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第2章 予感

「翡翠の鳥は飛び方を知らなくて」は「LURIA 〜翡翠の瞳 空の蒼〜」の続編です。

◇◇◇ 第二章   予感 ◇◇◇


 魔法使い養成学校では『学ぶことの大切さ』を重視しているため、単位取得に必要な最低履修時間が決められている。

 学校は技を学ぶためだけの場所ではない。

 そこに在学している期間に、技以外の様々なもの、例えば、社会生活での常識や、生涯を通して親交を深め得るであろう友人など、人として生きていくうえで欠くことの出来ない掛け替えのない『何か』を得てほしい。

 それが、魔法使い養成学校創設者であり、現トップである校長先生の持論なのだ。

 それ故、養成学校では実技以外にも様々な講座が用意されている。

 薬草学、音楽、占星術、癒術、歴史等々である。

 『自分の中に眠る潜在能力を信じられる限り、その者は魔法使いになる可能性と権利がある』という、校長先生の基本理念に基づき、最長在学期間の設定されていない養成学校にあっては、本人が望めば、どんな講義も受講可能だ。

 平均寿命が千年前後と長く、向学心旺盛なルリアの民にとって、これは願ったり叶ったり。

 そんなわけで、興味のある授業には出来るだけ出席するという『目標』を、リオ達三人は他の生徒達に率先して実践していた。

 特にルリア史(ルリアの歴史)は、リオの大好きな講義の一つだ。

 今日も、実技の講義を終えた三人は、続いてルリア史の講義を受けるべく、教室の一番後ろの席に腰掛け、先生の言葉に熱心に耳を傾けていた。

 今日の主題は『滅びし種族〜魔族〜』である。


 教室の隅々まで響き渡る独特の声音で、エノラ先生の講義は進んでいく。

 養成学校で講義中の女性の先生としては、エノラ先生は最年長だ。

「そもそも魔族とは、天上界の聖天使セラフィムの反逆、そして堕落により、ルリアに創られた種族なのです。

天上界にありし頃のセラフィムは、神の寵愛を一身に受ける神の腹心であり、神が生み出されたばかりの人間を監視し、その罪を神に訴えることを任務としていました。

しかし、やがてセラフィムの心に生まれた傲慢、つまり、神と等しくあろうとした傲慢ゆえに、天上界を追われ、その憎しみを種として、この地で魔族を生み出したのです。

さらにセラフィムは、自分を堕とした神への復讐として、魔族をして神が愛する人間達を邪心と疑念、そして愚劣へと堕落させていったのです」

 教室中がしんと静まり返っている。

 魔族はルリアで最も忌み嫌われる種族だ。

 それは、ごく最近まで、ルリアの民の身近に有る恐怖として、確実に息衝いていた。

 ある者は近親者を殺され、ある者は自らを傷付けられた経験を持つ。

 そのことを思い出してか、はたまた、子供の頃に寝物語に聞かされた恐ろしい物語を思い出してか、皆、神妙な顔つきで先生の話を聴いている。

 エノラ先生は、皆の感情を思い遣ってか、ふっくらした顔に暖かな笑みを浮かべた。

「しかし、皆さん、安心してください。

ルリアには、もう魔族は存在しません。

皆さんの多くはご存知ですね。

約十三年前、天上界からの討伐隊がルリアに潜む魔族を一掃してくださいました。

ですから、もう心配することはなにもないのですよ。

講義のタイトルにもあるように、魔族は既に『滅びし種族』なのですからね」

 皆が一様に安堵の表情を浮かべる。

 先生は満足げに微笑むと、次の言葉を口に仕掛けた。

 しかしそれは、後方の席から挙がった声によって遮られた。

「先生」

 声と同時に、細い右腕が真っ直ぐに上がる。

 エノラ先生は首を伸ばして声の主を確認した。

 黒髪と栗毛に囲まれた柔らかな金色の髪。

 ずば抜けて歳若い生徒達。養成学校の講師陣の中で、彼等の顔を知らぬものはいない。

 エノラ先生はニッコリと微笑んだ。

「あら、リオね。こんにちは。何かしら?」

「一つ質問があるのですが、宜しいですか」

 リオはその場でスッと立ち上がった。

 物静かな物腰と丁寧な口調。

 歳に似合わずしっかりしている彼を、エノラ先生は好ましく思っていた。

 その想いが彼女の口調と表情とに現れる。

「まあ、珍しいわね。どうぞ」

 リオは一つ深く息を吐くと、言った。

「魔族がこの地ルリアに誕生した時、神が彼等の存在自体を消し去ってしまわれなかったのは何故ですか?」

 一瞬、教室中がシンと静まり返る。

 リオの隣で、ルーはいつもどおりニコニコしていた。

 アルフはといえば、その問いを耳にした瞬間、怪訝そうにリオを見上げたが、次いで、なにやら少し不機嫌そうにそっぽを向いて頬杖をついてしまった。

 エノラ先生は困惑の態で眉根を寄せた。

「どういうことかしら? 

神は何度も魔族討伐にあたられましたよ」

 しかしリオは首を横に振った。

「それは神ではなく、天上界の天使達による討伐ではありませんか? 

僕が学んだ範囲の知識では、神が直接手を下されたことは一度もなかったと思います。

如何ですか?」

「そ、それは、……そうですね」

 先生は戸惑いながら答えた。

「では、なぜ神は、御自ら魔族を滅ぼそうとなさらなかったのでしょうか」

「……どういう意味ですか?」

「この世の全てをお創りなられた神が、真に魔の存在を憎まれたのであれば、なぜセラフィムがご自身に対抗する存在になろうとしたその時、消してしまわれなかったのか。

なぜ、彼の者が魔族を生み出そうとする、その瞬間に、彼等を消してしまわれなかったのか。

神は、それをなさる充分なお力をお持ちのはずなのに。

僕は、それが不思議でなりません」

「それは……」

 先生は暫し言い澱んだ挙げ句、やっと、言い訳するように言った。

「リオ、今は歴史の講義の時間です。

歴史は、過去に有った出来事を知ることを目的としています。過去の特定の時の、誰の判断が正しかったか、あるいは誤りだったかを云々する場ではないのですよ」

 論点は明らかに逸れていたが、教室にいる生徒の誰からも不満の声はあがらなかった。

 その時、講義終了の鐘が高らかに鳴り響いた。

 ノエラ先生がホッと安堵の溜息を漏らす。

「残念ですが、今日の講義はこれで終了です」

 先生は教科書を閉じると、そそくさと教室を後にした。

 頭のいい生徒は、時に困り者だわ。

 足早に自分の研究室へと急ぎならが、先生はそう思った。


     ※


 秋も深まり、吹き抜ける風も随分と肌寒く感じられる季節になったが、それでも今日のように天気のいい日は、陽の光がポカポカと温かく、外ですごすのは気持ちがいい。

 校庭の隅、お気に入りの楠の木陰に腰を下ろし、リオ、ルー、アルフの三人は、思いおもいの姿勢で寛いでいた。

 リオは木の幹に背を預けて本を読み、アルフはリオの脚を枕代わりにして仰向けに、そしてルーは腹這いに寝転がり、アルフの腹をブックスタンド代わりに、こちらもまた本を読んでいる。

 次の講義までは時間がある。

 ここで少し時間を潰し、学生食堂で昼食を済ませるつもりでいた。

 読んでいた本から顔を上げたリオが、澄んだ空を見上げてボンヤリしていると、頬杖をついたルーが待っていましたとばかり問い掛けてきた。

「ねえねえ、リオ。さっきのルリア史の講義、どうかしたの?」

「俺も思った。いつものお前らしくなかったぞ」

 アルフは気持ちよさそうに眼を閉じ、草を噛みながら、組んだ上側の脚をブラブラさせつつ合いの手を入れた。

「そう?」

 リオは二人を交互に見遣った。

 アルフは上目遣いにリオを見上げた。

「歴史なんて、事実を確認するだけのものだ。

その時々の個人の感情なんて、先生にわかるわけがない」

「そうだね」

 リオはコクリと頷いた。

「先生に悪いことしちゃったね。あとで誤りに行ってくるよ」

「そんなこと!」

 リオの少し沈んだ表情に気付き、アルフが飛び起きる。

「俺は別に、そんな風に思って言ったんじゃ……」

 その勢いで本を跳ね飛ばされ、ルーは不満げに唇をへの字に曲げながらも、渋々起き上がった。

「ううん。本当に、そうだから」

 リオは膝を折り、引き寄せると、自嘲気味に小さく微笑んだ。

「でもね、つい思ってしまったんだ。魔族の祖といわれるセラフィムは、神の寵愛を一身に受けていたほどの天使だったのだから、きっと正義感がとても強く、誠実で、神に対しても忠実だったはず。

神が創られた人間達のことだって、きっと神以上に愛していたんじゃないのかな。

なのに、そんな彼が、どうして最も敬愛していたはずの神を裏切らなければならなかったのか。

きっと何か理由があるはずなんだ。

だから……」

「そんなこと考えるの、もう止めろよ!」

 アルフが声を荒げた。

 隣で地面にぺたりと座っていたルーが驚いてアルフを凝視する。

「理由があったら、どうだって言うんだ。

理由さえあれば、人を殺しても許されるってのか? 

そうじゃないだろう? 

魔族は、所詮、魔族だよ。

この地に存在した最も忌むべき一族。

それだけのことさ。

そんな奴等のこと、お前が気に掛ける必要なんか無い。もうやめろよ」

「どうしたの、アル? 君らしくないよ」

 アルフを落ち着かせようと、リオは努めて明るく言った。

 しかし、今日のアルフはいつもと違っていた。押さえきれない憤りを吐き出そうとしているかのように、リオに対してさえ語調を荒げたまま言葉を継いだ。

「他の種族のことなんかどうでもいいけど、魔族だけは嫌なんだ。

奴等のことを考えるだけでも気分が悪くなる。

あいつ等は、このルリアでは何も出来なかったように言われるけど、森に生きる民の殆どは、あいつ等に仲間を殺された苦い経験を持ってるんだぜ」

 苦々しげに言い放つ。

 リオとルーは返す言葉を見つけられなかった。

 アルフは幼い頃、小人族に育てられた。

 彼等は森に根付いて生きる民だ。

 森の恩恵と同時に、厳しい現実をも目の当たりにしてきたのだろう。

 アルフ自身は経験がないとしても、部族の過去は、良きにつけ悪しきにつけ、長い長い昔語りとして、諳んじられるくらいに聴かされてきたはずだ。

 そして、悪しき過去には必ずといっていいほど魔族の影が付きまとう。

 となれば、魔族に対する負の感情が、部族をいう媒介によって集約され、彼の中に色濃く沈殿していても当然だ。

 そんな彼に対向できる言葉など、きっとどこにもありはしない。

 二人はじっとアルフの言葉を聞くしかなかった。

 気まずい沈黙の中、アルフが再び、ゆるゆると口を開く。

「リオはさ、よく言うよな。

人が何かをするには、それなりの理由があるはずだって。

悪い奴だって、そうなるには何か哀しい理由があるのかもしれないって。

人の噂だけで相手を判断するなって。

でもな、あいつ等だけは違う。

そんな風に気遣ってやる価値なんか無いんだ。

あいつ等が人を殺すのに理由なんか無い。

殺したいから殺す。

それが楽しいから殺す。

それだけだ。

だからもう、あんな奴等のことなんか考えるのはよせよ、リオ」

「本当に、そうだろうか……」

 無意識に、疑問の言葉を発してしまったリオ。

 少し興奮状態のアルフは、それにすら食って掛かる。

「バカ野郎! そんなこと言ってると、魔族の生き残りが寄ってくるぞ!」

「うそぉ。もう滅んだ一族だって、先生、言ってたよぉ」

 ルーが怯えた声をあげ、アルフの腕にしがみ付いた。

 その拍子に、アルフはハッと我に返った。

 リオとルーの視線に気付き、気まずげに俯いてボリボリと頭を掻くと、そのまま勢い良く寝転んだ。

「そんなの、わかるもんか。

どっちにしろ、用心するに越したことは無いんだ。特にルー。

お前は森の中を独りでうろうろするのが好きなんだから、これからは気をつけるんだぞ」

「やめてよぉ! アル、意地悪だぁ」

 ルーは心底不安げな声を出すと、その勢いのままアルフの腹の上に覆い被さってきた。

 直撃だった。

 アルフがグフッと躰を曲げる。

「バッカ、野郎……」

 ルーの下敷きになりつつ躰を捩る。

「ちょっとは加減しろよなぁ」

「ごめ〜ん」

 ルーはあっけらかんとそう言うと、起き上がって頭を掻いた。

 けれどアルフは、腹を押さえて躰をくの字に曲げたまま動かない。

「……アル、大丈夫?」

 リオが心配そうに身を乗り出す。

「参った……」

 アルフは顔を顰めたまま、苦しげに答えた、……かと思うと、急にクスクスと笑い出した。

 リオとルーは、その様子に一瞬唖然としたが、アルフが仰向けになり両手を広げて笑い出すと、つられるように笑った。

 三人そろって暫く笑った後、アルフがポツリと言った。

「……ごめん。言い過ぎた」

「ううん。僕のほうこそ」

 リオが短く答える。

 ルーは腹這いに寝転び、頬杖をつきながら、そんな二人をニコニコと見つめていた。

 午前の講義の終了を告げる鐘の音が校内に響き渡った。

 お昼の時間だ。

 食堂へ向かおうと、三人が一斉に寝転んでいた躰を起こした、その時だった。

「あのぉ……」

 頭上から掛けられた聞き慣れない声音。

 三人が同時に振り返ると、少し離れた場所に、長い栗毛の巻き毛の、リオ達よりは少し年上であると思われる少女が、少し恥ずかしそうに、俯き加減で佇んでいた。

「メリーじゃない。どうしたの?」

 ルーが満面の笑みで応じた。

 一方、少女はというと、声を掛けてはみたものの、続ける言葉が見付からないらしく、モジモジしている。

「どうか、した?」

 重ねて問うと、やっと出てきたのは蚊の鳴くような声音。

「あの、アルフに……」

「アル! メリーが君に話があるってぇ!」

 彼女の声がいくら小さかろうと、すぐ傍にいるのだから、ルーに聞こえたものがアルフに聞こえないはずはない。

 けれどルーは、確認するようにアルフを振り返り、かなり大きな声で伝えた。

 アルフは人見知りが激しい。

 なみではない。

 特に女の子は面倒くさいといって、話をしたがらない。

 ルーやリオが話をしているうちに、独り、その場から消えてしまうなんてのは何時ものこと。

 だから、言うなれば釘を刺したというところだ。

 だが、今回に限っては、ルーのそんな気遣いは必要なかったらしい。

 アルフがルーの袖を掴み、ヒソヒソと問い掛けてきたのだ。

 珍しいこともあるものだ。

「ルー。お前、その子、知ってるのか?」

「知ってるのかって……、アル、知らないの? メリー・ルーシー。

今、この学校で一番可愛いって評判の子なのに」

「へえ」

「へえって……、アル!」

 ルーは思わず声をあげ、慌てて口許を両手で抑えた。

「とにかく、アルに話があるんだってさ」

 けれどアルフは、少し不機嫌そう前髪を掻き揚げると、そっぽを向いたまま答えようとしない。

「失礼だよ、アル」

 見かねてリオが声を掛ける。

 すると、それを当のメリーが引きとめた。

「いいのよ、リオ。どうせ大した用事じゃないの。直ぐに済むから」

 次いで彼女は、座っているリオ達に習い、彼等から二歩ほど離れた草地に膝をついた。

「アルフ、この間は、どうもありがとう。お礼を言いたかったの。

私、何も知らなくて、貴方に怪我なんてさせて。

ホントにごめんなさいね。

家に帰って、ママにすごく叱られたわ。

物を知らないにも程があるって」

「別に」

 やっと口を開いたと思えば、アルフの返事は驚くほどに短い。

 メリーの口許に、戸惑うような笑みが浮かんだ。

「傷の具合は、どう?」

「治った」

「え? でも、あれから三日しか……」

 問いの続きは省略されたが、アルフは答えようとすらしない。

 会話が続かず困惑気味のメリーを見かね、ルーが助け船を出した。

「怪我って、腕の怪我のこと? それなら、もう大丈夫だよ。

リオがいるからね、綺麗に治っちゃった。

ホント、心配ないから」

 人懐っこい笑みにつられてか、メリーも小さく笑った。

「そう……、そうよね。良かった」

 その表情から、心底安堵した気持ちが見て取れた。

 本気でアルフのことを心配していたのだろうな。ルーは我知らず、そんなことを考えた。

 メリーは再びアルフに視線を向けた。

 しかし、何か話し掛けたそうに僅かに唇を動かすのだけれど、それが言葉にならない。

 当たり前だ。当のアルフが彼女を見ようとすらせず、そっぽを向いたまま草を噛んでいるのだから。

 ルーはリオと目配せし、なるべく二人を見ないように、邪魔をしないように、足許の花など摘んだりしていたのだが、二人の間に立ち込める雰囲気は一直線に下降し、重くなっていくばかり。

 ルーとリオはチラチラ視線を交わしつつ、頭の中で場を和ませる話題を必死で探していた。

 だが、そんな二人の努力も空しく、メリーは諦めたように急に立ち上がった。

「それじゃ」

「え? もう行っちゃうの?」

 ルーが慌てて声を掛ける。

「ええ。邪魔しちゃ悪いし、傷のこと、心配だっただけだから」

 メリーはチラリとアルフを見た。

「じゃあ、アルフ。ホントに、どうもありがとう。貴方の忠告は、絶対に忘れないわね」

 ルーが引き止めるよりも早く、栗色の巻き髪は揺れながら遠ざかってしまった。

 アルフとルーが同時に深い溜息を吐く。

 アルフの溜息は、メリーが去ったことへの安堵感。

 そして、ルーの溜息の理由は、彼女が去ってしまったことへの絶望感といったところか。

 同じ溜息でも、その意味合いが大きく違う。

 ルーは無造作に前髪を掻き揚げるアルフの肩口から、彼の横顔を覗き込んだ。

「この間、腕を怪我して帰ってきた時、理由、何度訊いても教えてくれなかったけど、……そういうことだったんだねぇ」

 最初のうちニヤついていた口許は、しかし、次の瞬間には責めるようなへの字になった。

「でも、何で教えてくれなかったの? 良いことしたのに」

 アルフは何も答えない。不貞腐れたように手近の草をちぎっているばかりだ。

「まあまあ、ルー。そこがアルの良いところなんだから。ね?」

 見かねたリオがルーを宥めに回ってくれたけれど、ルーとしては納得できない。

「それはわかってるけどさぁ」

 何時にも増して食い下がってしまう。

「でも、アル、何もあんな言い方しなくたっていいんじゃない? 

折角メリーが御礼にって来てくれたのに。

彼女、滅多に自分から話し掛けたりしないんだって。

折角のチャンスだったのにさ」

 すると、とうとう堪りかねたらしく、アルフが口を開いた。

「礼なんか要らないって、俺ははっきり言った。

無理に話しかけられても嬉しくなんかない。

それに、チャンスって何だよ。

俺は、あの子と話をしたいなんて、一度だって思ったこと無いぞ」

「あんなに可愛い娘に話し掛けられて、なんとも思わないの? 

さっきも言ったでしょう? 

彼女、この学校で一番可愛いって評判なんだよ」

「話をするのに何で外見が関係するんだよ。

大体、俺は訊かれたことにはちゃんと答えた。

でも、あの娘、最後の方は口の中でモゴモゴ言うだけで、結局、何言いたいのか全然わからなかったじゃないか。

あれ以上、俺に何を言えって言うんだ。だから女の子って嫌なんだよ」

 アルフは心外とばかりに、胸の前で腕を組み、不機嫌そうにそっぽを向いた。

 これ以上、この件について何を言っても無駄のようだ。

 ルーは肩を竦めた。

「わかったよ、アル。でもね、せめてもう少し愛想良くした方がいいと思うよ。

じゃないと、みんな、君のこと怖がっちゃうよ」

「俺は別に怖がられたって嫌われたって構わない。

友達なんて欲しいと思わないし」

 次いで、肩越しにリオ達を振り返り、ボソリと呟いた。

「お前等がいれば充分だ。俺はそんなに器用じゃないからな」

 不器用なアルフの、不器用な愛情表現。

 リオとルーは顔を見合わせ、微笑みながら肩を竦めた。

 アルフは照れ臭そうにぼりぼりと頭を掻くと、すっくと立ち上がり、そっぽを向いたまま言った。

「そんなことより、早く昼飯に行こうぜ。腹減った」

「うん」

「そうだね!」

 アルフの腕に、リオとルーが両側から腕を絡める。

 不器用で優しいこの黒髪の友の真実の姿を、皆がわかってくれたらいいのに。

 そのために、ボクに何ができるだろう。何気ない会話を交わしながら、ルーは心の中でそう思った。




「翡翠の鳥は飛び方を知らなくて」は、原則として週一回更新します。

宜しくお願いします!!

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