6.はっ、夢か
意識が覚醒する。
瞼が開かないだけで周りの音、布団の重み、身体の温度、いつもなら気にもしない細かな事も鋭敏に感じ取れる。
ドアを開く音と同時に「失礼しまーす」という軽い声が聞こえてきた。
「ありゃ、まおう様がいないや。どこ行ったのかな」
まおう様? って魔王か!!
瞼が開かないだけでなく、身体全体が金縛り状態になっているのか全く動かせなかった。
「ん~、誰もいないよね~」
布団に重みが加わり、次に頭の両端が沈むのが分かる。サラサラとした一本一本が細かく繊細な髪が顔に触れフルーツのような爽やかな匂いが髪と共に鼻を擽った。甘い吐息が耳元で囁くように何度も繰り返す。
暗闇で人の形が想像で形作られる。
胸に柔らかいもちもちした物体が重く圧し掛かり、瞼が通常の倍は開き眼球が飛び出るのではないかと思った。
その眼球から得られた情報は漆黒の艶やかな髪に深く魅入られる紅い瞳を持った美女だった。
頬は紅潮していて開かれた口からは鋭く尖った犬歯が唾液で輝いていた。
「――あ」
首に狙いを定めていた彼女と目が合う。
それは刹那の時だったがもっと長い沈黙と硬直だった感覚だ。
「えっと・・・おはようございます」
メイド服姿のイーシェは少し引き攣った無理矢理の笑顔で言いながらベッドから降りた。
「ははは、今起きました?」
「あなたがここに来る少し前からかな」
「・・・最初からってことですね。いや、狸寝入りが上手なんですね」
「いやいや、それほどでも。ところで何故俺に夜這いを?」
「それはですね。あなたの血がとても美味しそうに感じましたので寝てる隙にガブッとちゅ~っと」
「お前は吸血鬼かよ!!」
「ええ、よくわかりましたね。そうです私が吸血鬼です」
イーシェは店で会った時とは別人のようにノリが良くケラケラとよく笑う娘だった。
それにただのツッコミだったが本物の吸血鬼だったみたいだ。あれ、吸血鬼って陽に弱かったんじゃないっけ? あの時太陽が元気なお昼過ぎだった。
吸血鬼って悪役のイメージなんだがこの娘を見てるとイメージが崩れる感じがする。
あ、そういえば。俺が森に向かった理由はユユ探しだったのを遅れながら思い出した。
「ユユは、俺と一緒にいた女の子はどうした!?」
「あの娘ならしつこくついてくるのでちょちょいと家に帰しておきましたよ」
「帰した?」
「はい、心配無用ですよ」
イーシェの紅い瞳が妖しく光る。吸血鬼って魔眼っていうファンタジー能力をたしか持っていたな。なるほど、俺があの時記憶が吹っ飛んだのもこの悩ましげな眼のせいだったのか。
あと俺がここにいる理由だ。
あの可愛い悪魔のような女の子に俺は襲われて。あれ、襲われて足がぐちゃぐちゃにされて腕に関節が増えて。
腕を見る、無事だ。足を見る、無事だ。どういうことだ、これは。あれは幻だったのか、それとも幻覚を見せられていたのか。
それともう一つここはどこだろうか。豪華に装飾された部屋に高そうな家具が並べられている。今俺の寝ているベッドもすごくモフモフしている。イーシェの胸も同じくらいモニュモニュしていた。
「ここはどこだ?」
「貴方の目指していた魔王の城ということになりますね。まさか貴方が来るとは思いませんでしたよ」
魔王の城。ここが俺の目的の場所。俺の帰る方法がある場所。
あっさりあっという間に来たが問題ない。順調なことはいいことだ、と呑気に目標の一つが達成されたことで安心した。
さて、ここに来られたが次に行わなければならないことはなんだろうか。
魔王城に来られたのはいいが次にすることを考えていなかった。
魔王城なんだから魔王と会って。会ってどうする? ここはファンタジー常識で考えて魔王退治の方向に進むべきか。それとも世界の半分貰って魔王の仲間になるか。あ、俺は勇者じゃないや。
「魔王に合わせてくれ」
「どっちのですか?」
「はぁ? 魔王は魔王だろ、この魔王城の主人だろ」
「はいはい、魔王様の方ですね。いや~無理ですよ。最近ずっとみてないですもの」
「最近っていつから?」
「10年以上、お部屋に籠りっきりになってます」