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3.街案内-2

 不気味で不審な外観の店だったが中は一転して明るく綺麗な内装を施していた。外装と内装のギャップがあり、これはこれで怪しい感じが漂う。

 棚には水晶や宝石の結晶のような綺麗なものが淡く輝いて鎮座している。触ったらすぐに壊れそうで怖いので眺めるだけにする。

 テーブルの上には大中小の様々な木箱が蓋を開けた状態であり、中身は杖や何かの動物の牙か角か詳しくはわからないものに見覚えのあるフルートや角笛のような楽器まであった。

 どれも骨董品みたいでとても高そうに見え触れたら嫌な予感しかしないのでこれらも眺めるだけにする。

 いや、全てのものに接触するのは止めよう。我が日本にはこういうことわざがある。触らぬ神に祟りなし、だ。


 ドン、と背中になにか巨大なものが当たりその拍子で木箱の中に手を突っ込んでしまった。


 手の平から伝わる崩壊音。


 手を木箱に入れたままで硬直する。それを聞くのではなく感じた俺はぶつかった背中に冷風が吹きぬけ額からはべっとりとした脂汗が滲み出していた。


「すまない。大丈夫か?」


 背後から聞こえる低いながらもまだ若さが残る声が俺を硬直から解き放ち、ギギギギと機械が首だけをゆっくり回すような動作で振り向く。

 おそらく俺の表情はひどい顔をしていたのだろう。地面にまで達するロングフードを着ていた巨躯の男は俺の顔を見て驚いていた。それとも引いていたと言った方がいいのか。


「なぁ、これどうしてくれるんだ?」


 もう一度現実逃避したい木箱の中身という現実に視線を戻して男に言う。中身である古そうな杖は複雑骨折という重体患者になっていた。


「お前!! 魔王か!?」


 巨躯の男は俺の顔を両手で掴むと瞼を無理やりこじ開け鼻と鼻がキスする寸前まで近寄って確認し終わると乱暴に髪の毛を掻き回す。


「お前が魔王か!! いきなりなんだよ、急にぶつかってきて次に無理矢理のスキンシップかよ」

「何を言っている。この髪色、この眼色、それに青年。そしてこのマグ・メルにいるということは魔王唯一人。お前に会うためにこのような危険災害地区まで来たのだ」


 男は俺の両肩を掴み揺さぶる。何この人、怖い。


「俺は魔王じゃない!! 離せ!! 俺だって魔王に会いたいんだ」

「なっ!? 人違い、なのか。いや、それでも魔族に変わりはない。魔王の場所を」

「だから、俺は人間!! 魔族じゃない。俺だって魔王に会いたいって言ってるだろ」


 男は信じられないような引き攣った表情を残しながら肩から手を離した。


「ミコトさんどうしたんですか?」


 この店のお使いを済ませたユユが怪訝な表情で俺と男を交互に見比べる。周りを見回すと他の客もこちらを凝視していた。


「いや、なんでもないよ。行こう」


 俺は木箱を男に押し付け店を早足で出た。ユユの表情は何が起こったかわからず眉の間に皺を作っていた。俺も何が起こったか全然分からない。ただ、表面上では強気に出ていたが内面ではかなり怖かった。

 あの男も目的は魔王を探すことだったのだろう。でも店の物品を壊した焦りと男の勢いで冷静になれなかった。今更引き返すのもできない。あの壊れた杖を弁償することになるのはあの男なのだから。

 これからは気を付けなければいけない。ここは平和な日本ではなく、よくわからない異世界なのだ。無暗に人と衝突するのは避けたい。

 通行人を見ると武器を持っているのが大半だった。日本では銃刀法違反に一発で触れることもここでは日常で同じように思ってはいけない。もし、あの男がチンピラみたいな奴だったら俺は路地裏に肉塊として捨てられていたかもしれないと思うとゾッとする。


 ユユはあの男との事を深く聞いては来なかった。これで印象が悪くなったなと自分の運の悪さと行動に後悔した。気まずい雰囲気がプンプンするぜ。

 それも杞憂に終わった。次の案内場所まで言葉が紡がれなかったが着いた途端ユユは笑顔でここは薬材屋さんと説明をし始めた。

 ユユの天真爛漫さはそんなことで気まずい雰囲気なんか作り出しはしなかった。俺がネガティブに考えていただけだ。


 普段、考えるという人間が培ってきた英知を使うのを止めていた俺がここにきて無理矢理使うものだからおかしくなっていたみたいだ。

 突然ユユが振り返り頭上に電球がピカッと光るエモーションが見える錯覚をした。


「そうだ、魔族の人に聞けばいいんですよ。普通の人なら駄目だけどミコトさんなら大丈夫かも」


「何が?」

「私、閃きましたよ。あの森でミコトさんが倒れていたのには理由があるはずです。しかもあの死の森の先は魔王城があるというじゃないですか」


 うん、俺はそれを最初に気付いていたけどね。その森をどうやって抜けるかを考えていたんだよ。

 その魔族が本拠地ともいえる魔王城にホイホイどこの馬の骨とも分からない奴を案内するのかという大いなる問題があるんだよ。


 ユユは「心当たりがあります」と言って煌く笑顔で俺の手を引っ張った。ふむ、リリーさんの手よりも小さくもっと柔らかい。

 人ごみを蛇行するようにすり抜けスムーズに進んでいき辿り付いた店が総食料素材屋。つまり八百屋とか鮮魚屋が集まった市場が一つの店になったような巨大な商店だ。

 そこにユユの心当たりがあるという。

 話を聞いてみると魔族全てが魔王の城を知っているわけではないそうだ。この街に住んでいても魔王と関係する魔族はいないらしい。

 ならば何故この場所に来たのかと言うとここに食材の補給に魔王城に住んでいる使用人が度々訪れるのだ。いつ来るかはわからないが運が悪ければ数ヶ月は出会う手段がない。

 店の中はまさに市場という風景だった。所狭しに食材が詰められどんどん売り捌かれていく。声が一切途切れない騒がしく活気に満ちた場所だ。


 ビチビチと元気に跳ねる提灯アンコウのような魚と目が合う。助けてくれ、という痛々しいテレパシーがビシビシと伝わってくるような気がする。そのアンコウも金によって売買され連れて行かれた。


 ――美味しくしてもらえよ。


「ミコトさん、使用人さんがここに来たのは結構前らしいですよ。あと数日か数週間の内に来るだろうって」

「そうか」

「もし、来たらエンダーさんが連絡してくれるそうです」


 エンダーとはこの商店を取り仕切っている店主だ。

 今ここにその使用人がいると期待したがそれほど上手く事は運ばないようだ。しかも数日以上はかかる。それまでに他の方法も考えなくてはいけない。

 希望がないわけではない。手伝ってくれる人もいるし出だしはかなり幸運な方だ。

 その後は紳士らしく全て俺が大量の食材や道具を抱えながら案内してもらったが疲れて全く耳にも視界にも入らなかったが楽しそうなユユを見ているとここに来て満更嫌ではないと思ってしまう。



 ――ああ、なんて俺は楽観的で。なんて俺は馬鹿なのだろう。

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