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第10章 生きられる場所 No.3

「翡翠の鳥は飛び方を知らなくて」は「LURIA 〜翡翠の瞳 空の蒼〜」の続編です。

◇◇◇ 第十章   生きられる場所 ◇◇◇ No.3


 リオは微かに小首を傾げたが、次いで納得したというように口許を僅かに歪めた。

「校長先生から、大体のことは聴いてるんだったよね。でも……」

 彼は項垂れるように俯き、何度も何度も首を横に振った。

 その行為は、安直な解決に逃げようとする自分自身を戒めているかのように、ルーには見えた。

「それじゃ、ダメなんだと思う。君達が何を知っているのか、僕が何を伝えたのか、僕はそれを、ちゃんと知っていなくちゃダメなんだと思う。それに……」

 やつれた細い顎の線が微かに震えた。

「それに、今言わなければ、もう二度と言えなくなってしまうかもしれない。僕は君達が思ってくれているよりもずっと臆病なんだもの」

 リオが戻ってさえくれば、彼がいなかった数ヶ月間の空白なんて、すぐに埋められる。

 すぐに元通りの生活が戻ってくるんだと思っていた。

 けれど、それは単なる思い過ごしでしかなかったのだろうか。

 リオを奪い去った数ヶ月という歳月は、三人の心の中に深くて大きな、消えない傷を生じさせていたのだということを、ルーは今、改めて感じていた。

 空白の数ヶ月は、ルーが思う以上に思い意味を持っていたのだと。

 それが酷く切なくて、哀しかった。

「僕はね、……僕は、この世に生を受けた時、僕は祝福されなかった。僕の本当の故郷は、生まれたばかりの僕を、いらないと、……必要ないと、生きる価値のない命だと断じて、ルリアの地に墜とした。僕は、生まれてきたことそのものが、罪悪なのだそうだよ」

「ざい、あく……?」

 ルーは我知らずそう言ってしまい、ハッとして口を噤んだ。

 生まれてきたことが罪悪?

 それっていったいどういうこと?

 リオが何かをしたって言うの? 

 ……ううん、嘘だ!

 全部嘘だ!

 奴等がリオを手に入れるためにでっち上げたデタラメだ。

 リオは嘘を吹き込まれたに違いないんだ!

 グルグルと巡る思考は、悪い方向へ悪い方向へと墜ち込んでいく。

 そして、その間も、リオの言葉は続いた。

「僕が戻ってきたのは、君達に伝えたかったから。どうしても伝えたかったんだ、もう一度だけ」

 一つ息を吐くと、そっと微笑む。

「大好きだよ。ほんの少しの時間だったけど、君達の家族になれて、僕は本当に幸せだった。ありがとう。本当にありがとう。そして、……どうか忘れないで。僕のことを忘れないで。愉しかった想い出を、最後に辛いものにしまった僕を怨んでくれてかまわないから、どうか覚えていて。僕が確かにこの世界に存在したのだということを、他のみんなが忘れても、どうか君達だけは忘れないで。それだけで僕は、……君達の心の中に生きていられるだけで、僕はずっと幸せでいられるから」

 その時、悪循環に陥ったルーの思考を止めてくれたのは、短いアルフの言葉だった。

「言いたいことはそれだけか?」

 言い捨てるや、ベッドから立ち上がった。

「なら、飯にするぞ。腹減った。ルー、手伝えよ」

 それは、いつも通りの口調だった。

 さっさと部屋を出て行こうとするアルフの背中に、今度はリオの、半ば悲鳴に近い声音が追い縋る。

「アル! ちゃんと僕の話を……」

「ちゃんと聞いたさ。下らない話だった」

「くだらなくなんかない!」

 居間に通じるドアを押し開けたところで、アルフの脚がぴたりと止まった。

 彼はゆっくり振り返ると、開いたドアに背を預け、腕を組んだ。

「なら、今度は俺が訊かせてもらう」

 半ば睨み付けるような視線が真っ直ぐにリオを射た。

「お前こそ、さっきのルーの話、ちゃんと聴いてなかったのか? 言っただろう。少しは俺達のこと信用して、頼ってみろよ。お前が両眼を失うほどの辛い思いをしてまで、光を失ってまで戻ってきたかった場所は、……俺達は、そんなつまらない過去に振り回されて、お前を見捨てるほど、頼りにならない奴等なのか?」

「でも、僕は……」

「過去を嘆いたって、意味なんかない。なら、そんなものに縛られて身動きが取れなくなってしまうなんて、バカらしいことだ。違うか、リオ」

 漆黒の視線が不意に弛んだ。

 そうだ。リオはリオだ。

 奴等が何を言ったって、耳を貸す必要なんかない。

 奴等は卑怯な方法で彼を連れ去ったんだ。

 こうして還してくれたのだって、何か魂胆があってのことかもしれない。

 だから、今、リオを手放してはいけない。

 何があろうと、三人で力を合わせて乗り越えていくと約束したんじゃないか。

 ルーは今、その思いを新たにしていた。

 つまらないことを考えていた己が、酷く矮小な存在に思えてしかたなかった。

 アルフの、温かみを増した声音が続く。

「隠し事はしないって、確かに俺達は約束したさ。でも俺達が交わした約束って、それだけじゃなかっただろ? 俺達、もう一つ約束しただろ? どんな生い立ちがあろうとも、それを理由にはしないって。俺達には過去なんか関係ない。未来だけを見て進んでいこうって」

 優しい、労わる瞳。いつものアルフだった。

「想い出せよ。ルーが望み、俺が望み、リオ、お前が望んだから、俺達は三人で暮らすことを決めた。三人で居ることが一番大事だって、ちゃんと約束しだだろ?」

 リオは、まるで見えているかのように、漆黒の視線を暫し真っ直ぐに受け止めていたが、その瞼が不意に震えた。

「だって、……怖かったんだ」

 震える声を絞り出しながら、リオは膝の上に両肘を着き、掌の中に顔を埋めた。

 虚勢で塗り固めた鎧がガラガラと崩れ落ちる音を、ルーは確かに聞いた気がした。

「こんな僕が、本当に君達に受け入れてもらえるのかどうか、不安で不安で、……怖かったんだ」

「バカ野郎。少しは俺達を信用しろよ」

 アルフは踵を返し、リオの傍らに跪くと、涙で濡れた両手をそっと握りしめた。

「なあ、リオ。これだけは忘れるなよ。お前が俺達を想ってくれてるのと同じくらいには、俺達だって、お前のことを大切に思ってるつもりなんだ」

 開かない瞼から、涙が花弁のように零れ落ちていく。

「許してくれるの? 僕がここに居ることを、……君達の傍にいることを、許してくれるの? 僕は君達の傍で、君達と一緒に、生きていても、いいの?」

 アルフが静かに微笑んだ。

「当たり前じゃないか。俺達は友達で、その上、大切な家族だろ?」

 ルーはその隣りに跪き、アルフを真似てリオの両手に自分の手を添えた。

「おかえり、リオ。ずっと待ってたよ」

 身を乗り出し、腕を伸ばしてそっと抱き締める。

 と、リオはルーの腕の中に素直に倒れ込んできた。

 床に座り込み、子供のように泣きじゃくる。

 ずっと張り詰め続けてきた神経が弛んだのだろう、抑えても漏れてしまう嗚咽。

 それが、この数ヶ月の間、たった独りきりで堪え続け、言葉にすらできなかった彼の心の叫び、苦悩の現れのようで、ルーは、すっかり痩せてしまった背中を擦りながら、抱き締める腕に力を込めた。

 その肩をアルフが静かに抱き寄せて、三人で一つの体温を確かめ合う。

 おかえり、リオ。おかえり。耳許にそっと囁く。

 温かな春の陽射しが再び窓辺から差し込んできたように、ルーには思えた。

 二人の腕の中で、リオは何度も何度も頷いた。

 確かめるように、時には小さく、時には大きく。

 そして、零れる嗚咽の中で、そっと呟いた。

「……ただいま」

 たったそれだけの言葉。

 けれどそれは、今までで一番長い、離ればなれだった時の終わりを告げる大切な言葉だった。

 窓辺の光だけではなく、流れる風にも温もりを感じられる。

 春はもう、すぐそこまで迫っていた。





◇◇◇ エンディング ◇◇◇

 

 その日、一番最初に目覚めたのはルーだった。

 慌てて周囲を見回し、アルフとリオが寄り添うように眠っていることを確認して、ホッと安堵の溜息を漏らす。

 リオが戻ってきたのは昨日の昼間。

 夢は次の朝には醒めてしまうものだから、これが夢などではない、現実なのだと確認したい思いは、三人とも同じだったらしい。

 特に何を話すわけでもないけれど、昨夜は三人とも、計ったように暖炉の前に毛布を持ち込み、一晩中、ただ三人がそこにいることだけを確かめ合いながら眠りに就いた。

 きっとルーには計り知れない旅をしてきたのだろうアルフとリオ。

 それでなくても疲れ切っている二人を起こさぬよう、そっとその場から抜け出し、朝食の準備をすべく水汲みのために外へ出る。

 小川の縁に跪き、桶で水を汲んでいた、丁度その時、誰かに呼ばれたような気がして、ルーは空に視線を巡らせた。

 と、筒状に巻かれた木の葉が二枚、頭上でヒラヒラと舞い踊っていることに気付く。

 手を伸ばすと、それはまるで吸い寄せられるように落ちてきた。

 封印には養成学校の公印。確認するまでもなく、魔法遣い養成学校からの連絡書だ。

 宛先となっている本人以外は開封できないのは無論のこと、内容を読めないよう封印の施された公文書である。

 嫌な予感がした。

 訝しみつつも、急く気持ちに反して、寝不足の手は上手く動かない。

 苛々しながら封を切り、その内容を一読した途端、顔色がサッと青ざめた。躰中の血が一気に足許に落ちていくのを、ルーはハッキリと感じた。


「アル! リオ!」

 突き破るようにドアを押し開ける。

 二人は揃って、まだ寝ぼけ眼で床の上に居たが、彼等の様子を気に留める余裕すらなく、ルーは叫んだ。

「先生が、……校長先生が……!」

 それは全生徒への一斉登校指示の連絡であり、校長先生の死の知らせだった。


 慌ただしく登校準備をしながら、ルーはそっとアルフの様子を窺い、シャツの中に隠していたもう一通の手紙をクシャリと握り潰した。

 そこに綴られていた内容を、ルーはアルフに告げられなかった。

 すぐに彼の耳に入ることは疑いようがないが、それは『今』でなくてもよいと思った。

 やっと三人が揃った時間を途切れさせたくなかったからだ。


 それは、小人族シエン村壊滅の報だった。




 了



『翡翠の鳥は飛び方を知らなくて』 作:ほしの桜子   






「翡翠の鳥は飛び方を知らなくて」は、これで終了です。最後までお付き合い頂きまして、本当に有り難うございました。

感想など戴けますと続編執筆の糧になります。宜しくお願い致します。


では〜。

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