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5.まおう登場

 死の森までの道は既に知っている。

今回は迷わないように木と地面に目印が残るように木を付けながら進んでいく。


「ユユー!! どこだー!!」


 腹の底から叫ぶ。何度も繰り返し、喉が疲れようが息が切れようが叫び続ける。

 時間は刻々と経過し陽が沈み始める。

 もうすぐこの森は闇に包まれる。それでは残した目印も見えなくなってしまう。また遭難なんてことは嫌だ。

 でもユユを見つけなければ。どうする、ここで帰るか。いや、ギリギリまで探そう。

 木に手をかけ痛みが走る喉を休ませているとカサカサと葉を踏む音が近づいてきた。


 ――ユユか、それとも別の。


音の方向に顔を出すと目の前には綺麗に整った顔立ちでかわいらしい女の子が立っていた。風が彼女の白いワンピースを揺らめかせる。背は160cm前後くらいで歳は俺の少し下くらいか、絶対に年上には見えない顔立ちと雰囲気だ。

 少女はニコッと微笑んだ。


「見つけた。やっと」


 見つけた? いやいや、俺は彼女とかくれんぼをしている記憶はないし、彼女とは初めて会ったのだから俺には全く面識はない。

 今は俺がユユを捜しているのだから知らない娘に俺が見つけらても仕方がない。

 この世界に来て人から恨まれることもしてないし、捜索されるようなこともしてない。

 何にもしていないのだから。いや、ちがうな。何にも出来ないのだから、が正しいのかな。


 少女が満面の笑みで近づいてくる。うん、かわいい。見た目はかわいいけど、なにか違和感がある。なにか、雰囲気というかオーラというかなんだろうか。漫画みたいに相手の気なんか分かるはずないのだから気のせいかもしれない。

 手を伸ばせば触れられるくらいの距離まで少女は詰め寄って来た。


 少女は再びニコッと微笑んだ。俺もそれにつられ笑顔で返そうとする前に突き飛ばされた。

 両手で張り手をされ俺は地面に格好悪く背中から転んだ。少女の力とは思えない程の威力で驚き、腹の衝撃と背中の衝撃がコンボを生み出し一瞬だけだが呼吸ができなかった。

 いきなりのことで文句を言う前に少女を見上げた。笑顔だ。とびっきりのかわいらしい笑顔。悪気の一切ない無垢な笑顔。そうまるで、子供が楽しそうに遊んでいる時の無自覚な笑顔。

 あれ、それじゃ今俺は遊ばれているではないか。


「ぐわっ」


 アヒルの声ではない。俺の肺から抜けた際に出た恥ずかしい声だ。少女がいきなり俺の腹に馬乗りをしてきたのだ。

 重かったのは最初に圧し掛かられた時だけで馬乗りの状態では随分と軽くほとんど圧迫はされていない。これで小泣き爺の如く石のように重くなられていたら、車に轢かれたヒキガエルと化した惨殺死体が転がっていただろう。

 両掌で俺の頬から顔全体へと弄ぶ少女。ぐにぐにと手の腹で頬を押され頬が千切られそうと思うほどに抓られる。


「痛い!!痛い!!」


 さすがに痛すぎて声が出る。少女は不思議そうに首を傾げて俺の顔から手を離した。


「えと、君は誰?」


 まず、どいてくれ、とかでなく俺は自己紹介を促した。


「会いたかった。ずっと、ずっと」


 残念ながら会話が成立していないようです。相手の言っている意味が分かるからこっちの言葉も通じているはずだよな。

 少女の顔は笑顔を残したまま目から涙を零していた。

 シャツを掴まれぐいっと引っ張られる。胸倉を掴まれている体勢になり不良少女に脅されているような情けない格好に周りから見えるだろう。周りに誰もいないけど。

 顔が近づく。少女の肌はシミ一つなく綺麗で眼は潤んでいて輝いている。

俺は今の状況がいまいち理解できていないのか緊張なのかドキドキしていた。

 一人でドキドキしていたらシャツを引き裂かれた。少女はバリバリとシャツの繊維を乱暴に無理矢理引き裂いて用済みとなった布を放り投げた。

 上半身裸となった俺の左胸の刻印にぺたぺたと触れる。指で刻印を撫でるようになぞる。

まだ心の準備が、とお気楽に少し、ほんの少しだけ興奮した俺。


「やっぱり、やっぱり。私の運命のヒト。会いたかった。ずっと、ずっと」


 運命のヒト? それ、人違いです。昔占い師に俺の前世はシイタケって言われたからね。もし転生前に結婚を誓い合った仲で来世では絶対に幸せになろうね、と約束していて悲劇の別れをしていたとしても俺、前世シイタケだから人違いだよ。

 強く少女に抱きしめられる。

とても強く。強すぎ。無理、痛い。激痛。背中がミシミシいってる。

 少女の顔が胸にうずくまり両手は背中でがっちり腕ごとホールドされているため引き離せない。ギシギシ、ミシミシと背中が、腕が、内臓が悲鳴をあげている。

 これ、冗談じゃなく本気で痛い。冷や汗が出てきた。


「がっ、あぁ、ぁああ」


 声が出せない。肺が潰れそうになる。胃から逆流しそうになる。このままでは背骨が砕ける。腕が折られる。やばい、やばい。殺される。圧殺される。

 逃げないと。これはまずい。美少女に抱かれて死ぬのはまだ早い。

俺は足をばたつかせる。唸る。身体を捻るの攻撃を行った。それでも少女は止めない。効果はないようだ。もっと強く抱きしめてくる。


「はぁ、なしてぇ、くれぇ」


 情けない声を途切れさせながら必死に出す。

 骨が軋み歪み少しずつ確実に耐久値が減らされていく。もし体力ゲージがあるのならばもう残り少なく赤く点滅しているだろう。ゲームオーバーまであと少し。死因は美少女の抱き付きによる圧死。幸せなのか不幸なのか、悩みどころだ。いやいや、正常になれ俺。悩むまでもないだろ。

 脚を大きく振りかぶりその反動を起点にして全力で身体を捻らす。ぐるんと回転して立場を逆転させる。回転させた際に地面に押しつけたために少女は「ふぎゅ」と声を漏らした。

 ホールドが一瞬緩んだ隙に脱出を試みて地面をごろごろと転がった。3,4回転したところで腰から少女の手がやっと離れ急いで立ちあがり無意識に少女と距離をとった。


「いててて、君はなんだ? 人違いじゃないのか、俺は君を知らない」


 痛めた腕で腰痛となった腰に手をあて前屈みの姿勢で少女に尋ねた。


「ううん、あなたは私の運命のヒト。私の会いたかったヒト。私が待っていたヒト。私のモノ」


 おい、最後、最後がモノになっている。

 少女は埃で汚れた白いワンピースをはたくこともせずに立ち上がり、ゆっくりと一歩ずつ近づいてくる。俺は一歩ずつ後退しているため距離は変わらずに保っている。

 顔はかわいいのだけどこの娘、雰囲気がすごく恐いんだけど。近寄られてまた抱きつかれたら次は本気で殺される。おそらくこの娘は加減をしらないのだろう。

 まともな会話ができない電波ちゃんなのだろうか、それならば関わりを作ってはいけない。ひとまず逃げる事を瞬間的に決めた。

 とにかく街に戻ってユユが帰っているかもしれないのでおっちゃんの店に帰ってユユの手料理で腹を満たしてこの娘のことを忘れよう。そして元の世界に戻るための方法を探す。それが一番いい選択だ。

 後ろを振り返って全力で駆けだす。真後ろが街へと続く道だったからちょうどよかった。目印はちゃんと付けているからね、二度と森で迷子という失態はおかさないよ。


 走る、全力で自分の限界を超えて走る。気のせいだけど。

 走る、走る、走る、走る。はし・・る。


 そして異変に気付き歩く。あれ、ここさっきのところ?

 地面にはさっき、少女と転がりあった跡が残っていた。目印にしていた木もあるのだから気のせいではない。困った、実に困った。最悪だ、これでは帰れない。

 フラグ回収早すぎです。お疲れ様でした。

 突如首筋に息がかかった。一瞬全身が痙攣したかのように驚き、全身には冷や汗が滝のように流れ出す。瞼は限界以上に開いて眼球が飛び出しそうになり、口から心臓が吐き出る寸前。表現をするために言い過ぎたけど、それぐらい驚いた。

 後ろをばっと振り向くとそこには先程の少女がニコニコと微笑みながら立っていた。


「!!!!!!!!!~~~~~~~~~~~~~」


 腰が抜け地面に尻もちをついた。俺の触れただけで粉砕するガラスの心が完全に砕かれた。もう無理、もう無理、女の幽霊、呪われた、殺される、連れて行かれる、恐すぎ、恐怖、お化け嫌、震えが止まらない、動けない、逃げられない、潰される、無理無理無理無理無理無理無理、あがっ(心の中で噛んだ)、ががががががが。


 俺はホラーが一番苦手だ。もし、幽霊のいる学校に閉じ込められたらまず真っ先に発狂して幽霊に最初の犠牲者にさせられる自信があるほどホラー系は天敵だ。

 ああ、俺の人生はここまででした。お父様、お母様、もし、元の世界に帰還できたら必ず親孝行します。ですがそれもできないようです。すみません僕は親よりも先に死んでしまう親不幸な息子でした。あれ、これってデジャブだ。

 諦めモード全開のネガティブ状態になっていると少女は逆に笑顔モード全開のポジティブ状態だった。


「追いかけっこはもうお終いなの?」


 はい、全てお終いです。逃げられません、恐怖で涙が出てきた、もう嫌だ。ガクガクと震えながら頭を上下に振る。


「むぅ、まぁいいか~」


 少女は強引に俺の手をとり引き上げ立ち上がらせた。それはもう、かわいらしい少女の力ではなくムッキムキの力自慢の男のパワーのようだった。ちなみにそんな男に手を握られ引っ張られたことはない。

 すぐに手を振り払い少女を拒絶すると少女は首を傾げて不思議そうな表情をしている。


「ん~、どうしたの? 手を繋ぐの恥ずかしかったの?」


 これはなにかおかしい、ただの恐怖だけではない。この小さな少女の威圧感が圧迫しそれを増幅させる。

 恐怖と緊張で声が出ない。小刻みに震える手を握っても今度は拳全体が大きく震える。脚は貧乏揺すりをもっと派手に大袈裟にしているかのように震えてまともに立っていられない。過呼吸のように息を吸って吐いてを繰り返す。

 俺の知っているヒトではない。この娘はヒトじゃない。ヒトだけどヒトではない何か。


 瞬間的に駆け巡る言葉、言葉、言葉。


 この世界はファンタジー。ヒトに似たヒトがいるのもありえなくない。それが目の前にいる少女。見ろ。この少女を。

 何故気付かなかった。何故そんなことに思考が届かなかった。

 この少女は黒髪黒眼じゃないか。


「えい」


 女子が慣れないサッカーボールを蹴るようなフォームで俺の左脚をへし折った。片方の重心が破壊され真横に肩から崩れ落ち地面を転がるように悶える。


「ぐぅうううああああああああああ!!!!!!」


 倒れ悶え苦しむ俺に少女は笑顔でもう一蹴、右脚を蹂躙され骨と肉の一部が粉砕される。


 ――なにが起きた?


 左脚は少女によって膝の上に関節を増やされ真横にくの字を描いている。右脚は脹脛を踏み潰され筋肉も骨も少女の靴底の形に一部分だけミンチにされていたけれど、そんなのやられた俺は痛みで説明なんかまともにできやしない。ただただ声を出して激痛に対してアピールすることしかできない。

 人間は脚だけ潰されても気絶まで陥らないようで俺は鮮明とした意識下で脚の痛みを絶叫という誰でもできる方法でアピールタイム中なんだが少女は笑顔を崩さない。ニコニコ、にこにこ、ニコにこ、微笑んでいる。罪悪感は一切なしの天使の笑顔。穢れもない天使の微笑。俺には天使にはどう考えても見ることはできず悪魔か魔王に見えた。

 涙が溢れて流れ出してきた。人前で泣くのなんて何時振りだろうかと悩んでしまうくらい久々の出来事だった。あ、ユユの前で泣いたのを忘れていた。ついでに鼻水も垂れているが恥ずかしくてこれ以上俺の醜態は表したくない。


 あ、右腕にもう一つ関節を増やされた。

 う、腹部激殴打。胃に貯蔵されていた俺の栄養となるはずだったモノ共が口から逃亡したようだ。


 蹴られた。踏まれた。歪曲した。圧縮した。折られた。壊れた。曲がった。潰れた。砕かれた。殴られた。吐かされた。破壊された。激痛、激痛。激痛、激痛。激痛、激通。ビクン、ビクン。ひん曲がって、微塵にされた脚が痙攣する。ビクン、ビクン。砕かれて、殴られた身体が痙攣する。

 森に響く悲鳴、絶叫はすぐに止んだ。

 俺は口から白い泡がぶくぶく吹き出る。カニさんみたいにブクブク。身体は痙攣している。サカナさんみたいにビチビチ。


「これで、看病もできるようになってよかった、よかった~。さて、帰ろうね」


 少女の一言が聞こえる前に既に俺の意識は吹っ飛んでいた。


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