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第5章 困惑 No.4

「翡翠の鳥は飛び方をしらなくて」は「LURIA 〜翡翠の瞳 空の蒼〜」の続編です。

◇◇◇ 第五章   困惑 ◇◇◇ No.4



 先生の言葉が、そんなアルフに更に追い打ちをかける。

「どうしました? 反論の言葉は、それっぽっちで尽きてしまったのですか? それとも……」 僅かな沈黙の後に続いた言葉は、アルフの鼓膜に突き刺さった。

「それとも、諦めましたか? 君には何も出来ぬことを認めましたか? ならば、リオを置き、黙ってこの場を去りなさい。もう一緒には暮らせないでしょう?」

 瞬間、アルフの躰はビクリと震えた。

 『もう一緒には暮らせない』

 一番考えたくない、しかし本当は、一番に考えてしまったこと。

 その通りだ、と理性が告げている。

 異界の民と暮らすことなど出来るのか?

 同じ世界の中でさえ、部族が異なると言うだけで、蔑み合い、憎しみ合い、時には闘うことさえあるというのに。

 ましてや天上人となど。

 でも、それでも……。

「……関係ない!」

 つぶれそうな胸を、固まる喉を、痺れる唇を奮い立たせる。

「リオがアジュだって、……何者だって、そんなこと、俺達には関係ない! リオはリオだ!」

 言葉として吐き出したことで、揺らぎそうだったその思いが、再び確固たる強さを孕んだ。

「そうだよ!」

 アルフの背を押すように、ルーの同意の声は強い。

 そんな二人を見つめる校長先生の視線は、更に疑うように顰められた。

「本当に? 異界の民に対する恐怖は、人誰しもが持つ自衛本能なのですよ。それを認めたからといって、誰も君達を責めたりはしない。なのに、それでも、……その事実を知りながら、この先ずっと、共に暮らすことができるというのですか?」

「当たり前だ! 俺を、……俺達を見くびるな!」

 二人、視線を交わし頷き合い、リオの両脇に戻ると彼を背後から支えた。

 その様子を、暫し無言で見つめていた校長先生の視線が、ふっと弛んだ。

「強い瞳ですね。強くて頑なで、そしてとても清々しい」

 片膝を地面について躰を折ると、大きくて温かな手が二人の肩をそっと叩いた。

「信じましょう、君を。……否、君達の友情を」

 同じ目線の高さにある空の青が、揺らぐことなく真っ直ぐに、優しく包み込むようにそこにある。

 それだけで、さっきまでは今にも萎えてしまいそうだった心に、鋼の強さが漲るのがわかる。

「君達の決意の強さを知りたくて、試すようなことをしてしまいました。許して下さいね」

 肩に置かれた手に力がこもる。

「ただ、わかってあげて下さい。隠したくて隠していたわけではない。言いたくても言えなかった。そんなリオの気持ちを。君達なら、きっとわかってあげられるはずです」

 漆黒の瞳で、眼の前の大空を見つめ返したまま、アルフは小さく、けれど強く頷いた。

 その隣で、ルーが先生の白い袖を微かに引いた。

「ねえ、先生」

 ブルーの視線がゆっくりと移動する。

 ルーはひどく戸惑いながら訊いた。

 その手は、リオの腕をしっかりと掴んでいた。

「リオは、帰っちゃったんですか? 天使だから、僕等を置いて天上界に帰っちゃったんですか?」

 青の瞳がスッと笑みの形に細められた。

「大切な友達である君達に何も言わずに? こんなにも心配をさせて? ルー、君は本当にそう思うのですか?」

「……ううん」

「そうですね。そんなことは有り得ない」

 先生は深い溜息を一つ吐くと、柔らかな草の椅子の上にゆっくりと腰を下ろした。

 先ほどまでは、ただの枯れた草原が広がっていた場所に、いつの間にか現れた低い椅子。

 けれど、アルフもルーも驚きはしなかった。

 いまだ三人を暖めるには充分な炎を蓄えたままの焚き火をじっと凝視したまま、先生は独り言のように呟いた。

「リオの心は捕らえられてしまいました。決して逃れることのできない天の牢獄に」

「どうしてですか?」

「天上界という特異な世界に蠢く様々な感情と、くだらない掟ゆえに」

 それきり先生は黙り込んでしまった。

 何を考えているのか、その横顔から推し量ることは、アルフには出来なかった。

「どうすればいい?」

 しびれを切らし、アルフが沈黙を破った。

「どうすれば、リオを助けられる?」

 それでも先生は暫し何事かを思案していたが、やがて首を横に振った。

「君達の、……いいえ、君達だけではない、ルリアの民の力では、どうすることも出来ません」

「先生、それじゃ……」

 ルーが不安げに問う。

 けれど、彼が先を続けるまえに、アルフは、ともすれば倒れてしまいそうなリオの躰をルーに預け、先生ににじり寄った。

 訊かずにはいられなかったのだ。

「そんな建前、どうでもいい。あんた、何か知ってるんだろう? どうすればリオを助けられるのか、それだけを教えてくれよ」

 先生の窪んだ眼が、鋭くアルフを捕らえた。

 だがそれは、すぐにいつもの優しい光を纏うと、喉の奥で小さく笑った。

「どんな状況でも、常に挑み掛かっていく気概。それはそれで素晴らしいことですが、人に頼み事をする時は、もう少し謙虚にならなくてはいけませんね」

「冗談言ってる場合じゃないんだ! どうしたらいい? どうしたらリオを助けられる? 頼む、教えてくれよ!」

 アルフは今にも掴み掛からんばかりに、更に距離を詰めた。

「俺はそのためにならどうなったっていい! リオを助けられるなら、命だってくれてやる! だから、教えてくれ!」

「それでは困ります」

「何?」

「リオを助ける代わりに、君に死なれては困ると言っているんです」

「何だと!」

「アル、もう止めて!」

 二人の遣り取りを見守っていたルーが、堪えきれずにアルフを制した。

「命なんかいらないって、何でそんなこと言うの? リオが戻ってきた時、君がいなくなってたら、そんなのリオが喜ぶわけないじゃないか!」

 校長先生が深い息を吐きながら首を数度横に振った。

「そんなことをしたら、次はリオとルーの二人に、アルフを助ける方法はないのかと責められてしまいます。こんなことは一度きりで勘弁願いたいものですね」

 アルフは唇を噛んだ。

 自分の命を惜しむ気持ちなど欠片も沸いてはこないが、感情的になりすぎた。

 命云々の話は、確かに今この場で口にすべきことではなかったと反省したのだ。

 一歩後退り、腰を折って頭を垂れた。

「……済みませんでした」

「いいえ。わかってもらえたのなら、それで結構です」

 先生は口角を僅かに上げた。

「私は確かに、君達には出来ないと言いました。けれど、リオを助けることが出来ないと言った覚えはありませんよ。人の話は最後までよく聴くものです」

 瞬間、ルーとアルフの瞳がパッと輝いた。

「校長先生、それじゃ……!」

 先生が大きな頷きで答える。

「リオの心は天上界のどこかに幽閉されているはずです。助けるには、そこから解放しなければなりません。そしてそれは、私の役目です」

「役目……?」

「……です、か?」

 訝しむ二つの声音が重なる。

 先生は優しく微笑んだ。

「君達には内緒にしていましたが、私は以前、リオと約束したのです。私から彼に、彼の過去を伝えたその日に。そして、彼がルリアに残ることを決めたその日に、私は彼と約束しました。私はリオの判断を尊重し、この後、天上界の意志によってリオにもたらされるであろうあらゆる苦境、苦難から、私が必ず護ると。……少しばかり遅くなってしまいましたがね」

 白い髭に覆われた口許に、今まで見たこともない哀しげな笑みが浮かんだことを、その時、アルフは見逃さなかった。

「まさか……」

 そしてルーも気付いたらしい。アルフの言葉を引き継ぐ。

「先生は天上界へ行く方法を知ってるんですか? なら……」

「それなら、お願いします! 俺も連れて行ってください!」

 だが、校長先生の返事は短く、端的だった。

「残念ながら、それは出来ません」

「校長先生!」

「どうしてですか!」

 先生は椅子から腰を上げ、一歩近付いて二人の肩に手を置くと、それぞれの顔を交互に見遣りつつ、噛んで含めるようにゆっくりと言った。

「アルフ、ルー。私を信じてください。私の全身全霊を賭けて、約束は必ずや果たしましょう。その代わり、アルフ、君も私に約束してください」

 空色の視線がアルフの上で止まった。

 アルフは少し困惑気味に先生の顔を斜めに見上げた。

「……はい」

「真実を知ることを畏れないのなら、進みなさい。畏れるのなら今のまま、現状に立ち止まったままでいればいい。けれど、その状況を他人のせいにしてはいけません。わかりますね?」

 少し間を置いて頷くと、まだ湿気を含んだままの漆黒の前髪が揺れた。

「知りたければ、自分から行動しなさい。リオはそうしましたよ。悩んだ時、困った時には、出発点に戻りなさい。必ずや、かつては見えなかった新しい何かを知り得るはずです」

 瞬間、校長先生の周りに突風が湧き起こり、純白のは掻き消されるようにフッと消えた。

 先生が消えた場所を凝視したまま、アルフは口を真一文字に結び、暫くの間ピクリとも動かなかった。

「大丈夫、だよね? 先生が約束してくれたんだもの。きっと、リオはすぐに戻ってこられるよね?」

 自分自身にそう言い聞かせながら、ルーはそっとアルフの顔を覗き見た。

 まだ水を含んだ艶やか黒髪の奥で、その表情が徐々に歪んでいく。

 今にも泣き出しそうだ。

 不安に駆られ、彼の服の裾をそっと引っ張った。

「ねぇ、アル。どうしたの? どうしてそんな顔してるの?」

「……なんでもない。帰るぞ」

 ルーの不安を、リオの苦しみを、そして何より、彼の中に渦巻く憤りを吹き飛ばそうとするかのように強く言うと、アルフは毛布ごとリオの躰を抱き上げ、丸太の我が家へと向けて歩き出した。

 広い背を追って小走りに駆け出しながら、ルーはアルフの歩みを凝視した。

 厳しい冬の訪れを、その両脚で確認するように、一歩一歩ゆっくりと、踏みしめるように歩く背中。

 そこにうら寂しさを感じながらも、ルーはその背中に掛ける言葉を見つることができなかった。



次回予告:リオを取り戻すため、アルフが下した決断とは?


「翡翠の鳥は飛び方を知らなくて」は、原則として週一回更新します。

次回更新(予定)日は1月26日(金)!

宜しくお願いします!! 次回予告: 



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