9.加減知らず
茫然。身体が硬直する。
頭が痛い。ぶつけた場所ではない場所に熱が発生する。
正直何を言われても信じられるくらい俺の脳内は変容して寛容になってきたけれどこれは如何なものだろうか。
神様が与えた己の生命以外を消し去る超素敵な幻想的な主人公補正能力を手に入れましたよ。努力もなく最初からご都合主義の物語の始まり、始まり~。
って、なんだそりゃ。とノリツッコミを悲しきかな脳内会議を一人で済ませた。
頭の熱が段々高温になるのを感じながら全身の肌は鳥肌を催して低温になるのを実感する。
「神様はなんで俺にそんな力をくれたんだ?」
「私と一緒になるためだよ」
真面目な返答は期待できないと確信した瞬間に苛立ちを覚えたけれどこの娘に対して反撃はできない。本能と理性が共に圧倒的なまでの実力差がそれを阻止させる。
この娘には何の期待もできない。ただ俺にとって不利益な状況を生み出さない事が身に染みるほど理解はできた。
この素晴らしい能力の詳細を訊き出したいがこの娘に訊いても意味のない時間が過ぎるだけだという結論は刹那に脳内解決した。
どんな力を神様がくれたって元の世界に戻る力ではなかったら意味はない。命を摘み取る力を貰っても他人にとっても有害であるし自分にとっても障害になるしかない傍迷惑だけの邪魔なものだ。
神様によって選ばれた伝説の能力使い。馬鹿馬鹿しい。全くもって馬鹿げている。
人類を滅亡させる最強の能力。阿呆らしい。ファンタジー世界に必要不可欠な能力だろうけど俺には必要ない。
特別な力なんて必要ないから元の世界に帰してほしい。神様は自分の望んだモノを与えてくれない癖に他人が望むモノを与える天邪鬼だ。
俺はそんな神様を一生怨むし一生信じないと誓いを立てることにした。
この状況の打破もしなくてはいけない。とりあえずこの場所から動かないと一方的に迫られるだけだし。
「ほら、お父様に会いに行こうよ」
「ん~、後でいいよ」
「いやいや、よくないよ挨拶しなくちゃいけないしさ。ほら、サクラにとってもそれが一番いいことだしさ」
「じゃあその後結婚式する」
頭に血が上るのが容易に容易く簡潔で簡単に分かった。後頭部から沸き出る新鮮な血液がベッドの純白なシーツを鮮やかな赤色で染め上げる。
目眩がする。吐き気がする。思考が理解に追い付くことができない。
常識という概念がこの娘にはなく非常識しかないことが新たに分かった。元々そんな感じがしていたけれど。
口がパクパクしている俺は情けない顔をしているのは間違いない。余りのぶっ飛んだ対話に声帯が仕事をしてくれないようだ。それにどう返事していいのか全然わからなかった。反応によって本当に殺されるかもしれないと恐怖を感じた。
「ねぇ、どうしたの?」
天使や女神も顔負けの満面の笑顔が一層恐怖を増幅させる。絶対に断られないと思っている心底からの笑顔。いや、それしか頭の中には存在していない。
サクラはベッドからぴょんと飛び降りて、ずらした上半身のドレスを直そうともせずにこちら側に振り向いて手を差し伸べる。
「お父様の所へ行くんでしょ」
サクラの笑顔は崩れない。俺は血の気が引いて青褪めるが後頭部からの出血は思ったよりも酷いようで血の気が引いても溢れ出る量は変化がない。
「ミコト、行くんでしょ?」
「あ、ちょっと、ぐぇ」
二度目の言葉よりも先に手を握られベッドから意思のない人形のように引き落とされた。
四つん這いになり床が視界に入る。装飾された赤い絨毯にもっと濃い朱色の液体が金色の刺繍を塗り染める。一滴一滴大小の液体が額から頬から滑り落下する。
「赤いのいっぱい出てるね。ここからだね」
「!!?」
後頭部の傷口を指で抉られぐりぐりと傷口の中に指が侵入する。熱い、とても熱い頭に心臓があるかのようにドクドクと鼓動の音と共に熱が痛みを押し上げる。
身体が動かない。反射すらできず抵抗もできない。ただ抉られ開かれるだけ。痛みを堪えて声を張り上げるだけ。
「言ったでしょ、壊れたら私が治してあげるって」
言葉の後に後頭部が火に炙られた錯覚をするほどの高熱が全体に拡がり顔を経由して床に滴り落ちる血がその流れを止めた。
熱さは温かさに変わり痛みは安らぎへと変容した。
激しく運動していた呼吸と心拍数は正常な状態へと移行する。
「はい、できた。……まだ痛いの?」
「……痛くはない」
肉体は回復したが精神は回復できなかった。
俺は絶対に関わってはいけない者と関わってしまったのだと絶望した。
壊れたら治すと言った意味を理解してしまった。あの森であったことは現実で夢ではない。イーシェが言っていた、姫様が治療した、と。
こういうことだったのだ。折られても切られても元通りにしてしまうこの娘の魔法。バラバラになった場合は分からないが身体がくっ付いているかぎり元に戻るのが分かった。
怪我も傷も痛みすらもすぐに治してしまう。本来なら夢の魔法。
この娘にボコボコになぶられ瀕死にされようが俺は治され再び同じ目に合わされても元通りになる。
死ぬことは恐いが死の寸前を繰り返されるのはもっと恐いのだと感じた。対象が死んだ時に蘇生ができるのかはわからないけれど。
だからこの娘は加減を知らないのだ。