高校入学、そして生徒会へ
私はぎりぎり未経験なのですが、今の現実がこんならしいので、それに則して敢えて野暮な事をしています。
「白ー、白ー、もう起きなさい!朝よ!」
「分かってる!こんな日に寝坊なんてしないわよ!」
部屋の外から聞こえるお母さんの声にそう答える私。
(高校初日に遅刻なんて、そんな目立つ事するわけ無いじゃない!)
私は念入りに鏡に映る自分の姿を確認する。
(……問題、無いわね。初日が肝心なんだから、ミスるんじゃないわよ!私!)
「白!」
「分かってる!」
そんなお母さんの声に急かされるように、机の上の『やつ』を手に取りつつリビングへ急ぐ。
「白、身だしなみに気を遣うのもいいけど……」
「はいはい。私はどうせ出来の悪い娘ですよ!」
「……しょうがないわねえ」
私の態度にそんな呆れた声をあげつつ、私がテーブルに置いた『やつ』の相手をしているお母さん。
「それよりごはん!」
「目の前にあるでしょ?」
「これ、お弁当じゃない!」
「そうよ。だって今日、お昼前に学校終わるんでしょ?」
「それが?」
「あなたが教えてくれないから、お弁当詰めちゃったもの。だからそれが朝ごはん」
「お昼は?」
「自分で作りなさい」
「えー!?お母さん、私が料理下手なの知ってるくせにどうして……」
「高校生になったんだから、いい加減料理ぐらい出来るようになりなさい」
「お母さん。そんな女のくせに料理出来ないなんてみたいな考え方、古いってば」
「じゃあ、母親に料理を作ってもらうのが当然っていう考え方は古くない、とでも言うつもり?」
「それは……」
「とにかくそういう事だから。それより早くご飯食べて出ないと、本当に遅刻するわよ」
「……分かったわよ」
私はお弁当を食べ、歯磨きをし、
「白ー、プチちゃん忘れちゃだめよ」
「分かってる!」
(もうお母さんったらいっつもプチばっかり)
そうして私はテーブルの上に乗っているハムスターをひったくるように手に取る。
「プチ。今日は大事な日なんだから、絶対に大人しくしてなさいよ!」
どうせ理解出来ないだろうと思いつつも、そう脅しをかけ、それを両手で強く握る。
「……じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
(作戦失敗……でもお母さんったら、どこからその情報仕入れたのかしら?)
鞄を両手に持ち、今日から幾度となく通る事になる筈の道を歩きながらそんな事を考える。
(まあ、家と学校の距離が近いからよね、きっと……それにしても)
「……女子校……か……」
私の成績では結構ギリギリ目のランクだった鏡花女子高等学校。
(家から近いからダメ元で受けたんだけど、まさか受かっちゃうなんて)
何となくだけど、今まで貯めていた幸運をこの事で使い果たしてしまったような気がする。そんな私の頭に浮かんでくるのはその根拠となる被害妄想的な被害体験。
(……はあ、未だに根に持ってる。そんな訳ないのに。だって誰にも見せてないし……でもまあ、それこそそんなラッキーが長続きする訳無いんだし、それに……)
「……私の夢は専業主婦だし」
自分に言い聞かせるようにそんな声を出し、前を向く。
ブルルッ
「!」
「あ、ごめんなさい。驚かせてしまったかしら?」
「……い、いえ……大丈夫です」
「そう?ならいいのだけど……じゃあね」
そう言ってその上級生らしき女の人は馬に跨ったまま学校の方へと向かう。
「……『馬』かあ……いいなあ。私もああいう、『使えるの』だったら良かったのに」
私はいつものくせで手の平に乗せた『それ』をお手玉のように軽く上へ投げては捕る。
「どうして世の中って、ここまで不平等なのかしら?どう思う?……ってあんたに言葉が分かる訳ないわよね」
パシッ
「……ま、どうせ私だしね」
そうして私はまたプチをしまって学校へと急いだ。
校内に入り、各教室の外に張ってある名簿の中にある筈の自分の名前を探す。
(見つけた……1年2組。クラスメイトの様子は……と)
そこに居た人はやっぱり私の知らない人ばかりで、そして彼女達も同じように中学生の時の知り合いが居ない人が多いのか、お互いに様子を探っている感じだった。
(まだ事態は動いてないようね。後は何とか、最大勢力に目をつけられる事無く、そして目立たないように上手く立ち回らないと)
それが私には出来る筈。
(だってそれが私の『特性』なんだから!)
そう考え、見つめた右手を強く握る。
私の特性。それはハムスターという動物の形で具現化されているもの。さっき私がそれこそ握り潰すようにした『プチ』だけど、実際今も彼はピンピンしている。
これが『ファミリア』。家族みたいなその存在の実態は、その人間の特性、適正みたいなものを端的に表すもの、とされている。されているっていうのは未だ完全には解明されてないから。人間という存在がこの星に誕生した時にそれを既に持っていたという説や、前文明の人間といわれる存在が自分達の遺伝子を操作しそれを持たせたという説等の様々な学説があるけど、今の所はそれだけ。ただ確実なのは、それは確かに今居るという事。そしてそれを生まれながらにみんなが持っていて、何か特別な事情でない限り対となる人間と同じ時に命を終えるという事。
つまり『寿命』という意味。もっとも、どちらかが不慮の事故で亡くなったりした場合は、その限りではないみたいだけど。そしてハムスターのファミリアの特性としてよく言われているのが、人との関係構築の巧みさ。だけど今の所、私はその方面で上手くいった試しがない。
(ま、実際そんなの占いみたいなもんでしかないんだけど)
ただ、たとえその占いがインチキだとしても、それこそ馬ならさっきのように実用的な面がある分プラスに考える事が出来る。
(ま、とにかく、私はこれからその『ハムスター並みの敏感さ』で周囲の人間の機嫌を損ねず、3年間何事も無く過ごしてみせるんだから!)
心の中でそう誓い、私もクラスの人の後を追い体育館へと向かった。
そうして私達の入学式。校長先生のありがたい話、PTAのおじさん、生徒会長と続き、
「では続いて、国歌斉唱」
(……どっちかしら?)
私は辺りの様子を伺い、半分ぐらいの人間がボイコットするのを見て、同じようにそっちにつく。
(だって音痴だもん、私)
そうして次のプログラム。
「校歌斉唱」
(これは歌うのよね、みんな)
私も立ち上がり、そして口パクで参加する。
(にしても、国としてまとまるのは嫌だっていうのに、学校としてまとまるのはいいだなんて……先生達の組合の人って訳分かんない。大体そんな政治パフォーマンスを私達が主役の式の時になんてやらないで欲しいわ)
そう考えつつも、大部分の生徒の人はその事をなんとも思ってないのか、それとも大人なのか、みんな淡々としていた。
「……そうよね、私も大人にならなきゃ」
教室に戻り、クラスメイトの中での自己紹介。
「……大澄白です。よろしく、お願いします」
人に注目されるのが苦手な私は、自然と声が小さくなってしまう。
「そうか。じゃあ次ー」
(ふうっ)
斉藤先生のその言葉に、心の中でため息をつきつつ腰を下ろす。
(冷やかされなくて良かった)
中学の頃はここで「犬のような名前だな」と先生に一言言われたのがきっかけで、色々な迷惑を被る事になった。おまけにそいつは、そうやって生徒をネタにする事でクラスメイトから「話が分かる、面白い」とかそんな評価を受けていたもんだから、
(絶対にあいつは許さない!)
まあとにかく、今年一年私の担任になるこの斉藤安美という先生は、どうやら当たりのようだった。
(クラスメイトも私の方を見て何やらひそひそなんて事なさそうだし、いい傾向よね)
「じゃあ、今日は終わり。明日からは授業があるから、頑張んなよー」
そう言い残し、教室を出て行く先生を吹き飛ばすようなタイミングで自然と溜息が漏れる。
(……それにしても、改めて見るとみんな頭良さそう)
自分の中の劣等感がそうさせるのか、少なくとも私の目にはそう見える。
(さっきのアレも淡々と流していたようだし、やっぱり私が馬鹿なのよね、きっと)
「あ……大澄さん、だったわよね?」
「あ、は、はい……そうです!」
「何で敬語?」
「……ごめんなさい……ちょっと驚いて。気にしないで」
「あ、うん。それで、大澄さんってどうするつもり?部活とか?」
「……えっと、考えてない」
というのも一応は私も普通に受験し合格してこの学校に入った筈なんだけど、正直登校初日という事を差し引いても疎外感というか、他の人との生活レベルを感じていて、実際今私に話しかけてきているこの人の腕には高そうな時計が見える。そしてそんな人が多いこの学校の中では多分、私は何もしなくても疲れると思うし、それに、
「それ程やってみたい事も無いし」
は方便で、実際は勉強に追われる日々が待っていると思うから。
「……そうなの。じゃ……」
「……ごめんなさい」
「ただいま」
「あ、おかえり。お母さん」
パートから帰ってきたお母さんにそう声をかける。そんな私の顔を見て、そして台所を確認したお母さんは私の目を見てこんな言葉。
「……白、あんた、お昼食べてないわね?」
「今日はダイエット」
「……太るわよ、そういう事してると。あなた運動もしないんだから」
「しないんじゃなくて、出来ないの」
「誰もプロの人みたいな事をやれって言ってるわけじゃないのに、どうしてこの子は……」
「……だって、恥ずかしいんだもん」
それこそテレビでネタにされてしまうような事をやっちゃうかもしれない私。テレビで笑っている人が多いんだから、間違い無く私も笑われると思う。
「誰も見ている人なんて居ないわよ。自意識過剰じゃないの?」
「恥ずかしいものは恥ずかしいの!それに運動音痴で生活に困るわけじゃないでしょ!」
「はいはい。じゃ、私はこれから夕飯作るけど、時間を早めたりはしないからね、いつもの時間まで我慢してなさい」
「……けち」
それから一週間は何事もなく過ごせたんだけど、どうやら世の中は私の事を嫌っているらしくて、
「あーと……ちょっと待って」
いつもホームルームでの言葉を簡単に済ませる斉藤先生が、その日、そう言って私達生徒を呼び止めた。
「何ですか?部活あるんですけど?」
「あー、そうか……じゃ、部活のある奴は帰ってよし」
後になってこう思う。何でこの時馬鹿正直に残ってしまったんだろうと。
そうして教室に残ったのは私の他数人。
「……何ですか?」
その中で、一番先生の近くの席に座っている人が残らされた生徒の声を代弁する。
「実はね、ここに居る中で1人、生徒会に入って欲しいのよ」
(何でそんな厄介事)
残された顔を見るとみんなが私と同じように嫌そうな顔。
「じゃあこの中で、生徒会に入ってもいいという人」
誰の手も挙がらないのを見、先生の鶴の一声。
「……んー、じゃあ大澄。お前やれ」
「!?……な、何で……私が……」
「んー……女の勘」
(それ訳分かんないわよ!)
「あー、とにかく、他の奴は帰っていいぞ」
そうして教室には残された私と残った先生。
「……どうして……私……」
「真面目な話をすると、お前の内申書の事を考えてだよ」
するとこんなはっきりとした理由を告げてくる。
「……内申書」
「これは、あくまでさっき残った奴の中に限っての話だけどな、大澄以外のあそこに居た奴等、みんな結構試験の成績の良い奴ばっかりでな、逆にお前は……という訳だ」
「でも……私、目立つの、嫌なんです」
「まあそれは問題ないだろ。だって各クラス毎に1名という事で全部で20人ぐらい居るし、その中で人前に出るのは会長だけだからな。それこそ去年にくらべりゃ全然……」
「……去年?」
「……まあ、その話は暇な時に会長にでも聞いてみればいい。あれは結構良い奴だぞ」
「………」
「……駄目か?」
「……分かりました」
そうして渋々それを引き受ける私。
(だってここで「嫌だ」なんて言ったら、それこそ私が駄々をこねたように見られるし)
(ここが、生徒会室)
ドアを前にしてその文字をもう一度確認する。
(……でも、成績の悪い人が役員って、普通逆だと思うんだけど……)
そんな事を考えつつそのドアをノックする。
「どうぞー」
室内からそんな声が聞こえたのを確認し、私はそのドアを開ける。
「……失礼します」
入って目に付いたのは、いかにも生徒会に居そうなイメージの眼鏡をかけた背の高い人と、そしてそれより少し背は低いけど迫力は全く負けてない髪の長い人。
「……あ……」
「何の用?」
背の高い人が私に用件を聞いてくる。
私はすぐにこたえようとするが、
「あ、あの……」
「何?」
何となく、目の前のその人が怒っていそうな気がして上手く言葉が出てこない。
「もう、そんなきつい聞き方……どうしたのかしら?」
するともう1人のその人が間に入ってそう声をかけてくれる。
(……この人が確か……生徒会長……)
入学式の時に見たその顔。
「それで?」
「あ、あの……1年2組の大澄白と言います。その……お願いします」
「1-2の大澄さんね。これからよろしく」
「は、はい」
「じゃあ、こちらも自己紹介しないとね。私は榊涼子。3年で生徒会長をやっているわ。そしてさっき大澄さんに話しかけてきていたのが……」
「田村唯です。2年で今は副会長をやっているわ」
私はそちらにも挨拶をしようとするが、
「あ……よろしく、お願いします」
何となく副会長に近寄りがたい何かを感じてしまい、その声も小さくなる。
「……よろしく」
そして副会長も相変わらず厳しそうな雰囲気。
「もう、相変わらず唯ってば堅苦しい感じよね。別に新人さんを威圧する事無いのに」
「……威圧なんてしていません」
「らしいわよ。つまりこれが普段のこの子だから、あんまり気にしないようにね」
「……あ、はい。あの……すみません……」
結局、というか、とにかく副会長に頭を下げる私。どうやら私にとって、彼女は苦手な部類に入るらしい。その代わりといっては何だけど、会長さんの方はかなり話しかけやすい人という印象を受けた。