表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/26

第1章 穏やかな日々 No.2

「翡翠の鳥は飛び方を知らなくて」は、「LURIA 〜翡翠の瞳 空の蒼〜」の続編です。


◇◇◇ 第1章   穏やかな日々 ◇◇◇ No.2 



 すれ違う友人達と挨拶を交わしつつ、足早に目的の教室へと向っていた三人だったが、途中で突然、リオの脚が止まった。

「いけない! 校長先生に、お手伝い頼まれてたんだ!」

「なんだ。またかよ……」

 リオの背中にぶつかりそうになりながら、なんとか踏みとどまったアルフは、不機嫌そうに言った。

 それも仕方のないことだ。

 またか、というアルフの言葉どおり、応用過程に進んで以来、先生達は彼等を、まるで助手のように頼りにしはじめたのだ。初めのうちは遠慮がちだった先生も、最近では我先の態。三人のうち、必ず誰かは仕事を頼まれているような状況だ。

 それ自体は我慢の範囲だが、そのために授業を休まなければならなくなると、さすがに困る。自分達が生徒なのだということを、きちんと認識してくれと、時々アルフは愚痴ってみたりする。

 リオは視線だけをアルフに向け、少しキマリ悪そうに微笑んだ。

「うん。何となく、成り行きでね」

「成り行きとかって、もう、そういうレベルじゃないだろう。先生の手伝いに、授業に追いつけない奴等の補習の講師。そうかと思えば、最近は悩み事相談まで始めたらしいじゃないか。いい加減にしとけよ。躰、もたないぞ」

 アルフがこんなふうに不機嫌になるのは、いつだってリオやルーを心配してくれているから。そして、普段無口な彼が無愛想に口にする言葉は、二人への深い労わりに満ちている。よくわかっていた。いつだって感謝していた。

 リオは後手に腕を組み、少し腰を曲げて、じっと正面に向けられたアルフの顔を横から覗き込んだ。感謝の想いが微笑みとなる。

「うん、ありがとう。ごめんね、何時も心配ばかり掛けて」

「別に……」

 アルフはぷいと横を向き、屈み込むと、足許の石ころを一つ取り上げた。

「別に、心配なんかしてないさ。俺はただ、あんまりあいつ等を甘やかすなって言ってるんだ。授業の補習まではいいよ。俺だって手伝ってやれる。だけどな、前にも言ったけど、悩み事の相談については、俺は賛成できない。大体、悩み事なんてのは自分で解決しなきゃ何にもならないもんだろう? お前がどう助言してやったって、それは所詮、お前の考でしかないんだ。あいつ等がお前と同じように行動できるわけないんだから、助言なんかしたって無駄なんだよ」

 憤懣を吐き出すように一気にそう言いきると、アルフは掌の中で転がしていた石ころを空に向かって投げ上げた。石は見えなくなるまで高く飛び、硝子の粉を撒き散らすような涼し気な音を立てながら宙に四散した。

「ねえ、アル、それは違うよ」ルーが、まるでからかうように言った。「リオは助言なんてしてないもの。みんな、リオに話しを聞いてもらうだけで、ホッとして帰っていくんだよ。リオには、ただ傍にいるだけで、人の気持ちを癒す力があるんだから」

「そんなの、俺だってわかってる! でもな、助言していようがいまいが、奴等がリオに相談事を持ち込んでくるたび、リオが癒しの力を使わなきゃならないのは事実だろう。俺達の力は、つまりは精神力だ。無尽蔵に使えるもんじゃない。減り過ぎれば体調にも影響して、病気にだってなっちまう。あんな奴等のためにリオが病気にでもなったら、お前、それでも今と同じように笑ってられるのかよ!」

「え〜、そんなのヤダよ!」答えるルー。

「そうだろ?」アルフは眉根を寄せ、言葉を継いだ。

「それより、俺が一番心配してるのは『邪気』の問題なんだよ。奴等の悩みを聞いてやるってことは、聞き手であるリオが、少なからず奴等の邪気を被るってことなんだぞ。だから奴等は、まるで憑き物でも落ちたみたいな顔して帰っていくんだ。幸い、今の所は直ぐに浄化されちまってるみたいだけど、ああいうのは疲れとかに便乗して溜まってくもんなんだ。気を付けるに越したことないんだよ」

 ぶっきらぼうだが労わりに満ちた言葉を、リオは嬉しそうに聞いていた。その様子に気付いたアルフの頬が朱に染まる。彼は照れ臭さを隠そうとしてか乱暴に言った。

「なに笑ってんだよ、リオ。大体、お前が色んなこと引き受けてくるせいで、俺やルーにまでお鉢が回って来るんだぞ。来週だって、お前が忙しいからって、俺が先生の手伝いをしなきゃならなくなったじゃないか。もう、いい加減にしてくれよな」

「そんな意地悪言っちゃって。リオの替わりならって、アル、自分から引き受けたくせにぃ」

「ルー!」

 アルフは踵を返すなり、ルーに飛び掛った。しかし、逃げ足だけは早いルーは、その腕の下をすり抜け、悪戯っぽく舌を出しながらリオの首筋に背後から腕を絡めた。

「ボクは全然平気だよ、リオ。毎日、楽しいしねぇ」

「なんだよ。俺ばっかり悪者かよ」

 不平を呟くアルフの口許には、しかし、もう笑みが浮かんでいた。

 そんな二人を交互に見遣りつつ、リオは少し申し訳なさそうに言った。

「有難う、アル、ルー。ごめんね。僕の我が儘で、君達には何時も迷惑掛けてばっかりで。これからは、君達にあんまり負担掛けないように気を付けるからね」

「リオ!」突然、アルフが声音を強めた。「何度も同じこと言わせるなよ。俺達は一度だって迷惑だなんて思ったことないぞ」

「そうだよぉ、リオ」

 声をそろえる二人。

 リオは少しだけ圧倒され、一歩後退ったが、その両肩をルーが背後から優しく押した。自然、アルフと正対する形になる。漆黒の瞳が正面にあった。

「なあ、リオ。俺が言ってるのはさ、……心配してるのは、迷惑とか負担とか、そんなことじゃないんだ。前にも言っただろう? お前にはわからないかもしれないけど、友達面して近づいてきたって、あいつ等の心の中は、あわよくばお前を蹴落としてやろうっていう野心で一杯なんだぜ。俺は、そんな奴等の言動で、お前が傷付くことが心配なんだよ。お前が優しいのはわかってる。でもな、その優しさを、少しだけでいいから、お前自身に向けてやってくれよ。もう少し、自分を大事にしてくれよ。そしたら、俺は安心できるんだから」

「アル、僕は、そんな……」

 けれど、それ以上は言葉にならなかった。笑おうとしているのに、それが不自然に歪んでしまう。自分のことを気遣ってくれるアルフとルーの想いに胸が詰まりそうだった。

 ルーが優しく、リオを背後から抱き締める。その腕にそっと触れ、リオは穏やかな気持ちそのままの視線をアルフへ向けた。

 途端、アルフの表情がフッと和らぐ。彼の表情の変化を認めたルーは、リオの肩口から顔を出して言った。

「人の心がわかるって、大変なんだねぇ」心底アルフに同情しているように顔を曇らせている。

 アルフは一つ大きな溜息を吐くと、ボソボソと呟いた。

「俺にわかるのは邪心だけさ。まったく、お前等と一緒にいるとき意外、苛々させられっぱなしだぜ」次いで腕を伸ばし、リオの柔らかな髪をくしゅくしゅと掻き回す。「早くいけ。さっさと済まして、早く帰ってこい」

「うん」

 リオは大きく頷くと、胸の前で指を組み、そのまま空を見上げた。瞬間、躰がふわりと浮き上がり、たちまち見上げるほどの高さになる。

「じゃあね、アル、ルー」

 クルリと空中で一回転し、上を向いた時には、いつもどおり杖の上に腰掛けていた。


 風のように飛び去っていくリオの後ろ姿を見送ってから、アルフとルーは肩を並べて教室へ向かい歩き出した。

 途中、何事かを思い出したように、ルーがクルリとアルフを振り返った。後手に腕を組み、ニッコリと笑う。

「そういえばさぁ、ハシュバルムのとこ、無事に産まれたんだってさ。聴いた?」

「へぇ、良かったじゃん」

 答えるアルフも、友人の幸せを素直に喜び、小さく笑った。

 種族も年齢も様々な養成学校にあっては、家族のことは普通に話題の中心となるのだ。

「あいつ、柄にもなく、結構心配してたし。これでやっと勉強に集中できるってわけだ」

「それがね、そうでもないらしいんだよぉ」

「なんで?」

「奥さんは、アジュに女の子になってほしいんだって。でも、ハシュバは男の子にしたいって」

「ふーん。そりゃ大変だ」

 口許をへの字に曲げ、アルフは肩を窄めた。

 ルリアでは、生後二年以内の子供をアジュと呼ぶ。それは、二歳以下の子供を指す言葉であると同時に、男性でも女性でもない躰のことをも言い表す言葉だ。二歳までの子供はアジュ、…… つまり、両性皆無態なのだ。

 性を有さない天使に、外見上似ているということから、そう呼ばれるようになったらしい。真偽のほどは定かではないが。

 アジュは成長に従い、自身で性別に対する自覚を持つようになり、その意識に従って性が確定する。だから、たいていの場合、生後二年間、赤ん坊には名前をつけず、そのまま『アジュ』と呼ぶ。どちらの性別になるのか、両親にもわからないからだ。

 しかし、だからこそ子供を授かったばかりの両親は試行錯誤の連続なのだそうだ。男に育てたければ男らしさに目覚めるように、極力、木登りや虫取りをさせ、女に育てたければヒラヒラの洋服を着せてみたりする。ハシュバルム家のように、両親の意見が対立してしまった場合、それぞれの親の心労たるや大変なものらしい。

 そんなことをしても意味がない、性の認識は産まれる以前にその八十パーセントが決定しているものだ、という学説もあるようだが、宝物のような我が子の行く末を案じぬ親はいないということだ。

 しばらくの間、きっとハシュバは勉強どころではないだろう。留年は決まったな。

 アルフは独り、心の中でそう思った。

「でも、こればっかりは本人の問題だ。親がどう騒ごうと、なるようにしかならないってのにさ。まったく、ご苦労なことだな」

「急ごう、アル。講義の時間に遅れちゃう!」

 そう言って駆け出すルー。

 話題を振った当人のくせに、興味がなくなると、すぐにこれだ。少し不満気な溜息を漏らしつつ、小柄な背中に付いてアルフが走り出す。

 暖かな春の陽射しが照らす木立の中に、始業の鐘が高らかに鳴り響いた。


次回予告:リオの様子が少し変……?


「翡翠の鳥は飛び方を知らなくて」は、原則として週一回更新します。

宜しくお願いします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回) ネット小説ランキング>異世界FTシリアス部門>「翡翠の鳥は飛び方を知らなくて」に投票
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ