。

「……すみませんでした」

 そしてもうすっかり恒例になってしまったこれ、生徒会長の謝罪。というのもみんなは30位以内に入っていて、しかもトップ3まで鏡花女子独占。

 それは榊先輩と田村副会長と後1人、

「ま、まあ、誰にでも苦手なものはあるんだから、あんまり気にしない方が……」

 と今こんな声をかけてくれている中川さんがなんと3位。

「う、うん」

 正直自分に得意なものなんて何1つ見つけられないけど、でも中川さんの言葉に真心が感じられるのが嬉しくて、

「ありがとう」

「まあ、白ちゃんには成績では測れない能力があるからね」

 だけど、そんな私にこんな白々しい言葉を投げかける人も居て、

「………」

「あら?どうしたのよ?白ちゃん」

「榊先輩のその言い方、かえって馬鹿にされてるような気がします」

 だってそんな超能力みたいなもの、普通の人間にあるわけないから。

「そんなつもりは無いんだけど、『それ』って何となくだけど白ちゃんが自覚したら無くなっちゃいそうな気がするのよ」

「……そうですか」

(そんな簡単に出たり消えたりする能力なんて、あるわけ無いじゃない!)

「まあそれはそれとして、白ちゃん」

「何です?」

「香代子から聞いたわよ。どうして昨日顔を見せてくれなかったの?」

 昨日のその私の行動に不満があるのか、そんな事を言ってくるその人。

「どうしてって、あの人だかりの中でわざわざ顔を合わせる必要は無いじゃないですか」

 それに今まで大体の場合、通行人Aとして何事も無く過ごせていた私。だから私服にもそんなに気を遣っていなくて、そんな私に「多くの人が集まっている場所に私服で現れろ」というのははっきり言って拷問と同じ意味だったりする。

「ほら、一昨日言っていたじゃない。私の父がどうとかって」

「あれは冗談ですよ。どうして単なる一学生の私が新聞社の人の手を借りなければいけないようなトラブルに巻き込まれると言うんです?」

「まあそうだろうけど。でも折角の機会だったのに」

「御縁が無かったという事ですよ。それより今日はこれからどうするんです?特に仕事は無かった筈ですよね?」

「はい。今日済ませなければならないものはありませんね」

「と、田村副会長が言ってますよ榊先輩?」

「……分かったわよ」

「という訳です。皆さんご苦労様でしたー」


 各々が帰り支度を整え生徒会室から出て行き、私も同じように帰ろうとすると、

「白ちゃん。一緒に帰らない?」

 なんて私を呼び止める榊先輩。

「私歩きですけど、いいんですか?」

「って事は家は近いの?」

「はい、そうですけど……もしかして、家まで付いてくるつもりですか?」

「えっと……いい?」

「……別に構いませんけど、何にもないですよ」


 そうして、昨日に引き続き今日もお客さんが私の部屋に居て、

「………」

 無言で室内を見回す榊先輩。

「別に珍しい物なんて無いですよ」

 というか、正直物自体が無いと言った方が正しいかもしれない私の部屋。

 机椅子の他にあるものと言えば、部屋の一角に畳まれている布団に制服や私服を掛ける為にあるクローゼットと後は小物ぐらい。私は本を何度も読み返すような事はしないから、専ら借りるか立ち読みで済ませていて、だからここにあるのは小さい頃おばあちゃんとかに買ってもらった絵本が数冊だけ。

 ぬいぐるみとかも、ここに置くとプチが対抗心みたいなのを燃やしそれを攻撃しだしちゃうから殆ど無くて、だからかなり殺風景な印象になってしまっている。

「……ふーん」

 そしてそんな私の部屋を先輩と同じように見回している先輩。

(昨日の人といい、確かに変わってるかもしれないけど私の部屋を観察する事に何の意味があるっていうのかしら?)

「で、何か用でもあるんですか?」

「うーん、取り立てて用、というものは無いんだけどー?」

「何ですかそれ?」

 そしてまた昨日のように意味不明なその様子。

「何かあったんですか?」

 大塚先輩と、という意味でそう聞いてみるけど、

「え?何かって?」

 なんて曖昧な答え。

「……いえ、何でもないです」

 そうしていつもなら帰ってすぐに部屋着に着替える私なんだけど、榊先輩が居るからそれも出来ない。

(だって、わざわざセンスの無い自分の姿なんて晒したくないし)

 だから私は向こうが何か話し始めるのを待つ。

「白ちゃんって、よく本読んでるわよね?」

「はい。それが?」

「好きな作家さんとか居たりする?」

「ええ、居ますけど。知ってます?葉山知っていう作家さん」

「!?」

 その名前が意外だったのか、少し驚いた様子の先輩。

「どうかしたんですか?」

「う、ううん。何でもないの」

「……もしかして、面識あるんですか?」

「え、えっとまあ……」

「そうですか」

(ま、先輩のお父さんも作家なんだし、同僚みたいなもんでしょうしね)

「……えっと……」

 そう考えていると、先輩が不思議そうな声を上げていて、

「どうかしました?」

「白ちゃん、サインとかそういうの頼まないの?」

「サイン、ですか?……いえ別に」

 だって私以外にも葉山さんのファンの人は沢山居る筈で、なのに私1人の我が侭でその貴重な執筆の時間を潰すのは申し訳無い。

 というか『サイン』なんて発想自体が頭の中に無かった私。だから貰ってもすぐに忘れて失くしてしまうような気がして、

「それに新刊が一番のファンサービスだと思います。だって私はそっちの方が嬉しいですから」

 だからその申し出を断る。

「そう?」

「はい。それに私は作家さんに人間性を求めたくないですから」

 それこそ私には、読者を楽しませる感動させるという目的の為に創られた『物語』というその作家さんの提供してくれた新しい世界だけで十分。だって折角自分の能力とかそんな現実に左右されずに済むそれを、わざわざ現実になんて絡ませたくないから。

(そして多分、みんなそう思っているからこそ、この国はそっち系が発展したんだと思うんだけどな?)

「ただいまー」

 そんな事を考えていると、玄関から聞こえるお母さんの声。

「あ、先輩。時間、大丈夫なんですか?」

「……そうね。じゃあ、そろそろ……」

「白、誰か来てるの?」

「あ、うん。学校の先輩が来ていて……先輩、これが私のお母さんで、で、こっちが榊先輩」

 そうして、リビングでお互いをそう紹介する私。

「……お邪魔してます」

「いいえ。いつもこの子がお世話になって……」

 なんてお互い丁寧なやり取りなんだけど、

「………」

(何で緊張感があるのかしら?)

 よく分からないけど、「嫁と姑の争いってこんなんなんだろうなー」みたいなその光景。だけど私はそもそも女だし、多分榊先輩はそんな趣味じゃないだろうし、そんでもってお母さんも学校の成績は良かったらしいから、

(……やっぱり頭の良い人の考えてる事って、訳分かんない)

 私の中ではこんなお決まりの結論しか出てこなかった。


 それから数日後。

「ねえ白ちゃん会長、前話していた好きな本って、これの事よね?」

 放課後の生徒会室、みんなの居る前である本を手にしている榊先輩。

「……そうですけど。それが?」

「やっぱり!」

 何がやっぱりなのか、いきなり部屋中に聞こえるようなそんな大声を上げる。

「?」

「白ちゃん。あなた、この本をどうやって目にしたの?」

「どうやってって、本屋で普通に見かけて……」

(そして図書館に要望を出して、借りて最後まで読んだんだけど……)

 それ自体は別に犯罪ではない筈なんだけど、でもそれを出版関係の人には言い辛くて、

「あ、あの、何が言いたいんでしょうか?」

(まさか、「お金払え」とか言われるんじゃ)

 そんな事を考えつつ先輩の方を見る。

「………」

(私の事を睨んでる……いいじゃん別に。学生は貧乏なのが普通なんだから)

「……白ちゃんは、これを読んで違和感は抱かなかったのよね?」

 そして真剣な表情のままこんな事を尋ねてくる。

「え?ええ、はい……そうですけど……」

「じゃあ、どう思ったの?」

「どうって……その……私以外にもこう考えてる人は居るんだなー、と」


 小、中と、それこそ普通の人と同じように学校生活の中で必ずしも人間関係が上手くはいかなかった私。小学校の頃は、この生来の鈍臭さのせいでイジメの標的にされた時期もあったし、対して中学校の頃は、自分がその標的になるのを避ける為、場の空気を最優先した結果、私以外のある人の事を私も他のみんなのように無視したりもした。

 そしてそんなクラスの中で、たまに心の時間とかいって「イジメは止めよう」みたいな内容の本をそれこそクラス全員で読んだりしたりとかもしていた。

 だけどそれが『綺麗事』だっていうのは、多分私以外にもみんながそう思っていただろうし、そしてみんながそう思っていたからこそ、その後もその空気は暫く続いたんだと思う。

(それにその時の担任が全く気付かなかったというのもいまいち……まあ、私も同罪なんだけどさ)

 ただ1つ確実に言える事は、「あの時私には自分が被害に遭う事なく自らがその行為に手を染めない方法というものは存在しなかった」という事だけ。だって私は『彼女より目立たなかったから』中学ではその標的にならなかっただけで、だけど場の空気に逆らうなんてそんなことやったら、それこそ目立たない訳がないから。

 そして学校の外には「イジメは絶対に許すな」って標語も貼られていて、それこそ『場の空気』を許さないなんて訳分かんなくて、だから結局は、「それに逆らって自らが標的にならない自分が悪い」って非難されてるようにしか思えなかった。

(で、この本の主人公は自分がイジメられたその過去を自らが発明したタイムマシンで変えてしまって、だけどそうしたら自分がタイムマシンを発明したという未来自体が無くなってしまって、結局同じ時代を繰り返す羽目になったという話だったのよね)

 そしてこれが不評だったその理由が、内容が『中途半端』だったから。

 前半は少年時代、そして後半は大人の主人公が描かれていたんだけど、どうやら世間の評価では、後半はまるまる蛇足らしくて、「前半のイジメに関する所だけなら学園物としてそれなりだけど、後半のファンタジーを入れる事によって、全てが薄っぺらくなってしまう」らしい。

 だけど私にとっては、その『薄っぺらさ』が、なんというかそのイジメという問題を『軽い事、誰でも経験している事』みたいにある意味肯定してくれてるように思えてとても心が軽くなった。実際、当時その中心となってイジメをしていた人と無視されていた人は、今も普通に同じ高校に通っているらしいし、だから「みんなそんな事を経験して大人になっていくんだ」とそう解釈していた私。


 だからそのお話とそのお話を書いてくれた作者さんに好感を持てていた訳なんだけど、

「で、それがどうかしたんですか?私が何を好きだとしても、先輩には関係無いと思うんですけど?」

だってそんな私の好みなんて、いくら先輩でもとやかく言われたくない。

(まあでも、もしそれが『罪』でその『罰として生徒会長を罷免してくれる』っていうんなら喜んでその罰を受けるんだけどな)

「………」

「……先輩?どうかしたんですか?その本の事を聞いてきたと思ったらいきなり黙り込んで」

 そして、今度は1人で考え込んでしまう先輩。よく分からないけど、色々忙しそうなのでその人を無視して、

(……んーっと、『舞台の手伝い』って演劇部の人も中々に無茶なご要望を。せめてもうちょっと具体的な仕事内容を書いてもらわないと……)

「白ちゃん」

 そうして誰に白羽の矢を立てるか考えていると、『考える人』が終わりまた話し掛けて来るその人。

「……まだ何か?」

「実はある人に会って欲しいんだけど……」

「どなたにです?」

(……うーん。とりあえず、ここに書いてある近藤さんって人、2年生らしいから万能な副会長にお願いしてみようかしら?それでもし不都合があったらその時に対応すればいいし……)

「葉山さん。この本の作者」

「………」

(……えーっと……)

「何でです?」

 いきなりそんな妙な提案をしてくるその人を方を向いてそう尋ねる私。

(この人、どういう考えの結果こんな事を?訳分かんない)

「えっとね、実はその葉山さん、本名は葉山知佳はやまちかさんって言って女の人なんだけど、彼女スランプらしいの。この本書いてから」

「そうなんですか」

「で、会って元気付けて欲しいの」

「そんなの……他にもその方のちゃんとしたファンの方が居るでしょうし、そっちに頼んでください」

 一瞬好奇心が顔を出したものの、どうしてもそんな『コネ』を使った会い方というものに嫌悪を感じてしまう。

(それに私って、本当の『ファン』じゃないような気がする。だって今まで男の人だと思ってたし)

「でも、葉山さんって実はあんまり人前得意じゃないのよ」

「私だって苦手です。榊先輩がどんな考えでそんな事を思いついたかは知りませんけど、これ以上私にそんな『イベント』を持ってこないでください」

 そもそも、この人は私に何を期待しているのだろう。単なる一学生の私に、プロの作家さんがスランプから抜け出せるような『何か』が起こせるとでも思っているのだろうか。

(それこそ学生という違う世代に何かを求めるというのなら、私だけと会うより、その作家先生が直接学校に来て沢山の学生と交流した方が遥かに有意義だと思うのだけど)

 でもそれは口にしない私。だって、今それを言ったら、『生徒会長がそういう提案をしたから』って理由付けに使われちゃうから。

「それより榊先輩。手が空いているようでしたらこれ、お願いします」

 だから私はこの手の掛かる厄介そうな要望を副会長と同じく万能のその人に押し付ける。

「え?……何、これ?」

「演劇部の『お手伝い』だそうです。どんなお手伝いかは知りませんが、きっと多岐に渡っていると思いますから、詳しくは向こうに直接聞いてください」

「……白ちゃん」

「お話は今ある仕事が全て片付いてからにしてください、榊前会長」

 そして押し殺し切れなかった感情がこんな皮肉となって口から出てくる。

(ていうか作家先生を心配するのは結構だけど、こっちのキャパシティーも少しは心配しなさいよ!いくら自分が生徒会長じゃなくなったからって!)

 最近こんな感じの、他の部からの助っ人みたいなものも増えてきている今の生徒会。人気投票の効果がこんな形で来るとは思っていなくて、なのにこの元凶である榊先輩ったらまた更に仕事を増やそうしている素振りを見せていて、

(もう!そんなに仕事がしたいのならどんどん押し付けてやるわよ!)

 私は榊先輩の背中にそんな心の声をぶつけていた。



「……ふあ……」

 朝リビングにて、睡魔と戦闘中の私。

「白、欠伸なんてして。昨日は何時まで起きてたの?」

「えっと……試合の中継が終わったのが、確か2時……」

「で、何時に寝たの?」

「……多分、3時」

 勝利の興奮で気分が高揚して眠くなくなって、そしてだらだらと1時間起きたままで、

「……顔、もう1度洗ってきなさい」

「……はーい」

 そして今現在そのツケを払わされている訳だったりする。

「プチちゃんもいい迷惑よね。マスターがこんなんで」

 洗面所で顔を洗っていると、リビングから聞こえるこんな声。

「何言ってるのよお母さん!プチだって試合を楽しんでいたんだからね!」

「……ならいいんだけど。でも白、自己管理はしっかりしなさいよ」

「はーい」

「じゃあ後は早く支度して、車に気をつけて、いってらっしゃい」


 そうしていつものように小言に背中を押されつつ家を出て、無事に学校に到着。

(ま、当然なんだけど。えっと、それで確か1限目は……)

「……ふあ……」

 どうやら昨日の眠りが浅かったらしく、未だに漏れてくるこの欠伸。テスト前の一夜漬けが恒例の私だけど、緊張感というものが欠如するとこんな結果になるみたい。

(……まあいいや。どうせ今日は集会とかの生徒会長としての仕事なんて無いし)

 そうして自分の机にへばりつくような格好で、先生の言葉からいつものように考査テストの要点(弱点)になりそうな所に目星をつけていく時間を過ごして、昼休み。

「………」

 お昼を食べたら体が起きるかなと思ってたら、かえって眠くなってしまった私。だもんでこの後の時間を確認して、そして移動教室じゃないのを確認すると、落ちる事にした。

(……おやすみなさい)


「……あの、会長?」

「……んー?……なーにー?おかあさ……あ……」

「え、えっと……」

(!?)

 その戸惑った表情を見て一気に眠気が吹き飛ぶ。

「……何でしょうか?」

 とりあえずさっきの一言を無かった事にしてその人、辻さんに話しかけると、

「あ……う、うん。今、放送で……」

『生徒会長、生徒会長。3年、榊涼子さんが生徒会室へ呼んでいます。至急そちらへと向かってください』

「……だって」

「……ありがと」

 と、少なくとも2度目となる筈のそんな校内放送が聞こえてくる。

(何でこんな『何でもない日』なのに呼び出し……何のつもりか知らないけど、勝手にやってりゃいいじゃない!もう!)

 時計を見るともうすぐ次の授業が始まってしまうという時間。

「これで授業に遅れても、私のせいになるの?」

「……さあ?」

『生徒会長、生徒会長……』

「ああああ!もう分かったわよ!遅刻すればいいんでしょ!」

 スピーカーにそう文句を言って、生徒会室へ向かう。そうして廊下を歩いている間にだんだんと頭が落ち着き、それと共に色々嫌な事が目に付く。

(「お母さん」が恥ずかしすぎて色々失敗してるし。学校であんな大声出しちゃうなんて)

 それこそ放課後の生徒会室での、対榊先輩みたいな反応をしてしまった私。というのもあの人は私をこんな厄介事に巻き込んだ張本人だし、だから被害者の私はこんな感じで口だけは強く出れるんだけど、

(今の教室の空気だと多分大丈夫だと思うけど、「調子乗り過ぎ」とかいって目を付けられたりとか、やだなあ)

 現実にそうなったらそれこそ榊先輩や田村副会長のような上級生か先生に頼るしか方法が無いし、そしてそれをした所でその人達は私とはクラスが違うから結局はその人達がその場に居る時しか抑止力としては効果が無い。それに行為としてそれが完全に無くなったとしても、そのわだかまりは消える事無く、より陰湿な形の『無視』とかになってしまうと思う。

「……大丈夫大丈夫。みんな良い人。きっと」


 生徒会室の扉の前に立ったタイミングでチャイムの音が聞こえてくる。これで本日5限の授業において私の遅刻が決定した訳なんだけど、

(……何の為に生徒会やってるのかしら?私)

 冷静になって考えるまでも無く、相反しているこの結果にこんな疑問が浮かんでくる。

 一応ノックをして、

「どうぞー」

 という榊先輩の声を聞いてその扉を開ける。

 中に居たのは私を呼び出したその人と、後知らない女の人。年齢は多分榊先輩よりも上で、おそらく社会人。ただ確実なのは、その人は鏡花女子の制服を着ていなくて、つまりお客さん。

「……こんにちは」

 だから文句を言う前に一応その人に挨拶。

「あ……どうも」

 そして私と同じように頭を下げる結構腰の低いその人。

(一応これで問題はなし、と。後は……)

「榊先輩、用は何です?」

「え?」

「ですから用件!人の平常点をわざわざ奪わなければならないようなその大事な用件、何なんです!?」

「あ、うん。この人の事なんだけど」

 私の言葉に対し、そう言ってお客さんを盾にしてくる先輩。

(……卑怯者)

「どなたです?」

「あ、始めまして。私の名前は葉山知佳って言います……えと、これ」

 そう言って両手で私に対し何かを差し出してくる。

「……ど、どうも」

(思わず受け取っちゃったけど、どうすればいいのこの名刺?……財布に入れれちゃおう)

「知佳さん今は割と時間に余裕があるし、だったらこうすれば白ちゃんの負担にもならないと思って、ね?」

 そして私がそれの対応に困っている間にそんな理由を話され、

「でも、その……すみません。授業中なのにこんな事をして……」

 その上、作家先生にまで恐縮した素振りでそんな言い方をされてしまう。

「……いえ、気にしないでください」

 だから私は、心にも無いこんな言葉を口にしなければならなくなる。

「本当にすみません」

「いえ……本当に大丈夫ですから」

(……ひきょうものー)


 来客用のソファ、つまり普段プチのステージの観客席になっている場所に腰を下ろす私。そしてステージを挟んだ向かいに榊先輩と作家先生。

「それで、葉山さんをここに連れて来てどうするんです?」

「うん。実はこれを手伝ってもらおうと思っているの」

 なんて榊先輩が取り出してきたものは1冊のノート。

「何です?このノート」

「何だと思う?」

「………」

「ん?どうかした?白ちゃん」

 目の前のその人はというと、こんな授業中という時なのにこの態度。

「分からないので失礼していいですか?」

「冗談だって。ちゃんと説明するから」

(話は簡潔にしなさいよ!もう!)

 そうしてそのノートを開く榊先輩。そこには綺麗な字で文章が書かれていて、

「前、演劇部から要望があったの憶えてる?お手伝いってやつ」

「ええ」

「その手伝いの内容っていうのが、『新しい演目を考えて欲しい』ってものだったの。だから」

 なんて、葉山さんをさす先輩。

「それで何で、『プロの人に頼む』っていう答えが出てくるんですか!?……単なる高校の部活動に」

「白ちゃん、それって演劇部の人に失礼じゃない?」

「……お金はどうするんですか?プロの人に依頼するって事はどうしたって……」

「あ、それは大丈夫です!」

「……と本人は言ってるし、問題無いでしょ?」

 こんな大人のドロドロの臭いがしそうなそんな提案をしてくるお二方。

「………」

(何考えてるんだか?高校の部活動って、そもそも実社会とは無関係な所に良い所があるっていう話じゃなかったの?)

 少なくとも野球に関しては、実際の所はともかく建前としては現状それを強調しようとしている素振りが垣間見えるんだけど。

「……あの、駄目、でしょうか?」

(そしてこの人もこの人で大人でプロのくせに腰が低いし……まあ早い時点でプロに触れる事は良い刺激になる、ってテレビで言ってたし)

「ご自由に。ですけどそちら関係にはちゃんと話は通してからにしてくださいよ」

「え?そちらって……」

「出版関係ですよ。向こうにはお金を請求してこっちに請求しないとなるとあっちの人は良い顔しないでしょうし、裁判沙汰なんて絶対止めてくださいよ!」

「は、はい!」

(まあこんなの榊先輩が気付いてない訳ないんだろうけど、どうなっても知らないから!)


 放課後の生徒会室。今ここにはあの人達は居ないんだけど、みんな演劇部の部室に居る筈の2人が気になるのか何だかいつもと空気が違う。

 まあそれは学校に作家先生が来るというイベントが滅多にない普通の学校の学生にとっては当然なのかもしれないけど、その影響力が変な方向に行ってしまいそうな浮き足立ったこの空気は私にはとっても居心地が悪い。

 だって、イジメが始まる前のお互いがお互いの様子を探っている状況にとてもよく似ているから。

「……はあ……」

「みんな!落ち着きなさい!」

「あ……え、ええ」

 副会長のこんな声も、1、2年生はともかく3年生にはあんまり効果が無くこんな感じで、そんな私の頭には今、『群集心理』なんて言葉まで浮かんでいる。

(失敗した。あーあ、副会長に頼んでおけばこんな事にならなかったのに)

 そうすればまず作家先生が学校に来る事は無かっただろうし、そしてもし仮に榊先輩がごり押しして来たとしても、今ここにその仕掛け人が居れば場の空気を引き締められた筈。だけど今から配置換えなんて指示したら、ここに居るみんなに『3年を顎で使う偉そうな1年』という印象を持たれるのは目に見えてるからもうそれは無理。

「……はあ……」

 正に、1年が生徒会長という歪な現実が招いてしまったこの事態に、私はもう溜息をつく事しか出来ない。

「会長、どうしましょう?」

「……私、ちょっと席外します。今の状況ではここで私の出来る事は無さそうですから」

「え?ですが……」

「『本物』が戻ってくるまで静観する他無いと思いますよ。じゃ」


 コンコン

「失礼します」

 職員室の中に入り、目的の人を捜すが見つからなくて、

「あ、斉藤先生、生徒会のプリント持ってきたんですけど今井先生は?」

「ん?……居ないようだな」

 私と同じ方向を見て同じ判断をする先生。

「すぐ戻ってくると思います?出来れば早めに見てもらいたいんですけど」

 そんな私が今持っているのは生徒側からの要望書。中には早急に判断が欲しいもの、具体的には運動部の備品消耗品関連の予算の内訳とか、夏の大会の前に間に合わないと意味の無いものもあったりする。

(というか何でいちいち生徒会を間に挟むのかしら運動部の人も。要望ぐらい誰でも出せるでしょうに……まあ成功率は知らないけど)

「多分、もうすぐ戻ってくるだろ?」

「そうですか。じゃあ廊下で待ってます」

 成績が良くないせいか、やっぱり職員室というのは居心地が悪い私。だから自発的に廊下で待ってようとしたんだけど、

「ああ、待て大澄」

 なんて、何故か呼び止められてしまう。

「?」

 その理由に全く心当たりがなくて、

(何かしら?生徒会関連は無いわよね。だってこっちが今その用件で生徒会室から来たんだもの。となると成績……今から補習でも受けさせるつもりかしら?)

「大澄」

「はい」

(まあ、もしそうだとしたら素直に受けた方がいいわね。どうせ戻っても出来る事無いし)

 だからそんな事だろうと思っていると、

「あれ、大澄の差し金なのか?」

「あれって?」

「榊の連れて来た人の事だよ」

 なんて事を言ってくる先生。

「そんな訳ないじゃないですか、あれは先輩の独断です。昼休み生徒会室に呼び出されてその時に初めて会ったんですから」

「……そうか」

「ええ。いきなり校内放送で呼び出して手伝わせて欲しいって……」

(それに先輩も、まして作家先生は社会人なんですからちゃんと周囲に対しての気遣いは出来る筈ですし)

「……ですから詳しい話は榊先輩に聞いてください。あの人の考えですから」

「………」

(何か考え込んでるけど、どうしたっていうのかしら?)

「じゃあ、廊下で待ってます」

 斉藤先生の態度に少し違和感を覚えつつ、廊下で目的の人を待つ。

 今井孝之先生。年齢はよく分かんない。校内では名目上私達生徒会役員の顧問のような位置づけだけど、実際生徒会室でその姿を見る事は殆ど無い。

 その対応は私達生徒の自主性を重んじているとも、また一方サボりとも言える。ただ先生自身の人気が高めな為か、それも校内では比較好意的に捉えられているようで、今の役員の中にも本当かどうかは知らないけど「それが生徒会に入った理由」なんて言っている人も居たりする。

 でも私は、個人的にああいうイケメンなんて呼ばれそうな人気のある人は好きじゃない。

(それに今井先生は以前のあの生徒会の時、実際何もしてくれなかった訳だし……まあもしあの時何らかの行動を起こしていたとしたら、両派閥共に反先生みたいな事になってたかもしれないけど……)

 そう考えると、確かにもし私がその時今井先生の位置に居たとしたら、同じ行動を取ってしまうとは思う。でもだからと言って今井先生を自分の中で格好良いと認めてしまうと、結果としてその自分の弱さから目を背けてしまっている様な気がして、

「……結局、今井先生とは関係無い所で判断しているのね。私」

「ん?呼んだかい?」

「!」

 声の方を向くとそこにはお目当ての人。

「えっと、君は確か生徒会長の1年生……」

「あ、はい!これっ、お願いします!」

「うん。ご苦労様」

「失礼しますっ!」

 なるべく顔を見ないように頭を下げ、足早にそこから立ち去る。


(……驚いた。やっぱり格好良いかも……)

 ついさっきの目の前の光景を思い出してしまう私。

「……あう……」

(と、とにかく頭と顔を冷やさないと……トイレトイレ)

 そのままトイレへと避難し、顔を洗って、そしてようやく落ち着く。

(うん!私の気が抜けていたせいもあるんだろうけど、あそこまで自然に異性との距離を詰められるスマートさ。さ、さすがイケメン!)

 なんて、冷静に思い返してみようとしても、

「……はあううう……」

 ジャー、バシャ、バシャ


「……ま、まあ、自分の感情を完全に制御出来ないのは当然なんだけどね。うん……はあ」

 そんな言葉を口に出し、時間を置いて、ようやく本当に落ち着いた自分を確認。

(つまり私にはこのお遣いは困難なミッションだったって事よ。うん)

 携帯に目をやり改めてそう感じる。

「……生徒会室、戻ろ」


(やっぱり、人と話すのって難しい)

 改めてそんな事を思い知らされる私。生徒会室の扉をノックして、中に入って、

「……あれ?」

 何だか奥の方が騒がしい。

「あ、大澄さん」

「中川さん。何?あれ?」

 そっちを指してそう尋ねてみると、

「えっと、作家さんが私達の感想を聞きたいって、これ」

 と、あるプリントを渡される。

 そこに書いてあったのは、大まかなあらすじだけのお話。

「で、その話で、気になった事、入れて欲しいエピソードや、それともこれじゃなくて別のジャンルにした方がいいとか、そういう意見を書いて欲しいんだって」

「この余白に?」

「みたい。さっき榊先輩がこれを運んで来た時にそう言ってたから」

「ふーん」

 中川さんの説明を聞いてもう一度プリントに目を通す。

(……恋愛物……駄目ね。知識も経験も全く無いもの)

「……私、役には立てそうも無いと思う」

 そのジャンルに疎い上に、そもそも『売れせん』や『多数派』の考えとは距離を取ってしまっている私。だからそんな私が考える面白いアイデアというものは、きっと多くの人にとってはそうではない筈で、

「………」

「どうかしたの?大澄さん」

「……何でもない」

(「敢えて言うなら、私がつまらないと思う話なら良いんじゃない?」……なんて、言える訳ないわよね)

 そうして私は一行、「自分が面白いと思うお話を書いてください」とだけ書いておいた。


「……作家さん、か……」

 自分の部屋で1人そんな事を呟いてみる。

「どんな気分なのかしら?『そういうもの』が評価されるっていうのは」

 この国の人なら誰でも文字が書けるし、文字を続けて書けば一文になる。という事は誰でもその内容はともかく文章が書ける訳で、そんな誰もが出来る事であるそれが人より優れていると多くの人に評価されて初めてなれるその作家という職業。

 もちろんそれは文章だけじゃなくて、絵や歌なんかも同じだと思う。

(まあ中には病気とかでそれが出来ない人も居るんだけど)

 だから私にもお話や絵を書いたり歌を歌ったりは出来る訳で、実際文章ではその真似事をした経験もある。まあそれは、夢の中で見たものをそのまま書き起こそうとしただけで、そしてその内容も葉山さんの本で見た時にようやく完全に思い出したんだけど、でもその時には本当に驚いた。

(だって主人公の名前から設定までそっくり。まあ今になって冷静に考えてみれば、同じ国の人なんだから同じような物を見て同じような影響を受けた結果ってそれだけの事なんだろうけど)

 そして私が面白いと思っていたそれは今の世の中では評価されなかった、葉山知という名前をもってしても。そんな訳で私は自分なりのアイデアを伝えなかった訳だったりする。

 それに常識なんていう社会でのお約束事はやっぱり私には難し過ぎるから。

「あの野球大会だって、今は実質プロへのトライアルみたいになっているのに何で『学生だから』ってよく分からない理由でお金が関わったら駄目なんだか。『学校が斡旋した社会経済を体験する為のバイト』だと考えれば何も問題も無いと思うんだけどな。それこそ子役さんなんて小学生上がる前からあんなに稼いでいるのに」

「白ー、ご飯よー」

「はーい……不思議よね、やっぱり」

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