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第6章 決断 No.2

「翡翠の鳥は飛び方を知らなくて」は、「LURIA 〜翡翠の瞳 空の蒼〜」の続編です。

◇◇◇ 第六章   決断 ◇◇◇ No.2



 出発は翌日の早朝を選んだ。

 朝食を食べ、お茶を飲んで、緩やかで温かな日常の繰り返しの中に再び埋没してしまったら、せっかくの決断が鈍ってしまいそうで怖かったからだ。

 家の前に佇み、唇を噛んでじっとこちらを凝視したままのルーと、その隣りでボンヤリと空を見上げているリオを残して家を留守にすることに不安がないといえば嘘になるが、今はルーを信じて任せるしかないと自身に言い聞かせ、杖に飛び乗った。

 振り返らなかった。自分の弱さは嫌というほど知り抜いている。

 また直ぐに逢える。そう心の中で繰り返し、そのたびに胸が詰まりそうになりながらも、決して振り返りはしなかった。


 カナンの大木の横を過ぎ去り、鏡の泉を右手に見て暫く飛んだ、その時だった。

 突然、眼の前を人影が横切った。

 まだ太陽さえ地平線から顔を出していないこの時間、人に逢うことなど予想だにしていなかったアルフは、衝突を避けるため反射的に杖を空に向けた。

 同時に自分は杖から飛び降りたが、その躰は森の柔らかい土の上を二回転してやっと止まった。

「痛っつ……!」

 無意識にうめきつつ、地面に撃ちつけた肩を庇うようにして起き上がると直ぐに、危なく衝突しかけた相手を探した。

 直前でなんとか避けられたと思うが、確かめるまでは安心できない。

 周囲を見回すと、蹲る背中は直ぐに見付かった。

「大丈夫ですか!」

 駆け寄り、そう声をかけると、相手は俯きながらもしっかりと答えた。

「大丈夫です。ごめんなさい、ボンヤリしてました」

 声の様子から、大事には至っていなさそうだと推測できた。

 その場に座り込み、アルフはやっと安堵の溜息を吐いた。

 その時。

「……アルフ?」

 突然、名を呼ばれた。

 反射的に顔を上げ、相手の顔を凝視する。

 長い栗色の巻き毛に華奢な躰つき。

 ……女。

 確かに見覚えのある顔。

 しかし、名前が出てこない。

「お前……」

 眉根を寄せ言い淀んでいると、相手は肩を竦めて小さく笑った。

「メリーよ。メリー・ルーシー」

「ああ……」

 鏡の泉の娘か。それだけ認識して曖昧に頷く。

「悪い。怪我、なかったか?」

「平気。私の方こそごめんなさい。ボンヤリしてて」

「こんな時間に、こんなところで何してるんだ」

「散歩。好きなのよ、冬の朝って」

 メリーは長い髪を掻き揚げ、上目遣いでアルフを見つめた。

 微かに頬が上気している。

 だが、アルフはといえば、(朝といっても、早すぎるだろう)などと内心で思いつつも口には出さず、服に付いた枯れ葉を払い落とした。

 相手に怪我がなかったことだけ確認できれば、それ以上、この場で時間を無駄にするつもりはなかったのだ。

 一刻も早く目的地に行かなくては!  

 そのことで気持ちが急いていた。

「それじゃ……」

 言い置いて立ち去ろうと踵を返した瞬間、メリーに腕を掴まれた。

「ねえ、リオに何かあったの?」

 突然の問い。ドキリとした。振り返ると、メリーの顔が間近にある。

 それを睨むように凝視してしまっていることに、彼女の困惑の表情で気付いたアルフは、視線を逸らして平静を装った。

「なんのことだ?」

「彼、ずっと休んでるし、貴方もルーも、彼の話になるとすごく不機嫌になって、話題を逸らそうとするから、きっとリオに何かあったんじゃないかって、学校でも、みんな噂してるのよ」

 メリーはアルフの腕を掴む指先に力を込め、更に顔を近付けてきた。

「ねえ、何があったんでしょう? 相談してみて。私達だって力になれるかもしれないじゃない」

 アルフは再びメリーを見た。真っ直ぐな瞳だった。

 真綿に包まれ、美しいものだけを見て育った瞳。

 疑うことを知らず、誰かを裏切ったり裏切られたり、そんな汚れた世界を映したことなどないのだろう、澄んだ瞳。

 不思議だった。

 一見、アルフとさほど変わらない年格好の少女。

 しかし、少なくともアルフの倍は生きているはずの彼女は、自分の周囲にある美しい世界が、真に世界の全てだと信じているのだろうか?

 なんの疑問も持たず、その先に広がっているだろう外の世界を見ようともせずに?

 どうしてそんな気持ちになったのか、アルフ自身、わからない。

 しかし、なぜか無性に訊いてみたくなった。

「どうして……? どうして、そんなことを言う?」

 突然のアルフの問いは、メリーには予想外だったらしい。

「だって……」

 一瞬だけ言い淀み、数度、眼を瞬かせた。

「私達、同じ学校の生徒だし、……友達、でしょう? 友達が困ってる時に助け合うのは当たり前じゃない」

「友達って、なんだ?」

「え?」

「お前が言う友達って、いったいなんだ?」

「だから、困った時には相談しあったり、助け合ったり……」

「そうやって、自分の中の嫌な気持ちや不満とかを押し付け合って、慰め合って、庇い合うのが友達なのか?」

「そんな……」

 瞬間、メリーの頬が紅潮し、目尻が少し釣り上がった。

 声が半オクターブ跳ね上がる。

「どうしてなの? どうして貴方達は、いつもそんな言い方ばかりするの? どうして三人だけで孤立しようとするの? 他に親しい友達も作ろうとぜすに。おかしいわよ!」

「俺には、奴等がいれば充分だ。他に友達なんて必要ない」

「だから、どうして?」

 女の子とは変なところで意固地になるものらしい。

 しかも、ルー曰く、養成学校一可愛いと評判の女の子も、怒った顔は決して可愛くはないものだ。

 ひどく冷静に、そんなことを分析しつつ、アルフはさっき空へ飛ばしてしまった杖を探して周囲を見回した。

 そして、メリーにはそれが我慢ならなかったらしい。

「アルフ、ちゃんと話を聞いて、答えて! どうしてなの?」

 更ににじり寄ってくる。

 アルフはやむなく一歩後退り、訝しむ視線でメリーを見返した。

 正直、彼女の質問の意図がわからなかった。

「リオとルーは、俺の家族だからだ」

 そんなの決まってる。

 今更問われるなんて心外だ。

 語調には、アルフのそんな想いがはっきりと滲んでいたはずだ。

 メリーの形の良い口許がキュッと結ばれ、次いでそれは、今まで以上に強い調子で言葉を発した。

「家族、家族っていうけど、貴方達のはただの家族ごっこでしょう? 家族は血の繋がりがあってこその……」

 そこまで言ってから、ハッとしたように口許を抑えた。

 慌ててアルフの腕を離し俯く。

「……ごめんなさい」

 アルフは一つ大きく溜息を吐くと、頭上まで広げられた木の梢の間に引っ掛かっていた杖に向かって腕を翳した。

 瞬間、杖はまるで自ら意志を持っているかのように枝の間を器用に擦りぬけ、アルフの掌の中にすっぽりと治まった。

「俺に、……俺達三人に親がいないのは事実だ。でも、そんな俺達が家族を持ちたいと思うのはおかしいか?」

 アルフが返事をしたことに気をよくしてか、メリーは汚名挽回とばかりに勢い込んで言った。

「そりゃ、家族は大切だわ。でも、私達は大人になって、家族から自立して、新しい、自分だけの家族を作らなければならないのよ。それが命を繋ぐってことでしょう? いつまでも家族にしがみ付いてるなんて変だし、不可能よ」

「お前には、わからないんだ。すごく温かい家族の中で育ったお前には。今まで不変だと信じていた世界が突然崩れ去る恐怖とか、突然独りぼっちにされるってことが、どれ位不安なことなのか、とか。お前にはわからないんだ」

 杖に視線を注いだまま、アルフは言った。

 ぐっと答えに詰まったメリーが、拗ねたように唇を窄める。

 その横顔に黄金色の朝日が降りかかった。

 もうこれ以上、こんな下らない話に拘わっている時間はない。

 アルフは杖の上にヒラリと飛び乗ると、真っ直ぐ前に視線を据えて低く言った。

「とにかく、俺達のことに首を突っ込まないでくれ。……迷惑だ」

 それだけを言い置き、一気に加速して上空へ。

 またルーに文句を言われるな。

 一瞬、そんな考えが脳裏を掠め、森を見下ろす朝焼けの空を疾走するアルフの口許に、苦笑いが零れた。


次回予告:村へ戻ったアルフ。そこで彼が見たものとは?


「翡翠の鳥は飛び方を知らなくて」は、原則として週一回更新します。

次回更新(予定)日は2月8日(木)!

宜しくお願いします!!

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