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第6章 決断 No.1

「翡翠の鳥は飛び方を知らなくて」は「LURIA 〜翡翠の瞳 空の蒼〜」の続編です。

◇◇◇ 第六章   決断 ◇◇◇ No.1



 出口の見えない暗闇が、こんなにも恐ろしいものだなんて思わなかった。

『リオは私が必ず救い出しましょう』

 確証のない、それでも縋らずにはいられない校長先生との約束から、既に一月が過ぎていた。

 雪が舞い踊り、全てを純白に染め上げる季節。

 それは、とても美しい光景。白銀に輝く世界だ。

 雪は全てを覆い隠す。まるで始めから何もなかったかのように。

 この季節と同じように、想い出なんて全て塗り替えてしまえればいい。

 そうすれば、哀しも苦しみも、全部なくなってしまうのに。

 それでも、この場所が、かつては光り輝く緑に覆われていたのだと知っているボク等は、光の季節を思い出さずにはいられない。

 だからだろうか、白銀が眼に染みて、酷く哀しくなってしまうのは……。


     ※


 校長先生の言葉に対する期待度の差なのだろうか、それとも元々の楽観的性格故か、ある意味、良くも悪くも開き直った感のあるルーに対し、リオはすぐにも戻ってくるものと信じて疑わなかったアルフの絶望は、日増しに色濃くなっていった。

「ちきしょう! まだなのかよ!」

 言いしな両掌でテーブルを強く叩く。

 木製の食器が大きく揺れ、スプーンが床に転がり落ちた。

 けれど、同じテーブルに着いているルーは驚く素振りさえ見せない。

「大丈夫、もうすぐさ。きっと、もうすぐだよ」

 あやすように言い、千切ったパンを口に放り込む。

 アルフは反論の言葉を吐こうと数度パクパクと口を動かすが、唇をへの字に曲げると黙ってスプーンを拾った。

 こんな遣り取りが、今ではすっかり二人の日課となってしまった。

 無論、ルーだとて平気なわけではない。

 木枯らしが窓を叩くたび、小鳥達の羽ばたきを耳にするたび、校長先生から何らかの連絡が届いたのではないかと庭に飛び出し、そしてそのたび、そこに何もないことを確認して落胆する日々を送っているのだ。

 今だって、食事に集中する振りをして苛つくアルフを宥めながら、ざわつく気持ちを必死で抑えていた。

 無理をして笑みを創ってはいるが、それは、今にも崩れてしまいそうになる自分自身への戒め。

 そうしていなければ、過去も含めて全てを失ってしまいそうで、それが一番怖かったから。

 待つこと以外何もできない無力な自分。

 しかし、だからといって弱気になってどうする? 

 何もできないなら、せめて信じ続けよう。

 リオは必ず戻ってくると、以前と同じように笑いあえる日々が戻ってくるのだと、そう信じよう。

 そして、リオが戻ってきた時、彼が『彼』でなかった時間など始めから存在しなかったかのように、空白の時間など罅割れ一つ残すことなく綺麗に埋めてしまえるように、悪い夢を見て目覚めた朝のように、眠りに就く前と何ら変わらない『いつもの日常』を崩さすに積み上げていこう。

 そのためになら、少しくらい無理をして、心を偽って笑みを創るくらいわけのないこと。

 そう心に決めたのだ。

 その思いは、きっとアルフも同じはず。

 ただ、自己防衛の方法がルーとは異なるだけなのだ。

 声を荒げ、激情することでしか自分を保てない、そんな脆い一面が、今回のことで浮き彫りになっただけなのだ。

 学校もすっかり休みがちになり、一日中、リオに付き添っている。

 その様は、ルーが見ていてさえ痛々しい。

 このままでは、リオが戻ってくる前にアルフの方が参ってしまう。

「アル」

 立ち上がり、黒髪の友の肩にそっと手を添えた。

「大丈夫だよ。校長先生が約束してくれたでしょう? リオはきっと帰ってくる。きっともうすぐだよ。だから、待っていよう。ね?」

 きっと。もうすぐ。

 言葉は空しく壁に響く。

 何度も繰り返し、そして、繰り返すたびに重みを失っていく言葉。

 それがわかっていても、縋るように繰り返さずにはいられない言葉。

 それは同時に、ルー自身が己に言い聞かせるための言葉でもあった。

 次いで、いつもの通り軽く身構える。

 いつ戻るんだ? もうすぐって、一体いつなんだ!

 アルフにそう訊かれ、曖昧に言い訳するのも、もう慣れた。

 けれど……。

 今日のアルフは、様子が違っていた。

 ゆっくりとルーに向けられた漆黒の瞳の奥に挑むような輝きがある。

 ルーは訝しむように眉根を寄せた。

「……なあ、ルー」

「なあに?」

 さり気なく、務めて明るく答える。

 アルフは暫し躊躇った後、困惑を振り切るように言った。

「暫くの間、こいつのこと、任せてもいいか?」

 一瞬、その言葉の意味するところがわからず、ルーは数度眼を瞬かせたが、すぐに学校に行っている間のことを指してるのだろうと推測し、コクリと頷いた。

「うん、大丈夫。行ってきてよ、学校。リオのことなら、いつもどおり、ボクがちゃんと……」

 だが、ルーの言葉が終わるのを待たず、アルフは首を横に振った。

「村に、行ってこようと……、思うんだ」

 村。

 アルフの生まれた、村……?

「村、って……?」

「二、三日で戻ってくる」

 問うというよりは、結論だけを伝える口調。

 カッとした。

 突然、何を言い出すのかと思えば、あんまり自分勝手じゃないか? 

 酷すぎるよ! 

 リオがこんな時に!

「どう、して……?」

 必死に抑えたけれど、恐らく、声音に滲んだ非難。

 それを察しているだろうアルフは、前屈みに背を丸めて指を組むと、その中に顎を埋めた。

「今、リオの傍にいても、俺にしてやれることなんてなにもない」

「アル!」

「俺、ずっと考えてた。あの時、校長先生に言われた言葉。真実が知りたければ、原点に戻れ。それがどういう意味なのか、俺、わからなくてさ、ずっと考えてた。未だに、先生が何を言おうとしていたのかなんてわからない。でも、一つだけ気付いたことがあるんだ。俺の原点は、あの村だ。俺を拾ってくれた両親がいて、幼い時期を過ごした小人族の村。今は何もわからなくても、あそこに行けば、何かがわかるかもしれない。だから、行く。俺はこれ以上、待ってるだけなんて嫌なんだよ」

 いつも以上に低い声音が、凍える隙間風と一緒に生ぬるく澱んだ空気を掻き回していく。

 それは、納得のできない現状すらも失ってしまうことを恐れ、手を止め、脚を止め、呼吸さえも止めようとしていたルーの心に、一筋の風穴を開ける突風であった。



次回予告:村へ戻ったアルフ。そこで彼が見たものとは?


「翡翠の鳥は飛び方を知らなくて」は、原則として週一回更新します。

次回更新(予定)日は2月2日(金)!

宜しくお願いします!!

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